Category Archives: オルトフォン

オルトフォン MC20

岩崎千明 

週刊FM No.19(1976年発行)
「私の手にした新製品」より

 オルトフォンが、久方ぶりにMC型カートリッジの製品を出した。SL−15という傑作をデヴューさせてから何年になるだろうかその名もずぱり、「MC−20」と新しいネーミングで、いかにも自信のほどを、その名前からもうかがえる。MC−20は、まるでラピラズリーのような濃いブルーのボディで、よく見る今までのSL−15と外形は寸法までもまったく同じのようだ。しかし、その針先のカンチレバーは、今でより一段と細く小さい。
 MC−20は、まさに現代の技術によって、現代の音を背景として「オルトフォン」によって作られたムーヴィングコイル型カートリッジだ。その音の力強さの中に、オルトフォン直系の姿勢を感じとる事ができる。でも、この驚くほどの広帯域、分解能力は、まさに今日のハイファイの技術と、それによって来たるサウンドとを知らされるだろう。
 確かに、MC型は、MM型とは本質的な音の中味の違いを持っていることを、つくづく知らせてくれる。MC−20は、こうした点でもっともMC型らしさを持っているカートリッジだが、これは、もっとも老練なMC型メーカー、オルトフォンが作る製品であることを知れば当然だ。世界に、これ程MC型のノウハウを、長年蓄積してきたメーカーはないのだから。といっても、いまやMC型を作るメーカーは、はたして世界に何社あるだろうか。そこまで考えれば、MC−20の存在価値と、高価格の意義もおのずから定まるといえよう。

オルトフォン Kontrapunkt-a

菅野沖彦

ステレオサウンド 137号(2000年12月発行)
「TEST REPORT 2001WINTER 話題の新製品を聴く」より

 デンマークのオルトフォンは元気である。カートリッジの新製品を2000年にも発売した。アナログファンにとって同社の健在ぶりは嬉しい。
 新しいカートリッジの名前はコントラプンクト(KONTRAPUNKT)と呼ばれる。英語ではカウンターポイント(COUNTERPOINT)つまり対位法の意味である。J.S.バッハの没後250周年を記念して命名されたものだそうである。
 1999年1月に発売されたMCジュビリー(JUBILEE)で開発された空芯リングマグネットによるクローズド・マグネティック・サーキットや6N銀線コイルを移植してはいるが、この製品では大幅なコストダウンが実現し、価格は約三分の一にも下がった。カンチレバーはアルミで針先形状はファインライン・スタイラスだが、音はMCジュビリーに比べて、さほど聴き劣りはしない。それどころか、音楽によってはこちらの方が、メリハリがあって力のある表現で好まれると思われるほどである。たしかにMCジュビリーの持つ品のいいしなやかさや空間の漂いの微妙なニュアンスは聴けないから、クラシックの弦楽合奏などでは一歩譲らざるを得ないところもあるが……、ジャズは100%この方がいいと思う。メリハリがあって力感もあるからだ。低音もこの方が張りと弾力性に富んでいる。
 筐体は材料に違いがあるのかもしれないが、見た目にはMCジュビリーと同じ型である。色には違いがあって、かたや黒なのにたいし、こちらはチタンカラーの渋いメタリックカラーである。針圧は2・5グラムで聴いたがトレースは安定していてトラッカビリティは大変に高い。45/45の溝の左右の壁面に刻まれた位相が不揃いな大振幅でも難なくトレースしてのけた。この辺りのトラッカビリティとS/Nの良さは、MCジュビリーでも感じたことではあるが、明らかに1980年代初頭のアナログ末期のカートリッジの物理特性を上回っていて、この20年近い間技術進歩がわかる現代カートリッジだという実感がある。あのままアナログ時代が続いたらカッティングもまだまだ進歩したと思われるし、総合的な音の良さや文化レベルは、今より向上したのではないか……などと考えさせられたものである。こういう製品が出るたびに棚のLPを引っ張り出して聴き直したくなるのは筆者だけではないであろう。

オルトフォン MC Jubilee

菅野沖彦

ステレオサウンド 137号(2000年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング863選」より

80年代前半のCD登場以降、アナログディスクの生産規模縮小にあわせ、多くのカートリッジメーカーも開発をやめてしまったのが、デンマークのオルトフォン社は、その後も連綿と開発を続けてきた。その成果が確実に現われたのがこのモデルで、最新カートリッジとして素晴らしいトラッカビリティと素直な音を聴かせてくれる。

オルトフォン SPU Classic GE

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

第1世代のオリジナルSPUを現代に蘇らせた復刻版と考えられるモデル。現代的な非磁性体巻枠を採用する、軽量振動系の同社純MC型も大変に魅力的ではあるが、ステレオ初期からのアナログファンに、ステレオLPを初めて聴いた当時の感激を蘇らすキッカケとして所有したいと思わせる、本機の原点復帰的意義は大きい。

オルトフォン SPU-Royal N

菅野沖彦

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

伝統的なSPUを最新の素材と設計でリファインしたカートリッジ。金と銀の混じった自然金にヒントを得たエレクトラム合金を採用し、これをコイルに使ったもの。柔軟なしなやかさと繊細感を持つSPUである。インテグラル・トーンアームでも使えるSPUで、その顔とも言える例のシェルには取り付けられていない。

オルトフォン MC Jubilee

菅野沖彦

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

デンマークのオルトフォンが発売した最新設計によるもので、素晴らしいパフォーマンスを持つ。高性能で高品位な傑作である。従来のオルトフォンとは違って音もより現代的で、すっきりしてしなやかだが、決して弱々しいものではない。意欲的な設計と精密な作りは、さすがにオルトフォン・カートリッジの名門の貫禄である。

オルトフォン SPU Classic GE

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「いま聴きたい魅惑のコンポーネント特選70機種」より

 SPUに始まったオルトフォンは、現在かなりのモデルがラインナップされており、そのおもな製品は、SPU系の数多くのヴァリエーションもデルと、振動系を軽量化し、おもに空芯コイルを採用したハイコンプライアンスモデルに分かれ、校舎の発展形として、新構造磁気回路採用の新モデルが今年登場することが予定されている。
 SPUクラシックGEは、SPUシリーズ中では比較的に地味なモデルであるが、可能な限りの材料を集め、オリジナルSPUの復刻版を作ろうとする、温故知新的な開発思想そのものが、ひじょうに魅力的と言えるだろう。
 ’87年に発表されたこのGEは、針先にはオリジナルの円錐針ではなく、楕円針を採用している。これは、オリジナルSPU独自のウォームトーンの豊かで安定感のある音は、それ自体は実に素晴らしいものがあるが、新しいプログラムソースが求める音の分解能、つまりシャープさに不満が残り、これをカバーするには、楕円針がナチュラルでふさわしく、音的にも十分満足できる成果があったからである。
 現在のSPUクラシックGEは、Gシェル材料が変更され、樹脂から金属になり、かつてのポッテリとした柔らかさはないが、逆に現代的な音の魅力を得たようだ。アナ
ログディスクが存在する限り、SPUが手元にないと落ち着かないのが本音。

