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Date: 7月 2nd, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十八・原音→げんおん→減音)

マーチンローガンのコンデンサー型スピーカーとアルテックのA5は、
見た目からしてずいぶん異るスピーカーシステムである。
それでも、このふたつは、アンプからの電気信号を音に変換する器械(スピーカー)である。
用途に多少の違いはあるものの、どちらもいい音を聴き手に届けるためにつくられた器械である。

より正確なピストニックモーション、もっといえば完璧なピストニックモーションこそスピーカーの理想である。
そう考えて、完璧なピストニックモーションを実現するために振動板を改良したり、
駆動源になる磁気回路の改良、その他さまざまなところを改良していくことで、
スピーカーの理想像を実現していく。

ピストニックモーションの追求は、
スピーカーとしての理想動作の実現がスピーカーの理想像を具現化する。
そういう考え方なんだろう。

当然、こうやって生れたスピーカーシステムを鳴らすアンプも、アンプとしての理想動作を追求することになる。
スレッショルドのステイシス回路は、
いわばアンプにおけるピストニックモーションの追求だ、というふうに私は受け止めている。

当時のスレッショルドの謳い文句には、
トランジスターを一定電圧、一定電流で動作させることで増幅素子のもつ非直線的なところを取り除き、
いかなる負荷に対しても安定した動作を保証する──、
そういったことだったと記憶している。

こういうステイシス回路とALEPHの回路を比較すると、
マーチンローガンのコンデンサー型スピーカーとアルテックのA5の比較と重なってくるところがある。

ネルソン・パスがALEPHで目指したアンプの理想像とは、
アンプ単体での理想動作ではなく、スピーカーを含めて、さらに部屋(その空気)、
そして人間の鼓膜(これもまた動作は非対称である)をひっくるめたものを俯瞰しての動作の追求にみえてくる。

Date: 6月 30th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十七・原音→げんおん→減音)

音楽信号は、確かに正弦波と違い上下(プラス・マイナス)では非対称である。
けれど、この非対称波形の音楽を信号を正しく増幅するには、
アンプそのものの動作が非対称のほうがいい、という理屈は無理がある。
入力された非対称波形の電気信号を正確に増幅し出力するには理想的な対称動作のほうが理に適っている。

けれどパスが考えたのは、その先のことではないだろうか。
アンプが鳴らすのはスピーカーであり、そのスピーカーが鳴らすのはある限られた空間の中の空気である。
そしてその空気が振動させているのは鼓膜。
これらは対称動作をしているのだろうか。

たとえばスピーカー。
一般的なコーン型ユニットをエンクロージュアに取り付けて鳴らすのであれば、
コーン紙の前面にある空気と後面にある空気の量には大きな違いがあり、これは圧力の違いでもあるはず。
平面バッフルに取り付けたとしても、
コーン型ユニットのフレームの構造、それにコーン型という振動板の形状が前後で非対称であるから、
ここでも対称性はくずれている。
ドーム型ユニット、アルテックA5に搭載されているコンプレッションドライバーになると、
この非対称性はより大きくなる。
しかもA5はコーン型ユニットの515の前面にはフロントショートホーンをつけている。
コンプレッションドライバーにもホーンを取り付けている。

ここがパスが以前使っていたコンデンサー型のマーチンローガンと大きく違いところのひとつである。

コンデンサー型はコーン型やコンプレッションドライバーにくらべると、
ずっと前後の条件は対称性をもっている、といえる。

マーチンローガンの振動膜は指向性改善のためカーヴを描いているけれど、
それ以外は振動膜の前後で異る要素は見つけられない。
いわば対称性の高い発音方式であり、スピーカーである。

こういうスピーカーシステムを部屋のほぼ中央におけば、対称性はより高くなる。
アルテックのA5はもともと非対称性の高いスピーカーシステムであるだけに、
部屋の中央に設置して鳴らしたところで、部屋の空気に対する対称性にはあまり影響はないだろう。

Date: 6月 30th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十六・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パスがいつごろからアルテックのA5を使い出したのか、その正確な時期については知らない。
パスのスピーカー遍歴についても、ほとんど知らない、といっていい。
けれど、おそらくパス・ラボラトリーズからALEPHを出す、
つまりALEPHを開発している時からA5を鳴らしはじめただろう、と私は思っている。

