Category Archives: イケダ

イケダ Ikeda 9 Supremo

井上卓也

ステレオサウンド 137号(2000年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング863選」より

フォノカートリッジの理想をMC型に集大成した世界に誇れる逸品カンチレバーレスで針先自体が発電コイルを動かす基本構造を熟成し、磁気回路を強化して発電効率と聴感上での高SN比を図ったアプローチは、オーソドックスな手法だ。魅力を引き出すためには、昇圧トランスの選択が重要。昇圧比には要注意である。

イケダ Ikeda 9C V

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

基本的な発電機構は同社トップモデルIkeda9 Supremoと変らない、ダイレクトカップリング方式の魅力を味わうための注目モデルである。組み合わせるトーンアームはダイナミックバランス型がマストな条件ではあるが、初期の調整をオーソドックスに行なえば、予想以上に安定度は高く、この音の魅力は大きい。

イケダ Ikeda 9 Supremo

井上卓也

ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より

世界的に類例のない、針先が発電コイルをダイレクトに駆動する独自の発電構造を誇る同社のトップモデルだ。パーメンダー採用の磁気回路は効率が高く、磁気制動のバックアップで音溝の情報を確度高くピックアップしているような独自の音は、コンプライアンスのあるカンチレバー型と別次元の唯我独尊の世界である。

イケダ Ikeda 9 Rex

井上卓也

ステレオサウンド 121号(1996年12月発行)
特集・「ザ・ベストバイ コンポーネントランキング710選」より

 カンチレバーレスの空芯純ムービングコイル型という究極のメカニズムを開発し、次第に完成度を高め、パーメンダーを使う強力磁気回路と組み合わせたトップモデルがRex。アームの高さ調整とインサイドフォースキャンセラー値が使用上の要点となるが、針先自体が直接コイルを駆動する音は未体験の領域。

イケダ IKEDA 9EMPL

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 アナログディスク用のカートリッジは、音溝の凹凸を電気信号に変換するトランスデューサーであるため、変換方式、つまり発電するメカニズムそのものが音色、音質を直接的に支配することになる。この部分に魅せられたファンにとっては、これならではの奥深い楽しみの存在するジャンルである。
 一種の理想の発電方式ともいえるものに、一般的なカンチレバーを介さず、スタイラスそのものが、直接、発電コイルを駆動するダイレクトカップリング型がある。
 従来からも、この方式の可能性は追求されていたが、実用化の上で困難を極めたのは、振動系を安定に支持するサスペンション方式の開発であったわけだ。
 MC型で、しかもダイレクトカップリング方式のカートリッジを、コンシュマー用として世界初に完成させた記念すべきモデルが、イケダ9である。
 左右チャンネル用の2組のコイルの結合部に直接スタイラスを取りつけたシンプルな振動系は、2個の特殊形状ダンパーと糸による支持機構と組み合わせたメカニズムからスタートした。その後も、細部の改良と熟成期間をかけ、現時点での完成度は十分に高い。
 今回、新製品として登場したイケダ9EMPLは、シェル一体型ではなくて、単体のカートリッジとして発売された9EMをベースに、磁気回路のヨーク材に高磁束密度のパーメンダーを採用し、発電効率と磁気制動を高めた9EMPをさらにグレードアップしたモデルである。
 型番末尾のLは、ラージの意味であるとのことで、磁気回路は、カートリッジボディの内容積に対して最大限にまで大型化され、パーメンダーの使用量も50%アップとなっている。数値的には発表されていないが、磁束密度も、それなりに向上しているはずだ。なお、スタイラスは、9EMPと共通のムクダイヤの特殊長短円針付で、標準針圧は2・5gである。
 SS誌リファレンスプレーヤーで音を聴いてみよう。使用アームはSME3012Rプロであるが、9EMPLの発電機構から考えれば、オイルダンプ型のシリーズVが、現状ではベストであろう。
 針が音溝に触れたときのポップノイズ、音溝をトレースしているスクラッチノイズが、カートリッジの本質を聴くためのスリリングな瞬間である。制動が効き、パシッと決まるポップノイズ、カンチレバーによる揺れが皆無で、音溝にダイレクトに反応しているスクラッチノイズを聴いただけで、これはただものではないという実感がする。
 基本的には、やや硬質で、情報量を堂々と押し出すように聴かせる。9EMPは完成度の高さが特徴であったが、音溝に直接反応する厳しさが、新型のイケダ9EMPL最大の魅力だ。

