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テクニクス SL-1200MK3

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド別冊・1994年春発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム篇」より

 本機は、超ロングランモデルであるとともに、全世界に輸出され、現在でも月産1万台は下らない生産量を誇る、ベストセラー中のベストセラー機だ。
 筐体構造をはじめ、ターンテーブルやトーンアームは、耐ハウリングマージンが大きく、比較的設置場所を選ばない。そして、ターンテーブル外周部の照明ランプ付ストロボスコープ、大型スライドレバーによる可変ピッチコントロール、盤面照明ランプなど、その操作性の高さは抜群である。トーンアームも、インサイドフォース・キャンセラー、アーム高さ調整機構、アームリフタ一等を備え、各調整が容易にできるため、使用するカートリッジに最適の条件が確実に設定できる点はうれしい。
 本機は、いまもって世界中のディスコなどで業務用に数多く使用されている。それだけに、長期間にわたる生産期間の中で完成度が向上するというメカニズム特有の熟成条件を完全に満たしており、外観から受ける印象よりは、はるかに高い安定度と信頼性をもっている。アナログプレーヤー全体の中でも傑出した、価格を超えた世界の一流品である。
 また、各国、各様なFCC、FTZに代表される不要輻射対策はすべてクリアーしており、電源系のノイズやTV、FMなどの高周波妨害に強いことが、その最大の特徴となっている。この妨害波に強いメリットは、東京タワーに近接して強力なTV電波が8波もある本誌試聴室における試聴でも、その真価を発揮した。バス妨害が皆無に近く、高域に薄くモヤがかかったようになる高周波妨害がなく、他の高級プレーヤーに比較しても予想を超える安定度がある。彫りの深いアナログならではの音が聴かれ、本機の実力を見事に示してくれる。
使いこなしポイント
 電波障害の少ない地域にあっても、AC電源の汚れが全国的に及んでいる現在、本機の特徴はアナログ再生の大変に強い味方となるはずだ。

トーレンス TD520RW + 3012R

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド別冊・1994年春発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム篇」より

 トーレンスは、往年の銘器として世界のトップレベルに君臨したTD124や、そのオートプレーヤー版TD224以来、つねに高性能、高音質かつ操作性の優れたシステムを世に送り続けている。
 TD520RW十3012Rは、アームレスのTD520RWに、トーンアームにSMEの2Rを搭載し、エレクトリックコントロールのアームリフトを組み込んだ、カートリッジレスのセミオートターンテーブルである。このアームリフターの装備は、CDプレーヤーの機能性に慣れた現状では、実用上で不可欠な機能である。
 3・2kgの二重ターンテーブルは、シングルターンテーブルと比べ単一の固有共振が出難く、スタート/ストップ時のタイムラグもほどよく充分にコントロールされた結果での重設定であろう。
 同社はトーンアーム、ターンテーブルをフローティングして処理する方法を一貫して採用している。コイルスプリングの選択や、その組合せ、またリーフスプリングを使う現在のサスペンション方式は、長期にわたる熟成期間を経て完成されたメカニズムである。これは上下方向にタップリとしたストロークがあり、前後、左右を抑えた設計で、耐ハウリングマージンが大きい。このタイプの理想に近いコントロールによって、ダンピング量も巧みにコントロールされている。
 SME3012Rは、いわゆるロングサイズのトーンアームで、現状のオルトフォンやデンオンに代表される1・5〜3gの針圧で使うカートリッジを対象とすれば、好適なタイプであろう。設定方法、調整を正しく行なえば、組み合せるカートリッジの音を確実に引き出すだけの能力をもつところが本機の信頼性の高さだ。
使いこなしポイント
 駆動モーターはサーボ型であるだけにAC電源にも気を使いたい。極性をチェックし、アンプのACアウトレットを使わずにアンプ系とは別の電源から取ることが必須条件。

オルトフォン MC10 Superme, MC20 Superme, MC30 Superme

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 SPU系とは異なり、現代タイプのMC型カートリッジを目指して開発されたシリーズが、MC10/20/30の3モデルで構成する2桁ナンバーのMCシリーズで、オルトフォンMC型の中核をなす存在である。世界的な市場では、このシリーズがオルトフォンの代表機種とされているようである。
 本シリーズの中堅モデルMC20サプリームの原型は、1976年に誕生したMC20とされている。しかしそれ以前にも、巻枠形状はMC20とは異なるが、S15、SL15などのSPU系とは異なった製品が開発されており、マクロ的に考えれば、これらのモデル開発での成果がMC20に活かされていると考えることもできるだろう。
 MC20の登場以来、すでに18年の歳月が経過し、その間に数度のモデルチェンジが重ねられている。今回のサプリームタイプは第5世代目となるが、MC2000に始まったトップモデル開発での成果は、実に見事にこのシリーズに反映され、前作のスーパーIIで驚かされた確実なグレードアップは今回でも変らず、MC20サプリームが前作の上級モデルMC30スーパーIIをも超すパフォーマンスを備えていることは、このシリーズに賭けるオルトフォンの並々ならぬ意気込みを示す証である。
 振動系の発電コイル巻枠に十文字状の磁性体を使う設計は、DL103の開発でデンオンが初めて採用した構造と同じであり、パイプカンチレバーとともに、前作のスーパーIIを受け継いだ特徴である。磁気回路は、現時点で最強の磁気エネルギーをもつネオジウム・マグネットを中心に、回路全体の設計を一新し、いっぽう、発電用コイルには7N銅線を新しく採用するとともに、インピーダンスを3Ωから5Ωとし、コイルの巻数を増加させて、出力電圧を0・2mVから、高出力MC型のHMCシリーズと同じ0・5mVにまで高めている点に注目したい。
 その他、サプリームシリーズ共通の特徴には、ヘッドシェルとボディの全面接触をあえて避け、針先側1個、端子側2個の突起によって3点で接触するユニークな取付け方法「3点支持マウンティング」の新採用があり、さらに、マウントを一段と安定させ振動を除去するために、取付け穴にネジを切って、ビス/ナット方式と比べて、一段とボディとヘッドシェルの一体化を高める構造としたことが、これに加わる。
 またボディのディスクと接する部分には、静電気対策のクリック/ポップノイズ・デイスチャージャーを備えていることも、このシリーズの特徴である。
 サプリームシリーズ3モデル間の基本的な違いは針先形状にある。
 MC10サブリームは8×18μm超楕円針、MC20サプリームは8×40μm超楕円ファインライン型、MC30サプリームは従来の18×40μmレプリカント・スタイラスチップに代えて、6×80μmという超楕円状の新開発スーパーファインライン・スタイラスチップを採用。針先形状の違いで、周波数特性、チャンネルセパレーションなどで差が生じてくる。
 サプリームシリーズの発売にあたり、昇圧トランスT30も内容を一新し、発展改良されT30MKIIとなった。試聴にはこのトランスを使用した。

MC10 Superme
 MC10サプリームはこのシリーズのベーシックモデルで、価格対満足度の高さで際立った製品である。
 針圧は前作の適正針圧1・8gから2gに変ったため、試聴は針圧/インサイドフォースともに2gからスタートする。
 豊かで安定感のある低域をベースとした、ややナローレンジ型の帯域レスポンスをもち、中高域から高域は抑え気味の印象があり、やや線の太い安定度重視型の音である。
 バランス的にはわずかに低域型で、小型から中型のスピーカーシステムにマッチしそうな音だ。中域がしっかりとしたエネルギーをもち、新旧ディスクの特徴を巧みに捉えて聴かせるコントロ−ルの巧みさは、さすがに伝統あるオルトフォンならではの味わいが感じられる。
 音の分離は標準的ではあるが、もう少しクリアーさが加われば、このマクロ的な音のまとまりは解消されるだろう。
 針圧とインサイドフォースを2・25gに上げると、音に鮮度感が加わり、帯域バランスは一段とナチュラルな方向に変る。音場感情報も増えて、見通しの良さが聴きとれるようになる。また、中域から中高域には安定感が一段と加わり、ほどよい輝かしさがあり、低域と巧みにバランスする。
 低域の力強さ、豊かさを活かして、小型スピーカーと組み合わせて使う時に、もっとも魅力が引き出せるMC型カートリッジである。

MC20 Superme
 MC20サプリームの試聴モデルは適度に使用されたカートリッジのようで、針圧とインサイドフォースは適正値の2gで音がピタッと決まり、トータルバランスが見事にとれた、ほどよい鮮度感がある、反応のシャープな音を聴かせてくれる。このナチュラルさは大変に魅力的である。
 聴感上での帯域レスポンスは必要にして十分なものがあり、低域から高域にわたる音色も均一にコントロールされ、古いディスクで気になりやすいヴァイオリンの強調感が皆無に近く、スムーズである。古いディスクを古さを感じさせずに聴くことができるのは、アナログディスクファンにとって大変に好ましいメリットである。
 音の表情は全体に若々しく、一種ケロッとした爽やかさが好ましい。音場感は十分に拡がり、奥行きもほどよく聴かせてくれる。
 音場感的プレゼンスと音の表情を、インサイドフォース量でかなりコントロールできるのも、このモデルの特徴である。
 新しいディスクに対しては、音のディテールよりも、滑らかさ、しなやかさで、新しいディスクならではの聴感上のSN比の良さや、音場感を雰囲気よく聴かせる傾向がある。
 音場感情報は標準よりやや上のレベルで、音場はソフトにまとまり、適度に距離感をもって拡がるタイプだ。
 針圧とインサイドフォースを2・25gに上げると、音のエッジが滑らかに磨かれたイメージとなり、低域の安定度が一段と向上した内容の濃い音に変る。これは、かなり大人っぼい安定したクォリティの高い音で、反応は緩やかだが、落ち着いて各種のプログラムソースを長時間聴きたい時に好適である。針圧とインサイドフォースのコントロールで、爽やかでフレッシュな音から安定感のあるマイルドな音まで使いこなしができることは、このモデルの基本性能の見事さを示すものだ。

MC30 Superme
 MC30サプリームの試聴モデルは、針先が完全に新しい状態にあるようで、わずかな針圧変化に過敏なほどに反応するシャープさをもつ。
 適正値の針圧/インサイドフォース2gでは、音にコントラストがクッキリとついた、かなり広帯域型バランスの音ではあるが、シャープさが不満である。2・2gより少しアンダー(2・15g位)では少しシャープさが加わると同時に安定度が増し、2・25gでは音のコントラストは少し抑えられるが、しなやかな表現力と柔らかさ、豊かさが聴かれるようになり、全体のまとまりは2g時と比べ大幅に向上する。
 この2・2gアンダー時と2・25g時の音の変化は大きく、使いごたえのあるMC型カートトッジである。
 新旧ディスクには、わずかの針圧変化で見事な対応を示し、各時代別のディスクの特徴を見事に引き出してくれるのは楽しい。
 音場感情報はさすがに豊かで、聴感上のSN比もトップモデルだけにシリーズ中トップにランクされる。トータルなパフォーマンスも前作比で確実に1ランク向上しており、基本的に安定度の高い音だけに、使いこなせば想像を超えた次元の音が楽しめよう。