つまりアルテックのA5というスピーカーシステムがあったからこそ、
ALEPHという、スレッショルド時代とは大きく方向性の違うパワーアンプを生み出せたのではないだろうか。

ネルソン・パスが800Aを開発していたころのデイトンライトのXG8、
1980年代にパスが自宅で使っていたマーチンローガンのコンデンサー型などが、
対象とするスピーカーシステムであったなら、ALEPHは生れてこなかったか、
もしくは相当に規模の異ったパワーアンプとなっていたと思う。

A5は低音域にはオーバーダンピングの515をフロントショートホーンのエンクロージュアと組み合わせ、
中高音域には288-16Gコンプレッションドライバーと大型ホーンとの組合せ。
お世辞にもワイドレンジとはいえない、ナローレンジの高能率のスピーカーシステムである。

パスがなぜA5にしたのか、そのきっかけがなんなのか、については知らない。
どういう心境の変化がパスにあったのかはわからない。
とにかくパスが、それまでとはまったく異るスピーカーシステムに変えた、という事実だけがはっきりとしている。

ALEPHについて、パスは非対称動作をうたっている。
この非対称動作については、パスが書いた詳細なものがあればぜひ読んでみたいと思っている。
非対称動作についての是非は判断が難しいところだし、対称がいいという理屈もわかるし、
パスが言いたいこともわかる。結局、出てくる音が良ければ、それで良しとするしかない。

だから私は非対称動作か対称動作、どちらが正しいか、ということよりも、
なぜパスが非対称動作という考えに到ったのか、その過程にこそ興味がある。

そのひとつがアルテックのA5の存在でないか、と思うのである。

Date: 6月 26th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十五・原音→げんおん→減音)

そういえば山中先生もアルテックのA5をメインスピーカーにされていた時期がある。
ステレオサウンド 16号の五味先生のオーディオ巡礼に載っている。
写真でみるかぎりは決して狭い部屋ではない山中先生のリスニングルームではあるけれど、
アルテックのA5には狭い空間のように、その写真はみえる。

五味先生も書かれている。
     *
私は辞去するとき山中さんに言ったのだ。あなたにはもっと広いリスニング・ルームを造ってあげたいなあと。心から私はそう言った。
     *
だからといって、山中先生は「劇場ふうな音楽」を鳴らされていたわけではなかった。
五味先生に、最初にかけられたレコードは「かえって哀愁のある四重唱」で、
次にかけられたのは「ピアノを伴う独唱」である。

そして五味先生はマーラーの交響曲を聴かせてほしい、といわれている。
ショルティによる「二番」のあとにヨッフムによるブルックナーの交響曲を聴かれている。
     *
同じスケールの巨きさでもオイゲン・ヨッフムの棒によるブルックナーは私の聴いたブルックナーの交響曲での圧巻だった。ブルックナーは芳醇な美酒であるが時々、水がまじっている。その水っ気をこれほど見事に酒にしてしまった響きを私は知らない。拙宅のオートグラフではこうはいかない。水は水っ気のまま出てくる。さすがはアルテックである。
     *
こういうブルックナーの交響曲が響いたのはアルテックのA5だからでもあるのだが、
山中先生の鳴らし方によるところもまた大きいのはいうまでもない。
けれど、それでもアルテックのA5だから、こういう芳醇な美酒として響かせるのである。

そういうアルテックのA5をネルソン・パスは選んでいるのである。
マーチンローガンのコンデンサー型は、
水っ気を、どちらかといえば水っ気ではなく水(それも少し味気ない水)にして出すスピーカーといえよう。
そういう性格のスピーカーから正反対ともいえる性格のA5を使っている。

この水っ気を芳醇な酒として響かせる性格は、ラッシュモアにも引き継がれている、と私は思っている。

Date: 6月 25th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十四・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パスがスレッショルドを創立したときからのパートナーでありデザイナーでもあるルネ・ベズネも、
同時期パスと同じマーチンローガンのコンデンサー型スピーカーを使っている。