イケダ Ikeda 9

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

●本質を見きわめる使いこなし試聴
 標準針圧では、ナチュラルな帯域バランスと穏やかで安定した音を聴かせるが、一次試聴時のような安定感、重厚さが感じられない。垂直系でダイレクトにスタイラスがコイルを駆動する独自のメカニズムをもつだけに、リジッドな構造であう、かつ十分な質量があるターンテーブルとダイナミックバランス型のトーンアームがこの製品には必要であろう。フローティング構造と平均的な慣性モーメントをもつTD226とSM3012Rの組合せは、あまり好ましくない例であろう。
 針圧を増し、本来のダイレクトさを追いかけてみる。針圧2・8g、IFC2・8では、反応が鈍く、針圧2・75g、IFC2・5でかなり密度感が出てくる。針圧2・65g、IFC量2・3が、このプレーヤーでのベストサウンドだ。厚みある充実した低域をベースに、密度感のある中域、素直な高域が程よくバランスし、安定したリッチな音を聴かせる。反応は基本的に穏やかなタイプで、重量級MC型独特の彫りの探さと、このタイプ独自の音溝を忠実に拾う印象の音が個性的である。
 なお、垂直系振動子をもつカートリッジは、一般的なタイプに比べ、アームの水平度は正確に調整する必要がある点を注意したい。また、振動系がフリーな構造をもつために、ヘッドシェルの傾きにも敏感だ。
 簡単に誰でも使えるカートリッジではないが、針圧とIFC量を細かく組み合せて追込めば、これならではの音の魅力が判かるだろう。個性的な手造りの味だ。

●照準を一枚に絞ったチューンアップ
大村 いかにもダイレクトな感じの音ですね。強勒で、音が生き生きしている。小編成のものを非常にリアルに聴いてみたい気もしますが、ブラームスの第4番の三楽章の、魂の乱舞が、どれだけの表現の幅をもって鳴ってくれるかに興味が向いてしまった。ただし、ややミスマッチな感じで、重厚で、陰影の濃い音というより、きつい音です。もう少し穏やかになれば、ものすごくよくなる気もします。
井上 針圧とインサイドフォースはすでに、ベストのところに合わせてあるので、トランスの置きかたで調整します。トランスは置き台の影響と同じくらい、その向きで音が変わる。地磁気の影響のせいだと思いますが、ひどく音が濁ることもあるのです。トランスをいろいろ動かしいいポジションを見つけたところで、XF1の下に2枚折りした厚手のフェルトをひいてみました。
大村 フェルトも、1枚よりも2枚の方が穏やかで、非常に音が静かに聴こえます。
井上 このくらいのカートリッジになると、アームはダイナミックバランスを使いたいところです。3012Rならオイルダンプを併用してみるのもひとつの手です。全体に音が穏やかになり、針圧、インサイドフォースの調整も少しは楽になるでしょう。

イケダ Ikeda 9

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より

 標準針圧では、骨組みのシッカリとした安定で重厚さのある音だ。反応は穏やかで、拡がりはまあ標準的だろう。
 針圧上限は、安定ではあるが反応が鈍く、ダイレクトな魅力に欠ける音だ。針圧下限では、少し音が浮く印象があるが、軽い感じもあり、IFCを2・0とすると一応の水準となり、雰囲気もあり良い。標準針圧プラスでダイレクト型ならではの音を追う。針圧で低域をベースとした質感と反応の速さをさがし、IFCで音場感的プレゼンスを狙う。特殊なメカニズムをもつだけに、変化は激しいが、判定は容易である。針圧2・5g、IFC量2・25でまとまる。音溝を正確に拾う音で、音場感もあり、これは他では求められない種類の音。
 ファンタジアは、針圧2・65g、IFC量2・5がベスト。抜けが良く、爽やかでスケールも大きい。アル・ジャロウは、上記の値で、やや抑えた印象が音にあるが、力感もあり、一応の水準を保つ。

イケダ Ikeda 9、メルコア PHYSICS 95

菅野沖彦

ステレオサウンド 74号(1985年3月発行)
「いま真摯なアナログディスクファンのために クラフツマンシップが息づくふたつの手づくりカートリッジ」より

 私の手許に、今、新しい二種類のカートリッジがある。どちらも既成のメーカー製品ではなく、それぞれ手づくりの製品で、これを造った人の情熱と努力の結晶である。レコードから、より精緻に情報を拾い出したいと願う真摯な技術欲、とでもいった精神から、これらのカートリッジが生まれたことはいうまでもないが、この二つのカートリッジにまつわる技術的バックグラウンドが、きわめてユニ−クなオリジナリティをもつもので、私の知る範囲で、その製作者と、製品の特徴について記し、アナログディスクファンの御参考に供したいと思う。

