Category Archives: トーンアーム

マイクロ MA-505

岩崎千明

週刊FM No.12(1976年発行)
「私の手にした新製品」より

 アームは、理屈からいってもスプリングで針圧を加えるダイナミック・バランスが絶対良い。針圧にカウンター・ウェイトをずらして重力を利用したスタティック・バランス型の場合、アームは必ずアンバランス状態にある、ということになる。だから、ちょっとレコードのソリや偏心、あるいはプレーヤーの傾きは針圧に比例してアンバランス状態を招き、実際の使用状態で理論通りの働きをしてくれない。理想とはほど遠い状態にさらされているのがディスク再生の現実なのである。ところがダイナミック型は、かんじんの針圧加圧用のバネ自体を均一に作るのが難しい。だからダイナミック・バランス型アームはスタティック型にくらべて製品が格段に厄介だ。だから国産品は最近まではなかったし、海外製でもまれだ。軽針圧用にも使えるマイクロのMA−505がなぜ良いか、その基本的理由は以上のようだ。
 さらに中でも、この針圧を自由に変えられるのもダイナミックならではだがMA−505の場合「インサイドフォース・キャンセラー」から「高さ調節」まで演奏中に調節できるというのは驚きだ。超低域の響きがどっしり、スッキりするだけでなく、音楽の音全体が安定して、それは同じカートリッジと思えぬくらいの変わり方だ。トレースの安定向上という点だけにとどまらない飛躍ぶりは一度使えば誰もが痛烈に思い知らされるはずだ。ただし、この構造では止むを得ぬとはいうものの、デザインがあまりに武骨なのが残念だ。

イメディア RPM2AL + グラハム・エンジニアリング Model 1.5t

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 現代的なアナログレコードプレーヤーである。その素材がそれを物語り、アクリル素材を用いた複雑なサンドイッチ構造材と、スプリングなしのハードサスペンションという特徴をもつ。アナログプレーヤーには思想がある、と他の項で述べたが、この思想の違いが音の違いとなって表れるから、これはまた、音の嗜好や感性の違いといってもいいだろう。
 このメーカーは、柔かいスプリングのフローティング構造を嫌う。しかし当然、ハードなサスほど置き台やフロアーなどの環境の影響を受けやすい。本体の素材のQのコントロールや、ダンピングだけでは外部からのダイナミックな影響は避けきれないとするのがソフトサスペンション派の主張だ。しかし、音触やエネルギーバランスのコントロールは、たしかに、この製品のようなハードサスの方がすっきりいく。
 だが、ストイックにこれを押し進めるとリジッド派に至る。そうなるとすべてのバネとダンピングを否定し、Qの分散も嫌いひたすら剛性や振動速度の世界に狂い、自身の設計を過信し、結局、強烈な物性の持つ固有の音に判断力を奪われ、その特異な音ゆえに、その製品の音を唯一無二の孤高の品位と思い込むのである。
 話がそれたが、このプレーヤーはもちろん、そんな偏向性の強いものではない。オプションにエアーサスペンション・ベースがあることからも設計者のバランス感覚が理解できる。楽音の自然さとリアリティがよく再現され、エネルギーバランスも妥当である。エアーサス使用では、さらに音の品位が向上し、シェリングの音が見事に蘇るのである。外部環境からフリーになるこの効果は大きい。通常の試聴条件では、置き台の固有音響特性で若干不明瞭になる
のがわかる。組み合わせたトーンアームはグラハム・エンジニアリング製。プレーヤー本体ベースはSMEとも互換性をもつようだ。

