音の毒(オイロダインのこと・その2)
今年の1月20日、21日、川崎市にあるオーディオ・ノートの試聴室で、
「オイロダインを楽しむ会」が開催された。
私も行ってきた。
私が行った回は、天気が悪かったせいもあってか、六人だけだった。
クラシックだけでなく、いろんな音楽(レコード)がかけられた。
それらを聴いていて、ある人が、
「オイロダインでこういう音楽を聴けるなんて!!」と興奮気味に語っていた。
どうも、この人はオイロダインは、
クラシックを主に聴くスピーカーという印象を持たれているのだろう。
よく考えてみなくても、オイロダインは劇場用スピーカーであるから、
いろんな音源を鳴らすことを前提としたスピーカーともいえる。
音楽も鳴らせば、それ以外のものを鳴らすわけだ。
映画であれば、セリフや効果音などがある。
むしろ、そこでは音楽は背景になってしまうこともある。
にもかかわらず日本では、オイロダインはクラシックのためのスピーカー、
そんなふうに思い込まれている感じすらある。
このことはオイロダインにとっても、聴き手側にとっても損なことだな、とは思う。
その意味で、オーディオ・ノートの試聴室で、
クラシックに限定することなく、ジャズもロックも、というのはよかった。
それでも別項で、「オイロダインを楽しむ会」について書いているが、
そこではオーディオ・ノートの社屋についての感想だけしか書かなかったのは、
当日のオイロダインの音がひどかったからではなく、でもよかったわけでもなく、
「音の毒」が抜かれてしまっていたように感じたからだ。
オーディオ・ノートの製品は、ずっと以前にカートリッジと昇圧トランスは聴いているが、
アンプに関しては「オイロダインを楽しむ会」で初めてだった。
そのくらい縁がなかったわけで、オーディオ・ノートのアンプがどういう音なのかは、
まったく把握していない、といっていいぐらいだ。
なので毒気を抜かれた音になってしまった原因がどこにあるのかは、
なんともいえない。
それに毒気を抜かれたと感じたのは、私ぐらいだったのかもしれない。