Category Archives: スピーカー関係 - Page 87

ラックス LX77

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 たとえばヴァイブの鋭い切れこみやシンバル、スネア・ドラムの切れ味もシャープだし、ソロ・ヴァイオリンの高弦も、やや金属的で艶ももうひとつ不足ながら張りつめた冷たい肌ざわりを魅力ある音色で聴かせる。反面、そのヴァイオリンの胴に響く豊かな共鳴音をはじめとして中音域以下の土台(中音というもののウーファーの受け持ち音域だが)が弱く、音色の上でも中~高域に良いところがあるだけにウーファー(キャビネットも含めて)の質の弱さが目立ってしまう。そのためでもあると思うが、このスピーカーも、一応鳴らしはじめるまでのレベルセットに手こずった方の製品で、5点切換のレベルコントロールにここで決まったという最適位置がなく、いろいろやって結局仕方なくノーマルに戻したような次第だ。ともかくウーファーの鳴り方は問題外が、ふつうに鳴らすと中低域以下が引っこんでしまうし、トーンで補強すると妙に締りなくドロンとした音が、手前に出るよりも背面に廻って逆相で鳴るような感じで、どうやっても音楽の確実な支えになってくれない。良いところも持っているのだからぜひ改善して欲しいものだ。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆
魅力:☆☆☆

総合評価:☆☆★

パイオニア CS-810

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 かなり図太い音のスピーカー、というのが第一印象として強い。最近のパイオニアのスピーカーは総体に音像をシャープに鳴らすというよりむしろやわらかくまるめて聴かせる傾向と言え、cS810もその例に洩れない。ことに中域から低域にかけてウエイトを置いて高域をまるめこんだというバランスのとりかたは、国産では最近のフォステクス製品などと一脈通じるつくりかたといえる。中低域に厚みをもたせ、高域を適度にカットする方向は、以前のARやKLHなどが手本になっているとも思われるが(最近のARは少し方向が違ってきたが)、どういうわけか国産の技術あるいは国産の材質、もしくは日本のエンジニアの耳でそれを作ると、困ったことに中低域がふくらみすぎて、しかも妙に箱の中の共鳴音のような感じのこもった音が総体に音を濁してしまう例が多い。したがって音の格調を損ないやすく、押しつけがましい、厚手の感触になる。こういう重い音を好きな人があるのかどうかは理解の外のことなのだが、これは音の重量感とか厚みと言う印象よりも、反応の鈍さ、音質の濁りなどのマイナス面の方を強く感じさせてしまう。高、中、低各音域の質感も少しずつ違う。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆
魅力:☆☆

総合評価:☆☆★

ダイナコ A-35XS

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 A25の場合と同じくスキャンダイナのA30とどう違うかという興味が大きかったが、結果はA25の場合よりも違いが大きい。総体にいえることはA30(スキャンダイナ)にくらべるとA35XSの方が中低域がよく抑えられて、その点では、A30よりもはるかにA25ににている。ネットを外してみたら、A30はダクトのあるいわゆる位相反転型であるのに対し、A35は密閉型で、低域の鳴り方のちがいもそれで納得がいった。A30よりも中~低域が抑えられているということは、抑制を利かせて音をことさらふくらませたりしないという長所である反面、全体の鳴り方がA25より枯れていて声に張りが不足するし、あまりにも難点をおさえこみすぎて、よく言われるように平均的優等生になりすぎて、かえっておもしろみに欠けてしまったように感じられる。さすがにパワーを上げてもあまり音がくずれないし、絞ってもバランスが変わるようなこともなく立派だが、やや平面的に上づらをなでる感じで彫り込みが足りず、もちろんこれでも国産の平均的水準がこれにさえ及ばないのがもどかしいくらいだが、聴き終えて印象に残る魅力がない。こういうくせのない鳴り方が逆に特徴なのかもしれない。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆☆
プレゼンス:☆☆☆
魅力:☆☆☆

総合評価:☆☆☆★

ジョーダン・ワッツ GT

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 男声の音域、オーケストラの内声部の音域、つまり音楽の最も大切な支えになる中低音域が抜群に滑らかで豊かで、おっとりと穏やかな鳴り方をする。燻んだ渋い響きが実に快く上質で、聴けば聴くほどに、そしてこの独特の音質になじむにつれて、いつまでもこの音に身をまかせていたいような本当に心のなごむ雰囲気に包まれる。こういう音質こそ、近ごろめったに聴くことのできなくなったヨーロッパの上質のグラモフォンの伝統を汲むひとつの素晴らしい虚構の美学だという気持になってくる。言いかえればこの音には近ごろのハイファイ・スピーカーを評価する尺度があてはまらない。音域も決して広くない。背面を壁にぴったりつけて低音を補強してもいわゆる重低音は必ずしも充分出ないし、高域のレインジもそう広いようには思えないが、ガサついたりざわついたところのない安定な鳴り方。音の芯がほんとうにしっかりしているから、耳当りは柔らかくともごまかしがない。いわば力で支えるのでなく質の良さで音楽を確かに支える音質といえる。パワーはあまり入らない。特性も音色も個性が強いが、独特の魅力が欠点を上まわる。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆☆☆
プレゼンス:☆☆☆
魅力:☆☆☆☆

総合評価:☆☆☆☆

トリオ LS-400

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 前号でとりあげたLS300と、長所も弱点も共通の性格を持っている。まず低音域の量感が豊かだ。こういう量感は、最近のイギリスのスピーカーの一部に聴きとれるひとつの傾向で、一般に多くのスピーカーとは逆に置き方のくふうで低音を抑えないと、かえって低音の締りが悪く全域の音をふくらませることがあるので注意がいる。LS300のときも中音、高音のレベルセットがわりあい難しかったが、400のレベルコントロールもやや微妙な点があって、とくに中音域のレベルセットが難しい。言いかえれば、ウーファーの柔らかい鳴り方に対して中音域の特性又は音色に不連続の性質があるのか、中音を抑えると音がひっこんでしまうし上げすぎると出しゃばった圧迫感が出てくるのでこの辺がクリティカルだ。試聴では中音をわずかに抑え高音を逆に上げ気味に調整し、あとはトーンコントロールで補整するのがよかった。なおこの製品に限り量産に入ったものを追加試聴したが、生産途上で改良の手が加えられているらしく、中音域がかなり改善されていた。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆☆
魅力:☆☆☆

総合評価:☆☆☆

フォステクス GX-3000

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 あらゆる音を大づかみに、線を太く鳴らすスピーカーである。ことに中域から低域にかけてのエネルギーが強く感じられ、そういう特徴は国産の多くの高域に上ずりがちな傾向のなかではむしろ好ましいともいえるのだが、たとえばアン・バートンのような声を年増太りのように聴かせる。総じてヴォーカルは年をとる傾向になり、フィッシャー=ディスカウなどずいぶん老けて聴こえる。この傾向はことにピアノの場合、タッチを太く、音像を大きく太らせて、やや格調をそこなう。中低域のふくらんでいるのに対して高音域がどこまでも延びていくというタイプでなくむしろ聴感上は高域を丸めて落としてしまっているようにさえ感じるので、ややもすると反応の鈍さが耳につくが、そういう傾向にしては、弦合奏だのオーケストラなど、このスピーカーなりの音色で鳴るにしてもいちおうハーモニーのバランスをくずさない点、国産のなかでは低・中・高の各音域のつながりや質感がわりあいうまく統一されている方だと思う。骨太で肉づきがよいという音の中に、もう少しシャープさや爽やかさが加わるといっそう良い感じに仕上がると思う。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆
魅力:☆☆

総合評価:☆☆

セレッション Ditton 15

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 中程度以下の音量で、ことに小編成の曲やヴォーカルなどを鳴らすかぎり、ひとつひとつの楽器や音像をくっきりと彫琢するように、磨かれた艶を感じさせる彫りの深い音で鳴る。低音の量感はあまり豊かとは言えないがキャビネットの共鳴や中低域の濁りが注意深く除かれて透明で鋭敏な音を聴かせる。スキャンダイナのA25MkIIと比較してみたが、ディットンとくらべるとA25の方が聴感上は高域が延びたように聴きとれ弦合奏などで目の前が開けたようにひろがるが、音像は平面的。ディットンは音像が近接した感じで立体的に聴こえる。たとえばヴォーカルでは、妙な言い方だがA25は唇を横に開くように広がり、ディットンは唇をとがらしたように前に張り出すようにも聴こえる。ただ、ハイパワーには弱みをみせ、「第九」などトゥッティでは音がのびきらないしユニゾンの各声部がきれいに分離しなくなる。なお今回のものは従来何度もとりあげたものと外装が変わり、音のバランスも以前のタイプより穏やかになっている。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆☆
余韻:☆☆☆☆
プレゼンス:☆☆☆☆
魅力:☆☆☆☆

総合評価:☆☆☆☆

スキャンダイナ A-30MKII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 A25がすばらしくよくまとまっているだけに、その上のクラスならさぞかし、と期待したのだが、必ずしもそうならないところがスピーカーの難しさでもありおもしろいところでもある。ひとまわり大きくなったためか鳴り方に余裕が感じられ、A25と並べて切りかえると聴感上の能率は相当に(3~4dB?)良いように感じられる。言いかえればA25の方が抑制が利いているともいえるし、逆に余裕のない鳴り方と聴こえなくはないが、たとえばピアノを例にとっても、A25の方が無駄な音が出ず澄んだ響きであるのに対し、A30は良くいえばふくよかだが総体にタッチを太く表現し、箱鳴りとまではいかないが音を締りなくさせてわずかに余分な響きをつけ加える傾向を示す。A30の方が楽天的な音ともいえる。しかしジャズのベースのソロなどでは、意外なことにA25の方がファンダメンタルの音階の動きがはっきりわかる。またオーケストラの強奏などではA30はハーモニーをわずかに乱す傾向がある。少しきびしい言い方をすればA30はニセのスケール感とも言える。ただし聴感能率の優れている点は、アンプのパワーの小さいときなどA25より有利だといえる。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆☆
プレゼンス:☆☆☆
魅力:☆☆☆