SME Model 20MK2 + SeriesIV

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 SMEのロバートソン・アイクマンがアナログオーディオ界で果たした功績は偉大である。シェル交換式ユニヴアーサル・トーンアーム3009、3012は世界中のトーンアームの範となった。しかし、オルトフォンとともにその4ピンのカートリッジ・シェル交換システムの提唱者自らが、後に理想としたトーンアームはインテグラル。そのシリーズVの性能をフルに発揮すべく開発したレコードプレーヤーが、独自のゼロQ理論のサスペンション構造によるモデル30であった。
 その後、普及タイプとして発表されたのがシリーズIVトーンアームであり、モデル20プレーヤーである。現行製品はそのモーターと電源部をリファインしてMK2になっている。さすがにモデル30は作りも凝っていて高価であり受注生産だが、このモデル20はカタログモデルだけに、構造的にも簡略化して、特徴を維持しながらコストダウンを図っている。
 独特のダンピングのためと思われる音触感にまず気づいた。「クロイツェル・ソナタ」の楽音より、バックグラウンド・ノイズが超低域の伸びのせいか他のプレーヤーと違う。シェリングのヴァイオリンは、粘りのある温度感の高い音にやや戸惑う。いい音ではあるが、もう少し鋭く透徹ではないか? という気もした。ピアノも温かく弾力感に富んでいて官能的だ。SMEの音といってよいものであろう、その厚味のある立体感は説得力をもっている。
「トスカ」もそうだ。どっしりと安定感のあるエネルギーバランスで、弾力性のある立体的な質感である。多彩な音色は変化に富み、支配的な色づけはないのだが、質づけ? とでもいったらいいような、独特の音触世界がある。オルトフォンのSPUの世界も、色ではなく質に独特のものがあるのではないか? と思うのである。この辺がきわめて興味深く、オーディオ的であると思うのだ。とくにアナログ的魅力の世界ともいえるだろう。

リン LP12 + Ekos + Lingo + Trampolin

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 イギリス製品の多い、アナログプレーヤーだが、これもイングランドではないがスコットランド製であるから、メイド・イン・UKである。そのなかではもっともキャリアーの長いプレーヤーだ。そもそも、このメーカーはアナログプレーヤーの製造販売でスタートした会社で、このLP12は基本的に約20年前の誕生以来のロングセラーモデルである。
 最近のアナログブームとは無縁の、気骨のど根性製品で、回転シャフト周りなどの若干の変更だけでこの長寿を保ってきた。見事なものである。今回の試聴には、電源部やベースのオプションをフル装備したものが用意されたが、ベーシックのLP12との価格の違いが開きすぎるように思う。つまり本体価格は27万円でこれに最低限必要な電源部とベースが4万8千円で42万円弱のカートリッジ・レスのベーシック・モデルに対し、フルオプションのトータル価格は同じくカートリッジレスで91万8千円となるので2倍強である。少々常識を欠いたオプション設定と言わざるを得ない。
 このプレーヤーのよさは実質価値にあり、贅沢な趣味性はない。しかもフルオプションにしても、見た目はほとんど変わらない実質主義に徹しているのである。さらば、音が3倍の出費に見合うほど改善されるであろうか? その期待をもって聴いたのだが、これがリンにとって裏目だった。ベーシックモデルでこそ絶賛ものだが、100万円のプレーヤーとしては当たり前という感想である。
 たいへん優れた再生音で、腰と芯の座った実感溢れる質感と妥当なエネルギーバランスが、どのディスクにも高水準の再生音として聴けたけれど、ベーシックでもこの水準をそれほど下回るとは思えない。はっきり言って、割高感があるのである。この製品の能力と音のよさは評価するが、機械としての高級感やデザインセンス、素材、加工精度、仕上げなどの魅力は100万円のものではない。

