菅野沖彦
スイングジャーナル 4月号(1969年3月発行)
「オーディオ・コーナー ’69ステレオの新傾向」より
マルチ・チャンネル・アンプ・システムとは何か
オーディオに関心のある人は、近頃この言葉を見たり聞いたりすることだろう。これは最近流行のきざしをみせているアンプのシステムで、高音、中音、低音にそれぞれ独立したアンプを使うものである。従来、スピーカーはマルチウェイ・システムといって3つあるいは4つ、またはそれ以上を音域別に使う方法は珍しくなかった。しかしこれをアンプでおこなうというのは耳馴れないことかもしれない。かといって、この方式は昔からなかったわけではなく一部高級マニアの間では使われていた。もともと1台のアンプですむ(ステレオなら左右各1台)ものを、2台も3台も使うのであるから費用もかさむし使い方もやさしくはないということで一般には敬遠されていたのだが、最近になってアンプがトランジスタ化されて小さくまとめられるようになったり、再生装置の水準が高くなって、ある程度の域まで達成されてさらに質的向上を追求する結果、一般にも普及のきざしを見せてきたわけだ。
図をみていただけばおわかりのように、チャンネル・アンプ・システムは、ブリ・アンプの出力をチャンネル・フィルター(フィルター・アンプとかデバイディング・フィルターとも呼ぶ)によって周波数帯域別に分割し、それぞれの帯域に専用のパワー・アンプを使う。その結果、従来のマルチ・ウェイ・スピーカーシステムに使われていたネットワークは不必要になり、アンプとスピーカーは直結される。この分割する帯域の数によって2チャンネルとか3チャンネル、あるいは4チャンネルなどと呼ぶ。それでは、なぜこんなことをするのか、どういう利点があるのかということについて考えてみることにしよう。チャンネル・アンプのメリットについて説明するためには従来のネットワーク式の欠点について述べなければならないだろう。ネットワーク式に欠点がないとすればわざわざこんな面倒でお金のかかることをしなくてもよいと思われるからである。しかし、ネットワークの欠点などというと、ネットワーク式ではよい音が得られないというように早飲み込みされる危険がありそうだ。実際にはネットワーク式でも最高の音を求めることも不可能ではなく、チャンネル・アンプ式は理論的な根拠をもったよりよき音へのアドヴェンチャーであると解していただきたい。したがって、チャンネル・アンプなら必らずネットワーク式より音がよいとは限らず、優れた設計と高度な製造技術による高性能の製品と、高い感覚と豊かな音楽的体験による使いこなしがともなわければその真価は発揮されないと思う。チャンネル・アンプのメリットを述べるにあたっての前置きが長くなってしまったが、この辺をよく理解していただいかないと、いろいろ誤解を生じると思う。
低音用のスピーカーには高い音を切って低音だけ、中音用には低い音と高い音の両方を切り、高音用には低いほうを切って高い音だけを供給するという必要があることはおわかり願えると思う。そのためには、スピーカーの前でそういう分割作用をおこなわなければならず、その役目を果すのがネットワークやチャンネル・フィルターである。ネットワークはアンプとスピーカーの間に挿入され、チャンネル・フィルターはアンプの前段に近いところに挿入されるネットワークに使われているLC素子には、アンプの性能を多少劣化させるものがあり、これを取り除きたいためにチャンネル・アンプが生まれた。チャンネル・アンプではRC素子回路で周波数分割をおこなえるものでこの害がない。ここでのLはチョークコイル、Cはコンデンサー、Rは抵抗である。この中でLはよほど巧みな設計とぜいたくな作り方をしないとアンプとスピーカーの間に入って音質を害するとされている。また、帯域別にパワー・アンプを使うと、ひとつのアンプが分担する周波数範囲が限定されるためにアンプそれぞれの負担が軽くなり働きやすくなる。音質を悪くする最大の要因にIM歪(混変調歪)というものがあるが、これは、高い周波数がエネルギーの大きな低い周波数に邪魔されて起る歪でチャンネル・アンプにすればアンプにおけるIM歪の発生が大きく減るものと考えられる。これはスピーカーについてもいえることで、ひとつのスピーカーで全域を受け持たせるより2~3分割したマルチ・ウェイ・スピーカー・システムのほうが有利である。ネットワーク式ではアンプのIM歪はどうにもならないが、チャンネル・アンプ式では、これを軽減できるわけだ。このIM歪はカートリッジやプリ・アンプでも問題となるが、少なくともパワー・アンプ以後では従来のネットワーク式より有利になると考えてよいだろう。この他、それぞれの帯域のレベル・コントロール(音量調節)をするために、ネットワーク式で使われるアッテネーターもよほどのものを使わないと音質に影響があり、調節範囲を限定したタップ式で3段切換で増減するのが普通だが、フィルター・アンプなら、これをボリュームで自由にコントロールできるという利点もある。