オルトフォン SPU Meister Silver GE

井上卓也

ステレオサウンド 121号(1996年12月発行)
「エキサイティングコンポーネント」より

 オルトフォンといえば、まずSPUを想像しないオーディオファイルはいないであろう。
 ステレオLPが登場した翌年の’59年にステレオ・ピックアップの頭文字をモデルナンバーとして開発されたこのカートリッジは、正方形の鉄心に井桁状にコイルを巻いた発電系と、この巻枠の中心に完全な振動系支点を設け、ゴムダンパーと金属線で支持系とする構造である。これは現在においても、いわゆるオルトフォン型として数多くのカートリッジメーカーに採用されているように、ステレオMC型の究極の発電機構といっても過言ではない。オーディオの歴史に残る素晴らしい大発明であろう。
 以後、37年を経過した現在のディジタル・プログラムソース時代になっても、SPUの王座はいささかの揺るぎもなく、初期のSPUを現在聴いても、その音は歳月を超えて実に素晴らしいものなのである。
 現在に至るSPUの歴史は、その後SPUなるモデルナンバーが付けられた各種の製品が続々と開発されたため、オルトフォン・ファンにとっても確実にモデルナンバーと、その音を整理して認識している人は、さほど多くないであろう。
 今回発表されたSPUの新製品、マイスター・シルヴァーは、SPUの開発者ロバート・グッドマンセンが在籍50年の表彰と、デンマーク王国文化功労賞の受賞を機に原点に戻り、SPUを超えるSPUとして開発した’92年のマイスターをさらに超える、SPUの究極モデルとして作られた製品である。
 最大のポイントは、同和鉱業・中央研究所が世界で初めて開発した純度99・9999%以上の超高純度銀線をコイルに採用したことで、オルトフォンとしては昨年のMCローマンに次ぐ超高純度銀線採用のモデルだ。ちなみに銀というと、JISの2種銀地金で99・95%、1種で主に感光材料に使用する銀で99・99%であり、銅線ではタフピッチ銅と同程度の純度しかない、とのことだ。
 コイル線以外にも磁気回路、振動系は全面的に見直され、1・5Ωで0・32mVという高効率を得ている。
 R・グッドマンセンが、「これこそ我が生涯最高のSPUと躊躇なく言える」と自ら語った、と云われるマイスター・シルヴァーは、SPUの雰囲気を残しながら前人未到のMC型の音を実感させられる絶妙な音である。

オルトフォン SPU Classic GT, SPU Classic GTE, EQA-1000

オルトフォンのカートリッジSPU Classic GT、SPU Classic GTE、フォノイコライザーアンプEQA1000の広告(輸入元:オルトフォン ジャパン)
(サウンドステージ 26号掲載)

ortofon

オルトフォン SPU Meister GE

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド別冊・1994年春発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム篇」より

 デンマークのオルトフォンは名実ともに、カートリッジの一流品である。アナログカートリッジを現役で生産続行してくれていることは、極めて意義深い。この製品は、そうした名門の作る数多くの逸品の中でもとくに光り輝く存在といってよい現行製品である。同社のSPUシリーズといえばアナログディスク再生に君臨した傑作だが、この製品の開発者であるロバート・グッドマンセン氏の在職50周年とデンマーク女王からの叙勲を記念して作られたものが本機。基本的にはSPUそのものだが、30年以上前に設計したSPUを現代ならどうするかが、設計者自身によって実現されたのが興味深い。Gシェル付きとAシェル付きの2種類が用意されている。オルトフォンという会社はアナログディスクの歴史とともに歩み、歴史を作ったメーカーで、アナログディスクの生産システムのメーカーでもあった。まさに、その生き証人がグッドマンセン氏であるからファンの思い入れも一入だ。

オルトフォン MC10 Superme, MC20 Superme, MC30 Superme

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 SPU系とは異なり、現代タイプのMC型カートリッジを目指して開発されたシリーズが、MC10/20/30の3モデルで構成する2桁ナンバーのMCシリーズで、オルトフォンMC型の中核をなす存在である。世界的な市場では、このシリーズがオルトフォンの代表機種とされているようである。
 本シリーズの中堅モデルMC20サプリームの原型は、1976年に誕生したMC20とされている。しかしそれ以前にも、巻枠形状はMC20とは異なるが、S15、SL15などのSPU系とは異なった製品が開発されており、マクロ的に考えれば、これらのモデル開発での成果がMC20に活かされていると考えることもできるだろう。
 MC20の登場以来、すでに18年の歳月が経過し、その間に数度のモデルチェンジが重ねられている。今回のサプリームタイプは第5世代目となるが、MC2000に始まったトップモデル開発での成果は、実に見事にこのシリーズに反映され、前作のスーパーIIで驚かされた確実なグレードアップは今回でも変らず、MC20サプリームが前作の上級モデルMC30スーパーIIをも超すパフォーマンスを備えていることは、このシリーズに賭けるオルトフォンの並々ならぬ意気込みを示す証である。
 振動系の発電コイル巻枠に十文字状の磁性体を使う設計は、DL103の開発でデンオンが初めて採用した構造と同じであり、パイプカンチレバーとともに、前作のスーパーIIを受け継いだ特徴である。磁気回路は、現時点で最強の磁気エネルギーをもつネオジウム・マグネットを中心に、回路全体の設計を一新し、いっぽう、発電用コイルには7N銅線を新しく採用するとともに、インピーダンスを3Ωから5Ωとし、コイルの巻数を増加させて、出力電圧を0・2mVから、高出力MC型のHMCシリーズと同じ0・5mVにまで高めている点に注目したい。
 その他、サプリームシリーズ共通の特徴には、ヘッドシェルとボディの全面接触をあえて避け、針先側1個、端子側2個の突起によって3点で接触するユニークな取付け方法「3点支持マウンティング」の新採用があり、さらに、マウントを一段と安定させ振動を除去するために、取付け穴にネジを切って、ビス/ナット方式と比べて、一段とボディとヘッドシェルの一体化を高める構造としたことが、これに加わる。
 またボディのディスクと接する部分には、静電気対策のクリック/ポップノイズ・デイスチャージャーを備えていることも、このシリーズの特徴である。
 サプリームシリーズ3モデル間の基本的な違いは針先形状にある。
 MC10サブリームは8×18μm超楕円針、MC20サプリームは8×40μm超楕円ファインライン型、MC30サプリームは従来の18×40μmレプリカント・スタイラスチップに代えて、6×80μmという超楕円状の新開発スーパーファインライン・スタイラスチップを採用。針先形状の違いで、周波数特性、チャンネルセパレーションなどで差が生じてくる。
 サプリームシリーズの発売にあたり、昇圧トランスT30も内容を一新し、発展改良されT30MKIIとなった。試聴にはこのトランスを使用した。

MC10 Superme
 MC10サプリームはこのシリーズのベーシックモデルで、価格対満足度の高さで際立った製品である。
 針圧は前作の適正針圧1・8gから2gに変ったため、試聴は針圧/インサイドフォースともに2gからスタートする。
 豊かで安定感のある低域をベースとした、ややナローレンジ型の帯域レスポンスをもち、中高域から高域は抑え気味の印象があり、やや線の太い安定度重視型の音である。
 バランス的にはわずかに低域型で、小型から中型のスピーカーシステムにマッチしそうな音だ。中域がしっかりとしたエネルギーをもち、新旧ディスクの特徴を巧みに捉えて聴かせるコントロ−ルの巧みさは、さすがに伝統あるオルトフォンならではの味わいが感じられる。
 音の分離は標準的ではあるが、もう少しクリアーさが加われば、このマクロ的な音のまとまりは解消されるだろう。
 針圧とインサイドフォースを2・25gに上げると、音に鮮度感が加わり、帯域バランスは一段とナチュラルな方向に変る。音場感情報も増えて、見通しの良さが聴きとれるようになる。また、中域から中高域には安定感が一段と加わり、ほどよい輝かしさがあり、低域と巧みにバランスする。
 低域の力強さ、豊かさを活かして、小型スピーカーと組み合わせて使う時に、もっとも魅力が引き出せるMC型カートリッジである。

MC20 Superme
 MC20サプリームの試聴モデルは適度に使用されたカートリッジのようで、針圧とインサイドフォースは適正値の2gで音がピタッと決まり、トータルバランスが見事にとれた、ほどよい鮮度感がある、反応のシャープな音を聴かせてくれる。このナチュラルさは大変に魅力的である。
 聴感上での帯域レスポンスは必要にして十分なものがあり、低域から高域にわたる音色も均一にコントロールされ、古いディスクで気になりやすいヴァイオリンの強調感が皆無に近く、スムーズである。古いディスクを古さを感じさせずに聴くことができるのは、アナログディスクファンにとって大変に好ましいメリットである。
 音の表情は全体に若々しく、一種ケロッとした爽やかさが好ましい。音場感は十分に拡がり、奥行きもほどよく聴かせてくれる。
 音場感的プレゼンスと音の表情を、インサイドフォース量でかなりコントロールできるのも、このモデルの特徴である。
 新しいディスクに対しては、音のディテールよりも、滑らかさ、しなやかさで、新しいディスクならではの聴感上のSN比の良さや、音場感を雰囲気よく聴かせる傾向がある。
 音場感情報は標準よりやや上のレベルで、音場はソフトにまとまり、適度に距離感をもって拡がるタイプだ。
 針圧とインサイドフォースを2・25gに上げると、音のエッジが滑らかに磨かれたイメージとなり、低域の安定度が一段と向上した内容の濃い音に変る。これは、かなり大人っぼい安定したクォリティの高い音で、反応は緩やかだが、落ち着いて各種のプログラムソースを長時間聴きたい時に好適である。針圧とインサイドフォースのコントロールで、爽やかでフレッシュな音から安定感のあるマイルドな音まで使いこなしができることは、このモデルの基本性能の見事さを示すものだ。

