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ビクター MTR-10M

菅野沖彦

スイングジャーナル 6月号(1970年5月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 ビクターが4チャンネルの再生システムの商品化を発表したのは、去年1969年の6月であった。関係者を招いての公開であったが、その時の試作機が、このMTR10Mの原形であった。その月末に私はたまたまアメリカのAR社を訪ねて同社も4チャンネル・ソースを実験しているのを知り、〝日本では既に商品化しているぜ!〟と大見得をきってみせたものだ。
 日本ビクターのその後の4チャンネルにかけた情熱は大したもので、ついに、一連の4チャンネル・ソースのプレイバック・システムの商品化が実現したことは大変喜ばしい。今回発売された一連のシステムは、中心となるテープデッキMTR10Mをはじめとし、従来よリMCSSという名称で商品化された一連のシステム・コンポーネントがそっくり活用される。試聴に使ったのはプリ・アンプMCP105が2台、パワー・アンプMCM105が2台、それをSJ試聴室に常設のアルテックA7とパイオニアのLE38を2台づつ使い前面4台のスピーカー・パターンで聴いた。4チャンネル・ソースの再生パターンは、このような前面4台に対し、前後2台づつ、前3後1などが考えられ、いずれの方式にもそれぞれよさがあっておもしろい。前面音源に馴れている私たちにもっとも新鮮な効果をもたらすのは2+2システムであるが、前面4台の再生音も従来の2チャンネル・ステレオとは格段に充実した再生音が得られる。その効果については他に譲るとして、このテープ・デッキMTR10Mは従来から同社のベスト・バイ製品として堅実なパーフォーマンスをもつTD694のメカニズムを土台に開発した4トラック2チャンネル、4チャンネルに兼用のもので、録音は1−3、2−4トラック使用の従来の4トラ2チャンネル・システム、再生が、1234トラック全部を片道で使う4チャンネルと13、24の2チャンネルが切換えられる。また、4チャンネル再生にはバス・トレプルのトーン・コントロールがついていて、このデッキのライン・アウトをそのままパワー・アンプに接続して再生する場合にもある程度までコントロールできるという配慮もあって、4チャンネル・ソースの普及までの過渡期的使用に対する考慮に好感がもてる。メカニズムはワン・モーター式のオーソドックスな製品。基本性能はよくおさえられていてワウ・フラなどのメカ特性は実用上まったく問題にならない。内蔵プリ・アンプは大変優秀で、歪の少い広いDレンジをもったS/Nのよいものだ。かなりシビアなソースも無難に通り、再生音は厚味のある充実したサウンドであった。同軸二連のレベル・コントロールとトーン・コントロールはやや扱い難いが、このスペースに4チャンネル再生の機能を盛り込んだ以上、仕方ないと思う。むしろ、このまとめの努力を評価すべきであろう。今回は製品が間に合わなかったが、4チャンネル再生のコントローラーMSC105という実に便利で楽しいコントロール・ユニットが商品化されることになっており、これを使うと4チャンネル再生のあらゆるパターンもスイッチ1つで切換可能、各チャンネルのレベル・コントロールも容易にできる。本当はここで是非紹介したかったところだ。4チャンネルには、2チャンネルとちがって各チャンネルのスピーカー・レベルを合せることが難しい。とりあえず、異種の能率のちがうスピーカーを混用する場合などは、テープの開始にある1kHzの信号並びにナレーションで各スピーカーからの音ラウドネスが同じになるように合せる作業をしなければならない。
 いずれにしても、これからの4チャンネル・ソース・システムの普及につれて各社から意欲的な製品が発売されるであろうが、その皮切りに登場したMTR10Mの功績は大きい。しかも充分な基本性能をもった安定した姿で商品化されたことは高く評価されてしかるべきである。MTR10Mにより再生された前面4台のスピーカーからでたジャズ・サウンドの圧倒的迫力は、ジョージ大塚トリオ+村岡建、猪俣猛クヮルテットなどの面々と相対して聞くパンチとガッツに満ちたサウンドであった。余分なスピーカーやアンプをもっているマニアにとって、このデッキさえあれば今すぐにでも4チャンネル・ソースの魅力を味わうことができるわけで、現在のところこのシステムの唯一の商品であるだけに人気が集中しそうである。

JBL Lancer 101

菅野沖彦

スイングジャーナル 5月号(1970年4月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 JBLの三字を書けば、このスピーカーの名門についての説明は必要あるまい。ジェームス・ビー・ランシング・サウンド・インコーポレイションはアメリカ、カリフォルニア州、ロスアンジェルスにあるオーディオ・メーカーである。J・B・ランシング氏がその創設者だが、彼はもともとアルテック・ランシングのエンジニアであった。そしてアルテック・ランシングも同じカリフォルニア州、ロスアンジェルスの郊外にある。従って、アルテックのスピーカーとJBLのそれとは、もともと同じ技術の流れをくむものである上に、同じ風土で誕生したものだ。
 JBLのスピーカーはずいぶん多くの種類があるが、このランサー101というシステムは高級システムとしてもっともコンパクトなもので、その端正な容姿がそのまま音の印象につながるといってもよく、音と形が見事に調和した傑作だ。14インチ口径のLE14Aと音響レンズ付ホーン・ドライバーのLE175DLHをLX10ネットワークで、1、500Hzでクロスオーバーさせた2ウェイ・システムで、マーブル・トップ(大理石)の、きわめてリファインされたエンクロージュア一に収められている。
 LE14Aは小型エンクロージュアーで十分低域まで再生されるように設計されたQの小さなハイ・コンプライアンス・ウーハーであり、LE175DLHは、すばらしい特性をもつLE175ドライバーと音響レンズをもったホーン1217−1290とを組み合せたJBLのユニット中の代表的傑作であり、この2つの高級ユニットの組合せを見てもマニアならばぞくぞくするだろう。からっと晴れた青空のように明るく透明な、しかも力感溢れる締った音はJBLサウンドの面目躍如たるものがある。これは、私がよく感じることだし、いろいろな機会にしゃべったり書いたりすることであるが、JBLやアルテックの音を聴くと、その技術の優秀性はもちろんのこと、アメリカのウェスト・コーストに育った音という地理的な、あるいは人文的な環境を思わずにはいられない。イースト・コーストのボザークやARのスピーカーには重々しい音があって、それなりに大きな魅力を感じるものであるが、明らかにウェストの音とちがう。コンテンポラリー・レコードなどウェストの録音と、ヴァン・ゲルダー・サウンドのようなイーストの録音の質のちがいになぞらえては、あまりにもうがち過ぎであろうか……?
 ランサー101は、価格からして、決して一般に広くすすめられる製品ではないかもしれないが、もし経済的に多少の無理をしても、このシステムを所有されれば、世界の名器をもつ誇りと、見るからに魅力的なその雰囲気に支えちれて、レコードを聴く楽しみがより充実し、豊かになることは間違いない。そうした名器の中では、このシステムの価格は決して高いほうではないのである。参考までにつけ加えておくと、このLE14AとLE175DLHの2ウェイ・システム(JBLではこれをS1システムという)専用のC51アポロというエンクロージュアーがあって、これは、ランサー101よりぐんと大きく、音のスケールは一段と増す。もっともエンクロージュアーだけで、ブックシェルフ・システムのランサー77よりはるかに高いので一般的ではないが、特に関心のある方のためにつけ加えておく。ランサー101はバランスのとれた第一級の音だが、部屋によってはやや低音感が不足するかもしれないので、アンプでブース卜してやるとよいだろう。パワフルなドライヴには抜群のパーフォーマンスを示し、
しかもロー・レベルでの静的な再生にも気品のある繊細な味わいを再現するという数少ないシステムの一つであるこのランサー101、機会があれば是非一聴することをすすめたいし、お金があれば思い切って買っても絶対に後悔はしない価値がある。

ソニー TC-6360

菅野沖彦

スイングジャーナル 5月号(1970年4月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 4トラック・2チャンネル・ステレオのオープンリール式テープ・デッキはミュージック・テープの再生に加えて、FMステレオ・ソースの録音という便利なプログラム・ソースづくりの楽しさのためオーディオ愛好者の間で人気を呼んでいる。ステレオ録音が手軽に出来るという魅力はファンにとっては無視出来ないのも当然だ。音のいいFMプロを選んで上手に録音すると、高い値段で買ってくる、レコードやミュージック・テープ顔負けのクオリティが得られるのだからこたえられない、FM放送本格化の時を迎えて高性能のFMチューナーとテープ・デッキが大きくクローズ・アップされ、各社から活発に新製品が発表されている。
 今月の選定新製品として選んだソニーのTC6360テープ・デッキは、あらゆる角度から検討して大変優秀なものだとの結論に達したのであった。同社のテープデッキに関する実績は今さらいうまでもなく、世界でテープレコーダーを商品化した草分けであるだけに、一般の信頼も高いと思われるが、このTC6360は、私たちの期待に充分こたえてくれたものである。
 ワン・モーター式のテープ・デッキはメカニズムが複雑になることがさけられないために、その動作性、耐久性、操作性の三拍子そろった製品が意外に少い。この点、ソニーのワン・モーター・メカニズムは深い経験によって今や完成された安定性もつものになっている。
 このデッキの特長はたくさんあるが、気がついた点をいくつかあげてみよう。まず外観からして一風変っていてパネル面が傾斜している。バーチカル・ポジションで使う場合、たしかに垂直になっているよりテープ・ローディングやコントロールがしやすい。そしてラテラル・ポジションで使う時には、木製ケースから、一度はずして方向を変えてセットすることにより、やはリバネル面が手前へ傾斜するように配慮されているのが心憎いところ。
 パネルも大変要領のよいデザインだ。テープ・トランスポート部とエレクトロニックス・コントロール部をシルバーとグレイのツー・トーンとし、実際には合理的なコスト・ダウンをはかりながら重厚なイメージを残し、適度な豪華さもだしている。ヘッドハウジングをはずすと、ヘッド・アッセンブリーが目立って露出しクリーニングがしやすい。クローム調に美しく仕上げられたところなどお見事である。
 操作性は大変スムースで、プレイファストワインド、リワインドのスイッチ・レバーは確実で、しかもテープ・ローディングにより動作するレバーで保護されたユニークな構造である。つまり、テープを正しくローディングした時にだけ、プレイやファスト・ワインドが動作し、またテープが全部巻きとられると、メカニズムは自動的に解除状態に復元(オート・シャットアウト機構)し、ピンチロー ラーもキャプスタンから離れる(エスカレート・ドライブ方式)、テープ・スピード切換は軽く確実だしインスタント・ストップ機構もよい。
 特につけ加えておかなければならないのは、同社のローノイズ・タイプのテープSLHを使う上でのイコライザー切換と、再生レベル感度調節がついていることである。これによりSLHテープをかなりのところまで使いこむことができる。各種ローノイズ・タイプのテープの中でSLHはバイアス電流を深くかけなくても、高域の上昇はともかくノイズは明らかに少くDレンジが広いのでこの録音時のイコライザー調節で充分効果が得られよう。ただし、すべてのロー・ノイズ・テープが使えると考えては間違いで、スコッチ203やアグファPE36、バスフ35LHはバイアス値を適正にしないとノイズも減らないし歪の点でむしろ不利であることを記憶しておいていただきたい。
 さて肝心の音だが、再生、録音ともにきわめてバランスのよいものでこのクラスのデッキにあり勝ちな高域の荒れた派手やかさもなく、落着いた深味のある音が好ましい。マイク人力回路については申し訳けないがテスト出来なかったけれど、ライン入力のDレンジも申し分なく、再生ヘッド・アンプも余裕たっぷりでかなりのハイ・レベル・テープにも問題はなかった。私が使った限りでは、パーフォーマンスとしてはなまじっかの3モーター高級器を上まわ美質であった。蛇足ながら、テレコのライン入力表示をすべてAUXとしているのは気になる。

