井上卓也
ステレオサウンド 60号(1981年9月発行)
「MCカートリッジ用トランス/ヘッドアンプ総テスト──(下)」より
前号(No.59)と今号の2回にわたって掲載したMC型カートリッジ用の昇圧トランスとヘッドアンプのテストリポートは、MC型カートリッジが数多く華やかに登場し、プリメインアンプでも出力電圧の低いMC型カートリッジをダイレクトに使用可能になったという現状をふまえて企画された。そこで、MC型カートリッジ専用の昇圧手段である昇圧トランスとヘッドアンプが、どのような性能と魅力をもつのか。また、オプショナルなアクセサリーとして構入してまで使うべきだろうかを探ることを目的として、その概況をリポートすることにした。
したがって、各昇圧トランスとヘッドアンプは、それぞれの試聴条件が比較的に同一になるように、最低限度の常識ともいえる注意をして実際の試聴にあたっている。
試聴テストに使用した機器は別表の通りだ。カートリッジは、ローインピーダンス型としてオルトフォンMC20II、他にフィデリティリサーチFR7f、ハイインピーダンス型としてデンオDL305、他にEMT/XSD15を使用し、他にミディアムインピーダンス型のオーディオテクニカやヤマハの製品も使用した。また特定のカートリッジの専用モデルとして開発されたトランス/ヘッドアンプについては、専用カートリッジでの試聴はもちろん、インピーダンス的に問題のない(前号270頁参照)他のカートリッジでも試聴している。
ターンテーブルはマイクロのエアーベアリング方式のSX8000を使用し、トーンアームを3本取付けた。オルトフォンMC20IIにはオーディオクラフトAC3000MC、デンオンDL305にはデンオンDA401を組合わせ、EMT/XSD15、フィデリティリサーチFR7fなど比較用にはフィデリティリサーチFR66Sを組み合わせたが、タイプによってはAC3000MCでもチェックしている。なお、ヤマハHA2は専用ヘッドシェルの使用が前提条件であるため、DL305はこの場合のみAC3000MCに組み合わせした。
ヘッドアンプはAC/DCをとわず、試聴別に3時間以上通電してヒートアップをおこない、AC電源を使用するヘッドアンプの物理的なAC極性はすべてチェックしている。一方、昇圧トランスやヘッドアンプの出力をコントロールアンプに送るRCAピンコードは、各メーカーの付属品もしくは指定のタイプを使い、特に指定のない場合には、ステレオサウンド試聴室で常用しているピンコード(長さ50cm)を使った。このピンコードは、数多くの機器間の接続用としてひどい偏りのない、つまり、現状でやや高いレベルで平均的な性能の、特殊構造でない製品である。
また、電流容量の十分に大きいテーブルタップを使用し、全国どこでも入手可能なやや太い平行線コードをスピーカーケーブルに使用するなど、特別な方法は一切とっていない。
テストした昇圧トランス/ヘッドアンプと比較し、概略のグレードをチェックする目的で、MCポジションをもつブリメインアンプのビクターA-X5D、テクニクスSU-V7、サンスイAU-D907Fの3機種も用意した。この中でAU-D907Fだけは、このクラスのブリメインアンプに一般的なハイゲインイコライザーではなく、専用ヘッドアンプを内蔵してしいる。
約60機種の昇圧トランス/ヘッドアンプをテストしての全般的な感想としては、進歩が著しいMC型カートリッジと比べ、昇圧トランス/ヘッドアンプともに、製品開発の目的が明確でない製品や、現状ではすでに旧態化した製品が存在することが第一にあげられる。やはり、昇圧トランス/ヘッドアンプは、コンポーネントシステムとしてはオプショナルな別売アクセサリーであるためか、進歩の激しい他の分野と比べ、やや陽のあたらぬ場所的な印象を受けるのかもしれない。
それにしても、問題の多い製品が散見されるのは事実だ。今回のテストの対象からは除外したが、AC電源コードがアンプ内部で配線されてなく、バイパススイッチも動作しないといった極めてひどいキット製品があった。また、トランスでも、HIGH/LOWの表示が昇圧比の大小なのか、入力レベルの大小なのか、試用しないと不明の製品が散見された。
現在の昇圧トランスとヘッドアンプは、価格的にも1万円未満から20万円を超す製品まで、非常に広範囲の価格に分布しているが、価格対性能・音質の比較は、カートリッジと似て、スピーカーシステムやアンプほど明確な差は感じられない。つまり、高価格だから性能・音質が優れるという結果は少なく、特に、5~10万円あたりの価格帯でこの傾向が強い。
比較用プリメインアンプとの対比で昇圧トランスとヘッドアンプを考えると、昇圧トランスでは約3万円が、トランスとしての魅力を聴かせはじめる境界線であり、1万円程度の製品は、低インピーダンスのMC型用として、主にSN比を稼ぐための使用にメリットを見出すべきだ。
