菅野沖彦
ステレオサウンド 72号(1984年9月発行)
「興味ある製品を徹底的に掘り下げる」より
グランセプターについての概要は、本誌71号の《ビッグサウンド》に既述した。しかし、限られたスペースで、このスピーカーのもつ特徴のすべてにふれることは不可能であったし、ようやく市場に導入され始めたこのスピーカーに大きな関心をもつ方もおられることと思うので、その後のこのスピーカーと私の触れ合いも含めて、さらにグランセプターの実像を浮彫りにすることを試みてみたい。
前にも書いたが、このスピーカーシステムは、オンキョーの技術陣が、新しい視点でスピーカーを見直し、多くの成果をあげたニューカマーである。この製品は現在までに存在した世界の数々のスピーカーシステムが成し得なかった性能を具備していることは明らかであり、スピーカー技術史上に記憶されるべきシステムだといっても過言ではない。ただ誤解の危険性もあるので、あえていわせていただければ、個人の嗜好を含めて、即、最高の音が鳴るシステムだといいきることは難しい。すべてのスピーカーは、その技術の新旧に関わらず、そして、程度の差こそあるかもしれないが、必ず固有の音色や、音場イメージをもつものであり、それらが、個人の音感覚やコンセプトと結びついての好き嫌いの判定という問題は、絶対的なものだ。これをすべて否定し去ることはレコード鑑賞やオーディオの価値を著しく低下させるものであり、人間性の無視にも繋がる。ごく控え目にいっても、オーディオの楽しさを半減させる不毛の論理ともいえるだろう。限りなき科学的追求と芸術性の追求こそが、オーディオに大きな実りをもたらすものであり、そのバランスの達成が、この道の本道だ。録音空間という、いわばオーディオのインプット空間と、リスニングルームというアウトプット空間との異次元ともいえる条件の違いの中で機能するオーディオシステムの本質をわきまえれば、そして、さらには人の感性と情緒を満たすことを唯一のエイムとすれば、右のような結論にならざるを待ない。
このような立場にたって、このグランセプターを見る時に、このスピーカーが、その科学的追求の歩を大きく進めたものであることが明らかに理解される。と同時に、高忠実度再生を家庭の部屋の中で大きく前進させる可能性をもつものだとも思う。しかし、すべての人の嗜好性への対応という点では、多くのスピーカーシステム群の中で、依然として〝ワン・オブ・ゼム〟の存在であることも認めざるを得ない。それでいいし、また、それは当然である。聴き手は常に自己の感性と情緒を満たす自由をもち、何人もこれを犯すことは出来ないことは、いまさらいうまでもない。しかし、それ故に、聴き手は常に自己の感性を磨き、情緒を豊かにし、正しいコンセプトをもつ努力をしなければならず、そうすることにより、より大きな幸せを得ることが出来るものだ。そこにオーディオの趣味としての存在価値と、オーディオを趣味とする人々の生甲斐の大部分があると考えるのである。
●グランセプターの技術的特徴
グランセプターの特徴的な技術の概要を記すことにしよう。
その第一は、これが、家庭用として設計されたオールホーン型システムであるということだ。ホーン型スピーオーは、他のシステムにない良さが認められているにもかかわらず、現在は家庭用のシステムとして決して主流とはいえず、極端に数が少ない。そして、そのほとんどが、中域以上でしかホーンロードはかけられておらず、このシステムのように、全帯域のオールホーンシステムは珍しい。現役製品の中からさがしてみると、コンパウンド(複合)型ホーンを採用したタンノイのウェストミンスター、フォールデッド・フロントローディングホーン(クリップシュホーン)のヴァイタヴォックスCN191、その他エレクトロボイスやアルテックなど外国製品にわずか見られる程度で、大半は特殊な業務用の色彩が濃いものだ。