Archive for 1月, 2014

Date: 1月 2nd, 2014
Cate: 再生音

聴きたいのは……(蛇足)

こんなことを書くのは蛇足だというのはわかっている。
だから昨日はあえて書かなかった。

それでも、やはり書いておく。

五味先生は「つねに私が聴きたいのはピアノの音ではなく、ピアニストだからだ。」と書かれている。
「つねに私が聴きたいのはピアノの音ではなく、ピアニストの音だからだ。」とは書かれていない。

文章のアマチュアであれば、
「つねに私が聴きたいのはピアノの音ではなく、ピアニストの音だからだ。」と書きたいところを、
「つねに私が聴きたいのはピアノの音ではなく、ピアニストだからだ。」と勢いで書いてしまうことはある。

だが五味先生はプロフェッショナルである。
いかに五味先生がプロフェッショナルであったかは、
ステレオサウンドの原田勲会長からきいたことがある。

プロフェッショナルの五味先生が
「つねに私が聴きたいのはピアノの音ではなく、ピアニストだからだ。」
と書かれているわけだ。

Date: 1月 1st, 2014
Cate: 再生音

聴きたいのは……

つねに私が聴きたいのはピアノの音ではなく、ピアニストだからだ。
     *
これは五味先生の言葉だ。
短い、この一行は、私にとって、
オーディオ歴の最初に読んだこと──音に肉体の復活を錯覚できる──に直結する大事な一行である。

「五味オーディオ教室」の最初の章には、
再生音の肉体の介在する余地はないにも関わらず、
聴き手は「肉体の復活を錯覚できる」わけだが、
すべての再生音が「肉体の復活を錯覚できる」わけでもない。

肉体のない音が世の中には、ある。
それがどのくらいあるのかはわからないけれど、少なからずあるように感じるのは、
それなりの理由はあるけれど、いまここでは書かない。

「聴きたいのはピアノの音ではなく、ピアニストだからだ」は、
「五味オーディオ教室」からオーディオが始まった私にとって、
長いこと考えてきたことへの答といっていいのかもしれない。

聴きたいのはピアニストである。