チェロ AUDIO PALETTE

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BIG New SOUND」より

 マーク・レヴィンソンといえば、オーディオ愛好家なら誰一人として知らない人はいないだろう。そのマーク・レヴィンソン氏が、最近、チェロというメーカーを起し氏特有のデリカシーとパーフェクショニストぶりを遺憾なく発揮した製品開発を再開した。
 その第一弾が、ここに御紹介する〝オーディオパレット〟である。といっても、これは初めての造語であるから、どういう機械だか解らない方も多いにちがいない。まず、この機能の説明から始めなければならないだろう。一言にしていえば、これは〝音色バランスコントローラー〟である。つまり周波数イクォライザーであるが、グラフィックイクォライザーという言葉は使うべきではない。グラフィックというのは視覚的という意味で、パターンとして眼で判別できる機能にこそあてはまる。このオーディオパレットは、むしろ、そのグラフィックに真向から対立するコンセプトにこそ特徴のあるイクォライザーであって、このことを理解しないと、この製品の意図を誤解することになるし、ひいては、この製品の価値に疑いをもつことになるだろう。あえて、グラフィックイクォライザーに対する名称を与えるとすれば、これはエステティックイクォライザー(esthetic frequency equalizer)とでもいうべきものである。グラフィックイクォライザーが、周波数特性がグラフィックに見ることにより調整するという、いかにも物理的な観念で作り出されたものであるのに対し、このオーディオパレットは、実際に音の変化を聴きながら、レコード(プログラムソース)からスピーカーの鳴る部屋の音までのトータルの感覚的に調整する機械なのだ。そして、その調整が最も有効かつ容易におこなわれるための、周波数帯域の設定、カーヴの設定、増減幅とそのステップの設定に綿密で周到な配慮と、ノウハウが投入されている。さらに、この機能を万全に働かせるため、きわめて精密なパーツの特製により、最高の次元のメカトロニクスに具現したところが、いかにもマーク・レヴィンソンらしさである。
 因みに、そのコントローラーは、15Hz、120Hz、500Hz、2kHz、5kHz、25kHzの6ポイントを中心に巧妙な帯域幅と組み合わされ、15Hzでは±29dBにまで及んでいる。そして、その増減度は、帯域によって異なると同時に、500Hz、2kHzではワンステップが0・25dBという精密さまで持っているのである。そのコントローラーは抵抗式でラチェットは削り出しの59接点2連式の超精密型である。プリント基板は見るだに美しいディスクリート構成で、5000個にも及ぶというパーツ類全て超高級品で、この機器の挿入による宿命的なロスを最少限に食い止め、そのメリットを大きく生かすのに役立っているのである。大型トロイダルトランスによる充実した電源部とそのレギュレーターによる高品位なパワーサプライを見ても、この製品の並々ならぬ高品位性が納得出来るであろう。左右チャンネルを上下二段構成にまとめたシャーシーコンストラクションも本物だ。
 誰が、かつて、このような機能をもった機器を、このような作りの高さで仕上げること考えたであろうか。まさに常識をはるかに逸脱した信念と執念の情熱的結晶である。
 さて、肝心の効用について述べなければならないが、初めに断っておきたいことは、この〝オーディオパレット〟の使い手に要求される能力についてである。
 もちろん、誰が使っても、すぐ使えるし、それなりに音の変化は楽しめる。この機械をリスニングポジションの前方に置いて、音を聴きながら、それぞれのレコードで、あるいは、それぞれの音楽のパートでコントロールすることで、まるで、指揮者や録音ミキサーのリハーサルのように、音色を自由に制御できる喜びを味わえるであろう。一度これを使ったら、やめられなくなる魔力をも感じられるであろう。オーディオによるレコード音楽の鑑賞は、聴き手の再演奏であるというぼくの持論からも、この〝オーディオパレット〟の存在には決して否定的ではない。どうぞ御自由に……といいたいところなのだが……。まかり間違うと、とんでもないバランスで音楽を聴くことにもなりかねないのである。イクォライザーによる音の変化は、専門のミクサー達にとっても決して容易な仕事ではない。音楽のあるべきバランスの直感的判断力を要求される仕事なのであって、それには長年のキャリアを必要とする。それだけに、このパレットを使うことによって、自身の音楽的感性を磨くことも可能であるし、熟練すれば、レコードや機器や部屋の欠陥を補うことも容易である。このあたりを十分認識して使いこなすことが出来れば、これはたいへんな機器になる。ぼくがエステティックといったのは、美学には感性と、その裏付けとなる造詣が必要であるからだ。
 この〝オーディオパレット〟をさわって、まず感じることは、そのアッテネーターの抜群のフィーリングである。廻しているだけで快感をおぼえる。そして、これは増減を大幅にやりながら、だんだん細かく攻めていくというのが使い方のノウハウである。初めからワンステップやツーステップを恐る恐るカチカチやっていても埒があかない。大胆に大きく左右に廻す。そこから、感じを把んで、徐々に微調整に入る。重要な帯域は0・25dBステップだから、この辺りが、最後のツメとして絶妙な効果が期待できる。まことに心憎いばかりの配慮である。考えようによっては、高価なスピーカーやアンプの買い替えからすれば、この高価格も馬鹿げた出費ではないとも思えてくる。しかし、現実に、これを一枚一枚のレコードでいじっていたら、肝心の音楽を聴いている暇はない。調整が終わった頃にはレコードも終りかけている……ということもあり得る。また、ある程度、固定させて使うことを考えると、グラフィックのほうがよいように思えてくる。また、メモリー機構もほしくなる。しかし、それでは、〝オーディオパレット〟は生きないのだ。つまり、この〝オーディオパレット〟は、プロ級の実力をもつものが使ってこそ初めてその威力を発揮するといえるだろう。だから、録音スタジオなどでは、従来のイクォライザーとはちがった使い易さと、クォリティの高さで真価を発揮するように思われる。いうまでもないが、SN比、歪率などの物理特性は最高で、イクォライザーIN/OUTでの音の鮮度の差は全く問題なしといいきってよい。オーディオパレット、つまり、音の調色機とは云い得て妙である。
 なお、これには、2チャンネルの入力ゲインコントロールと出力のマスターコントローラー、そして3Dのセンターレベルコントローラー、正逆の位相切替スイッチ(いわゆるアブソリュートフェイズ切替)もついていて、3Dによる左右チャンネルのセパレーションコントロールも可能である。サブウーファー的な3Dというよりも、むしろ、中央定位用の広域センターチャンネルを意図しているらしい。

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