そして、その低域用のドライバーのほとんどはコーン型の大口径ウーファーで、、 オールホーンとはいうものの、そのダイレクトラジェーションを併用しているものが多く、純粋にオールホーンといえるものは少ないのである。ホーンスピーカーには過渡特性や高調波歪率などの点で、たいへん優れた点がありながら、同時に、ホーン特有の癖がつきまとい、また、オーソドックスな低音ホーンは極度に大型化するなどの難点もあった。したがって、最近はコーン型、ドーム型などのダイレクトラジェーターが主流となり、ホーン型は1950~60年頃をピークとして、一般用のシステムとしての開発は休眠状態に入っていたといえるだろう。オンキョーの技術陣は、現時点において、このホーンシステムの良さを改めて認識しなおし、かつ、その問題点を現代の技術でメスを入れたのである。
ホーンの形状の見直しにとどまらず、その材質の検討には並々ならぬ努力を要したことが、このグランセプターから窺い知ることが出来る。アメリカのアルテックや、JBL、エレクトロボイスなども、新しい理論により、ホーンの研究開発を行ない、それぞれのコンセプトにもとづく成果をあげているが、実用的なオールホーンシステムとしては結実していないし、そのコンセプトも、やや局面的にとどまっているように私には思える。その点、このグランセプターのホーンの設計開発のコンセプトは、トータルサウンドとしての把握がベースにあって、音のよさと物理特性を新たな見地からとらえたユニークなものなのだ。
●グランセプターの性能的特徴
〝グランセプター〟オールホーン型システムの最大の性能的特徴は〝時間を正しく再生する〟というテーマに基づく研究開発の成果である。オンキョーでは、これを二つの代表的なファクターとしてとらえ、その解析と理想値の達成に大きな努力を払った。
これが、グランセプターの第二の技術的特徴である。
音は、それがピュアなサインウェーヴでもないかぎり、たとえ単音といえども、複雑な周波数成分から成立っているのが普通である。楽音では、それが条件でさえある。ピアノの440HzのAのキーをたたいても、440Hzは基音で、これに数次の高調波成分が重なり、また、ピアノのメカニズム、構造から発する複雑な低域成分ものっている。それがピアノのピアノらしさという音の表現である。この、異なった周波数成分の比率を正しく鳴らすには、周波数特性がフラットでなければならず、波形を変形する歪などはもってのほかである。しかし、これだけでは不十分で、各周波数成分が時間的にずれを生じてはならないというのが、このグランセプターの最大の主張なのだ。つまり、ピアノのAの音に含まれるすべての周波数成分は、スピーカーから寸分の遅れもなく、きちんと同時に再生されなければ、音色が正しく伝わらないということだ。
たしかに、従来のスピーカーにおいては、この点は、帯域別という大ざっばな範囲では位相特性として着目され、各ユニットの音源の位置をそろえたり、ネットワークでタイムアライメントをとるという方法で対処され、それなりに成果があった。しかし、一つのユニットの守備範囲での時間の遅れについては、ダイレクトラジェーター(コーン型やドーム型)にあっては、それほど問題にする必要はないので、おろそかにされていたし、低域のf0附近での位相のずれに起因する時間の遅れも、より低域までフラットに再生するという意欲が勝って放置されていたのは事実である。これは、あらゆるタイプのスピーカーを作っているオンキョー自身が一番よく知っているはずだ。
また、それだけに、現代スピーカーの音色の不満を、もう一歩つっこんで解決する意欲をもった時に、この時間のずれをなんとか解決しなければならないという考えになったに違いない。しかも、それが、ホーンシステムであれば、ダイレクトラジェーターとは比較にならない大きな要素としてクローズアップしてきたはずである。ホーンくさい、ホーンが鳴くなどの、ホーン型の泣きどころは、ほとんど、この時間特性の劣化(時間歪)に起因するものだからである。オンキョーは、これをマルチパス・ゴースト歪とリバーブ歪として提唱している。
