月刊ステレオサウンドという妄想(というか提案・その7)
ステレオサウンド 214号には、
小野寺弘滋氏による柳沢功力氏の「再生悦楽」の書評が載っている。
といっても、読んでいない。
どんなことが書かれているのはよくは知らないが、
前回の(その6)のあとに、
「小野寺氏は柳沢氏の連載を楽しみに読んでいた、そうだよ」という連絡が友人からあった。
書評にそう書いてある、とのこと。
私のように、「ぼくのオーディオ回想」はつまらないと思う者もいれば、
小野寺弘滋氏のように、連載を毎号楽しみに待って読んでいた人もいるわけだ。
類は友を呼ぶ、という。
ほんとうにそうなんだ、と最近思うことが多い。
前々回の(その5)で、
私は、「ぼくのオーディオ回想」はつまらない、と感じていた。
私だけではなく、周りの友人、オーディオ仲間で、
誰一人として「ぼくのオーディオ回想」をおもしろい、といっていた者はいない──、
そんなことを書いたが、
これは私がそうだから、私の周りの人も「類は友を呼ぶ」でそうなのだろうか。
おそらく小野寺弘滋氏の周りの人たちは、
小野寺氏と同じように「ぼくのオーディオ回想」を毎号楽しみにしていたのだろうし、
「再生悦楽」も買って読むんだろう。
そのことを否定する気はないけれど、
でもいまのステレオサウンドも「類は友を呼ぶ」的に偏りすぎているのか……、
そんな見方もできなくはない。
八年ほど前に別項で、
「同じ部屋の空気を吸うのもイヤ!! そういう相手と一緒につくっていかないと面白い本はつくれない」
気の合う者同士で本をつくっていても、それでは絶対におもしろいものはつくれっこない、
ということを、当時の編集顧問のKさんにいわれたことを書いている。
そういうことだな、と思っている。