MQAのこれから(とMacintosh)
MQA破綻のニュースが流れたあとのアンチMQAの人たちの騒ぎっぷり・喜びようは、
パソコンのマッキントッシュのアンチ派の人たちはよく似ているな、と感じている。
MQA破綻のニュースが流れたあとのアンチMQAの人たちの騒ぎっぷり・喜びようは、
パソコンのマッキントッシュのアンチ派の人たちはよく似ているな、と感じている。
MQA破綻のニュースから、ほぼ一週間。
断片的な情報が二、三入ってきたけれど、それらを元に今後MQAがどうなるのかかまでは判断できない。
一方でTIDALがMQAからFLACへと移行するというニュースもあって、
アンチMQAの人たちは大喜びである。
MQAの音源は、今後限られたタイトル数になることだって考えられる。
そうなってほしくないけれど、可能性としては十分ある。
となるとメリディアンのULTRA DACの必要性が、個人的にはとても大きくなってくる。
MQA用D/Aコンバーターとしてではなく、通常のCDやFLACの再生におけるULTRA DACの存在だ。
別項で何度も書いているように、ULTRA DACには、独自のフィルターをもつ。
short、medium、longの三種のフィルターである。
これらのフィルターはMQA再生に使えない。
CD、FLACなどのPCMに対して使える機能で、
とても有用性の高いだけでなく、MQAの音を聴いたあとでは、このフィルターなしで、
通常のCD、FLACはできれば聴きたくないと思わせるほどだ。
このフィルターがどういう処理を行っているのかは、詳細ははっきりとしない。
けれどMQAには使えないこと、うまく選択できた時の音の良さからも、
こういうことをやっているのでは、という想像はなんとなくできるけれど、
それが合っているのかどうか、確認しようがない。
音楽ジャンルによって、というよりも録音の仕方・状態などによって、
short、medium、longの選択は変ってくる。
このことも別項で書いてるが、
マリア・カラスの「カルメン」の通常のCDを、
ULTRA DACのshortフィルターで再生した音が、声楽家をめざす人ならば、
この音を手に入れるべき、といいたくなるほどの見事さだった。
製品の規模が違うし、価格も大きく違うから、
同じメリディアンの218でMQAで再生した音よりも、
マリア・カラスのリアリティということではULTRA DACだった。
いまのところULTRA DACでマリア・カラス(MQA)は聴いていない。
その音はさらに素晴らしいのだろうが、
そんなことありえないのだが、MQAの音源が世の中からすべてなくなったとしても、
ULTRA DACがあればそれでいいや、と思わせてくれるほどだ。
三種のフィルターの有用性は聴いた人(使いこなせる人)でないと、
なかなか伝わりにくいのかもしれない。
MQA破綻のニュースを目にして、あれこれ思うのは、個人の勝手である。
喜ぼうが悲しもうが、それは個人によって違ってくる。
けれど決めつけるのは、どうかとおもう。
そこで、その人の人柄(本性)がかいまみえてきそうだ。
今日の午後、MQAが経営破綻というニュースが流れた。
海外のサイトで発表されているし、
ソーシャルメディアでも話題になっている。
新しい買手が見つからなければMQAという会社は破産することになる。
世の中には、このことを喜んでいる人がやっぱりいる。
MQA破綻のニュースを見て、最初に思ったことが、このことだった。
ショックだとか、これからどうなるんだろうかという不安はなくて、
MQAがダメになる、やったー、と喜ぶ人がいて、
ソーシャルメディアに書きこむんだろうな、と思ったあと、
どこかが買収するだろうから、MQAがなくなることはないだろう、と楽観視している。
といっても、どこかが買収の交渉をしているとか、具体的な情報を知っているわけではなく、
根拠なく、そうおもっているだけである。
六十年間生きていると、予期せぬこと、予測できないことが起るものだとおもうようになる。
なのでなるようになるでしょう、と楽観視しているわけだが、
買収してくれるところが現れない可能性もある。
そうなればMQAという会社は破綻して、これから先MQAの音源はリリースされなくなるだろう。
そのことも考えても、それほど不安とか落胆とか、そういう感情がないのは、
MQAで聴きたいアルバムが、かなりの数、MQAにすでになっているからだ。
2021年にソニー・ミュージック、ソニー・クラシカルが全面的にMQA推しになった。
グレン・グールドの全アルバムがMQA Studioで聴けるようになった。
MQAでグールドが聴ける日が来ることは、まったく期待していなかった。
ソニーからMQA対応のハードウェアは発売されていたけれど、