●マルチパス・ゴースト歪とは
マルチパス・ゴースト歪は、ドライバーから放射された音波がホーン開口面での反射による低域レスポンスの乱れとして音色に悪影響を与えるという従来からの定説とは別に、ホーン内部での反射による時間的遅れがきわめて有害で、これは、あたかもFM放送やTVの電波のマルチパスにも似た現象として捉えられるというものだ。セクトラルホーンやディフューザーつきホーンはもちろんのこと、ホーン内面の凹凸や段差、そして、急激な形状の変化などのすべては、音の反射を生じ、反射された音は、主信号から少し遅れて出てくるため、本来の音の質や色合いを害するというものである。たしかに納得できる説であり、微妙な音色の問題を追求する時にはおろそかに出来ないことだと思う。
私が愛用しているJBLのHL88ホー
ン(537-500)などは、これの極端なもので、複雑に反射させて、ぶつけ合い、トータルとしては平均化して、かえって強い癖から脱しているのかもしれない……などと自らをなぐさめているのだが……。
オンキョーによれば、ある種のマルチパス・ゴースト歪は音が華やかになり、これが好まれる場合もあるという。毒も薬だ。
●リバープ歪とは
リバーブ歪とは、いわゆる鳴きといわれる、ホーンやエンクロージュアの振動によって発生する共振音のことで、これは時間遅れの残響音であるから明らかに時間歪と理解できるだろう。残響はすべて歪ということになるが、理論的にはたしかにその通り。だから、理論的に正しい音響再生空間は無響室であるべきなのである。しかし、いわゆる部屋の残響は時間的に差が大きく、方向感の識別も出来るもので、これは主信号と一つになって、それを害す印象にはならないから、感覚的にプラス効果として利用するのが得策だというのが現在のリスニングルームについての考え方になっている。このリバーブ歪も、時には毒も薬で、これを適度に利用して良い音のスピーカーが出来あがっているのも事実である。しかし、正しい、純度の高い再生音を得ようとするならば、その嘗は無視出来ないはずだ。
これらの問題を設計製造の入念周到な努力によって解決したグランセプターは、ホーンの形状・材質そして木部の構造、仕上げに最大限の注意が払われて作られていることはもちろん、使われているドライバーも並のものではない。特に低音用のウーファーは220φ×110φ×25mmという大きく強力なマグネットに10cm口径のボイスコイルをもつ28cm口径の振動板で(振動板自体の実効径は23・5cm)、もはやコーン型スピーカーとは呼びにくい代物だ。f0での共振のQが小さく、低域の時間遅れを極力少なくしている。クロスオーバーは800Hz、12dB/octによる2ウェイ構成で、当然のことだがウーファーとトゥイーターの位置関係による時間のずれは起きないようにコントロールされている。十分とか、完全とかいう言葉を不用意に使うつもりはないが、よくここまでやった! というのがこのスピーカーに接した時の実感である。
このように、かなり厳密に追求されたスピーカーだけに、その真価を発揮させるのは非常に難しいのではないかと感じられる方が少なくないだろう。事実、私の今までの経験でも、まるでこのスピーカーらしからぬ音で鳴ったのを聴いたことがある。リバーブ歪を考えても、現実に生活空間に置いた時に、スピーカーから離れたところではまだしも、すぐそばの壁面や物の反射や共鳴の影響が大いに気になる。また、マルチパス・ゴースト歪についても、まるでヘッドフォンと耳の関係のようなところまでスピーカー自体はつめがおこなわれているだけに、室内での反射があれば、その細かい努力も徒労に終るのではないか……という気もしてくるだろう。このスピーカーの他のスピーカーの音とは違う何かには、確かに、そうした技術的な特徴が音として出ているはずだから、そのデリケートな良さが損われてしまっては、比較的よく出来たホーンスピーカーシステムというに留まってしまうだろう。よほどよく出来た部屋でなければその特徴が聴けないのかもしれない……。