MC30 Superme
 MC30サプリームの試聴モデルは、針先が完全に新しい状態にあるようで、わずかな針圧変化に過敏なほどに反応するシャープさをもつ。
 適正値の針圧/インサイドフォース2gでは、音にコントラストがクッキリとついた、かなり広帯域型バランスの音ではあるが、シャープさが不満である。2・2gより少しアンダー(2・15g位)では少しシャープさが加わると同時に安定度が増し、2・25gでは音のコントラストは少し抑えられるが、しなやかな表現力と柔らかさ、豊かさが聴かれるようになり、全体のまとまりは2g時と比べ大幅に向上する。
 この2・2gアンダー時と2・25g時の音の変化は大きく、使いごたえのあるMC型カートトッジである。
 新旧ディスクには、わずかの針圧変化で見事な対応を示し、各時代別のディスクの特徴を見事に引き出してくれるのは楽しい。
 音場感情報はさすがに豊かで、聴感上のSN比もトップモデルだけにシリーズ中トップにランクされる。トータルなパフォーマンスも前作比で確実に1ランク向上しており、基本的に安定度の高い音だけに、使いこなせば想像を超えた次元の音が楽しめよう。

オルトフォン SPU Classic GE, SPU Reference G, SPU Meister GE

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 Stereo Pick Upの頭文字をとったSPUは、記録によれば1959年発売とある、オルトフォン・ブランド初のステレオ・カートリッジだが、それ以前にもアメリカでESLというブランドとして売られていた、C99、C100というモデルがあった。SPUが登場し、素晴らしい成功を収めたのはその後のことである。
 したがって、SPUは、オルトフォンのステレオカートリッジとしては、第3弾の製品にあたる。前2作は、オルトフォンのLP用モノーラルカートリッジの発電系を2個組み合わせた構造であったが、SPUは、左右チャンネルの発電用コイルを4角の薄い磁性体巻枠に井桁状に巻き、一体化したことと、カンチレバー後端を細いピアノ線で支えるサスペンション機構をもつことの2点が、まさに画期的な設計であった。その後、各種の発電メカニズムをもつステレオMC型カートリッジが開発されたが、急速な技術革新の時代に現在にいたるまで生き残る、いわゆるオルトフォン型の発電メカニズムの驚異的な基本設計の見事さは、スピーカーユニットでのダイナミックコーン型の存在に匹敵するといっても過言ではない。
 また、当初から業務用途として開発されたため、カートリッジとヘッドシェルを一体化して販売され、ヘッドシェルに、業務用のAシェルとコンシューマー用のGシェルの2種類が用意されていることも、異例なことである。さらには、一時期、Gシェルの内部に超小型昇庄トランスを組み込んだSPU−GTがあったことも、オルトフォンならではのフレキシビリティのある製品開発である。
 現在のSPUは、バリエーションモデルが基本的に3種類あり、それぞれに、AシェルとGシェルの2種類のヘッドシェルが用意される。ベーシックモデルのクラシックシリーズには円針と楕円針が用意されている。トータルのモデル数の多さは、選択に迷うほどの豊富さである。
 SPUは、製造された時期により、細部の仕様に違いがあるが、もっとも重要な点は、井桁状にコイルを巻いた磁性体巻枠とサスペンションワイア一間の相対的な位置変化である。最初期型は、カンチレバー横方向から見て磁性体巻枠の厚みの中心からサスペンションワイアーが引き出されていたが、ある時期以後、磁性体巻枠の針先から見て後端から引き出されるようになった。
 オルトフォン方式の発電メカニズムは、SPUの初期型では、振動支点を中心に磁性体巻枠は回転運動をして、磁性体巻枠内を流れる磁束が交替する。しかし、それ以後のタイプでは、磁性体巻枠は、回転運動と首振り運動を併せて行なうことになり、当然、結果として音が変る。短絡的に表現すれば、前者は分解能が優れたミクロ型、後者は、トータルバランスの優れたマクロ型といった違いである。初期型の一部には、サスペンションワイアーが磁性体巻枠の厚みの中心部で一段と細く削ってあるタイプを見聞きしたことがあるが、ESL/C100で驚異的な超小型ユニバーサルジョイントを採用した、オルトフォンならではの精密加工の証であるように思う。
 ちなみに、最近のSPUでは、初期タイプに近い振動支点にあらためられた、とのことだ。

SPU Classic
 SPUクラシックは、世界のMC型カートリッジの原器である、1959年発売当時のSPUを現在に甦らせることを目的として、素材、製造工程、加工用治具にいたるまで、開発当時のものを、可能なかぎり集め、再現してつくられたモデルである。SPUの忠実な復元モデルであるが、ベークライト製Gシェルの復元は不可能であったようで、メタル製になっている。針先は円針と楕円針の2種類、ヘッドシェルがGシェルとAシェルの2種類、合計4モデルが、そのラインナップである。ただし、ヘッドシェル込みの重量はGシェル、Aシェルともに当初の31gに調整され、同社のダイナミックバランス型トーンアーム、RMG/RMA309に無調整で取り付けられることはいうまでもない。
 試聴をしたSPUクラシックは、楕円針付のGEタイプで、トーンアームはSME3012Rプロ、昇圧トランスにSPU−T1を組み合わせて使うが、本来ならアームは、オルトフォンRMG309がベストだろう。
 針圧3g、インサイドフォース3gで聴く。中高域が少し浮いた印象があるが、ほどよい量感と質感をもつ低域に支えられ、安定したバランスの音である。針先がいまだ新しく音溝に馴染まない印象があり、針圧、インサイドフォースともに、0・25gステップでプラス方向にふり、3・5gにするとほどよくエッジが張った音となり、表情が活き活きとしてくる。
 新旧ディスクにもバランスを崩さず、しなやかな対応を示し、音場感情報も標準的で、スクラッチノイズの質、量とも問題はなく、リズミカルな反応にも、予想以上に対応を示すのは、低域の量感が過剰とならず適度なレベルに保たれているメリットである。
 かつてのSPUと比べ反応が速く、低域過剰気味とならぬ点は、使いやすく、幅広いジャンルの音楽に対応できる。復元モデルとはいえ、現代カートリッジらしさも備えている。メタル製Gシェルの効果も多大であろう。
 音場はほどよい距離感があり、音のハーモニーを色濃く、光と影の対比をしなやかに再現する。中庸を心得た、安心して音楽が聴ける独自の魅力があり、SPUの設計の見事さを如実に知ることのできる、価格対満足度の素晴らしいモデルだ。

SPU Reference
 SPUリファレンスは、SPUの振動系を改良したモデルで、GシェルとAシェルの2モデルがある。針先は、カッター針と近似形状のレプリカント100型チップ、発電コイルには、6N銅線が採用され、コイルインピーダンスは2Ω、重量は32gである。
 SPUリファレンスGと昇圧トランスSPU−T1を組み合わせ、針圧、インサイドフォースともに適正の3gから聴くが、針先は完全に新しい状態のようで3・25gに上げる。活気は出てくるも安定感がなく、さらに針圧を上げ、3・5g弱にすると、中域に独特のエネルギー感のある、クッキリと音を描く、やや硬質な見事な音が聴かれる。
 いかにも、アナログディスクの音らしく、克明に音溝の情報を針先が正確になぞっていく印象である。表情にみずみずしさがあり、巧みにデフォルメされた、これならではの世界は、原音と比べたとしても、むしろ魅惑的に感じられる何かがあるようだ。やや硬い表情が垣間見られるが、針先が新しい
ためであろう。やや硬質で寒色系の音として聴かせるが、リズミックな反応は苦しい面があり、とくに低域は、やや重く、鈍い面を見せる。しかし、クラシック系のプログラムでの個性的な音を思えば、思い切りよく割り切るべき点であろう。