総合評価:☆☆☆★

ワーフェデール Melton2

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 中音域のよく張った音質で、この点がイギリスの製品にはめずらしい作り方だし、同じく高音もあまりしゃくれ上がった感じがしないし、低音も抑えぎみで、グリルを外してみると意外に大口径のユニットがついているにしては低音が豊かな支えになりにくい。従って音のバランスだけからいえば、ARやアドヴェントのタイプ、国産ならダイヤトーンのタイプとも思われそうだが、そこはやはりイギリスの伝統で、女性ヴォーカルなど声に適度の艶があって、よく張り出すがドライでなくきれいな響きを聴かせる。ただしベースの伴奏など少し弾みが足りなく思われ、トーンコントロールで低音を上げてみたがどうもそれでは確実な支えにならない。ウーファーのユニットのわりにはキャビネットの大きさに無理をしているような感じだが、それだけに音の締りが甘いようなことはなく、背面を固い壁に密接させたり本棚にはめ込むなどして低音を補う手段が効果的に利きそうだ。高域の延びがもうひと息欲しく思われ、その辺を強調するタイプのカートリッジやアンプと組み合わせればもっと評価が上がるだろうと感じた。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆☆
プレゼンス:☆☆☆
魅力:☆☆☆

総合評価:☆☆☆

アカイ ST-301

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 大柄のトールボーイ(背たかのっぽ)型だから低音もかなり豊かに弾むのではないかと思ったが、意外にそれほどではない。総体にやかましい音をよく取り除いてやわらかく耳あたりよくまとめた作り方だが、音の芯がやわらかすぎるというか、少しふかふかしすぎる鳴り方だから、どちらかといえばバックグラウンド的な聴き方を意図していると思われる。したがって、ブックシェルフ一般の使いこなしのように台の上に乗せるよりも、中~高域のバランスなどうるさいことを言わずに床の上に直接置くぐらいの方が、低音もよく出てくるのでバランスの良い音が聴ける。女性ヴォーカルやヴァイオリンのソロなどでは、中~高域も、(ややひっこんだ感じながら)けっこうやわらかく適度の艶も感じさせるし、オーケストラも小音量では一応きれいなハーモニーも聴かせるのだが、パワーに弱く、フォルテでは音が濁るし、低音も箱鳴りが相当に派手なためにいささか締りを欠く。いわゆるハイファイ・スピーカーとして評価したら欠点の方が多そうだが、ムード的に小音量で聴き流すという作り方のようにおもえるのでそういうつもりで評価した。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆
魅力:☆☆

総合評価:☆☆★

クライスラー PERFECT-1MKII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 このメーカーの音はモデルチェンジをするたびに振子の両極を行ったりきたりしているようなところがある。一時期ベストセラーで人気のあったCE1a、CE5aは柔らかく独特の繊細感があって、当時としては音楽のハーモニーを実に美しく鳴らした(中でもCE5aが最も優れていると今でも思う)。それがII型になると、中音域に妙な固有音をともなった硬い音に変わってしまった。次に出たパーフェクトI、IIは再び繊細で、やや弱さがあったもののふわっとひろがる耳あたりの良い音質を持っていた(CE1a、5aに次いでこの時期も良かったと思う)。そして再びMkII。CE1aが II型になったときのように、また中~高域に妙な硬さが出てきた。音量を絞った状態での静かなソロ・ヴォーカルや編成の小さな曲はいちおうソフトな耳あたりの良い音に聴こえるが、音量が上がるにつれて音のバランスが中~高域に片よって硬質の圧迫感が現われ、さらにハイパワーではウーファーの耐入力がともなわないらしく飽和したような濁りが出る。パワーには弱くとも旧型の方がウーファーとトゥイーターの違和感がずっと少なかったと思う。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆
魅力:☆☆☆

総合評価:☆☆★

ダイヤトーン DS-22BR

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 ダイヤトーン製品に共通の中音域のよく張った特徴を持っているにしても、その中では音のバランスに関するかぎり最もくせの少ない製品と聴きとれた。たとえば前号げてふれたDS26Bあたりの中域の張り出した音質は私には少々やりきれないほどやかましく感じられる場合があったが、22BRではそういうこともなく、すべてのプログラムを通じてあまり過不足を感じさせないうまいバランスを保っていた。ただしこれもダイヤトーン製品に共通の、高音域をある点からスパッと切る作り方は22BRでも同じらしく、少なくとも聴感上はハイがスッと延びているようには聴こえず、ステレオの音場の漂うような繊細感が感じられない。音の表情のしなやかさを出すというタイプでなく、生真面目に音をきちんと鳴らすという感じである。ことに弦の独奏や合奏では、音の芯の硬さがいまひと息とれてほしいように思う。パワーにはわりあい強いタイプで、ジャズの実況録音(”Live at Junk”)をかなりの音量で鳴らした場合も音がくずれたり濁ったりせずによく延びて、快適な音を聴かせてくれた。国産のローコスト型としては水準以上の立派な出来だと思う。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆☆
魅力:☆☆☆

総合評価:☆☆☆

KEF Cantor

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 後述の♯104と共に、KEFが従来作りあげてきた音質を、新しい魅力に磨きあげはじめたことの聴きとれる新製品である。清楚な美しい響きをすっきりと聴かせる点ではいままでの製品から受ついだ良さだが、以前の製品がややもすれば中域の引っこんだドンシャリ的な鳴り方すれすれに作られていたのにくらべると、中域もたっぷり鳴るし高域の強調感も以前ほどではない。音がこもったりことさらふくらんだりするようなことがなく、控えめでひっそりと鳴る。音の芯がやや柔らかすぎるようにも思われるし、ハイパワーに弱いのは欧州系のスピーカーに共通の弱点といえるが、あまり大きな音量出さずに音楽を楽しむ人にとっては、その余韻の美しさ,滑らかな艶の或る圧迫感のない響きの良さは一聴に値する。置き方の工夫で低音の量感を補った方がよいのはこの種の小型スピーカーに共通の使いこなしだが、それにトーンコントロールの補整をわずかに加えると、低音の土台も意外にしっかりする。音のスケール感の出にくいこと、総体にやや音離れのよくないところなど弱点のあるものの、この価格の製品ではスキャンダイナのA10と共に注目すべき新製品といえる。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆
解像力:☆☆☆
余韻:☆☆☆☆
プレゼンス:☆☆☆☆
魅力:☆☆☆☆

総合評価:☆☆☆☆

テクニクス SB-201

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 音の基本的な性格は前号(28号)でもとりあげたSB301、501とほとんど共通である。ひとつのポリシーを貫くという意味ではこれぐらい基本的な性質を統一できるという製造管理の技術を評価すべきかもしれないが、残念なカラこの共通の性格は前号にも書いたようにあまり好ましく思えない。そういう点をくりかえすのは心苦しいのでむしろ細かな話になるが、音域ごとに言えば、低音のおそらくあまり低くないf0(共振点)あたりに一ヵ所やや抑えの利かないブーミングが聴きとれ、中低音域では箱鳴り的な共鳴、中~高域では金属的な硬さがことに音量を上げると、やかましい圧迫感になり、またどのレコードでもヒス性のノイズを他のスピーカーよりも強調するところから中~高域のどこかに固有共振のあることが聴きとれる。以上の言い方は、価格を考えるとやや欠点を拡大しすぎたかもしれない。音量を絞りかげんにして、トゥイーター・レベルをマイナス2まで絞り、置き場所をくふうすると一見クリアーな鳴り方をするものの、本来の硬い無機的な鳴り方が音楽のしなやかな表情までをこわばらせてしまうように思える。

周波数レンジ:☆☆
質感:☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆
解像力:☆☆
余韻:☆
プレゼンス:☆
魅力:☆

総合評価:☆★

コーラル FLAT-8SD

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 明るい白木とまっ黒のネットのコントラストがすばらしく印象的で、国産品の中でも垢抜けたデザインが抜群といえる。そういう感じが音質にも現われてくれれば言うことはないのだが、長所の方から先に言えば、ステレオの音像定位が素晴らしく良い。たとえば、ソロ・ヴォーカルが中央にぴたりと定位し、音像が決して大きくならず、バックの伴奏の広がりとよく分離する。こういう定位の良さは、シングル・スピーカー独特の長所で、2ウェイ、3ウェイの製品にはなかなか少ない。しかしその長所をあげるには音質の上でのマイナス点がやや多すぎる。本来FLAT8のようなタイプのフルレインジ型のユニットを、こんな小さなキャビネット(といってもブックシェルフ型ではごく標準的だが)に収めれば低音がまるで出ないのが当然で、従って全体に音の表情が硬く厚みや豊かさのない、金属的で薄手の音になりやすい。背面に High Adjust というジョイントがあって高音を抑えてあるが、むしろそれは取り除いてアンプのトーンでハイを抑える方がまだ良かった。低音を増強したり、置き場所をいろいろ変えてみたりしたが、ほとんど床の上に直接置くぐらいでどうやらバランスがとれた。

周波数レンジ:☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆
解像力:☆☆
余韻:☆
プレゼンス:☆☆
魅力:☆☆

総合評価:☆☆

ビクター JS-6

瀬川冬樹

ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より

 こせこせしない陽性の鳴り方。弦合奏のオーヴァートーンなどことににぎやかに聴こえ、総体に高音域の派手さが目立つ。トゥイーターのレベルを絞ってみると、ウーファーとの音のつながりがかえって悪くなるので、レベルセットは〝ノーマル〟(3時の位置)またはそれ以上に上げておいて、アンプのトーンコントロールでハイをおさえた方が結果がよかった。こういう小型・ローコストには低音の豊かさなど望むのが無理だから、背面を固い壁にぴったりつけたり、さらに、トーンコントロールのバスを補強するなど、低音の量感を補う使いこなしが必要だ。ローコストにしてはキャビネットの共振がよく抑えてあり、トーンコントロールで補整しても音がこもったりせずに低音増強が気持よく利くのは良い点だ。ウーファーとトゥイーターそれぞれの音色に違和感の少ないところも良い。価格を考えに入れなければあまり上質のクォリティとは言いにくいし、明けひろげの饒舌さが永く聴き込める音質とは言いにくいが、一万六千五百円の国産品の中では、という前提をつければ、なかなか良くできたスピーカである。

周波数レンジ:☆☆☆
質感:☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆
解像力:☆☆
余韻:☆☆
プレゼンス:☆☆
魅力:☆☆

