スピーカーは鳴らし手を挑発するのか(その4)
(その1)を書いたのは2012年7月だから、九年前。
いまになって、タイトルのことを考えている。
「スピーカーは鳴らし手を挑発するのか」というタイトルなのだが、
「スピーカーは聴き手を挑発するのか」にしなかった理由を、
いまごろになって思い出そうとしている。
鳴らし手と聴き手では、微妙に違う。
鳴らし手は、ほとんどの場合、すでに、そのスピーカーを購入している人である。
オーディオを仕事にしていて、自分のリスニングルーム以外で試聴する、
それもスピーカーのセッティングを他人まかせにせずに自分でやる。
その場合も、スピーカーの鳴らし手であるわけだが、
オーディオマニアのほとんどは、オーディオを仕事にしていないわけだから、
鳴らし手という場合、自分のリスニングルームで、自分のスピーカーとなる。
それが聴き手となると、話は少し違ってくる。
聴き手なのだから、何も自分のスピーカーの聴き手とはかぎらない。
オーディオショウやオーディオ店で鳴っているスピーカーを聴く人も聴き手だし、
オーディオの仲間のところにいって、その人の音を聴かせてもらってときも聴き手である。
スピーカーの聴き手とは、誰のスピーカー、どこで、といったことは問われない。
スピーカーからの音を聴いていれば、聴き手と呼ばれる。
「スピーカーは聴き手を挑発するのか」と「スピーカーは鳴らし手を挑発するのか」では、
微妙なところで違ってくる。
おそらく六年前もそんなことを少しは考えていたはずだ。
だから「スピーカーは鳴らし手を挑発するのか」にしたはずだ。