2024年をふりかえって(その6)
むかしから、詩、俳句、短歌が苦手だった。
作るのだけでなく、読むのも苦手意識がつきまとう。
それでも十年くらいに一度くらい、
ものすごい──、そんなふうに胸を抉られるような作品と出会うことがある。
今年は、それがあった。
河野裕子氏の歌だ。
「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」
いまごろ知ったのか、と呆れられてもいい。
とにかく、今年は、この歌に出会えた。
それだけでいい、と思っている。
むかしから、詩、俳句、短歌が苦手だった。
作るのだけでなく、読むのも苦手意識がつきまとう。
それでも十年くらいに一度くらい、
ものすごい──、そんなふうに胸を抉られるような作品と出会うことがある。
今年は、それがあった。
河野裕子氏の歌だ。
「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」
いまごろ知ったのか、と呆れられてもいい。
とにかく、今年は、この歌に出会えた。
それだけでいい、と思っている。
別項で書いている動的平衡。
音の姿勢と音の姿静のバランスも、また動的平衡なのだろう。
11月6日のaudio wednesdayでの4343を音を聴きながら、
これは、私にとって「つきあいの長い音」なんだろうな、と思っていた。
熊本のオーディオ店で、瀬川先生が鳴らされる4343の音は、
何度か聴いている。
最後に聴くことができた音、
トーレンスのリファレンスとSUMOのThe Goldでの、
コリン・デイヴィスの「火の鳥」は、
いまもしっかりと私の裡で鳴り続けている、といえるほどだった。
ステレオサウンドで働くようになった頃は、
4344が登場したばかりで、試聴室には、まだ4343があった。
自分で鳴らした4343の音は、ステレオサウンドの試聴室が初めてだった。
しばらくして4343は4344へと交替した。
ステレオサウンドのリファレンススピーカーが、
4343から4344へと交替した時がきた。
それから4343を個人のリスニングルームで聴くことは、
数えるほどだったが、あった。
そういう機会もなくなり、しばらく4343を聴くことはなかった。
次に聴いたのは、2005年ごろだった。
以前、別項で二回引用した孔子の論語が頭に浮ぶ一年でもあった。
子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」、
このことを思い出しながら、
なぜ、そうなれない人がいるのか、
それどころか大きく矩を踰えてしまった音を出す人がいる。
齢を重ねなければ出せない音があるのは確かだが、
どう齢をとっていったかによって、矩を踰えるかどうかが決まっていくのか。
どこでそうなっていったのか、
そういうポイントは一つでなく、幾つもあったように思うし、
その度にずれていってしまうのか。
修正することは、もう無理だったのか。
その意味で、齢を重ねてしまったがゆえに、
出せない音が生まれてしまった──、ともいえよう。
そんなことを考えさせられた一年だった。
別項で「オーディオのプロフェッショナルの条件」を書いている。
オーディオのプロフェッショナルとは、どういうことなのか。
今年は、そのことについて、いつも以上に考えさせられることが、
いくつか重なった。
結局、オーディオ業界にいて、お金を稼いでいれば、
その人はオーディオのプロフェッショナルということになる──。
もちろん、そういうレベルの低い人ばかりではないことはわかっている。
それでも、オーディオのプロフェッショナルを自称している人の中には、
そういうレベルの人が、決して少なくないことを、
今年は目の当たりにすることが何回かあった。
おそらく、ではなく、きっと来年も、そういう人を目の当たりにするであろう。
11月6日のaudio wednesdayで鳴らしたJBLの4343は、
宇都宮から運んでくる必要があった。
当初は、私がクルマと運転手を手配して、という手筈だったのが、
頼んでいた人が、ストレスで短期間ではあったけれど引きこもりになってしまった。
いまは元気になっているけれど、
前もって運搬・搬入しようとしていた時は、
頼めそうな感じではなかった。
もう一人、声をかけていた人もいたが、
この人は心筋梗塞で入院してしまった。
4343のオーナーのHさんは、クルマへの積み込みと移動は、
レンタカーを手配して、一人で大丈夫という方だったので、お願いすることになった。
これで安心と思っていたら、