オーディオ製品のあり方と価値判断の方法

菅野沖彦

ステレオ 4月号(1970年3月発行)
「アンケート/オーディオ製品のあり方と価値判断の方法」より

①よいオーディオ製品の条件
 性能が優秀で、明確な設計思想と高い感覚性の感じられる製品。それ以上書くと長くなります。
②パーツについてどのようにテスト、性能判断をするのか
 徹底的に主観的です。つまり自分の納得できるシステムの一部に、そのパーツを組み込んで、気に入った音が出るかどうかが第一です。プログラム・ソースも自分の好きなものを選んでテストします。
③ユーザーに、パーツを見きわめる場合のアドヴァイス
 自分の音をもつこと。もてるまで体験を重ねること。常に自分の音が、より洗練されるべく音楽的体験を積むこと。科学的な常識を身につけること。そこへ達する前の初心者は自分の気心の合う人でオーディオに詳しい人に相談するのがよい。いくらオーディオのベテランでも、自分と感覚や嗜好の極端にちがう人からは知識を得られても、音への導きは得られないと思う。

ビクター MCA-105

菅野沖彦

スイングジャーナル 4月号(1970年3月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 再生装置の機能は最近ますます充実してきた。特に、再生系のコントロールをあずかるプリ・アンプの操作機構と多目的機能の充実ぷりには目を見張るものがある。その中でも、今月の新製品、ビクターのMCA105プリ・メイン・アンプは万全の機能をもったマルチ・ユース・システムの中核をなす製品といえるだろう。このプリ・メイン・アンプには、きわめて豊富なユティリティが備わっているが、その性能もプリ・メイン・アンプというカテゴリーが持つべき充分な優秀性をもっていると思う。現在、市場にあるアンプをタイプ別に見れば、いわゆるステレオ・レシーバーと呼ばれるチューナー、プリ・メインの一体型、そしてプリ・メイン型、さらにセパレート型というプリとメインが独立したものの3種類に大別出来るが、これらの商品が、そのタイプの本質的かつ必然的性能をもっているものばかりとは限らない。つまり、ステレオ・レシーバーは、すべてが一つにまとまっているというのが最大の特長、プリ・メイン型は、オーディオ専門アンプというのが本質的な性格、独立型は、さらに専門化した特長をもつものだから、それぞれが用途に応じる特徴というだけではなく、性能的にも自ずと差があると思うのが当然である。しかし現状はさにあらず、プリ・メイン型といっても、ステレオ・レシーバーからチューナー部だけをのぞき、あとは全く同一クラスのものもあるし、独立型といえどもプリ・メイン型をただ二分して、それぞれに電源部をもった単品としたものも多い。これは市場性、ユーザーの要求に応える適応性などから生れたことで、別に問題とするにはあたらないが、初めてアンプを買う人がどのタイプを買ったらよいかと迷うことも事実である。したがって、私個人の意見としては、これらのタイプのちがいと性能のちがいを結びつけ、あまりに高級なプリ・メイン部をもつ高価なレシーバー、逆に、性能的に物足りないプリ・メイン型や独立型は人にすすめないことにしているのである。そこで、このMCA105に話をもどすが、このアンプのもっているプリ・メイン部の性能は、そうした私の考え方でのプリ・メイン型としても立派なものだと考えるのである。音質は大変マッシヴで迫力のあるもので、ダイナミックな聞きごたえがあるし、スムースに余裕のあるパワーが得られる。ミュージック・パワーは8Ω負荷で80W、実効出力は同負荷だと32W×X2という値だが!やや能率の低い小型ブックシェルフ・スピーカーを、内蔵のSEAでブースト・コントロールをして鳴らしても充分な力がある。SEAは今さら説明を要しないだろうが、帯域分割型のイコライザーでビクターでは音場補正という打ち出し方をしているように、細かな山谷を自在に調整して好みの音質を得ることのできる便利なもの。このアンプでは60、150、400、1K、2K、4K、6K、15Kという7分割で、±10dBのコントロールができるが、60Hzがスイッチで40Hzと切換えられるので実用上は8素子のSEAとしての効力をもっている。コントロール・レバーの動作やタッチはきわめてスムースで使いよい。入力回路は豊富だし、半固定レベル調整がつき、各種プログラム・ソースの同時比較試聴などには大変便利。そして、大きな特徴はピンク・ノイズ発生器が内蔵され、音色パターン認識による音質調整や、位相チェックなどに利用できるのは、マニア気質を把んだ心憎いセンスである。そもそも、このプリ・メイン・アンプは、♯105シリーズの一つとして発売されたものたが、統一デザインのシステム製品がチューナー、チャンネル・フィルター、パワー・アンププリ・アンプというようにずらりと並んで、多種類の構成ができるようになっている。従って当然、マルチ・アンプ・システムやマルチ・チャンネル・ソース・システムというバラエティに発展させられるわけで、70年のアンプにふさわしい製品だ。

マイクロ MC-4100

菅野沖彦

スイングジャーナル 3月号(1970年2月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 マイクロ精機の新製品カートリッジ、MC4100を聴いた。マイクロ精機はディスク・レコード再生パーツの専門メーカーとしてお馴染みのメーカーであるが、その製品の一つ一つにはアイデアの生かされたユニークな特長をもったものばかりである。カートリッジ、トーン・アーム、ターンテーブルそしてアクセサリー・パーツの数々は既に市場で大きなシェアを占めている。私もマイクロの製品にはいろいろ接してきたが、このメーカーの誠実さ、熱意が生きた製品ながら、もう一つ注文があって、全面的にほれこんだものがなかったのである。特にカートリッジは今や専門メーカーとしての地位を完全に確立した同社だが、本誌の選定新製品としてとりあげられたのは、このMC4100が初めてではないかと思う。このカートリッジは、一聴して、きわめてすっきりとしたシェイプの音像が印象的で、再生音のヴェールを一枚はいだような明解さであった。これは広く読者に御紹介すべき製品だと思う。
 再生装置を構成するユニットやパーツはいずれもそうなのだが、このカートリッジほど嗜好品的性格の強いものもあるまい、本来、ディスク・レコードに刻まれた波形を忠実になぞって拾いあげ、これを歪ませることなく電気エネルギーに変換するというドライな働きをすべきハード・ウェアなのだが、いろいろな変換原理、構造のちがい、材質の差などが、それぞれ個性的な設計思想や製造技術を生み出した。そこへもってきて、その動作を完全に定量的に把握して客観的なデータとして示し得ないという問題もからんで、製品による音質、音色の個性が、レコードとの相性、使用者の好みとからみ合い現在のような商品性をつくり上げたといってよかろう。しかし、技術は着実に進歩しているし、理論解新はほぼ完全なまでに進み、優れたカートリッジの具備すべき条件はかなりの程度明白になっていることも事実である。その証しに、現在の市販カートリッジを何種頬も比べてみると、その音質の差は、一時からみればずっと少くなっているのである。
 このような状況下で新しく売り出される製品にはそれなりにメリットがなくてはならないが、このMC4100はMC型としては価格が低廉なこと、しかも高級MC型として十分な特性と品位の高い音質を再生してくれる点、まずは新製品として立派な価値をもつものと思う。MC4100はマイクロらしいユニークな独創性をいくつももっているカートリッジだが、振動系をそっくり交換してしまうという交換方式がまず大きなポイントだろう。これは同社のMC4000において採用された方式だが、この製品では、さらに扱いやすくなっている。出力端子とシェルの結線はそのままで、可動コイルごと針先を交換できるのである。独特なニードル・プロテクターも簡便で確実だ。黒を基調としたデザインも好ましく、シャープな音質にふさわしいスタイリングだ。
 試聴にはずい分いろいろなレコードを使ったけれど、このカートリッジの高音域の切れ味、繊細さは抜群で、シンバルやハイ・ハットのハーモニックスがきわめて鮮やかに再現される。欲をいえば、ガッツのある太く野性的なサウンドの再生が、ちょっびり品がよくなりすぎるということなのだが、それは欲張りすぎるかもしれない。これが音響機器の難しいところであることは度々述べた通りで、この爽やかな高音域は得難い特質である。低音ののびもよく、素直に透明にベース・ラインを再現する。指定針圧は1・5gで、0・5〜2・5gというラチュードで表示されているが、トレースは安定で、オーバー・カット気味のパルシヴなソースもよくカヴァーするし、ダンピングもよくノイズは少いほう。出力電圧は0・1mVで3Ωの出力インピータンスであるから、普通のフォノ入力にはトランスかヘッド・アンプを介す必要がある。同時に売り出されるMTA41というヘッド・アンプを使うのが本節だが、他のトランスやヘッド・アンプでも、それなりに使えることは勿論である。このヘッド・アンプは2個のバッテリーを収納できるが1個はスペアーで、外部スイッチの切換で任意の電源を選べるから、電池の滅りも簡単に確認できるし、安全である。このアイデアもいかにもマイクロらしいキメの細かさであった。

アルテック BF419 Malaga

菅野沖彦

スイングジャーナル 3月号(1970年2月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 今月は、ジャズの本場アメリカで生れて育ったスピーカーがベスト・バイとして取り上げられることになった。
スピーカー・メーカーの名門アルテックの419Aと3000Hの2ウェイ・システムである。
 アルテックの419Aは30cm口径の全帯域型スピーカーとして、既に本誌でも新製品として紹介したが、これを組み込んだものが、通称マラガという名前のシステムである。そして、この〝マラガ〟は、後日、3000Hトゥイーターを附加して2ウェイに出来るようになっているのだが、なんといっても、30cm口径の全帯域では高域はやや不満で、システムとしては3000Hがついて完成の域に達するといってよい。
 アルテックのスピーカーの全体的傾向といってもよいが、このシステムの中音域の充実と、高能率による明るく抜け切ったサウンドの魅力は他のいかなるスピーカーからも味わえない圧倒的な迫力で、これほどジャズの再生に適したものも少なかろう。デンシティの高い音は、楽器のイメージをきわめてリアルに再現するのである。
 マラガについて少し具体的な説明を加えると、エンクロージュアは、ブック・シェルフ・タイプで、パイプ・ダクト・タイプのテユーニング・ポートをもった位相反転型の変形である。これは、419Aを極力コンパクトにまとめるべく設計されたもので、輸入元のエレクトリが完成した。419Aは中央にドーム・ラジエーターをもち、頂角の異った二重コーンをもった特殊構造のスピーカー・ユニットで1kHz以下を外側のコーン、それ以上を内側のコーンでラジエートするようになっている。アルテックではこれをバイ・フレックスと呼んでる。3000Hはアルテック唯一のトゥイーターで、本来2ウェイを主力にしている同社の大型システムの中高域ドライバー・ホーンは高域まで十分にカヴァーするので、このトゥイーターはあまり使われないが、この全帯域用と組み合わせると大変うまくマッチして、419Aの音のスケールと品位を一段と高めるのである。このトゥイーターは繊細で柔い、しなやかな高音を持ち、これが、ダイレクト・ラジエーションのコーン・スピーカーの中高音域のキャラクターと自然に連るのである。419Aのもつソリッドな中高域にのって、美しいハーモニックスを再現し、ジャンジャン、シンバルの金のアタックと余韻にふるえるハーモニックスが生き生きと響く。そして、とかく、もぐり勝ちなスネアーやトムトムの張りのある音の鳴りも抜群である。欲をいうと、内容積が小さいので、低域ののびがもう一息といったところだが、アンプのほうで少しブーストしてやればよいだろう。
 私は、このシステムに準じたものを可搬型のモニターとして使っているが、あまり音がよいので、録音時のアラさがしがまどわされるぐらいである。しかし、これで、プレイバックした音には、今までセッションにつき合った多くのジャズ・メンが満足の意を表してくれた。アルテックのもつ血の通った、生命力溢れる音には、製作者も意識しない、血と伝統、風土が生きていると思う。この強い訴えをもった音は、プレイヤーの感情の起伏をあり
ありと伝えてくれるのである。日本のジャズメンでは渡辺貞夫が、このシステムを愛用しているし、ジョージ大塚もお気に入りだ。また、近々新宿のピットインの二階の試聴室にも入るようだから機会があったら聞かれることをおすすめする。ジャズ向きのスピーカーというのがあるかないか? などとよくいわれるが、あるとすれば、このシステムなどはもっともジャズ向きといってよいのではなかろうか。それは、このシステムが全帯域のバランスというよりは、音そのもののガッツの豊かさに特長があるからである。

