井上卓也
ステレオサウンド 137号(2000年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング863選」より
超重量級ステンレス・ターンテーブルを中心に、アナログプレーヤーの理想形を集大成したピラミッド的存在。エアフロート軸受とディスクのエアー吸着を中心としたベルト駆動方式の成果は、まさに地に足が着いた音が聴かれる。重量級だけに設置場所の選択と設置方式で、音はいかようにも変る点に注意。
井上卓也
ステレオサウンド 137号(2000年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング863選」より
超重量級ステンレス・ターンテーブルを中心に、アナログプレーヤーの理想形を集大成したピラミッド的存在。エアフロート軸受とディスクのエアー吸着を中心としたベルト駆動方式の成果は、まさに地に足が着いた音が聴かれる。重量級だけに設置場所の選択と設置方式で、音はいかようにも変る点に注意。
井上卓也
ステレオサウンド 133号(1999年12月発行)
特集・「ジャンル別・価格帯別 ザ・ベストバイ コンポーネントランキング798選」より
超重量級のステンレス製ターンテーブルはエアフロートベアリングで支持され、ディスクは空気吸引でターンテーブルに吸着される方式。音溝に刻まれた信号のみを何物にも妨げられずに拾い出そうとする設計方針の確かさは、常識を超えた確度の高い音で実証されている。少々、テンションの高い傾向はあるが、実に濃い音だ。
井上卓也
ステレオサウンド 121号(1996年12月発行)
特集・「ザ・ベストバイ コンポーネントランキング710選」より
現在では完全に開発不可能な超弩級アナログプレーヤーが生産されていることは、アナログディスクファンにとって素直に感謝すべきであろう。超重量級ターンテーブルを空気軸受で浮かし、ディスクを吸着する機能は、究極の方式として現在に至るまで前人未到の頂点を極めた設計である。生産続行を切望する超弩級機だ。
井上卓也
ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より
ヘルマン・トーレンスがオルゴール製造のためにトーレンスSAを創立したのは1883年で、その後、蓄音器、ハーモニカ、電磁型ピックアップ、電気式レコードプレーヤー、トラッキングエラーレス・ピックアップ、ラジオから業務用円盤録音機、SP用オートチェンジャーなどを順次開発。60年代になるとEMTフランツ社と共同出資の形態をとるようになった。
オーディオファンの間で一躍注目されるようになったのは、57年のTD124ベルト・アイドラー型フォノモーターの登場からだ。本機は、当時リファレンスとして評価の高かった英ガラード社の♯301アイドラードライブ型に比べ、圧倒的にワウ・フラッターが少なく、静かなターンテーブルとして究極のモデルといわれた。現在でも、現用モデルとして、愛用するファンは多いと思う。
以後、TD124のオートチェンジャー版、ターンテーブルを非磁性体化したMK2と続くが、この当時が世界の王座に君臨していた栄光の時代であり、80年代のトーレンス・リファレンスが超弩級機としての頂点であろう。
TD520RW/3012Rは、16極シンクロナスモーターを電子制御で使うダブルターンテーブル型ベルト駆動アームレスプレーヤーTD520RWに、ロングサイズのSMEの3012Rトーンアームを組み合わせたモデル。さすがにメカニズムの見事さは抜群で、要所を絶妙に押さえたトータルバランスの良さは感激ものだ。現代のリファレンス機として、アナログならではの音を楽しみたいときに、最も信頼性の高い素晴らしいシステムだ。セオリーどおりに微調整すれば、想像を超えた音が楽しめ、軽針圧型から重針圧型までのカートリッジとの対応性も穏やかである。
TD318MKIIIは、同社の技術をベーシックモデルに結集した快心作。このところのアナログディスクの復活に的を絞った、素晴らしく良く出来た音の良い注目の新製品だ。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
35kgの本体と、28kgのターンテーブル。つまり計63kgの重量級レコードプレーヤーである。そして、何よりも大きな特徴はターンテーブルがエアーフロート方式であることだろう。重量級のハイエナーシャ・ターンテーブルの安定した回転は高音質に有利であるが、これを静粛かつ長時間の耐久性を保証して回転支持することは容易ではない。エアーフロートにより非接触で支持する方法は理想的で、これをエアーベアリング方式という。
摩擦はなく、機械振動によるノイズの発生も少ないし支持部の摩耗も心配ない。これに加えてこのプレーヤーはディスクをエアーでターンテーブルに吸着する方式を採用した。これは音質上、必ずしも有利とばかりは言いきれない難しさを抱えているが、この辺りを長年のキャリアーで巧みにコントロールしたことがロングライフにつながったのであろう。平面性の点では強力に吸着するのがよいが、ターンテーブルと一体化すれば、それで音もよくなるとは単純に言いきれない。
このプレーヤーは聴感上のS/Nがよく、バックグラウンドが安定静粛でローレベルが透徹している。エネルギーバランスは妥当で、しっかりした造形感が得られる。音にウェイトがあり聴き応えがある。シェリングのヴァイオリンの音触は高域の肌理が細かく刺激感がなく美しいが、もう一つ繊細な切れ味がほしい気もした。無い物ねだりではあるが……。
「トスカ」では、ボトムエンドの伸びによりスケールの大きいステージが展開。滑らかな高音域により汚れのないトゥッティが楽しめる。「エラ&ルイ」のモノーラルは、実にすっきりして位相のよさを感じさせた。ジャズも重量級プレーヤー独特の安定感で、ベースは太いが高密度の充実したサウンドである。心配なのは長年の使用上の安定度と信頼性だが、柳沢功力氏の愛用品であるから問題はなかろう。BA600防振ベース上にセットされた姿はさすがに立派である。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
現代的なアナログレコードプレーヤーである。その素材がそれを物語り、アクリル素材を用いた複雑なサンドイッチ構造材と、スプリングなしのハードサスペンションという特徴をもつ。アナログプレーヤーには思想がある、と他の項で述べたが、この思想の違いが音の違いとなって表れるから、これはまた、音の嗜好や感性の違いといってもいいだろう。