その後パスとベズネのスピーカー遍歴がどうなっていったのか、その詳細は知らない。
パス・ラボラトリーズからは数年前に4ウェイのアンプ内蔵型のスピーカーシステム”Rushmore”が登場した。

15インチ口径のウーファー、10インチ口径のミッドバス、6インチ口径のミッドハイ(ここまではすべてコーン型)、
スーパートゥイーターのみリボン型を採用したラッシュモアは、
80Wのアンプを1台、20W出力のアンプを3五台搭載したマルチアンプ駆動でもある。
これら4台のアンプの回路は、低域を受け持つ80WのアンプのみXAシリーズと同じ構成で、
3台の20WのアンプはALEPHシリーズとなっている。

ラッシュモアの資料には各ユニットの出力音圧レベルが記載されている。
ウーファーが97dB/W/m、ミッドバスとミッドハイ、スーパートゥイーターは98dB/W/mと、
ユニットそのものの能率がかなり高いものが選ばれている。
これらのユニットをラッシュモアでは-6dB/oct.というゆるやかなカーヴでクロスさせている。
(スーパートゥイーターのローカットのみ12dB)

ラッシュモアが登場したとき、紹介記事の多くにはネルソン・パスがラッシュモアを開発するきっかけにもなり、
パス自身が愛用していたスピーカーとしてアルテックのA5の名があげられていた。

A5について改めてここで書く必要もないだろう。
古典的な高能率の、極端に広くない劇場であれば、
このスピーカーだけで十分通用するだけの朗々とした音を楽しませてくれるスピーカーシステムである。

1970年代、日本のオーディオマニアはこのA5や弟分にあたるA7を家庭に持ち込む人は少なくなかった。
むしろジャズの熱心な聴き手のあいだでは、それが当然のことように受け止められていた。

A5はもちろん、A7も日本の住宅環境では大きすぎるスピーカーシステムであり、
A5、A7にとって日本の住宅環境は極端に狭すぎる音響空間でもある。
それにA5、A7の仕上げは家庭内という近距離で眺めるスピーカーシステムでもない。
あくまでも業務用の仕上げである。
それでもA5、A7を導入する人はいた、少なからぬ人が、あの時代にはいた。

Date: 6月 21st, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十三・原音→げんおん→減音)

スレッショルドの800Aが登場したころ、
カナダのデイトンライトがガス入りのコンデンサー型スピーカーシステムを作っていた。
このガスのおかげで従来のコンデンサー型スピーカーよりも高圧をかけることが可能になったとかで、
コンデンサー型としては異例なほどのエネルギー感の再現が可能であった、らしい。

ただデイトンライトのXG8はパワーアンプをそうとうにより好みするスピーカーだったようで、
XG8を満足にドライヴできるアンプは、当時はほとんどなかった、ともきいている。

スレッショルドの800Aの開発時のエピソードして、ネルソン・パスが語っている。
パワーアンプにとって厳しい負荷であったXG8をパラレル接続にしている人を紹介されたパスは、
800Aの試作機を携えてサクラメントからサンフランシスコまで車で向ったそうだ。

800Aの試作機の保護回路の電流制限値は15Aに設定していたところ小音量時でもすぐに保護回路が働いてしまう。
それで一旦サクラメントにもどり、25Aに設定しなおしてもうまくいかない。
そうやって改良を800Aの試作機にくわえていくことで、最終的には保護回路を外すことが可能になり、
XG8のパラレル接続を問題なくドライヴできるだけでなく、
音質的にもそれまでのアンプでは得られなかったレベルに達することができた、そうだ。

こういうこともあって800Aはアメリカではデイトンライトの使い手から評価を寄せられたそうで、
またデイトンライトのXG8のために800Aは開発されたという人もいたそうだ。

このことと、STASIS1がカッティング用のアンプとして使われたこと、
さらにSTASISシリーズの1984年ごろのS/500IIは核磁気共鳴を測定するための機器として、
ある大学の研究室に20台納められた実績をもつこと、
これらのことからいえるのは、パスがいたころのスレッショルドのアンプは、
条件の厳しい負荷を問題なくドライヴできる性能を持っていた、ともいえる。