オーディオテクニカ AT-VM3

菅野沖彦

スイングジャーナル 2月号(1970年1月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 オーディオ・テクニカのAT−VM3は、かって選定新製品として本誌で取上げたことがある。今回は、ベスト・バイとしての再登場であるが、このカートリッジのコスト・パーフォーマンスのよさからして当然のことといえるであろう。特に、ジャズの再生にあっては、そのパルスの連続する情報に対して振動系のトランジェントのよさが振動系支持の安定によって保証されなければならない。この点で、このカートリッジは同社のAT35X同様、ユニークなサスペンション方式を採用していて、レコード溝の走行方向への引張りには大変安定した構造である。V型に配置された二個のマグネットによる発電機構もAT35Xと同じだが、この構造のもたらすメリットが果して決定的に他の構造より勝るかどうかはいえない。しかし、現実の音から明確に感じられるのは、この系列のカートリッジのもつ、歯切れのよい、しっかりした音像の再現と、複雑な波形に対するスタビリティのよさだ。
 AT−VM3は帯域バランスがおだやかで、目立ったピークやディップは音から感じられない。概して、こうしたおだやかな周波数特性をもつカートリッジは音が沈み勝ちで、弦楽器などにはよい結果が得られても、パーカッションやブラスにはめりはりが立たない物足りなさが残るものが多い。しかし、このカートリッジの場合は、おだやかなバランスでありながら、一つ一つの音に対する立上りが鋭いために、ジャズの再生でかなり満足すべき結果が得られるものである。音色を大きく左右するファクターは周波数特性であることは事実だが、もっと根本的な音質は、むしろ、トランジェントやクロストークの特性によるものであることが、多くのタイプの異ったカートリッジが教えてくれる。特に、カートリッジとか、スピーカー、そして、マイクロフォンのような変換器にあっては、その機械振動をあずかる振動子の材質のもつ固有の音色が、必らずどこかに現れる。見かけ上の特性の上でこれを殺すことは出来ても、再生音の質には多かれ少かれ、その素顔をのぞかせるように思う。現在のところ、カートリッジの振動系はかなり理想に近いものであるが、なお改良の余地がないわけではない。一つの固定した考えにこだわらず、常に異ったアングルから見直し、どんな小さなこともおろそかにしない開発精神が大切だ。
 テクニカは、そうした点で、かなり自由に製品の開発をおこなっていることが、これらの商品から推察できる。6、900円という値段は決して安いとは思わないが、今のカートリッジの相場からすれば高い値段ではない。メーカーにはいろいろいい分もあるのだろうが、カートリッジの価格は高すぎる。こういう安い価格が通用するのは、カートリッジが嗜好品だからであろう。もし、これを純粋に科学技術の産物と解釈して大量生産品扱いをすれば、もっと安い価格で充分な特性のものが得られるはずだ。ユーザーがカートリッジを選ぶ時には、この辺をはっきり認識してかからなければいけない。嗜好性の対象となるような名品は、当然のことだが、眼玉が飛びでるほど高くるし高いとそれだけ良い音にも聞えものだ。高ければ、当然、物理特性も向上しているが、それと同様に仕上げの美しさや高級観からくる印象が音に影響を与えるものだと思う。
 このAT−VM3は千円台だから実用品として考えてよくその意味では実質的価値は10、000円以上のものに決して劣らないといえるのである。今や国産カートリッジの水準はきわめて高く、たくさんの優秀製品があるが、このカートリッジもそうした製品の一つとしてジャズ・ファンに安心して推められるものだと思う。

トリオ KL-5060

菅野沖彦

スイングジャーナル 1月号(1969年12月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 トリオが、新しく発売したスピーカー・システムKL5060は、同社の音響専門メーカーとしての面目を発揮した充実した製品である。このスピーカー・システムから、トリオの音に新しい時代が来たことをはっきりと感じることができる。KL5060は中型のシステムとして、もっとも競争の激しい位置にランクされる製品であるが、この音なら堂々と他製品と対抗し、その多くを凌ぐはずだ。きわめて明解な音の陰影の再現、よくのびきった低域から高域、歪の少い明るく透明な音色は、プログラム・ソースの持つ豊かな情報量を再現するに十分な物理特性をもつことを証明すると同時に、私たちの心と肌に快よい豊かな音楽を伝えてくれる個性をもっている。スピーカー・システムが音響機器の中で、ソフト・ウェアーとしての性格がもっとも強いものであることは、これまてにも折あるごとに述べてきた。スピーカー・システムこそは、そのメーカーの音への感性の現れである。スピーカー・システムを買うことは、そのメーカーの音への共感に他ならない、良い音のスヒーカーをつくるには、メーカー自身が、卓抜な審美眼を持つと同時に、これを具現できる音響技術をもっていなければならないのである。それが意識されようと、されまいと、システムの制作者が確固たる音の美学をもっていなければ、良い音のスピーカー・システムは出来ないはずなのである。そこが音響技術が、単に物理学や電子工学の領域で律しきれないところなのである。良い音とは何か? という、きわめて困難な問題へのメーカーの解答は、そのメーカーの出すスピーカー・システムだといってもよいかもしれない。
 KL5060は、4スピーカーの3ウェイ・システムで、30cmウーハー、16cmスコーカー、2つのホーン・トゥイーターから構成されている。エンクロージュアは密閉型とパス・レフ型の中間をいくような、ダンプされたパイプ・ダクトをもつもので、吸音材がつめられたチユーニング・ポートをもっている。600Hzと6、000Hzのクロス・オーバーをもつネットワークが組み込まれているが、マルチ・チャンネル・アンプ用の独立端子も勿論備えている。見るからに剛性の高いコーン紙はロール・エッジとハイ・コンプライアンス・ダンパーで支持され適度なエア・ダンプと相挨って、きわめて明解な音程再現と、明るく力強い低音を再生する。音楽の基礎になる低音域は絶対におろそかには出来ず、ただ重々しい純な低音が量的に出ていてもなにもならない。このウーハーの中域も質がよく、スコーカーとの連りもスムースである。16cmのコーン・スコーカーは、かなり浅い包角をもち素直で質が高い。欲をいうとトゥイーターにやや気になる音色があるが、2本使っているためにエネルギー的には余裕があり、相当なハイ・パワーでも安定している。
 これら3種類のユニットのまとめこそ、トリオの腕ならぬ、耳の聴きどころであるが、既に書いたようにバランス的にも、音色的にも美しく調整されている。従来の同社のスピーカーからは想像できないほど大さな変視で、音が前へ豊かな表現力をもって鳴る。能率は同様の他製品と比して決して高いほうではない。
 前面は金属製の格子グリルだが、これはもう一つユニークな雰囲気が欲しい気もする
 ソニー・ロリンズの太く油ののったテナー、エルビン・ジョーンズの鋭いスティック・ワーク、そして、日野皓正のブラッシーなトランペットのハイ・ノートなどハードでエネルギッシュなサウンドも充実した響きだし、ソフトな味いのコンボやヴォーカルにも魅力的な音を聴かせてくれた。

オーディオテクニカ AT-3M

菅野沖彦

スイングジャーナル 12月号(1969年11月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 ジャズのレコードに限ったことではないが、モノーラル時代の名演奏の再発売ものには見逃せない名盤がたくさんある。レコードというものの本質からいっても、記録性ということは大変重要なもので、特にジャズのような瞬間性の大切な、二度と再び同じ音楽がこの世に存在し得ないものについては、きわめて貴重なものだ。資料としてはもとより、かけがえない音楽体験として、モノーラルのレコードを、ただ局面的なオーディオ観で、ステレオ録音ではないからというだけで、遠ざけてしまうとしたら、その音楽的損失は計りしれないほど大きい。しかもモノーラルにも、ステレオ顔負けの素晴しい録音のものさえあるのだから、なおさらのことである。特にジャズ・サウンドは、空間サウンド以上に楽器音そのもののリアルな再現が好まれるという美的観念があるから、モノーラル録音はクラシックの場合ほどの制約にはならないともいえる。クラシックとジャズとの間には、音楽的な音そのものについての美学の差があることは否めない。ジャズのステレオ録音に、マルチ・モノ的な音が多いものもそうした理由による。荒々しいタッチ、生々しい触感、激しい圧迫感をもった音を明確に把握しながら、しかもステレオフォニックなプレゼンスを2チャンネルの再生から得ようとすることは容易ではないし、これは、ジャズ録音にたずさわる私たちの抱える大きな課題なのである。
 ところで、モノーラルのレコードが現時点で再発売される時に、いわゆる擬似ステレオ化されているというケースがあるが、これについては、クラシックもジャズも、心ある人々が大反対しているようだ。しかし、先に述べたようなジャズ・サウンドの美的観念からして、ジャズの疑似ステ化についての反対はクラシックとは比較にならないほど強烈で、ついに、近頃では、ほとんどのレコード会社がモノーラルのまま再発するようになった。
 こうなってくると、もう一つ問題となるのが再生のシステムであって、ステレオ・カートリッジで、モノーラル・レコードを演奏することには一考する必要が生じるというものだ。つまり、ステレオ・レコードとモノーラル・レコードとでは、溝を切刻するカッター針の曲率半径が異り、溝の形はちがう。また本来、モノーラル・レコードには縦振動の成分は含まれていないし、それを再生するカートリッジも縦の振動成分に対しては感度をもたないように設計されている。ステレオ・カートリッジでも、左右チャンネルの出力をシリーズ結合して縦成分をキャンセルして使えばまだよいが、そのままの状態で使ったのではかならず不都合が生じる。一般にいわれることは、モノのカートリッジでステレオ・レコードはかけられないがステレオ・カートリッジでモノーラル・レコードをかけても差支えない……というのだが、それはレコードに対する保護の面からであって、そのレコードを理想的に再生することに関しては問題がある。モノ・レコードはモノ・カートリッジでかけるのが本来である。そこで、このAT3Mは貴重な存在である。ステレオになってカートリッジの振動系は大幅な進歩を遂げているが、このAT3Mもモノ当時のカートリッジとは格段の性能をもつ。欲をいえば、現時点でカートリッジ・メーカーの技術をもってすれば、さらに理想に近いモノ・カートリッジが出現するはずだが、モノ・レコードを聞く人には、広くこの製品を推薦したい。ステレオ・カートリッジで聞くよりも、はるかに腰の入った、がっしりとした音の再生ができるのである。今さらモノ・カートリッジをと思われる人もいるかもしれないが、ジャズ・ファンならばぜったいに聞き逃せないモノーラルの名盤のよりよい再生のために、このカートリッジを今月のベスト・バイ商品として選んでみた。