これが、このスピーカーを紹介する時の用者側の努力を要求しないイージーな機械がはびこり過ぎたおかげで、真剣にオーディオと取り組む人が減っているようにも思えるので、これはこれでいいではないかと開き直る気持ちもなくはない。それにしても、私が、このシステムの試作段階から聴いてはっきり把んでいる特質と魅力をある水準以上で再生するにはどうしたらよいか? というのは気がかりなことである。他のスピーカーからは聴き難いデリカシー、ディフィニション……それは、あたかも、よく出来たヘッドフォンを聴くような音の質感である。
そこで、次に、このシステムを本誌試聴室に運びこんで、オンキョーの技術者にアドバイスを受けながら、セッティングの実際を実験してみたので、ユーザーがこのスピーカーを使われるときのセッティングの参考として御紹介してみよう。
菅野 最初のセッティングは、スピーカーの軸が耳からずれており、また、左右のスピーカーまでの距離も違っていました。それを、きちんと合せたところ、いままで不満に思えた点──ややもたつきぎみの音──がなくなり、優れたホーンスピーカーらしい立ち上がり見事な音になり、このスピーカー本来の音に近づきましたね。
オンキョー このスピーカーの使いこなしでまず重要なポイントは、音の軸と距離合せです。ですから、できるだけ正確にやってください。具体的には、細いひもを使いリスナーの顔の中心から左右のスピーカーまでの距離をきちんと合わせてください。音の軸合せの方法は、懐中電灯を用い、ホーンのノドに光をあて、奥がリスナーのほうを向くようにやってください。このとき、最初にウーファー部、それからトゥイーターを合わせてください。さらに、トゥイータ一部分はうしろの足で高さ(傾き)調整が可能ですので上下方向の軸も合せるように。
菅野 フリースタンディングにちかいこの状態ですと、音のクォリティは非常に高いのでずが、やや低音の量感が不足していますので、これを補うため試しにコーナーに置いてみましょう。
(コーナーに置いて試聴)
菅野 普通コーナーに置きますと、低音の量感は増すものの、音がかぶりぎみで不明瞭になりがちですが、このスピーカーはそういったことがまったくなく、低音の量感のみ増えました。オーケストラではグランカッサがよりはっきり量感を増して聴こえるようになり、かぶりすぎて聴けないのではないかと思えたジャズのアコースティックベースもかぶりなく量感のみ増して、きほどのフリースタンディングの状態よりも全体のバランスがよくなりました。
これは、いったいどうしてなんでしょうね。
オンキョー 一般のスピーカーは、無響室において周波数特性がフラットになるように設計されていますので、コーナーに置くと低音がかぶりすぎてしまいます。このグランセプターは2π空間で聴感上の周波数特性がフラットになるようにしていますので、無響室での特性は、低域がややだらさがりぎみです。そのため、コーナーに置いてちょうどいいバランスになったのでしょう。それと他のスピーカーと比べて本体の奥行きがあり、そのおかげでコーナーの悪影響を受けずに、コーナーセッティングの良さだけがでてきたのだと思います。
セッティングのポイントは、スピーカーのまわりの音を聴いて、スピーカーの前面よりも横のほうが低音がでていたらそちらの方向にスピーカーをずらしてみてください。
この鳴りかたですと、このスピーカーのつくり手であるわれわれとしましても非常に満足できます。
しかし、もうすこしよく鳴らしてみたい欲もありまして、スピーカーの両サイドの壁にソネックス(吸音材)を粘ってみましょう。
(試聴)
菅野 さらに、このスピーカー本来の音にちかづきましたね。いかにもいい条件でスピーカーを鳴らしている感じで、音像が引き締まり、定位もぴしっと決まります。ただ、私個人の好みでいえば、壁に何も粘らないほうが、スピーカーを意識しなくてすみ、音が少し位相差をもって部屋全体にナチュラルにひろがってくれるので、好きです。ただし、これはソースの録音状態にもよりますが。
