誰かに聴かせたい、誰かと聴きたいディスク(その3)
一人での試聴もあれば、そうでない試聴もある。
オーディオ雑誌の試聴では、オーディオ評論家が一人で聴くこともあれば、
複数のオーディオ評論家が並んで聴くこともある。
オーディオ評論家一人の場合であっても、
試聴室には編集者が同席しているわけであって、厳密には一人での試聴なわけではない。
オーディオマニアがオーディオ店での試聴することもある。
一人での試聴の場合もそうである。
店員が同席しているから、一人で試聴するという機会は、
自宅での試聴以外にはそうそうない。
つまり自宅以外の試聴では、誰かが隣にいる。
編集者、店員であろうが、誰かが最低でも一人はいる。
名目上一人での試聴だから、好きなディスクを鳴らしても、
誰かから苦情がくるということはない。
編集者にしても店員にしても、
「へぇ〜、こんなディスク(音楽)聴くんですか」と心では思っていたとしても、
それを口に出すことはまずないし、
試聴している人にとっては、編集者、店員は黒子に近い存在と受け止めているのかもしれない。
それでも、そこでかけるディスク(音楽)を聴いているのは、自分一人ではないのは変らない事実だ。
だからこそ、どんな時であれ、試聴であるならばかけるディスクの選択に無頓着ではいられない。
同席している編集者、店員に積極的に聴かせたい、という気持があるなしに関係なく、
誰かが同時に聴いている。
このことを無視してのディスク選択はありえない。
(その2)を書いたのが2017年12月。
この(その3)を書こうと思い立ったのは、
先日のaudio wednesdayで、来てくださった方たちが「青春の一枚」を持ってこられたからだった。