タンノイ IIILZ MKII

菅野沖彦

スイングジャーナル 12月号(1969年11月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 タンノイのモニターIIILZといえば、伝統的な英国の名スピーカーとして有名である。英国には、スピーカー・メーカーが多く、グッドマン、ワーフェデール、KEF、ローサー、リチャード・アレン、クヮド、ヴァイタ・ボックス、そして、このタンノイなどの有名スピーカーがある。これらの英国製スピーカーは日本でもファンが多く、それぞれ独自の個性をもった音がファンを獲得している。しかし、それらのファンは圧倒的にクラシック・ファンが多く、英国スピーカーはジャズの世界では全くといってよいほど冷遇されてきた。何故だろうか? それにはそれなりの理由がたしかにあったのかもしれない。その理由を証明するにはスピーカーというものが、一連の電気音響機器の中で特別にソフトウェアーとしての性格の濃いものであるということから話しはじめなければなるまい。電気音響機器は、大きく二分して、変換系と伝送増幅系とからなっていることは、本誌の愛読者ならすでにごぞんじのことと思うが、変換系、つまり、あるエネルギーを、異った性格のエネルギーに変えるものの代表的なものが、マイクロフォン、カートリッジ、スピーカーである。
 この変換系の中でも、直接、空気の波動を扱うマイクロフォンとスピーカーには特に問題が多い。変換能率、周波数レスポンス、歪特性などの特性のよいものをつくること自体大変難しいことだが、もっとも問題になるのは、そうした、いわば解析ずみの特性データによって完全に把握しきれない問題である。これが、結果的な音色に及ぼす影響がきわめて大きく、これらの製品の最終判断は聴覚によらなければならないのである。例えば、振動体にはなんらかの物質を使わなければならないが、この物質自身の個有の特性は必らず音色として現れてくるものである。聴感覚によって判定するとなると、当然、そこには制作者の音への好みが反影せざるを得ないのであって、同じような物理特性をもった二つの製品のどちらかをとるというようなギリギリの場合だけを考えてみても、音への嗜好性、音楽の好みなどがはっきりと現われてくることになろう。スピーカーがソフトウエアーとしての濃い製品だというのはこのような意味であって、スピーカーほど、この点で厄介な、しかし、面白いものはないのである。
 音への好みは単純ではない。年令、体質、教養、性格などの綜合されたものが音の嗜好性を形成する。当然、人種の差、文化水準の差、伝統といった条件も必らずまつわりついてくるものだ。
 そこで、英国系のスピーカーには、どうしてもクラシック音楽のイメージが強いとされてきた理由もなんとなくわかるのではあるが、今や、英国も、ビートルズを生み、ミニスカートをつくる現代国家であるし、特に輸出によってお金を嫁ぐことに熱心なことは先頃の英国フェアでもよく知っておられる通りである。英国がその古い伝統と、高度な産業技術を、クラフトマンシップを生かしてつくり上げた製品は、筋金入りの名品が多く、しかもお客の望みを十分に叶えてくれるサービス精神にもとんでいる。タンノイはいぶし銀のような艶をもつスピーカーだと評されていたが、このIIILZのニュータイプのIIILZ MKIIは、さらに明るさが加ってきた。重厚明媚を兼備えた憎い音を出す。これでジャズを聞くと、実に新鮮な迫力に満ちた音だ。MPSのジャズのように、最近はジャズの音も多様性をもってきた。アメリカ録音に馴れていた耳には大変新鮮な音のするヨーロッパ録音ではある。再生系も、英国スピーカーはクラシック向と決めこまないでチャンスがあったら耳を傾けてみてほしい。

サンスイ AU-777D

菅野沖彦

スイングジャーナル 12月号(1969年11月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 AU777Dは、従来のAU777を改良した新機種で、信頼度の高い、高いグレードをもったアンプである。AU777はベスト・セラーと呼ばれた製品で、サンスイのトランジスタ・アンプの評価を固めたアンプだが、このD型になって、一段と音楽的にもよくなった。試聴してみても、従来、やや気になった高音域のザラザラした荒さが大きく改良されていて、より滑らかにふっくらとした音を出すようになった。そして、中音域のバンド・パス・パターンをコントロールできるトリプル・トーン・コントロール方式の採用は、ルーム・アコースティックの調整に役立つのみならず、ジャズの再生にもっとも充実性を要求される中音域のコントロールに大きな威力を発確するものだ。一般に、迫力ある音にするというと、低音と高音を増強するような傾向がなきにしもあらずだがこれは本来正しくない。低高音を増強することは、中高域をやせさせることになり、決して迫力のある音にはならず、うるさい音になる。かといって、低、高音を落して中音域をクローズ・アップさせたのでは、切角のワイドレンジが泣く。この辺の微妙なコントロールは音づくりの妙味であるが、そう簡単にはいかないものだ。このトリプル・コントロールは中音域を1デシベル・ステップで、+−5db調整できるようになっているが、これが大変上手い特性曲線に設定されていて効果的であった。決して極端な増減ではないし、選択帯域を曲線が適切で、あらゆるレコードに、まともな効果をあげることができるのである。もちろん、併用スピーカーの特性を補うこともできるし嗜好に合わせるという使い方にもつながるものだろう。
 例のブラック・パネルのメカニカルなデザインと、機能的なレイアウトはかつてのAU777をそのまま踏襲している。細かい特長を捨い上げてみると、接続カートリッジ間の入力回路が二つあるが、そのうち一つは、入力インピーダンスを30kΩ、50kΩ、1100kΩの三段に切換えることができる。これは、カートリッジの出力インピーダンスのマッチングをとるという目的だが、適確なインピーダンス整合を計るという考え方から発展して、インピーダンス・マッチングによって変化する音帯の相違をトライするというマニア意欲を満たすサンスイらしい配慮であると見た。入力回路は、この他、チュ−ナー、AUX、テープ・ライン、テープ・モニターなどと豊富であり、高級プリ・メイン・アンプとしての機能をよく備えている。また、入力感度3・5mVのマイク入力端子をもっていて、喫茶店などの使用には便利だが、これがピン・ジャック端子であることは考えもの。これは是非、マイク用として一般的なミニ・ジャックとすべきであろうし、できればフロント・バネルに出して欲しかった。出力回路としては、まず、プリ・アンプ出力が、かなりのハイ・レベルであることが、マルチ・アンプ・システム発展の時には大変便利である。そして、二系統のスピーカー出力端子が扱いやすいターミナルで出ている。フロント・パネルには、20dbのミューティング・スイッチ、ハイ、ロー・カット・フィルター、ボリューム・コントロールと同軸になったレバー式バランス・コントロールなどが整然と並んでいる。いかにもマニア好みのメカニカルな雰囲気ではあるが、素人には、馴れないと、あまり整然と並びすぎていて、かえって戸惑いを感じるようだ。特に、左右独立の六つのツマミからなるトリプル・トーン・コントロールとなったので、余計にぎやかな印象を与えるのであろう。
 このアンプは、価格的には中級プリ・メイン・アンプであるが、サンスイの現役プリ・メイン・アンプを代表する製品で、その再生音の品位はかなり高い。定格30W+30Wの出力は、現行商品の中では決して大パワーではないが、ジャズの再生に向く能率のよいスピーカーには十分な出力である。試聴に使ったアルテックのA7が堂々たる迫力を再現してくれたし、ブックシェルフ・タイプの数種のスピーカー・システムでも、特に不満は感じられなかった。従来のタイプの発展型だけに特に目新しさこそないが、それだけよく練られた、信頼度の高い製品だと思う。

ラックス SQ707

菅野沖彦

スイングジャーナル 11月号(1969年10月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 SQ707というラックスの新製品アンプは、アンプの老舗ラックスが生みだした傑作である。ロー・コストの普及アンプであるが、決して安物ではない、これは、このアンプを使ってみればただちに理解できるであろう。第一、見た目にも、いかにも品位の高い音が出そうな美しい姿をしている。徹底した合理的な設計と、量産計画から割り出されたために、この価格がつけられたものと思う。数多くの商品を見馴れた眼には一目で、この製品の優秀性がピンとくるであろう。安物とは安物しか作れないメーカーが作るものらしく、高級機を作る技術と体験をもったメーカーがつくるロー・コスト商品には自ずから、その品位が滲み出るものであることを敢えてくれる
 SQ707の機能は、プリ・メイン・アンプとして必要なすべてを備えていて、一般の使用上、まったく不便を感じない。入力側からみていくと、フォノ、チューナー、テープデッキ、補助入力の4端子が用意されていて、フォノの入力感度は2mV、その他は120mVとなっている。出力側は、録音用のライン出力と、3ヘッド・タイプのテープレコーダーのモニター再生端子、そして2系統のスピーカー出力端子とヘッドフォン・ジャックがそろっている。コントロール機構には両チャンネル独立の高、低トーン・コントロールに、高低の湾曲点を変更するスイッチ、18dbのミューティング(アッテネーター)スイッチ、ABスピーカー切換スイッチなどがラックス特有のパネル・レイアウトですっきりと並んでいる。パネルはホワイト・ゴールドの瀟洒な色彩をヘアー・ライン・フィニッシュにした美しい輝やきをもつ。ケースはABS樹脂使用のユニークなもので、合理性はもちろんのこと、下手な鉄板加工より完成感が強く枠である。操作面によく練られているし、スイッチやボリューム類は専門メーカーのラックスらしく実にタッチがよく、スムーズであった。そして、その再生音は、こうした外観上の特長と共通した、あるいはそれらを上廻る質の高いもので、まるで澄みきった深い水を見るように、濁りや汚れのない、そして丸やかなものだ 実にふっくらと、独特のプレゼンスといいたいほど軽やかに空間が再現されるのである。この特長は、コンテンポラリー・レコードのように、ステレオフォニックな空間性のある録音により効果的で、ブルー・ノートやインパルスのようなマルチ・モノーラル的な録音では、やや丸味がついて物足りないという印象になるかもしれない。連続出力17Wという表示に物足りなさを感じられる人もいるかもしれないが、能率のよいスピーカーを使えば、家庭用としてパワー不足は感じられず、SJ試聴室のアルテックA7が、ガンガン鳴る。我家では、サンスイのSP1001やクライスラーのCE1ac、またオンキョーのFR12というような数種のスピーカーをつないで、鳴らしてみたが不足は感じなかった。もちろん大きな部屋で、大音響を期待すると無理も生じるが、10畳ぐらいの部屋までなら十分いける。まして4・5畳〜6畳での使用にはまったく心配はいらないだろう。名士の手すさぴといったらメーカーに怒られるかもしれないが、このアンプには音にも、外観にも、そうした余裕が滲み出ていて無理な気張りをまったく感じさせないのである。34、000円という価格も、ユーザーにとって、それほど気張りを要しないだろうし、本誌の選定新製品として名実共に推奨にあたいする製品である。
 このアンプから出る素直な音は、この製品を初めて使われる多くのオーディオ入門者に、初めから趣味のよい、音の規準を与えてくれると思う。これはいい変えれば、市販製品にあり勝ちな、ちょっと聞きには強い印象を与える、辛しや味の素が度ぎつくきいていないということである。ロー・コストの普及アンプの代表的地位を占める製品になるだろう。

フィリップス EL3312A

菅野沖彦

スイングジャーナル 10月号(1969年9月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 カセット・テープの普及がとやかくいわれながら、まだ我国では、その歩みがもどかしい。アメリカでは8トラック・カートリッジとこのカセットとの比較の点では、明らかにカセットが優位に立とうとしているのであるが、これは、その大半を占める用途であるカー・ステレオのカセット化の波によるものらしい。しかし、今年のニューヨークのCESにおいても、ホーム・ユースのカセットも注目に価いする活況を呈していたことを思えば、カセットの今後は日本でもかなりの期待が持てそうである。日本の現状では、カセットはメモコーダーとして延びてはいるが、音楽録音再生用としてのステレオ・カセットはまだまだかったるいのが実状であろう。その最大の理由は、やはり音質の点にあると思われる。扱いの点では、カセットの抜群なイージー・ハンドリングは万人の認めるところであるから、これで、満足できるハイ・ファイ音が得られれば、もっと急激な伸長を遂げるだろう。ところで、最高の状態でのカセット式はどんな音かを聞いたことのある人は何人いるだろうか。これを知ればもっと多くの人がカセットに注目するにちがいないと思うほど、現在では、カセット・ステレオの可能性は高い。最高のカセット・ステレオ・デッキを使って、細心の注意と技術をもって録音再生すれば、これがカセット? と思うほどのハイ・ファイ音が聞ける。つまり、カセットの可能性の証明である。
 これに必要なのが、フィリップス社製のEL3312Aというカセット式ステレオ録音再生デッキであるが正直なところ、このフィリップスのデッキでないと、その可能性の限界は確認できない。もっとも、フィリップスはカセット・システムの本家であるから当然かもしれないが、そ
れにしても他の製品がもう少し良くなってもらわないと、カセットの普及上困るのである。では、どこが、どう良いかというと、ワウ・フラの少いことなどのメカニズムの特性は勿論、その音質のまとまりにはまったく脱帽せざるを得ないのである。電気的特性ではカセットの現状ではまだ制約はあるが、その制約の中で聴感上もっとも快よいバランスをつくっているのが見事なのである。
 このEL3312Aはカセット・デッキとしてはやや大型だが、ピアノ式の操作機構は扱いやすく確実で、マイク入力端子回路がついていて、附属のステレオ・ユニット・マイクで簡単にステレオ録音ができるし、パワー・アンプの小さいものもそなえているし、ライン・アウトもとれるという万能型である。手持の装置につないで置くには、5ピンのDINコネクターを使って録音再生が可能である。
 私は職業柄、マスター・テープをこのデッキでカセットにコピーして聴くことがあるが、客にこれを聴かせると大抵驚いて、カセットの可能性を再認識すると同時に、市販のミュージック・カセット・テープのプリントの悪さに疑問を持つ。したがって、現状ではこのデッキを購入されて、自分で、FMやレコードからプリントして使われてみることをまずお推めしたい。その便利さ、音の良さには一驚されるであろう。
 カセットこそは、現代の若者にピッタリのサウンドマシーンである。そして、テープは録音再生ができるというのが本質的な特徴なのであるから、こうした録再デッキを買ってアイデア豊かな音楽の楽しみ方を研究するがよい。SJ編集部のF君などは、愛車のクーパーにカセット・ステレオを持込んで大いにハッスルしている。そのプログラムソースはすべて、このEL3312Aでレコードからコピーしたもの。金がかふらず、楽しみが増えて何よりである。