ロクサン XER-X + AMZ1

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 これもイギリス製。ロクサンは、こだわりメーカーの最右翼であるが、本機はその創業10周年記念モデル。ベースボードの構造を改良し、さらに制振性を向上させた新製品である。一見しただけではわからないが、大変凝った作りだ。フィニッシュは従来の黒のピアノ・フィニッシュの方がロクサンらしく精悍でいいと思う。この木目仕上げは平凡なイメージだ。
 しっかりした造形感と自然な質感、そして妥当なエネルギー・バランス・コントロールを備えたプレーヤーである。音触は温かく、しかも間接音はよく響き、透明で美しい。以前のモデルより低音域が適度に緩み、大人っぽい音になった。シェリングのヴァイオリンの質感は妥当。ピアノは硬からず柔らかからずで、自然なタッチだ。「トスカ」では豊かなオーケストラの低弦が印象的で、これ以上になると緩み過ぎの感じであった。
 したがって、楽器の胴鳴りを聴かせ温かく自然で快い一方、明晰さと精緻さではウィルソン・ベネッシュに一歩を譲る。同じイギリスだけによきライバル同志だ。ウィルソン・ベネッシュはプレーヤー本体が10万円安く、逆にトーンアームは5万円高いが、トータルサウンドでは2台のプレーヤーに優劣はつけ難い。ユーザーのテイストの選択に待つ他はない。すんなり付くか付かぬか試していないので不明だが、ロクサンのプレーヤーとウィルソン・ベネッシュのトーンアームとの組合せは、面白そうである。
 どちらも素晴らしい再生音が楽しめたヴィヴィッドな「ベラフォンテ」のライヴ盤を例にとると、その空間の温度感が、ロクサンが摂氏22〜24度、ウィルソン・ベネッシュは18〜20度といった感じである。スタイラスのトラクションに関してはウィルソン・ベネッシュのATC2トーンアームが断然上である。ただし、あくまで今回試聴に使ったオルトフォン・カートリッジでの話であることをお断りしておく。電源部のアップグレードは価格ほどの御利益はないようだった。

ウィルソン・ベネッシュ ACT1/RC + ACT2

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 イギリスの新進メーカーのデビュー作品である。F1レーシングカーのボディ素材である、軽量高剛性材のカーボンファイバーをサブシャーシやトーンアームに使い、当然、設計思想も現代的な一貫性をもつアナログプレーヤー。真の意味で新しいアナログプレーヤーといえるものだろう。しかし適度なダンピングとフローティング構造、そしてベルトドライブ方式という伝統的手法のよいところは残している。電子クラッチ式のクォーツ・コントロールド・モーターによるスムースで確実な起動など、使用フィーリングにも細心の配慮が見られるものだ。
「クロイツエル・ソナタ」のシェリングはもっともシェリングらしい音の聴けたプレーヤーであった。ウェットに過ぎず、かといってけっしてドライでもない、毅然とした精神性をもつ確かな手応えのある音である。ヘブラーのピアノのアコードのヴォイシングも、オプチマムなバランスと言ってよい決まり方であった。
 トーンアームの優秀さによって、スタイラスのトラクションの確実性が、高音域に於て、いささかの拾いこぼしもない精赦な波形再生とS/Nの優れた透明感を聴かせる。「トスカ」の複雑な独唱と合唱、オーケストラの多彩な音響の綾も見事に再現。低域コントロールとボトムエンドの伸びにより臨場感も大変豊か。声の質感も、細かい倍音再現能力により実に精緻だ。アナログ的サウンドを、人肌にしなやかな温かい音と決め込んでいる人には勝手が違うかも知れない。
「エラ&ルイ」は、他のプレーヤーよりワイドレンジな感じさえするのが面白い。ベースの録音がオーバーな「ロリンズ」も締まった質感でウェルバランスになった。専用のプレーヤー台に設置した方がさらにS/N感が向上し明晰さを増すが、やや温度感が下がり冷たい音になる傾向であった。この台にも、カーボンファイバーが木と組み合されて使われているのは言うまでもない。

トーレンス TD520RW + 3012R

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド別冊・1994年春発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム篇」より