オルトフォン SPU Classic GE, SPU Reference G, SPU Meister GE

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 Stereo Pick Upの頭文字をとったSPUは、記録によれば1959年発売とある、オルトフォン・ブランド初のステレオ・カートリッジだが、それ以前にもアメリカでESLというブランドとして売られていた、C99、C100というモデルがあった。SPUが登場し、素晴らしい成功を収めたのはその後のことである。
 したがって、SPUは、オルトフォンのステレオカートリッジとしては、第3弾の製品にあたる。前2作は、オルトフォンのLP用モノーラルカートリッジの発電系を2個組み合わせた構造であったが、SPUは、左右チャンネルの発電用コイルを4角の薄い磁性体巻枠に井桁状に巻き、一体化したことと、カンチレバー後端を細いピアノ線で支えるサスペンション機構をもつことの2点が、まさに画期的な設計であった。その後、各種の発電メカニズムをもつステレオMC型カートリッジが開発されたが、急速な技術革新の時代に現在にいたるまで生き残る、いわゆるオルトフォン型の発電メカニズムの驚異的な基本設計の見事さは、スピーカーユニットでのダイナミックコーン型の存在に匹敵するといっても過言ではない。
 また、当初から業務用途として開発されたため、カートリッジとヘッドシェルを一体化して販売され、ヘッドシェルに、業務用のAシェルとコンシューマー用のGシェルの2種類が用意されていることも、異例なことである。さらには、一時期、Gシェルの内部に超小型昇庄トランスを組み込んだSPU−GTがあったことも、オルトフォンならではのフレキシビリティのある製品開発である。
 現在のSPUは、バリエーションモデルが基本的に3種類あり、それぞれに、AシェルとGシェルの2種類のヘッドシェルが用意される。ベーシックモデルのクラシックシリーズには円針と楕円針が用意されている。トータルのモデル数の多さは、選択に迷うほどの豊富さである。
 SPUは、製造された時期により、細部の仕様に違いがあるが、もっとも重要な点は、井桁状にコイルを巻いた磁性体巻枠とサスペンションワイア一間の相対的な位置変化である。最初期型は、カンチレバー横方向から見て磁性体巻枠の厚みの中心からサスペンションワイアーが引き出されていたが、ある時期以後、磁性体巻枠の針先から見て後端から引き出されるようになった。
 オルトフォン方式の発電メカニズムは、SPUの初期型では、振動支点を中心に磁性体巻枠は回転運動をして、磁性体巻枠内を流れる磁束が交替する。しかし、それ以後のタイプでは、磁性体巻枠は、回転運動と首振り運動を併せて行なうことになり、当然、結果として音が変る。短絡的に表現すれば、前者は分解能が優れたミクロ型、後者は、トータルバランスの優れたマクロ型といった違いである。初期型の一部には、サスペンションワイアーが磁性体巻枠の厚みの中心部で一段と細く削ってあるタイプを見聞きしたことがあるが、ESL/C100で驚異的な超小型ユニバーサルジョイントを採用した、オルトフォンならではの精密加工の証であるように思う。
 ちなみに、最近のSPUでは、初期タイプに近い振動支点にあらためられた、とのことだ。

SPU Classic
 SPUクラシックは、世界のMC型カートリッジの原器である、1959年発売当時のSPUを現在に甦らせることを目的として、素材、製造工程、加工用治具にいたるまで、開発当時のものを、可能なかぎり集め、再現してつくられたモデルである。SPUの忠実な復元モデルであるが、ベークライト製Gシェルの復元は不可能であったようで、メタル製になっている。針先は円針と楕円針の2種類、ヘッドシェルがGシェルとAシェルの2種類、合計4モデルが、そのラインナップである。ただし、ヘッドシェル込みの重量はGシェル、Aシェルともに当初の31gに調整され、同社のダイナミックバランス型トーンアーム、RMG/RMA309に無調整で取り付けられることはいうまでもない。
 試聴をしたSPUクラシックは、楕円針付のGEタイプで、トーンアームはSME3012Rプロ、昇圧トランスにSPU−T1を組み合わせて使うが、本来ならアームは、オルトフォンRMG309がベストだろう。
 針圧3g、インサイドフォース3gで聴く。中高域が少し浮いた印象があるが、ほどよい量感と質感をもつ低域に支えられ、安定したバランスの音である。針先がいまだ新しく音溝に馴染まない印象があり、針圧、インサイドフォースともに、0・25gステップでプラス方向にふり、3・5gにするとほどよくエッジが張った音となり、表情が活き活きとしてくる。
 新旧ディスクにもバランスを崩さず、しなやかな対応を示し、音場感情報も標準的で、スクラッチノイズの質、量とも問題はなく、リズミカルな反応にも、予想以上に対応を示すのは、低域の量感が過剰とならず適度なレベルに保たれているメリットである。
 かつてのSPUと比べ反応が速く、低域過剰気味とならぬ点は、使いやすく、幅広いジャンルの音楽に対応できる。復元モデルとはいえ、現代カートリッジらしさも備えている。メタル製Gシェルの効果も多大であろう。
 音場はほどよい距離感があり、音のハーモニーを色濃く、光と影の対比をしなやかに再現する。中庸を心得た、安心して音楽が聴ける独自の魅力があり、SPUの設計の見事さを如実に知ることのできる、価格対満足度の素晴らしいモデルだ。

SPU Reference
 SPUリファレンスは、SPUの振動系を改良したモデルで、GシェルとAシェルの2モデルがある。針先は、カッター針と近似形状のレプリカント100型チップ、発電コイルには、6N銅線が採用され、コイルインピーダンスは2Ω、重量は32gである。
 SPUリファレンスGと昇圧トランスSPU−T1を組み合わせ、針圧、インサイドフォースともに適正の3gから聴くが、針先は完全に新しい状態のようで3・25gに上げる。活気は出てくるも安定感がなく、さらに針圧を上げ、3・5g弱にすると、中域に独特のエネルギー感のある、クッキリと音を描く、やや硬質な見事な音が聴かれる。
 いかにも、アナログディスクの音らしく、克明に音溝の情報を針先が正確になぞっていく印象である。表情にみずみずしさがあり、巧みにデフォルメされた、これならではの世界は、原音と比べたとしても、むしろ魅惑的に感じられる何かがあるようだ。やや硬い表情が垣間見られるが、針先が新しい
ためであろう。やや硬質で寒色系の音として聴かせるが、リズミックな反応は苦しい面があり、とくに低域は、やや重く、鈍い面を見せる。しかし、クラシック系のプログラムでの個性的な音を思えば、思い切りよく割り切るべき点であろう。

SPU Meister
 SPUマイスターは、SPUの設計者ロバート・グッドマンセン氏の在籍50周年記念とデンマークの文化功労章受章を記念して、SPUを超えるSPUとして製作された、究極モデルである。
 ネオジウム磁石採用の磁気回路、7N銅線コイル採用で、すべてを原点から考え直してつくられたこのモデルは、GEとAEの2モデルがあり、各1000個の限定生産。昇圧トランスSPU−T1も同時発売された。
 針圧、インサイドフォース量は3gにする。十分に伸びた帯域レスポンスをもち、すばらしく安定感のある音である。重厚な低域と、ほどよくきらめく中高域から高域がバランスし、オリジナルモデルからの進化のほどは歴然とわかるが、それでも非常にSPUらしいイメージがある。豊かな音場感情報量に裏付けられた、力強く表情の活き活きした音は、クラシック系に、これ以上は望めない抜群のリアリティである。

オルトフォン MC7500, MC5000, MC2000MKII

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「オルトフォンカートリッジが聴かせる素晴らしきアナログワールド」より

 オルトフォンのMC1000番シリーズは、それぞれの発表時点での最先端技術と素材を集約して開発された、文字どおり世界のMC型カートリッジの頂点を極めたモデルで形成されたシリーズである。
 1982年発表のMC2000が、その第一弾製品で、続いて1987年のMC3000、1989年のMC2000MKII、1990年のMC5000が発表され、昨年のオルトフォン創立75周年を記念したMC7500というのが、そのラインナップである。
 MC7500は、オルトフォンがステート・オブ・ジ・アートモデルとして自信をもって開発しただけに、SPUに始まる各MC型はもとより、MM型を含む、オルトフォン全製品の内容を一点に凝縮した成果であり、最新のMC型カートリッジの究極モデルといっても過言ではない稀有なモデルだ。
 振動系は、SPU以来のオルトフォンタイプではあるが、MC1000番シリーズ共通の特徴は、コイル巻枠が、オルトフォンの特徴でもある伝統的な磁性体巻枠を廃し、非磁性体巻枠採用の、いわゆる空芯型MCに発展させたことである。
 MC7500では、巻枠には、MC5000同様のカーボンファイバーが使われ、コイル線材は、究極の純度をもつ8NCu30μm径被覆ワイアー、カンチレバーはテーパードアルミパイプである。針先は、前作は2つの楕円面を組み合わせたレプリカント型だったが、ここでは、新開発の4・5×100μmの超偏平形状のオルトライン型に変った点に注目したい。
 サスペンション系は、MC2000で開発された、2個の厚いゴムリングの間に白金ワッシャーをサンドイッチ構造としたダンパーとSPU以来の伝統をもつニッケルメッキ・ピアノ線の組合せである。
 磁気回路は、ネオジウムマグネットを軸に、磁気ギャップ内の磁界分布を滑らかにしたポール形状の組合せで、コイル部分を純粋MC型とした相乗効果により、リニアリティが一段と改善された、とのことだ。
 ボディシェルは、軽質量、高剛性であり耐蝕性に優れた非磁性体のチタンを初めて採用し、それをブロックから削りだし、表面仕上げはダイアモンド研磨、銘板はレーザーカット、ヘッドシェルとの接合部は、MCサプリームシリーズ同様の3点支持方式が採用されている。
 MC5000の振動系は、十文字型カーボンファイバー巻枠と7NCuワイァーの組合せ、カンチレバーは、0・3mm径ソリッドサファイア、針先は、カッター針と同形状のスイス・フリッツガイガ一社と共同開発のレプリカント100タイプである。ネオジウムマグネットを使った磁気回路を備える。なお、ハウジングはセラミックである。
 MC2000MKIIは、MC2000をベースに、その後の技術的発展と素材選択などの成果を最大限に集約し内容を高め、しかもリーズナブルな価格を実現した注目に値するモデルである。
 モデルナンバーは、MC2000を受け継いではいるが、内容的にはだいぶ異なっている。
 振動系はアルミパイプカンチレバーとフリッツガイガー90タイプスタイラスチップ、十文字カーボンファイバー巻枠と6NCuワイアーの組合せ、サスペンション系はシリーズ共通のワイドレンジダンピング方式とニッケルメッキピアノ線を使うタイプである。ボディシェルは、MC5000と同じセラミック製だが、色調は異なる。