 まず、時期としても先に登場した〝フィジックス95〟カートリッジから述べよう。
 平沢金雄氏が、その開発者である。私は氏を、ずい分昔から知っていた。一緒にヨーロッパ旅行をしたこともある。ギター演奏を専門とする音楽家であるが、オーディオへの関心の強い氏は、私が知己を得た10年以上も前から手造りでカートリッジを製作しておられた。私が録音したレコードを大変高く評価して下さり、特にピエール・ブゾンのピアノによる〝ラ・ヴィ〟は、氏がリファレンス・レコードとしても愛聴されているという嬉しい話をうかがったこともある。音楽は専門家だが、外国語も堪能で、科学技術知識が豊かな平沢氏のシャープな人柄は、一度会ったら忘れられない。
 その氏から連絡があったのは昨年の九月頃で、久しぶりのことだった。実はその少し前に、私の手許に平沢氏が開発した新しいカートリッジとトランスが届けられ、聴いてみるようにとの連絡を受けていたのである。しかし、その製品は、何故か左右出力が逆相であり、しかも意図的にそうしてあると説明があったのだ。疑問をもった私に、平沢氏が直接説明に来られたのだが、氏の説明によると、現在のすべてのステレオレコードの逆相カッティングこそに重大な欠陥があって、それをカートリッジ側で、再び逆相にして正相にもどしているのが間違いであり、氏のカートリッジは、カートリッジそのものは正相であるというものであった。なるほど、たしかに、45/45ステレオカッティングは、ステレオ初期のモノーラルとのコンパチビリティを得るために、逆相カッティングにより垂直方向の振動を水平方向化するという、当時としては巧妙な方法と思われる実技的手段をとっていて、それが、そのまま現在に及んでいるものだ。したがって、現在のすべてのステレオカートリッジは逆相接続によって、結果的に正相に戻しているわけだから、平沢氏の説明の通りなのである。しかし、平沢氏の正相接続では、結果的にスピーカーからは逆相成分が再生されるので、私の耳には、その不自然さが気になって、その段階では納得できなかった。では何故、あえて、平沢氏がカートリッジそのものでカッティングの逆相に対処しなかったのか? ここが、きわめて重要なボイントなのである。
 私が平沢氏と御無沙汰していた長い年月の間、氏は、物理学を始め、生理学、心理学などの勉強に没頭され、氏が、かねがね感じられていたレコードの音への疑問の探究に明け暮れておられたらしい。その結果、氏が自信をもって発表されたことは、レコード再生音のもつピッチの不明確さという重大な問題であった。これは、本来、440Hzのピッチに調弦された楽器の音が、録音再生のプロセスを経ることにより、ひどい話では、435Hz〜455Hzいう実に20Hzもの範囲に拡がってしまうというものである。つまり、その範囲にびっしりと幅をもってピッチが並んでしまう……いわば、写真におけるピントの甘さが、千分の1ミ
リの線を百分の1ミリの幅に拡げてしまうような現象だと氏は説明されるのである。そして、これを、スプレッド現象と呼び、再生音の新しい歪現象として提唱されたのである。例えば、A=440Hzに調弦されたギターの演奏のレコードをプレイバックして、これに合せてギターを弾く場合、ターンテーブルの回転が正しく33 1/3rpmならば、演奏するギターをA=440Hzに調弦すれば、ピッチは正しく合う。ところが、再生音からスプレッド現象が起きている場合、ギターの調弦をA=435Hzにずらせても、あるいは逆に、A=450Hzにあげても、レコードの音とピッチが合ってしまうというものだ。平沢氏にこれを実験してもらって私も驚嘆してしまった。このいわばピッチ歪というものは、いまのところ電気的に測定するのが不可能なのだそうだ。つまり、平沢氏によると、すべての電気回路、素子は、多かれ少なかれ、このスプレッドというピッチ歪をもっているということなのである。
 私も、以前にこれに似た経験をしたことを思い出す。もう20年も前、ある録音をしている時に、私の親しいギタリストが、電気楽器とのアンサンブルで、その楽器とはピッチが厳密にとれないといい出され、仕事が中断してしまったことがある。ギタリストは電気楽器がこわれている! といってきかないし、電気楽器の演奏をしていたお嬢さんはおろおろするばかり。しかし、私たちの耳にはユニゾンでのピッチのずれは気にならないので、そのまま録音し、プレイバックしたのであるが、ギタリストも再生音で納得してしまった。また、発振器のちがいが音色のちがいとして感じられる経験もさせられた。