ネルソン・パスがどんなシステムを使っていたのか。
スレッショルド時代は、マーチンローガンのコンデンサー型に、
10インチ口径のウーファーを8本を使ったサブウーファーを足し、しかもこのウーファーにはMFBをかけている。

これが1984年ごろのことだ。

Date: 6月 21st, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十二・原音→げんおん→減音)

スレッショルドのSTASIS1の出力段に使われている出力トランジスターの数は72個だ、とすでに書いた。
電圧増幅段に使われているトランジスター、FETの数をあわせると増幅部だけで85個になる。
STASIS1はモノーラル仕様で、1台の重量は48kg。
この規模で、200Wの出力を実現し、当時テラーク(と記憶している)のカッティング用アンプにも採用されている。

くり返しになってしまうが、
STASIS1はスレッショルド時代におけるネルソン・パスの傑作であり頂点でもあった。

このSTASIS1をつくった男が、ほぼ30年後に発表したSIT1は、STASIS1と同じモノーラル仕様であっても、
ずいぶんと規模は異るパワーアンプである。

輸入元のエレクトリのサイト、ステレオサウンド 182号の小野寺弘滋氏による記事を読めばわかるように、
SIT1に使われているトランジスターの数はわずか1。1石アンプである。
STASIS1の1/80以下である。
重量は13.1kgと、STASIS1の1/3以下である。

これらのことから想像がつくようにSIT1の出力は8Ω負荷で10Wと、STASIS1の1/20。
ちなみにダンピングファクターはSTASIS1は100以上(DC〜20kHz)となっている。
可聴帯域においてほぼフラットということは、トランジスターアンプではそれほど多くはない。
ダンピングファクター100ということは出力インピーダンスは0.08Ωということになる。
SIT1は出力インピーダンス:4Ωと発表されているから、ダンピングファクターは8Ω負荷時において2。
4Ω負荷だと、STASIS1は50以上、SIT1は1である。

こうやってスペックだけを比較していくと、
STASIS1は物量を投入したトランジスターアンプそのもの、
SIT1は直熱三極管のシングルアンプ、それも無帰還のそれ、とも思えてくる。

このふたつのアンプを、ネルソン・パスは設計している。

Date: 6月 20th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十一・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パスの新しい会社パスラボラトリーズのデビュー作ALEPH 0は,
それまでのスレッショルドのパワーアンプとは外観・機構と回路ともに、
まるっきりといっていいほど異ったモノだった。

ALEPHシリーズの特色は出力段にある。
スレッショルド時代のパワーアンプの特色も出力段にあったわけだが、
ALEPHシリーズの特色とスレッショルド時代の特色は、同じ人間が考えついたものとはすぐには思えぬほど違う。

基本的にトランジスターアンプの出力段はコンプリメンタリープッシュプルである。
いわば+側のトランジスターと−側のトランジスターのペアから構成されていている。
これはほぼすべてのトランジスター式パワーアンプではそうなっている。

ごく一部例外的な回路構成のアンプがあり、そのひとつがSUMOのThe Goldであり、ALEPHシリーズである。
だからといってThe GoldとALEPHの回路構成が似ているかといえば、また異るわけだが。

現在のパスラボラトリーズのラインナップにはALEPHはなくなっている。
Xシリーズ、XAシリーズがある。
これらのシリーズの回路については不勉強でどうなっているのかについてはほとんと知らない。
ALEPHに採用された回路ではないことは確かである。

ALEPHに興味を持っていた私は、その点すこしがっかりしていたのだが、
ファーストワットからSIT1とSIT2を、ネルソン・パスは出してきた。
ALEPHの回路とSITの回路はまた異るものなのだが、
それでもこのふたつのシリーズに流れている考え方には共通したものを感じる。

そしてパスラボラトリーズのXシリーズ、XAシリーズとSITシリーズの違いは、
スレッショルドのパワーアンプとALEPHシリーズとの違いにも似ているもの感じる。

ひとりのアンプ・エンジニア(ネルソン・パス)がこれらのアンプをつくり出している。
ここにオーディオの世界の広さと奥行の深さを感じることができる。
そして個人的には、ALEPHとSITの両シリーズには、減音に関して通じるものを感じとれる。

