タンノイはいぶし銀か(その11)
この項のタイトルは「タンノイはいぶし銀か」であって、
「タンノイはいぶし銀だ」でも「タンノイはいぶし銀ではない」でもない。
ここで、タンノイはいぶし銀だといいたいわけでもなく、
またいぶし銀ではない、といいたいわけでもない。
「タンノイはいぶし銀か」への答は聴いた人がそれぞれに出すことであって、
その出した結論にあれこれいうつもりはない。
ただ、あまりにも「いぶし銀」が安易に使われているのではないか、
ということをいいたいだけである。
ステレオサウンド 29号に、黒田先生の「ないものねだり」が載っている。
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思いだしたのは、こういうことだ。あるバイロイト録音のワーグナーのレコードをきいた後で、その男は、こういった、さすが最新録音だけあってバイロイトサウンドがうまくとられていますね。そういわれて、はたと困ってしまった。ミュンヘンやウィーンのオペラハウスの音なら知らぬわけではないが、残念ながら(そして恥しいことに)、バイロイトには行ったことがない。だから相槌をうつことができなかった。いかに話のなりゆきとはいえ、うそをつくことはできない。やむなく、相手の期待を裏切る申しわけなさを感じながら、いや、ぼくはバイロイトに行ったことがないんですよ、と思いきっていった。その話題をきっかけにして、自分の知らないバイロイトサウンドなるものについて、その男にはなしてもらおうと思ったからだった。さすが云々というからには、当然その男にバイロイトサウンドに対しての充分な説明が可能と思った。しかし、おどろくべきことに、その男は、あっけらかんとした表情で、いや、ぼくもバイロイトは知らないんですが、といった。思いだしたはなしというのは、ただそれだけのことなのだけれど。
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ここに登場する「バイロイトサウンド」も、いぶし銀と同じような使われ方を、
オーディオの世界ではされている、と感じる。
黒田先生はその後バイロイトに行かれている。
バイロイトの音が、ヨーロッパの、ほかのオペラハウスとどう違うのかを、
端的に説明してくださった。
バイロイトに行ったことのない男が、
バイロイトで録音されたレコードを聴いて、「さすが」というのと同じように、
タンノイが鳴っているというだけで、いぶし銀を見たこともないのに、
「さすがタンノイ、いぶし銀の音ですね」といってたりはしないだろうか。
バイロイトでの最新録音という前知識があったから、
その男は「さすが」といっただけかもしれない。
そんな前知識がなく、そのレコードを聴いていたら、そんなこといわなかっただろう。