MC7500
 MC7500に、T7500/T7000昇圧トランスを組み合わせて音を聴く。針圧、インサイドフォースキャンセラーは、適正値である2・5gである。
 広帯域型のレスポンスと粒立ちがよく、クッキリと音の細部までを鮮明に見せる音だ。大変にクォリティが高く、音の鮮度の高さも、さすがにステート・オブ・ジ・アートとオルトフォンが自負するだけに見事ではあるが、本誌新製品テストで聴いたときの、音楽の感動がひしひしと心にせまる、これならではの音ではないのだ。
 試聴に先立ち、編集部でも約2時間ほどの時間をかけ調整をしたが、どこか思わしくないと言っていたが、それが納得できる音である。一般的にオーディオ機器は、その性能が向上するにつれ最適な使用条件の幅が狭く、寛容さを失いがちとなるデメリットが共存するため、条件設定は、かなりのシビアーさが要求されるものである。とくにカートリッジの音は、まさに一期一会そのもので、まったく同じ音は2度と聴けないことを知るべきである。
 しかし、部屋の吸音、反射条件などを含め約2時間ほど追い込んで、ほぼ同じ印象の音が得られた。
 試聴したMC7500は、ある程度使われていたようだが、針圧は少し重い方向で、最適値が得られた。針圧は2・5gプラス0・1gあたりが最適値。インサイドフォースキャンセルは、2・5gとしたが、この調整でも音が大幅に変るのは、アナログオーディオの常である。
 古いディスクにおいても、音の芯のシッカリとした特徴とほどよくメタリックな印象を、巧みに引き出して聴かせるが、低域は軟調、高域は硬調が基調で、古い録音のディスクにたいしては、同じオルトフォンでもやはりSPUのテリトリーであろう。
 新しいディスクには、その真価を発揮し、スクラッチノイズの質は軽く、ソフトで楽音に無関係で非常に見事だ。帯域レスポンスはナチュラルに伸びきり、音場感情報は豊かで、パースペクティヴな再現性は奥にも深々と引きがあり、聴感上での高いSN比をもつため、CDでは得られないホールの空間を聴かせるプレゼンスの豊かさは圧巻である。
 音のディテールを克明に引き出しながら全体のまとまりは崩れず、ピークでの音の伸び方に誇張感がなく、ナチュラルに無限の空間に際限なく伸びる印象すらある。
 音の表情は生気があり活き活きとした鮮度感が小気味よく、とくにコーラスなどのピークでも各パートがクリアーに分離され、いかにも、その演奏会場にいるかのようなリアリティのあるプレゼンスが聴かれる。
 ポップス系にもフレキシブルな対応を示し、抜けのよいパーカッションはリズミカルで反応に富み、混濁感皆無のハイレベル再生能力は、アナログディスクの極限をいくものだ。
 ストレートでパワフルな音は、いまひとつの不満が残るが、ヘッドシェルやトーンアームの選択でクリアーできるであろう。
 まさしく、MC7500は、カンチレバータイプで前人未到の領域に入った記念すべきMC型カートリッジである。

MC5000
 MC5000は、T7500と組み合わせて聴いてみよう。針圧とインサイドフォースキャンセラーは、適正値2・5gから始める。
 充分に伸びた帯域レスポンスと、音の粒立ちがよく、芯のクッキリとした安定度の高い音であり、細部をほどよく聴かせる一種の曖昧さは使いやすさにつながる長所であろう。針圧変化に対する音の変化は、MC7500よりマイルドで、2・6gプラスとすると彫りの深さが加わり、表情も活気づき、アナログのよさが実感できる好ましい音だ。
 新旧ディスクとの対応も良く、どちらかといえば、自己の個性を通して聴かせるタイプで、ポップス系も巧みにこなし、ほどよい強調感が快適で、リズミックな反応もよい。MC1000番シリーズでは個性派の音で、いかにもアナログディスクを聴いている独自のリアリティは、このモデルならではの魅力だ。

MC2000MKII
 MC2000MKIIは、シリーズの特徴を集約した音である。ほどよい鮮度感をもち、しなやかでスッキリした音は心地よい。やや受け身型の性質だが、ナイーヴさは独自の味だ。

私とオルトフォン

井上卓也

オルトフォンのすべて(ステレオサウンド別冊・1994年2月発行)
「私とオルトフォン」より

 非常に個人的な独断と偏見で言えば、オルトフォンはSPUであり、それ以外の何物でもない。
 Stereo Pick Upという単純明解なモデルナンバーがつけられたこのモデルは、記録によれば、1959年の開発とのことであるが、最近のように世界の情報が瞬時に日本でも知れる時代と異なる当時では、非常に貴重な情報源であった内外のオーディオ誌で見たことはあっても、それが何であるかは皆目わからず、現実に聴くことができたのは、’60年代に入って数年後であったと思う。
 そのころ一部の国内のハイエンドマニアのなかにデンマークにオルトフォンありきとのニュースが伝わり、台湾のハイエンドマニアから、書籍の内部をくりぬいてSPUを収め、密かに輸入する人が現われ、それが想像を超えて驚異的に素晴らしいという。そして、当時の田村町(現在は西新橋と地名が変ったが)の一隅にあった、YL音響の吉村氏の事務所において、SPUと初めて出合ったのである。
 吉村氏は幻のホーンドライバー、ウェスタン555を復元しコンシューマー用としてYL555を開発した方で、モノーラル時代に夢の高域ユニットであったYLのH18を使って以来の知り合いである。そこで聴いた、中域以上を3〜4ウェイ構成とするスピーカーシステムとSPUの組合せは、じつに単純な記憶ではあるが、いっさいのビリツキなくレコードを再生するSPUのトレース能力の偉大さに驚嘆し、アッ気にとられたこと以外には、おぼろげな音の姿、形しかおぼえていない。そのときの昇庄トランスは、2次巻線のインピーダンスが、200Ω〜200kΩまで数種用意されており、スタンダードの20kΩで聴いた。また、昇圧比の低い200Ωに最大の魅力があり、200kΩにCR素子を組み合せAUX入力にダイレクトにつなぐ使い方も興味深いという話も聞かされた。
 オーソドックスなクォリティ最優先の使い方では、200Ω型の昇圧トランスは最適にちがいないが、当時のステレオプリアンプのSN比では実用にならず、このあたりを軽くクリアーしたのは、マランツ♯7が入手手きるようになってからのことである。
 いずれにせよ、現実に入手できるような価格でもなく、プログラムソースのステレオLPさえ買うことが容易ではない時代のことで、まさしく夢のカートリッジSPUであった。
 SPUの詳細を自分なりに納得のいくレベルで知ったのは、偶然のことから、当時代々木上原の近くにあったオーディオテクニカの試聴室の仕事をしてからのことである。
 そこでは、SPU・G、RMG309、20kΩ型昇圧トランスをリファレンスシステムとして、マランツ♯7プリアンプと組み合わせ、パワーアンプは、サンスイQ35−35、これに加藤研究所の糸ドライブターンテーブルと3ウェイホーン型スピーカー、サブにダイヤトーン2S208というラインナップで、当然、オーディオテクニカの各種製品は常時試聴できるようになっていた。ここで約3年間、SPUにつきあっている間に、SPUタイプのカートリッジをつくったり、この発展型にトライ、さらに、カンチレバーレスMC型へアブローチしてみたり、また逆に、MM、MI型の一種独特の心地よい曖昧さのある音にも魅惑され、しばらくは、ある種のクラシック系の音楽専用にしか、SPUを使わない時期がかなり長くあったように思う。
 SPUはたしかに独特の魅力的な音をもっているものの、当時の製品は、カンチレバーとスタイラス接合部の工作精度が悪く、いわばカンチレバーにスタイラスチップが串刺し状に取りつけられ、そのうえ取りつけ角度がまちまちで、少なくとも、数個のSPUからルーペで確認して選択しなければならなかった。しかも選択したモデルであっても、使い始めは音が固く、かなり使いこんでよく鳴りだしたら短時間に劣化する傾向があるため、よく鳴りだしたらつぎのSPUを購入し、エージングしておく必要があるという、いまや伝説的となった、SPUファンならではの悩みをもっていた。このことは、趣味としてはかけがえのない魅力でもあるが、この安定度のなさは、ストレスにもなり、SPUアレルギーにもなる原因で、個人的にもSPUをメインに使わなくなった最大の原因である。
 ちなみに、1987年のオルトフォンジャパン設立以後は、この部分の工作精度は格段に改善され、最近ではルーペでチェックする必要もなくなった。
 一時期は、工作精度と使い難さに加えて、SPU独特の曖昧さのある音が、トランスデューサーとしてふさわしからぬものと感じられ、それもSPUと疎遠になった要因であった。しかし、圧倒的な物理特性を誇るCDでも、音楽を楽しむためのプログラムソースとして、いまだ未完の状態であることを経験すると、アナログディスクの、音溝とスタイラスチップの奇妙で不思議なフレキシビリティのある接触からくる、大変に心地よい一種のゆらぎ感や、エンベロープをほどよく描きながら一種の曖昧さで内容を色濃く伝え、音楽を安心して聴けるところが、また一段と楽しいものとなった。それを究極的に伝えてくれるのがSPUで、ふたたびSPUを使う頻度は、格段に多くなっている。この、ある種の輪廻的な感覚は、かなり興味深い。アナログディスクの、聴感上のSN比が高く、音楽にまとわりつかぬノイズの質のよさは、非常にオーディオ的な世界なのである。
 SPU系の項点には、開発者ロバート・グッドマンセン氏が、生涯最高の傑作と自負するSPUマイスターが限定発売され、たしかに納得させられるだけの見事な基本状態と音を聴かせてくれるが、個人的には、もっともクラシカルでプリミティヴな、SPUクラシックに心ひかれる昨今である。

ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 当初のセッティング、部屋の音響的処理、試聴などの全プロセスを加えると、ほぼ24時間ほどS9500を聴いたが、デザイン的な制約のある独自な構成の2ウェイシステムとしては使いやすく、モニター的に前に出るJBLの音に、奥深い音場感のプレゼンスと素直に立つ音像などの新しい魅力を加えた、見事なシステムであることを実感できた。
 プロトタイプで聴いた時の、必要帯域内のエネルギーをビシッと聴かせたナローレンジ型の音が印象に鮮明に残るが、最新モデルでは、やや低域の量感重視型と変り、量感はあるが音の芯が甘く、軟調な低域となり、この部分をいかに制御するかがポイントで、ここが使い難いシステムという印象につながっているようだ。しかし、駆動側のアンプを、今回聴くことができたグレードのモデルとすれば、極限を望まなければ、この試聴条件でも、すべて調整範囲にある。
 スピーカーシステムとしては、公称インピーダンスが3Ωであるため、駆動するアンプは低負荷時のパワーリニアリティが要求され、今回の試聴でもアンプとスピーカー間が有機的に結合した音を望むと、8Ω負荷時のパワーが200Wは必要である。また、TV電波の外乱が少ない平均的な場所での條用では、高域のクォリティは明らかに1ランク高くなり、8Ω負荷時100Wあれば、本誌試聴室の200W級よりは、明らかに優れた結果が得られると思う。
 TV電波の外乱による音の劣化は、単一の症状として表われるものではないが、全般的に、電波障害が少ない環境の良い地区で作られる海外製品は、電波対策が施されていないのが普通のようで、かなり中高域以上が乱れ、高域が遮断されたナロ−レンジ型の音となることがほとんどである。
 国内製品は、電波対策は必須条件として設計されるが、非常に強力な電界下では、当然影響は避けられず、音の透明感、鮮度惑をはじめ、音の表情が抑えられ、マットになるのは止むをえないことであろう。
 高級アンプにとり、ウォームアップによる音質、音色などの変化は、現状では必要悪して悠然と存在する事実で、これを避けて通ることは不可能なことと考えたい。
 このウォームアップ期間の変化を、どのようにし、どのように抑えるかは、まったく無関心のメーカーもあり、今後の問題といわざるをえないが、アンプを選択する使用者側でも、どの状態で今アンプが鳴っているかについて無関心であることは、寒心にたえないことである。
 今回は、各アンプとも、試聴数時間以上前に電源を入れプリヒートを行ない、試聴時間はそれぞれ2時間程度を要している。
 各試聴アンプの設置場所、AC100V系の電源の取り方、などの基本的な部分はステレオサウンド試聴室の標準仕様ともいうべきもので、同誌連載中のトリヴィアのリポートとして掲載したものを参照していただきたい。
 接続用ケーブルは、トーレンスCE100スピーカーケーブル、平衡/不平衡(バランス/アンバランス)ケーブルは、オルトフォンの7Nケーブルであり、すべて試聴室常用のケーブルである。
 CDプレーヤーは、アキュフェーズの新製品DP90とDC91の組合せで、これはすべてのアンプに共通に使用したが、出力系の平衡/不平衡は適宜、そのたびにケーブルを差し替えて使い、平衡/不平衡間の干渉を避けている。
 プログラムソースは、1960年代の録音から最新録音にいたる、各ジャンルを用意した。