SPU Meister
 SPUマイスターは、SPUの設計者ロバート・グッドマンセン氏の在籍50周年記念とデンマークの文化功労章受章を記念して、SPUを超えるSPUとして製作された、究極モデルである。
 ネオジウム磁石採用の磁気回路、7N銅線コイル採用で、すべてを原点から考え直してつくられたこのモデルは、GEとAEの2モデルがあり、各1000個の限定生産。昇圧トランスSPU−T1も同時発売された。
 針圧、インサイドフォース量は3gにする。十分に伸びた帯域レスポンスをもち、すばらしく安定感のある音である。重厚な低域と、ほどよくきらめく中高域から高域がバランスし、オリジナルモデルからの進化のほどは歴然とわかるが、それでも非常にSPUらしいイメージがある。豊かな音場感情報量に裏付けられた、力強く表情の活き活きした音は、クラシック系に、これ以上は望めない抜群のリアリティである。

オルトフォン MC7500, MC5000, MC2000MKII

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 オルトフォンのMC1000番シリーズは、それぞれの発表時点での最先端技術と素材を集約して開発された、文字どおり世界のMC型カートリッジの頂点を極めたモデルで形成されたシリーズである。
 1982年発表のMC2000が、その第一弾製品で、続いて1987年のMC3000、1989年のMC2000MKII、1990年のMC5000が発表され、昨年のオルトフォン創立75周年を記念したMC7500というのが、そのラインナップである。
 MC7500は、オルトフォンがステート・オブ・ジ・アートモデルとして自信をもって開発しただけに、SPUに始まる各MC型はもとより、MM型を含む、オルトフォン全製品の内容を一点に凝縮した成果であり、最新のMC型カートリッジの究極モデルといっても過言ではない稀有なモデルだ。
 振動系は、SPU以来のオルトフォンタイプではあるが、MC1000番シリーズ共通の特徴は、コイル巻枠が、オルトフォンの特徴でもある伝統的な磁性体巻枠を廃し、非磁性体巻枠採用の、いわゆる空芯型MCに発展させたことである。
 MC7500では、巻枠には、MC5000同様のカーボンファイバーが使われ、コイル線材は、究極の純度をもつ8NCu30μm径被覆ワイアー、カンチレバーはテーパードアルミパイプである。針先は、前作は2つの楕円面を組み合わせたレプリカント型だったが、ここでは、新開発の4・5×100μmの超偏平形状のオルトライン型に変った点に注目したい。
 サスペンション系は、MC2000で開発された、2個の厚いゴムリングの間に白金ワッシャーをサンドイッチ構造としたダンパーとSPU以来の伝統をもつニッケルメッキ・ピアノ線の組合せである。
 磁気回路は、ネオジウムマグネットを軸に、磁気ギャップ内の磁界分布を滑らかにしたポール形状の組合せで、コイル部分を純粋MC型とした相乗効果により、リニアリティが一段と改善された、とのことだ。
 ボディシェルは、軽質量、高剛性であり耐蝕性に優れた非磁性体のチタンを初めて採用し、それをブロックから削りだし、表面仕上げはダイアモンド研磨、銘板はレーザーカット、ヘッドシェルとの接合部は、MCサプリームシリーズ同様の3点支持方式が採用されている。
 MC5000の振動系は、十文字型カーボンファイバー巻枠と7NCuワイァーの組合せ、カンチレバーは、0・3mm径ソリッドサファイア、針先は、カッター針と同形状のスイス・フリッツガイガ一社と共同開発のレプリカント100タイプである。ネオジウムマグネットを使った磁気回路を備える。なお、ハウジングはセラミックである。
 MC2000MKIIは、MC2000をベースに、その後の技術的発展と素材選択などの成果を最大限に集約し内容を高め、しかもリーズナブルな価格を実現した注目に値するモデルである。
 モデルナンバーは、MC2000を受け継いではいるが、内容的にはだいぶ異なっている。
 振動系はアルミパイプカンチレバーとフリッツガイガー90タイプスタイラスチップ、十文字カーボンファイバー巻枠と6NCuワイアーの組合せ、サスペンション系はシリーズ共通のワイドレンジダンピング方式とニッケルメッキピアノ線を使うタイプである。ボディシェルは、MC5000と同じセラミック製だが、色調は異なる。

MC7500
 MC7500に、T7500/T7000昇圧トランスを組み合わせて音を聴く。針圧、インサイドフォースキャンセラーは、適正値である2・5gである。
 広帯域型のレスポンスと粒立ちがよく、クッキリと音の細部までを鮮明に見せる音だ。大変にクォリティが高く、音の鮮度の高さも、さすがにステート・オブ・ジ・アートとオルトフォンが自負するだけに見事ではあるが、本誌新製品テストで聴いたときの、音楽の感動がひしひしと心にせまる、これならではの音ではないのだ。
 試聴に先立ち、編集部でも約2時間ほどの時間をかけ調整をしたが、どこか思わしくないと言っていたが、それが納得できる音である。一般的にオーディオ機器は、その性能が向上するにつれ最適な使用条件の幅が狭く、寛容さを失いがちとなるデメリットが共存するため、条件設定は、かなりのシビアーさが要求されるものである。とくにカートリッジの音は、まさに一期一会そのもので、まったく同じ音は2度と聴けないことを知るべきである。
 しかし、部屋の吸音、反射条件などを含め約2時間ほど追い込んで、ほぼ同じ印象の音が得られた。
 試聴したMC7500は、ある程度使われていたようだが、針圧は少し重い方向で、最適値が得られた。針圧は2・5gプラス0・1gあたりが最適値。インサイドフォースキャンセルは、2・5gとしたが、この調整でも音が大幅に変るのは、アナログオーディオの常である。
 古いディスクにおいても、音の芯のシッカリとした特徴とほどよくメタリックな印象を、巧みに引き出して聴かせるが、低域は軟調、高域は硬調が基調で、古い録音のディスクにたいしては、同じオルトフォンでもやはりSPUのテリトリーであろう。
 新しいディスクには、その真価を発揮し、スクラッチノイズの質は軽く、ソフトで楽音に無関係で非常に見事だ。帯域レスポンスはナチュラルに伸びきり、音場感情報は豊かで、パースペクティヴな再現性は奥にも深々と引きがあり、聴感上での高いSN比をもつため、CDでは得られないホールの空間を聴かせるプレゼンスの豊かさは圧巻である。
 音のディテールを克明に引き出しながら全体のまとまりは崩れず、ピークでの音の伸び方に誇張感がなく、ナチュラルに無限の空間に際限なく伸びる印象すらある。
 音の表情は生気があり活き活きとした鮮度感が小気味よく、とくにコーラスなどのピークでも各パートがクリアーに分離され、いかにも、その演奏会場にいるかのようなリアリティのあるプレゼンスが聴かれる。
 ポップス系にもフレキシブルな対応を示し、抜けのよいパーカッションはリズミカルで反応に富み、混濁感皆無のハイレベル再生能力は、アナログディスクの極限をいくものだ。
 ストレートでパワフルな音は、いまひとつの不満が残るが、ヘッドシェルやトーンアームの選択でクリアーできるであろう。
 まさしく、MC7500は、カンチレバータイプで前人未到の領域に入った記念すべきMC型カートリッジである。