このメーカーは、柔かいスプリングのフローティング構造を嫌う。しかし当然、ハードなサスほど置き台やフロアーなどの環境の影響を受けやすい。本体の素材のQのコントロールや、ダンピングだけでは外部からのダイナミックな影響は避けきれないとするのがソフトサスペンション派の主張だ。しかし、音触やエネルギーバランスのコントロールは、たしかに、この製品のようなハードサスの方がすっきりいく。
だが、ストイックにこれを押し進めるとリジッド派に至る。そうなるとすべてのバネとダンピングを否定し、Qの分散も嫌いひたすら剛性や振動速度の世界に狂い、自身の設計を過信し、結局、強烈な物性の持つ固有の音に判断力を奪われ、その特異な音ゆえに、その製品の音を唯一無二の孤高の品位と思い込むのである。
話がそれたが、このプレーヤーはもちろん、そんな偏向性の強いものではない。オプションにエアーサスペンション・ベースがあることからも設計者のバランス感覚が理解できる。楽音の自然さとリアリティがよく再現され、エネルギーバランスも妥当である。エアーサス使用では、さらに音の品位が向上し、シェリングの音が見事に蘇るのである。外部環境からフリーになるこの効果は大きい。通常の試聴条件では、置き台の固有音響特性で若干不明瞭になる
のがわかる。組み合わせたトーンアームはグラハム・エンジニアリング製。プレーヤー本体ベースはSMEとも互換性をもつようだ。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
SMEのロバートソン・アイクマンがアナログオーディオ界で果たした功績は偉大である。シェル交換式ユニヴアーサル・トーンアーム3009、3012は世界中のトーンアームの範となった。しかし、オルトフォンとともにその4ピンのカートリッジ・シェル交換システムの提唱者自らが、後に理想としたトーンアームはインテグラル。そのシリーズVの性能をフルに発揮すべく開発したレコードプレーヤーが、独自のゼロQ理論のサスペンション構造によるモデル30であった。
その後、普及タイプとして発表されたのがシリーズIVトーンアームであり、モデル20プレーヤーである。現行製品はそのモーターと電源部をリファインしてMK2になっている。さすがにモデル30は作りも凝っていて高価であり受注生産だが、このモデル20はカタログモデルだけに、構造的にも簡略化して、特徴を維持しながらコストダウンを図っている。
独特のダンピングのためと思われる音触感にまず気づいた。「クロイツェル・ソナタ」の楽音より、バックグラウンド・ノイズが超低域の伸びのせいか他のプレーヤーと違う。シェリングのヴァイオリンは、粘りのある温度感の高い音にやや戸惑う。いい音ではあるが、もう少し鋭く透徹ではないか? という気もした。ピアノも温かく弾力感に富んでいて官能的だ。SMEの音といってよいものであろう、その厚味のある立体感は説得力をもっている。
「トスカ」もそうだ。どっしりと安定感のあるエネルギーバランスで、弾力性のある立体的な質感である。多彩な音色は変化に富み、支配的な色づけはないのだが、質づけ? とでもいったらいいような、独特の音触世界がある。オルトフォンのSPUの世界も、色ではなく質に独特のものがあるのではないか? と思うのである。この辺がきわめて興味深く、オーディオ的であると思うのだ。とくにアナログ的魅力の世界ともいえるだろう。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
イギリス製品の多い、アナログプレーヤーだが、これもイングランドではないがスコットランド製であるから、メイド・イン・UKである。そのなかではもっともキャリアーの長いプレーヤーだ。そもそも、このメーカーはアナログプレーヤーの製造販売でスタートした会社で、このLP12は基本的に約20年前の誕生以来のロングセラーモデルである。
最近のアナログブームとは無縁の、気骨のど根性製品で、回転シャフト周りなどの若干の変更だけでこの長寿を保ってきた。見事なものである。今回の試聴には、電源部やベースのオプションをフル装備したものが用意されたが、ベーシックのLP12との価格の違いが開きすぎるように思う。つまり本体価格は27万円でこれに最低限必要な電源部とベースが4万8千円で42万円弱のカートリッジ・レスのベーシック・モデルに対し、フルオプションのトータル価格は同じくカートリッジレスで91万8千円となるので2倍強である。少々常識を欠いたオプション設定と言わざるを得ない。
このプレーヤーのよさは実質価値にあり、贅沢な趣味性はない。しかもフルオプションにしても、見た目はほとんど変わらない実質主義に徹しているのである。さらば、音が3倍の出費に見合うほど改善されるであろうか? その期待をもって聴いたのだが、これがリンにとって裏目だった。ベーシックモデルでこそ絶賛ものだが、100万円のプレーヤーとしては当たり前という感想である。
たいへん優れた再生音で、腰と芯の座った実感溢れる質感と妥当なエネルギーバランスが、どのディスクにも高水準の再生音として聴けたけれど、ベーシックでもこの水準をそれほど下回るとは思えない。はっきり言って、割高感があるのである。この製品の能力と音のよさは評価するが、機械としての高級感やデザインセンス、素材、加工精度、仕上げなどの魅力は100万円のものではない。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
スタービはスロヴェニアのメーカーである。かつてのユーゴスラビア製というわけである。このブランドの製品に身近に接するのは久しぶりであるが、昔の同社製品とは随分変わったように感じた。アナログ関連製品には、仕事上で接する機会が少なくなっているためだろう。個人的楽しみとしてはアナログからは離れていないのだが……。
このリファレンスモデルはユニークな2モーター式で、なかなかに重厚な製品だ。アクリルとアルミニウムのサンドィッチパネルをベース素材とするもので、往年のウッディなムードからすると随分現代的になった。しかし、全体の雰囲気は朴訥と言いたいほど素朴な温かさに満ちている。アクリルの透明感は表に出ていない。メインシャーシにレベル調整機能を兼ねて懸架されるサブシャーシの表面には、アクリルは見えない。両ボードとトーンアーム・マウント・ボードの断面にだけそれとわかる質感が見てとれる。
この点からしても、アクリルのもつ物性だけがスタービにとっては重要で、見せる意図は全くない。デザイン上の効果として、これ見よがしにアクリルを使ったプレーヤーとは製作者の人間の違いを見るようで興味深い。どちらを選ぶかでユーザーの人柄もはかれそうである。