 トーレンスは、往年の銘器として世界のトップレベルに君臨したTD124や、そのオートプレーヤー版TD224以来、つねに高性能、高音質かつ操作性の優れたシステムを世に送り続けている。
 TD520RW十3012Rは、アームレスのTD520RWに、トーンアームにSMEの2Rを搭載し、エレクトリックコントロールのアームリフトを組み込んだ、カートリッジレスのセミオートターンテーブルである。このアームリフターの装備は、CDプレーヤーの機能性に慣れた現状では、実用上で不可欠な機能である。
 3・2kgの二重ターンテーブルは、シングルターンテーブルと比べ単一の固有共振が出難く、スタート/ストップ時のタイムラグもほどよく充分にコントロールされた結果での重設定であろう。
 同社はトーンアーム、ターンテーブルをフローティングして処理する方法を一貫して採用している。コイルスプリングの選択や、その組合せ、またリーフスプリングを使う現在のサスペンション方式は、長期にわたる熟成期間を経て完成されたメカニズムである。これは上下方向にタップリとしたストロークがあり、前後、左右を抑えた設計で、耐ハウリングマージンが大きい。このタイプの理想に近いコントロールによって、ダンピング量も巧みにコントロールされている。
 SME3012Rは、いわゆるロングサイズのトーンアームで、現状のオルトフォンやデンオンに代表される1・5〜3gの針圧で使うカートリッジを対象とすれば、好適なタイプであろう。設定方法、調整を正しく行なえば、組み合せるカートリッジの音を確実に引き出すだけの能力をもつところが本機の信頼性の高さだ。
使いこなしポイント
 駆動モーターはサーボ型であるだけにAC電源にも気を使いたい。極性をチェックし、アンプのACアウトレットを使わずにアンプ系とは別の電源から取ることが必須条件。

SME SeriesV

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 SMEはイギリスのトーンアームの専門メーカーとして知られているが、その3文字のイニシャルはScale Model Equipmentからとられたように、元来は精密模型のメーカーとしてスタートしたらしい。社長のアイクマン氏が徹底したこだわりをもって作る精密工作を基本にしたものづくりの見事さは第一級の高級品と呼ぶにふさわしい精緻さをもっている。トーンアームの生命である感度の鋭敏さと共振の防止の二つのテーマは精密な機械加工仕上げが必須条件であり、これこそSMEが最も得意とするところである。トーンアームの上下方向の支えをナイフエッジ構造とし、左右回転方向はベアリング式としたSME3009とそのロングヴァージョンの3012によって、SMEはトーンアームのリファレンスを確立したのである。ヘッドシェルをチャック式で交換可能な形にしたのが、カートリッジとトーンアームを二分することから独特の趣味の発展を促進した。それまではカートリッジとトーンアームは一体として考えられ、まとめてピックアップと呼ばれていたのである。理想的には、カートリッジとトーンアームは一体として設計されるほうがよいが、SMEのシェル交換方式はオーディオの趣味としてのあり方にぴったりときたのであろう。またたく間に全世界に普及したのである。シェルの接点やネックの規格はSMEのものがそのまま世界の標準になったほどインパクトが強かった。そのSMEが最後の理想的な作品として開発した最高級トーンアームが、このシリーズVである。精密加工は新素材の採用でさらに困難に直面したが、見事にこれを克服してアナログ最後の銘器が誕生した。詳細は他に譲るが、それまでSMEが蓄積してきたトーンアームに関するノウハウを結集した傑作である。その徹底した機能構造と材質の高品位さが、そのまま美しいフォルムの造形として昇華した見事な作品である。カートリッジは半固定式となった……。

トーンアームのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 基本的には現状では、アームレスプレーヤーシステムと組み合わせるトーンアームであり、機械的な加工により生産し、その需要も非常に少ないため、既存の製品の維持だけでも大変であり、新製品の開発は至難であり、結果的なコスト高に繋がるのがこのジャンルでの悩みであるだろう。
●10万円未満の価格帯
 結果的には、製品寿命がかなり長い、いわば伝続的なトーンアームがその大半を占める価格帯である。いわゆる振り子式のインサイドフォースキャンセラーを採用以後の集大成ともいえる3010Rは、価格からみてもリーゾナブルで、仕上げの美しさもさすがにSMEならではの世界だ。ダイナミックバランス型の最後の華ともいえるFR64fxプロは、やはり重針圧型のMCカートリッジの魅力を引出すためには不可欠の存在で、ここでは簡潔さを買ってプロとしたが、細かい追込み用なら64fxが好選択だ。ベスト1は、1503IIIだ。SMEに匹敵する超ロングセラーのモデルナンバーを持つ。私事だが基本構想を提案しただけに、長期間にわたり育ててくれたメーカーへの感謝状といった意味もある。
●トーンアーム 10万円以上の価格帯
 本質的にはシリーズVがベスト1だが、締切り時点での年内発売が不明のため他を選んだ。DA1000の内容は注目したい。

トーンアームのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 トーンアーム単体を今から買うという人はよほど高度なマニアだろう。そして、アナログディスクのコレクションも豊かで、それを奏でる儀式を愛してやまない人たちのはずだ。そういう僕も、その一人なのだが、僕が今、買いたいと思っているトーンアームは一つだけ。SMEのシリーズVである。昨年のオーディオショーで発表されたが、未だに製品はイギリスから渡ってこない。輸入元ではこの年未には必ずといっているが果たしてどうだろう。僕は幸いこのトーンアームを使ったことがあるが、トーンアームの最高峰。まさに有終の美を飾るにふさわしい素晴らしいアームであった。純度の高いマグネシュウムを主材として作られる軽量、高剛性のシリーズVは、長年のアナログレコード再生の夢を叶えてくれるものであった。ユニバーサル型のアームを世界中の標準とした元祖SMEだが、これはヘッドシェルとアームが一体構造でカートリッジ交換はプラグイン式のようにはいかない。SME3010Rも推薦に値するアームだが、皮肉にもシリーズVは、あのSMEのスタンダードモデルの基本構造や材料の反省が生かされたものともいえるのだ。FR64fx、オーディオクラフトAC3300、デンオンDA1000も選んではみたが、シリーズVの前には影が薄いのである。

ハイフォニック MC-A5B + HPA-6B

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ハイフォニツクのカートリッジは、最新の力−トリッジ技術を象徴する軽量振動系を採用した、軽針圧、広帯域、高SN比の設計が特徴であり、創業以来短期間ですでに高い評価を受けているが、今回、新製品として登場したモデルは、既発売のMC−A3、A5、A6、D10という一連の空芯高インピーダンスMC型をベースに、左右チャンネルのコイルの中点を引出して、通常のアンバランス4端子型から、業務用機器などで採用されているバランス型6端子構造を採用したMC−A3B、A5B、A6B、D10Bの4モデルで、型番末尾のBは当然のことながらバランス型の頭文字を表わしている。
 このカートリッジのバランス化に伴ない、昇圧トランスもバランス入力をもつ専用タイプが開発され、従来のRCAピンプラグ型に変わりDIN4ピン型の入力コネクターが採用されている。
 また、バランス型を採用すると最大のネックになるのはトーンアームである。この解決方法としては、デンマークのメルク研究所とハイフォニツクで共同開発したといわれる、低重心型の支点が高い位置にある一点支持オイルダンプ方式トーンアームHPA4を6端子型に改良したHPA6Bが用意されている。このアームは、一般のいわゆるオルトフォン型ヘッドシェル交換方式ではなく、回転軸受部近くにあるコネクターを含み、アームのパイプ部分を交換するタイプで、一点支持型で不可欠なラテラルバランスは、偏芯構造となっているバランスウエイトを回転させて行なうタイプである。
 今回試聴したモデルは、MC−A5Bで、原型は特集のカートリッジテストに取上げたMC−A5である。発電コイルの構造は、非磁性体の十字型コイル巷枠を使ったMC型で、センタータップは右チャンネル橙色、左チャンネル空色がピンにマーキングしてあるため、通常の左chが自/青、右chが赤/緑の端子のみを使えば、4端子型のMC−A5とほぼ同等に使えるわけだ。
 業務用機器関係でも一部では、信号系が一般オーディオ機器と同じくアンバランス化の傾向があるのに、何故オーディオ用のカートリッジのバランス化が必要なのであろうか。この疑問への簡単な解答は、バランス型の最大の特徴である『SN比が優れている』の一言につきるだろう。
 つまり、SN比が向上すれば、ローレベルでのノイズのマスキングが減少し、音に汚れが少なく、透明感、織細さが向上し、音場感的には、ノイズが少なくなっただけモヤが晴れたかのように、見通しのよいプレゼンスが得られる、ということになる。
 プレーヤーにトーレンスTD126を選び、HPA6BをセットしてMC−A5Bを聴いてみる。広帯域型の典型的なレスポンスをもつ、やや中域を抑えた爽やかな音と、ナチュラルだがコントラストが薄い傾向のMC−A5に比べて、本機は一段と表現がダイナミックになり、さして中域の薄さも感じられず、一段とナチュラルでリッチな音を聴かせる。試みに6端子中点を外しセミバランス型として比較をしたが、この差は誰にでも明瞭に判かる差だ。

トーンアームのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より

 トーンアーム単体を使うほどのマニアは限られているだろう。だから、よほどのものでない限り、プレーヤーシステムを求めるほうが早道だし、間違いはない。現在の高級プレーヤーシステムについているトーンアームは、もはやつけ足しのものではないからだ。しかし、立体的に、より高度なアナログディスクの再生を目指すファンにとって、単体のトーンアームが存在する理由はなくはない。3機種と限定されたから私は10万円未満でSME3010RとFR/FR64fxを選んだが、理由は私自身が使って満足しているからに過ぎない。パフォーマンスでいえば、それ以上のも、それに匹敵するものは他にもあるだろう。10万円以上ではオーディオクラフトAC3300を選んだが、正直なところバラエティを考えたからで、本当はSMEのシリーズを上廻るアームは未だにないと思っている。

トーンアームのベストバイ

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より

 コンプリートなシステムが優先する時代となり、トーンアームも製品数が少なくなり、やや淋しい印象を受ける昨今である。
 10万円未満。本来はこの価格帯に充分性能が高いモデルがあるべきところだが、機械加工による製品だけに、高価格は仕方ないことであろう。ベストバイは、超ロングセラーを誇るシンプルなオーディオテクニカAT1503IIIだ。適度にクォリティが高く、明るく、活発な音が魅力。SME3009/SIII、3010Rも、カートリッジにより使い分ければ、デザインともども、やはり非常に素晴らしい製品だ。
 10万円以上では、独自のメカニカルなダンピング方式を採用したデンオンDA1000の活き活きとした音の魅力が際立つ存在。SME3012R、3012R PROも、現時点での高級アームとして充分以上の実力をもつ。オーディオクラフトAC3300は、使いやすく、音も見事だ。

SAEC WE-317

SAECのトーンアームWE317の広告
(オーディオアクセサリー 27号掲載)

WE317

マイクロ SX-8000, MAX-282

マイクロのターンテーブルSX8000、トーンアームMAX282の広告
(オーディオアクセサリー 27号掲載)

Micro

SAEC WE-407/23

SAECのトーンアームWE407/23の広告
(モダン・ジャズ読本 ’82掲載)

SAEC

フィデリティ・リサーチ FR-66fx, XF-1

フィデリティ・リサーチのトーンアームFR66fx、昇圧トランスXF1の広告
(別冊FM fan 33号掲載)

FR66fx

SME 3010-R

SMEのトーンアーム3010Rの広告(輸入元:ハーマンインターナショナル)
(別冊FM fan 33号掲載)

3010R

全体を通じての製品の特徴(トーンアーム)

菅野沖彦

ステレオサウンド 59号(1981年6月発行)
特集・「’81最新2403機種から選ぶ価格帯別ベストバイ・コンポーネント518選」より

 トーンアーム単体には価格帯をもうけていないが、もともと、これを使おうというぐらいの人は、かなり要求度の高いマニアで、明確なコンセプトから選択するもだろう。プレーヤーシステム附属のトーンアームにも、かなりクォリティの高いものがある実情からして、プレーヤーシステムのターンテーブルに自分の要求が満たされないか、あるいは、どうしても附属のトーンアームが気に入らないといった人達のための存在ということになる。プレーヤーシステムは、カートリッジからベースにいたるすべてを含めて、一つの音をもつものだから、トーンアームも、それ自体の性格と、トータルのシステムの一員としての適性を考える必要がある。さすがに、各社のトーンアーム単品は、明確なコンセプトと専門メーカーらしい精緻な作りをもっている。自分自身の技術的な見地から充分調査することが必要だ。目的は一つでも、考え方がいくつかあるのがこの分野であるから。

