Date: 9月 25th, 2020
Cate: TANNOY
Tags:

タンノイはいぶし銀か(その8)

ステレオサウンド 94号の特集から、柳沢功力氏の文章からの引用だ。
     *
 タンノイも、最近のカンタベリーやウェストミンスター・ロイヤルなどは、以前ののものに比べるとずいぶん音色が異なってきた。以前の、ということはオートグラフの時代のことだが、例の「いぶし銀の音」の名言が生まれたように、そこにまさに、うす明かりの中で見るいぶし銀の輝きのような渋い音色があって、それが独特の重量感をもつ低音の中に、半ばうもれる様で輝いていた。
 実のところ僕はあのいぶし銀の音は、さめた目でみれば単に中高域の歪み成分だと思うのだが、でも、その正体が何であったかはこの際あまり問題ではない。あの低音とあの中高音が、重厚さを超えた崇厳さと気品に満ちたクラシック音楽の世界を、垣間見させてくれていたのは事実なのだから。
 しかし、現在のタンノイにこの話はそのまま通用はしない。ユニットの基本形は頑として変らずとはいうものの、タイプを重ねるごとに内容は近代化され、もはや歪みの音色に頼るような前時代的なサウンドではない。それに今回のはタンノイといってもバックロードホーンでもなければ、そんなに大型でもないスターリング/HWだから、ここでなにも「いぶし銀」の話を持ちだすことはなかったかもしれない。
 とはいうものの、このスピーカーを他のこのクラスのものと横一列にならべてみれば、やはりこれだけが特別な雰囲気をもつものであるのは事実。そしてその特別さが、タンノイ伝統の血にもとづくものであるのもまた事実だ。僕はこの音をとくに重い響きとは思わないが、しかしこの音を標準にすれば、世の中の大半のスピーカーは軽薄サウンドと思えそうである。それにいまさら「いぶし銀」とはいわないものの、この音を標準とすれば、世の中の多くのスピーカーの音は、まるでアルミニウムかステンレスのようにキラキラとまぶしくもある。
     *
柳沢功力氏の「いぶし銀」に、ウンウン、そうだと頷く人もいるだろうし、
そうかな、と首を傾げる人もいようが、
いぶし銀の音について、どう感じているかを説明しているのは、そう多くはない。

この柳沢功力氏の文章を読んだ後で、
ステレオサウンド 207号の特集中、タンノイの新しいArdenの試聴記で、
和田博巳氏が《他の弦楽器は艶やかというよりはいぶし銀のごとき味わい》とされているのを読むと、
柳沢功力氏と和田博巳氏の音の聴き方の相違が、なんとも興味深く感じられる。

いぶし銀のことからは外れるが、
94号の特集で、スターリングを七機種のプリメインアンプで鳴らした音の、
三氏の試聴記を比較しながら読むと、これまた別の意味で興味深い。

このことに関しては、別項でいずれ書くつもりである。

Leave a Reply

 Name

 Mail

 Home

[Name and Mail is required. Mail won't be published.]