11月2日に、彼が予約していたレンタカーが事故にあって、
借りれなくなった、代車が用意されるようだ──、
という連絡があった。
3日の夜になってもレンタカー会社からの連絡がないので、
最悪運べないかもしれない可能性も出てきた。
4日に連絡があって、代車が用意された、とのこと。
これでほんとうに安心できる、と思った。
4343は無事届いた。
けれど、すでに書いているように、予想しない不具合が発生。
4343に原因があるのではなく、
他のところによる不具合なのだが、どこなのかがなかなかはっきりとせず、
けっこうな時間を費やしながら、
少しだけ、何かに邪魔されているのか……、そんなことも思ったりした。
しかもトラブルはもう一つあって、
前日夜にHさんが4343をチェックしたところ、2405が鳴らなかったそうだ。
深夜まで時間をかけて、鳴るようになった、という話を、
準備している時に聞いていたものだから、
いったいなんなんだろう──、と思うしかなかった。
そんなことがあったけれど、4343はよく鳴ってくれた。
(その20)で聞いたことを試してみる機会はなかったけれど、
12月のaudio wednesdayではやれる。
D/Aコンバーターにはメリディアンの218を使うから、
デジタル処理で極性を反転できる。
通常の接続時の音と、(その20)で書いた接続では、
どのような音の変化があるのだろうか。
意外と大きいのか、逆に小さいのか。
まったく(ほとんど)同じとはならないと思っている。
このことを含めて、12月のaudio wednesdayを、
私は楽しみにしている。
audio wednesdayで音を鳴らすようになったこともあって、
今年はメリディアン のUltra DACを三回聴くことができた。
3月、6月、11月の三回だ。
このことも今年をふりかえって、嬉しかったことのひとつとして挙げたい。
2020年12月、喫茶茶会記の閉店・移転に伴い、
audio wednesdayもいったん終了した。
2022年9月から再開したaudio wednesdayだけれど、
くり返し書いてきているように、どこか特定の場所を確保して、というわけではなかった。
とりあえず継続させていこう──、そこにとどまっていた。
なので以前のように音を出すことはできないでいた。
それが今年から大きく変った。
また音を鳴らせる。
聴いてもらえる。
このことの楽しさ、喜びはやってみればわかる。
確かに面倒なことは、常にある。
特にスピーカーをどうするかは、悩むところだった。
それでも毎回終ると、やってよかった、と思える。
喫茶茶会記からの常連の人たちも来てくれるし、
新しく常連となられた方たちもおられる。
これまでオーディオに関心のなかった人が、関心を持ってくれるようになったのは、
本当に嬉しいことだ。
今年はあと一回ある。
すでにスピーカーは搬入済みだから、気が楽だ。
12月に鳴る音も、個人的に楽しみにしている。
とにかく音を鳴らせるaudio wednesdayが、始められた。
そういう一年だった。
来年も続いていく。
2012年12月に、別項にこう書いた。
ステレオサウンド 61号の編集後記に、こうある。
*
今にして想えば、逝去された日の明け方近く、ちょうど取材中だったJBL4345の組合せからえもいわれぬ音が流れ出した。この音が先生を彷彿とさせ、話題の中心となったのは自然な成り行きだろう。この取材が図らずもレクイエムになってしまったことは、偶然とはいえあまりにも不思議な符号であった。
*
この取材とは、ステレオサウンド 61号とほぼ同時期に発刊された「コンポーネントステレオの世界 ’82」で、
井上先生による4345の組合せのことである。
この組合せが、この本の最初に出てくる記事にもなっている。
ここで井上先生は、アンプを2組選ばれている。
ひとつはマランツのSc1000とSm700のペア、もうひとつはクレルのPAM2とKSA100のペアである。
えもいわれぬ音が流れ出したのは、クレルのペアが4345に接がれたときだった、ときいている。
このときの音については、編集後記を書かれたSさんにも話をきいた。
そして井上先生にも直接きいている。
「ほんとうにいい音だったよ。」とどこかうれしそうな表情で語ってくれた。
もしかすると私の記憶違いの可能性もなきにしもあらずだが、
井上先生は、こうつけ加えられた。
「瀬川さんがいたのかもな」とも。
このことがあったから、今回、パワーアンプはクレルのKSA100にした。
Hさんは、クレルのパワーアンプを他にも持っている。
KMA200とKMA100である。
