改めて、毎日書くということ
ブログは10日以上更新できないままだった。
毎日書いていて、長い時もあれば短い時もある。
けれど長い文章のときが必ずしも、そのために時間を多く必要とするわけでもなく、
短い時の方が、意外に時間を必要としたりする。
ブログを書かなければ時間が、その分浮く。
しかもいまは瀬川先生の「本」づくりの作業の真っ最中。
ブログを書かないだけ、その作業が捗ったかというと、そうじゃない。
むしろ滞っていた。ブログを書かない、書かなくてもいい、書こうとしても書きこめない、ということが、
なにか気合いを抜けさせるところがあって、はやく再開させねば、と思っていた。
なぜ書くのだろうか。
アウグスティヌスの有名なことばに、
私に誰も問わなければ、私は時間とは何かを知っている。
しかし時間とは何かを問われ、説明しようと欲すると、私は時間とは何かを知らない。
──がある。
「時間」をオーディオに置き換えてみる、音に置き換えてみる。
私に、誰かが問うているわけではない。
問いには、ことばで説明していくしかない。
「ことばが思考の着物ではなくて、思考の肉体であるとは、
私たちが思い、考える場合に概念と論理だけによるのではなく、
イメージと想像力にもよるのだ、ということである。」
──中村雄二郎氏のことばである。