何を欲しているのか(その10)
私は、というとそれほど多くのカートリッジを所有していたわけではない。
学生時代、最初に買ったのはエラックのSTS455E、そのあとにオルトフォンのMC20MKII。
このときも、ほとんどMC20MKIIでだけ聴いていた。
STS455Eに付け替えたのは、ほんの数回だったような気がする。
なにもエラックのカートリッジの音が気にくわなかったわけでもないし、
オルトフォンのほうがすべての点でまさっていたわけでもない。
ときどきエラックの、あの艶っぽさの濃厚な音を聴きたくなっても、
どうしても聴きたい、という気持があるところまでつもってくるまでは交換しなかった。
基本的に、カートリッジを頻繁に交換するのは、好まない。
ひとつの気に入ったカートリッジを、きっちりと調整したら、
できるだけそのままにしておきたい、という気持がつよい。
ステレオサウンドで働くようになってからは、わりと早い時期にトーレンスの101Limitedを手に入れたから、
カートリッジはほぼ自動的に、最初はトーレンスのMCH-I、
それからEMTのTSD15、そのファインライン針版のTSD15SFLになっていった。
仕事で、ステレオサウンドの試聴室でさまざまなカートリッジを聴くことができるということも重なって、
自宅ではEMT以外のカートリッジを取り付けることはほとんどなかった。
それでも、いくつかのカートリッジは試している。
オーディオテクニカからEMTのトーンアーム用のヘッドシェルが出ていたから、
それを使っていくつか気になるカートリッジを使ってみた。
それからフィデリティ・リサーチのFR7のEMT用も試したことがある。
でも結局、EMTのカートリッジがあれば、他は要らない、というわけではないけれど、
これひとつでもいいかな、という気持になっていた。
そんな私でも、カートリッジを交換したときの楽しみは知っているし、
ステレオサウンドで働いてなかったら、もう少し、カートリッジの数は増えていたはずだ。
カートリッジは、スピーカーシステムやアンプなどとは違い、買い換えでなくても、
買い足していくことが、当時の価格であれば、わりと気楽にできた。だからこその、カートリッジの楽しみだった。
それがいまのカートリッジの価格では、あれこれ気軽に買い足していくことはかなりしんどい。
それにカートリッジの音のヴァリエーションも、アナログ全盛時代とくらべると狭くなっている。