クライスラー CE-1ac

菅野沖彦

スイングジャーナル 10月号(1969年9月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 スピーカー・システムの傑作が登場した。クライスラーCE1acがそ だ。最近の音響製品の中で、注目すべき商品だと思う。このスピーカー・システムを初めて見る時、まず、そのかっこよさに目を奪われるだろう。そのかっこよさは表面だけのものでは決してなく、細部に至るまで、ものを創る人の細かい神経と愛情の通った入念な仕上による本物のかっこよさなのである。サランネットをつけないで裸で使う時のことを考えて、バッフル板の表面は美しく仕上げられ、紗をかけられたオリーブ色のウーハーを基調にメカニカルな美しさに満ちたデザインである。サランネットといえば、これが色ちがいが3枚も付属していて部屋や好みに応じて選択できるようになっているのも心憎いかぎりだ。しかし、このサランの色は私個人としてはどれもあまり感心しないもので、このシステムはサランをはずして裸で使うのがベストである。音質上もそのほうが断然よろしい。ウーハーの周囲はレザー張り、上半分は艶消し黒色仕上げで、2個のアッテネ一夕ーを中心に美しいレター・プリントが施されている。後面には、チャンネル・システム用のダイレクト・インプットとネットワーク使用の2種のインプットが美しく並び、その切換スイッチもターミナルも上等だ。オーディオ機械作りのアマチュアリズムとプロ精神が見事に調和した作品という雰囲気が溢れている。
 さて肝心の音だが、これだけの入念な外装仕上げをする心が音をおろそかにする筈はない。真に美しい外観というものは機能を象徴するものであるし、本来、メカニズムのデザインというものは、そうしたものでなければならない。このCE1acの音のまとめには、クライスラーのスタッフはALTECをモデルにしたといっている。ウェスターン・エレクトリック時代からの澄んでのびやかな音の流れをくんでいるアルテックのシステムの本領は大型ホーン・システムによるのだが、その音を、小型ブックシェルフで追求しようという、まことに虫のよいぜいたくな欲求から、このスピーカー・システムは生れたのである。したがって、音質はアルテック系の大型システムのもつ、抜けのよさを狙いながら、システムの構造は、ARをモデルにしている。そもそも、アメリカにおけるアルテックとARという両者は、互いに大変意識し合っているライバル同志で、そのセオリーの点で、また、音質の点でも、対照的な存在である。一言にしていえば、アルテックの音は先程から何度も書いたが、透明である。ARの音は締って無駄がない。このCE1acは、構造的にアコースティック・サスペンションの完全密閉型、つまリAR型も採用しているので、その低音域の充実した締りはこのタイプ共通のものをもっている。そしてバランス的には、中音域から高城にかけての抜けがよいので、たしかにアルテックに共通したキャラクターなのだ。SJ試聴室では、アルテックのA7システム(箱は同社設計の国産だ)を標準システムとしておいてあるが、これと切換えてみて、その音域バランスにはかなり似通った個性を認めた。また、私個人、自宅でゆっくり試聴する機会にも恵まれたが、標準になるバランスをもちながら、音に味があってアトラクティヴである。周波数特性だけフラットなシステムには、時として音の生命感のない、つまらないものが多いが、このシステムには個性があって音楽が生きるのである。29、900円という価格とのバランス上からも価値のある商品であると思う。さんざんほめそやしたが、かといって、さらに欲をいえばいえなくもない。高域の甘美な味わいがもっとソリッドで品位の高い音になればなおよい。とにかくこの製品は、最近のヒット商品とするに足るすばらしいもので、私の録音したレコードも録音した当人として納得のできるバランスて、しかも音楽の生命溢れる再生が聴かれたことをつけ加えておこう。

オーディオテクニカ AT-VM3

菅野沖彦

スイングジャーナル 9月号(1969年8月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 カートリッジは手軽に差変えて使えるので、ちょっとオーディオにこった人なら2〜3個はもっているものだろう。というよりは、お金が貯って、良いカートリッジが発売されたと聞くと、つい買ってきて使ってみたくなるのが人情。事実、カートリッジを変えると良悪は別にしても音が変るからついつい、これで駄目ならあっちでは……ということになるものだ。もっとも、カートリッジというものは、それを取付けるトーンアームと一体で設計されるべきもので、うるさくいえば、先ッチョだけを変えるというのは問題がないわけではない。だから、同じアームにAとBのカートリッジをつけ変えて、Aがよかったからといって一概にAのほうが優れたカートリッジだと断定できない場合もあるのである。アームを変えたらBのほう力くよくな
る可能性もあるのだ。そこで、カートリッジを差変えて使うことのできるトーンアーム、いわゆるユニバーサル・アームは勢い高級な万能型でなければ回るわけであるが、今回のテストには英国製のSME3009を使用した。国産にも優れたアームが多数あるが、このSMEのアームは精度の高い加工とスムースな動作、ユニバーサル型としての妥当な設計、そして外国製ということで国産アームよりも客観性があると考えられるためか、研究所の測定などにも、現在ではこのアームを使うことが常識となっている。
 アームの条件について前書きが長くなってしまったが、この試聴記はSJの試聴室で実際にじっくリテストした結果なのでその条件について書いておくことも必要だと考えた。アンプやスピーカーは別掲の通り。使用レコードは新譜として各社から発売されたものの中から録音のよいものを数枚選び、さらに私自身の録音したものを何枚か聴いた。これは私にとってもっとも耳馴れたプログラム・ソースなので、その出来不出来はともかくテスターとしての私の耳には最高のプログラム・ソースだからである。
 さて肝心のオーディオ・テクニカの新製品AT−VM3だが、この製品は同社がすでに発売しているAT3というロング・ベスト・セラーに変るものとして登場させたもの。そして構造的には同社の開発したVM式という独特なムービング・マグネット型である。これは、AT35という同社の高級カートリッジで初めて実現した方式で、AT35そのものはかなり長期にわたって改良が重ねられたものだ。音の本質的なよさを認められながら帯域バランスの点でいろいろ問題があったものをコントロールして現時点ではバランスのよいカートリッジに成長した。このAT35を普及タイプとして設計しなおしたのが、このAT−VM3と考えられ、価格的にも求めやすいものになった。VM型の特長は、左右チャンネルに独立した発電機構をもつことと、振動系がワイヤーで支持され支点が明確になっていることだが、この2点は従来のMM型が指摘された問題点を独創的に改良したものである。そのためと断言してよいかどうかはわからないが、音の根本的な体質とてもいうものがVM型共通のクォリティを得ていることがわかる。つまり、きわめて明解な締った音質がその特長で、冷いとも思えぬほどソリッドなダンピングのきいた音がVMシリーズの特長である。硬質で現代的なスマートな音がする。比較試聴に使ったシュアーV15IIやエンパイヤー999、ADC10EMKIIなど世界の一級品に悟して立派な再生音が得られた。ベースの音程の分解能は特に注目に価いするものだった。ブラスの高域やシンバルが、冷いのが特長でもあり難点であるが、対価格という立場で考えれば、優秀製品として推したい。ただし、本誌では蛇足かもしれないが、弦のアンサンブルやクラシックのヴォーカルやコーラスにおいてはもうひとつ不満があることをつけ加えておこう。音響機器にハードでドライな客観性を求めるか、ソフトでウェットな個性を容認するかというオーディオの興味の焦点の一つがそれであろう。

テクニクス SU-50A (Technics50A)

菅野沖彦

スイングジャーナル 9月号(1969年8月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 すばらしいスピーカーであるはずなのになんとなく音が残らない。一体どうしたんだろう。カートリッジを変えてみよう。たしかに音はよくなった。しかし、いつかよそできいたこのスピーカーはもっとしまった音で、明るく音がのびのびしていた。そうだ部屋のせいかもしれない。部屋の改造はそう簡単にはいかないから、しょうがない締らめるか……。アンプというものは純粋に電気的な動作をするもので、音響機器のパーツの中ではもっとも進歩したものだというから、アンプのせいではあるまい? なんでも、周波数特性は10Hzから100KHzまで±1dbなどというアンプが珍らしくないというし、この周波数範囲は我々の耳に聴える範囲をはるかに上廻っている。しかも±1dbということは、どの周波数ポイントでもほとんど凸凹はないということだから、特定の音の強めたり弱めたりする心配はないわけだ。出力だって、このアンプはミュージックパワー50ワットということだし、50ワットといえば大変な出力で、事実今ツマミの位置を90度ぐらい廻したところで、音量は十分だ。つまり出力にはまだまだ余裕があるっていうことだろう。そうそう、音質に害を与える最大の敵は歪だそうだが、その点でも、このアンプのカタログをみると高調波歪率0・5%以下とある。なんでも1%以下の歪ならあまり問題にならないとか本に書いてあったっけ。そうだ、ダンピング・ファクターとかいうものがあるんだっけな。どれどれ、8Ωで15以上とか書いてあるぞ。他のアンプはどうだろう。あれ? こっちのは50とある。ダンピング・ファクターは大きいほどよいとか、奴がいっていたな……? いや待てよ。本にはそうは書いてなかったぞ、ダンピング・ファクターのちがいで音が変ることは事実だが、大きいからそれだけ音がいいとは限らないと書いてあった。しかも、10以上になると20〜30になってもほとんど変化はないと書いてあったから、15あれば十分だろう。しかし、それならどうして普及品から高級品まで値段の開きが10倍にもおよぶいろいろなアンプがあるんだろう? 高いアンプは大出力のものが多いけど、ただ大きい音を出せるというだけなのだろうか? 大きい音はこれ以上必要ないんだが、音質がよくなるというのなら高いのを使ってみたいなあ……。
 こんな悩みは、オーディオに関心をもつ人の多くが経験されることだろう。アンプの値段は果して音質に大きな影響をもつものだろうか。論より証拠に、このナショナル・テクニクス50Aを使ってみたまえ。アンプがいかに音質に大きな影響を与えるものかが明瞭になるはずだ。このアンプは、ナショナル・テクニクス・シリーズ初のトランジスタ・アンプで、その回路構成は理論的によしとされている各種新回路を積極的にとり入れた最新鋭機である。トランジスタ・アンプのほとんどがOTLといって出力変成器を省いたものだが、このアンプはさらに出力段コンデンサーも取りはずしている。そのためには2電源方式を採用してバランスの安定を計るというこった方法をとっている。また増巾段の結合コンデンサーもとりのぞき全段直結回路にして多量のNFBをかけ、その安定化は2段差動増巾回路という方式によっている。その結果、低域まで非常に安定したNFBがかかり、しかも5Hzまで素直にのびたという。
 先程の疑問の中に、アンプの出力、ダンピング・ファクター、周波数特性、歪率などのスペックが出てきたけれど、たしかに、こうした物理特性は欠かすことの出来ない大切な要素で、特性はよいほどよい。しかし、特性要素というのは測定の条件によってかなりちがったものになるし、これを完全に理解することは一般には無理なことだろう。専門の技術者だって、カタログ・データからそのアンプの性能を推しはかることは不可能なのである。だからこそ、試聴室でこれを借りてきて、いろいろとテストしてみたわけだ。実に締った豊かな音のするアンプであった。アルテックのA7という大型スピーカーも、一般のブックシェルク・タイプのスピーカーも持前の本領を発揮して朗々と鳴る。それにデザインも実によい。イルミネイション式のブラック・パネルもジャズを聴く雰囲気にはピッタリ。95、000円とかなり高いが、それだけの値打はある。外国製の数十万のアンプと匹敵できる。テクニクス・シリーズの徹底した物を創るについての熱意とクラフトマンシップが伺える作品だ。レイ・ブラウンのベースののび。エルビンのドラムスのパルシヴなアタック、日野皓正のペットのハイノートの破れるような音がピリッと締って小気味よい限りであった。