ソネックスを貼られたのは、壁からの一次反射を取り除くためですか。
オンキョー その通りです。一次反射はスピーカーから耳に到達するまでの時間が直接音とそれほど変わらないため、一種のマルチパス現象を起こし音を濁してしまいます。二次、三次反射は時間差が大きいため直接音には悪影響は与えず、むしろ、響きとして音を豊かにしてくれます。
一次反射が発生しているかどうかは、視覚的に簡単に確認できます。両サイドの壁、スピーカー前面の床を鏡に見立てて、リスニングポジションから壁、床を見てスピーカーが見えるようであれば一次反射が起こっていると考えてください。その場合には、その場所に雑共振のないものを置いて乱反射させ、一次反射がリスナーの耳にとびこまないようにしてください。一次反射は低音ではなく、中、高域に影響を与えますのでカーテン、ソネックス等の吸音材を貼っても十分効果はあります。
今回は試聴室というオーディオ機器以外はなにも物がないという特殊な条件でしたのでいろいろと後処理をしましたが、適度に物の置いである普通の部屋ですと、それほどシビアに一次反射について悩むことはありません。ただし、スピーカー前面の床は極力かたづけてください。
菅野 吸音材を貼るよりも、物を置いて乱反射させたほうが響きを殺さずにすみ、いい結果が得られるでしょうね。また、吸音材を使うときは、床一面にジュータンを貼るよりもスピーカー真ん前に適度の量を貼ったほうがいいと思います。
このスピーカーを使いこなす上で、大事なことはこのスピーカーが持っている優れた性能をできるだけ素直に引き出し、それを生かす方向で使っていただきたい。
そうやって使った場合には、このスピーカーは、録音再生の変換伝送のアウトプットとしてひとつの正しいありかたを具現したものだとはっきりいえます。録音の違いをこれほど出してくれるスピーカーはまずありません。その意味でこれは、シビアなモニタースピーカーといえます。
オンキョー 同じ曲でCDとレコードを聴き比べますと、CDはセバレーションのよさでさ一っとひろがります。アナログディスクですとやや真ん中に音が固まり、どちらかといえばこちらの方が自然にきこえます。しかし、録った状況からいえば、CDのほうが正しいと思います。
菅野 ソースの違いもよく出しますが、録音の差も非常によく出してくれますね。
一般のユーザーの言う『いい録音』とは、オシロスコープで位相特性を見るとリサージュが縦横一直線に近いもののことをいうことが多いのですが、われわれは、リサージュがマリモのようにひろがるのをよしとします。後者の録音ですと、このスピーカーで軸を合せても、自然な音場感を出してくれます。ところが、縦横軸独立型のものですと、右と左が完全にセパレートして、たとえば弦が左側に偏ってしまい、スピーカーの軸をややずらしたほうが、自然に聴こえがちです。
こういう録音の違いは、このスピーカーにとって重要となります。これを理解せずして、このスピーカーの良さを感じとることはできませし、使いこなすのも無理でしょう。
オンキョー われわれとしては、百人なら百人のユーザーすべてにこのスピーカーを理解してもらうのは無理だと思っています。ただし、理解していただけた人は、いままでのスピーカーでは聴けなかった音が聴けるはずです。
菅野 まさにその通りですね。
スピーカーには、BOSEに代表される、あら取る方向に音を拡散する音場型のものと、このグランセプターのように、聴取ポイントを一点に決め、そこに音を集中するものとに分けられます。現在では、スピーカーの在りかたとしてどちらが正しいとは言えませんが、グランセプターは、後者の項点にたつスピーカーのひとつと言えます。
さきほど、アンプ、コードも変えてみましたが非常にその差をだしますね。