総合評価:☆☆☆

サンスイ SP-707J, SP-505J

岩崎千明

スイングジャーナル別冊「モダン・ジャズ読本 ’74」(1973年10月発行)
「SP707J/SP505J SYSTEM-UP教室」より

 ジェイムス・B・ランシングが1947年米国でハイファイ・スピーカーの専門メーカーとして独立し、いわゆるJBLジェイムス・B・ランシング・サウンド会社としてスタートした時、その主力製品としてデビューしたのが38センチ・フルレンジスピーカーの最高傑作といわれるD130です。
 さらに、D130を基に低音専用(ウーファー)としたのが130Aで、これと組合せるべく作った高音専用ユニットがLE175DLHです。
 つまり、D130こそJBLのスピーカーの基本となった、いうなればオリジナル中のオリジナル製品なのです。
 こうして20有余年経った今日でも、なおこのD130のけたはずれの優れた性能は多くのスピーカーの中でひときわ光に輝いて、ますます高い評価を得ています。今日のように電子技術が音楽演奏にまで参加することが定着してきて、その範囲が純音楽からジャズ、ポピュラーの広い領域にまたがるほどになりました。マイクや電子信号の組合せで創られる波形が音に変換されるとき、必ず、といってよいほどこのJBLのスピーカー、とくにD130が指定されます。つまり、他の楽器に互して演奏する時のスピーカーとしてこのD130を中心としたJBLスピーカーに優るものはないのです。
 それというのは、JBLのあらゆるスピーカーが、音楽を創り出す楽器のサウンドを、よく知り抜いて作られているからにほかなりません。JBLのクラフトマンシップは、長い年月の音響技術の積み重ねから生み出され、「音」を追究するために決して妥協を許さないのです。それは、非能率といわれるかもしれませんし、ぜいたく過ぎるのも確かです。しかし、本当に優れた「音」で音楽を再現するために、さらに優れた品質を得るためには、良いと確信したことを頑固に守り続ける現れでしよう。
 5.4kgのマグネット回路、アルミリボンによる10.2cm径のボイスコイルなど、その端的なあらわれがD130だといえます。
 あらゆるスピーカーユニットがそうですが、このD130もその優秀な真価を発揮するには十分に検討された箱、エンクロージャーが必要です。とくに重低音を、それも歯切れよく鳴らそうというとホーン・ロードのものが最高です。(72年まではJBLに、こうした38cmスピーカーのためのバックロード・ホーン型の箱が、非常に高価でしたが用意されていました。)
 そこで、JBL日本総代理店である山水がJBLに代ってバックロード・ホーンの箱を作り、D130を組込んでSP707Jが出来上ったのです。
 つまり、SP707JはD130の優れた力強い低音を、より以上の迫力で歯切れよく再生するための理想のシステムと断言できるのです。
 あらゆる音楽の、豊かな低域の厚さに加えて、中域音のこの上なく充実した再生ぶりが魅力です。
 刺激のない高音域はおとなしく、打楽器などの生々しい迫力を求めるときはアンプで高音を補うのがコツです。
 SP505JはJBLのスピーカー・ユニットとして、日本では有名なLE8T 20センチフルレンジ型の兄貴分であり先輩として存在するD123 30センチフルレンジを用いたシステムです。
 D123は30センチ型ですが、38センチ級に劣らぬ豊かな低音と、20センチ級にも優る高音の輝きがなによりも魅力です。つまり、D130よりもひとまわり小さいが、それにも負けないゆったりした低音、さらにD130以上に伸びた高域の優れたバランスで、単一スピーカーとして完成度の一段と高い製品なのです。
 D123のこうした優れた広帯域再生ぶりを十分生かして、家庭用高級スピーカー・システムとしてバスレフレックス型の箱に収め、完成したのがSP505Jです。
 ブックシェルフ型よりも大きいが、比較的小さなフロア型のこの箱はD123の最も優れた低音を十分に鳴らすように厳密に設計されて作られており、この大きさを信じられないぐらいにスケールの大きな低域を再生します。
 このSP505Jも、SP707Jも箱は北欧製樺桜材合板による手作りで、手を抜かない精密工作など、あらゆる意味で完全なエンクロージャーといえます。
 JBLスピーカー・ユニットの中で、フルレンジ用として最も優秀な性能と限りない音楽性とを併せ備えた名作がこのLE8T 20センチ・フルレンジ型です。
 この名作スピーカーを、理想的なブックシェルフ型の箱に収めたものがSP-LE8Tです。かって、米国においてJBLのオリジナルとして、ランサー33(現在廃止)という製品がありましたが、そのサランネットを組格子に変えた豪華型こそSP-LE8Tです。
 シングルスピーカーのためステレオの定位は他に類のないほど明確です。高級家庭用として、また小型モニター用として、これ以上手軽で優れたシステムはありません。

個性あるSP707J・505Jへのグレードアップ
より完璧なHi-Fiの世界を創るチャート例

075の追加
 D130と075の組合せはJBLの030システムとして指定されており、オリジナル2ウェイが出来上ります。ただオリジナルではN2400ネットワークにより、2500Hzをクロスオーバーとしますが、実際に試聴してみると、N7000による7000Hzクロスの方がバランスもよく、楽器の生々しいサウンドが得られます。シンバルの響きは、鮮明さを増すとともに、高域の指向性が抜群で、定位と音像の大きさも明確になります。さらに、高域の改善はそのまま中域から低域までも音の深みを加える好結果を生みます。

LE175DLHの追加
 D130と並びJBLの最高傑作であるこのLE175DLHの優秀性を組合せた2ウェイは、D130の中音から低音までをすっかり生き返らせて、現代的なパーカッシブ・サウンドをみなぎらせます。鮮烈、華麗にして、しかも品位の高い迫力をもって、あらゆる楽器のサウンドを再現します。
 オーケストラの楽器もガラスをちりばめたように、楽器のひとつひとつをくっきりと浮び出させるのです。空気のかすかなふるえから床の鳴りひびきまで、音楽の現場をそのまま再現する理想のシステムといえます。

LE85+HL91
 LE175DLHにくらべ、さらに音の緻密さが増し、音の粒のひとつひとつがよりくっきりと明確さを加えて浮んでくるようです。LE175DLHにくらべて価格の上で20%も上るのですがそれでも差は、音の上でも歴然です。
 もし、ゆとりさえあれば、ぜひこのLE85を狙うことを推めたいのです。LE175DLHでももはや理想に達するので、LE85となるとぜいたくの部類です。しかし、それでもなおこの高級な組合せのよさはオーディオの限りない可能性を知らされ、さらにそれを拡げたくなります。魅力の塊りです。

HL91
 D130単体のSP707Jはこのままではなく、最終的にぜひ以上のような高音ユニット3種のうちのどれかひとつを加えた2ウェイとして使うことを推めたいのです。2ウェイにグレードアップしてSP707Jの魅力の真価がわかる、といってよいでしよう。
 D130だけにくらべ、そのサウンドは一段と向上いたします。いや、一段とではなく、格段と、です。
 2ウェイになることによってSP707Jはまぎれもなく「世界最高のシステム」として完成するのです。

LE20を加える場合
 D123のみにくらべ俄然繊細感が加わり、クリアーな再生ぶりは2ウェイへの向上をはっきりと知らせてくれます。ソフトな品の良い迫力は、クラシックのチェンバロのタッチから弦のハーモニーまで、ニュアンス豊かに再現
します
 しかも、JBLサウンドの結集で、使う者の好みの音を自由に出して、ジャズの力強いソロも際立つ新鮮さで、みごとに再生します。全体によくバランスがとれ、改善された超高域の指向性特は音像の自然感をより生々しく伝えるのに大きくプラスしているのを知らされます。

075を加える場合
 LE20にくらべてはるかに高能率の075はネットワークのレベル調整を十分にしぼっておきませんと、高音だけ遊離して響き過ぎてしまいます。D123の深々とした低音にバランスするには高音は控え目に鳴らすべきです。
 ピアノとかシンバルなどの楽器のサウンドを真近かに聴くような再生は得意でも、弦のニュアンスに富んだ気品の高い響きは少々鳴りすぎるようです。

LE175DLHを加える
 LE175DLHも075も同じホーン型だが、指向性のより優れたLE175DLHの方がはるかに好ましい結果が得られ中音域の全てがくっきりと引き締って冴えた迫力を加えます。楽器のハーモニーの豊かさも一段と加わり、中音の厚さを増し、しかもさわやかに響きます。
 075のときよりもシンバルのプレゼンスはぐんと良くなって、余韻の響きまで、生々しさをプラスします。
 クロスオーバーが1500Hzだから、中音まで変るのは当り前だが、中音の立ち上りの良さとともにぐんと密度が充実して見違えるほどです。

D123をLE14Aに
 高音用を加えて2ウェイにしたあとさらに高級化を狙って、D123フルレンジを低音専用に換えるというのが、このシステムです。LE14Aはひとまわり大きく、低音の豊かな迫力は一段と増し、小型ながら数倍のパワーフルなシステムをて完成します。

プロ用の厳しい性能を居間に響かせる
新しい音響芸術の再生をめざすマニアへ

プロフェッショナル・シリーズについて
 いよいよJBLのプロ用シリーズが一般に山水から発売されます。プロ用は本来の業務用としてギャランティされる性能が厳しく定められており、コンシューマー用製品と相当製品を選んで使えば、超高級品として、とくに優れたシステムになります。
 例えばD130と2135、130Aと2220A、075と2405、LE175DLHと2410ユニット+2305ホーンで、それぞれ互換性があります。
 しかし、一般用としてではなくプロ用シリーズのみにあるユニットもありそれを用いることは、まさにプロ用製品の特長と優秀性を最大に発揮することになります。