トリオ KA-6000

菅野沖彦

スイングジャーナル 8月号(1969年7月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 市販アンプのほとんどがソリッド・ステート化された今日だが、その全製品をトランジスタ一本化にもっとも早くふみ切ったのがトリオである。現在でこそ、トランジスタそのものの特性もよくなり、回路的にも安定したものが珍らしくなくなったが、トリオがそれにふみきった時点での勇気は大変なものだった。つまり同社はトランジスタ・アンプには最も豊富な経験をもったメーカーといえるのである。このKA6000は同社のアンプ群の中での代表的な高級品だが、昨年秋の発売以来、高い信頼性と万能の機能、ユニークで美しいデザインが好評で、今や国産プリ・メイン・アンプの代表といってもよい地位を確保している。
 KA6000の特長は片チャンネルの実効出力70Wという力強さに支えられた圧倒的な信頼感と細かい配慮にもとずく使いよさにある。
 アンプにはプレイヤーやテープ・デッキ、そしてチューナーなどというプログラムを接続するわけだが、そうした入力回路の設計はユティリティの豊富なほど使いよい。
 2系統のフォノ入力端子は、1つが低インピーダンス(低出力)のMC系カートリッジ用に設計され、専用トランスやヘッドアンプを必要としない便利なものだし、そのほかのライン入力端子も3回路あって十分な活用ができる。プリ・アンプ部とメイン・アンプ部の切離しも可能で今はやりのチャンネル・アンプ・システムへの発展も可能であるが、欲をいうと、この部分のメイン・アンプの入力感度がやや低い。しかし、一般のアンプと混用して使っても決定的な欠陥とはならないし、同社の製品同志でまとめる限りは全く問題はない。
 フロント・パネルはポイントになるボリューム・コントロールを大胆に大きくし、デザイン上のアクセントとすると同時に使いよさの点でも意味をもっている。高、低のトーンコントロールはステップ式でdB目盛の確度の高いものがトーン・デフィート・スイッチと同じブロックに並べられてあり、このスイッチによってトーン・キャンセル、高、低それぞれを独立させて働かせるようにも配慮されている。この辺はいかにマニア好みだし、使いこめば大変便利なものだ。スピーカー端子は2回路あり、2組のシステムを単独に、あるいは同時に鳴らすことができる。ラウドネス・コントロール、高域、低域のカット・フィルター、−20dBのミューティング・スイッチがパネルの右上部に鍵盤型のスイッチでまとめられ使いやすく、また見た目にもスマートである。入力切換のパイロットがブルーに輝やきフォーン・ジャックを中心に左右にシンメトリックに3つずつ並び、使い手の楽しさを助長してくれているのも魅力。
 このような外面的な特徴はともかくとして、肝心の音だが、私は、この製品を初めにも書いたように、安定した大出カドライヴ・アンプの最右翼に置くことをためらわない。国産同機種アンプを同時比較した結果でもそれは確認できた。ジャズのように、きわめて強力な衝撃的な入力には絶対腰くだけのしない堂々たる再生が可能であるし、ソリッドで輝やきのある音質もジャズ・ファンの期待に十分応えるものと思う。出力の点でも、また、価格的にも、相当パワーに余裕のあるスピーカー・システムとの共用が望ましく、本格的ジャズ・オーディオ・マニアの間で好評なもの当然のことだと思う。デザイン的に統一された同社のKT7000チューナーとのコンビでは最高のFM受信再生が可能であり、相当な高額商品だが、その支出に十分見合った結果は保証してよいと思う。

フィデリティ・リサーチ FR-5

菅野沖彦

スイングジャーナル 6月号(1969年5月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 カートリッジが再生装置の入口として大切なことは今さらいうまでもない。確実にレコードの音溝に刻まれた振動を検出して、素直に電気エネルギーに変換するのが役目である溝を針がたどって、そのふれを発電素子に伝えるという点ではどのカートリッジも同じ方法によっている。つまりカンチレパーといわれるパイプの棒の先に針がついていて、その反対側にマグネットなりコイルなりあるいはその他のエネルギ一変換に必要な物体がついているわけだ。その材質や形状には各設計者の意図や技術が反影していて千差万別だが、基本構造には変りがない。この振動体を弾性体て支えて、針先が常に所定の位置を保つようになっているがこれをダンパーといっている。これらを総称して振動系というが、この振動系の設計製造がカートリッジの特性をほぼ決定するのである。これを電気エネルギ一に変換する変換系にはいろいろな方式があるが、まず振動系が正しく働かなければ、そのあとにいかなる忠実な変換系を用意してもまったく無意味である。MMとかMCとか、あるいは光電子式とかいったカートリッジの種類はすべて変換系についての分類であるが、こうしたタイプの差だけをもってどれがよいか悪いかを決めこむことは出来ないという理由がここにある。
 フィデリティ・リサーチというピックアップ専門メーカーは従来その代表作FR1シリーズで高い信頼を得てきたメーカーである。FR1は改良型MK2になってますます力を発揮し、最高級カートリッジとして広く認められている。このFR1系はMC型であったから、FRといえばMCカートリッジという印象をもっておられる方もあるだろう。同社は古くからMM型の開発もしていたらしいが、製品として市場に登場するのはこのFR5が初めてである。MM、MCというタイプの違いこそあれ、FRの専門メーカーとしてのキメの細い設計製造技術は、まず振動系の完成度の高さに特徴があると思われ、このMM型の出現には大きな期待が寄せられた。
 MM型はMC型に対して使用上いくつかの利点をもっている。まず、出力電圧が高く、そのまま普通のアンプに接続できること、次に針先の交換が容易であることなどである。商品として大量生産向きであることもひとつのメリットだが、これはメーカー・サイドの問題である。そして、このFR5はMM型とはいえ、本体内のコイルのターンニングが特殊で、あまり量産向きではない。このMM型はいかにもFRらしい、こった設計でマニア向けの高級品といえる。磁性体の歪については、すでにFRT3という整合トランスで立証済の高い技術力をもつFRだから低歪率のMM型カートリッジの出現となったのも不思議ではない。ここへくると話は変換系の問題になるのだが、水準以上の振動系が出来上ると変換系の直線性も問題になってくるのである。ひらたくいえば、正確に楽器をたたくテクニックが完成してこそ次に音楽性の問題がでてくるようなものだ。もっとも音楽性のない奴はテクニックも完成しにくいように、カートリッジも変換系と振動系は密接な関係があって実際には2つを分けて考えるのが難しい。ある種の変換系では振動系を理想的にもっていけないという制約もある。その点、MC、MMといった方式では非常に高度なものを実現化できるのである。FR1の追求によって生れた高い機械的技術と磁性歪に関する豊富な資料が生んだこのFR5はMMカートリッジに新風を吹きこむものだ。
 音質は非常にクリアーで歪が少ない。これはジャズのプログラム・ソースに対してはパンチの欠けた弱々しい印象につながる場合もあるかもしれない。特にある種のルディ・ヴァン・ゲルダーの録音のように、どす黒い凄みのある音には品がよすぎるようだ。しかし、物理的に歪の少い高度な録音、たとえばボブ・シンプソンのO・ピーターソンの録音とかコンテンポラリーのロイ・デュナンのものなどには真価を発揮する。のびきった高域特性が保証するシンバルのハーモニックスの美しさ、デリケートな息使いの手にとるような再現が見事であった。

パイオニア SA-70

菅野沖彦

スイングジャーナル 5月号(1969年4月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 プリ・メイン・アンプSA70はパイオニアが新しく発売した一連のアンプの中の一つで、求めやすい価格で高級アンプの機能をそなえた注目の製品である。アンプの形式として、プリ・メイン型は最も人気のあるものだし、事実、使いやすさの点でもセパレート型や一体型の綜合アンプよりも好ましい。プリとメインの独立したセパレート型は、それなりに設計上の理由があるはずだが、市販製品のすべてがそうした必然性から生れてきたものばかりともいえない。プリとメインが一体になっていて感じる不都合さはないといってもよいほどなのである。ただし、それにはプリ部とパワー部とが切離すことができるというのが条件であるが、この点でも最近のプリとメイン型は考慮がされているし、このSA70は後で述べるが、特にこの点には細かい気の配ばられた設計である。一方、チューナーつきの綜合アンプ、いわゆるレシーバーと称されるものも、ほとんどの場合、別に不都合はないのだが、チューナーを使わない時にも電源が入っていて働いているといったことや、配置の変化や機能的な制約などで不満がでることもある。また、なんといっても、各種単体パーツを自由に選択し使いこなすといったマニア心理からすれば綜合型は向かないだろう。そんなわけで、アンプの主力がプリ・メイン型となったわけだろうが、ここ当分はこのタイプの全盛時代が続きそうである。当然のことだが、このタイプのアンプには各社が最も力を入れていて種類も豊富だし、性能のよいものが多いのである。そうした状況下で発売されたのが、SA70とSA90だが、共にパイオニアとしては初の本格的なTRプリ・メイン・アンプなのである。同社がこの製品にかける熱意がよくうかがえる力作だ。まず音質についてだが、大変好ましいバランスをもっていて、高域の癖がなく自然な再現が得られ、中低域の量感が豊かで暖い。切れこみのよい解像力は音像がくっきりと浮彫りにされて快い。パワーも十分余裕があって、能率のよくないブックシェルフ・タイプのスピーカー・システムでも思う存分ドライヴすることができる。この価格として考えると大変プライス・パフォーマンスの優れた、まさにお買徳品といった印象が強い。
 このアンプの機能的特長としては最高級アンプと同等の、ないしは、かつてのアンプにはない、豊富なユティリティを持ち、アイディア豊かな、そしてユーザーの立場に立った親切な設計が感じられる。その最たる点はプリ・アンプ部とメイン・アンプ部とのジャンクションである。最近のプリ・メイン型はすでに書いたようにプリとメインを切り離して独立させて使えるようにジャンパー・ターミナルのついたものが多くなったが、特にこの製品では、プリ・アンプの出力を大きくとって単体として使いやすいように工夫されている。スイッチによって、結合状態と分離状態とで入出力のゲイン・コントロールをバランスさせているのが興味深い。これは、後日チャンネル・アンプ・システムなどに発展させるにあたって便利である。プリ・アンプの出力とメイン・アンプの入力レベルの規格が各メーカーによって異る場合にも心配がない。さらに、フォノの入力は2系統で、フォノ2は前面パネルに設けられたプッシュ・ボタンでMCカートリッジ用の入力回路に切り換えられるし、−20dbのミューティング、2組のスピーカーの切換と同時駆動スイッチなど万全のアクセサリーだ。トーン・コントロールは3dbステップのスイッチ式というように、なかなかこっていて、いかにもマニアの心理を知りつくしたサービス精神にあふれている。
 短時間ではあったが使ってみて感じたことは、最近の製品の共通した特長であるパワー・スイッチとスピーカー切換スイッチの共通は必らずしも便利とは云い切れないこと、モード切換スイッチのST、L、R、L+Rの順序は
ST、L+R、L、Rのほうが使いよいと思ったぐらいで、非常に使いよく、デザインも美しく、コンパクトなサイズとよくバランスして愛着を感じるに十分な雰囲気をもったまとまりである。全予算を10〜15万円位にとった時のアンプとして最適のものだし、将来のグレード・アップにも立派にフォローできる。

