KK適塾 2017(四回目・その3)
石黒浩氏のアンドロイドに関しての話を聞くたびに毎回思っているのは、
High Fidelity Reproduction(ハイ・フィデリティ・リプロダクション)のことだ。
日本では昔からHigh Fidelity Reproductionイコール原音再生、
もしくは限りなく原音に近い音の再生、というふうに捉えられている。
これは誤解といえる。
この点に関しては、瀬川先生がステレオサウンド 24号(1972年)、
「良い音は、良いスピーカーとは?(3)」で書かれている。
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それよりも、まず、ハイ・フィデリティをイコール《原音の再生》と定義してよいのだろうか。原音そっくりが、即、ハイ・フィデリティなのだろうか。
ハイ・フィデリティを定義したM・G・スクロギイもH・F・オルソンも、そうは言っていない。彼らは口を揃えていう。ハイ・フィデリティ・リプロダクションとは「原音を直接聴いたと同じ感覚を人に与えること」である、と。要するにハイ・フィデリティとは、物理的であるよりもむしろ心理的な命題だということになる。ここは非常に重要なところだ。
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「原音を直接聴いたと同じ感覚を人に与えること」こそが、High Fidelity Reproductionである。
瀬川先生も書かれているように、ここは非常に重要なところだ。
昨年秋から何回にわたって波形再現について書いてきた。
波形再現を否定するつもりはないが、私がSNSで見かけた波形再現は、ひとりよがりだった。
取り組んでいる本人は、客観的に追求しているつもりてあっても、
いくつもの大事なところが抜け落ちている。
石黒浩氏の話で興味深く感じたのは、
アンドロイドの皮膚を剥ぐときの現実感について、である。
おそらく来場者のほとんどが、このところには強い関心をもたれたのではないだろうか。
皮膚を剥ぐという、現実ではほぼありえないシチュエーションでの現実感というか、
アンドロイドの人としての実在感があるということは、
オーディオマニアならば、再生音において、同様のことがあるのではないか、と思うだろうし、
思いあたることがあるはずだ。
KK適塾の終りには、質問の時間がある。
石黒浩氏にひとつ訊きたいことがあった。
でも、KK適塾での話とは直接関係のないことであり、
他の人にとってはどうでもいいことであろうから、
石黒浩氏に、オーディオマニアではないことを確かめたかったけど、しなかった。
おそらくオーディオマニアではないだろう。
けれど石黒浩氏の話をきくたびに、
この人がオーディオマニアだったら……、と思う。