 オーディオ機器は、その録音再生のプロセスで、多くのスプレッドを出しているらしいが、この元凶の一つが逆相カッティングにあるというのが平沢氏の指摘であり、カートリッジ側で戻すことによって、さらにスプレッドが増加するといわれるのであった。しかし、私も頑固だから、だからといって逆相ステレオの気持ちの悪さのほうが耐えられないから、これでは承服し兼ねるといいはったのが昨年秋であった。そのスプレッド現象は、どうやら、ある種の物性でもあるようで、その後、フィジックス95カートリッジの改良によって、コンベンショナルな接続……つまり、他のカートリッジと同様の位相処理でも大幅に、このピッチ歪を減少させることになったという新型が、平沢氏から送られてきた。
 私は残念ながら、絶対音感はもっていないが、相対的なピッチについての判断、それらによって影響される音色の変化があるとすれば、それにはアブソリュートな判断の自信はある。だから平沢氏の実験によりピッチ歪のあることは確かに自分で確認できた。しかし、平沢氏のいうようにすべての音色問題がスプレッドに起因するとは思えないのである。あらゆるカートリッジがもっている音色的な個性は、スプレッドの他にも原因があって、多くの諸歪が、すべての機器にはまだ残っていると信じている。しかし、オーディオに、こういう現象が起こることを、今まで、誰も指摘していないし、ましてや、それをコントロールする技術に挑んだのは平沢氏だけであろう。なんらかの物質を、必要に応じた加工方法をもって使わねばできあがらない機械についてこの新しい技術的発想と実験は高く評価してよいと思う。また物性以外に起因する、 スプレッド現象──例えば、逆相のカッティングのような──についても、まだまだ研究のメスを入れる余地が大きいとも思われる。
 平沢氏は物性について、グレードを問題にすべきだと主張する。鉄材、無酸素銅、金などが、加工プロセスで変質し、スプレッド現象を増加させるため、ただ、不純物の混合の度合いだけで判断するのは、オーディオ用としては早計に過ぎるという痛烈にして当を得た批判も展開される。部品による音色の違い、電流の質によるそれなど、従来、耳で聴いて指摘されてきた音の違いに比して、従来の物理学の追求は追いつかないが、それは物理学には質の係数が欠けているからだと説明するのである。そして、このように、物の質の解明を行なわず、有用性のみで科学文明を押し進めれば、あらゆる汚染が重なり合うことになるとも敷衍するのである。オーディオという人間の最も鋭敏細妙な感性を対象とする機械文明を通して、新しい物理学を提唱するという意味で、このカートリッジに〝フィジックス〟という名称がつけられたそうだ。
 この製品はMCカートリッジ(ヘッドシェルを含む)とそのトランスの組合せでスプレッドを抑さえ込むというもので、必ず一対で使用すべきであろう。聴感上の音色、音質は多くのカートリッジの中でもっとも癖を感じさせないニュートラルなものという印象である。まったくの手造り製品で、そのデザインや仕上げに夢はなく、お世辞にも美しいものではないが、材質、加工、形状のすべてをスプレッド現象抑制を目的に、ひたすら忠実な変換器に徹するコンセプトから生まれたわけだから仕方がないだろう。
 それにしても、こういう製品に接すると、いまさらながら、オーディオの不可解さと、その怪しげな美と魅力の世界について考えさせられてしまう。いろいろな音を出すカートリッジについて、いつも、毒が薬になったり、本当に毒になったりする複雑な実態に悩まされているが、だからといって、この製品が唯一無二の正しい音を聴かせてくれるカートリッジの終着点だと思い込む自信もまったくない。悩み、惑いは果てしなく続くものなのであろう。
 もう一つの新しいMCカートリッジもユニークな製品である。
〝IKEDA9〟がその名称だ。池田勇氏の作品である。池田氏とは、もう30年を優に超えるおつき合いだ。池田氏は、その一生をカートリッジ設計製造に捧げてきたといってもよい人物で、SPレコード用のピックアップの時代から、この仕事に携わっておられる超ベテランのカートリッジ専門家である。私が氏に初めて会ったのは、昭和28年頃と記憶するが、学生時代、なけなしの小遣いをはたいて買った、グレースのモノーラルLP用カートリッジF1の修理を依頼するため、品川の同社を訪問した時だ。その後、独立されて、FRカートリッジのフィデリティリサーチ社を創立され、数々の優れた製品を手がけられたが、昨年、同社を離れ、わずらわしい会社経営から解放されて、長年の構想の実現であるこの製品の手造りを始められた。FR1からFR7まで、氏の作ったMCカートリッジの実績は世界中にMCカートリッジブームを巻き起こす力となったほどであった。その池田氏が、今度は自身の名を冠したカートリッジを発表されたのである。