MC5000
 MC5000は、T7500と組み合わせて聴いてみよう。針圧とインサイドフォースキャンセラーは、適正値2・5gから始める。
 充分に伸びた帯域レスポンスと、音の粒立ちがよく、芯のクッキリとした安定度の高い音であり、細部をほどよく聴かせる一種の曖昧さは使いやすさにつながる長所であろう。針圧変化に対する音の変化は、MC7500よりマイルドで、2・6gプラスとすると彫りの深さが加わり、表情も活気づき、アナログのよさが実感できる好ましい音だ。
 新旧ディスクとの対応も良く、どちらかといえば、自己の個性を通して聴かせるタイプで、ポップス系も巧みにこなし、ほどよい強調感が快適で、リズミックな反応もよい。MC1000番シリーズでは個性派の音で、いかにもアナログディスクを聴いている独自のリアリティは、このモデルならではの魅力だ。

MC2000MKII
 MC2000MKIIは、シリーズの特徴を集約した音である。ほどよい鮮度感をもち、しなやかでスッキリした音は心地よい。やや受け身型の性質だが、ナイーヴさは独自の味だ。

私とオルトフォン

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「私とオルトフォン」より

 非常に個人的な独断と偏見で言えば、オルトフォンはSPUであり、それ以外の何物でもない。
 Stereo Pick Upという単純明解なモデルナンバーがつけられたこのモデルは、記録によれば、1959年の開発とのことであるが、最近のように世界の情報が瞬時に日本でも知れる時代と異なる当時では、非常に貴重な情報源であった内外のオーディオ誌で見たことはあっても、それが何であるかは皆目わからず、現実に聴くことができたのは、’60年代に入って数年後であったと思う。
 そのころ一部の国内のハイエンドマニアのなかにデンマークにオルトフォンありきとのニュースが伝わり、台湾のハイエンドマニアから、書籍の内部をくりぬいてSPUを収め、密かに輸入する人が現われ、それが想像を超えて驚異的に素晴らしいという。そして、当時の田村町(現在は西新橋と地名が変ったが)の一隅にあった、YL音響の吉村氏の事務所において、SPUと初めて出合ったのである。
 吉村氏は幻のホーンドライバー、ウェスタン555を復元しコンシューマー用としてYL555を開発した方で、モノーラル時代に夢の高域ユニットであったYLのH18を使って以来の知り合いである。そこで聴いた、中域以上を3〜4ウェイ構成とするスピーカーシステムとSPUの組合せは、じつに単純な記憶ではあるが、いっさいのビリツキなくレコードを再生するSPUのトレース能力の偉大さに驚嘆し、アッ気にとられたこと以外には、おぼろげな音の姿、形しかおぼえていない。そのときの昇庄トランスは、2次巻線のインピーダンスが、200Ω〜200kΩまで数種用意されており、スタンダードの20kΩで聴いた。また、昇圧比の低い200Ωに最大の魅力があり、200kΩにCR素子を組み合せAUX入力にダイレクトにつなぐ使い方も興味深いという話も聞かされた。
 オーソドックスなクォリティ最優先の使い方では、200Ω型の昇圧トランスは最適にちがいないが、当時のステレオプリアンプのSN比では実用にならず、このあたりを軽くクリアーしたのは、マランツ♯7が入手手きるようになってからのことである。
 いずれにせよ、現実に入手できるような価格でもなく、プログラムソースのステレオLPさえ買うことが容易ではない時代のことで、まさしく夢のカートリッジSPUであった。
 SPUの詳細を自分なりに納得のいくレベルで知ったのは、偶然のことから、当時代々木上原の近くにあったオーディオテクニカの試聴室の仕事をしてからのことである。
 そこでは、SPU・G、RMG309、20kΩ型昇圧トランスをリファレンスシステムとして、マランツ♯7プリアンプと組み合わせ、パワーアンプは、サンスイQ35−35、これに加藤研究所の糸ドライブターンテーブルと3ウェイホーン型スピーカー、サブにダイヤトーン2S208というラインナップで、当然、オーディオテクニカの各種製品は常時試聴できるようになっていた。ここで約3年間、SPUにつきあっている間に、SPUタイプのカートリッジをつくったり、この発展型にトライ、さらに、カンチレバーレスMC型へアブローチしてみたり、また逆に、MM、MI型の一種独特の心地よい曖昧さのある音にも魅惑され、しばらくは、ある種のクラシック系の音楽専用にしか、SPUを使わない時期がかなり長くあったように思う。
 SPUはたしかに独特の魅力的な音をもっているものの、当時の製品は、カンチレバーとスタイラス接合部の工作精度が悪く、いわばカンチレバーにスタイラスチップが串刺し状に取りつけられ、そのうえ取りつけ角度がまちまちで、少なくとも、数個のSPUからルーペで確認して選択しなければならなかった。しかも選択したモデルであっても、使い始めは音が固く、かなり使いこんでよく鳴りだしたら短時間に劣化する傾向があるため、よく鳴りだしたらつぎのSPUを購入し、エージングしておく必要があるという、いまや伝説的となった、SPUファンならではの悩みをもっていた。このことは、趣味としてはかけがえのない魅力でもあるが、この安定度のなさは、ストレスにもなり、SPUアレルギーにもなる原因で、個人的にもSPUをメインに使わなくなった最大の原因である。
 ちなみに、1987年のオルトフォンジャパン設立以後は、この部分の工作精度は格段に改善され、最近ではルーペでチェックする必要もなくなった。
 一時期は、工作精度と使い難さに加えて、SPU独特の曖昧さのある音が、トランスデューサーとしてふさわしからぬものと感じられ、それもSPUと疎遠になった要因であった。しかし、圧倒的な物理特性を誇るCDでも、音楽を楽しむためのプログラムソースとして、いまだ未完の状態であることを経験すると、アナログディスクの、音溝とスタイラスチップの奇妙で不思議なフレキシビリティのある接触からくる、大変に心地よい一種のゆらぎ感や、エンベロープをほどよく描きながら一種の曖昧さで内容を色濃く伝え、音楽を安心して聴けるところが、また一段と楽しいものとなった。それを究極的に伝えてくれるのがSPUで、ふたたびSPUを使う頻度は、格段に多くなっている。この、ある種の輪廻的な感覚は、かなり興味深い。アナログディスクの、聴感上のSN比が高く、音楽にまとわりつかぬノイズの質のよさは、非常にオーディオ的な世界なのである。
 SPU系の項点には、開発者ロバート・グッドマンセン氏が、生涯最高の傑作と自負するSPUマイスターが限定発売され、たしかに納得させられるだけの見事な基本状態と音を聴かせてくれるが、個人的には、もっともクラシカルでプリミティヴな、SPUクラシックに心ひかれる昨今である。

