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Date: 9月 18th, 2008
Cate: 音楽性

「音楽性」とは(その1)

「音楽性」という言葉ほど、便利な言葉はないように思っている。
この機種は音楽性がある、とか、豊かだとか、もしくは貧弱だとか。
音そのものはよいが音楽性が感じられない、というふうに一刀両断にできたりもする。

音楽性とは、なんなんだろうか。

2006年暮、友人にさそわれて、とある高級オーディオばかりを扱う販売店の試聴会にでかけた。
スピーカーは2機種。どちらも1千万円弱(当時)する。
2つのスピーカーの厳密な比較試聴というよりも、それぞれの世界を味わってください、
という感じで、それぞれのスピーカーには、異るアンプとCDプレーヤーが組み合わされていた。

最後にかけられたのは、ラミレスのミサ・クリオージャであった。
ホセ・カレーラスのではなく、アルゼンチンの大御所、メルセデス・ソーサの歌唱によるもの。
はじめて聴くディスクだが、
それでも、あきらかにAのスピーカーから鳴ったソーサの歌い方はおかしい、と感じた。
ソーサほどの歌手が、ミサ・クリオージャをこんなふうに歪めて歌うわけがない。
こんな歌い方ではなく、敬虔に歌うはずである。
ミサ・クリオージャという音楽、メルセデス・ソーサをすこしでも知っていれば、そう思えるはず。

そんな疑問が消えぬうちに、もうひとつのスピーカーからソーサの歌声が鳴ってきた。
正しい歌い方だ。これは、もう直感だ。

なるほどAのスピーカーの世評は高い。ステレオサウンドでも、ひじょうに高く評価されている。
けれど、ミサ・クリオージャをこんなふうに歪めて鳴らしているということは、
ラミレスに関しては、音楽性を歪めている、と言い換えてもいいだろう。

このとき、音楽性という、この便利な言葉、とても曖昧な意味で使われることの多い言葉を、
すくなくとも、私自身の中で意味付けられるような感じがした。

Date: 9月 15th, 2008
Cate: 黒田恭一

ホセ・カレーラスの歌

ホセ・カレーラスがいったい何枚のディスクを出しているのか、知らない。 
ネットで調べれば、すぐにわかることだろうが、数にはあまり興味がないため、
だから、すべて聴いているわけではない。

そういう聴き手である私にとって、
ホセ・カレーラスの数あるディスクの中で、 大切なのは、二枚だ。 
一枚はラミレスの「ミサ・クリオージャ」。 
はじめて、このディスク(というかこの曲)を聴いた時、 
ヨーロッパのクラシックとは違う、こういう美しさもあったのかと驚き、柄にもなく敬虔な気持ちになったものだ。
いまも、ときおり聴く。 

もう一枚は「AROUND THE WORLD」。
タイトルどおり、各国の代表的な歌をカレーラスが、その国の言葉で歌っている。 
国内盤のタスキで、黒田先生の文章が読める。
これが、また素晴らしくいい。 
     ※
汗まみれの、力まかせの熱唱なら、未熟な歌い手にだってできる。 
しかし、声をふりしぼっての熱唱では、ききての胸にしみじみとしみる歌はきかせられない。
充分に経験をつんだ歌い手が表現の贅肉をそぎおとして、静かに、淡々とうたったときにはじめて、
耳をすますききての心の深いところで共鳴する歌がある。
このアルバムで、ホセ・カレーラスのきかせてくれているのが、そういう、味わい深い歌である。
今のカレーラスだけに咲かせられた、いろどり深く、香り幽き秋の花にでもたとえるべきか。 
     ※
この黒田先生のすてきな文章を読みたくて、 
輸入盤のほかに国内盤も買ったほどである(国内盤は友人にプレゼント)。