ビクター ME-1000(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 国内製品中で最高の価格と内容を誇るモノーラル構成パワーアンプである。組み合わせるべきプリアンプは、現時点ではビクターに完成モデルが存在しない。
 そこで、やや特殊な例とはなるが、他社製品のキャラクターが混じることを避けるため、アキュフェーズDC91の高SN比を誇るデジタルボリュウムコントロールを使い、パワーアンプに直接信号を加えて聴くことにした。
 接続は、平衡型入力で使う。音が手始めたばかりの状態では、J・ロゥランドの場合と同様に、それなりにスッキリとした小さくキレイにまとまった音で、一応の水準の音として聴けることが面白い。
 ウォームアップは、静かにゆるやかに進み、中低域の量感が加わることから始まり、次に明解な中高域、中域の密度感、といったように、内容は徐々に濃く、充実していく最新アンプのひとつの傾向となっているパターンで変化をする。
 今回のように十分にプリヒートしてあれば、ほぼ30〜40分間ほどで、一応の水準の音が聴かれるようになるが、低域の質感が優れ、ほどよい表現力が加わり、ナチュラルにハイエンドがのびきった音を望むとなれば、2時間は是非とも必要な時間である。それ以後もわずかではあるが確実にウォームアップは進み、最高の状態になるまでには、数時間を必要とするであろう。部屋とスピーカーの問題もあるが、超高級パワーアンプは、十分に使い込んだとしても朝9時頃に電源スイッチを入れ音を出し始めると、昼食を終えた午後1時頃から、やっと少し鳴りだしたかな、といった状態になるのは、もはや常識というべきで、この意味では、このME1000のウォームアップは速いほうだ。
 約1時間半ほど鳴らし込めば、S9500の量的にタップリとした軟調な低域は、柔軟性があり、かつ強靭な、ほどよく表情豊かな低音としてコントロールされ、そのよく弾み、よく伸びる音は、非常に魅力的である。この状態での音は、S9500のファンにとっては、感動的ですらあるはずだ。中域から高域にかけてスムーズにレスポンスは伸び、音の粒子もほどよく細かく、艶やかに磨き込まれており、ホーン型特有の音を、それらしく感じさせないのも楽しい。
 スピーカーの独自の音場感の拡がりはごく普通に感じるが、奥行きの深さは十分にあり、高さ方向のプレゼンスも見事である。
 アンプとスピーカーが、有機的に結びつき渾然一体となって自由自在に音楽を聴かせる、この音は今回の試聴の白眉である。

JBL 4344(組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「4344 ベストアンプセレクション」より

 JBLの4344は、’82年に発売されて以来ずっと、わが国において、スピーカーの第一線の座を守り続けている製品であると同時に、わが国のオーディオを語るうえでも決して忘れてはならないきわめて存在意義の大きな製品である。本機は、4ウェイシステムならではのエネルギー感溢れる音が魅力であり、機器をチェックする際のリファレンススピーカーとして、いまでも数多くのオーディオメーカーやオーディオ関連の雑誌社が使用している事実は、このスピーカーの実力のすべてを物語っているともいえよう。4344はJBLを代表するスタジオモニターであるばかりでなく、スピーカーのなかのスピーカーとして位置づけられるきわめて重要な製品である。
     *
 JBLの4344は、スタジオモニターシリーズとして、’82年に発売されて以来、JBLを代表する製品であるのはもちろんのこと、日本におけるあらゆるオーディオ製品の基準(リファレンス)として、このスピーカーが果たしてきた役割と実績は、もはやここでは語り尽くせないほど大きい。10年以上のロングランを続けているということは、初期の生産ラインと比べて、いまの生産技術は格段に向上しているため、特性面では確実にクォリティアップしている。実際それは音の面に現われおり、現在の4344は、ざっくりとしたダイナミックな表現力を基盤とする、メリハリの利いた音が特徴であり、モニターライクにディテールを描きわける、使いやすいスピーカーとなっている。
 4344をこれまで何百種類のアンプで鳴らしてきたかは定かではないが、ここでは、3種類のアンプを選択し、その音の表情の違いをリポートしようというものである。

アキュフェーズ C280V+P500L
 まず最初に聴いたのは、アキュフェーズのC280VとP500Lという組合せである。アキュフェーズのアンプは、私自身、国内製品のリファレンスのひとつとして捉えている。リファレンスの定義づけは、まず第一に安定した動作を示すこと、第二にあまりでしゃばらないニュートラルな性格をもっていることである。このふたつの要素を兼ね備えた製品が国内アンプでは、アキュフェーズであると思う。そのなかでもこのペアは、いつ聴いても安定感のある信頼性の高いものだ。このペアと4344の組合せというのは、ステレオサウンドの試聴室のみならず、あらゆる場所でのリファレンスとして私が考える組合せである。

ラックスマン C06α+M06α
 次に4344を鳴らすアンプは、ややゴリッとしてエッジの立ったきつい音をもつこのスピーカーの特徴を少し抑え、音楽を雰囲気良く聴く方向で選択した。アキュフェーズとの組合せの場合は、リファレンスシステムという色合いが濃いために、音楽が生々しく聴こえすぎて疲れるため、あまりゆったりと音楽を楽しむことができない。しかし、これはあくまでもアキュフェーズのアンプを私がリファレンスアンプとして捉えているために、ここではこういう言い方になるのであり、決してアキュフェーズのアンプがオーディオ・オーディオした音楽性に乏しいアンプであるようなイメージを抱かないでほしい。アキュフェーズのアンプは、リファレンスアンプであるという、確固たる存在として認めたうえでの話である。そこで、肩肘はらずに音楽を楽しもうというのがここでのプランである。
 この狙いに相応しいアンプとして、ラックスマンのC06α+M06αを選択した。このペアの音は、穏やかでしなやかな感触のなかに、鮮度感の高いフレッシュな響きを聴かせるラックスマン独特のものである。4344との組合せでは、この特徴がストレートに現われた、いい意味でのフィルター効果を伴った音を聴くことができた。国産アンプならではのディテール描写に優れた面と4344の音の輪郭をがっちりと出す面が見事にバランスした音は、単に音楽をゆったりと聴かせてくれるだけでなく、細かい音楽のニュアンスさえ再現してくれた。

マランツ PM99SE
 最後は、4344をセパレートアンプではなく、よりシンプルな形で鳴らしてみたいというのが狙いである。これは、使いこなしの面を含めた意味で一体型のプリメインアンプがセパレートアンプの場合ほど、気を使わずに音楽を楽しむことができるというメリットを優先したプランだ。
 ここで選択したプリメインアンプは、マランツのPM99SEだが、この選択にはそれなりに理由がある。それは、かつて4344の前作である4343を納得できる範囲で鳴らしてくれたプリメインアンプが同じマランツのモデル1250(130W+130W)であり、このPM99SEはその1250の現代版であると私が認識しているからだ。現代のようにドライヴ能力の高いプリメインアンプが数多く揃っていなかった時代の話である。
 前記のように、現在市場に出回っている4344は、非常に鳴らしやすいスピーカーとして生まれ変っているため、わざわざセパレートアンプを使ってラインケーブルや電源ケーブルを引き回したり、いい加減にセッティングして鳴らすよりは、プリメインアンプ一台でシンプルにドライヴした方が好結果を引き出しやすいはずだ。
 その結果は、当然のことながらセパレートアンプで鳴らしたときと比べれば、聴感上の拡がりや奥行き感は一歩譲るものの、一体型アンプならではのまとまりの良さのなかで、安定感のある再現を示してくれた。この一体型というプリメインアンプの良さは、一体型CDプレーヤーにも共通するものだが、安定感という点に関しては、セパレートアンプでは決して得られない世界なのだ。
 また、もうひとつプリメインアンプのメリットとして挙げられるのは、ウォームアップの速さである。現代の大型パワーアンプの場合は、パワースイッチをONにしてから、アンプ本来の音を引き出すために何時間ものウォームアップが必要であることは、ご承知の通りである。このPM99SEは、最初にA級で鳴らしてどんどん発熱させられるため、他のプリメインアンプよりウォームアップタイムがさらに速い。この点も、このアンプを選択した理由のひとつだ。

 現在の時点で、この4344ほど、さまざまなアンプと組み合され、また、オーディオ機器の各々の個性を引き出してくれるスピーカーもないだ

ソニー TA-ER1 + TA-NR10(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 超広帯域設計で平衡入出力をメインとするプリアンプと、平衡入力部はトランス変換とするパワーアンプの組合せで、設置場所は標準位置、結線はすべて平衡型である。
 充分以上のプリヒートをしたアンプに信号を加えて、音を聴く。表情が固く、全体にやや細身の音であるが、ほぼ15分も経過すれば、反応は穏やかではあるが、おおよそウォームアップ後の音が予測できるような音の姿、形となる。その後、ややソフト型、ややシャープ型と小さな変化はするが、基本的に熱的な安定度は高いようで大きく音質、音色を崩すような変化は示さぬ点が好ましく、ほぼ30〜40分間ほどで、まずまずの音となり、1時間ほどで平均的に使えるようになるのは、むしろウォームアップが速いタイプである。
 S9500は、量感タップリにほどよく芯のある低域を聴かせ中域以上は明解で、これはホーン型ドライバーユニットならではのエネルギー感のあるストレートな音である。
 低域は、定格パワーから考えればグイッと押し出す独特なパワー感があるが、バランス的には、わずかに引き締め、少しタイトにして、ほどよくエネルギー感を前に押し出す、明解かつ質的に高い音を望みたい。
 しかしこれは、部屋の音響的処理で容易にコントロールできる範囲であり、スピーカーシステム自体でもクリアーできるが、もっとも簡単な方法としては、スピーカーケーブルを変えることが考えられる。
 本質的には、高域がスッキリと伸びきり、音に透明感が加われば、低域もほどよくソリッドで、かつ表現力も一段と豊かになるはずだ。今回の試聴では、プリアンプがTV電波の影響を受け、高域に少しベール感があり、これがクリアーされれば本来の音となるだろう。しかし、今回聴いた各アンプとも影響の大小はあるが、共通の問題点で、平均的な使用条件では、一段と優れた結果が得られることと理解していただきたい。
 この組合せは、S9500をほどよく引き締め、音の精度感が高く、情報量豊かに聴くためには好適な組合せであり、とくにJBLプロフェッショナルモニター的音を好む向きには、かなり面白い選択であろう。
 プリアンプの音量変化範囲切替は、1種のキャラクターコントロールとしても使用可能で、平均的レベルでの音量で再生中でも、変化範囲の少ない方に切り替えると安定度、力感は少し抑えられるが、音のディテールの見通しのよさ、活き活きした表情などの非常に魅力的な部分が加わるようだ。