マルチ・チャンネル・ステレオとは

菅野沖彦

スイングジャーナル 4月号(1969年3月発行)
「オーディオ・コーナー ’69ステレオの新傾向」より

マルチ・チャンネル・アンプ・システムとは何か
 オーディオに関心のある人は、近頃この言葉を見たり聞いたりすることだろう。これは最近流行のきざしをみせているアンプのシステムで、高音、中音、低音にそれぞれ独立したアンプを使うものである。従来、スピーカーはマルチウェイ・システムといって3つあるいは4つ、またはそれ以上を音域別に使う方法は珍しくなかった。しかしこれをアンプでおこなうというのは耳馴れないことかもしれない。かといって、この方式は昔からなかったわけではなく一部高級マニアの間では使われていた。もともと1台のアンプですむ(ステレオなら左右各1台)ものを、2台も3台も使うのであるから費用もかさむし使い方もやさしくはないということで一般には敬遠されていたのだが、最近になってアンプがトランジスタ化されて小さくまとめられるようになったり、再生装置の水準が高くなって、ある程度の域まで達成されてさらに質的向上を追求する結果、一般にも普及のきざしを見せてきたわけだ。
 図をみていただけばおわかりのように、チャンネル・アンプ・システムは、ブリ・アンプの出力をチャンネル・フィルター(フィルター・アンプとかデバイディング・フィルターとも呼ぶ)によって周波数帯域別に分割し、それぞれの帯域に専用のパワー・アンプを使う。その結果、従来のマルチ・ウェイ・スピーカーシステムに使われていたネットワークは不必要になり、アンプとスピーカーは直結される。この分割する帯域の数によって2チャンネルとか3チャンネル、あるいは4チャンネルなどと呼ぶ。それでは、なぜこんなことをするのか、どういう利点があるのかということについて考えてみることにしよう。チャンネル・アンプのメリットについて説明するためには従来のネットワーク式の欠点について述べなければならないだろう。ネットワーク式に欠点がないとすればわざわざこんな面倒でお金のかかることをしなくてもよいと思われるからである。しかし、ネットワークの欠点などというと、ネットワーク式ではよい音が得られないというように早飲み込みされる危険がありそうだ。実際にはネットワーク式でも最高の音を求めることも不可能ではなく、チャンネル・アンプ式は理論的な根拠をもったよりよき音へのアドヴェンチャーであると解していただきたい。したがって、チャンネル・アンプなら必らずネットワーク式より音がよいとは限らず、優れた設計と高度な製造技術による高性能の製品と、高い感覚と豊かな音楽的体験による使いこなしがともなわければその真価は発揮されないと思う。チャンネル・アンプのメリットを述べるにあたっての前置きが長くなってしまったが、この辺をよく理解していただいかないと、いろいろ誤解を生じると思う。
 低音用のスピーカーには高い音を切って低音だけ、中音用には低い音と高い音の両方を切り、高音用には低いほうを切って高い音だけを供給するという必要があることはおわかり願えると思う。そのためには、スピーカーの前でそういう分割作用をおこなわなければならず、その役目を果すのがネットワークやチャンネル・フィルターである。ネットワークはアンプとスピーカーの間に挿入され、チャンネル・フィルターはアンプの前段に近いところに挿入されるネットワークに使われているLC素子には、アンプの性能を多少劣化させるものがあり、これを取り除きたいためにチャンネル・アンプが生まれた。チャンネル・アンプではRC素子回路で周波数分割をおこなえるものでこの害がない。ここでのLはチョークコイル、Cはコンデンサー、Rは抵抗である。この中でLはよほど巧みな設計とぜいたくな作り方をしないとアンプとスピーカーの間に入って音質を害するとされている。また、帯域別にパワー・アンプを使うと、ひとつのアンプが分担する周波数範囲が限定されるためにアンプそれぞれの負担が軽くなり働きやすくなる。音質を悪くする最大の要因にIM歪(混変調歪)というものがあるが、これは、高い周波数がエネルギーの大きな低い周波数に邪魔されて起る歪でチャンネル・アンプにすればアンプにおけるIM歪の発生が大きく減るものと考えられる。これはスピーカーについてもいえることで、ひとつのスピーカーで全域を受け持たせるより2~3分割したマルチ・ウェイ・スピーカー・システムのほうが有利である。ネットワーク式ではアンプのIM歪はどうにもならないが、チャンネル・アンプ式では、これを軽減できるわけだ。このIM歪はカートリッジやプリ・アンプでも問題となるが、少なくともパワー・アンプ以後では従来のネットワーク式より有利になると考えてよいだろう。この他、それぞれの帯域のレベル・コントロール(音量調節)をするために、ネットワーク式で使われるアッテネーターもよほどのものを使わないと音質に影響があり、調節範囲を限定したタップ式で3段切換で増減するのが普通だが、フィルター・アンプなら、これをボリュームで自由にコントロールできるという利点もある。さらに、高中低それぞれの周波数範囲が交叉する点(クロス・オーバー・ポイント)を正確にとるには、ネットワーク式では使うスピーカーの特性によって変るのだが、チャンネル・フィルターでは問題ない。つまり、ネットワークはそれぞれのスピーカ一専門のものしか使えないが、チャンネル・アンプならどんなスピーカーをつないでも正確な分割ができる。これらの利点のために得られる音は抜けのよい透明な音質、歯切れのよい明解な音質といった印象に連なることになるのだが、それにはそれ相応の知識と経験を必要とする。以上でごく大ざっばにそのメリットの可能性については理解していただけたと思うので、次にその使い方や正しい考え方について述べよう。

チャンネル・アンプ・システムには何が必要か
 全帯域を3分割する3チャンネルが最も一般的なので、それを例にとって話しを進めよう。
 まず必要なのは独立したブリ・アンプである。ないしは、プリとパワー部を分離することのできるプリ・メイン・アンプが必要。最近の新製品(チューナー組込みの総合アンプは除く)にはこの分離ができるものが多い。アンプの後面端子板にジャンパー・ターミナルが出ていて、これを切り離すことによってそれぞれ独立したアンプとして使えるようになっている。
 次に必要なのがチャンネル・フィルターである。
 3分割するのだからパワー・アンプが3台必要。片チャンネル3台ずつだからステレオでは実に6台のアンプということになる。この場合、先述のプリ・メイン・アンプを使えば買いたすパワー・アンプは2台である。もう察しがついたことと思うが、ジャンパー・ターミナルのついたプリ・メイン・アンプを買っておけば、当初はネットワーク式で使っておいて、後にフィルターとパワー・アンプ2台を買い足してチャンネル・アンプ式にスムースにグレード・アップできるわけだ。
 最後に当り前の話だがスピーカー・システムが必要。3チャンネルのアンプでドライブするのだから3ウェイのシステムがいるわけ。大抵のシステムはスピーカーのターミナルとして+-1組が出ていて、箱の中でネットワークを通してそれぞれのスピーカーに結線されている。しかし、チャンネル・アンプでドライブするには、高、中、低、それぞれのスピーカーへ直接結線する必要があるから+-3組のターミナルがなければならない。したがって多少スピーカー・システムに手を加えなければならないが、そのぐらいはだれにでも出来る。最近のシステムでは、ネットワーク、チャンネル両方のターミナルが設けられスイッチで切りかえるようになっているものが多くなった。しかし、ここで少々脱線するが、チャンネル・アンプ・システムの究極の姿というのはスピーカーを単体で組み合わせて高度なシステムを完成するというほどの高い水準にあるといってよく、このシステムに取組むにはその程度の覚悟が必要だ。さもなくば、メーカーの完成品に、このシステムが利用されたものがあるから、それを買ったほうが得策だと思う。
 さて、これだけのユニット・コンポーネントがそろえばチャンネル・アンプ・システム構成の準備は整ったわけで、次にこれを正しく組み合わせて使う段になる。

チャンネル・アンプ・システムは次のことに注意する
 正しい配線と、バランスのとれたレベル・コントロールの2つがチャンネル・アンプ・システムを完成させる必要十分条件である。正しい配線をするためには少なくとも以下に述べることを知っておくこと、またバランスのとれたレベル・コントロールをするには日頃の音楽的体験と全般的なオーディオの知識が必要である。毎号本誌を熟読していれば、それは自然に養われているはずだと思うが……。
 正しい配線をするためには、チャンネル・フィルターについて理解する必要がある。製品によっても異るが、普通、チャンネル・フィルターには、レベル・コントロールが3組(高中低が左右一組ずつ)とグロスオーバー周波数切換スイッチの2つがついている。この他、遮断特性切換とか低音増強ツマミなどのついたものもあるが、ここで大切なのは、クロスオーバー周波数切換スイッチである。クロスオーバー周波数とはすでに述べたように、分割する周波数帯域の交差点であり、使うスピーカーによって最適なポイントを選べるように何種類かに切換えられるようなスイッチがついている。低音と中音の間を150Hz、300Hz、600Hzの3点、中音と高音の間を2、000Hz、4、000Hz、6、000Hzの3点といった具合に切換えられるわけで、この周波数ポイントの選び方が、音質に大きな影響を及ぼす。最適値を決めるためには、使用スピーカーの特性をよく理解し、メーカーの指定があればそれを参考に、なければ、特性表などから推測して、それぞれのスピーカーの無理のない範囲を有効に選ぶ必要がある。普通、スピーカーにはf0といって最低共振周波数がある。そして、それ以下の低域は使えない。例えば、30cmスピーカーでfoが50Hzとあればそのスピーカーの再生できる低音の限界は 50Hzだと思ってよい。これが中音に使う12cm~20cmのスピーカーでも同じことで、そのf0以下にクロスオーバーをとることは論外である。かといって、低音に大口径スピーカーを使った場合、あまり高いほうまでこのスピーカーに受け持たせると歪が多くなるし音質的に好ましくない。その兼ね合いがむずかしくクロスオーバーの決定の秘術が生まれることになる。またホーン・スピーカーではそのホーンのカットオフ周波数が再生できる低限であり、普通それより高い所でつなぐのが常識だ。中音用にホーン・スコーカーを使う場合など、クロスオーバーはあまり低くとれないのでウーハーの高域特性のよいものが要求される。こういう点を一応理解した上で、データがあればそれに従ってクロスオーバー周波数を選び(厳密に考える必要はなく、±10Hz~15Hzは問題ない)、さらにいろいろ切換えて音を聴くべきであろう。メーカーの指定より100~200Hz高い(低い)ところでつないだほうがよい音になったというようなケースも珍しくなく、スピーカー・ボックスや部屋の条件で変るから、かなりフレキシブルに考えてよい。
 プリ・アンプの出力端子とチャンネル・フィルターの入力端子をピン・ジャックでつなぎ、チャンネル・フィルターの高中低それぞれの出力端子を3台のパワー・アンプの入力端子に同じようにつなぐわけだが、パワー・アンプと各スピーカーのつなぎ方に注意する点がある。ご存知のことと思うが、ステレオの場合、左右スピーカーの+-の接続が狂っていると再生音はよくない。これを位相が狂っているというが、チャンネル・アンプの場合は、左右それぞれ片側だけで高中低と3台のスピーカーにつなぐわけで、その間の位相が問題となる。高音用スピーカーに対して中音用の+-がひっくり返っていたり、高音、中音はそろっていても低音だけでひっくり返っていたというようなトラブルが非常に多い。左右で12本の配線ともなると実際にゴチャゴチャになるもので、余程注意して配線しなければ、あとでなんとなく音が悪くても気がつかず、よけいな心配をするものだ。すべてのスピーカーの+-がアンプの+-と正しくつながっていることが原則として必要だから念には念を入れてチェックすることである。原則としてと、ことわったけど、これには理由があって、クロスオーバー周波数の減衰特性(遮断特性)によって位相が変化するので、場合によってはスコーカー(中音域)だけを+-をひっくり返してつなぐ必要がある場合が起る。しかし大抵の場合は、フィルター内で処理されているから、アンプとスピーカーの指示を合わせればよいと考えるべきだろう。この減衰特性は、ゆるやかに下るもの、急激に下るものというようにいろいろな考え方から設計されており、通常、6db/oct、12db/oct、18db/oct、の3種がある。これは1オクターブで6db下るという意味で、12db、18dbとなるにつれ急激なカーブを描くわけだ。シャープに交叉させるほうがよいか、ブロードな曲線で交叉させるほうがよいかについては諸説があるが、正しく設計製作されていれば12dbか18db/octがよい。切換えスイッチがある場合は試聴で決定することになる。
 さて、正しい配線が終ったら、いよいよ各帯域のレベル・コントロールということになるが、私たちが一般におこなっている方法をお教えしよう。
 聴きなれたレコードを用意する。プリ・アンプのモード・セレクターをモノーラルにする。バランス・コントロールをどちらか一杯に廻して左か右だけのシステムを生かす。レコードをかけて、中、高はしぼりこみ、低音だけ一杯にあげる。次第に中音を上げていき、低音との調和のよいと思える点でとめる。次に高音のボリュームを同じ要領でコントロールする。もしこの過程で、中音を一杯にあげても足りない場合には低音を、高音を一杯にあげても足りない場合には中音と、それにともなって低音それぞれ下げることになる。バランス・コントロールを逆に廻して、もう一方のシステムだけを生かす。先に調節したツマミの位置にならって調節し、あとは、左右のシステムの音をそろえる。ついでに、バランス・コントロールの中点で音が中央から出てくるようにする。ここで初めてモードをステレオに切り換えるとすばらしい立体音が得られるという仕掛け。言葉でいうとこうなるのだが、実際にはこの調整は大変難しいし、やりがいのあるものだ。ありとあらゆるレコードで、長時間かけて、腹の減っている時、ふくれている時、天気のよい日、悪い日といったあんばいに、なにしろ微妙に変化する音のコントロールであるから、じっくり落ち着いてやりたいもの。1か月や2か月はかかってもなんの不思議はないだろう。ご健闘を祈る。