オルトフォン論

菅野沖彦

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「信頼と憧憬 オルトフォン論」より

 オルトフォンといえば、カートリッジの代名詞といってよいぐらい人口に膾炙している名ブランドネームである。とくに我が国においては神格化されるほど、この名前はオーラを放つ。しかも、それは、1950年代にまで遡って、多くの人々の絶大な信頼と憧憬の対象となってきたのであった。ご承知のように、LPレコードの45/45のステレオ方式が実用化したのが1957〜58年のことであるが、この方式が世界規格として普及し始めたと同時に、オルトフォンはSPUシリーズのカートリッジを開発し発売したのであった。以来35年を経た今日まで、このSPUシリーズの人気は衰えることなく、92年に発売されたSPUマイスターにいたるまで同シリーズはたえず改善に改善を重ね、驚異的なロングランを続けているのである。オルトフォンのステレオカートリッジとしては、このSPUの他にSLシリーズ、VMSシリーズ(M、MF、F型など)、MCシリーズなど、それぞれ構造の異なるシリーズが存在することもいまさらいうまでもないことだが、SPUシリーズの日本での存在感の大きさは特異といってよいもので、日本のオーディオ文化のひとつの象徴として捉え、考慮するのに値する現象だと思うのである。
 本書の発刊にあたり、その巻頭のオルトフォン論を書くように命じられたわけだが、僕としては、このSPU現象を自身のオーディオ歴を通して振り返りながら、その私的考慮をもって代弁させていただこうと思うのだ。
 SPレコード時代からオーディオマニアでもあった僕の装置は、ステレオ実用化の成った1958年当時は当然モノーラルであって、それは、かなりの大がかりなものであったため、おいそれとステレオ化する気持ちも、また財力も持ち合わせなかった。なにしろ、中学生時代から、高校〜大学を通して、自作システムでレコードを聴くことに最大の楽しみを見出していたオーディオマニアであったから、そのころには一応、自分としては終着に近い満足出来る再生装置になっていたのである。記憶をたどって大ざっばにそのラインナップを記そう。スピーカーシステムは12インチ口径のフリーエッジコーン型ウーファーで、磁気回路はフィールド型だ。ダイナックス(不二音響製)FD12というユニットで、これを自分で図面を書いて近所の家具屋さんに注文して作ってもらったコーナ型の密閉箱に収めたものだ。この低音部にコーラル(福洋音響製)D650、6・5インチユニットを3個をスコーカーとして使ったが、これはウーファーエンクロージュアの上部に平面バッフルを使って、3方向に振って固定した。そしてトゥイーターは東亜特殊電器製のHW7+AL1(ホーン+ディフユーザー)を使い、3ウェイシステムを構成したものだ。アンプは、プリ/パワー/電源と分離した。いまでいうセパレート型で、もちろん、管球式の自作だ。プリが12AX7を2本使ったCR型イコライザーで、当時のLPレコードの録音特性に5種類のカーブで対応させたマニアックなもの。RIAA、AES、CBS、NAB、FFRRという5種の異なったイコライザー特性に対応させたものだ。しかもロールオフとターンオーバーは別々の独立した多接点ロータリースイッチによるもの。パワーアンプの初段は6SJ7、位相反転に6SN7(1/2)もう1/2はパワー管のスクリーングリッドの定電圧用。終段のパワーは5932×2のプッシュプルでオートフォーマーは日本フェランティ製だった。電源部はアンプ用とスピーカーのマグネット励磁用とあって、整流にはアンプ用に5V4、スピーカー用にKX80を使ったと思う。肝心のプレーヤーシステムだが、これが一番思い出せないので困っている。ターンテーブルは、はじめは不二音響製のP6というリムドライブ型を使い、トーンアームがグレースのオイルダンプ(アメリカのグレイの製品のデッドコピーで、カートリッジも同じグレースのF2かF3(アメリカのピッカリングのコピー)だったと思う。しかし、この当時から、この道の先達が、オルトフォンのカートリッジについて技術雑誌にかかれていたのを見たりしてすでにこのブランドは知っていた。しかし、とてもとても身近に感じられるはずもなく、外国製のコピー段階にしかなかったが、国産のグレース製品の高性能で満足していたのだった。
         ●
 こんな装置であったから、ステレオのレコードが登場したからといって、このアンプ系とスピーカー系を2チャネルにすることは夢の夢。ここまでくるにも、〝ひいひい〟言いながら工面したお金であるから、とても無理な話。意地を張って、モノーラルで十分、否、モノーラルのほうが音の密度が高く、リアリティがあって、フワフワしたステレオ感や、左右への拡がりなどの効果に堕するステレオなんか……と頑張っていた。事実、どこでステレオを聴かせてもらっても、自宅のシステムを2倍にして対応したレベルのものがなく、カートリッジやトーンアームも45/45システムに経験が不足するせいか、実体感のないエフェクト走りの音が多かった。スタート時のことだから録音もステレオ効果の演出に気をとられたものが多かったように思う。
 しかし、レコードは新しいものが、どんどんステレオで発売され、それらの演奏を聴きたいとなると、プレーヤーからステレオ化を始め、L+Rのモノーラルで聴くのがよいと思い始めるようになるのである。この辺からが、プレーヤーの記憶が混乱し始めるのであって、スピーカーシステムやアンプ群は明確に記憶しているわりには、プレーヤーシステムのそれがあやふやなのである。
 ところが、いつかは、はっきりしないけれど、オルトフォンのSPU−GTカートリッジを買った記憶は実に鮮明なのである。たぶん、’63〜’64年ぐらいの時期だと思う。トーンアームは

オルトフォン SPU Classic AE

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 同社がカートリッジメーカーとして王者の地位を不動のものにしたのは、何といってもSPUシリーズだといえるだろう。ステレオレコードが発売された1950年代の後期に発表されたSPUは、MC型カートリッジの評価を確固たるものにしたのである。SPU−AとSPU−Gシリーズがシェルの形状の違いによって作られ、Gシェルは卵型のふっくらとしたシェイプで魅力的なアピールをしたし、AシェルはRをもった角型で、よりプロフェッショナルなイメージが強かった。さらに楕円針が登場してからGE、AEという末尾にEのついたモデルナンバーが登場したが、この製品はそのAEのレプリカといえるものである。もちろん、SPU−CLASSIC−GEもあるし、丸針仕様のGとAもある。いずれにしても違いは針先チップ形状とシェルの形状であり、基本的にはオリジナルSPUシリーズの忠実なリモデリングである。SPUシリーズの豊潤な音はアナログディスクの情感的魅力の再現に最もふさわしい音といえるだろう。その濃密な陰影、艶のある高域と力強い低域の再現する独特の質感は脂肪ののったバタ臭さとでもいえるであろうか。欧米の音楽の素材としての音の質感として大変魅力的なものである。

オルトフォン MC5000

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 オルトフォン社はデンマークで1918年に創立されたメーカーだから歴史と伝統は古い。レコード産業機器の総合メーカーとしてプレス機からカッティングマシーンとヘッド、そしてそのアンプなど一貫したプラントメーカーとしての全盛時代が懐しい。オーディオ再生の分野では何といってもMC型のカートリッジとトーンアームのメーカーとしての印象が際立っている。このMC5000は、そのオルトフォンの最新最高のカートリッジであるが、その本機がトレース針圧を最適値2・5gと定めているのが興味深い。線材からマグネット、カンチレバー、針先チップ、筐体のすべてを現代のハイテクでつめた最新のMC5000の素晴らしさは数々あるが、それらを2・5gを標準とする針圧でトータルバランスさせたところが、いかにも老舗らしい回答ではないか。発電系を含め、トーンアームやディスク溝の実情、さらに家庭での実用性のトータルから決定されるべき適正針圧は2〜3gというのが正しいことを示した一流メーカーと一流品の見識というべきだろう。アナログ機器を今も作り続けるオルトフォンこそ、やはり最後までカートリッジの専門メーカーであり純粋なオーディオメーカーだった。

オルトフォン MC2000

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧では、柔らかい低域にやや硬質な中高域がバランスした、いかにもアナログディスク的な好ましさがある音だ。音場感はほぼ妥当な線だろう。
 針圧を1・7gに増すと、安定感は増すが、音の角が少し丸くなり、音源が遠く感じられ、雰囲気型のまとまりとなる。1・6g程度で、適度な密度感がある、いわゆるオルトフォンらしさが出てくるが、やや反応が抑制気味であり、伸びやかさ、リッチさが欲しい感じも残る。ここで、IFC量を1・5に下げると、このあたりは改善されるが、まだ追込めそうだ。
 逆に、針圧を軽くしてみる。1・3gで低域は少し軟調傾向となるが、スッキリとしたイメージが出てくるのが好ましい。そこでさらに、IFC量を1・2に下げてみる。音場感的なプレゼンスがサラッと拡がり、鮮明な音の魅力もあり、爽やかで抜けの良い音を狙ったときには、このあたりがひとつのポイントとなるだろう。
 さらに、オルトフォンらしいイメージを追ってみよう。再び、1・6gとし、IFCを調整する。1・5で、音場感情報が増し、一応の満足すべき結果となるが、中高域の輝かしさをもう少し抑え、一段と内容の濃い、リッチな音を目指して、木製ブロック上に乗せてあるT2000昇圧トランスの下に、柔らかいポリッシングクロス状の布を敷いてみる。キャラクターが少し抑えられ、一段と音場感的な奥行き方向のパースペクティブや音像のまとまりがナチュラルに浮び上がり、これは見事な音。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
[シェエラザード/コンドラシン]
大村 『幻想』のときは、音の密度感が高く、音の抜け、拡がりもあり、かなり満足のいく音でしたが、『シェエラザード』になると、色彩感が欲しくなりますし、ソロ・
ヴァイオリンが耽美的なまでに、華やかになってくれたら、とも思います。
井上 その不満は、ふたつの曲の違いからくるものでしょう。『幻想』は華やかさはあるものの、全体にはマッシブな音楽なのに対して、『シュエラザード』は非常に絢爛豪華な音楽ですから。
 そこで、針圧とインサイドフォースを0・1gずつ軽くして、音の抜けをよくして、それから、T2000を置く位置を変えてみたわけです。
大村 針圧の変化よりも、トランスの置きかたの違いの方が大きいですね。音の鮮度感と色彩感が出てきて、ソロ・ヴァイオリンが艶やかでしっとり鳴ってくれ、これで充分という感じです。
井上 普通、トランスはいいかげんなところに置きがちですが、必ず水平に、プレーヤーの置き台と同等の安定なところに置いてください。その差は予想以上です。堅いウッドブロックの場合、くっきりしすぎたときは、フェルトを敷いて台の固有の音を殺してみるのもひとつの手です。