ゴールドムンド Mimesis 2a + Mimesis 9.2(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 S9500のヨーロッパ系アンプに対する適応性をチェックするとともに、彫りが深く、力強く、輪郭のクッキリとした方向の再現性をも調べるためのアンプ選択である。
 各アンプの設置場所は、本誌試聴室の標準位置、結線関係はすべてアンバランス型ケーブルを使っている。
 信号を加えると、小ぢんまりとしたごく普通の音が聴かれる。数分間も経過すれば、次第に水準を超えたある種のまとまりのある音の姿、形が顔を見せ始めるが、もともとこのアンプは寝起きが悪いタイプなので、徐々にではあるが、あまり右往左往せずに、本来あるべきであろう音の方向にウォームアップしてくるのを待つのは、それなりの忍耐力のいるところだ。
 ほぼ30分間も待てば、音の精度感が高く、安定感があり、充分に磨き込まれた本格派の音を印象づける。ゴールドムンドらしい特徴の音が出はじめる。
 しかしまだ、全体に音のコントラストが弱く、やや光沢を抑えたスッキリとした爽やかな音の範囲を超えず、音場感的にも奥行き方向のパースペクティヴは、やや不足傾向である。
 ゴールドムンドのパワーアンプのように、AC電源側のレギュレーションに依存する電源設計では、供給電源側の状態が直接的に音を左右するため、電源事情は、常に意識していなければならぬ。
 今回の試聴では、各アンプは可能な限り電源スイッチをONとして、信号を加えないでプリヒートさせているためへ、もともとの部屋の電源容量の制約、AC電源自体の歪の増加、さらにTV、FMなどの強力な電波が電源に乗っていること、などが相乗効果的に働き、この種の外乱に弱いアンプでは、直接結果としての音質を左右する。
 この意味では、今回の電源事情はゴールドムンドのペアにとってはかなりのデメリットになっているに違いない。
 ウォームアップはゆるやかに進むが、安定した内容の変化で、ほぼ2時間近くになればやっと安定したかな、というイメージの音となる。
 帯域レスポンスはナチュラルに伸びた、過不足感のないものではあるが、中域はやや薄く、量的にも抑えた印象がある。
 低域はやや軟調で音色が暗く、中域から中高域は磨き込まれてはいるが粗粒子的な粗さがあり、慣れた耳にはホーン型の固有音とわかるキャラクターが聴き取れる。
 2ウェイ方式の特質を明確に聴かせるアンプの力量は見事ではあるが、性格は厳しく、使う側の資質が要求されるようだ。

ジェフ・ロゥランドDG Consummate + Model 9(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 パワーアンプのモデル9は、2ブロック構成のアンプ部と電源部を、同じ床面に左右チャンネル間も、相互干渉のないように十分に離して設置することが、本来の音質を得るための必要条件であるが、通常のこの試聴室のパワーアンプの設置位置では、スピーカーの音がアンプ筐体に反射をし固有音が発生することがあって、仕方なく左右スピーカーの内側に電源部、アンプ部二段重ねとした。しかしこの状態でも左右がやや近接しているため、モデル9の本来の音を聴くためには不十分な置き方ではある。接続はすべて平衡ケーブルを使い、パワーアンプの利得切替えはローである。
 最初の音は、視覚的イメージに反し、小型な50Wクラスのパワーアンプを思わせる、スッキリと爽やかで、可愛らしい音であり、音場感的拡がりも、標準より狭く小さくまとまる傾向である。ウォームアップでの変化は、3分間ほどで中低域の豊かさが加わった反面、線の細いクリアーさが薄れ、中域をも少し抑えた穏やかな音に移行する。5分間ほど経過すると高域が目覚めはじめるが、表情は抑え気味で温和な聴きやすい音である。さらに高域の見通しのよさが加わると、中高域から高域に独特のしなやかで濃やかでナイーブな印象となり、非常に魅力的、かつ、耽美的ですらある。
 さらに約3分間ほど経過すると、全体行きにわたり、いかにも目覚めたような音に移行し、徐々に穏やかに同じ方向にウォームアップは進む。トータル約20分間でほどよく音のエッジが張ったクリアーさが加わり、このあたりが最低限度のウォームアップタイムとなるが、音場感的に聴けば左右の拡がり、奥行き方向のパースペクティヴでも不満な面が残っている。
 音のディテールをさりげなく聴かすだけの、海外製品としては優れた聴感上のSN比の高さが、このシステムの大きな魅力である。帯域バランスはフラットで、ワイドレンジ感は意識させないが、ほどよく密度感を保ちながら、低域、高域とも必要にして充分なレスポンスを聴かせる。音色はやや沈んだ傾向を示すが、これは、CDプレイヤーのアキュフェーズDP90/DC91との組合せによるものかもしれない。
 1時間半ほどたてば、次第に力強さ、反応の速さが顔を出し、オーソドックスでナチュラルな本来の魅力が聴かれ、低域と高域のユニットの形式の違いによる質感の差も感じさせず、よく鳴りよく響く正統派の音は実に魅力的である。やや色彩感を抑える傾向はあるが見事な音だ。パワーアンプの利得をハイにするとスッキリと広帯域型となるが薄味だ。

パイオニア Exclusive C7 + Exclusive M7(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 このアンプは、入出力信号系は不平衡型がメインで、平衡型にはすべてトランスで変換する設計であるため、結線はすべて不平衡で行なう。各アンプの設置場所は標準位置である。
 信号を加えた最初の音は、小さくまとまった、ひっそりした音で、それなりにまとまった音を聴かせる。
 数分間ほど経過すると、中低域の量感が加わり、全体に柔らかく、おとなしい音となり、中高域の見通しがよくなる。
 時間的にはゆっくりしたテンポでウォームアップは進み、聴感上で不足した部分が徐々に埋められていくように内容が濃く、充実していく変り方で、従来とは少し異なったウォームアップの傾向であり、最近のトップランクのアンプにみられるタイプだ。
 ウォームアップは素直なタイプで、ゆるやかではあるが一定の方向に進み、音の細部が少し見通せる音になるのは、おおよそ1時間は必要だ。その後は音場感的な情報量が増し、奥行き方向のパースペクティヴがナチュラルに感じられるようになると、ほぼ2時間は過ぎていることになる。
 S9500は、音場感的な再生能力は抜群で、とくに奥行き方向の拡がりの見事さは、これならではの魅力であるが、逆に言えば、アンプの音場感的な再生能力をチェックするためには、最適なスピーカーシステムであろう。
 低域は柔らかく、音の芯の甘さは残るが、アンプとスピーカー間はほどよくコントロールされているようで、かなりしなやかな低域の表情を聴かせる。
 中域以上も素直な音をもつため、このアンプ専用に部屋とスピーカーのセッティングを行なえば、スピーカー後の壁を超えてタップリと拡がるプレゼンスの良さと、しなやかで力感にほどよく裏付けされたナチュラルな音を手にすることができよう。
 TV電波などの外乱には、パワーアンプにやや弱い面があるようで、高域の伸び切った感じや、上下方向の音場感で高さを聴きたいむきには、少し不満を残すが、この試聴室の条件の厳しさでのことであり、一般的には問題ではなかろう。
 安定型で茫洋と鳴りやすいスピーカーを、柔らかく、豊かな音ながらほどよくシェイプアップし、いかにも2ウェイ型ならではの爽やかさ、鮮度感の高さを持つ音として聴かせるが、内面的にはストレートに押し出す強靭なエネルギーをもっているようで、時折グイッと押し切るようなダイレクトな表現が感じられることがある。平衡入出力では、ややナローレンジの管球アンプ的な音に変り、油絵的な陰影の深さは別な味だ。

アキュフェーズ C-280V + A-100(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 この組合せから、試聴第2日目になる。スピーカーは、かなり部屋に馴染んできたようで、内容が充実し、2ウェイ方式らしいキビキビとしたイメージが聴き取れるようになり、AC電源もプリヒート中の試聴アンプが減り、基本的に電源事情が悪いだけに差は大きい。
 S9500を除けば、すべてアキュフェーズのラインナップによるシステムでの音出しである。C280V+A100は、ステレオサウンドで私がリファレンスに使うアンプで、すでに一年間ほど使い込んでおり、ややモヤッとした音から、ややスッキリとした音に変り、低域、中域、高域とステップ状にウォームアップする傾向があるが、今回はスピーカーが異なり、CDプレーヤーも異なるため、それなりに期待して音を聴きたい。
 最初の音が出た瞬間の響きのみで、すべてのエレクトロニクス系が、同じアキュフェーズという、ある種の協調性、調和性に裏付けられた、筋の通った、響きあい、溶けあう音が聴かれるC280V、A100、DP90/DC91と、それぞれがリファレンスとして完成されたコンポーネントであることの証は、見事にウォームアップ以前の音に表われているようである。
 温和で、散漫な音から始まるウォームアップは従来と変りはないが、次に全体に引き締まり、タイトで前に力強く押し出す音への変化はかなり明瞭で、ややコントラストを抑えながら肉付きを増し、次第に低域から高域に向かい目覚めていく。CDプレーヤーが情報量が多く、量感があり、かつ充実した中域をもっているだけに、ウォームアップは明瞭で反応が速く、不要感が伴わないのがよい。S9500は、量感はあるが少し腰高の軟調な低域を聴かせ、今回聴いたアンプの標準的な音ではあるが、もう一段ダイナミックさが欲しいようだ。
 このあたりは、パワーアンプの定格パワーと現実のスピーカー駆動能力の違いが音に出る例で、2ウェイ型では、それ自体のエネルギーバランスが加わるため、同じようなバランスでも、鳴り方、響き方や表情が大幅に変化するものである。
 もともと、リファレンスシステムとして使っているシステムだけに、約1時間もすればウォームアップは安定し、オーディオ的にも音楽的にもほどよい魅力ある音が聴かれ、とくに一貫したサウンドポリシーによる音は、好みを超えた誰にでも納得できる高度な次元に位置付けされ、S9500を、少し手綱を引き締めて鳴らす性質は、いかにもリファレンスシステムならではの信頼性、安定感である。