ハードウェアだけなのだろう、と勝手に思い込んでいたから、あきらめてもいた。
そこにグールドがMQAで聴けるようになった。
グールドだけではない、カザルスもジュリーニもライナーも、
挙げたい人はまだまだいるけれど、とにかく愛聴盤として大切におもっているアルバムが、
MQAで聴ける、それもかなりの数が聴けるようになった。
2022年は旧EMIの録音がワーナー・クラシックスからMQAでかなりの数出ている。
それまでも積極的にMQAに対応していたけれど、2022年はすごかった。
フルトヴェングラーは2021年リマスター、
デュ=プレは2022年リマスターでMQAで聴ける。
44.1kHz、16ビットのデジタル録音もMQAになっている。
旧EMIに関しても挙げたい人はまだまだいる。
これからはMQAで聴けるわけだ。
TIDALで音楽を聴くようになって、新しい演奏家をかなり積極的に聴くようになった。
いいなぁ、と感じる演奏家も少ない。
それでも、そういった新しい演奏家の最新録音を立て続けに一週間ほど聴いて、
愛聴盤である古い演奏家の古い録音を聴くと、最新の演奏・録音のほうが色褪てしまう。
輝きが鈍ってしまう。
六十年間生きてきたわけだから、あとまともに聴けるのは二十年ほどか。
その二十年で、新たに愛聴盤に加わる演奏家が、何人登場してくるだろうか。
おそらくわずかだろう。
いまの演奏家が古の演奏家と比較して、という話ではなく、
これまで聴いてきた時代が関係してのことだから、
おそらく二十年で大きく変ることはないはずだ。
だとすれば、愛聴盤の多くがすでにMQAで聴けるのだから、
それで満足といえば満足できる。
ただユニバーサル・ミュージックがもう少し本気でMQAに取り組んでくれたら──、
とは思ってしまう。
カスリーン・フェリアーのバッハ・ヘンデル集だけでもいいから、
MQAにしてほしい。
それからヨッフムのマタイ受難曲も。
他にも挙げたいアルバムはあるけれど、この二枚だけはMQAで聴きたい。
つまり私が、いま二十代、三十代だったら、
今回のニュースを知って、驚き慌てたことだろう。
でも、すでに六十である。
残り時間のほうが少ない。
愛聴盤がある、MQAでけっこう数が聴ける。
ならば、それけで満足しようじゃないか。
たとえ最悪の状況になったとしてもだ。
(その4)で、TIDALではMQAで配信されているのに、
e-onkyoではflacしかない、ということを書いた。
ドイツ・グラモフォン、デッカなどのユニバーサル系はMQAも新しく配信されていたが、
旧EMIに関しては、2022年リマスターを含めて、flacだけでMQAがないということが増えた。
すべてをチェックしているわけではないが、旧EMIに関しては、ほとんどそうである。
Qobuzを運営しているフランスの会社、Xandrieへ譲渡されたあとからそうなったことから、
そしてQobuzがMQAを扱っていないことからも、
e-onkyoの方針ではなく、親会社の方針としてMQAを扱わないようにしているのか──、
そう思えていた。
Qobuzのサービスが日本でも開始になれば、MQAは扱われなくなるだろう、とも思っていた。
事実、今日、そういう発表があった。
MQAだけではなく、WAV、DIFF、MLP(Dolby TrueHD)、32ビット音源の配信が終了となる。
配信終了予定日は4月25日。
ステレオサウンド 226号がKindle Unlimitedで読めるようになっている。
特集のハイレゾオーディオ2023について書く前に、
新製品紹介で、CHプレシジョンのC1.2のことについて触れておく。
三浦孝仁氏が担当で、
本文中には《本機ではMQAにフル対応していることも大きなトピックといえよう》とある。
けれど続く音についてのところでは、MQAの音についてはまったく触れられていない。
《大きなトピック》だったら、なぜMQAの音について触れないのか。
MQAの音について触れないのであれば、
《本機ではMQAにフル対応していることも大きなトピックといえよう》
と書かなければいい──、個人的にはそう思うのだが。
《本機ではMQAにフル対応している》、そこで終っているだけでいい。
《大きなトピックといえよう》とある。
なのに、実際のMQAの音がどうだったかについて、三浦孝仁氏は一言も書かれていないのをみると、
もしかするとステレオサウンド編集部がMQAを封殺しようとしている──、
そんなふうに勘ぐってしまう。
三浦孝仁氏はMQAの音について書きたかったのかもしれない。
けれどステレオサウンド編集部から、触れるな、というお達しがあったのか。
昨年8月に、別項でHDtracksが、MQAを取り扱うようになったことを書いている。