オルトフォン MC2000

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

 標準針圧ではスクラッチノイズが少し浮き気味で、ナチュラルな帯域バランスと音楽を気持ちよく聴かせる特徴があるが、全体に淡いベール感があり、やや見通しが問題。
 針圧上限では、穏やかで安定感のある低域と、ややメタリックな輝きのある高域が巧みにバランスし、音場感情報も豊かで、レコードらしい音だ。針圧下限は、低域軟調、音場感不足でNG。SMEの針圧目盛で1・5gと1・75gの中間がベストポイントである。帯域も素直に伸び、伸びやかで、少し薄味だが、楽しめる雰囲気が魅力だ。音場感的な奥行きも十分にあり、音像は小さく、クッキリとまとまる。中高域の適度な華やかさが活きた良い音だ。
 ファンタジアは、線が細く、滑らかなピアノが特徴。力感はさほどないが、響きはタップリあり、やや距離をおいて聴くライブハウスの音だ。アル・ジャロウは、ボーカルは、少し力感不足で響きが多く、今ひとつリズムにのらぬ。

オルトフォン SPU Gold GE

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

 標準針圧では帯域バランスはややナローレンジ型となり、低域は量的にはタップリあるが、軟調で、質感が不明瞭、音の線は太く、コントラスト不足で、音場は奥に拡がり、ホールの最上階の音。
 針圧上限と発表されている4・5gは、標準針圧でも針圧過大の音であり、非現実的な値であり、カンチレバーの限界値に近く、音出しは止めた。
 針圧下限の3gでは、全体に音にシャープさが出て、低域は安定し、質感も優れ、精緻で力強い音は、まさに、MC型の王者らしい風格を感じさせる見事さである。音場感もナチュラルに拡がり、定位もシャープで、実体感のある音像定位を聴かせる。
 針圧を下限としファンタジアを聴く。響きが豊かで、低域は柔らかいが、ピアノの力強さ、リアリティは抜群で、重針圧型ならではのスピーカー音圧にモジられぬ特徴は凄い。これぞレコードの音だ。アル・ジャロウは重心が低く、反応は遅く、苦手なソースだ。

オルトフォン MC200Universal

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

 標準針圧では音色が軽く、低域は軟調傾向で少しオドロオドロするが、適度に輝かしい中高域とバランスを保ち、カラッとして抜けのよい雰囲気は予想以上である。
 針圧上限は、低域の芯が少しクッキリとし、一種の硬質なキツさが、いわゆるオルトフォンらしさを感じさせる。音場は奥に拡がり、イメージ的にはこれだろう。針圧下限は、スッキリと拡がりのある軽快さが楽しめる音。中高域のキャラクターも淡くなり、面白い魅力のあるバランスだ。
 針圧は、標準と上限の間をとり、1・625gとする。SMEの針圧目盛上での値だ。適度に粒立つ、輝かしさが効果的に活かされ、現代のオルトフォンらしい味わいが楽しめる。この値でファンタジアを聴く。残響タップリの録音のため、響きが多く、ライブ的な雰囲気の音だ。ピアノは柔らかく、ベースは豊かだが、反応は少し鈍い印象だ。アル・ジャロウは、ボ−カルに活気がなく、ふくらんだ音。

オルトフォン MC2000

オルトフォンのカートリッジMC2000の広告(輸入元:ハーマンインターナショナル)
(オーディオアクセサリー 27号掲載)