シェリングのヴァイオリンの音は、毅然たる演奏姿勢が表現されながら、柔軟性のあるしなやかな音触が得られる。やや脂の乗りすぎる嫌いもなくはないが。往年のフーベルマン的音蝕も聴かれるほどだ。ピアノも豊満で円熟した感触だ。しかし和音のヴォイスは確かでアコードのバランスは妥当。大編成の「トスカ」は分厚いソノリティが魅力的で、懐の深いサウンドイメージである。
透徹ではなく、肉感的であり官能的で、コントラ・ファゴットやコントラバスが魅力的だった。それでいて、ジャズのベースはブーミ一にならず適度に締まってよく弾む。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
同社はプリメインアンプやスピーカーシステム同様、いかにもドイツ製らしい堅実さとオーソドックスな体質で信頼性の高いメーカーだと思う。カートリッジが発売済みであり、このプレーヤー(トーンアームレス)の登場で総合メーカーの感を強めるに至った。
これはターンテーブルがマグネット・フィールドによるフローティング構造であるところが特徴である。かつて『マグネフロート』の名称で、この方式のプレーヤーが国産であったのをご記憶の方もおられるであろう。アインシュタインではこれを『コンスタント・マグネティック・フィールド・ターンテーブル』と称している。フローティング・サスペンションとの併用で、駆動はベルト方式。
SME3010Rトーンアームによる「クロイツエル・ソナタ」のシェリングのヴァイオリンの音は、しっかりした質感を聴かせる。演奏の特質がよく伝わる。ピアノのアコードは、エネルギーバランスが整っているため安定した造形感であるし、バックグラウンド・ノイズも落ち着いていて好ましい。マグネティック・フローティングとサブシャーシのサスのバランス・コントロールはよい状態である。フローティング式としては切れ込みもまずまずで、「トスカ」の複雉多彩な編成もよくこなす。汚れ感は少ないし、耳馴染みのよい高音域である。
欲をいえば、ブラスの輝きやグランカッサとティンパニの音触分離などに明噺さがほしい気もするが、それが得られた時には鋭角で刺激的、時に冷たい温度感がおまけに付いてくる危険も覚悟しなければならないだろう。オーディオ機器とはそういうものである。妥当な再生音というものはバランスのよさから得られるものであり、エキセントリックな魅力と両立しない宿命がある。どちらを取るかは人格と哲学の問題である。アインシュタインがオーソドックスなメーカーだと冒頭で言ったのは、この普遍性に立つからだ。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
これもイギリス製。ロクサンは、こだわりメーカーの最右翼であるが、本機はその創業10周年記念モデル。ベースボードの構造を改良し、さらに制振性を向上させた新製品である。一見しただけではわからないが、大変凝った作りだ。フィニッシュは従来の黒のピアノ・フィニッシュの方がロクサンらしく精悍でいいと思う。この木目仕上げは平凡なイメージだ。
しっかりした造形感と自然な質感、そして妥当なエネルギー・バランス・コントロールを備えたプレーヤーである。音触は温かく、しかも間接音はよく響き、透明で美しい。以前のモデルより低音域が適度に緩み、大人っぽい音になった。シェリングのヴァイオリンの質感は妥当。ピアノは硬からず柔らかからずで、自然なタッチだ。「トスカ」では豊かなオーケストラの低弦が印象的で、これ以上になると緩み過ぎの感じであった。
したがって、楽器の胴鳴りを聴かせ温かく自然で快い一方、明晰さと精緻さではウィルソン・ベネッシュに一歩を譲る。同じイギリスだけによきライバル同志だ。ウィルソン・ベネッシュはプレーヤー本体が10万円安く、逆にトーンアームは5万円高いが、トータルサウンドでは2台のプレーヤーに優劣はつけ難い。ユーザーのテイストの選択に待つ他はない。すんなり付くか付かぬか試していないので不明だが、ロクサンのプレーヤーとウィルソン・ベネッシュのトーンアームとの組合せは、面白そうである。
どちらも素晴らしい再生音が楽しめたヴィヴィッドな「ベラフォンテ」のライヴ盤を例にとると、その空間の温度感が、ロクサンが摂氏22〜24度、ウィルソン・ベネッシュは18〜20度といった感じである。スタイラスのトラクションに関してはウィルソン・ベネッシュのATC2トーンアームが断然上である。ただし、あくまで今回試聴に使ったオルトフォン・カートリッジでの話であることをお断りしておく。電源部のアップグレードは価格ほどの御利益はないようだった。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
半世紀近いアナログプレーヤー作りの実績をもつCECが、総力を結集して作り上げた記念モデルと同社では謳っている力作だ。長年のキャリアとアナログ機器への情熱は貴重なもので、日頃から同社の存在には注目していた。
この製品も昨年秋には見ていたが、実際にじっくり聴いて多数の他製品と比較してみて、若干、印象が変わったことは否定できない。残念ながら、これは精密機器と呼べる精度は備えていないと思う。回転シャフトの軸受け部や、トーンアーム・ベース、全体の仕上げ精度などはメカの好きな人なら少々雑な印象を受けるはずである。これは指摘しておかないと私の眼が疑われる。加工のしにくい材料なのかもしれないNFセラミック部はさておいても、金属部はこれでは趣味の高級品とは言い難い。クロームメッキ部分も下地の荒れにより鏡面が荒れている。
Y字型の3点支持構造のフローティング・シャーシ・ダンピング機構と減衰特性に優れたNFセラミック材の採用で、高水準の制振特性をもつマニア度の高さは評価できるし、実際の再生音でもそれが確認できた。その思想は70〜80%達成され、並みの水準を越えるパフォーマンスであった。フローティングとダンピングはよくコントロールされ、エネルギー・バランスは妥当だ。いかにも日本製らしい抑制の利いた、まとまりのよいバランスだ。やや高域が抑えられ気味ではあったが、複雑な波形再現もよくこなす。ただ、初めに用意されたテスト機が不調であったため代替機の出番が最後の試聴となり、EMTの後の試聴になったのが、相対的に不利になったかもしれない。