さらに、高中低それぞれの周波数範囲が交叉する点(クロス・オーバー・ポイント)を正確にとるには、ネットワーク式では使うスピーカーの特性によって変るのだが、チャンネル・フィルターでは問題ない。つまり、ネットワークはそれぞれのスピーカ一専門のものしか使えないが、チャンネル・アンプならどんなスピーカーをつないでも正確な分割ができる。これらの利点のために得られる音は抜けのよい透明な音質、歯切れのよい明解な音質といった印象に連なることになるのだが、それにはそれ相応の知識と経験を必要とする。以上でごく大ざっばにそのメリットの可能性については理解していただけたと思うので、次にその使い方や正しい考え方について述べよう。
チャンネル・アンプ・システムには何が必要か
全帯域を3分割する3チャンネルが最も一般的なので、それを例にとって話しを進めよう。
まず必要なのは独立したブリ・アンプである。ないしは、プリとパワー部を分離することのできるプリ・メイン・アンプが必要。最近の新製品(チューナー組込みの総合アンプは除く)にはこの分離ができるものが多い。アンプの後面端子板にジャンパー・ターミナルが出ていて、これを切り離すことによってそれぞれ独立したアンプとして使えるようになっている。
次に必要なのがチャンネル・フィルターである。
3分割するのだからパワー・アンプが3台必要。片チャンネル3台ずつだからステレオでは実に6台のアンプということになる。この場合、先述のプリ・メイン・アンプを使えば買いたすパワー・アンプは2台である。もう察しがついたことと思うが、ジャンパー・ターミナルのついたプリ・メイン・アンプを買っておけば、当初はネットワーク式で使っておいて、後にフィルターとパワー・アンプ2台を買い足してチャンネル・アンプ式にスムースにグレード・アップできるわけだ。
最後に当り前の話だがスピーカー・システムが必要。3チャンネルのアンプでドライブするのだから3ウェイのシステムがいるわけ。大抵のシステムはスピーカーのターミナルとして+-1組が出ていて、箱の中でネットワークを通してそれぞれのスピーカーに結線されている。しかし、チャンネル・アンプでドライブするには、高、中、低、それぞれのスピーカーへ直接結線する必要があるから+-3組のターミナルがなければならない。したがって多少スピーカー・システムに手を加えなければならないが、そのぐらいはだれにでも出来る。最近のシステムでは、ネットワーク、チャンネル両方のターミナルが設けられスイッチで切りかえるようになっているものが多くなった。しかし、ここで少々脱線するが、チャンネル・アンプ・システムの究極の姿というのはスピーカーを単体で組み合わせて高度なシステムを完成するというほどの高い水準にあるといってよく、このシステムに取組むにはその程度の覚悟が必要だ。さもなくば、メーカーの完成品に、このシステムが利用されたものがあるから、それを買ったほうが得策だと思う。
さて、これだけのユニット・コンポーネントがそろえばチャンネル・アンプ・システム構成の準備は整ったわけで、次にこれを正しく組み合わせて使う段になる。
チャンネル・アンプ・システムは次のことに注意する
正しい配線と、バランスのとれたレベル・コントロールの2つがチャンネル・アンプ・システムを完成させる必要十分条件である。正しい配線をするためには少なくとも以下に述べることを知っておくこと、またバランスのとれたレベル・コントロールをするには日頃の音楽的体験と全般的なオーディオの知識が必要である。毎号本誌を熟読していれば、それは自然に養われているはずだと思うが……。
正しい配線をするためには、チャンネル・フィルターについて理解する必要がある。製品によっても異るが、普通、チャンネル・フィルターには、レベル・コントロールが3組(高中低が左右一組ずつ)とグロスオーバー周波数切換スイッチの2つがついている。この他、遮断特性切換とか低音増強ツマミなどのついたものもあるが、ここで大切なのは、クロスオーバー周波数切換スイッチである。クロスオーバー周波数とはすでに述べたように、分割する周波数帯域の交差点であり、使うスピーカーによって最適なポイントを選べるように何種類かに切換えられるようなスイッチがついている。低音と中音の間を150Hz、300Hz、600Hzの3点、中音と高音の間を2、000Hz、4、000Hz、6、000Hzの3点といった具合に切換えられるわけで、この周波数ポイントの選び方が、音質に大きな影響を及ぼす。最適値を決めるためには、使用スピーカーの特性をよく理解し、メーカーの指定があればそれを参考に、なければ、特性表などから推測して、それぞれのスピーカーの無理のない範囲を有効に選ぶ必要がある。