続・再生音とは……(生演奏とのすり替え実験・その6)
ステレオサウンド 32号「みんなほんとうのステレオを聴いているだろうか?」で、
岡原勝氏が次のことを述べられている。
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岡原 理想的なステレオエフェクトを得るには、フィールドを再生しなければならない。それにはリスニングポジションで左右のスピーカーからの音が混ざって初めて、レコーディングで意図されたフィールドが再生されるのです。そこで左右の音が混じらなかったら、左は左、右は右というようになってしまい、フィールドの再現は望めません。
大きなホールでのレコードコンサートを聴きに行くと、よくそういうことがおこっています。ちょっと体を動かすと左の音しか聴こえない、逆に動くと右の音しか……ということで全然ステレオになっていない。一般家庭では部屋が狭いですから、内部での反射があり、スピーカー自体の指向性が少々狭くても、左右の音が混ざってフィールドが出来ますが、ホールは一般家庭の部屋にくらべ大きさが違いますから、指向性の狭いスピーカーをつかうと、左右の音はほとんど混ざりません。つまりステレオにならない。
瀬川 二つのスピーカーから出た音をステレオで聴くというのは、不特定多数が相手では無理ですね。厳密な意味でのステレオエフェクトは、それほど多人数では聴けないでしょうね。
岡原 以前ビクターが、ホールで生演奏と再生音のスリ替え実験をやった時には、そのことを大変気にしてまして、スピーを数多く用い、中には後ろ向きに置いた反射音専用のスピーカーもあるというような実験をしたわけです。要するに、生演奏と同じフィールドを再現出来ればスリ替えてもごまかせるわけですから、指向性をダルにして、左右の音がうまく混ざるようにすれば、相当な広範囲でも生演奏と同じような音場が出現します。
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一般的なリスニングルームよりもずっと広い空間であるホールでの、生演奏とのすり替え実験では、
中央の席の人もいれば、壁に近い端っこの席の人もいるわけで、
それでもすり替え実験を成功させているのは、こういうスピーカー配置があったからこそ、ともいえる。
生演奏とのすり替え実験に成功した再生音が、
家庭のリスニングルームで聴く音として理想的であるのかどうかは検討する必要があるけれど、
あるパラメータを極端にすることで、それまであまり問題とならなかったことが顕在となるし、
再生音とは……、について考えるきっかけ、手がかりを与えてくれる。