井上卓也
オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より
Stereo Pick Upの頭文字をとったSPUは、記録によれば1959年発売とある、オルトフォン・ブランド初のステレオ・カートリッジだが、それ以前にもアメリカでESLというブランドとして売られていた、C99、C100というモデルがあった。SPUが登場し、素晴らしい成功を収めたのはその後のことである。
したがって、SPUは、オルトフォンのステレオカートリッジとしては、第3弾の製品にあたる。前2作は、オルトフォンのLP用モノーラルカートリッジの発電系を2個組み合わせた構造であったが、SPUは、左右チャンネルの発電用コイルを4角の薄い磁性体巻枠に井桁状に巻き、一体化したことと、カンチレバー後端を細いピアノ線で支えるサスペンション機構をもつことの2点が、まさに画期的な設計であった。その後、各種の発電メカニズムをもつステレオMC型カートリッジが開発されたが、急速な技術革新の時代に現在にいたるまで生き残る、いわゆるオルトフォン型の発電メカニズムの驚異的な基本設計の見事さは、スピーカーユニットでのダイナミックコーン型の存在に匹敵するといっても過言ではない。
また、当初から業務用途として開発されたため、カートリッジとヘッドシェルを一体化して販売され、ヘッドシェルに、業務用のAシェルとコンシューマー用のGシェルの2種類が用意されていることも、異例なことである。さらには、一時期、Gシェルの内部に超小型昇庄トランスを組み込んだSPU−GTがあったことも、オルトフォンならではのフレキシビリティのある製品開発である。
現在のSPUは、バリエーションモデルが基本的に3種類あり、それぞれに、AシェルとGシェルの2種類のヘッドシェルが用意される。ベーシックモデルのクラシックシリーズには円針と楕円針が用意されている。トータルのモデル数の多さは、選択に迷うほどの豊富さである。
SPUは、製造された時期により、細部の仕様に違いがあるが、もっとも重要な点は、井桁状にコイルを巻いた磁性体巻枠とサスペンションワイア一間の相対的な位置変化である。最初期型は、カンチレバー横方向から見て磁性体巻枠の厚みの中心からサスペンションワイアーが引き出されていたが、ある時期以後、磁性体巻枠の針先から見て後端から引き出されるようになった。
オルトフォン方式の発電メカニズムは、SPUの初期型では、振動支点を中心に磁性体巻枠は回転運動をして、磁性体巻枠内を流れる磁束が交替する。しかし、それ以後のタイプでは、磁性体巻枠は、回転運動と首振り運動を併せて行なうことになり、当然、結果として音が変る。短絡的に表現すれば、前者は分解能が優れたミクロ型、後者は、トータルバランスの優れたマクロ型といった違いである。初期型の一部には、サスペンションワイアーが磁性体巻枠の厚みの中心部で一段と細く削ってあるタイプを見聞きしたことがあるが、ESL/C100で驚異的な超小型ユニバーサルジョイントを採用した、オルトフォンならではの精密加工の証であるように思う。
ちなみに、最近のSPUでは、初期タイプに近い振動支点にあらためられた、とのことだ。
SPU Classic
SPUクラシックは、世界のMC型カートリッジの原器である、1959年発売当時のSPUを現在に甦らせることを目的として、素材、製造工程、加工用治具にいたるまで、開発当時のものを、可能なかぎり集め、再現してつくられたモデルである。SPUの忠実な復元モデルであるが、ベークライト製Gシェルの復元は不可能であったようで、メタル製になっている。針先は円針と楕円針の2種類、ヘッドシェルがGシェルとAシェルの2種類、合計4モデルが、そのラインナップである。ただし、ヘッドシェル込みの重量はGシェル、Aシェルともに当初の31gに調整され、同社のダイナミックバランス型トーンアーム、RMG/RMA309に無調整で取り付けられることはいうまでもない。
試聴をしたSPUクラシックは、楕円針付のGEタイプで、トーンアームはSME3012Rプロ、昇圧トランスにSPU−T1を組み合わせて使うが、本来ならアームは、オルトフォンRMG309がベストだろう。
針圧3g、インサイドフォース3gで聴く。中高域が少し浮いた印象があるが、ほどよい量感と質感をもつ低域に支えられ、安定したバランスの音である。針先がいまだ新しく音溝に馴染まない印象があり、針圧、インサイドフォースともに、0・25gステップでプラス方向にふり、3・5gにするとほどよくエッジが張った音となり、表情が活き活きとしてくる。
新旧ディスクにもバランスを崩さず、しなやかな対応を示し、音場感情報も標準的で、スクラッチノイズの質、量とも問題はなく、リズミカルな反応にも、予想以上に対応を示すのは、低域の量感が過剰とならず適度なレベルに保たれているメリットである。
かつてのSPUと比べ反応が速く、低域過剰気味とならぬ点は、使いやすく、幅広いジャンルの音楽に対応できる。復元モデルとはいえ、現代カートリッジらしさも備えている。メタル製Gシェルの効果も多大であろう。
音場はほどよい距離感があり、音のハーモニーを色濃く、光と影の対比をしなやかに再現する。中庸を心得た、安心して音楽が聴ける独自の魅力があり、SPUの設計の見事さを如実に知ることのできる、価格対満足度の素晴らしいモデルだ。
SPU Reference
SPUリファレンスは、SPUの振動系を改良したモデルで、GシェルとAシェルの2モデルがある。針先は、カッター針と近似形状のレプリカント100型チップ、発電コイルには、6N銅線が採用され、コイルインピーダンスは2Ω、重量は32gである。
SPUリファレンスGと昇圧トランスSPU−T1を組み合わせ、針圧、インサイドフォースともに適正の3gから聴くが、針先は完全に新しい状態のようで3・25gに上げる。活気は出てくるも安定感がなく、さらに針圧を上げ、3・5g弱にすると、中域に独特のエネルギー感のある、クッキリと音を描く、やや硬質な見事な音が聴かれる。
いかにも、アナログディスクの音らしく、克明に音溝の情報を針先が正確になぞっていく印象である。表情にみずみずしさがあり、巧みにデフォルメされた、これならではの世界は、原音と比べたとしても、むしろ魅惑的に感じられる何かがあるようだ。やや硬い表情が垣間見られるが、針先が新しい
ためであろう。やや硬質で寒色系の音として聴かせるが、リズミックな反応は苦しい面があり、とくに低域は、やや重く、鈍い面を見せる。しかし、クラシック系のプログラムでの個性的な音を思えば、思い切りよく割り切るべき点であろう。
SPU Meister
SPUマイスターは、SPUの設計者ロバート・グッドマンセン氏の在籍50周年記念とデンマークの文化功労章受章を記念して、SPUを超えるSPUとして製作された、究極モデルである。
ネオジウム磁石採用の磁気回路、7N銅線コイル採用で、すべてを原点から考え直してつくられたこのモデルは、GEとAEの2モデルがあり、各1000個の限定生産。昇圧トランスSPU−T1も同時発売された。
針圧、インサイドフォース量は3gにする。十分に伸びた帯域レスポンスをもち、すばらしく安定感のある音である。重厚な低域と、ほどよくきらめく中高域から高域がバランスし、オリジナルモデルからの進化のほどは歴然とわかるが、それでも非常にSPUらしいイメージがある。豊かな音場感情報量に裏付けられた、力強く表情の活き活きした音は、クラシック系に、これ以上は望めない抜群のリアリティである。
0 Comments.