 その内容はきわめて挑戦的なもので、ちょうどカッターヘッドと相似の構造である。いいかえれば、針先の動きをダイレクトに発電するという理想を具現したものである。つまり、このカートリッジにはカンチレバーはない。あるのは、針先を支える小さく軽いアルミホルダーのみ、ここから直接、コイルがそれぞれ45度方向に結合され、その先端が半球型のダンパーに固定されている。コイルは弓型に巻かれ、サスペンションを兼ねている。前後方向の支持は特殊な緩り線で後方に引っ張っている。半球型のダンパーと書いたが、正確にはマッシュルーム型で、この形状になるまでに、どれだけの苦労があったことか……。確かに、初めは半球型で、ニップルダンパーと呼んでいたが、製品になる段階では現在のマッシュルームダンパーとなった。針先の動きを直接コイルに伝えるダイレクトカップリングの理想をこれほど追いつめた製品は世界に他にないだろう。いうはやすし、おこなうは難しで、このアッセンブリーは至難の技である。とても、とても、量産などできるしろものではない。針先の音を直接聴いてみたいというカートリッジの鬼が執念で作り上げたカートリッジという他ない。頭で考える人はいても、誰も手をつけることができなかった構造だ。発電コイルは同時にサスペンションでもあり、その弓型の形状やダンパーの接合、髪の毛よりも細い線を巻いて硬め、これをチップホルダーに固定するというのは、まさに離れ技といってもよく、その困難さは想像以上だろう。ヘッドシェル一体型構造で、指かけまでアルミ切削のボディは、池田氏自身の手による旋盤加工で、シンプルだが美しいものだ。
 また、もともと、池田氏はFR1の開発以来、一貫してピュアMC、つまり、磁性材の巻枠をもたない空芯コイル方式をオリジナリティとしてきたわけで、ここにもそれは守られている。もっとも、この構造では巻枠など入り込む余地はないし、振動系の軽量化を著しく損ねる。
 音の質感は明らかに一味違う。繊細で、あまり微弱な間接音が出るので戸惑うほどだ。
 トーンアームへの取り付けは相当厳密に行ない、ディスクに対するラテラル方向を入念に調整しないと、敏感に影響が現れる。また、構造上、ほこりがつきやすいので、柔らかい刷毛で注意深くクリーニングをすることも大切だ。条件を整えると、このカートリッジならではの曖昧さのない、締まったソリッドで、明確な輪郭をもった音像の魅力が他では得られぬ再生音として聴かれるであろう。相当敏感なカートリッジだけに、レコードのあらも鋭敏に再生する。イージーに安心して聴き流すというタイプではない。カートリッジ自体で、少々のあらは吸収してしまうという実用性を期待すると見当ちがいである。車でいうと、きわめて俊敏なスポーツカーといった感じで、整備のミスや運転のミスは許されないといった傾向のエンスージアスト好みの性格に共通したところがある。
 いかにも趣味性の高いアナログディスクファン好みの製品である。イージーハンドリング、イージーリスニングの便利な機械の氾濫はある面、このオーディオの世界をつまらないものにしていると思うのだが、そんな時代にあって、こうしたカートリッジの登場は喜ばしい。これは、あたかも針先と発電コイルがダイレクトに連るように、ユーザーと、製作者の池田氏がダイレクトに連ってオーディオを共に苦しみ、共に楽しむことのできる製品なのである。だからこそ、池田氏も、これに象徴的、あるいは抽象的な名前をつけないで、ダイレクトにIKEDAという名前をつけたのであろう。このカートリッジをもつことは池田氏と友人になることのように思えるものだ。これは、今のオーディオに欠けているものではないだろうか。大量生産、大量販売という体質からは得られないことだし、そうした体質から生まれることができる製品ではないのである。大きな資本と組織でなければできないこともある。しかし同時に、そこには失われるものもある。この製品に接して私は、先に述べた30年以上も前の池田氏との出合いの頃の、楽しかったオーディオのことを想い出した。あれこれと苦労をしなければ、まともな音を出せなかった時代だけに、その楽しさも格別のものであったように思えるのである。
 こんなわけで、この製品は、誰にでもすすめられるというものではない。池田氏のチャレンジに共感し、このカートリッジの本質を理解する人にとって興味深く、魅力的なものといえるであろう。