いま、空気が無形のピアノを……(その1)
オーディオに関心をもつきっかけは、 五味康祐氏の「五味オーディオ教室」で、
多くのマニアの方のように、どこが素晴らしい音楽(音)に触れたのがきっかけというのではなく、
一冊の本との出会いが、私のオーディオの出発点になっている。
「五味オーディオ教室」が、私にとって最初のオーディオの本であり、
この本と最初に出合ったこと、原点となったことは、 とても幸運だったと、いまでも思っている。
買ってきたその日から、毎日読んだ。
学校に持っていては休み時間に読み、 帰宅してからも、ずーっと読む。
何回も何回も頭から最後まで読み返して、 また興味深いところだけを、これまた何回も読み直して、
何度読んだかは、もうわからないくらい読み返した。
何度も読みながら、
「オーディオという趣味はなんと奥深いものなんだろう……、
音楽を聴くという行為の難しさ、素晴らしさ──、これは一生続けられる趣味だ」と思うとともに、
当時ステレオを持っていなかった私は、この本を読むことで、
オーディオの本当の音は、こういうものなんだ、 と勝手に想像(妄想)したものである。
いくつも強烈に印象にのこっている言葉がある。
そのなかのひとつが、
「いま、空気が無形のピアノを、ヴァイオリンを、フルートを鳴らす。
これこそは真にレコード音楽というものであろう」のフレーズ。
空気が無形のピアノを目の前に形作って、そのピアノから音(音楽)が響いてくる──、
中学二年の私は、それがオーディオの在りかただと思い込む。
しかし、五味先生は、
「実際に、空気全体が(キャビネットや、 ましてスピーカーが、ではない)楽器を鳴らすのを
私はいまだかつて聴いたことがない」とも書かれている。
2005年5月19日、菅野先生のリスニングルーム。
菅野先生が「第三世代」と呼ばれている
ジャーマン・フィジックスのDDDユニットを中心としたシステムで、
プレトニョフのピアノ(シューマンの交響的練習曲)で、
「五味オーディオ教室」を初めて読んだときから29年、
「空気が無形のピアノを鳴らす」のを、 はじめて耳にした。