会場となったRITTOR BASEの正面はスクリーンがあり、
そこには「狂気」のジャケットが映し出されている。
地下にあるため照明が落とされると、スクリーンの光量だけで、暗い。
目を閉じて聴いていると、
「狂気」の冒頭の心臓の音、それから続くいくつかの効果音──、
不気味な映画を目を閉じて聴いている感覚でもあった。
「狂気」50周年ボックスのチラシには、
先に引用した國﨑 晋氏の文章の他に、武田昭彦氏の文章もある。
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ピンク・フロイドは2003年、『狂気』の30周年記念盤となるSACD/CDハイブリッド盤で、ジェームス・ガスリーによる5.1チャンネル仕様のサラウンド音声を発表している。今回のBlu-Rayにもその5.1チャンネル・ミックスは収められているが、新たに制作された7.1.4チャンネルのドルビーアトモス・ミックスは従来のそれとは別物で音の定位や広がり、細部の音の処理などが異なっている。本作はバンド・サウンドに加え、SEが効果的に駆使されているのが大きな特徴だが、ヘリコプターや時計の音、各種アナウンスなどがサイド・スピーカー2本と頭上4本のスピーカーに振り分けられたことで、音の包囲感が高まり聞き手の想像力をいっそう刺激してくれる。
従来の5.1チャンネル・ミックスがリスナーのリビングルームやプライヴェートな空間を想定した音作りだとすれば、今回のドルビーアトモス・ミックスは映画館ないしコンサート会場を想定したようなスケールの大きさを感じさせる。
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今回は5.1チャンネルの音は再生されなかったし、もちろん2チャンネルの音もなしである。
聴いたのはDolby Atmos Mixの音だけである。
すべての音を比較試聴できればさらにおもしろいのだが、
今回のイベントは、そういう試聴会ではなく、
「狂気」Dolby Atmos Mixの鑑賞会といったほうがいいのだから、それを求めてもしかたない。
目を閉じて聴いていると、上に書いたような感覚だったのだから、
武田昭彦氏の文章にあるように、5.1チャンネル仕様の音よりも、スケールアップしたものなのだろう。
けれど《聞き手の想像力をいっそう刺激してくれる》のかは、疑問でもある。
おそらくなのだが、國﨑 晋氏も武田昭彦氏も、
「狂気」をそれこそ数え切れないぐらい聴いてきているのだろう。
そして、これから先も、何度も何度も聴いていく人たちなのだろう。
そうでない聴き手も、一方にいる。
「狂気」発表の1973年、十歳だった男は、同時代に聴いているわけではない。
もちろん世の中は広いから、十歳くらいで「狂気」を聴いて、狂喜した人もいるだろう。
「狂気」の存在を知ったのは、五年後くらいだったか、
その時でも「狂気」を聴いたわけではなかった。
「狂気」を聴いたのは、東京で暮らすようになってからで、さらに五年以上経っていた。
しかも自分で購入し、自身のシステムで、というわけではなく、
知人宅で聴いたのが最初である。
そういう男と、國﨑 晋氏、武田昭彦氏とでは「狂気」への思い入れがまるで違うはず。