価格的には全試聴機器17機種の下から8番目である。しかし、この力作を生み出したCECの姿勢は立派だし、これでもう一つセンスが高ければ、あるいはコストを有効にかけていれば、真に祝福される40周年記念モデルとなっていたであろうにと、わずかに悔やまれるのである。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
イギリスの新進メーカーのデビュー作品である。F1レーシングカーのボディ素材である、軽量高剛性材のカーボンファイバーをサブシャーシやトーンアームに使い、当然、設計思想も現代的な一貫性をもつアナログプレーヤー。真の意味で新しいアナログプレーヤーといえるものだろう。しかし適度なダンピングとフローティング構造、そしてベルトドライブ方式という伝統的手法のよいところは残している。電子クラッチ式のクォーツ・コントロールド・モーターによるスムースで確実な起動など、使用フィーリングにも細心の配慮が見られるものだ。
「クロイツエル・ソナタ」のシェリングはもっともシェリングらしい音の聴けたプレーヤーであった。ウェットに過ぎず、かといってけっしてドライでもない、毅然とした精神性をもつ確かな手応えのある音である。ヘブラーのピアノのアコードのヴォイシングも、オプチマムなバランスと言ってよい決まり方であった。
トーンアームの優秀さによって、スタイラスのトラクションの確実性が、高音域に於て、いささかの拾いこぼしもない精赦な波形再生とS/Nの優れた透明感を聴かせる。「トスカ」の複雑な独唱と合唱、オーケストラの多彩な音響の綾も見事に再現。低域コントロールとボトムエンドの伸びにより臨場感も大変豊か。声の質感も、細かい倍音再現能力により実に精緻だ。アナログ的サウンドを、人肌にしなやかな温かい音と決め込んでいる人には勝手が違うかも知れない。
「エラ&ルイ」は、他のプレーヤーよりワイドレンジな感じさえするのが面白い。ベースの録音がオーバーな「ロリンズ」も締まった質感でウェルバランスになった。専用のプレーヤー台に設置した方がさらにS/N感が向上し明晰さを増すが、やや温度感が下がり冷たい音になる傾向であった。この台にも、カーボンファイバーが木と組み合されて使われているのは言うまでもない。
菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
イギリスにはアナログプレーヤーが多く、さすがに伝統を重んじるお国柄が生きている。このジャイロデックもその一つで、ターンテーブル軸受けとアームベースを強固に一体結合して、3点支柱で吊る構造である。キャビネットはアクリル板で、これが視覚的なこのプレーヤーの全体の印象を支配していてユニークな雰囲気を演出している。
「クロイツェル・ソナタ」のヴァイオリンの重奏音は少々鈍い。温かいともいえるが、やや冴えない印象だ。シェリングの音はもう少しシャープで透徹なはずである。ピアノのフォルテによるアコードは左手のA音がブーミーで太くなる傾向だった。そのため、やはり重い印象となる。システムのf0が比較的高めに設定されているのかも知れない。冷たく痩せるよりはるかによいが、もう少し、すっきりして鋭角な切れ込みがないと演奏の気迫が弱くなる。
「トスカ」でも、この傾向がオーケストラの低音を強調するので、量感は出るがディフィニションは甘くなる。SME3009Rにしては高域が少々荒れるようで、若干汚れ気味でもあった。しかし、この分厚く温かい音感は、音楽の表現を豊かに聴かせる効果につながるので好ましく、物理特性に終始することのない魅力がある。全体の印象を一般的にいえば、いわゆる低音の出るプレーヤーということになる。したがって、中〜小型システムとの組合せでは、効果的と思われた。「ベラフォンテ」のライヴでとくにこれが感じられた。
今回の試聴ディスクの中でもっとも古いモノーラル盤の「エラ&ルイ」が一番相性がよく、両人の声は帯城内が充実し、ヒューマニティ溢れる歌唱が楽しめた。「ロリンズ」盤ではベース過多がさらに強調され、サックスをマスキングしてしまったし、ベースの音程も不明瞭であり、ワン・ノート・ベース的な鳴り方であった。録音の癖を強調したようだ。
井上卓也
オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド別冊・1994年春発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム篇」より
トーレンスは、往年の銘器として世界のトップレベルに君臨したTD124や、そのオートプレーヤー版TD224以来、つねに高性能、高音質かつ操作性の優れたシステムを世に送り続けている。
TD520RW十3012Rは、アームレスのTD520RWに、トーンアームにSMEの2Rを搭載し、エレクトリックコントロールのアームリフトを組み込んだ、カートリッジレスのセミオートターンテーブルである。このアームリフターの装備は、CDプレーヤーの機能性に慣れた現状では、実用上で不可欠な機能である。
3・2kgの二重ターンテーブルは、シングルターンテーブルと比べ単一の固有共振が出難く、スタート/ストップ時のタイムラグもほどよく充分にコントロールされた結果での重設定であろう。
同社はトーンアーム、ターンテーブルをフローティングして処理する方法を一貫して採用している。コイルスプリングの選択や、その組合せ、またリーフスプリングを使う現在のサスペンション方式は、長期にわたる熟成期間を経て完成されたメカニズムである。これは上下方向にタップリとしたストロークがあり、前後、左右を抑えた設計で、耐ハウリングマージンが大きい。このタイプの理想に近いコントロールによって、ダンピング量も巧みにコントロールされている。
SME3012Rは、いわゆるロングサイズのトーンアームで、現状のオルトフォンやデンオンに代表される1・5〜3gの針圧で使うカートリッジを対象とすれば、好適なタイプであろう。設定方法、調整を正しく行なえば、組み合せるカートリッジの音を確実に引き出すだけの能力をもつところが本機の信頼性の高さだ。
使いこなしポイント
駆動モーターはサーボ型であるだけにAC電源にも気を使いたい。極性をチェックし、アンプのACアウトレットを使わずにアンプ系とは別の電源から取ることが必須条件。
菅野沖彦
オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より