高音用ラジアル・ホーン2345と2350
 ラジアル・ホーンは音響レンズや拡散器を使うことなしに、指向性の優れた高音輻射が得られるように設計され、ずばぬけた高能率を狙ったJBL最新の高音用です。
 ホーンとプレッシュア・ユニットとを組合せて高音用ユニットとして用います。プレッシュア・ユニットにはLE175相当の2410、LE85相当の2420があり、さらに加えて一般用として有名な中音ユニット375に相当するプロ用として2440が存在します。
 2410または2420をユニットとしラジアル・ホーン2345を組合せた高音用は、従来のいかなるものよりも強力な迫力が得られ、とくに大きい音響エネルギーを狙う場合、例えばジャズやロックなどを力いっぱい再現しようという時に、その優れた能力は驚異的ですらあります。
 ラジアル・ホーン2350は、2390と同様に500Hz以上の音域に使用すべきホーンで、音響レンズつきの2390に匹敵する優れた指向特性と、より以上の高能率を誇ります。
 本来、中音用ですが、2327、2328アダプターを付加すれば、高音用ホーンとして使えます。
 この場合は、LE85相当の2420と組合せてカットオフ500Hz以上に使えるのです。拡がりの良い、優れた中音域を充実したパワーフルな響きで再現でき、従来のJBLサウンドにも優る再生を2ウェイで実現できるのです。
 2350または2390+2327(2328)アダプター+2420ユニットというこの組合せの高音用はJBLプロ用システムの中に、小ホール用として実際に存在しています。
 この場合の低音用はSP707Jと全く同じ構造のバックロード・ホーンに130Aウーファー相当の2220Aが使用されネットワークはN500相当の3152です。

2205ウーファーに換える場合
 プロ用シリーズ特有のパワーフルな低音用ユニットが、この2205で、一般用にLE15Aの低音から中音域を改良したこのウーファーは150W入力と強力型です。
 プロ用ユニットを中高音用として用いた場合の低音専用ユニットとして2205は注目すべきです。SP707JのユニットD130を2205に換えたいという欲望はオーディオマニアなら誰しも持つのも無理ありません。
 2205によって低音はより深々とした豊かさを増し、中域の素直さは格別です。とくに気品のある再生は、現代JBLサウンドの結晶たる面目を十分に果しましよう

2220と2215ウーファー
 SP707JのD130はフルレンジですが、プロ用シリーズの38センチウーファーとして2220があり、130A相当です。100Wの入力に耐える強力型で、130Aに換えるのなら、ぜひこの2220を見逃すわけにはいきません。またLE15Aのプロ用として2215があります。
 以上2205と2220ウーファーは、末尾のAは8Ω、Bは16Ω、Cは32Ωのインピーやンスを表します。2215Aは8Ω、Bは16Ωです。
 プロ用の高音ユニットは全て16Ωなのでもし正確を期すのでしたら、ウーファーも16Ωを指定し、プロ用の16Ω用ネットワークを使うべきです。

ヤマハ NS-690

菅野沖彦

スイングジャーナル 10月号(1973年9月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 ヤマハがコンポーネントに本腰を入れてから開発したスピーカーは、どれもがヤマハらしい、ソフト・ウェアーとハード・ウェアーのバランスのよさを感じさせるものが多い。このバランスがもっとも強く要求されるスピーカーの世界で、同社が優れた製品を生みだしているのは同社のそうした体質の反映と受け取ることができるだろう。
 かつて好評を得たNS650を頂点とする三機種のシリーズ、つまり、NS630、NS620に続いて、そのアッパー・クラスのシリ−ズとして開発されたのが、NS670、NS690という新しい製品である。前のシリーズとはユニットから全く新しい設計によるものであって、今回の2機種は、いずれも、高域、中域にソフト・ドームのユニットをもつ3ウェイ・システムである。エンクロージュアーは完全密閉のブックシェルフ型であって当然、アコースティック、エア・サスペンジョン・タイプのハイ・コンプライアンス・ウーファーをベースとしている。
 今月号の選定新製品として取上げることになったNS690は、もうすでに市販されていると思うから、読者の中には持っておられる方もあるかも知れないが、ごく控え目にいっても、国産スピーカー・システムの最高水準をいくものであり、世界的水準で見ても、充分このタイプとクラスの外国製スピーカーに比肩し得るものだと思うのである。
 世界的にブックシェルフが全盛で、しかもソフト・ドームが脚光を浴びているという傾向はご承知の通りであるが、このNS690も、よくいえば、そうしたスピーカー技術の脈流に乗ったもので最新のテクノロジーの産物であるといえる。しかし、悪くいえば、オリジナリティにおいては特に見るべきものはない。ヤマハはかつて、きわめてオリジナリティに溢れた平板スピーカーなるものを出してオーディオ界に賑やかな話題を提供したメーカーであり、独自の音響変換理論をアッピールし、しかも、これをNS、つまりナチュラル・サウンドとうたって、同社の音の主張を強く打出したメーカーであることは記憶に新しい。その考え方には私も共感したのだが、残念ながら、その思想は充分な成果として製品に現われたとはいえなかった。しかし、欧米の筋の通った一流メーカーというものは、自分の主張を頑固なまでに一貫し、これに固執して自社のオリジナリティーというものを長い時間をかけて育て上げていくと、いう姿勢があるのだが、この点で、ヤマハがあっさりと世界的な技術傾向に妥協したことは、精神面において私の不満とするところではある。だからといって平板を続けるべきだというのではないが……。もっとも、これはヤマハに限らず、全ての日本のメーカーの姿勢であって、輸入文化と輸入技術の王国、日本の体質が、そのまま反映していることであって、同じ、日本人の一人としては残念なことなのであるがしかたがあるまい。無理矢理なオリジナリティに固執して、横車を押すことの愚かさをもつには日本人は利巧すぎるのである。したがって、このN690も、これを公平に判断するには日本の製品という概念をすてて、よりコスモポリタンとしての見方をもってしなければならないだろう。そしてまた、世界的な見地に立って見るということは、専門技術的に細部を見ることと同時に、より重要なことは、結果としての音を純粋に感覚的に評価することになるのである。
 このスピーカーの基本的な音としての帯域バランス、歪の少ない透明度、指向性の優れていることによるプレゼンスの豊かさと音像の立体的感触のよさなどは、まさに、世界の一流品としてのそれであると同時に、その緻密なデリカシーと、一種柔軟な質感は、日本的よささえ感じられるという点で、音にオリジナリティが感じられる。これは大変なことであって、多くの日本製スピ−カーが到達することのできない音の質感と、それとマッチした音楽の優しさという面での細やかな心のひだの再現を実現させた努力は高く評価できるものだ。反面、音楽のもつ力感、鋼鉄や石のような強靭さとエネルギッシュで油っこいパッショネイトな情感という面で物足りなさの出ることも否めないのである。私の推量に過ぎないが、これは中、高域にソフト・ドームを使ったシステムの全てがもつ傾向であるようで、これが今流行のヨーロッパ・トーンとやらであるのかもしれないが……?

ブラウン L810

菅野沖彦

スイングジャーナル 7月号(1973年6月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 L810はブラウンのスピーカー・システム群の中では高級機種である。ブラウンのスピーカーが日本へ輸入されてまだ日が浅いし、実際の商品の供給も軌道にのっていないようだ。生産能力のある会社だから日本でのサプライが早く順調になってほしいものである。選定新製品としてはマルチ・アンプの組込まれたL1020を取上げたのだが、代表的なものとなるとこのL810を選ぶのが妥当であろう。20cm(正確には21cm)ウーハーを2つベースにしてその上に5cm径のドーム・スコ−カーと2・5cm径のドーム・トゥイーターを組み合わせた3ウェイのユニット構成。内容積41ℓのブックシェルフ型密閉エンクロージュアーで別売のスティール脚を取付けて据置型としても使えるものにまとめた中型システムである。ブラウンではこのシステムをスタジオ用といっているところからみても、そのクォリティへの自信のほどが伺える。外装はウォールナットとホワイトの2つの仕上げが選べるが、どちらもフレッシュでシャープなデザイン感覚をもった美しいものだ。ユニットのクロスオーバーは550Hz、4kHzで12db/octの特性。9種類に及ぶスピーカー・システム群は共通のトーンとデザイン・ポリシーに貫ぬかれていて、6・4ℓ容積の2ウェイであるL420や7ℓ容積のL310といったコンパクト・タイプから、このL810に至るまでの様々なバリエーションは広くユーザーのニーズに合わせた製品構成である。これだけの種類の名システムが共通した音のイメージをもっていることは感心させられるし、メーカーの主張、性格が明確に表われているのはさすがである。ドーム・トゥイーターとドーム・スコーカーは共通のユニットを使い、2ウェイの場合はトゥイーターを1・8kHzから上で使うという方法をとっている。ウーハーはこの810に使われている21cm径のほか17cm、18cm、30cmの三種類を使いわけているが、いずれもコーンの材質、エッジやサスペンションなど振動系の設計は共通のものだ。一つのメーカーで、いろいろなスピーカーをつくり、これが同じメーカーの製品かと驚ろくような異質なものを発売しているメーカーが少くないが、それに対して、こういう行き方は、いかにもメーカーとしての自信、信念が感じられて好ましい。同じメーカーがソフト・ドーム、ハード・ドームやホーンなどといろいろなスピーカーを出すというのは、本来おかしい事で、日本のメーカーの多くに見られる例だが、マルチ化したユーザーへのサービスといえば聞えがいいが、本当は自信のなさと試行錯誤の中で、とにかく売ろうという考え方の現われとしか思えない。あまりにも無節操ではないか。
 それはとも角このL810はそうした共通のポリシーに貫ぬかれたいづれもそのサイズと価格内では最高のスピーカー・システムといってもよい製品群の中で、最高の位置づけにふさわしい優れたシステムである。周波数帯域はきわめて広く、素直にのびきった高音のさわやかさ、透明感は類がない。そして、豊かな低音は、楽器の低音域の充実した響きを鳴らし、全体の音楽的なまとまりほケチのつけようがないほどだ。今やオーディオは、スピーカーの音そのもので音楽的実体験が得られるといってもよいところまできていると思うが、このスピーカー・システムなどはまさにそれに価いするものだといってよかろう。録音のよいプログラム・ソースを優れたアンプを使って、このL810で再生すれば、その演奏から受ける感銘度は、生の演奏から受ける感銘度に匹敵するものだと思う。こう書くと、気のはやい人は生の音とそっくりという意味にとられるかもしれないが、そんな馬鹿げたことをいっているのではない。音楽体験としての質の高さ、次元の問題としての話しである。私は今、このL810をマッキントッシュのC28とMC2105のアンプで自宅で聞いているが、その再生音にはかなりの程度満足している。かなりの程度といったのは他にも勿論よいスピーカーがあり、それらはそれらの魅力をもっているからだ。111、000円という価格は、このシステムの質として、輸入品として決して高くない。
 すばらしいシステムだ。

