井上卓也
ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
特集・「いま話題のカートリッジ30機種のベストチューニングを探る徹底試聴」より
本誌では久しぶりのカートリッジのテストリポートである。
このところ、やっと、安定期を迎えたCDプレーヤーが注目を集めだし、本格的な普及が期待されている現時点で、いまさらアナログのフォノカートリッジのテストでは、読者に対してのオーディオ誌としてのインパクトが弱いのではないか? という懸念もあったように聞いている。
たしかに、いまさらアナログのフォノカートリッジに注目しよう、というテーマでは話題性も少なく、たいして興味のある結果とはならないだろう。
しかし、この考え方には条件が必要だ。もしも、平均的なオーディオファンが、カートリッジを最少限でもよいから使いこなしているかどうかである。かりに、カートリッジについて十分な基本的知識を持ち、独自のノウハウをも含めて、使いこなし切っている、という自信のある方は、ぜひともCDに移っていただきたい。本誌CDプレーヤー別冊でも少し述べたように、容易にはCDは使いこなせる材料ではないようだ。大きな声では言えぬことだが、メーカーサイドでも正確にオーディオ製品としてのCDの実体を把握しているとは、現実の製品を見てみると思われないふしがあまりにも多すぎる。
伝統的なフォノカートリッジの分野でも同様なことが散見されるが、さすがに長期間にわたりオーディオのプログラムソースのトップランクの位置を占めてきただけに、その完成度はかなり高い。
では、これを使うオーディオファン側はどうだろうか。残念なことに、全オーディオジャンルにわたり各種の製品を正しく理解し、正常な状態で動作をさせ、さらに使いこなしているとは、まったく考えられないようだ。
昨今の高度に発達した科学と技術により開発されるオーディオ製品は、非常に高度な物理特性を獲得しており、これを実際に使って、優れた特性をベースとしたステレオならではの優れた音を得るためには、必要悪的な問題点ではあるが、使うための知識と技術レベルが要求されるわけだ。
本来、使いこなしは、各製品の取扱説明書で製作者自身が述べなければならないはずだ。しかし残念なことに、短絡的な表現になるが、技術者でないと判らない説明、つまり判っている人だけのための取扱説明である例がすべてだ。
ではオーディオ・ジャーナリズムはどうだろう。各製品を使うための正確な情報を伝えていたであろうか。答えは否だ。結局、最大多数の最大公約数的に、例えばカートリッジなら、トーンアームの水平バランスをとり、平均的に1・5gほどの針圧をかけ、せめて針圧対応値が記されているインサイドフォースキャンセラー(IFC)の目盛を合わせるのが平均的な使い方の実体であろう。しかし、これでは単に音が出るだけで、よほどの幸運にでも巡り合ないかぎり、適度な状態の範囲にも入らない使われ方で、カートリッジのためにも、それを購入したファンのためにも、大変に残念なことである。
●使いこなしによる音質変化を聴きとる
そこで今回のカートリッジテストは、カートリッジの特徴をベースに、簡単な使いこなしでどのように音が変化をするかを知り、使いこなしで、カートリッジ本来の能力をフルに引出そうということを最大のテーマとしている。逆説的にいえば、あなたのご自慢のカートリッジは、まだ、その半分も能力を発揮していませんよ。少しの使いこなしで、まだまだ音が凄く良くなりますよ、というわけだ。
テストの対象としたカートリッジのブランドとモデルは、編集部で話題の新製品を中心にして選んだということだ。
●2段階に分けた読聴テスト
試聴テストの方法は、第一次、第二次の2回に分けて行なった。第一次の試聴テストは、対象とした30機種のカートリッジを、編集部でリファレンスシステムとして選んだマイクロSX8000IIターンテーブルシステムにSME3012R PROトーンアームを組み合わせたシステムで行なった。
カートリッジ試聴では、組み合わせるヘッドシェル、MC型では昇圧に使うトランスやヘッドアンプのキャラクターが問題になるが、まず、メーカーまたは海外製品については、輸入元で、基本的に指定してもらうことにしている。ただし、指定のない場合は、原則として、使用したコントロールアンプ内蔵の昇圧手段を使うことにしている。
●拭聴レコードは『幻想』を中心に3枚
試聴レコードは、アバド指揮シカゴ交響楽団のベルリオーズ作曲『幻想交響曲』をメインに、ケニー・ドリュー・トリオの『ファンタジア』と、アル・ジャロウの『ハイ・クラム』の3枚を使った。幻想交響曲は、やや条件の悪い第2楽章でおおよその調整をし、第1楽章でも確認をし、交互に聴く方法をとり、最艮と思われる針圧とインサイドフォースキャンセラーの値を決定した後に、他の2枚のA面、第1曲を使い試聴をする方法をとった。
●徹底したチューニング主体の第2次拭聴
第2次試聴は、10万円以下の価格帯については、第1次試聴であまり結果の好ましくないものを選び、使いこなしてみようという考えであったが、実際には、何らかの興味のある製品を選んで聴くという結果になっている。
また、10万円以上の製品については、全機種を第2次試聴の対象とし、プレーヤーシステムを変えて聴くことにした。この詳細は、第2次試聴のまえがきを参照されたい。試聴に使った各コンポーネントは、適度に知名度があり、個体差が少なく、信頼性、安定性のあるものを条件として選んでいる。
●就聴に使用した機器について
コントロールアンプとパワーアンプは、当初、各種のMC型に対して内蔵の昇圧トランスにヘッドアンプさらに外付けの昇圧手段が選べるデンオンPRA2000ZとPOA3000Zを使う予定であったが、パワーアンプに不測のトラブルが発生しために、第2候補としたアキュフェーズC200LとP300Lのペアを使うことにした。この組合せは、コントロールアンプとパワーアンプ間が通常のアンバランス型のみでなく、バランス型の結線で結べ、そのメリットとして、ナチュラルな音場感的情報が豊かである特徴がある。
スピーカーは、本誌リファレンスのJBL4344であるが、カートリッジの測定の項で説明する、位相の正、逆に関連して、JBLが採用している一般とは異なる逆相設計(スピーカー端子の+(赤)に電池の+をつなぐとコーンが引込む)が、かなり大きく音質に関係することが、やや気になる。
●チューニングテストのポイント
試聴にあたり重視した部分は、針圧変化による音質変化がどのくらいあるかという点だ。カートリッジの定格にある標準的な針圧と針圧範囲については、標準、上限、下限の3点で、針圧対応値のインサイドフォースキャンセラー値で使った場合の試聴をベースに、両者を最適値に追込んだ場合との2つのテーマに基づいて試聴しているのが、従来のテスト方法と大きく異なる点である。なお、基本性能を知るための測定データも興味ある部分だ。
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