トーレンスというブランドは1883年にスイスで誕生している。こんなに古いブランドで現役のオーディオ製品に生きているものは他にないのではないだろうか? しかも、その製品がオルゴールというのだから、当時の機械式音楽演奏装置ということでは現在のオーディオシステムと共通のカテゴリーのものである。エジソンのフォノグラフ発明は1877年、ベルリナーのディスク式グラモフォンが1887年の考案だから、このブランドがいかに古く伝統的なものかが推測していただけるであろう。時代の変化のために決して隆盛とまではいえないにしても、現在までトーレンス・ブランドは脈々と継承され続けてきたのである。これこそ名門という言葉で呼ぶ以外にあるまい。トーレンス家が現在何代目に当るのか? 現在の当主レミー・トーレンス氏に聞きそこねているが今度会ったら是非聞いておこう。オルゴールから蓄音器、そして現在のプレーヤーシステムに至るトーレンスの歴史は、そのままオーディオの歴史の教科書のようなものである。そのトーレンスにとってCDの出現は大きな出来事であったに違いないが、一貫してアナログプレーヤーを作り続けてきた姿勢は、誇りと信念に満ちた毅然とした貴族の精神性を見るような感慨である。苦しい経営面の障害を耐えに耐えているトーレンスに敬意と励ましの気持ちを捧げたい。一流品中の一流品、名門中の名門トーレンスへの敬意の念からも、私も自家用の〝リファレンス・プレーヤー〟を末長く愛用したいと思っている。このリファレンスが発売されたのが1980年、CD登場前夜であった。その名の通り自社製のプレーヤーのクォリティ・リファレンスとして作られたものを一部のマニア用に市販したのが〝リファレンス〟だが、それを元にある程度の量産化を図り、商品化したのが、この〝プレスティージ〟である。物量と全体のバランスの妙で再生音の情感を豊かに聴かせる銘品である。
菅野沖彦
ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「実力派コンポーネントの一対比較テスト 2×14」より
トーレンス/リファレンスとゴールドムンド/リファレンス。恐らく、アナログディスク再生機器として最後の最高級製品となるであろう2機種である。その両者共にヨーロッパ製品であるところが興味深い。西ドイツ製とフランス製で、どちらもが〝リファレンス〟と自称しているように、自信に満ちた製品であることは間違いない。名称も同じだが、価格のほうも似たり寄ったりで、どちらも300万円台という超高価である。共通点はまだある。ターンテーブルの駆動方式が、両者共にベルトドライブである。アナログレコードプレーヤーの歴史は、ダイレクトドライブに始って、ダイレクトドライブに終るのかと思っていたら、そうではなかった。ベルトやストリングによる間接ドライブが超高級機の採用するところとなり、音質の点でも、これに軍配が上ったようである。ぼくの経験でも、たしかに、DDよりベルトのよく出来たプレーヤーのほうが音がいい。
一般論は別として、この両者は共に、フローティンダインシュレ一夕ーを使って内外のショックを逃げていること、本体を圧倒的なウェイトで固めていることにもオーソドックスな基本を見ることが出来る。だが、プレーヤーとしての性格は全く異なるもので、それぞれに頑として譲れない主張に貫かれているところが興味深く、いかにも、最高の王者としての風格を感じるのである。
この両者の最大の相違点は、ピックアップ部にある。
トーレンス/リファレンスは、本来、アームレスの形態を基本にするのに対し、ゴールドムンドのほうは、アーム付である。いわば、ターンテーブルシステムとプレーヤーシステムのちがいがここに見出せる。そして、ゴールドムンドは、そもそも、リニアトラッキングアームの開発が先行して、T3というアームだけが既に有名であったことを思えば当然のコンセプトとして理解がいくだろう。このリファレンスに装備されているのはT3Bという改良型だが、基本的にはT3と同じものである。このリニアトラッキングアームは単体として評価の高かったものだが、実際にこれを装備するターンテーブルシステムとなると、おいそれとはいかなかったのである。そこで、ターンテーブルシステムの開発の必要にも迫られ、いくつかのモデルが用意されたようだ。このリファレンスは中での最高級機である。この場合、リファレンスという言葉は、T3リニアトラッキングアームのリファレンスといった意味にも解釈出来るが、広くプレーヤー全体の中でのリファレンスというに足る性能を持っていることは充分納得出来るものであった。
これに対して、トーレンスのリファレンスは、ターンテーブルシステムが剛体、響体として音に影響を与える現実の中で一つのリファレンスたり得る製品として開発されたものであって、やや意味の異なるところがある。したがって、こちらは、コンベンショナルな回転式のトーンアームなら、ほとんどのものが取付け可能だ。それも、三本までのアームを装備できるというフレキシビリティをもたせているのである。結果的にターンテーブルシステムに投入された物量や、コンセプトは同等のものといってよいが、このプレーヤーシステムとしての考え方と、ターンテーブルシステムとしてのそれとが、両者を別つ大きなターニングポイントといえるのである。
デザインの上からも、このちがいは明らかであって、ゴールドムンド/リファレンスは、コンソール型として完成しているのに対し、トーレンスのほうはよりコンポーネント的で、使用に際しては然るべき台を用意する必要がある。そのアピアランスは好対照で、ゴールドムンドのブラックを基調とした前衛的ともいえる機械美に対し、トーレンスのモスグリーンとゴールドのハーモニーはよりクラシックな豪華さを感じさせるものだ。
両機種の詳細は、本誌の64号にトーレンス/リファレンスを私が、73号にゴールドムンド/リファレンスを柳沢功力氏が、共に〝ビッグ・サウンド〟頁に述べているので御参照いただくとして、ここでは、この2機種を並べて試聴した感想を中心に述べることにする。
ステレオサウンド試聴室に二台の超弩級プレーヤーが置かれた景観は、長年のアナログレコードに多くの人々が賭けてきた情熱と夢の結晶を感じさせる風格溢れるものであって、たまたま、そばにあった最新最高のCDプレーヤーの、なんと貧弱で淋しかったことか……。これを、技術の進歩の具現化として、素直に認めるには抵抗があり過ぎる……閑話休題。
ゴールドムンド/リファレンスは先述のように、リニアトラッキングアームT3BにオルトフォンMC200ユニバーサルを装着。トーレンス/リファレンスにはSME3012Rゴールドに同MC200を装着。プリアンプはアキュフェーズのC280(MCヘッドアンプ含)、パワーアンプもアキュフエーズP600、スピーカーシステムはJBL4344で試聴した。
リファレンス同志の音は、これまた対照的であった!