フィデリティ・リサーチ FR-64fx

菅野沖彦

ステレオサウンド 59号(1981年6月発行)
特集・「’81最新2403機種から選ぶ価格帯別ベストバイ・コンポーネント518選」より

 FR−64S/66Sのコンセプトを支軸にして、よりコンベンショナルで使いやすいユニバーサルなアームがこの64fxである。アーム材料はステンレスからアルミに変り、表面層を熱処理によりQダンプしている。中心部質量集中思想で作られ、総重量は重く実効質量は軽くというアーム設計になっている。全体はブラックフィニッシュで質感も美しく、加工精度も高い。精度の高いスプリングにより針圧をかけるダイナミック型。

ビクター UA-7045

井上卓也

ステレオサウンド 59号(1981年6月発行)
特集・「’81最新2403機種から選ぶ価格帯別ベストバイ・コンポーネント518選」より

 トーンアーム単体は、使用カートリッジの種類によって簡単には決めかねるものだ。軽針圧型から重針圧型まで幅広く対応させるためには、軸受構造もオイルダンプやナイフエッジよりは一般的なジンバルが好ましく、慣性質量も中庸をえたタイプがよい。この点ではUA7045は、長期にわたる使用経験上も各種カートリッジの特長を、それなりに素直に引出すのが最大の美点であり、明るく伸びやかな音は使いやすい現代的な魅力である。

オーディオクラフト AC-3000MC

オーディオクラフトのトーンアームAC3000MCの広告
(別冊FM fan 30号掲載)

AC3000MC

リン LP-12 + LV-II

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 このプレイヤーはスコットランドの製品で、大きな特徴はフローティングマウントシステムを採用していることだ。トーレンスのTD126シリーズと同じような考え方である。これは大体ヨーロッパのプレイヤーシステムの主流だ。このことに関してはほかのところでもう少し詳しく述べたい。このリンソンデックの場合は、フローティングが大変うまくできている。見た目にはあまり有難味のない、この値段に匹敵しない仕上げ、デザインで、おそらく普通の人がちょっと見ただけでは、これは五、六万円のプレイヤーじゃないかと思うだろう。プレイヤーは音がよければいいということではなくて、見た目も非常に重要な要素だと思うので、この点に関してはリンソンデックに対する私の評価は非常に低い。いかにいい音がしても、高級プレイヤーシステムとして家庭に持ってきて、大事に扱おうという気が起きないようなデザインではダメだと思う。ここまですばらしいものを作りながら、このデザインで平然としているリンソンデックのセンスには私としてはちょっと共感しかねる。ところが実際に音を聴いてみるとこれがビックリ。私はリンソンデックのプレイヤーはオーディオ界の七不思議の一つだと思っているけれども、とにかく大変に音のすばらしいものだ。今回は、リンソンデックが最近出したアサックというカートリッジを付けて試聴した。トータルでリン・ディスク・システムと呼ぶ。
音質 このアサックを付けて試聴した感じでの音は、とにかく非常に重心の低い落ち着いたエネルギーバランスで、ピアノを聴いても打楽器を聴いてもガッチリとした、しっかりとした音で実に重厚、剛健というか、音楽の表現力が非常にたくましく躍動する。やや繊細さには欠けるような感じがして、もう少しデリカシーの再現ができればいいと思うが、しかしこの力と豊かさがわれわれの聴感には非常に心地よいバランスだ。これは非常に特異なものだと思う。ベースの太くたくましい、ズシンとくるような響きの豊かさというのはほかのプレイヤーと一線を画して魅力のあるものだと思う。ただベースの音色的な細やかな変化はあまりきかれない。そういう意味では先ほど述べた、繊細さに欠けるということにも通じるかもしれない。それからリズムは下へ下へ、グングン押しつける傾向のリズムで、上へはねる傾向には聴こえない。このへんがこのプレイヤーの特色だろう。しかし、ドラムス、ベースはジャズを聴いても迫力十分だし、オーケストラを聴いた時の厚みのある低音弦楽器部分の怒とうのように迫る響きはなかなかのもの。管の音もバスクラとかバスーンとか、そのへんの領域の音が非常に奥深く、深々と鳴ってくれる。こういうところが、このプレイヤーならではの充実した再生音だろうと思う。奥行き、音場感、これもなかなか豊かで、ステレオフォニックな音場感がこういうように再現されるというのは、プレイヤーの共振モードが大変にうまくコントロールされているのだと思う。私の感じたところによると、500Hzから800Hzあたりが非常に豊かに響いてくる。これが音楽を奥深く感じさせることになっているのではないかと思う。高域の弦楽器群、バイオリンのハイピッチの音などは、決してしなやかとまではいかないけれども、とげとげしくもない。