良い音とは、良いスピーカーとは?(5)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 27号(1973年6月発行)

高忠実度スピーカーの流れ
 いまさらこんなことを言い出すのは気が引けるが、この連載の最初の予定はこれほど長びかせるつもりではなかった。本誌22号のフロアータイプ・スピーカーの特集号で、編集長から《良いスピーカーの条件》について書くようにとの依頼を受けて、さて考えはじめてみると、どうも容易なことではなさそうに思われてきて、良いスピーカーの定義をするにはその前にまず《良い音》とは何かを考え直してみたくなり、そう考えてゆくとさらに良い音とはいわゆる《原音の再生》なのだろうかという考えにつき当って、それなら原音再生とは何だろうというところまで遡って、そこでこの拙文を書きはじめた。22号では原音再生の歴史の流れを考え、23号では原音再生という言葉の原点に立ちかえって、24号でそれをわたくしは《写実》であるべきだと考え、その項の終りから25号にかけて原音やその再生の前に立ちはだかる人間の錯覚について、ひとつの極端な場合を考えた。書いているうちにわたくし自身の考えのあいまいだったところが自分でもわかってきて、人さまに説明する以前に自分自身をまず納得させるような、いわば考えながら書き進めるような形をとらざるをえなくなって回りくどい話のくり返しになった点を、不勉強のためとは言え、改めてお詫びしなくてはならない。26号は別のテーマで一回休みを頂いたので、今回の話は25号からの続きになるが、右に書いた話の中で、再び24号のテーマであった原音再生の原点ともいうべき《写実》の問題に帰ってみる。
 それをもういちど整理して言うと、音の録音・再生のプロセスには人間の錯覚が入りこむ余地が多いにしても、少なくともそのためのメカニズム自体はそうした錯覚に甘えることなく、できるかぎり正確に音を伝達する性能を具えているべきだとわたくしは思うで、話をスピーカーに絞っても、良いスピーカーの条件のまず第一に、送り込まれた信号の忠実な再現という項目をあげたいと思う。だからスピーカー自体の弱点や欠点から生じる固有の音色をできるたぎり排除したいと、わたくしはいま考えている。メカニズムの不備から生じる固有の音色(カラーレイション)を、原音再生のプロセスに悪用してはならないと考えている。そのことはアンプについてあてはめてみると割合容易だが(別項「アンプテストを終えて」を参照頂きたい)、スピーカーのような音響変換系には、口で言うほど簡単には片づかないむずかしい問題が山積している。そのことをどうしたらうまく説明できるだろうか……。
     1
 わたくし自身の耳が本質的にナロウレンジ(狭帯域=音域がせまい)の音質を受けつけないらしいことは、ずいぶん以前から薄々は感じていた。スピーカーに限らずアンプでもカートリッジでも、ことに高音域の伸びていない音を本質的に拒絶してしまう。スピーカーでいえばその典型がアルテックで、その点はやや解説が必要になると思うが、アルテックのハイクラスの製品は、ふつう一般に考えられているほどワイドレンジではない。本誌22号の228ページに一例として「ヴァレンシア」システムの周波数特性が載っている。低音は80ヘルツ以下でスパッと切れ、高音は6キロヘルツあたりからすでに下降しはじめる。とうてい現代のハイフィデリティ・スピーカーとは言えないが、それでいてこのスピーカーはすばらしく充実した豊かな迫力でもって鳴る。わたくし耳はこのレンジの狭さを拒絶するが、ヴァレンシアの音質を好む人たちは決して少数ではなく、事実このスピーカーは定評ある高級スピーカーの代表機種のひとつである。ただ、わたくしがその音を好まないというだけの話なら、なにもこのことをくわしく書く必要はないが、以上の話が、これから書こうとすることのひとつの前提になる。
 アルテックのスピーカーが、アメリカ・ウェスターン・エレクトリックの、さらに遡っていえばベル・サウンド・ラボラトリーの設計を受けついでいることはすでにご承知のとおりで、そことはわたくしよりも池田圭先生に解説をお願いする方がよいのだが、たとえば代表機種のA7は the voice of theater と名づけられ、劇場やオーディトリアム用のいわゆるシアター・サプライとして広く使われており、もうひとつの代表機種604Eは世界中のレコード会主や録音スタジオでマスター・モニターとして採用されている例をみても、 アルテックの音が本質的にはシアター・サウンドでありプロフェッショナル・サウンドとして高く評価されていることは容易に理解できる。しかもA7も604Eも、現代の音響機器の水準からみて絶対にワイドレンジ・スピーカーとは言えない。たとえば604Eのカタログには高域のレンジが22キロヘルツなどと書いてあるが、測定してみれば、決して22キロヘルツまでが平坦に延びているという特性でないことは一目瞭然である。
 誤解しないで頂きたいが、わたくしはこう書くことでアルテックのスピーカーとカタログを誹謗しようなどとしているのでは決してない。この後の話の前提として、ナロウレンジのスピーカーが一方に厳然と存在し評価されていることをまず知っておいて頂きたいので、しかしアルテックのA7や604Eが世界じゅうのプロフェッショナルに認められもし、またオーディオ愛好家からも好まれるだけの立派な音を再生していることが確かな事実であると同時に、好き嫌いはともかくその周波数特性が決してワイドレンジでないことも、いまはまず頭にとめておいて頂きたいのである。
     2
 スピーカー設計の変遷をたどってゆくとそれだけで一冊の厚い歴史ができ上ってしまうが、いまこ狭いスペースではそのディテールを探ることをしない(この点について興味のある方は本誌第5号から11号まで連載された池田圭先生の名著「スピーカー変遷史」によられることをおすすめしたい)。
 ここでは、わたくし自身のきわめて主観的な分類によって、高忠実度スピーカーとして現存している著名製品の源流を大きな三つの流れに分けて話を進めてゆく。
 その第一が、前項で触れたベル研究所に端を発するシアター・スピーカーの流れであり、その第二はカーR以降に急速に普及し発展した家庭用小型スピーカー(いわゆるブックシェルフタイプ)であって、ふつうオーディオファンの話題にのぼるスピーカーシステムの大半が、この両者のいずれか、或いは両者の長所をそれぞれとり入れて作られている。しかしここ数年来急速に抬頭してきたヨーロッパ系の家庭用スピーカーについて調べてゆくうちに思い当った第三の源流に、イギリスのBBC放送局が独自に開発を進めた広帯域モニタースピーカーがあげられる。そのことについては従来はほとんど書かれたことがないし、わたくし自身がその音質にも考え方にもいま最も傾倒し共感しているので、この点に相当の重点を置いて解説したいと考えているが、その前にまず、第一のシアタータイプと第二の家庭用小型スピーカーの流れと変遷についてごく簡単にふれておく必要があるだろう。
 シアター・スピーカーとはその呼び名のとおり、広大な劇場やホールで、すみずみまで音声を伝達(サービス)しなくてはならない。ハイパワーで、しかも明瞭度の高い音を伝えるには、本質的にワイドレンジであってはならない。いわゆる胴間声を避けるためにも適度のローカットが必要になるし、モーターの回転音やハムその他の低域の唸りや雑音が耳につかなくするためにもあまり低音を伸ばしてはいけない。高音域も楽器の音色を識別するに必要な最少限の帯域でカットしてしまう方が、ヒス性のノイズを出さずにきれいで明瞭な音が聴ける。人間のラウドネス(聴感特性)を考えても、ハイパワーでのサービスにワイドレンジはかならずしも必要とはいえなくて、そうした点をわきまえ、音楽を伝達するに十分な最少限の帯域──言いかえれば低音も高音もこれ以上カットしたら耳に不満を感じる一歩手前のところまで帯域を狭めて、明快でよく通る音を作りあげたのが、アルテックのシアター・システムの音質だと言ってよいのではないか。
 こういう狭帯域のトーンは、一般の家庭に持ち込んだ場合に往々にしてデリカーの欠如した印象を与えるが、アルテックの場合はその狭い帯域の中での音質が永年に亘ってみがき上げられ、完成度の高い説得力に富んだ音色になっていて、ことに手巻き時代から蓄音機を聴き馴染んだレコードファンの耳には、むしろその狭い音域とともに好まれる傾向が多いのだとわたくしは解釈している。
 家庭での良い音の再現には本質的にワイドレンジが必要だということを直観して、アルテック・ランシングを飛び出して家庭用高級スピーカーの製作をはじめたのが、J・B・ランシングであった。言いかえればJBLは設立の当初からナロウレンジを拒否してできるかぎり広い帯域で忠実度を高めるという方向から出発した。そしてもうひとつ、アルテック──というよりウェストレックス=ベル研究所の原設計の種をイギリスという土壌に蒔いて実らせたが、ひとつはヴァイタヴォックス、もうひとつはタンノイだといえる。ヴァイタヴォックスのユニットはほとんどウェストレックスの設計のままとも言えるが、タンノイは、創始者であるガイ・R・フォンティーン Guy R. Fountaine が、アルテック604を原型としてモディファイしたユニットだと言われている。しかしヴァイタヴォックスもタンノイも、原設計にくらべてずっと広帯域に作られていることも知られているが、おそらくイギリス人の耳のデリカシーが、ナロウレンジを拒否したのだろうとわたくしは想像する。むろん帯域ばかりでなくもっと本質的な鳴り方そのものの問題でもあるが、そしてそれは音と風土や歴史の問題でもあるが、そのことはもっと後になってからくわしく論じよう。
 こまかく言えばこれ以外にもアメリカには、GEやジェンセンやRCAから源を発したコーン型スピーカーの流れがあり、それはヨーロッパに渡ってローラーやワーフェデールやグッドマンによって発展させられ、またドイツにはクラングフィルム→シーメンスと発展したベル系とはまた別のシアターサウンドがあるが、スピーカーの歴史をこまかく眺めるスペースがないので細部を飛ばして言うと、それらいわゆる戦前型のスピーカーの流れを大きく転換させるきっかけを作ったのが、エドガー・ヴィルチュアのARスピーカーであった。この点については本誌10号に岡俊雄氏の詳細をきわめた解説があってこの方面に不勉強なわたくしはせいぜいその引用ぐらいしかてきないが、要約すると、いわゆるアコースティック・サスペンション方式により超小型に作られた(少なくともAR出現当時=1954年の一般の高級スピーカーからみると、内容積1・7立方フィート=約45リッター強というキャビネットは超の字のつく小型に見えた)密閉箱は、考案者E・M・ヴィルチュアによれば名にも小さく作ることが目的だったのでなく、できるだけ低い周波数までひずみなく再生するにはどうしたらよいかというアプローチから生まれたものだそうだが、1958年以降のステレオの普及にともなってスピーカーが二台必要になって、一般家庭では外形が小さいということも大きな長所になり、その後世界中メーカーがこのタイプからさまざまの展開を試みて、今日の標準型ともいえるブックシェルフ・スピーカーの全盛期を迎えたというのが真相のようだ。
     3
 広いサービス・エリアと強大なパワー前提として発展をとげたシアター・スピーカー。それを原形としてさまざまのアレンジが試みられた過去の大型家庭用スピーカーシステム。そこに抵抗を挑み成功した小型ブックシェルフ・スピーカー。そしてその折衷型ともいえる中型の家庭用フロアータイプスピーカー。これら従来わたくしたちの目にふれてきた大半のスピーカーとほとんど無関係に、イギリスのBBC放送局の研究所では、著名な音響学者D・E・L・ショーターらを中心として新しいモニタースピーカーの開発が進められていた。そことが表面にあらわれたのは少なくとも1946年以前のことで、1946年といかば昭和21年、日本が大戦に敗れ国中がずたずたに疲れ果てていた年である。この年、BBCのクォータリーに、スピーカーの新しい分析法として過渡特性 transient response(最近は過渡応答と書く人が多いが同じこと)の測定法を考案し発表したのがショーターで、おそらく彼の頭の中にはそのときすでに新しいスピーカーシステムの構想が芽生えていたに違いない。或いはすでにスピーカーユニットの一部が開発されてさえいたのかもしれない。あの戦争のさ中に、ドイツから無人ロケットが飛んでくるロンドンで、スピーカーの音を考えていたという人間はいったいどんな顔をした男なんだろう!
 ショーターの過渡特性測定法にヒントを得てアメリカRCA研究所のマリントンとウッドの二人が、トーン・バーストによるトランジェント・レスポンス測定法を考案したことはよく知られていて、これが現在でも過渡特性を測定する効果的な手段のひとつとしてよく使われていることも周知の事実である。
 ともかく、BBC放送局が新しいモニタースピーカーの開発に本格的に着手したのは1950年頃からで、それに次のような条件がついていたらしい。
 第一に、来るべきFM時代の広帯域放送を監視(モニター)するためには、それまでの市販スピーカーでは帯域も狭く特性もでこぼこでいわゆる音の色づけ(カラーレイション)が強く、良いプログラムソースを作るための正確なモニターができないため、できるかぎり広い帯域をフラットに色づけ(カラーレイション)少なく再生することのできるモニタースピーカーが必要であること。
 第二にプログラムソースのダイナミックレンジに十分対応できるパワーハンドリング・キャパシティ(耐入力)を持っていること。
 第三に、ミクシングルームの狭いスペースで近接して聴くという条件、しかもスタジオ内の壁面その他の影響をできるかぎり受けにくいという条件を満たす構造であること。
 第四はスタンダードのサンプルに対して一台ごとの特性及び音色の偏差ができるかぎり少ないこと。そういう条件にあてはまるような生産性を持っていること。
 これ以外にも数多くの細目があったらしいが、数年間の試作を経て1955年頃にはすでに実用の段階にいたり、1960年頃にはほぼ現在の形が決定し、スタンダード・サンプルに対してキャリブレイト(較正)されBBCが認可した製品に対しては一部市販が許可されるようになった。これがLS5/1Aモニタースピーカーで、それまでにプロフェッショナル関係で使われていたRCAのLC1Aやアルテック604シリーズまたはヴォイス・オブ・シアター、あるいはタンノイのDC15モニターなどにくらべると、はるかに帯域が広く自然で色づけの少ない素直な音質を持っている。その外観は写真を、構造は図を参照して頂きたい。発表されている周波数特性もあわせて示す。このLS5/1Aは、イギリスのスピーカーメーカーKEFで製作されているが、どういう理由かトゥイーターはセレッションの特製品が使われ、ウーファーはメーカーが不明だが、例のKEF独特の楕円形でなく、ごく普通の15インチ・コーン型がついている。