Date: 6月 18th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十・原音→げんおん→減音)

1980年にプロトタイプが発表され、翌年発売になったスレッショルドのパワーアンプSTASIS1の規模は、
いまでも強烈な印象として私の中に残っている。

デビュー作の800Aを聴く機会にあったことから、
それに五味先生がオートグラフと相性のいいトランジスターアンプと書かれていたこともあって、
800Aは憧れのパワーアンプであった。

800Aは、なのに早々と製造中止になり中古として店頭に並んでいるのをまだ見たことがない。
800Aのあとに出た400は、800Aに憧れた者にとっては物足りなさを、
400のパワーアップ版であり、800Aの後継機ともいえる4000には、400とは違う意味での物足りなさを感じていた。
800Aの真の後継機はいつ出るんだろうか、と期待していたところに登場したのがSTASIS1だった。

このSTASIS1は買えるとか買えないとか、そういうこと抜きにして、
800Aを超えるアンプがスレッショルドからやっと登場した、と800Aに憧れ続けてきた者に思わせてくれた。

フロントパネルのデザインも、良かった。
私にとってスレッショルドといえば、800AとSTASIS1だけが、すぐに頭に浮ぶ。

800Aはステレオ仕様だったが、STASIS1はモノーラル仕様。
パワートランジスターの数は800Aが24石、STASIS1は72石と3倍の規模になっている。
出力段はPNP型トランジスターとPNP型トランジスターのコンプリメンタリーとなっているから、
出力トランジスターの24石ならばトランジスターの並列数は12となるわけだが、
800Aは通常のコンプリメンタリーではないため並列数は4である。
STASIS1も通常のコンプリメンタリーとは違い、型番にもなっているステイシス回路のため並列数は12である。
とはいえパワートランジスターの数の多さは、いかにもアメリカ的ともいえる。

個人的にはスレッショルドのパワーアンプの頂点はSTASIS1だったと思っている。
STASIS1以降のスレッショルドのアンプへの興味は、私の中では急速に薄れていった。
もうネルソン・パスは、800AやSTASIS1のようなわくわくさせるような、
才気煥発なところを感じさせるアンプをつくり出さなくなってしまったのか……、そんなふうに思いはじめた頃に、
スレッショルドからではなく新しい会社パスラボラトリーからALEPH 0を出した。
さらに今年ファースト・ワットからSIT1とSIT2を出している。

Date: 6月 17th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×九・原音→げんおん→減音)

サウンドボーイの編集長だったOさんも、シーメンスのオイロダインにEMTの927Dst、
そしてアンプは伊藤先生製作のコントロールアンプRA1501Aで、
パワーアンプは伊藤先生製作の300Bシングルアンプをそのままそっくりコピーして自作されたもの。

Oさんは最初から、このシステムに辿りつかれたのではない。
話を聞くと、そうとうなオーディオ道楽して、かなりの数のスピーカーを使ってきて、
ときにスタックスにコンデンサー型スピーカーを特注して、
放射状に振動エレメントをいくつも並べて、疑似的にコーン型スピーカー的なものを試されている。

そういうバックボーンがOさんにはある。
ステレオサウンド 54号に登場された長谷川氏にも同じようなバックボーンがある。

この人たちと同じようなことをハタチそこそこの若造がやったところで、
こういうシステムがもつ良さを理解することは、実のところ無理なはず。

最終的に、こういうシステムに行き着くのであれば、
最初からこういうシステムにしたほうが近道ではないか、経済的には無駄が出ないではないか、という考えもできる。
でも、それは決して近道ではなくて、むしろ廻り道ならばまだしも、道をはずれてしまうことにもなりかねない。

こういうシステムは、
いわば五味先生がマッキントッシュのMC275とMC3500について書かれたことに通じるからである。
MC3500の音を、五味先生は「簇生する花の、花弁の一つひとつを、くっきり描いていてる」とされ、
MC275の音を「必要な一つ二つは輪郭を鮮明に描くが、簇生する花は、花の美しさを出すためにぼかしてある」と。