リン LP12, ITTOK LV-II, ASAK

リンのターンテーブルLP12、トーンアームITTOK LV-II、カートリッジASAKの広告(輸入元;オーデックス)
(別冊FM fan 30号掲載)

LP12

ビクター TT-801 + UA-7045

菅野沖彦

別冊FM fan 30号(1981年6月発行)
「最新プレイヤー41機種フルテスト」より

概要 これはプレイヤーシステムだが、大変変わったシステムで、実際使っているターンテーブルやトーンアームは単体で売り出されているもの。ターンテーブルはTT801というクォーツロックのDD。別売のトーンアームUA7045が付いてきたのでこれで試聴した。ただトーンアームはベースが板ごと取り換え可能だから、ほかのアームを付けることももちろんできる。このプレイヤーシステムには、ターボディスク・スタビライザー・システム=バキュームポンプによってターンテーブル上にのせたレコードを吸着させるという効力を持つ機能がある。ただその吸着はがっちりと吸い着けるというほど強いものではなく、演奏中、絶えずある程度の力でレコードを吸い着けておくということだそうだ。実際にこのへんのコントロールはガッチリ吸い着けるよりもこの方がいいというのがビクターの主張だ。これは非常に難しい問題で、確かにガッチリと吸い着けてしまうと、かえってターンテーブルの物性とか、あるいは構造からくる共振、その他の影響を受けやすくなるということがあって、ある程度の吸引力で吸い着けておいた方が音質的には好ましい、というのがこのシステムの考え方だろう。こういったシステムなので、当然マニアックなものだが、このポンプが音を出すのでどこか別のところに置かないとやはり気になる。そういうこともいとわずに、これを使うかどうかが、この製品を選ぶか選ばないかの分かれ道だと思う。
音質 実際に音を聴いてみると、確かに吸引の効果はあるけれども、ガッチリ吸いつけた時ほどのダンピングのきいた低音にはならない。ベースの音などややふくらみがち。悪い言葉で言うと、少しブカブカする。もうちょっと締めて欲しいという感じがする。しかし、これを言いかえると、締まった音というのは音楽性が足りない。やはり適度にベースなどは豊かに鳴ってくれると音楽的には楽しい。そういう点から考えると必ずしも悪いとはいえない。ただ余計な音全部をこのバキュームによってコントロールしている、という感じはやや薄いという意味だ。ピアノの中域の音がちょっと薄くなるという点が気になった。これはターンテーブルのせいではなく、ほかの部分によるものかもしれない。例えばトーンアームとカートリッジの相性とか。カートリッジはMC20MKIIを付けたけれども、そのへんの要素も入ってくるので、すべてがこれの特徴であるバキュームシステムの音というように解釈していただきたくない。けれども、全体的に少しそういう感じがした。それからちょっと高域がきつくなる。これはもうカートリッジのバランスではないかという感じがした。全体的なエネルギーバランスはいま言ったような細部の問題はあるが、まずまず取れていた。それからプレゼンスが大変いい。これはバキュームを使う時と使わない時では大違いだ。ただ、バキュームを使わなくても、もっと締まった低音のターンテーブルもあるし、締まりすぎて音が物足りないという方向へも行っているということからいけば、この程度のブーミングのあるベースの方が音楽を聴く時には楽しいという感じもする。全体の音を、とにかくバランスよく、適当なところでコントロールしていくという思想がこのプレイヤーには感じられる。