ゴールドムンドは、きわめてすっきりしたクリアーなもので、これが、聴き馴れたMC200の音かと思うような、やや硬質の高音域で、透明度は抜群、ステレオの音場もすっきり拡がる。それに対して、トーレンスは、MC200らしい、滑らかな質感で、音は暖かい。ステレオの音場感は、ゴールドムンドの透明感とはちがうが、負けず劣らず、豊かな、空気の漂うような雰囲気であった。温度でいえば、前者が、やや低目の18度Cぐらい、後者は22度Cといった感じである。低域の重厚さとソリッドな質感はどちらとも云い難いが、明解さではゴールドムンド、暖かい弾力感ではトーレンスといった雰囲気のちがいがあって、共に魅力的である。さすがに両者共に、並の重量級プレーヤーとは次元を異にする音の厚味と実在感を聴かせるが、音色と質感には全くといってよいほどの違いを感じさせるのであった。これは、アナログレコード再生の現実の象徴的な出来事だ。プレーヤーシステムの全体は、どこをどう変えても音の変化として現われる。この二者のように、トーンアームの決定的なちがいが、音の差に現われないはずはないし、ターンテーブルシステムにしても、ここまで無共振を追求しても、なお残される要因は皆無とはいえないであろう。それが証拠に、同じトーレンスでも、リファレンスとプレスティージとでは音が違うのである。だから、かりに、ゴールドムンドにSMEのアームをつけたとしても(編注:専用のアームベースを使用すれば可能)、同じ音になることはないだろう……。ましてや、このリニアトラッキングのアームとの比較は、冷静にいって、一長一短である。トラッキングエラーに関しては、リニアトラッキングが有利だとしても、響体としてのQのコントロールや、変換効率に関しては問題なしとは云い難い。これは、両者に、強引にハウリングを起こさせてみても明らかである。いずれも、並の条件では充分確保されているハウリングマージンの大きさだが(ほとんど同等のレベルだ)、非現実的な条件でハウリングを起こさせてみると、その音は全く違う。ゴールドムンドのほうが、周波数が高く、複雑な細かい音が乗ってくる。トーレンスのほうが、周波数が低く、スペクトラムも狭い。この辺りは確かに、両者の音のちがいに相似した感じである。不思議なもので、ゴールドムンドのアピアランスと音はよく似ているし、トーレンスのそれも同じような感じである。つまり、ゴールドムンドは、どちらかというとエッジの明確なシャープな輪郭の音像で、トーレンスのほうがより隈取りが濃く、エッジはそれほどシャープではない。この域でのちがいとなると、もう、好みで選び分ける他にはないだろう。正直なところ、私にも、どちらの音が正しいかを判断する自信はない。しかも、カートリッジやアンプ、スピーカーといった関連機器も限られた範囲内でのことだから、単純に結論を出すのは危険だ。
操作性でも、どちらとも云い難い。どちらも、操作性がよいプレーヤーとはいえないだろう。ゴールドムンドは、プレーヤーシステムとしての完成型であるから、本当はリードイン/アウトもオートになっていてほしいと思った。エレクトロニクスのサーボ機構を使っているメカニズムであるし、プッシュスイッチによる動作やデジタルカウンターという性格などからして、そこまでやってほしかった。針の上下だけがオートなのである。指先で、カートリッジを押してリードインやアウトをさせるのは、この機械の全体の雰囲気とはどうも、ちぐはぐである。
一方、トーレンスは、全くのマニュアルで、大型の丸ツマミによる操作であり、これもリフトアップ/ダウンだけはオートで出来るものの、決して操作のし易いものではない。ただ、これは、見るからにマニュアルシステムであるから違和感はないのである。しかし、どちらもアナログディスクの趣味性を十二分に満してくれる素晴らしい製品である。
井上卓也
ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より
2万円未満のカートリッジは、キャリアの充分なユーザーが、限定した条件下で選択し、使うべき製品であると考えるため、選択の対象外として除外した。
2万〜4万円は、カートリッジを買ったという実感のある音の変化が確実に得られるだけの内容をもった製品があるゾーンだ。MM型を積極的に選びたい価格帯で、オーディオテクニカAT150E/Gは定評のある、明るく、音楽性が豊かな伝統的な音が聴ける製品であり、AT160MLは、滑らかで、解像力が優れた新世代のテクニカサウンドが魅力。優れた性能が素直に音に出るテクニクス250CMK4、表現力豊かなMC型ヤマハMC505も一聴に値する音だ。
4万〜8万円では、MC型の魅力と海外製品独自な音が楽しめるゾーンだ。定評の高いデンオンDL305、DL303の後継モデルDL304は、リファレンス的意味を含め、信頼性、安定度は抜群であり、オーディオテクニカAT36EMC、37EMCの実感的な音の魅力は見事である。MM型の超高性能型テクニクス100CMK4、海外製品シュアーV15タイプVMR、オルトフォンMC20MKII、SPU−AEなどは、これぞカートリッジ的存在。
8万円以上は、スペシャリティの世界だ。針先とコイルを直結したMC型第1号機ビクターMC−L1000。少なくとも異次元の世界の窓が開いた印象である。これと対照的存在が、軽量振動系MC型の代表作デンオンDL1000Aだ。これに続くのが、ハイフォニックMC−D15、ヤマハMC2000であり、聴感上のSN比が優れ、情報量の多さは、近代型MCならではの新しいアナログの世界を展開する。
昇圧トランス/ヘッドアンプは、低インピーダンスMCには昇圧トランス、高インピーダンスMCにはヘッドアンプという組合せが選択の基準だ。
10万円未満のトランスでは、トランス独特のエネルギー感と緻密な豊かさを聴かせるオーディオニクスTH7559、安定感があるオーディオテクニカAT700Tがベストバイ。ヤマハHA3のMC型用イコライザーという構成と音にも注目したい。
10万円以上では、高インピーダンスMC型に見事な対応を示した昇庄トランス、デンオンAU1000がベストバイである。
菅野沖彦
ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より