サンスイ SP-95

菅野沖彦

スイングジャーナル 6月号(1973年5月発行)
「SJ選定新製品」より

 山水が久々に放ったヒット商品! というのが私の率直な感想である。このSP95、このところ数年間、ただの一度も、一機種も、私の耳にぴたりときたことのなかった山水のスピーカー・システム群とはちがって、一聴して肌合いのよい共感をもって音楽を聴かせてくれたのである。このところ、一段と音らしい音を聴かせてくれるようになった国産のスピーカー・システムの中にあって、これは一際光彩を放つものではないだろうか。私はスピーカーというオーディオ機器のパーツの中で最も厄介視されているこのパーツが大好きである。たしかに、純粋に技術的に見れば、これほど進歩の遅いものもないだろうし、生産性の悪いものもなかろう。しかし、逆にいえば、これほど素晴らしいものもない。第一、スピーカーというものは、それ自体、オーディオそのものであり、録音再生音楽の全ての性格を決定づけるものであり、それはあたかも、映画のスタリーンのごとく、それなくしては、すべては存在しないのである。スピーカーの存在が、つまりはオーディオであり、スピーカーの性格(個々のスピーカーのそれではない)に、全ての録音再生のプロセスは支配されているといっても過言ではないと思うのである。
 オーディオの世界、レコード音楽の世界はスピーカーの世界である。したがって、スピーカーというものが変換器として、いろいろ問題をもっていることをほじくり出してネガティプに見るという姿勢を私はあまり好まない。問題はあくまで解析して、よりよいスピーカーを作るべきだと思うけれど、一方、あのシンプルな振動板(一見そう見えるだけで実は極めて複雑怪奇だが……)から、あれだけ多彩でそれらしい音の出てくるスピーカーの素晴しさを認めて、スピーカー側からアンフやプレイヤーを見るという姿勢も大切であるように思うのだ。再び、映画のメカニズムに例えてみるならば、スピーカーの歪とかF持とかいったものは、映画のスクリーンのサイズや形、色、平面性といったようなものであって、スクリーンのサイズや形を無視して映画の撮影はできないし、スクリーンそのものが色がついていたら、フィルムの色は忠実に再現できないのと同じようなものではないか。スクリーンの色を真白にすべきなのと同じように、スピーカーの歪は取りのぞくべきであるし、フィルムの縦横の比率と異ったスクリーンで画面が切れるようなことがスピーカーにはあってはならない。つまり、プログラムソースに収録されている帯域のすべてが再生され得るF特を持つべきだ。映写された画面の色が光源によって大きく変るのと同じように、録音再生の系の中でスピーカー以外に起因するファクターも無視できない。しかし、そんなことよりもっと大切なことは、映画が、スクリーンという虚像の投影の場を明確に肯定しているということの認識である。スピーカーの歪を取りのぞくことはスクリーンを真白にすることより難しかろう。しかし、スクリーンの存在は、少くとも、本物か偽物かという感覚の対象としては、それがどんなに大きくワイドになろうとも、スピーカーに対するよりはるかな実感をもって偽物という認識がもたれている。いや、偽物という表現は適当ではない。ちがうもの、独自のもの、という認識というべきだろう。オーディオにおけるスピーカーへの認識も、そろそろ、そうした次元に立たなければならない。スピーカーとして要求されるものはなにかということをもっと考えてみる必要がある。それは、忠実な変換器という物理的ファクターの上に立ちながら、しかも、美しい音を聴かせてくれるいいスピーカーではなかろうか。SP95に、私はこの辺の成長した考え方を感じた。しかも、それを常に価格という制約の中でまとめなければならない商品としてのバランスのよさも納得のいくものだった。
 山水としては初めての密閉型エンクロージュアに納められた25cmウーハーとソフト・ドーム・トゥイーターの2ウェイが、このサイズとしては最高の豊かさと甘美な味わいをもって鳴る。プレゼンス、定位、音像の切れ込みも満足のいくもので、広いジャンルの音楽にバランスのよい再生音を聴かせてくれた。このクラスの密閉型ブックシェルフとしては能率も実用的に充分な高さで使いよい。

トリオ LS-400

岩崎千明

スイングジャーナル 5月号(1973年4月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 この数ヶ月、雑誌の広告におけるトリオの紙面はスピーカー・システムの眼を奪うような予告をクローズ・アップしてきた。その話題のスピーカー・システムが遂に登場した。LS400である。
 30cmウーハーと、12cmスコーカーに流行のソフト・ドームを配した3ウェイのブックシェルフ型システムで、その点からはオーソドックスな、ごくありきたりの最新型システム以上のものではない。ただ、このシステムの唯一の特長は、予告広告においてすでに宣伝されているとおり、ランバーコアと呼ぷ前面バッフル板で、細い角棒をならべて構成した新しいバッフル板にある。従来、使われているホモゲンの硬質型であるチップボードや合板のもつ生産性、均一性と、マニアの間でいわれる高い天然木の単板との、両方の特長を合せ待った新材料の採用が大きな特長をなしている。
 この種の板は、すでにカウンターの材料などを中心に建築材料としてはありふれたものだが、これを音響材料としたところに着眼の艮さを感じる。
 皮肉な見方をすれば、最近の異常な材木の値上りが招いた、苦肉の策ととられるかもしれない。しかし、このようなマイナスの原因もプラスの方向へ導くきっかけにしている努力を大いに買いたいのである。
 ランバーコアは、単板の良さに均質性と量産性を加えた現実の形として納得のいく材料であることは、まぎれもない事実だからだ。
 この種の新材料は、しかし、今までにスピーカー・ボックスとして少なくとも一度も使われたことがなかっただけにこれをいかすことは、また大きな試みと努力の積重ねを経ずしては達せられるわけはないであろう。
 それを裏づけるようなことが、このスピーカーの完成間近にさえも開発途上でおきたという。それは補強棧の形と位置を、従来の常識から変えた形を行ったときに、中音の大きな変化として経験されたと聞く。これを私に教えてくれた開発担当者のN氏は、彼自身がテナーを吹く熱烈なジャズ・ファンであった。もっともこれは、かなりあとになって、私自身が偶然にも知ったことである。そのジャズ・ファンとしての耳が、中音の変化を敏感に感じとって、どの方向に試作スピーカーの音の作り方を決定するかに大きな役割を果したことに間違いない。
 このLS400、担当者自身が熱心なジャズ・ファンであるためなのか、スイング・ジャーナル試聴室でトリオのスピーカー・システムにかつてなかったほど朗々とより鳴り、ソロのアドリブの実にリアルな音像再生は、今まで私がトリオのスピーカー・システムに対して抱いていたイメージを一変させた。品が良く、特にクラシックの繊細な再現は得意だが、ジャズのような激しい迫力の再生は苦手のはずであった前のトリオのサウンドのイメージは、LS400によって、私の脳の中から吹きとんでしまった。
 付言するならば、このLS400をかくも立派に鳴らしたのは、これもトリオの新型アンプであるハイ・アタックの最上位機種KA8004であった。KA8004は、市場に出て以来数ヶ月、その評価も上乗で、ここに改めてふれるまでもないが、力強いサウンドに、驚威的広域と、繊細な解像力とを合わせ持って、現在市場にあるアンプの中でも5指に入る優秀機種だ。
 このKA8004で、高解像力の再現を確めたあと、SJ試聴室の新鋭機マッキントッシュの300/300ワットMC2300につなぎ換えたLS400はさらに重低域の迫力と、温みとをそのサウンドにプラスしたのであった。