マッキントッシュ C40 + MC1000(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 この組合せはプリアンプがランク的にはパワーアンプに見合わないが、最初はプリアンプにC34Vを使い、C34VがニューモデルC40にチェンジするとのことで、再度、C40で聴いたため、両者の比較をも交えてのリポートすることにしたい。
 穏やかで、十分に熟成された大人の風格をもつC34Vと比べ、C40は、明らかに新しい世代に変ったと思わせる、ストレートで鋭角的、情報量が一段と増えた音を聴かせる。ウォームアップにしたがい、生硬い表情のドライな音から、まず低域の量感に始まり、中高域の明瞭度、中域の充実というように階段的に、かつ交互に内容が濃くなり、積極的に音楽を聴かせる新しい魅力を発揮しはじめる。しかし、基本的には伝統を正しく受け継いだ、同社の文法に則ったというほかはない音である。
 パワーアンプMC1000は、まさに王者の貫禄を示し、プリアンプからの音を余裕タップリに受け止めているようで、ウォームアップ中の自らの変化は、時折垣間見せるにすぎないようである。
 基本的には、アンプを御するS9500も、MC1000ともなれば逆にスピーカーが掌に乗る印象になり、2ウェイシステムの極限に近い情報量を送り込まれるが、決して限界を超えてドライブしないあたりは、さすがにマッキントッシュのパワーアンプらしい、優しさともいうべき美点であろう。予想以上にアンプとスピーカーシステムが調和を保ちながら、それぞれの個性を穏やかに色濃く聴かせるのは、好みを超えた素晴らしさというほかにない。
 柔らかく豊かで、しなやかに歌いあげる音は、マッキントッシュのS9500の独自の世界ではある。周波数特性的な聴き方では、高域と低域の両エンドをわずかに抑えた安定型のバランスで、かなりフラットなレスポンスを示し、音のコントラストは全般に抑えたタイプだ。この音は、C40のイコライザーを活用し、音に抑揚をつけ、調和を保ちながら好みの音色に溶け合せるための素材に最適であろう。さらに、C40は連続可変型ラウドネスコントロールも備え、音の躍動感、鮮度感を満たすためには、エキスパンダー機能が決定的なアシストをするだろう。これらを抑え気味に使えば、快適に表情豊かな音楽が楽しめるが、モニターライクな音像定位、位相関係をチェックするには、不向きというリスクは残る。しかし、それらの問題を超えた音の魅力は絶大で、各種プログラムソースを新旧の区別なく見事に聴かせるこの音は、オーディオ的な面と音楽的な面が両立した見事な世界だ。

カウンターポイント SA-5000 + Natural Progression Monaural Power Amplifier(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 この組合せは、ふところの深い、格調が高く、雰囲気のよい、サロン風の音を求めての選択である。
 プリアンプのSA5000は、ハイブリッドタイプならではの、ソリッドステートと管球方式の魅力を併せもたせる、という至難な技を実現した稀有の存在ともいうべき見事なモデルである。
 ペアとしたパワーアンプNPAは、ナチュラル・プログレッション・モノーラル・パワーアンプの頭文字をモデルナンバーとした新製品で、入力段に真空管、出力段にバイポーラトランジスターとMOS−FETの両方の特徴を備えるという、IGBTを採用したモノーラルパワーアンプだ。
 結線は、不平衡である。
 標準的なプリアンプ出力(ダイレクト出力)からの結線では外乱によるノイズ発生があり、バッファーアンプ出力からパワーアンプに送るが、許容限度のノイズは残っており、高域のディフィニッションが低下した音になるだろう。
 最初の音は柔らかく、モヤッとした音だ。
 ウォームアップは、NPAではかなりな時間はさして大きな変化を示さず、その後比較的短い時間で、音質、喜色の変化がステップ的に変る傾向があるようである。
 初期段階の20〜30分間あたりのウォームアップで聴けば、柔らかさの内側にかなり硬質なコントラストの強い部分があり、そのどちらを重視するかで、音の印象度は大きく変る。
 しかし、2時間ほど鳴らし込めば、雰囲気がよく上品で耽美的ともいわれるカウンターポイントの音に、反応の速さ、鮮食感、ソリッドな表現、といった新しい魅力が加わった音が聴かれるようになる。
 かなりの音を整理し、音楽の聴かせどころを巧みに摘んで聴かせるような、スケールはやや小さいが、ほどよく音楽に反応をし、サラッと雰囲気よく空間の拡がりを感じさせる鳴り方は、これならではの魅力がある、ひとつの世界だ。
 予想よりも、細部のディテールの描き方や表情のみずみずしさが音として出しきれていないが、起強力なTV電波が7波もある立地条件下での高周波妨害にょるマスキングと、CDプレーヤー系の長時間使用での、ある種の音のニジミ、ベール感が相乗効果的に働いているようで、ここでの結果は、かなりハンディキャップを背負ったものではあるが、それなりにカウンターポイントらしさのある音でS9500を鳴らしたあたりは、カウンターポイントのポリシーの根強さを知る、ひとつの尺度のように
思われる。

JBL S5500(組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「Project K2 S5500 ベストアンプセレクション」より

 旧来のJBLを象徴する製品が43、44のモニターシリーズならば、現代の同社を象徴するのは、コンシューマーモデルであるプロジェクトK2シリーズだ。S5500は、このプロジェクトK2シリーズの最新作で、4ピース構造の上級機S9500の設計思想を受け継ぎワンピース構造とした製品である。この結果、セッティングやハンドリングがよりしやすくなったのは当然だが、使用機器の特徴をあかちさまに出すという点では、本機も決して扱いやすい製品ではない。エンクロージュアや使用ユニットこそ小型化されたものの、S9500の魅力を継承しながらも、より音楽に寄り添った、音楽を楽しむ方向で開発された本機の魅力は大きい。
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 JBLが’92年の末に発表したプロジェクトK2シリーズの最新作が、S5500である。プロジェクトK2とは、’89年にセンセーショナルなデビューを飾ったS9500 (7500)に始まる同社のコンシューマー向けの最高峰シリーズで、本機は、上級機S9500の設計思想を受け継いだワンピース構造のシステムである。S9500が35cmウーファーと4インチダイアフラム・ドライバーを搭載していたのに対し、本機は30cmウーファーと1・75インチドライバーを搭載しているのが特徴である。また、S9500で同一だったウーファーボックスの内容積が、本機では、下部のそれの内容積がやや大きい。ここに、IETと呼ばれる新方式を採用することで、反応の速い位相特性の優れた低域再生を実現している。また、チャージドカップルド・リニア・デフィニションと呼ばれる新開発のネットワークの採用にも注目したい。ネットワークのコンデンサーには、9Vバッテリーでバイアス電圧を与え、過渡特性の改善を図っている。
 本機は、S9500譲りの姿形はしているものの、実際に聴かせる音の傾向はかなり異なり、アンプによって送りこまれたエネルギーをすべて音に変換するのではなく、どちらかというと気持ち良く鳴らすという方向のスピーカーである。
 こうした音質傾向を踏まえたうえで、ここでは、ホーン型スピーカーならではのダイナミックな表現と仮想同軸型ならではの解像度の高い音場再現をスポイルせずに最大限引き出すためのアンプを3ペア選択した。

マッキントッシュ C40+MC7300
 まず最初に聴いたのは、マッキントッシュのC40+MC7300の組合せである。C40は、C34Vの後継機として発売されたマッキントッシュの最新プリアンプで、C34VのAV対応機能を廃したピュアオーディオ機である。サイズもフルサイズとなり、同社のプリアンプとしては初のバランス端子を装備している。これとMC7300といういわばスタンダードな組合せで、S5500のキャラクターを探りながら、可能性を見出すのが狙いだ。
 可能性を見出すというのは、C40に付属する5バンド・イコライザーやラウドネス、エキスパンダー、コンプレッサー機能などを使用して、スピーカーのパワーハンドリングの力量を知ることである(現在、マッキントッシュのプリアンプほどコントロール機能を装備したモデルはきわめて少ない)。また、マッキントッシュの音は、いわゆるハイファイサウンドとは異なる次元で、音楽を楽しく聴かせようという傾向があるが、この傾向はS5500と共通のものに感じられたためこのアンプを選択した。
 S5500+マッキントッシュの音は、安定感のある、非常に明るく伸びやかなものである。古い録音はあまり古く感じさせず、最新録音に多い無機的な響きをそれなりに再現するのは、マッキントッシュならではの魅力だ。これは、ピュアオーディオ路線からは若干ずれるが、多彩なコントロール機能を自分なりに使いこなせば、その世界はさらに広がる。
 その意味で、このアンプが聴かせてくれた音は、ユーザーがいかようにもコントロール可能な中庸を得たものである。ウォームアップには比較的左右されずに、いつでも安心して音楽が楽しめ、オーディオをオーディオ・オーディオしないで楽しませてくれる点では、私自身も非常に好きなアンプである。

カウンターポイント SA5000+SA220
 S5500のみならずJBLのスピーカーが本来目指しているのは、重厚な音ではなく一種のさわやかな響きと軽くて反応の速い音だと思う。この線をS5500から引き出すのが、このカウンターポイントSA5000+SA220である。
 結果は、音楽に対して非常にフレキシビリティのある、小気味よい再生音だった。カウンターポイントの良さは、それらの良さをあからさまに出さずに、品良く聴かせてくれることで、音場感的には、先のマッキントッシュに比べて、やや引きを伴った佇まいである。美化された音楽でありながら、機敏さもあり、非常に魅力的である。たとえるなら、マッキントッシュの濃厚な響きは、秋向きで、このカウンターポイントのさわやかな響きは、春から夏にかけて付き合いたい。

ゴールドムンド ミメイシス2a+ミメイシス8・2
 次は、S5500をオーディオ的に突きつめて、そのポテンシャルを最大限引き出すためには、このあたりのアンプが最低限必要であるという考えの基に選択したのが、ゴールドムンドのミメイシス2a+ミメイシス8・2である。
 結果は、ゴールドムンドならではの品位の高い響きのなかで、ある種の硬質な音の魅力を聴かせる見事なものであった。
 モノーラルアンプならではの拡がりあるプレゼンス感も、圧倒的である。オーディオ的快感の味わえるきわめて心地の良い音ではあるが、反面、アンプなどのセッティングで、音は千変万化するため使いこなしの高度なテクニックを要するであろう。ここをつめていく過程は、まさにオーディオの醍醐味だろう。

 S5500がバッシヴで穏やかな性格をもった、音楽を気持ちよく鳴らそうという方向の製品であることは、前記した通りである。しかし、これは、本機が決して〝取り組みがい〟のない製品であることを示すものではない。一言〝取り組みがい〟といってもランクがあり、手に負えないほどのものと、比較的扱いやすい程度のものと2タイプあるのだ。本機は、後者のタイプで、そのポテンシャルをどう引き出すかは、使い手の腕次第であることを意味している

ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 この企画のタイトルは「ハイエンドアンプでプロジェクトK2/S9500を堪能する」となっているが、オーディオシステムはスピーカーがその頂点に立つものであって、この意味からは、「S9500はハイエンドアンプの音をどのように聴かせたか」となるはずである。
 ここで少しばかりこだわった理由は、試聴に使ったステレオサウンド試聴室は、リファレンススピーカーシステムに、JBL4344を使っており、ほぼ10年の歳月を通して部屋とスピーカーがなじみ、経時変化に合せて、それなりの音響処理を施しながら部屋のチューニングをしきているからである。つまり、今回のように、S9500をリアァレンススピーカーシステムとする場合には、現在のチューニングに関係なく、最初から部屋をS9500の専用チューニングとしなければ、超弩級アンプの音を聴くことにはならないであろう。
 今回の試聴は、辛か不幸か、編集部で前もって4344用に位置決めしてあった位置に、S9500のベースのフロント面と4344のフロントバッフル面が等しくなる位置にセッティングされていた。
 ご存じのように、基本的に4ブロック構成になっているS9500は、一度セッティングをしてしまうと、位置の移動はもとより、聴取位置に対する角度の付け方といった、スピーカーシステムに必須のコントロールが非常に困難であり、これが使いこなしの上で大きな制約になっでいくるのである。結局、今回の試聴はスピーカーのセッティング位置は変更しないこととした。また、組み合されていた最初のアンプがマッキントッシュのペアとなっていたために、この個性的なアンプを通しての使いこなしは、想像を超えて大変なことになった次第である。
 ちなみに、アンプに信号を通してからのウォームアップによる音の変化を確かめながら聴きとった、おおよそのこの試聴室におけるS9500の音の印象は、必要帯域内のエネルギーを十分に聴かせる2ウェイシステムらしいものであった。そしてその特徴をベースに、柔らかく豊かで、JBLモニター系とは対照的な低音と、ホーン特有のメガフォン的な固有吾が少なく、やや粗粒子型で、ゆるやかに穏やかにロールオフする高域がバランスした、おっとりとした大人っぽい、細部にこだわらぬ音だ。同社のモニター系の音の明るさとは逆に、やや抑制の効いた穏やかな喜色が特徴である。したがって音の反応も穏やかで、ふところの深い、ゆったりとしたキャラクターが、このシステムの本質であろう。
 ただし、この状態では、スピーカーが各アンプの個性をすべて受け止め、S9500の音として聴かせることになり、一段とスピーカーシステムの反応を速め、的確にアンプの音を聴かせるようにする必要がある。
 そこで、再生の基盤に戻り、部屋の音響コントロールで、目的であるアンプ試聴用というべき音にすることとした。
 S9500は、仮想同軸型といわれる、上下の低域ユニットが高域ユニットを挟みこむ方式を採用している。システムはモジュールで構成されており、下から、コンクリート台座、下部低域用エンクロージュア、ホーンブロック、上部低域用エンクロージュアと積み重ねる。各モジュールの接触部は、軽金属製の先端が尖った円錐形コーンの頂部を下側の軽金属製カップで受ける構造である。上下低域用エンクロージュアは、同じ内容積ではあるが、下側はホーンブロックと上側低域用エンクロージュアの重量で抑えられていることに比べ、上側低域エンクロージュアは、単にホーンブロックの上に乗っているだけで、非常にフリーな状態にあり、位置的にもかなり高い位置に置かれることとが特徴である。
 S9500の場合、上側低域ユニットの直接音、反射音を基準に、部屋の壁、コーナー、天井部分の反射と固有音の発生を総合的に、いかにコントロールするかが使いこなしのキーポイントとなる。このことは上側低域エンクロージュアを取り外し、シングルウーファーシステム(S7500)として使えば、使いこなしの要素が少なくなり、かなり簡単になることからも証明できる。
 部屋のコントロール用の材料は、試聴室常用の2個の中型QRDと、円形と半円形のチューブトラップの各種組合せである。基本的には柔らかく、ソフト側に偏る音質傾向はあるものの、かなり明解な準モニターサウンドから、ホームユースに相応しい、かなり陰影の色濃い音にいたる音質・音色の変化を示し、2時間あまりの時間でS9500は使いやすく親しみのもてる2ウェイシステムとしての性格を見せ、造型的に見事なデザインと、ホームユースに相応しいマイルドな音をもった素晴らしいシステムであることが実感できた。

マークレビンソン No.26SL + No.20.6L(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 現在のハイエンドマーケットで、良くも悪くもリファレンスアンプとして常用されている、マークレビンソンの組合せである。
 No.26Lは、ステレオサウンドのリファレンスアンプの一部で、設置位置は十分に吟味して決めてあるため、テフロン基板タイプとなったNo.26SLもまったく同じ条件に置くことにした。一般に、電源部が独立したプリアンプでは、電源部はどこにどのような状態で置いても音は変らないと思われているようであるが、電源部の感度は相当に高く、置き場所の条件で、音質、音色ともにコロコロと変るものであることを是非とも覚えておく必要がある。パワーアンプは標準位置、結線は平衡型である。
 アウトフォーカスの写真が、徐々にクリアーなピントとなるようなウォームアップをするタイプで、アンプのウォームアップの典型的なパターンといえよう。帯域バランス的な変化は少ないため、ほぼ10分間も経過すれば、一応この組合せとおぼしき音にはなるが、音場感情報量は抑えられ、音の内容も新聞の写真のように粗粒子型のラフさが残っている。低域は軟調気味で、質感が甘く、高域も伸びきっていないため、ゆったりおおらかな魅力はあるが、やや締まらない制御不足の音ともいえるだろう。時間経過に伴い、内容が次第に充実し、音場感情報が豊かになると音の表情にも余裕が感じられるようになり、高級アンプならではの独自の世界が展開されるようになる。
 S9500は、いわゆるアブソリュートフェイズも、一般的スピーカーと同様に正相に変っているため、よく知られているJBLのモニター系(こちらは逆相である)の音質音色に比べ、かなり柔らかくしなやかで、マイルドな方向の音に変っているが、独特のプロポーションをもつエンクロージュアの特徴から、奥行き方向のパースペクティヴの再現能力や音像が浮かび上がって定位する魅力は、従来にない新しい魅力だ。
 No.26SLは、従来のLタイプから、滑らかに、艶やかに、の方向に音色が変り、独特の陰影が音につくようになった。このため、ここでの音はかなり柔らかく豊かで、色彩感を少し抑えた淡彩な音で鳴り、低域は量感はあるが軟調で甘く、全体に見事にコントロールされた、非常に巧みな、味わい深い、とてもオイシイ音として聴かせるパフォーマンスは、マークレビンソンならではの魅力であり、安心感、信頼感である。この程度、時間も経過すれば、スピーカーも部屋に馴じみ、当初のマットな表情から目覚めだしたようで、このアンプ用にセッティングを修正すれば、かなりの幅で自分の音とすることは容易であろう。

私とJBL

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「私とJBL」より

 JBL、ジェームズ・B・ランシングの名称を知ったのは1940年代の後半であったと思う。おそらく『無線と実験』誌であったかと記憶しているが、海外オーディオ製品の紹介記事を、現在の河村電気研究所の社長、河村信之氏がアームストロング信之という名前で執筆していた。ここでD130の紹介を目にしたのが最初だった。D130は15インチ全域型ユニットで、マキシマムエフィシェンシーシリーズの名称をもち、確か、0・008MWの入力が再生できることを特徴として謳っていた。
 もともと、私のオーディオ趣味は父親譲りの門前の小僧的なものであった。2A3は245のプレートを並列にしたタイプより、シングルプレートで脚部が白い、今で言えばセラミック的な材料のタイプが本当は音が良いとか、スピーカーは英国のローラーが、亜酸化銅整流器がついていて柔らかく豊かな音、これに対して米国ジェンセンは明るく歯切れが良い音、米国ウェスタンの陣傘スピーカーは箱がなくても立派な晋がする……などのことを、子供の頃から父を手伝いながら覚えた。
 当時スピーカーユニットは、フィールドコイルを使い電磁石を磁気回路に使う方式から、パーマネントマグネット方式への転換期にあり、AC電源なしに使えるようになったのは便利ではあったが、如何とも迫力がなく、実体感のない音に変りつつあった。国内製品のダイナックスHDSシリーズのユニットに慣れかかった耳には、フィリップスの特殊磁石を使った全域型や、化物のように巨大な永久磁石を組み合せた英フェランティのM1などの超高能率フルレンジユニット登場のニュースは、正に夢のごときもので、良いユニットほど高能率で音のディテールを聴かせると確信していた私は、まさにドリーム・カム・トゥルーの想いがしたのである。
 オーディオに限らずレコードも、親のストックを勝手に使えた高校生までは良かったが、大学に入り一人で生活するようになると、音楽のプログラムソースは、海外放送を聴くための短波受信機と、当時の巷の音楽が聴ける名曲喫茶がよりどころとなるだけだった。革新的技術といわれたLPが登場しても、ディスクが非常に高価格なうえに、それを演奏する装置として、サファイア針付のバリアブルレラクタンス型カートリッジとオイルダンプのトーンアーム、それに最低限の性能をもつターンテーブルを組み合せると、少なくとも2ヵ月分の生活費に相当したのである。もちろんJBL・D130など、単なる幻のフルレンジユニットに過ぎないものであった。
 その後、ジェンセンA12全域型、ユニバーシティQJYフルレンジユニットが海外製品として使った最後で、しばらくはYL製ホーンを、幻の加藤ホーンシステムに如何にして近づけ、自分の部屋で鳴らすかが最大の目的であった。
 ステレオ時代に入り、マランツ#7、サイテーションIV、これにジョーダンワッツA12を組み合せて、サブシステムとして使ったのが海外製品との再会であった。これが、ステレオサウンド3号の頃の話である。
 奇しくもJBLのC34を聴いたのは、飛行館スタジオに近い当時のコロムビア・大蔵スタジオのモニタールームである。作曲家の古賀先生を拝見したのも記憶に新しいが、そのときの録音は、もっとも嫌いな歌謡曲、それも島倉千代子であった。しかしマイクを通しJBLから聴かれた音は、得も言われぬ見事なもので、嫌いな歌手の声が天の声にも増して素晴らしかったことに驚嘆したのである。
 しかし、自らのJBLへの道は夜空の星よりもはるかに遠く、かなりの歳月を経て、175DLH、130A、N1200、国産C36で音を出したのが、私にとって最初のJBLであった。しかし、かつてのあの感激は再現せず、音そのものが一期一会であることを思い知らされたものである。
 そうして、JBLは素晴らしいが私にとって緑なき存在と割り切っていた頃、本格派のスタジオモニターJBL4320が登場する。C34を超えた、現代モニターらしいフレッシュでエネルギッシュな音を聴かされ、再び新しい魅力に感激したのである。その後JBL4341、4320が入手でき、一時は4チャンネル再生に使用したこともある。
 4320はJBLファンの知人に寄贈、4341をはじめ、ユニットの175DLH、130ALE30、LE10A、LE8T、2405、LE85などが、見果てぬ夢のシステム用として保存してある。実はその他にも理想の4ウェイシステム用ミッドバスユニットとするため、D131、D208などが複数個残してある。ただし、これらはいま現在、現実のシステムになっているわけではなく、何時の日に実現するかも全然予定にないだけに、JBLサウンドに対する私の憧れは、夢のまた夢で果てることがないようだ。