ベースをもつシステムと、ベースなしのターンテーブル本体のみのものとがあるが、原則的にはベースを含めてパフォーマンスが決るので、そのほうが好ましい。
30万円未満では、ベースなしだがテクニクスSP10MK3が抜群の回転性能で見落せない。トーレンスTD126MKIIIBCセンティニュアルはデザインの違いはあるが同等品。バランスのよい音と実用性の高さは抜群。
30万〜60万円では同じくトーレンスのTD226BCがウエルバランスで秀逸だ。TD226システム同様、デザインは好みではないが……やや高級感に乏しい。
60万円以上ではトーレンス〝プレスティージ〟が文句のないところ。〝リフアレンス〟ほどではないが、その風格、美しさは、音のよさに匹敵するものといえるだろう。マイクロSX8000II+RY5500IIはBA600ベースとAX10Gアームベースのトータルシステムで威力を発揮する力作である。
井上卓也
ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より
30万円未満では、京セラの第2作、P910がベストバイだ。組合せアームはSMEが平均的、追込み型ならオーディオクラフトが最適だ。シンプルなタイプならARが価格的にもリーゾナブルで良い。
30万〜60万円は、事実上のトップランクのターンテーブルが存在しそうな価格帯だが、やや谷間的な印象を受けるゾーンだ。価格対満足度では、総合的にバランスが優れるマイクロSX111FVがベストだ。
60万円以上は、本格的な、これならではの強烈な印象を受ける、まさにアナログならではの世界が展開する価格帯だ。トップは、’84COTYのマイクロSX8000IIシリー
ズだが、SX5000IIとの組合せも、価格差を考えればもっと注目されてよいモデルと思う。デンオンDP100は、ぜひともDA1000トーンアームと組み合せたい。メカニカル制御のこのアームの音はアナログの魅力。
菅野沖彦
ステレオサウンド 72号(1984年9月発行)
特集・「いま、聴きたい、聴かせたい、とっておきの音」より
トーレンスのリファレンスに大金を投じたのは、マッキントッシュXRT20というスピーカーとの出会いが刺戟になってのことである。このスピーカーの魅力の虜になった私が、何とかして、このスピーカーの最大限の能力を引出してみたいと思うようになったからである。
それまで、JBLのユニットを使った3ウェイのマルチアンプシステムと15年も取組むうちに、その明解な音像輪郭の描き出す音に満足しながらも、時として、少々、肩肘張り過ぎる音の出方が気になってもいた。また、ターンテーブルやプレーヤーシステムも、いわゆる高級・高額品というものには物量が投じられ、剛性を確保したものがほとんどで、それらには同じ傾向が強いことに疑問を抱いていた。たしかに、音が明確な存在感をもって響くのはある種の快感である。締まった低音、曖昧さのない確固たる音像と定位、立上がりの鋭い切れのよい打楽器類の鮮烈なリズム感などは、いい加減にもやもやした鈍い音からすれば質は高いだろう。しかし、時として、それが行過ぎになる傾向がオーディオにはあるように感でいたのである。そうした傾向のプレーヤーでは必ず、本来、もっとも柔軟でしなやかであるべき弦楽器の音が刺戟的な方向で鳴るし、ピアノの打鍵は一様に鋭いパルスが勝って、あの楽器特有のボディのあるソフトな質感が出にくいのである。いくらピアノが、打楽器の仲間で鍵盤を打って音を出す楽器だといっても、まるで鉄のハンマーで打弦するような、金属音が支配するようでは音楽の表現もモノトーンになるし、絶妙なピアニスティックなタッチの変化や音色の多彩なニュアンスは聴くことが出来ない。最近の優秀録音やハイファイシステムは、どうも、その傾向が強く辟易させられる。これは、マイクロフォンに始まって、再生スピーカーに至るまでの数多くのオーディオ機器のもつ、ある種の歪が原因だと思うし、また、それを、ただ無定見に新鮮な魅力として、これを誇張するような録音再生のソフトまで流行しているように思うのである。
人間、ごく単純にいえば、弱いより強いものに、低いより高いものに、柔らかいものより硬いものに、暗いより明るいものに……といった具合に、量的に優位なものに気をそそられるのが普通である。また、オーディオ機器や、その使い方の中で、人は、元の音のあるべき姿を知らないと、一対比較で、音を判断し、この量的優位の感覚で決めてしまう危険性がある。長年のレコード制作で、私がよく体験することであるが、オリジナルテープの音よりカッティングされた音を喜ぶ人が多いもので、それは何らかの原因で、機械式変換のプロセスが音を硬い方向へもっていくことに起因しでいるようなのだ。
よく、超高級のターンテーブルなどで、レコードにはこんな音まで入っていることに驚かされる……といった説明を聴くが、私には、それが必ずしも、レコードに入っている音ではなく、むしろ、ターンテーブルシステムの創造する音ではないかという疑問が浮かんでくるのである。Qの高い金属製ターンテーブルにレコードを直接置くようなプレーヤーの使い方は、私にはどうしても納得出来ない。不自然な音の質感をもつものが多いのだ。この理由の説明は長くなるので、ごく簡単にいおう。レコード製造課程で作られる金属原盤(マザー)と、そこから作られるスタンパーでプレスした塩ビのレコードの音とを聴きくらべると、工程からいって当然、マザーのほうが波形の忠実度が高いのに、その音は明らかに金属的な質感で、よりクリアーで迫力はあっても不自然である。よりクリアーで迫力があれば不自然でもよいというのなら何をか言わんやだし、何が自然なのか解らない人にはそれでもよいかもしれないが、微妙な音楽の質感を大切にする耳には塩ビのレコードの音のほうがはるかによい。金属原盤のQの高さが害を生むのであろう。現在の塩ビのレコード材料が、Qの点からもスティフネスの面からも最上のものかどうかは疑問があるが、これ以上Qの高い材料にすることは賛成出来ないように思う。