サンスイ SP-707J, SP-505J

岩崎千明

スイングジャーナル 4月号(1974年3月発行)
「AUDIO IN ACTION SP-505J、707Jのシステム・アップ」より

 SJ試聴室に、山水JBLのシステムSP707J、505Jそれに新しいJBLのシステムL88プラスがずらりと勢揃いする。その様はまさにJBL艦隊ともいうべきか、戦艦707J、巡洋艦505J、駆逐艦L88プラスと威風堂々と他の居並ぶシステムを圧倒し去る。この山水JBLのシステムが高音ユニットを加えることによって、どれほどグレード・アップするかを確かめ試聴する目的で一堂に会したわけだ。
 これらのシステムSP505J、707Jは、発売された状態では、それぞれ30cmと38cmのフルレンジが箱に収まった形だが、トゥイーターを加えることにより数段高いグレードに向上し、名実ともに世界最高のシステムと成長し得る。
 こうした大いなる可能性こそ、これらのシステムの大きな魅力と源となっているのだが、そのためこのシステムの愛用者や購入予定を願う多くのファンから、いかなる道が最もよいのかという質問がSJ編集部へ発売以来あとをたたずに来ている。そこで今月は、これを読者に代って試みよう。
 まず、SP505J、価格88、000円。JBL・D123、30cmフルレンジが中型のフロアータイプのチューンド・ダクト型エンクロージュアに収められている。
 D123はJBLサウンドの発足以来ごく初期から戦列にあり帯域の広いことでは定評のあるフルレンジだ。低い低音限界周波数とアルミ・ダイアフラムから輻射される鮮麗な高音域はJBL特有の高能率のもとに迫力にみちたスムースな再生を可能にする。
 SP505Jは、高音用ユニットとしてLE20、075、175DLHの3つの中から選べるが、組み合わせるべきネットワークはそれぞれちがってLE20はLX2、075はN2400、175DLHはLX10と組み合わせることが考えられる。
 価格は、それぞれの組合せで大きく違いLE20(20、100円)+LX2(14、000円)、075(38、200円)+N2400(15、600円)、175DLH(82、000円)+LX10(10、200)となるからどれを選ぶかフトコロと相談をして可能性の近いものをねらうことになるが音の方もかなりの違いを見せ、結論からいうと刺激的な音をさけるのなら、LE20、ハードなジャズ・サウンドをねらうなら無理をしてでもLE175DLHをねらうべきだろう。つまり、本誌の読者なら少々がまんをしてでも将来175DLHを加えることを、ぜひ薦める。
●LE20とLX2を組み合わせる場合
 JBLの山雨度は実に不思議で使うものの好みの音を「自由」に出してくれる。LE20との組合せの場合、ソフトな品のよい迫力が、その特徴だ。繊細感に満ちたクリアーな再生ぶりはまさに万能なシステムというべきで、クラシックのチェンバロのタッチからコーラスのウォームなハーモニーまでニュアンス豊かに再現する。しかも、ジャズの力強いソロにも際立った鮮麗さでみごとにこなしてくれる。ロリンズ・オン・インパルスのシンバルが少々薄い感じとなるが、タッチの鮮かさはやはりJBL以外の何ものでもない。全体にバランスよく、完成された2ウェイ・システムが得られる。
●075とN2400を組み合わせる場合
 これは075の高能率な高音が、ちょっとD123のサウンドと遊離してしまう感じがあって、鮮烈なタッチのシンバルだけが浮いてしまう。D123のバスレフレックスの組合せから得られる深々とした低音がLE20の場合みごとに引き立て合うのに、075では、その特徴が075のよさを相殺してしまう感じなのだ。ピアノの高音のタッチがキラキラしすぎるし、ミッキー・ロッカーのシンバルワークだけが、ややきつくなる感じ。075はかなりレベルをおさえて用いるべきだが、そうなるとLE20とかわりばえがしなくなる。
●175DLHとLX10を組み合わせる場合
 なにしろ、ロリンズのテナーの音までが力強くなって、輝き方が違ってくる感じだ。本田のタッチのすさまじさも175DLHとの組み合わせで俄然、迫力を加えてくるし、何とベースのタッチの立ち上りまで変ってしまう。
 まあ結論として、やっぱり175DLHを加えないとジャズ・サウンドの迫力は完全ではないのだ。拡がりと余韻の豊かさが加わるのは、175DLHの指向性のよいためか。
 175DLHの場合、高音用とはいってもクロスオーバーが1200hz付近だから、中音まで変ってくるのは、あたり前だが、それにしてもテナーやピアノなど中音はおろかベースからタムタムなど低音のアタックまでがすっかり変わり、D123が見ちがえるように迫力を加えてくる。やはり、ハードなジャズ・ファンだった175DLHをねらうべきだろう。

 SP707JはおなじみD130の38cmフルレンジでJBL精神むき出しの強力型ユニットを、これまたJBLならではの大型バック・ロードホーンのエンクロージュアに収めたシステム。元来、C40ハークネスとしてJBLオリジナル製品があったが、72年度よりC40はカタログから姿を消してしまったので、SP707Jの存在意義は大きい。C40のシステムとしてはD130単体と、D130+075の2ウェイ、D130A+175DLHの2ウェイの3通りが選べたが、日本のファンの間では後者がよく知られている。価格176、000円は決して安くはないがJBLオリジナル製品から比べれば安いものだ。
 組み合わせるべき高音用ユニットとしては、075、LE175DLH、LE85ユニット・プラスHL91ホーン・レンズの3通りがある。さらに、それぞれユニットをダブらせて用い、クロスオーバーをかえて3ウェイにすることをメーカーでは言っているが、まずその必要はないと結論してもよかろう。つまり、JBLはよほどの音響エネルギーを必要とする場合でない限り、ホールや劇場などを除いては3ウェイの必要性はないと言ってよかろう。
 さて、それぞれのユニットの試聴結果は、投ずる費用に応じてハッキリとグレードの高さを知らされ、どれもがD130単体の場合に比べて、格段と向上する。一段とではなく、格段とだ、つまり、SP707Jはこのままの状態ではなく、上記の3種のユニットのどれかを選んだ2ウェイとして初めて完全なシステムとなると言いきってもよい。それも世界最高級のシステムに。フトコロと相談して、075との2ウェイにするのもよい。ゆとりがあれば是非ともLE85+HL91をねらうべきであるのは当然だ。
 075とN7000が38、200円+16、700円。LE175DLH+N1200は82、000円+26、800円。LE85+HL91とLえっ苦5は83、000円+23、200円+41、500と価格は段階的に大きくステップ・アップするが、その差が音の上にもハッキリと表われてくるのだから言うべきところがない。
●075とN7000を組み合わせた場合
 これが意外にいい。SP505Jでは何かどぎつくさえ感じられた075が、707Jとの組合せでは俄然生き返ったように鮮明な再生をかってくれる。さわやかささえ感じる。のびっきった高音はアウト・バックのエルビンのシンバルのさえたタッチを、軽やかに鳴らす。707Jの音の深さが一段と加わり、力強い低音がアタックでとぎすまされてくる。特に音場感の音の拡がりが部屋の大きさをふたまわりも拡げてしまうのには驚かされる。
 JBLの怖じナル003システムはD130と同じ075をN2400と組み合わせされているが、この組合せを試みたところ、中域の厚さが確かに増し、ロリンズのテナーは豪快さを加えるが、シンバルの澄んだ感じがやや失われるのを知った。どちらをとるかは聴き手の好みによるが、オリジナルの003システムの場合のN2400ではなく、7000HzのクロスオーバーのN7000を指定したメーカー側の配慮も、また充分うなずけるものであるのは興味深い事実だ。
 175DLHこそ、D130とならぶJBLの最高傑作であると20年前から信じ続けているのを、ここでもやはり裏付けされたようだ。175DLHはD130の中音から低音まですっかりと生き返らせ、現代的なパーカッシブなジャズ・サウンドにみなぎらせ、鮮烈華麗にして品位の高い迫力をもってあらゆる楽器を再生してくれる。
 アウト・バックのエアート・モレイラのたたき出す複雑なパーカッションは大きなスケールで試聴室の空気をふるわせる。特に、バスター・ウイリアムスのベースのプレゼンスある響きは、大型の楽器を目前にほうふつさせ、エルビンのドラムスとの織りなすサウンドをみごとに展開してくれる。
●LE85+HL91をLX5と組み合わせた場合
 175DLHの場合に比べて音の密度が格段と濃くなり、音のひとつひとつの粒立ちがくっきりと増してくるのはさすが。175DLHに比べ、価格のうえで50%アップになるが、その差は歴然とサウンドに出る。
 もし、ゆとりさえあればLE85といいたいが、175DLHとして世界最高のシステムとなり得るのだからLE85は音のぜいたく三昧というところだ。なお、LE85の場合はホーンとデュフューザーが大きく、バックロード・ホーン型エンクロージュアのうえにのせるかたちになる。この場合、ぜひ注意したいのはHL91のホーン・レンズの後方には、、必ず厚板で音が後に逃げるのをふさがなければ完全とはいえない。つまり、ホーンを板につけ、板の前にデュフューザーをつけるべきで、板の大きさはデュフューザーよりひとまわり大きいのが望ましい。メーカーでこの板を作ってくれることを望むところだ。
 最後に、JBLオリジナル・システムL88プラスについて、ちょっとふれておこう。好評のL88のグリルを変えた新型であるL88プラスは、M12と呼ばれるキット34、300円を買いたして、3ウェイに改造出来得る。このキットの内容はLE5相当の12cm中音用ユニットと、ネットワークのコンビである。接続はコネクターひとつだけで、88プラスの箱のアダプターをはずしてつけることにより誰にでも出来るが、このエクスパンダー・キットを加えると、音域はまさに拡張された感じで中音のスムースさを加え、バランスが格段と向上して豊麗さをプラスしてくれる。
 JBLというブランドのシステムに対する、ジャズ・ファンの期待と信頼は、他のオーディオ・システムに例がないほどである。それを製品の上で、はっきりとこたえたのが、D130であり、D123である。D130のみでアンプの高音を強めた用い方により、D130のシステムは、ジャズ・サウンドのもつ醍醐味を満喫するのにいささかも不満を感じさせない。ましてD123のシステムにおいておやである。アンプの高音を3ステップ上げた状態で、我が家においてただ1本のD130と見破った者は、メーカーのエンジニアを含めまだひとりたりもいない。
 それを、さらにオリジナルJBLのサウンドに向上させるのが、この2ウェイ化だ。ひとつ気になるとすれば、D130をベースとしたオリジナル・システムは003と名付けた075を加えたものだけである。
 あくまで、オリジナルJBLに忠実ならんとする者にとってはD130うウーファーに使うことを将来ためらう向きもあるかも知れない。あえてというなら、130Aを買い換えなければなるまいが、ジャズの楽器の再現を主力にするならば、D130によりリアルなプレゼンスを認めることは容易であろう。