いまのオーディオ機器の性能は、「音のすみずみまで容赦なく音を響かせる」。
そういう時代にあって、あえて高能率の、ナローレンジのスピーカーを、
真空管アンプ、それも古典的な回路のもので鳴らす、プレーヤーもがっしりした古典的なもの──、
これらでシステムを構築して家庭で音楽を聴くという行為は、
レコードによる音楽の聴き手が取捨選択して音を減らしていくことであるはずだ。

その取捨選択による減音に求められるのはなにか、
これを考えれば私がいいたいことはわかっていただけるはず。
だからいま、この歳になって、
平面バッフルにとりつけたシーメンスのコアキシャル、ダイナコのSCA35、
トーレンスの101 Limitedのシステムから離れてよかった、といえる。

オーディオマニアとしてのバックボーンを築いてこそのシステムなのだから。

Date: 6月 16th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×八・原音→げんおん→減音)

21の時、シーメンスのコアキシャル・ユニットを1.8m×0.9mの平面バッフルにとりつけたモノを鳴らしていた。
部屋は6畳弱の洋間。
平面バッフルが、文字通り目の前に聳え立っているなかで、音楽を聴いていた。

CDは登場していたけれど、このときはまだCDプレーヤーに手を伸ばす経済的余裕はなかった。
聴くのはLPのみ。
プレーヤーはEMT930stのトーレンス版の101 Limited。
アンプは伊藤アンプ、といいたいところだが、それはまだ無理な話であって、
ダイナコの管球式のプリメインアンプのSCA35だった。
フォノイコライザーは101 Limited内蔵の155stを使っていたわけだから、
SCA35はレベルコントロール付きEL84プッシュプルのパワーアンプという使い方だ。

SCA35は、コアキシャルとの相性がいい、ということだった。
それもサウンドボーイのO編集長の言葉だから、すなおに信じた。

SCA35の真空管はすべてテレフンケン製かシーメンス製に置き換えていた。
メインテナンスもしっかりなされたものだった。

この組合せは、ステレオサウンド 54号の長谷川氏のシステムをそのままスケールダウンしたともいえる。
9027Dstが930stになり、伊藤アンプがSCA35に、オイロダインがコアキシャルに、
その平面バッフルも2m四方のものが前述したサイズなのだから。

21で、こういうシステムでフルトヴェングラーやカザルスといった演奏家のレコードを聴くというのは、
そのときステレオサウンドで働いていたからこそ、踏み切れた、といえるところもある。

オーディオとは無関係の仕事についていたら、
21の年齢で、このシステムには踏み切れなかったかもしれない。
やはりワイドレンジを目指したかもしれない、と思う。

でも、幸か不幸か、ステレオサウンドで最新のオーディオ機器の聴かせてくれる音にふれることができる。
だから、ステレオサウンドにいては聴けない音を求めていた、というところもあったのかもしれない。

平面バッフルが部屋のサイズに比して大きすぎた。
もうすこし小型の平面バッフルだったなら、
もうすこしながく、このシステムでレコードを聴いていたかもしれない──、
そういう想いがあるけれど、ながくこのシステムを聴かなくてよかったのかもしれない、ともいまは思っている。

Date: 6月 15th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×七・原音→げんおん→減音)

ステレオサウンド 54号は1980年3月の発行だから、私は17ということもあり、
54号に登場された長谷川氏のリスニングルームの写真、それに記事本文には圧倒された、というよりも、
なにか感慨深いものを受けていた。

とはいえ、当時はそれがどういうものなのかははっきりとはわからずにいたけれども、
音楽の聴き手としての、オーディオマニアとしてのバックボーンの深さのようなものを、視ていたのかもしれない。

伊藤先生のアンプ、それに927Dstという組合せは、
オイロダインにとってはひとつのスタンダードな組合せともいえる。
そういう感じは、記事から伝わってきた。

この組合せは、ひとつの終着点のようにも感じていた。
いつか私も、歳をとったら、それまでにあれこれ遍歴を重ねてきたら、
やはりこういう世界に行き着くのだろうか……、そんなことさえも思っていた。