エレクトロコンパニエット ECI-1

井上卓也

ステレオサウンド 103号(1992年6月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 ヨーロッパ系のプリメインアンプは古くからルボックスの製品が輸入されており、すでに高い評価を得ているが、最近では、コンパクトでそれなりに楽しく音楽が聴けるミュージカルフィデリティやオーラデザインなどの製品が注目を集めている。今回ご紹介するエレクトロコンパニエットのECI1は、このところ話題となっているプリメインアンプのもう一つの潮流である、アインシュタインを代表とするハイエンド指向の範疇に属する製品である。
 同社は74年にノルウェーのオスロで設立されたアンプメーカーである。初期の製品は、マッティ・オタラとジャン・ロストロが設計した25Wのパワーアンプで、一時注目を集めた動的歪をテーマとしたマッティ・オタラ理論のベースとなったアンプであったということだ。
 ECI1は同社のコンシュマー用アンプとして最初のソリッドステート式アンプで、高スルーレイト、優れたオープンループ特性や高い瞬間最大電流供給能力などをテーマとした設計である。定格入力は0・5Vで、ラインアンプとパワーアンプの2ブロック構成のシンプルな構成が採用され、各ブロックは無帰還型ではなくNF回路を最適条件に設定し、動的歪を低減するマッティ・オタラ理論に基づいた考え方が受け継がれている模様で、一種の懐かしさが感じられる設計思想である。
 電源部は600VA/chトロイダルトランスと整流用の2000μF電解コンデンサーは4・7μFポリカーボネイトフィルムと0・1μFポリプロピレン・フィルムコンデンサーを並列接続とした構成で、これは国内製品では、かつてサンスイのプリメインアンプの電源部に採用された実績があり、サウンドコントロールに効果的なテクニックである。
 パネルデザインは簡潔そのもので、厚みが十分にあるアクリルを使ったクリーンな質感は、現代アンプらしいよい雰囲気をもっている。
 信号を加えてからのウォームアップタイムは短く、100W+100Wのパワーをもちながら、50W+50W級のシャープで反応の速いクリアーな音を聴かせる辺りはかなりオーディオ的な醍醐味を味わえる。
 音色はナチュラルな帯域バランスでキャラクターも少なく、素直でわずかに薄化粧をしたような音の磨かれ方は独自の魅力である。
 音場感は見通しがよく、やや奥に広がる傾向で音像もリアルに定位する。試聴室で聴いた印象は全体的に心地良いものだったが、スピーカーがJBL4344では荷が重いようだった。これは組み合せるスピーカーを考慮すれば難なくクリアーできるものであり、アインシュタイン、パイオニアの高級プリメインと共に今後注目されることだろう。

ソニック・フロンティア SFL-1

井上卓也

ステレオサウンド 103号(1992年6月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 カナダのオンタリオに本拠を置くソニックフロンティアは、管球式アンプを専門に製作しているブランドである。当初はキットのみを提供するメーカーであったようだが、その後完成品としてステレオパワーアンプSFS50、同80を発売。そして、今回ライン入力専用のプリアンプSFL1を発表した。
 なお、同社の製品はこれ以外にも今年のサマーCESで発表される予定の管球式モノーラルパワーアンプやフォノイコライザーアンプなどがある。
 やや色調を抑えたシルバーとゴールドの2トーンカラーのフロントパネルは、ボリュウム、バランス、セレクターの3個のツマミとレバースイッチをシンメトリカルに配置したシンプルなデザインにまとめられている。機能は4系統のライン入力とCD用のダイレクト入力および1系統のテープ入出力といった必要最少限に抑えられた設計で、その他にはミューティングスイッチがある程度だ。
 プリアンプとしての利得は20dBで、アナログ時代のラインアンプの標準的な値であるが、現在のプリアンプとしてはややハイゲイン型である。
 回路構成上の詳細は不明だが、アンプ構成はFETと6DJ8双3極管1本を使ったハイブリッド型で、当初のサンプルモデルでは12AT7が使われていたが、正式モデルには音質面から6DJ8が選ばれ標準仕様となっている。
 回路は当然のことながら基板上に組み込まれ、グラスエポキシ系の板厚3mmのやや厚い材料が使われているが、シンプルな構成のアンプであるだけに部品の選択が直接音質に関係をもつ。抵抗、コンデンサー、スイッチや配線材料はVishay、Cardasなどの銘柄を選択使用している。また、ボリュウムとバランスにはAPS製レーザートリムの可変抵抗を採用している。
 まずノーマルインプットからCD信号を入力してウォームアップを待つ。穏やかでウォームトーン系のやや音色が暗い音というのが最初の印象である。組合せたパワーアンプはアキュフェーズのA100である。試聴の際は、アンプの筐体が十分に熱くなるまでウォームアップはしてあるが、信号を入力してからの音の変化はかなりゆるや
かなタイプであり、15〜20分間ほどで次第にベール感が薄らぎ、音場感的な見通しも良くなり、柔らかい雰囲気のある音が聴かれるようになる。
 積極的に音を聴かせるタイプではないが、固有のキャラクターは少なく、ほどよい鮮度感を備えたしっとりとした音は、長時間にわたり音楽を聴くファンに好適なモデルといえる。惜しむらくは同社のパワーアンプSFS80との組合せが確認できなかったことである。

ソニー TA-ER1

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 CDプレーヤーは、定格出力が他のチューナーやカセットデッキなどの機器と比べて2Vと非常に高いため、CD初期からバッシヴ型のボリュウムコントロールを使い、ダイレクトにパワーアンプと接続する使い方が注目されてきた。感覚的にも増幅系であるアンプを信号が通らないため、信号劣化が少なく、結果としての音質が優れているように思える。
 これに対して、より良く音楽を聴くためにはコントロールアンプが必要だと考える人も多い。しかし、単純に音質のみにポイントを置けば、アンプで増幅すれば当然、歪みの増加は避けられないことを知るだけに、鮮度最優先的なパワーダイレクトの音よりも、ほどよく調和のとれた一種の熟成された音楽が楽しめる点がコントロールアンプの魅力であると、心情的に納得せざるを得ないのが現実であろう。
 パワーダイレクトと比べ、コントロールアンプを使う方が音質が良くなることを実証すべく、それに挑戦して開発した製品がこのTA−ER1である。
 徹底した入出力系のグラウンドの処理にポイントを置き、直径50mm、最大肉厚9・5mmの黄銅くり抜きハウジングを採用した高音質アッテネーター、2MΩの異例に高い入力インピーダンスをもつバランスアンプをアンバランス/バランス入力ともに使う独自の手法、出力段でのMOSダイレクトSEPPによる平衡出力で4Ωの低インピーダンス、そして直線性の向上などが相乗的に効果を発揮し、測定値はもとより、聴感上でも非常に高いSN此が得られることが、素晴らしい本機の魅力である。
 MC/MM対応のフォノイコライザー、超高級ヘッドフォン対応のリアパネル独立端子、夜間などの小音量時に高音質を保つ2段切替音量調整を備える。
 最終製品ではないが、パワーダイレクトと比較して聴感上でのSN比、音場感情報量が圧倒的に優れ、柔らかく、芯があり、深々と鳴るナチュラルな音は、従来の超高級機の枠を超えた見事な成果である。

パイオニア Exclusive C7

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 現在のオーディオアンプでは、最先端のエレクトロニクスの成果である優れた性能をもつ信号増幅系のアンプ設計が最大のポイントとされているが、振動に弱いCDプレーヤーの例からみてもわかるように、メカニズム的に高度な内容を備えた筐体構造が必須の条件として要求されることになる。いかに優れた性能をもつアンプであっても、筐体構造に問題があれば、アンプ本来の性能が発揮できず、結果として良い音質も望めぬことは明白な事実である。この意味から、現代のアンプは、エレクトロニクスとメカニズムが表裏一体となったメカトロニクスの産物と考えるべきであろう。
 コントロールアンプの筐体構造に、パワーアンプ的な考え方を導入して開発されている点が、エクスクルーシヴC7の最も魅力的なところである。筐体構造は、重量級軽合金ダイキャスト製のメカニカルベースを中核にし、筐体内部を上下に2分割、下側に電源系と音量調整、入力切替などの制御系を、上側に機械的にも電気的にも対称構造のデュアルモノーラル構成とした、左右チャンネルの信号増幅系アンプが収納されており、フロントパネル側に左右チャンネル用2個とコントロール系用1個の電源トランスが置かれている。この構造を採用した理由は、ステレオ信号を完全に対称条件で増幅することが本機の最大のポイントとなっているからだ。完全対称のアンプ系を機械的・振動的に対称の位置に置き、かつ磁気的にも同条件とする目的によるものであり、電源のフィルターコンデンサーも、+用−用の箔の巻き方を逆方向としているのは、完全対称に対する徹底したこだわりの現われとして注目したい。
 C7は、パワーアンプの音の表現に使われるスピーカーを引き締め、余裕をもって鳴らすドライブ能力が最大の魅力だ。コントロールアンプでスピーカーの鳴り方が一変するのは聴き手を驚かすに違いない。

ヤマハ GT-CD1

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 CD初期には、アナログプレーヤーとは異なり、スピーカーからの音圧や外部振動による音質劣化がないことがデジタルオーディオの特徴である、といわれたCDプレーヤーも、次第に状況が変化してきて、最近ではCDプレーヤーの振動対策こそが高音質を得るための必須条件、とされていることはまことに皮肉な事実であるようだ。
 GT−CD1は、一般的なCDプレーヤーがアンプやカセットデッキ的な筐体構造を採用しているのに対し、アナログプレーヤーと同様な構想に基づく独自の筐体構造を採用している点に注目したい。外部振動ばかりでなく、内部振動にもCDプレーヤーは弱いという現実に即し、筐体構造をアナログプレーヤーと同等としたことは、簡単なことのようではあるが、見事な発想の転換であり、このモデルの到達可能な音質の限界を飛躍的に伸ばすことが可能となっている。上部のウッドブロックは厚さ60mmで、内部にCDドライブユニットを収納してあり、このブロックの底板である2・3mm厚鉄板が本機のメカニカルグラウンドに当る。四隅には六角断面の鉄柱があり、下側に伸びて本機の脚部となる構造である。下側の金属筐体に納まるDAC部は、前記の底板部分に懸架され、ぶら下がる構造となっており、鉄製底板は空間的にも電気的にもCDドライブ部とDAC部を分離独立させるため、外観は一体型に見えるが内容的にはセパレート型CDプレーヤーに等しく、しかもリアパネルを介さず、上下に短いシグナルパスが可能となる特徴を併せもつ。
 試聴モデルはプロトタイプではあるが、筐体構造の違いは明らかに音の違いとなって現われている。プログラムソースに対するしなやかな対応性の幅の広さをはじめ、音楽が演奏されている環境条件を十分に聴か
せるだけの音場感情報の豊かさが印象的であり、発売時までの一段の成長が期待できる意欲作である。