また、ヘッドアンプは、技術進歩が激しい分野だけに、少し古い製品はアンプとして旧態化したことが聴感上で聴き取れ、比較的新しい製品でも、特別の目的以外は、アンプ側にMCポジションがあるのなら、わざわざ単体製品を購入してまで使用するメリットは少ないようだ。簡単にいえば、比較用プリメインアンプにみ組合わせて、さすがに専用ヘッドアンプと思わせるのは、プリメインアンプに匹敵した価格の製品で、実用上は、トータルのコンポーネントシステムとしてかなりアンバランスを生じる。
おおよそに区別した価格帯別に、今回の試聴で好結果が得られた製品のリストを挙げておくが、これはあくまでも、ステレオサウンド試聴室で、別掲の試聴用コンポーネントシステムを使ったときの結果で、一応の参考としてお考えいただきたい。
最後に、今回のテストを通じて浮びあがった、昇圧トランス/ヘッドアンプの問題点、注意点をまとめておきたい。
従来は問題にされなかったことだが、昇圧トランス/ヘッドアンプの入出力の位相関係を等閑視してはいけない。今回の試聴では、入力と出力の位相の関係をチェックする初めての試みをおこない、発表することにした。
カートリッジの位相の表示は、一般的に水平振幅にカッティングされたディスクを使い、中心方向から外周方向に針先が動いた場合に+側に発電する端子を+として表示する例が多い。しかし現状では、各メーカー間で完全な統一はなく、逆の場合もある。ステレオサウンドにある各種MC型カートリッジを、トーンバースト波のカッティングされたレコードを使いチェックした結果では、±表示が逆の、位相が反転している、いわば逆相カートリッジがいくつかあった。今回使用した製品では、EMT/XSD15、TSD15、フィリップスG925XSS、アントレーEC15の3種が逆相で、古い製品の中には、ソニーの〝プロ〟になる以前のXL55、初期のヤマハMC1なども反転型だ。
一方、昇圧トランスとヘッドアンプでは、入力と出力の位相が反転する逆相タイプとして、次のような製品があった。
昇圧トランスでは、オーディオニックスTH7559、ラックス8025、スペックスSDT77とSDT1000。
ヘッドアンプではオーディオニックスADNIII、フィデリックスLN2、フィリップスEG1000、ヤマハHA1。
入力系の正相と逆相の位相関係は、トータルなコンポーネントシステムの音質を変化させる大きな要素である。一部の製品に見受けられる、音質的な特徴を得るために反転型を採用するといった使い方は、たしかに効果的ではある。しかし、特に昇圧トランスの場合には、技術的アプローチから考えても、本質的には避けるべき手段である。
また、昇圧トランス/ヘッドアンプともに、その出力をアンプに送る出力コードが必要だが、このコードの種類により、音が大幅に変化することにも気をつけていただきたい。これは、アームコード、機器間接続用のRCAピンコードも同様で、注意したい問題点だ。特定の音に焦点を合わせてチューニングをとる場合には、音を変える要素は大きなメリットとなる。しかし、今回のような比較試聴上では、この変化量がテスト結果を支配する要素となるだけに、たとえ専用コードを使用した場合でも、音質的にアンバランスを生じたときは、他のコードでもチェックしている。特別の場合には、かなりキャラクターの強い昇圧トランスが、一般的なRCAピンコードでナチュラルな音を聴かせた例もあり、特殊な構造や線材を使ったタイプは、いかに高性能であろうが、誤った使用法だけは避けたいものだ。
●テストに使用したレコード
ロッシーニ:《弦楽のためのソナタ集》アッカルド(v)他フィリップス25PC70-71
ドヴォルザーク:交響曲第九番《新世界より》ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー グラモフォンMG1199
峰純子《ジェシー》 ロブスターLDC1026
カシオペア《アイズ・オブ・マインド》 アルファALR28016
●テストに使用した機器
スピーカーシステム/JBL♯4343BWX
コントロールアンプ/マークレビンソンML7L
パワーアンプ/スレッショルドStasis3
ターンテーブル/マイクロSX8000十RY5500
トーンアーム/オーディオクラフトAC3000MC, デンオンDA401, フィデリティリサーチFR66S
カートリッジ/デンオンDL305, オルトフォンMC20MKII, フィデリティリサーチFR7f, EMT XSD/TSD15 他に各社代表的MC型多数
MCポジション比較用ブリメインアンプ
ビクターA-X5D, テクニクスSU-V7, サンスイAU-D907F
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