ブラウン LV1020

菅野沖彦

スイングジャーナル 3月号(1973年2月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 ブラウン社といえば、日本ではオーディオのイメージは全くなかった。もっとも強いイメージが電気カミソリ、ファンやラジオ程度がせいぜいというところだったろう。しかし、昨年のオーディオ・フェアに行かれた人なら、そこに展示された同社の数々のコンポーネント・システムに一朝一夕にはできない質の高さと風格を認められたにちがいない。私自身も不勉強ながら、ブラウンがこれほどオーディオ製品に力をもっている会社だとは知らなかったのである。聞くところによるとブラウン社は1921年にマックス・ブラウンというエンジニアによって創立されたそうだから、すでに過半世紀の歴史をもつ会社であり、ラジオ、オーディオ製品にも1923年から手をつけているという本格派なのである。今まで私が知っていたのは、日本でいえばアンサンブル型という装置であって、アメリカのゼニスやウェスティングハウスのような広く家庭用の電蓄にしか興味をもたない会社だと思っていたのである。
 総合家電メーカーとしてのブラウン社の現在の規模は国際的であるから、その製品にマニア・ライクな要素を求められるとは思っていなかった。しかし、偶然の機会に同社のスピーカー・システム一連の製品を聴き、テレコやアンプをいじることができた時から、私のそうしたイメージはすっかり改められてしまったのである。アンプはステレオ・レシーバーと、チューナー・プリで、日本の実状には合わないが、スピーカーの音を聞いて、すっかりほれこんでしまった。
 ブラウンのスピーカーは、コンパクトなL420/1、L500/1や薄型のL310,L480/1、L550、そして、中型のL620、L710、やや大型のL810、そして今回選定新製品としたLV1020などとヴァリエーションが豊富だが、いずれも共通のデザイン・ポリシーとサウンド・ポリシーに貫かれている点が特に印象的である。仕上げはすべてウォルナットとホワイトの二種類が用意され、前面グリルはエロクサイド処理アルミニュームのパンチング・メタルである。きわめて精緻な密閉型エンクロージュアに優れたユニットが巧みに組み合わされているが、基本的には最近のヨーロッパ系のスピーカー・システムが多く採用しているドーム・スコーカー(トゥイーター)とコーン・ウーハーのマルチ・ウェイを採用している。スキャン・ダイナ、フェログラフ、ヘコー、などヨーロッパ系のスピーカーのもつサウンドは日本でも好評で、明解な音像のたたずまいと広い帯域特性のもつ豊かなソノリティにどこか共通した魅力を感じるが、中でもこのブラウンの製品は強い印象を受けた。ソフト・ドームとしてはやや荒目のシャープな音像再現がぴりっと引締りながら、朗々とした音場を再現するのである。
 LV1020は中でも最高級の特殊なシステムであって30cmウーハー、5cmスコーカー、2・5cmトゥイーターの3ウェイを3台のパワー・アンプでドライブするマルチ・チャンネル・システムなのである。ウーハー用40W、スコーカー用20W、トゥイーター用15Wのアンプがエレクトロニクス・デバイダーを通して帯域分割されたシグナルで各ユニットをダイレクト・ドライブしている。K+Hがスタジオ用モニターとしてこの方式を採用していたが、ブラウン社でもこれはプロフェッショナル・システムとうたっている。このスピーカーを使うには本来は同社のCE1020というチューナー・プリが用意されている。しかし勿論、ディン(DIN)・ピン・プラグの変換コードと電源の特殊コンセントの対策さえおこなえば、どんなプリ・アンプと組み合わせても使えるわけで入力感度は0・25〜1・5Vという一般的なライン・レベルに設計されている。
 とかく苦手ときれているソフト・ドームのパルシヴな波形への応答、物性からくるハードな切れ味もそれほど不満はなくシンバルのアタックも実感が出る。グラマスで締切った低音はブラウンの一連のシステムに共通で、このシステム以外はほとんど2個のウーハーを使っていることをみても低音の充実感に同社のサウンド・ポリシーがあることがわかる。音楽的な充実感はここからくる。音楽の美しさの基盤は低音にある。難をいえば、マグネット装着のアルミのグリルの汚れが目立ったり、凹凸が目立つのと、大振幅時にびりつきを起す場合があったことだ。グリルはともかくエンタロージュア面との接触部分はダンプしたソフトな材料を使うべきであろう。

パイオニア CS-R30

岩崎千明

スイングジャーナル 2月号(1973年1月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 日本の代表的スピーカー・メーカーとしての実績こそ、その本来のキャリアーであり肩書きでもあるパイオニアはその名誉と誇りを賭けて、この一年間強力な布陣をガッチリと固めた。
 そのピークに位置するのがCS3000であり、そのピラミッド型の需要層に対して分厚い中腹を狙うのがRシリーズと名付けられた新シリーズである。
 しかもこのRシリーズ、狙いを若いジャズ、ロック・フアンに合わせた点も注目せねばならぬ所だ。
 スピーカー・メーカーとしての貫禄をシステムのワイド・ヴァリエーション化という強力な手段で見せることに積極的姿勢をとったパイオニアの、新らたに獲得されるべき若いファンのためのスピーカーは、Rシリーズという名の通りに、まったくイメージを異にしたニュー・サウンドである。
 パイオニアのシステムに共通する技術は、まず第1にARのアコースティック・サスペンジョンに匹敵する「密閉箱と、超低f0(エフゼロ)ウーファーの組合せ」、第2には、ドームラジエターに代表される中高域の超ワイド指向性だ。
 Rシリーズにおいては、この2つの技術は大きく転換した。転換ではなく、前進というべきか。第1の密閉箱は、チューンド・ダクト型と呼ばれる変形バスレフレックス型になり、米JBLのランサー・シリーズと同じ方式となった。これによって、従来の低域限界は一段と重低域にまで拡大され、深々とした低音は、たっぷりとエネルギーを満たして、音のスケールを加えることになった。
 Rシリーズのもうひとつの特長はブックシェルフながら中音、高音にホーンを採用することを一応の前提とし、しかも指向性の点でも十分な配慮をしている。
 というのはホーンの唯一の欠点である指向性を、マルチセラー・ホーンによって大幅に改善した中音用を用いたR70。高音用はホーン開口を極小化して高域までも指向性を改善している。
 つまり、Rシリーズの狙うものは、国産サウンドからの脱皮であり、今後増えるに違いない脱国産ミュージックのファンのためのサウンドなのだ。
 ジャズやロックの強烈なエネルギーを、楽器のサウンドそのものを生々しい形で再現しようと志ざす若い音楽ファン、オーディオ・マニアのサウンド指向が、従来の国産スピーカーの頭脳的サウンド・パターン、品の良い繊細な音作りと路線と異にするものであり、それをはっきりと意鼓したポジションにRシリーズの存在意義があるのだ。
 CS−R70がずばり、これに応えるシステムとしてそびえ立つピークであればR50はその隣りに位置する副峰であり、そのために中音ホーンこそ用いていないが、コーン型としR70より品をよく従来の音作りに近いながらRシリーズと呼ばれるにふさわしい音を意識したサウンド・パターンである。
 さらに、R70と対称的位置に接しているのがR30である。
 R30はR70直系の音作りで、聴きやすさはやや小型ながら一段とポピュラー向きともいえる。
 つまり、若い初級的ジャズ・ファンにとってはRシリーズ中もっとも抵抗なく受け入れられるもので、しかも、従来のあらゆるパイオニアのシステムにもまして、迫力と鮮麗さとを加えていることを知るべきだ。
 しばしば「ジャズ向き」という呼び方に区別されるスピーカーを聴くと、その多くは、高音にぎらぎらときらめく独特のサウンドがそのままではクラシック音楽を聴くには耐えられないのが普通だ。むろん、こうしたスピーカーが決して「優れた」スピーカーでもなければ、誰にも推められるものでもないのはいうまでもない。
 しかし、パイオニアの創ったRシリーズのシステムは、さすがにこうした負い目は探しても見当らぬ。特にR30は、Rシリーズ中、もっとも買いやすい価格でしかも初歩的マニアにもその良さを知ってもらえるのは嬉しい。クラシックにも適応性を示すR50の良さにもまして、また本格的なエネルギー再現派のR70にもまして、R30が推められる第一の理由はこの辺にあるといえよう。