井上卓也
オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド別冊・1994年春発行)
「私の考える一流品」より
まず、一流品とは何かを、手もとにある岩波国語辞典で「一流」を引いてみると「その世界で第一等の地位を占めているもの」「独特の流儀」と記されている。
「高級」という表現も、しばしば使われるため、これも調べてみれば「等級や程度の高いこと」とあり、「等級」は、「上下、優劣を示す段階」とある。
つねづね、あまり語義を考えずに観念的に表現しているが、ときには辞典をひもといてみることも面白いことである。
個人的には、「オーディオ製品は基本的に工業製品である」と考えているため、オーディオの一流品は、優れた工業製品であることが必要にして最低の条件である。
個体差が少なく安定した製品を、納得のできる価格で生産するためには、当然のことながら、感覚的に好ましい表現である、一品一品を手作りで作る、という作り方では、この要求を満たすことはできない。
しかし、オーディオ製品は基本的に工業製品であるが、音楽を再生するものという目的を持つため、世界的にトップランクの回路設計、筐体構造、構成部品、計測器を集め、最高のデータが得られたとしても、その成果が優れた音楽を再生するオーディオ・コンポーネントを意味するものではない。
優れたデータをベースにヒアリングを繰り返し、人間の感性を通して細部のコントロールが行なわれてはじめて、オーディオ・コンポーネントならではの有機的な、生きて活動する根元の力が与えられ、音楽を聴くためのオーディオ・コンポーネントとなるのである。
要約すれば、要求される基本性能をクリアーする第1ステップと、ヒアリングを通して音楽を再生する機器として育成する第2ステップという2段階のプロセスを経て、オーディオ・コンポーネントは誕生するということだ。この第2ステップが、優れたオーディオ・コンポーネントには不可欠のプロセスで、各社各様の、いわゆるノウハウの集積が活かされ、オーディオ・コンポーネントの死命を決するところである。しかし、その詳細は最高機密として公表されない。そのため、とかく製品の優位性は、回路構成、筐体構造、構成部品で語られることが一般的な傾向であり、数多くの誤解を生む原因になっている。短絡的に過ぎるかもしれぬが、料理でいえば単なる材料論と考え、結果としての音で判断する他はないようだ。
しかし、音が素晴らしく、常に安定して音楽を楽しく聴くことができても、趣味としてのオーディオとなると、それがすべてではない。デザイン、仕上げ、加工精度、機能・操作性などはもとより、各種コントローラーのフィーリングなどが、価格を超えてシビアに要求され、例外的には音が良くなくても所有するだけで、趣味としてオーディオの満足感に浸れることもあるようだ。
具体的な例でいえば、超小型オープンリールテープレコーダーのナグラSNNは、実際に録音・再生を行なわなくても、テープを巻かせるだけで、音を聴かずとも、趣味としてのオーディオの遊び心をこよなくくすぐる存在であり、まさに一流品中の一流品にほかならない。
やや、枠組みを広くとれば、現在の国内、海外のオーディオ・コンポーネントは、平均的なレベルが非常に高く、その大半は、一流品にふさわしい資質を備えていると考えることができよう。ジャンル別に見れば、スピーカーは、それぞれが大変に個性的な存在で、そのほとんどが一流品といっても過言ではない。
「独特の流儀」で作られていることを条件とすれば、クォード、マーティン・ローガンなどの静電型、インフィニティ、マグネパン、アポジーなどの各種の平面振動板型、JBL、タンノイ、ヴァイタヴォックスなどのホーン型、ボーズのコーン型、ARやATCのドーム型も、音質・音楽性・デザイン・仕上げを含めて、それぞれが見事な一流品である。
街を歩けば、どこかで必ず見受けられるほどポピュラーな、ボーズ101MMを考えてみよう。基本構想は、901/802系のフルレンジユニットを1個使い、小型エンクロージュアで、予想外の意外性のある低音をパワフルに出そうというものだ。
その根底には、世界のトップレベルにある接着剤技術がある。これに、ボイスコイル巻線技術が加わり、8Ωインピーダンスに仕込まれて許容入力を向上させたフルレンジユニットを、独自のモールド技術を駆使した2ピース構造のバスレフ型エンクロージュアと組み合せている。再生周波数帯城を広くとるために、中域を中心とした幅広い帯域のレベルを下げるとともに、プロテクターを兼ねたLCRのフィルターを組み込んだ設計は、まさしく「独自の流儀」そのものであり、これに、数多くの取付けマウン
ト、駆動アンプなどの異例に豊富なアクセサリーが用意されれば「その世界で第一等の地位を占めているもの」に、該当するオーディオ製品であることは、誰しも異論のないところであろう。
商品開発の基本構想が、システムプランをして幅広く周到であり、設計・開発が設定されたプログラムに忠実に進行し、最終的なヒアリングを基本としたオーディオエンジニアリングのノウハウがバランスよく投入された、一流品を商品化する典型的な好例だ。
同様な意味で、静電型+サーボコントロールウーファーでスタートし、独自の平面駆動EMI型+サーボコントロールウーファーに発展した、インフィニティのIRSシリーズや、独自のデュアルコンセントリック同軸2ウェイユニットを中心にしてシステム展開をするタンノイ、旧ボザーク系のトゥイーターアレイを発展させた、オールコーン型ユニットでシステム構成するマッキントッシュなど、基本構想・設計・開発が見事に行なわれた一流品の好例である。
アンプ関係では、OTL(アウトプット・トランス・レス)が当然のソリッドステートパワーアンプに、独自のトランス技術を活かした出力トランスの採用を固持するマッキントッシュのパワーアンプ。それとは逆に、管球方式でOTL化を図り、ハイブリッド構成に進化しているカウンターポイントのパワーアンプ。筐体構造のメカニカルグラウンドを重視したゴールドムンドのパワーアンプなど、これらのアンプは、オリジナリティが豊かな世界的な一流品である。
CDプレーヤー関係は国内製品の独壇場で、吸着方式という独自の構想のテーパー型表面のターンテーブルを、世界に先駆けて開発商品化したティアックのドライブユニットは、世界のトップランクの一流品である。
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