オンキョー この辺も使いこなしで大切なことで、チューニングのひとつのポイントです。
菅野 それは私も感じました。今回は、ピンコードを普通のOFCのものとLC-OFCのものとをきいたわけです。OFCはLC-OFCと比べるとやや不明瞭、よくいえば雰囲気的ですLC-OFCは、ひとつひとつの音がクリアーによく聴こえますが、それだけにバランスも違い、LC-OFCのほうがワイドレンジです。これは、好みの問題でしょう。
オンキョー 何度も言いますけれども、この辺のことをよく理解しませんと、スピーカーを取替えただけでは決していい音はでてきません。
菅野 このスピーカーに取替えますと、いままでのスピーカーとは全然音がちがってとまどうことになると思います。その違いになれ、その違いが、何が原因で起こるのかをちゃんと見きわめる必要があります。その状態で、置きかた、家具の配置、コードの問題を解決して、かなりいい方向にもっていった段階で、初めてアンプに手をつけるべきでしょう。
このレベルのスピーカーを使う人になると、技術的な高度のものを求め、また、それをもっている人も多いとおもいますが、一般的に言いますと、強烈な嗜好をもっている人のほうが多い。しかし強烈な嗜好だけではこのスピーカーは決してうまく鳴ってくれません。技術的なものをもっていないと、特にこのスピーカーは誤解してしまいますので注意していただきたいものです。
以上が、セッティングの実際の試みであって、以前思っていたより扱い易いスピーカーという印象だ。そこで、今度は、私の部屋へ運び込んで、このグランセプターを鳴らしてみることにした。
実のところ、もう、ずい分前に、このシステムを、バラックのような試作段階で、わが家へ持ち込まれて聴いたことがある。その時、私は、その音の素姓に、従来のスピーカーでは聴けない良さを発見し、その商品化を強く要望したのであった。新しい発想と技術で努力した成果が、音に表われているか、いないかが試聴のポイントであり、システムとしての完成度には程遠いものであったし、バランスや音楽性を云々出来る段階ではなかったが〝栴檀は双葉より芳し〟と見てとった。
しかし、以来、グランセプターをわが家では聴いたことがなかったのである。いよ
いよ商品として完成したグランセプターをわが家で聴く。たいへん楽しみであったし、不安でもあった。外で聴いてもかなりのものとは思っていたし、それだから本誌でもすでに紹介記事で讚辞を呈した次第だが、自室で確認するのは今度が初めてであった。
わが家のリスニングルームは約20畳。しかし、正面には常用のJBLの3ウェイ・マルチシステムとマッキントッシュのXRT20が収まっている。右の壁面はレコード棚が天井高くまであるし、左の壁面には窓と、その前に家具がある。背面はアンプ棚だ。したがって、試聴スピーカーはXRT20の前に置くしかない。決して理想的な置き方は出来ない。しかし、前に試作機を聴いた時も同じ位置であったし、いつも試聴スピーカーはその位置へ置いて聴く。だから、最上の状態とはいかなくても、私にとってはもっとも適確に、被試聴機の特徴を把握することが出来る条件である。また、私の部屋は、私の考え方からして特に音響設計は施していない。一般家庭の音響条件に近いはずだ。放っておけばオーディオ機器の倉庫のようになるのを、努力して、出来るだけ普通の部屋のように保っている。音楽を楽しめる雰囲気を最小限にでも確保したいからだ。
グランセプターが運びこまれた。本誌の編集部のスタッフが汗だくになって玄関の階段をかつぎあげてきた。ごく、単純に、XRT20の直前に置いて結線した。使用したスピーカーコードは何の変哲もない……というより、人がみたらびっくりするような貧弱なビニール被覆の平行線(これでよく鳴らないようなスピーカーは問題にしないことにしている)。プレーヤーはトーレンスのリファレンスにSME3010Rゴールド、カートリッジはゴールドバグのブライヤー、CDプレーヤーはヤマハのCD1a、プリアンプはマッキントッシュC32、アキュフェーズC280、クレルPAM2、ウエスギU・BROS1など、パワーアンプはマッキントッシュMC2255、MC2500、クレルKMA100、ヤマハB2x、サイテーションxI、エクスクルーシヴM5などで鳴らしてみた。