HDtracksを利用したことがないので知らなかったのだが、
MQAが登場したばかりのころ、HDtracksはMQAを取り扱っていた。
けれどHDtracksのエンジニア(たぶんノーマン・チェスキーのことなのだろう)が、
途中でMQAの評価を変えてしまい、扱わなくなった、とのこと。
それが昨夏、ふたたびMQAを取り扱うようになったということは、
そのエンジニアがMQAの評価をまた変えた、ということなのだろうか。
前回、そして今回、なぜ変えたのか。
その理由は何も知らない。
けれど、それでいい。
MQAを扱うところが増えてくる。
それだけでいい。
TIDALという巨大な書店を楽しむには、
そしてうまく使いこなすには、roonが必要と考える。
roonについての説明は省く。
このブログを読んでいる人は、当然のことなのだが、
インターネットを使っているわけだし、roonについて調べるのは難しいことではない。
先日、roonを購入した。
roonの支払いは、月払い、年払い、そして買い切りが用意されている。
今回、買い切り(829.99ドル)で支払った。
去年まで699.99ドルだった。
値上げ前に、と考えていたけれど、あれこれあって値上げ後になってしまった。
安いにこしたことはない。
現在の為替レートでは、十万円を超える。
十万円ちょっとあれば、あれが買えるのではないか──、
そんなことをつい思ってしまうけれど、今回のroonの買い切りを後悔はしていない。
roonの音がみすぼらしく聴こえてしまうほど、
素晴らしい再生アプリケーションが今後登場してくるかもしれない。
そうなったらなったで、再生には、音のよいアプリケーションを使う。
けれど、そのアプリケーションがTIDALを検索していくのに最適なものかどうか、
それはなんともいえないことだし、roon独自のデータベースは一朝一夕に構築できるものではない。
それに今後ずっと買い切りが用意されるという保証もどこにもない。
月払い、年払いだけになる可能性も考えられる。
(その11)に、facebookにコメントがあった。
ゾノトーンのツイートへのリンクがあった。
そのゾノトーンのツイートは知っていた。
どんな内容かといえば、オーディオアクセサリーを購入する際、
頼りにする情報源は何か、というアンケートである。
結果は、
メーカー発信情報が11%、
オーディオショップ意見が13%、
オーディオ雑誌社の記事が6%、
その他インターネット情報が70%、
である。
メーカー発信情報もインターネットでのことだろうから、
その他インターネット情報とあわせると81%となる。
オーディオ雑誌は、わずか6%である。
このリンクを投稿された方も指摘されているが、
この結果は、ソーシャルメディア上でのものだから、
この数字をそのまま鵜呑みにはできない面もある。
それでもインターネット上の情報を頼りにする人は、かなり多いとはいえよう。
だから、現実にはオーディオ雑誌は読まれていない、
だから封殺も何もない──、とコメントにはあった。
コロナ禍前だったら、今回のコメントにかなり同意しただろうが、
コロナ禍を経て、オーディオマニアのインターネットの活用の具合を、
少しばかり知ることで、実際はけっこう違っている、という認識をもつにいたっている。
ゾノトーンのアンケートは、比較的若い世代の方によるものだろう。
一方、ステレオサウンドの読者の年齢層は、60代より上である。
(その10)に、facebookにコメントがあった。
とりあげないということには封殺するという意図を感じることがある、というものだった。
同じことは感じていた。
MQAのことを肯定も否定もしない。
ただとりあげないだけ。
つまり封殺したいのだろう、と。
仮にそうだとして、ほんとうに封殺できると編集部(編集者)は考えているのか。
昔のステレオサウンドだったら、もしかした、そんなこともできたかもしれない。
けれど、いまのステレオサウンドができるだろうか。
それに、いまはインターネットが普及して、ソーシャルメディアもまた普及している。
そういう時代においては、もう無理なはずだ。
いまのところ、日本ではTIDALのサービスは開始されていない。
日本でMQAを聴くには、MQA-CDを買ってくるか、
e-onkyoで購入・ダウンロードするくらいしかない。
けれどTIDALが始まったら──。
MQAのデコード機能をもつD/AコンバーターやCDプレーヤーを持つ人は、
TIDALでMQAが聴けるのなら、試しに聴いてみようか、と思うことだろう。
MQAのコアデコードの音だったり、フルデコードの音であったりする。
フルデコードの音を聴いた人ならば、なにかを感じるはずだ。
聴いた人すべてが、MQAを肯定するとはかぎらない。