まぁ、でも、これだけの広さのリスニングルームでオイロダインを鳴らすことは、
たぶん無理だろうな……とも思っていたけれど。

54号の記事を読めばわかることだが、長谷川氏はこの組合せまでには、そうとうにすごいことをやられている。
たとえばアンプ。
真空管のOTLアンプ、それもそうとうに大規模なもの──、
6336Aを10本パラレル接続にして消費電力4.5kVA。
発熱量もそうとうなものだから、アンプ室は別に設けた、とある。
このころの長谷川氏はスイングジャーナル別冊 最新ステレオ・プラン(1970年号)に登場されている。
スピーカーシステムはパラゴン。

ステレオサウンド 54号の記事では、5年以上前にオイロダインを手に入れた、とあるから、
パラゴンの次がオイロダインなのだろう。

長谷川氏は言われている。
     *
自分で考えた部屋で、これはと思うアーティストを選んで聴くとなると、妥協ができない。もう妥協なんてなくして、取り組んでしまうんだなあ。まあこれが道楽というのかなあ。変電所のようなアンプや、いじくり廻したスピーカーで鳴らした揚句たった10Wのアンプで化物みたいなスピーカーを鳴らしているいま、考えて見るとなんだか原点に帰ったという感じだね。伊藤さんが、「私は最新式の回路も、自分で考えた工夫も絶対にやらない」と言っているから、この装置だってなにも新しいものじゃないんだね。
     *
長谷川氏は、はじめから、オイロダインに伊藤アンプと927Dstにされたわけではない。
手巻き蓄音器から音楽を聴き始めて、さんざん道楽した末の「原点」である。

Date: 6月 14th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(余談・原音→げんおん→減音)

シーメンスの直熱三極管Edを使ったアンプを聴いたのは、伊藤先生の仕事場での一度きり。
Edのプッシュプルアンプの音も、ほかの人が作ったアンプのことは聴いたことがない。
自分でEdのアンプを作ったわけでもない。

だから、こういう傾向がEdの音とは、当然いえない。
いくつかの経験があったとしても、出力管だけで真空管アンプの音がすべて決ってしまうわけではないから、
実のところ、Edの音に関して確実なことはいえない。
それでも伊藤先生はEdを使ったアンプを、
サウンドボーイ1983年8月号に発表されたEdのシングルアンプの前に、
自己バイアスと固定バイアス、それぞれのプッシュプルアンプを作られているからこその伊藤先生の、
Edの印象は的確である、と私は信じている。

伊藤先生はEdについて「こんなに美しい球を見たことがない」と表現されている。
そして「ソケットに差し込んで動作させるのが勿体ないくらいの佇まいである」とも。
「音響道中膝栗毛」に、そう書かれている。

伊藤先生も、Edという真空管の美しさに惚れられていることがわかる。
そういう真空管が、シーメンスのEdである。

Edのシングルアンプのあとに300Bシングルアンプを聴いた私の心には、
Edへの失望が生れなかったわけではない。でも、それでもEdは美しい、と思いつづけていた。

それは伊藤先生も同じだったのではないか、と思う。
むしろ実際にEdのアンプを、動作条件をいくつか変えながら作られているのだから、
私なんかよりももっともとEdの美しさに惚れ込まれていたはず。

だから1984年に、無線と実験にプッシュプルアンプを発表されている。
トランス結合ではなく抵抗結合で、シャーシーはシングルアンプ用のものを流用されている。
そのためアンプそのものの佇まいは、いささか損なわれている。

伊藤先生の製作記事には、アンプの音そのものについてはほとんど書かれない。
けれど、このアンプの音については「音響道中膝栗毛」のなかで、こう書かれている。
     *
この装置は想像以上に美しい音を出す。Edの本当の味が出て、他の球では絶対に味わえぬ繊細な音に加えて相当の迫力も出す。
     *
このアンプは初段がE82CC、そしてE82CCによるP-K分割、そのあとにE80CCがくる。
無線と実験の記事には「抵抗値を変化させて種々実験した結果はかなり厖大なデータになりました」とある。
それは「Edの音、それを100%味わいたい一心」からなのである。
伊藤先生にして、ようやくEdの美しさそのままの音を出すに到られた、ということだと思う。