MC2000

オルトフォン SPU

菅野沖彦

オーディオアクセサリー 27号(1982年11月発行)
「MCカートリッジの原点 オルトフォン・SPUストーリー」より

 オルトフォンからSPUカートリッジが誕生したのが1959年。ステレオレコードが売り出されたのが1957〜58年ころだから、ほんとうにステレオの初期に開発されたカートリッジである。しかも、誕生いらい20数年を経た現在、いまだに現役のカートリッジとして活躍しているということに驚く。
 しかも、たんなる骨董品としてではなく、いろいろなカートリッジを使っていながら、レコードを聴くという原点に立つとき、やはりSPUに返ってしまうというファンがたくさんいるという現実、これはまさにオーディオ界の神話といってよいだろう。
 とくに、私がSPUカートリッジに深い思い入れを感じるのは、たんにロングライフであるだけではなく、オルトフォンという会社が、SPUのみならず、音の歴史の中で非常に技術的に見て、先駆的な役割を果してきたということによる。
 もちろん、エジソンが録音再生の原理を実用化し、ベルリーナがそれをさらにリファインするというレコード音楽の歴史の中で燦然と輝く先駆者の名も出てくるわけだが、それらに優るとも劣らない数々の先駆的なテクノロジーを確立してきたのが、このオルトフォンという会社なのである。
 ここで簡単にオルトフォンの歴史を振り返ってみよう。オルトフォンはピーターセン、プールセンという2人のエンジニアによって、デンマークのコペンハーゲンで1918年に創立されている。
 そして、映画のトーキー撮影を成功させたのは他ならぬこのオルトフォンの創立者ピーターセンとプールセンなのである。
 したがって、大体第2次大戦までは、オルトフォンという会社はずうっとトーキー関係の機械をつくってきた会社であった。そして第2次大戦中に、この2人の優秀な技術者は、いろいろな開発を手がけ、まずレコードのカッターヘッドの開発を行った。ムービングコイル型のカッターヘッドの誕生である。
 ムービング型カッターヘッドをつくったら、やはりムービングコイル型のカートリッジをつくらなくてはということでもちろんモノラルではあるが、カートリッジをつくっている。
 こうしてオルトフォンは第2次大戟後は、レコード産業に非常に積極的に参入することになる。
 こうした先駆的テクノロジーをつぎつぎと生んだオルトフォン。そしてオルトフォンを生み、育んできたデンマーク。
 この、国としてのデンマークも私は好きだ。
 昔は海賊=バイキングの国だが、その民族性は非常に秀れている。総人口がわずか500万人。東京の人口の約半分である。そして国全体がフラットで、北欧ではあるが、メキシコ湾流という暖流のおかげで、気候は比較的温暖。牛や豚を飼い、チーズ、ミルク、バターの、世界でも有数の産出国でもある。そういった農業国でありながら、前述のように最新のエレクトロニクス・テクノロジーを持っている。そしてまた、超モダンなデザインの国でもある。インテリアデザインに関してはデンマークは世界をリードしているほどだ。
 こうした最新の美感覚と、そして最新のサイエンティフィックなテクノロジーとそして農業が、非常にバランスよく発達していることがデンマークという国がいかにすばらしい国であるかを物語っている。
 そして何よりも人間がすばらしい。優秀な頭脳を持ちながら、なおかつ朴訥さを失わない。温かい人柄の国民性を感じるのである。
 私はどういうわけかこの国といろいろな縁があって、ずいぶんたくさんの知り合いをもっている。そのひとつにデンマークが私の好きなパイプの生産国であるということがあり、パイプ作家の友人も数多い。
 SPUカートリッジがこれほど息長くオーディオファンの心を魅了しつづけてきた理由も、こうした豊かな風土、民族性に大きくかかわっていると私は思う。
 その後、オルトフォンにおけるレコード機器関係のビジネスは拡大し、メッキ槽やメッキシステムをほじめ、一貫生産のレコード製造システムを完成させている。こうしたレコード生産技術の高度に蓄積されたノウハウから、SPUカートリッジが生み出されてきた。だからSPUは、ステレオのほんの初期のカートリッジでありながら、いまだにムービングコイル型カートリッジのお手本とされるという先進性をもかねそなえているわけだ。実に多くのMC型カートリッジが、このオルトフォンSPUの原理構造を軸にして発展してきている。
 非常にシンプルで巧みな構造で、カンチレバーの支点から針先にかけて、平行にヨークを置き、そして、磁性材をワクに使った2組のコイルを最もカンチレバーの有効なポジションに置き、平行したNSの磁界の中をコイルを動かして、左右の出力を生むというこの基本構造ゆえに、その後、ほとんどのMC型カートリッジはそれをそのまま踏襲するか、あるいは、多少リファイン、ないしはそこからヒントを得た発想を展開してきている。
 まさにムービングコイル型カートリッジのルーツなのである。
 私が初めてこのカートリッジと出逢ったのは1962〜3年のことだと記憶している。
 59年に開発され、60年には日本に輸入され、好きな人たちの間でたいへん評判をとった。しかし、当時としても非常に高価なもので、われわれ若い人間にとってはそれを買うということは夢のまた夢。なにしろ、カートリッジだけではレコードを再生できないから、それ相当のトーンアームが必要だし、ターンテーブルも必要だということで、当時はオルトフォンのトーンアーム、さらには、SMEのトーンアームにオルトフォンのSPUを付けるというのが最高の組合せとして、マニア垂涎の的であった。
 ふっくらとした丸味を持った、重厚なSPUのスタイリングが、どれほどわれわれオーディオ好きな人間の心をとらえたかわからない。
 いま思い出しても、あの赤いレザー張りの木箱に納められた、真っ黒の立体的なSPUを見るときのゾクゾクした気持ちは一生忘れられない。見るからに、すばらしい音がしそうなカートリッジであった。ヤマハの銀座店などへ、SPUを見によく行ったものだ。
 当時のカートリッジというと、マイクログループのレコードができてきて、小型で繊細な感じのカートリッジがふえてゆくなかで、あのSPUのGシェルが、非常に堂々と大きく立体的にこんもりと盛り上がった何ともいえないものであった。とくにSPU−A、SPU−G、SPUーGTとさまざまのバリエーションがあるのも魅力である。
 Gシェルはこんもりと盛り上がった丸いシェル、Aシェルは角型の、しかしやはりRのついたふっくらとした角型のシェル、そして、Gシェルの中に昇圧トランスを内蔵したGT。大きく分ければこの3つのバリエーションがあり、それぞれ異った魅力を漂わせる。
 とくにトランスがあのGシェルの中に組み込まれたGTの緊密感、密度の高いフィーリングがなんともたまらない魅力だった。しかもオルトフォンのつくったトランスだから、最も相性がいいに違いないという信頼感もあり、私はオルトフォンのSPU−GTを買いたいと思いつづけて、何年かの時を無為にした。それだけに手にしたときの喜びの大きさはたとえようもないほどで、いまだに大切に持ちつづけているほどだ。
 買った当時は、レコードを聴いたらすぐはずして、またこの木箱の中へ納め、フタを閉めたかと思うとまた開けて聴く。そうこうするうちに、夜寝るときは枕元へ置いては眺めるというぐらい気に入って、とにかくためつすがめつといった状態であった。
 とにかく、そこまで入れ上げて、SPU−GTを使ったわけだが、出てくる音が、血のかよった何んとも暖く、逞しく、ふくよかで、ドッシリとした重量感に加え、艶と輝きに満ちた楽器か何かのような実在感に圧倒される思いであった。
 音楽がとにかく豊かに表現力をもってわれわれに迫ってくる。他のカートリッジを持ってしては、逆立ちしても、こういう音は聴き得なかった。もちろん、それまでにはいろいろな国産のカートリッジや、アメリカ製のカートリッジを使っていたが、このオルトフォンのSPU−GTで聴く音の充実感というもの、そして感激はいまだに忘れずに残っている。
 その感激は、自分の持っているレコードを全部もう1度聴き直してみたい衝動に駆りたて、実行させるほどだった。脂がのったといおうか、とにかくすばらしい音の世界をくりひろげる魔力を持ったカートリッジである。
 毎日がレコードとSPUカートリッジの日々。とにかく、SPUカートリッジを見る、触れるのが嬉しかった。
 それを黒々と照り映えるレコードの上にスーッと置いて、ボリュームをスーッと上げた時に出てくるドッシリとした響き、腰のすわった響きがなんとも形容しがたい魅力であった。
 だいたい私は、低音が充実して、地に足のついた、ドッシリとした構えの音に惹かれる。音とか、人間の感覚の実の根源はそこにこそあると思う。思想でも、精神でも、美意識でも、すべて大地というものが根源に成り立っていなければよしとはしない。
 そういう意味で私はドイツ音楽をとくに好む。ドイツ音楽の和声の特徴というのは、非常にドッシリとした低音の上にバランス良くピラミッド型に積み上げられている。ベートーヴェンのオーケストラのトゥッティなどを聴くと完全にそのとおりで、非常にガッチリとした建築物を思わせるような、安定した堂々とした和音が聴かれる。こういう特徴が、私はオルトフォンのSPUカートリッジにあるように思う。これはノイマンのマイクロホンや、カッティング・イクイップメントにも感じられる共通した特徴である。オルトフォンのカートリッジは長くずっとノイマンなどのプレイバックカートリッジのスタンダードとして使用されていることを見ても、こうした一貫性が見てとれよう。
 そのオルトフォンが一方では新しい現代カートリッジを生み出しており、常にカートリッジ界のテクノロジーをリードしている。MC10II、MC20II、MMC30などがそうだが、これはSPUシリーズの流れをくんだサラブレッドである。もちろん細部には多くの改良を施してはいるが、基本的な原理構造はSPUに準じている。いわゆる現代の物理特性にリファインしていっているわけである。
 脈々といまだにSPUの基本技術はこれら後継モデルたちに流れ続けているわけである。しかもそのSPUカートリッジがいまだに現役として生きているということは、孫や、ひ孫と一緒に、カクシャクとして活躍しつづける気骨ある祖父といった風情で、実にすばらしい光景といえよう。
 私はオルトフォンの技術者とも、様々なカートリッジ議論を重ねたが、その都度、教えられることがある。それは、彼等はただひたすら忠実なカートリッジをつくることに頑固であるということだ。いかに優れた特性のカートリッジをつくろうかということに全力を傾けている彼等の姿勢にいつも心うたれる。
 私は、オルトフォンのこうした基本に忠実な姿勢、進歩的であり、かつ保守的であるという、進歩と保守がつつましくバランスしているところに魅力を感じる。
 実に大人の魅力であり、老舗のもつシットリとにじみ出てくるような優しさが私は大好きだ。

オルトフォン SPU-GOLD GE

オルトフォンのカートリッジSPU-GOLD GEの広告(輸入元:ハーマンインターナショナル)
(モダン・ジャズ読本 ’82掲載)

SPU

オルトフォン T-30

井上卓也

ステレオサウンド 60号(1981年9月発行)
「MCカートリッジ用トランス/ヘッドアンプ総テスト──(下)」より

 トップランクのMC型カートリッジMC30の高性能に対応するため、分割巻線のトロイダルコアを新採用しワイドレンジ化し、各種のインピーダンスのカートリッジにも使えるように3〜48Ωの5段切替のインピーダンスセレクターを備えた汎用型の製品である。
 帯域バランスは柔らかな低域ベースのワイドレンジ型で、音の粒子は細かく滑らかなタイプだ。質的には高い音だが、薄いベール感があるため出力コードを変更してみると、その変化は相当に大きい。デンオン、オーディオクラフト、マイクロなどのコードを組み合わせると、マイクロが最も音にエネルギー感があり、シャープで抜けの良い音である。MC20、FR7f、305ともに個性は抑えるが美しく聴きやすい音だ。