やっぱりMQAなんて──、という人もいるけれど、
MQAって、いいな! と感じる人もいる。
TIDALが日本で始まる、
つまりMQAでさまざまなアルバムを聴けるようになったとき、
ステレオサウンドのMQA無視のやり方に疑問をもつ人も現れる。
編集者(編集部)には、記事をつくらない(とりあげない)自由があるといえば、そういえる。
だからステレオサウンド編集部がMQAをとりあげないのも、
それは編集部の自由といえばそうである。
三年ほど前に、逆木 一氏のブログのことを書いた。
逆木 一氏はアンチMQAである。
自身のブログで、「さよなら、MQA」を公開されている。
「さよなら、MQA」を読んで、どうおもうのかは、その人次第だ。
逆木 一氏の意見に、まったく同感という人もいるだろうし、
こういう意見の人もいるだろうな、とおもう人、
MQAの肯定している人からすれば、なにかいいたくなるか、
もしくは黙っておこう、とおもったのかもしれない。
逆木 一氏を、「さよなら、MQA」をどう読むか、その評価とは別に、
ステレオサウンドの態度と逆木 一氏の態度は、大きく違うことだけは認めている。
逆木 一氏は、きちんと自身の意見・立場を表明している。
それすらせずに、ただただ無視していくだけのオーディオ雑誌がステレオサウンドであることが、
ステレオサウンドはずいぶん変質してしまったなぁ……、とおもわせる。
ステレオサウンド 226号をすでに読んだ友人によると、
今号もステレオサウンドはMQAを無視なのだそうだ。
特集のハイレゾオーディオ2023に登場する機種のなかにはMQA対応モデルがある。
にも関わらずMQAを無視するということは、
ステレオサウンドの試聴テストの方針として、
そのモデルの機能をチェックするということは優先度としては低い、ということになる。
MQA対応モデルを取り上げておきながら、MQAの音について何も触れないということは、
そういうことである。
そこまでしてMQAを無視するというのは、
現編集長の染谷 一氏の意向なのか、
それともステレオサウンドの執筆者の何人かが、そうなのか。
もしくは両者なのか、そのへんのところはわからないが、
MQAは無視するということだけははっきりしたといえる。
それはそれでもいいのだが、ならば、なぜ、その理由を述べないのだろうか。
何も触れずに無視するだけ。
悪手でしかないような気がする。
今日(3月2日)発売のステレオサウンド 226号の特集は、
ハイレゾオーディオ2023である。
まだ読んでいないのだが、MQAは、この特集で取り上げられているのだろうか。
どうもステレオサウンドは、MQAについては無視か、
冷たい扱いの方針のようだ。
(その1)で、
ベストバイの特集で、CDプレーヤーの写真には、CD、SACD、といった対応メディアの記載があるが、
MQAは、ないと書いているが、このことは一年経っても同じである。
225号のベストバイでも、MQA対応機種のところに、MQAの文字はない。
新製品紹介記事で、テクニクスのSL-G700M2が取り上げられている。
山之内 正氏が担当されている。
2ページの記事なのだが、山之内 正氏の文章中だけでなく、
スペックのところにも、写真の説明文のところにも、MQAの文字はまったくない。
MQAに対し、ステレオサウンドは否定的な立場なのだろうか。
それはそれでかまわないのだが、
ならばMQAを認めない理由をきちんと説明したらいいのではないのか。
(その19)でも書いているように、
音楽を聴くのに、TIDALなどのインターネットを介しての聴き方を、
どこか味気ない、空虚だ、と否定する人が、少なからずいる。
そういう人たちは、大人ならば大人らしい音楽の聴き方をすべき──、
そんなことをいってきそうだ。
パッケージメディアにこだわって音楽を聴くのが、
ほんとうに大人らしい音楽の聴き方なのだろうか。
それしか大人らしい音楽の聴き方はないのだろうか。
安き(低き)に流れるのは、大人らしい音楽の聴き方ではない、と私も思う。
だからといって、TIDALで音楽を聴くことが安き(低き)に流れた音楽の聴き方、
大人らしくない音楽の聴き方とは、まったく感じていない。
むしろ、パッケージメディアにこだわりすぎてしまうことで、
新しい聴き方に関心の目(耳)を向けようとしない聴き方こそ、
大人らしくない音楽の聴き方ではないのか。
こだわるということは、一種の甘えだったり、楽であることに陥ってしまう。
こだわることがすべてそうだとはいわないが、
自分の殻に閉じ籠もってしまうことのいいわけにしか聞こえないことがあるのも事実だ。
大人らしい音楽の聴き方は、どういうメディアで聴くか、ということで決ることではない。
その先にあることのはずだ。