この抵抗結合のEdの音を聴いていたら、Edのアンプを作ることになっていたかもしれない。
もしくは、この抵抗結合のEdプッシュプルアンプの電圧増幅段の定数を参考にして
Edシングルアンプを設計したかもしれない。

「音響道中膝栗毛」は1987年に出ている。

Date: 6月 13th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×六・原音→げんおん→減音)

伊藤先生は「Edは音がつめたいんだなぁ」と言われた。
そうかもしれないと思って、その言葉を聞いていながらも、
それは300Bと比較しての話であって、それほどつめたい音ではないはず、とも思っていた。

でも伊藤先生の仕事場のシーメンスのWide Angleから鳴ってきた音は、いわれるとおりの音だった。
がっかりしていた、と思う。
だからなのかEdを指さして「さわってみな」と言われた。

Edを見るのも聴くのも初めてとはいうものの、動作中の真空管がどのくらい熱くなっているのかは知っていた。
だから、すぐには手を出せなかった。
伊藤先生は「大丈夫だから」とつけ加えられた。

さわってみた。
これがEdの音に深く関係しているのか、と思いたくなるほど、Edは熱くならない。

そして伊藤先生は300Bシングルアンプにされた。
プレーヤーもコントロールアンプもスピーカーも同じ、
パワーアンプだけが、Edのシングルアンプから300Bシングルアンプに変った。
音も大きく変った。

この瞬間から、300Bシングルアンプの音にまいってしまった。
伊藤先生の300Bシングルアンプの音にまいってしまった。

伊藤先生アンプを知ったのは、Edのプッシュプルアンプだ、と書いた。
その次に知ったのはステレオサウンド 54号に載った300Bシングルアンプだ。

そのころのステレオサウンドには「ザ・スーパーマニア」という記事が連載されていた。
54号に登場されたのは長谷川氏。
シーメンスのオイロダインを2m四方の平面バッフルに取り付けられ、
プレーヤーはEMTの927Dst、アンプは伊藤先生のコントロールアンプと300Bシングルだったのだ。

Date: 6月 12th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×五・原音→げんおん→減音)

「人間の死にざま」を読めば、五味先生も300Bシングルアンプを晩年は愛用されていたことがわかる。
300Bシングルアンプは、いわば直熱三極管シングルアンプの代名詞ともいえる。

私にとっては、いまでは直熱三極管といえばウェスターン・エレクトリックの300Bのことである。
ずっと以前はシーメンスのEdだった。

伊藤先生の存在を知ったのも、1977年ごろの無線と実験に掲載されたEdのプッシュプルアンプからだった。
伊藤アンプに、そのときに惚れた。同時にEdという、300Bとは形も精度感も異る、
いかにもドイツの真空管と思わせるEdの姿に惚れた。

Edを見たあとでは300Bは古めかしくみえた。
だからステレオサウンドの弟分にあたるサウンドボーイに、
伊藤先生のEdのシングルアンプの記事が載ったときは、うれしかった。
このアンプをいつか作ろう、とまた思ってしまった。

無線と実験に載ったプッシュプルアンプはトランス結合による固定バイアスだった。
そっくりそのまま作りたかったのだが、UTCのチョーク(円柱状のCG40)が入手困難だった。
インターステージトランスも出力トランスもUTCだった。
それに平滑コンデンサーにオイルコンデンサーが使われていた。

これらをそっくり同じパーツを手に入れるのは、ステレオサウンドで働くようになってからでもかなり大変だった。
だから、ずっと部品を集めやすいEdのシングルアンプの発表はうれしかったわけだ。

しかも、このEdのシングルアンプを伊藤先生の仕事場で聴くことができた。

このとき、たしか伊藤先生に、サウンドボーイのO編集長に頼まれて何かを届けに行ったのだと記憶している。
O編集長は、事前に伊藤先生に私がEdに惚れ込んでいることを伝えてくれていたようだ。
だからこそ、伊藤先生はEdのシングルアンプを用意して、「Edは見た目はほんといい球なんだ……」と言われた。

伊藤先生の言葉を信じないわけではなかったけれど、
当時はまだ若かったこともあって、心の中では、わずかとはいえ反撥したい気持もあった。