素材考(柔のモノ・その7)
よくよく思い出してみれば、マランツのCD65の五年前に、
KEFのModel 303というスピーカーシステムを聴いている。
Model 303は、当時のKEFの製品ラインナップでローコストの部類であった。
イギリス製ということで、一本59,000円していたものの、
Model 303の数年後、598スピーカーの狂騒とは実に対照的なつくりのスピーカーシステムだった。
エンクロージュアはプラスチック製、
しかも四面をグリルで囲んでいる。
ローコストなつくりに徹底しているともいえる。
瀬川先生は「およそ無愛想な小っぽけなスピーカー」と表現されていた。
でも、その音は、バランスのいい音で、
この点においても、日本の598スピーカーとは対照的であった。
ステレオサウンド 54号の特集では、
黒田恭一、菅野沖彦、瀬川冬樹の三氏ともに特選とされている。
オーディオマニアは、プラスチックよりも金属や木のほうが優れていると思いがちだ。
木にしてもチップボードよりも合板、合板よりもムクの板、と思う。
私だってその傾向がある。
けれど製造する側の見方は、違うところもある。
同じクォリティのモノを生産していく。
そのためには安定した素材の方が、製品の価格帯によっては有効といえる。
Model 303のウーファーの振動板はグリルを外して確認したわけではないが、
ベクストレンのはずだ。天然素材の紙ではない。
そういう視点でみていけば、Model 303はバラツキの非常に少ないスピーカーシステムであったはずだ。
Model 303の音はCD65以前に聴いて関心していた──、にも関わらずCD65の時には忘れてしまっていた。
それでついこれで金属シャーシーだったら……」と洩らしてしまい、
井上先生に、そうではない、と返されてしまったわけだ。