井上卓也
音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より
米国のスピーカーシステムには、感覚的なサウンド傾向と音楽的な表現力から考えると、対比的なサウンドを持った、いわゆる西海岸タイプと東海岸タイプが、かつては明確に存在していたように思われる。
西海岸タイプはウェスタン・エレクトリックの流れを汲んだ、例えばプレッシャー(コンプレッション)ドライバーユニットの振動板材料でいえばアルミ軽金属ダイアフラムを採用したものが多いのにたいし、東海岸タイプは、エレクトロボイス(EV)、クリプシュ、かつてのユニヴァーシティなど、フェノール系のしっかりと焼いた黒茶色のダイアフラムを採用しており、この両者の音質、音色、さらに、エネルギーバランスやトランジェントレスポンスの違いは、しっかりと聴きこめば誰にでも簡単にわかるものであった。こうした好き嫌いを越えた、地域的、文化的な大きな違いが確実に存在することは、簡易単に否定できない現実であろう。
近代におよび、ブックシェルフ型が台頭してくると、低感度ながら驚異的な低音再生能力をもつようになり、メカニズムそのものの姿・形がストレートに音質、音色、表現力に表われる新世代スピーカーシステムが、沈静した新しい音の世界を展開するようになる。しかし、そのひとつ以前の世代では、JBL、アルテックといった西海岸タイプと、EV(地域的には中西部になるが)、クリプシュの東海岸タイプの音の対比が大変に興味深い話題であった。
EVはいまはプロ用システムのイメージが強いが、かつてはステレオ時代以前から、ホームユース主体のハイエンドブランドとして、わが国でも揺るぎない地位を得ていた。
EVの製品もステレオ時代を迎えて全体に小型傾向が進展したようではあるが、ここで取り上げるパトリシアン600は、EVならではの、スピーカーづくりの真髄を製品化したモノーラル時代のオールホーン型コーナーシステムである。
低域はP・クリプシュが発明した独得な構造のコーナーホーン型エンクロージュアによるもので、部屋のコーナーに設置することで、その能力から考えると非常にコンパクトにまとめられた構造に驚かされる。このエンクロージュアには、当時16Ωが標準的だったインピーダンスを、約4Ωという非常に低いものとした18インチ(46cm)後継の18WKが組み合わされた。
とくに注目したいのは828HFプレッシャーユニットと折り返し型ホーンを組み合わせたミッドバスで、大型化して実用不可能といわれた中低域ホーンを見事にコンパクトにまとめていることだ。詳細な部分は覚えていないがこの中低域部は、前面と背面双方にホーンが取り付けてあり、これひとつで2ウェイ的な働きをしていたようだ。つまりパトリシアン600は、4ウェイ構成プラスαの5ウェイシステムであったのかもしれない。なお、中高域にはT25系ユニットを、高域にはT35系ユニットを搭載している。
コーナー型エンクロージュアのメリットで非常にコンパクトな外形寸法で優れた低域再生能力を実現した、とはいうものの現実のパトリシアン600は、じつに巨大なシステムである(実測で高さは150cmを超え、幅は約90cm)。しかしそのサイズを意識させぬ軽妙な表現能力の素晴らしさは譬えようのない、オーディオのロマンそのものである。とくに、忘れてならないことは、旧世代超大型スピーカーシステムのなかでも、ホーン型エンクロージュアと軽量高能率ダイアフラム型振動板ならではの、かけがえのない魅力を本機は色濃く備えている。
スピーカーシステムの夢と理想に、経費、人材、時間という現代の3悪を無視し挑戦し到達しえた、この壮大なプロジェクトの成果は現代の欠陥の裏返しである。
最近のコメント