もちろん、これはカートリッジやアームの問題とも密接に関連することだが、現行の汎用カートリッジやアームで使うには明らかに、このことがいえる。レコードを金属ターンテーブルに密着させるということは、塩ビとターンテーブルの一体化によりQを高い方向へもっていくことになるだろう。吸着式はレコードの平面性の確保という点ではたしかにメリットがあるだろうが……。もし吸着させるなら、可聴周波数帯域内に害をもたらさないQの小さな材料か、複合材でダンプをすべきではないだろうか。数キロもある金属と一体化に近い状態になったレコードからは、たしかに、曖昧なシートにのせられたものとはちがソリッドで明確な音が出てくるが、これを単純により優れた音と判断するのは感覚的にも教養的にも淋しい話と思えてしかたがない。
マッキントッシュのXRT20が、私のJBLのシステムと違う最大のポイントは、音楽の自然な質感であった。それに触発されて、それまで、いろいろな点で不満であったターンテーブルシステムの充実をはかることにしたのである。自然な質感を失わず、しかも、機械変換機能をもつもののベースとして十分な質量をもたせ、メカニカルフィードバックにも対処させる方向で。その私の考えの線上に浮上したのがリファレンスであった。案に違わず、このシステムは、超弩級のシステムでありながら、トータルバランスを重視した設計で、決してエキセントリックな音を出さない。リファレンスの名にふさわしい妥当な音だ。レコードで音楽を楽しむひとときに、なくてはならない、とっておきのプレーヤーである。
井上卓也
ステレオサウンド 68号(1983年9月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底解剖する」より
マイクロのプレーヤーシステムは、DD型全盛の動向に反して、アナログプレーヤーシステムの原型ともいうぺき、慣性質量が非常に大きい重量級のターンテーブルをベルト、もしくは糸でドライブする方式を、頑として推進させている点に特徴がある。
今回、新登場したSX111FVは、同社のコンプリートなプレーヤーンステムのスタンダードとして位置づけされ、高い評価を得ているSX111をベースに、ターンテーブルシャフトのエアフロートシステムとレコードのバキューム吸着システムの、両方を導入して完成された注目の製品である。ちなみに、モデルナンバー末尾のFは
フローティング、Vはバキューム吸着の意味をあらわしている。
外観上は、従来のSX111にエアポンプユニットが加わった、2ブロック構成であるが、当然のことながら、本体部分のシャフト構造とレコード吸着構造が組み込まれている。
Fを意味するフロートのメカニズムは、同社の高級モデルSX8000、SX777などに採用されているエアーベアリング方式で、エアポンプで圧縮された空気をターンテーブルの内側に送りこみ、ターンテーブル裏面と内部フレームの間を通過することによりできる空気膜により、ターンテーブルを0・03mm浮上させ回転を可能とするものである。
この方式は、従来のようにシャフト下端部にボール等の軸受がなく、機械的摩擦や機械的ノイズの発生がなく、静かで滑らかな回転が得られる。それに加えて、ターンテーブル内側に常に圧縮空気が満たされているため、空気の制動作用により外部振動を受けにくく、ターンテーブル自体の共振を抑えるという非常に大きな特徴がある。
直径31cmのターンテーブルは、重量10kgの砲金製で、ダイナミックバランスは精密加工により極めて良好である。また、ゴムシートを使わず、直接レコードをターンテーブル上に置く設計であるため、音溝に対する応答性が改善され、音質面での分解能、音像定位感などに非常に効果的であるとされている。
Vを意味するバキューム吸着システムは、レコードのソリを修正できることに加え、レコードと重量級ターンテーブルが完全に一体化され、レコード自体の固有共堆が除去され、音溝の情報をより正確に拾うことが可能となる。なお、吸着方式は常時吸着型であり、演奏中のレコードの浮き上がりは皆無であり、レコードを交換するときには、スイッチOFFで逆噴射エアが働き、簡単にレコードの取り外しができる設計だ。
ターンテーブル駆動用モーターは、本体左側奥に取付けられた、8極24スロットのDCブラシレスFGサーボモーターを使用している。
その他、従来のSX111の特徴である、ターンテーブルシャフトアッセンブリーとアーム取付マウント部を重量級の金属フレームで一体化して、ターンテーブルとトーンアーム間の振動循環系の振動モードを同位相化し音溝情報を電気信号に変換するときの変換ロスを追放するダイレクトカップリング方式や、新1500シリーズ等で実績をもつ独自の高支点エアスプリングサスペンション方式により、十分なハウリングマージンを確保している。
この支持方式は、空気とオイルの粘性抵抗、特殊構造のゴム、円錐状金属スプリングと、それぞれ固有共振の異なる4種の材料を組み合わせた構造により、広帯域にわたり振動減衰特性を実現している。上下左右、前後方向の外部振動を除去できるうえ、このサスペンションは取付支点を高くとった結果、プレーヤー全体の重心が低く、安定性が非常に高いというメリットがある。
トーンアームは付属していないが、有効長257mm以下のタイプは全て使え、マウントベースは、SX777、111と共通のA1200シリーズが使用可能。
試聴は、A1206マウントベースにSME3010Rを組合わせておこなう。エアポンプユニットRP1100は、機械的振動やノイズの点でも充分に低く抑えられ、この意味での懸念は皆無にひとしい。
SX111FVの音は、なんといってもスクラッチノイズが質的にも、量的にも大変に低く抑えられているのが最初の印象である。この聴感上の利点は、音の分解能、高ダイナミックレンジの魅力にくわえて、ステレオフォニツクな音場感のパースペクティブな再現性の良さ、シャープな定位感の良さにつながる。このシステムならではの新鮮で、強烈な魅力である。音楽が活き活きと伸びやかに響き、従来のレコードから未知の音が引出される。快心作と評価できる、価格対満足度に優れた製品であるが、駆動モータープーリー部のカバーは強度不足で、このシステムの脚を引張っているアキレス腱であり改善を望みたい。
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