市販されているマルチ・チャンネル用のコンポーネント
 プリ・アンプ、パワー・アンプ、プリ・メイン・アンプ、そしてチャンネル・フィルターなどで構成することはすでに述べたが、現在市場にある製品で代表的なものについてご参考までに紹介しておこう。まず、とりあえず、ネットワーク式で使えて、さきへいってからチャンネル・アンプに発展させるという目的から、プリ・メイン型を見ることにする。
〈トリオ〉
 KA4000、KA6000、そして新しく発表されたKA2600など、すべてのプリ・メイン型はプリとパワーのジャンパー・ターミナルによりグレード・アップが容易である。
〈パイオニア〉
 SA70、SA90という新製品がプリとパワーのジャンパー・ターミナルに独特のアイディアが盛り込まれて使いよい製品。プライス・パーフォーマンスの優れた高性能アンプである。
〈サンスイ〉
 AU555、AU777が中心となってこの社のポリシーであるグレード・アップのスタート・ラインをつくっている。コンポーネント・システムによるチャンネル・アンプ化への積極的な姿勢で一貫していて頼もしい。
〈ソニー〉
 TA1120Aが代表製品で、高級プリ・メイン・アンプとしてのすべての機能を備えている。同社の一連の製品でチャンネル・アンプ・システム化が可能である。
〈ラックス〉
 新製品SQ505、SQ606でソリッド・ステート・アンプを完全に消化したラックスはもともとこうしたコンポーネント専門のメーカーである。
〈コーラル]
 A550が中級品のプリ・メイン型としてグレード・アップに適している。
〈ナショナル〉
 テクニクス50Aが発表されており期待される。
〈ティアック〉
 AS200が現時点での代表製品で、もちろん、プリとパワーの切り離しが可能で将来の発展に差支えない。

 ところで初めからプリとパワーを独立で構成させていく方法も考えられる。セパレート・アンプとしての代表製品を同じように展望して見よう。
〈パイオニア〉
 SC100という高級プリ・アンプとSM100というパワー・アンプがコンビとして考えられる。さらに新製品で価格的に求めやすいSC70(プリ)、SM70(パワー)も発展的なコンポーネントとしての典型的なものといえるだろう。
〈サンスイ〉
 プリ・アンプはCA303がユニークな高級品。これは中にチャンネル・フィルターが組込めるようになってあり、マルチ化のためのプリ・アンブといってよい。パワー・アンプとしてはBA60、BA90が主力製品だ。
〈トリオ〉
 新しく発売したM6000というパワー・アンプを使って、同社のプリ・メイン型へ加えてのグレード・アップが可能である。独立のプリ・アンプはまだそのライン・アップにはない。
〈ビクター〉
 プリ・アンプとしてロー・コストのMCP200、高級品PST1000、パワー・アンプとしてMCP200に対するMCM200、PST1000に対するMST1000と優秀製品がそろっている。
〈ソニー〉
 プリ・アンプはTA2000、パワー・アンプは TA3120という高級品がある。価格も性能も最高の製品で信頼度も高い。
〈ナショナル〉
 テクニクス・シリーズの機器はぜいたくな高級製品で、ブリ・アンプは管球式のテクニクス30A、パワー・アンプも同じ管球式の40Aが堂々たる風格。
〈ラックス〉
 PL45という高級ユニバーサル・プリ・アンプがある。管球式で同社の高い技術水準を反映した優秀製品。パワー・アンプはMQ36という大型なマニア向きのものがある。
〈マランツ〉
 アメリカ製の最高級アンプで、プリが7T、パワーが15という魅力的な製品がそろっている。
〈JBL〉
 スピーカー・メーカーとして有名なアメリカのメーカーだがそのアンプも非常に高度な回路技術を駆使した優秀品で、プリはSg520、パワーはSE400S。
〈マッキントッシュ〉
 アメリカの最高級品として前2者と共に有名。管球式のプリC22とパワー・アンプMC240、MC275がアンプの王者といわれている。

 このように、ちょっと代表的なものを眺めただけでも枚挙にいとまのないほどであるが、最後にチャンネル・フィルターをあげておくことにする。市販の全製品といってよいほど大部分が3チャンネルで、中には2チャンネルにも使えるものが多い
 ソニーのTA4300はロー・ブーストやブースト立上り周波数の切換スイッチまでついたぜいたくな製品でやや大型だが同社のシリーズと一貫したデザインでまとめられている。
 ビクターのMCF200はMCP200、MCM200とのシリーズで小型で使いやすく機能的にも完備した優秀品。
 サンスイではCD3が主力製品だったが近く廉価品のCD5が発売される。
 トリオは高級品F6000を発表しているが市場に出るのは6月の予定
 YL音響にCH401という4チャンネルまで可能なフィルターがあり同社のプリ・アンプSCU33、パワー・アンプTM40とシリーズをつくっている。
 以上きわめて概観的にマルチ・チャンネル・アンプ・システムについて眺めてみた。我と思わん方は、是非このシステムに挑戦していただきたい。インパルシヴなジャズのミュージック・ソースを混濁なく、大出力で安定して再生するためには、こうした高級システムが大いに威力を揮するものである。

サンスイ SP-1001

菅野沖彦

スイングジャーナル 4月号(1969年3月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 サンスイの新製品スピーカー・システムSP1001を聴いた。同社はSPシリーズのシステムでスピーカーの音まとめを完全にマスターし、SP100以来、200、50、30、といずれも水準以上のシステムとして好評だった。SP100の当りぶりは業界でも伝説化するほどで、これほどの成果を収めた(営業的に)スピーカー・システムは後にも先にも珍しい。スピーカー・システムというものは、すべてのオーディオ製品の中で、耳によるまとめのもっとも難しいものだ。いい方をかえれば、製品の性能を決するファクターの中で、耳によるコントロールの占める部分がもっとも大きい。つまり理論的に解明されていない部分が多く、どうしても実際に聴いて仕上げていかなければならない。つまり、スピーカー・システムはそのメーカーの音への感性を雄辨に物語るわけであるから、メーカーにとっては大変こわい商品でもあるわけだ。現在のオーディオのかかえている問題の典型的なパターンがスピーカー・システムであるといっても過言ではない。もちろん理論的に裏づけられた正しい設計と、科学的に体系化され整理集積されたデータがなければ、同じオリジナリティーの製品を大量に生産することは不可能であるし、スピーカーに対して適用される現在の測定方法によるデータも満足すべきものでなくてはならない。現在の測定データは不十分ではあるが絶対に必要な条件でもある。このような実状のもとでサンスイのSPシリーズは実にみごとに物理特性と感覚性の両面をバランスさせ、それを巧みに生産システムに結びつけて量産化したものであるといえる。
 このSP1001のシステムは、低音に25cmウーハー、中音に16cmスコーカーのそれぞれコーン・スピーカーを使い、高域は25mmのドーム型という構成である。エンクロージュアはサンスイお得意のパイプ・タクトによる位相反転型で、SPシリーズ特有の豊かなソノリティーの一因となっているように思う。このSP1001は、従来のSP100と同級品だからSP100のMKIIのような商品といえるだろうが音は透明感と解像力の点で一新され大変明解な清新な音色となった。ユニットをみれば、SP100とはまったく異なった系列のシステムてあることがわかり、SP100のウォーム・トーンからこれはクリアー・トーンという印象になった。しかし、従来一貫して感じられていたSPシリーズの暖かさと艶麗さをもっていることは感心させられる点だ。音には必らず個性がでるということを改めて感じさせられた。低域はよくのびて弾力的だし、中域の明るい抜けのよさは特にジャズの再生には向いている。そして高音域がやや甘くしなやかすぎるのが私としては、ひとつ気になるところなのだが、これは高音域用に1個数万円もするトゥイーターを使っても満足のいかない問題だから欲張り過ぎかもしれない。また高域はパワー・アンプによってもずい分その質が変わるものだし、これは簡単に片づけられないことだと思う。シンバルの音色にはドラマーなみの悩みを感じるのがマニア共通の問題であろう。スティック・ワークの鋭いアタックとブラッシュ・ワークの繊細な音色を共に満足に再生することは、その両方を満足に録音することと同様にむずかしいと思う。
 背面の端子板は、2〜3チャンネルのチャンネル・アンプ・システムで駆動できるダイレクト・コネクターとネット・ワークによる3ウェイのコネクター、高中それぞれを3段階にレベル変化できるスイッチが設けられた本格派であるし、とかくやっかいな結線ターミナルもワン・タッチの操作が簡単で安全性の高いものであり、商品に対する誠意を感じた。

クライスラー CE-1a

菅野沖彦

ステレオサウンド 10号(1969年3月発行)
特集・「スピーカーシステムブラインド試聴」より

 悪口が先になるが、ベルリン・フィルが明るく軽く、アメリカのハリウッドのオーケストラのように響く。これがこのスピーカーの音色的不満。しかし、バランスはよくとれているし、プログラム・ソースの選り好みも少なく、大変よくできた万能型のシステムだと感じた。この明るく軽やかな音色は、ジャズにはちょうど視聴に使ったシェリー・マンなどウエスト・コースト派の連中のサウンドにはぴったり来る。華やいだソプラノも魅力的。

ラックス 25C44

菅野沖彦

ステレオサウンド 10号(1969年3月発行)
特集・「スピーカーシステムブラインド試聴」より

 明るく明解な音で好感がもてる。バランス的には中音域がやや出過ぎの気もするが、これが決してマイナスにはなっていない。むしろ中域の充実感として受け取れるといってもよい。全体の音質は決して品位の高いものではなく、軽く、迫力不足だが、そうしたユニットを巧みに使いこなしてまとめた音づくりがうまい。どちらかといえばクラシック、ポピュラーに向き、ジャズには向かない。質感と力量感が物足りないからである。

オンキョー F-500

菅野沖彦

ステレオサウンド 10号(1969年3月発行)
特集・「スピーカーシステムブラインド試聴」より

 ベルリン・フィルが明るく軽くなり過ぎる。中低域の繋がりに、やや不連続感があり、高域に一種の響きが感じられるが、全体のまとめは美しく均整がとれている。ジャズでは、ベースの上音がやせ気味で、解像力をもう一つ要求したい気がするし、力量感が不足する。しかし、声楽の明るい抜けや、ムード音楽の甘美な雰囲気はなかなか魅力がある。深刻型の音を求める向きには不適当だが、明るいムード派にはよくまとまった好ましいシステム。