編集スタッフのいる時に、ちょっと確認のため鳴らしたのは、C32とヤマハB2xであったが、これが、何もしないのに、結構な音で鳴った。ほんの10分くらい鳴らしただけで、編集部の人々は帰って行った。それから翌日の午前中でしか、グランセプターはわが家に滞在しない。限られた時間ではあったが、一人で、いろいろな組合せで鳴らしてみた。わずかではあるが、スピーカーのポジションも調整した。どんどんよくなる。少なくとも、今まで何回か外で聴いたグランセプターの音よりずっとよく鳴る。正確な音という印象を越えて、夜の9時頃からは楽しめる音になってきた。風格のある音にすらなってきた。クレルのプリとメインで鳴らした澄明で瑞々しい音の魅力、ウエスギのU・BROS1+M5のしなやかな質感は印象的だった。アンプの音のちがいはきわめて明瞭である。合う、合わないを書けるほどは聴いていないから何ともいえないが、概して、低域の豊かなアンプのほうが向いていると思う。結局、最後は、マッキントッシュのC32、MC2500の組合せに落ち着いた。
外で聴いていた時には、いつも低音に物足りなさを感じたグランセプターであったが、わが家では違った。試みに、リスニングポジションで測ってみたが、低域は50Hzからスムースに下って、20Hzで8dB落ちという特性を示した。30Hzまでは確実だ。この辺は少しアンプでブース卜してやるといっそう好ましい音になる。低域の位相特性による時間のずれが起きるとオンキョーのエンジニアに怒られそうだが、このシステムの音色再現の忠実性を乱すようなことはなさそうだった。トランジェントのよい音の自然な立上りはダイレクトラジェーターの及ぶところではない。ホーンの独壇場であろう。それでいて、たしかに癖のない音が聴けるのだから嬉しくなってしまう。いつまでも聴いていたいと思った。これで、もっとセッティングを整え、スピーカーコードもしっかりしたものに変え、鳴らしこんだらさぞ……と思える音であった。
翌日、編集部が引上げに来た。昨夜の最終状態の音を、ちょっとだけ聴いてみないかと私は編集部のM君にいった。M君に明らかな反応があった。
「たった一晩で、こんな鳴り方に変るもんですかねえ? 昨日とちがって、もう何年もここで鳴っているような感じ……」
たしかに、私にもそう感じられたのだった。しっとりと鳴る弦、リアリティに満ちたピアノの音色の精緻な再現、ヴォーカリストの発声の違いの細部の明瞭な響き分け、たった一晩のグランセプターとのわが家におけるつき合いであったが、このスピーカーはそんな正確な再生能力に、しっとりと、ある種の風格さえ加えて鳴り響いた。
このわずかのつき合いの間に、私は、このスピーカーを欲しくなっている私自身を発見した。ただ、せっかくの仕上げの高さにもかかわらず、あの〝グランセプター〟のエンブレムはいただけない。前面だけならまだしも、サランをはずした時にはホーンの開口部にまで〝ONKYO〟と貼ってある。このユニークな傑作は誰が見てもオンキョーの製品であることを見誤るはずがない。本当はリアパネルだけで十分だ。エンクロージュアやホーンと看板とをごちゃまぜにしたようなものだ。
私がこのシステムを買わないとしたら、このセンスの悪いブランドの誇示と、内容からして決して高いとは思わないが、とにかくペアで200万円という大金を用意しなければならないという理由ぐらいしか見つからない。
記事を拝読させていただきました。92年頃、由井氏の視聴室(研究室)でGS-1を聴かせていただいたことがあります。圧倒的な大音量でもうるさく感じなかったこと、バスドラムの本物っぽさは今でも鮮明に記憶に残っています。GS-1はすばらしいスピーカーだと思います!