その中でKSA100を持ってきてもらったのは、上記の引用が理由だ。
しかも井上先生の4345の組合せの試聴は1981年の11月6日。
このころの井上先生のことだから、試聴がはじまったのは、
早くても夕方から、大抵は夜になってからで、
4345から《えもいわれぬ音》が鳴ってきたのは、
翌7日の朝早い時間のはず。
今回のaudio wednesdayも11月6日。
無理なこととはわかっていても、できれば朝方まで鳴らしたかった。
11月6日のaudio wednesdayで鳴らしたJBLの4343は、
宇都宮に住むHさんのモノである。
彼は四谷三丁目の喫茶茶会期からの常連で、当時は愛知、兵庫から来てくれていた。
audio wednesdayが終ったあと、新宿から深夜バスで帰り、
翌日は、もちろん朝から仕事。若いなぁ──、と思っていた。
彼はまだ30代。今は宇都宮なので、アンプやスピーカーを、
audio wednesdayに持ってきてくれる。
クレルのKMA200、アポジーのDuetta Signatureも、
彼の私物である。
彼が4343を一人でクルマに積み、運んできてくれた。
クルマの後ろの扉を開ける。
横置きで積まれた4343の底板が見える。
4343は1976年登場で、1981年くらいまで製造されていた。
四十年から五十年近く経っているわけだから、
新品同様ということはまずない。
底板は、調整の際、動かすわけだから、多少なりとも傷が残る。
そんな底板を見た時は、それだけの年月が経っていることを感じていた。
それでも運び込み設置。
アンプやその他の器材もセットして結線して──、
けれどすでに書いたように予想外の不具合が発生して、
4343からやっと音が鳴ってきたのは、けっこう時間が経っていた。
やっと落ち着いてソファーに座り、音をきちんと聴く。
その時改めて、4343はスーパースターだ、と、感じていた。
佇まいが、そうだった。
お互い歳をとったけれど、4343はやはりスーパースターのままだった。
様になるスピーカーのままだった。
昨晩のaudio wednesdayは、JBLの4343を鳴らした。
予想できなかった、しかも初めての不具合の解消にかなり時間をとられて、
十全な調整が行えたわけではなかったが、
自己採点ではあるが、まあうまくいったと思っている。
それにしても今回の不具合の原因は、意外なところにあって、
それゆえに手間取ったわけだが、大きな経験にもなった。
4343を自分の手で鳴らすのは、ステレオサウンドにいたから以来だから、ほぼ四十年ぶり。
4343の音を聴いたのは2005年、
早瀬文雄さんのリスニングルーム以来である。
1976年に登場した4343だから、五十年近く前のスピーカーとなる。
古いスピーカーといえば、確かにそうなのだが、
だからといって、その一言で切って捨てられるほど、
軟弱なスピーカーではない。
いつもは端っこで聴いているのだが、
今回だけはいちばんいいポジションで聴いていた。
書きたいことはもっとある。
それは個人的な想いばかりだから、この辺にしておく。
12月4日のaudio wednesdayは、
現代音楽をBOSE 901で聴く、がテーマである。
10月に予定していたが諸事情で12月に延期。
現代音楽にうとい私だから、選曲は常連のHさんにお願いした。
なので当日は、私はいつもと違い聴く側にまわれる。
アンプはマッキントッシュのMC275を予定している。
別項で聞いたことがあるように、ステレオサウンドの試聴室で、
CDプレーヤーをMC275に接続し、901を鳴らしたことがある。
その音の記憶があっての、もう一度、聴いてみたいと常々思っていた。
今回は901だけでなく、エラックのトゥイーターも使う。
どんなふうに変化するのか、それも楽しみにしている。
あとひとつ、これは当日、実際に試してみないことにはうまくいくのかどうか、
なんともいえないが、考えていることがある。
そういうことを含めて現代音楽を聴いていく。
明日(11月6日)のaudio wednesdayは、JBLの4343を鳴らす。
パワーアンプは、クレルのKSA100。
D/Aコンバーターは、メリディアンのUltra DACだ。
書きたいことはいっぱいあるけれど、もう書かなくてもいいだろうという気持も強い。
明日、鳴らすだけであるため
開始時間は19時。終了時間は22時。
開場は18時から。
会場の住所は、東京都狛江市元和泉2-14-3。
最寄り駅は小田急線の狛江駅。
参加費として2,500円いただく。ワンドリンク付き。
大学生以下は無料。