普通、スピーカーにはf0といって最低共振周波数がある。そして、それ以下の低域は使えない。例えば、30cmスピーカーでfoが50Hzとあればそのスピーカーの再生できる低音の限界は 50Hzだと思ってよい。これが中音に使う12cm~20cmのスピーカーでも同じことで、そのf0以下にクロスオーバーをとることは論外である。かといって、低音に大口径スピーカーを使った場合、あまり高いほうまでこのスピーカーに受け持たせると歪が多くなるし音質的に好ましくない。その兼ね合いがむずかしくクロスオーバーの決定の秘術が生まれることになる。またホーン・スピーカーではそのホーンのカットオフ周波数が再生できる低限であり、普通それより高い所でつなぐのが常識だ。中音用にホーン・スコーカーを使う場合など、クロスオーバーはあまり低くとれないのでウーハーの高域特性のよいものが要求される。こういう点を一応理解した上で、データがあればそれに従ってクロスオーバー周波数を選び(厳密に考える必要はなく、±10Hz~15Hzは問題ない)、さらにいろいろ切換えて音を聴くべきであろう。メーカーの指定より100~200Hz高い(低い)ところでつないだほうがよい音になったというようなケースも珍しくなく、スピーカー・ボックスや部屋の条件で変るから、かなりフレキシブルに考えてよい。
プリ・アンプの出力端子とチャンネル・フィルターの入力端子をピン・ジャックでつなぎ、チャンネル・フィルターの高中低それぞれの出力端子を3台のパワー・アンプの入力端子に同じようにつなぐわけだが、パワー・アンプと各スピーカーのつなぎ方に注意する点がある。ご存知のことと思うが、ステレオの場合、左右スピーカーの+-の接続が狂っていると再生音はよくない。これを位相が狂っているというが、チャンネル・アンプの場合は、左右それぞれ片側だけで高中低と3台のスピーカーにつなぐわけで、その間の位相が問題となる。高音用スピーカーに対して中音用の+-がひっくり返っていたり、高音、中音はそろっていても低音だけでひっくり返っていたというようなトラブルが非常に多い。左右で12本の配線ともなると実際にゴチャゴチャになるもので、余程注意して配線しなければ、あとでなんとなく音が悪くても気がつかず、よけいな心配をするものだ。すべてのスピーカーの+-がアンプの+-と正しくつながっていることが原則として必要だから念には念を入れてチェックすることである。原則としてと、ことわったけど、これには理由があって、クロスオーバー周波数の減衰特性(遮断特性)によって位相が変化するので、場合によってはスコーカー(中音域)だけを+-をひっくり返してつなぐ必要がある場合が起る。しかし大抵の場合は、フィルター内で処理されているから、アンプとスピーカーの指示を合わせればよいと考えるべきだろう。この減衰特性は、ゆるやかに下るもの、急激に下るものというようにいろいろな考え方から設計されており、通常、6db/oct、12db/oct、18db/oct、の3種がある。これは1オクターブで6db下るという意味で、12db、18dbとなるにつれ急激なカーブを描くわけだ。シャープに交叉させるほうがよいか、ブロードな曲線で交叉させるほうがよいかについては諸説があるが、正しく設計製作されていれば12dbか18db/octがよい。切換えスイッチがある場合は試聴で決定することになる。
さて、正しい配線が終ったら、いよいよ各帯域のレベル・コントロールということになるが、私たちが一般におこなっている方法をお教えしよう。
聴きなれたレコードを用意する。プリ・アンプのモード・セレクターをモノーラルにする。バランス・コントロールをどちらか一杯に廻して左か右だけのシステムを生かす。レコードをかけて、中、高はしぼりこみ、低音だけ一杯にあげる。次第に中音を上げていき、低音との調和のよいと思える点でとめる。次に高音のボリュームを同じ要領でコントロールする。もしこの過程で、中音を一杯にあげても足りない場合には低音を、高音を一杯にあげても足りない場合には中音と、それにともなって低音それぞれ下げることになる。バランス・コントロールを逆に廻して、もう一方のシステムだけを生かす。先に調節したツマミの位置にならって調節し、あとは、左右のシステムの音をそろえる。ついでに、バランス・コントロールの中点で音が中央から出てくるようにする。ここで初めてモードをステレオに切り換えるとすばらしい立体音が得られるという仕掛け。言葉でいうとこうなるのだが、実際にはこの調整は大変難しいし、やりがいのあるものだ。ありとあらゆるレコードで、長時間かけて、腹の減っている時、ふくれている時、天気のよい日、悪い日といったあんばいに、なにしろ微妙に変化する音のコントロールであるから、じっくり落ち着いてやりたいもの。1か月や2か月はかかってもなんの不思議はないだろう。ご健闘を祈る。
市販されているマルチ・チャンネル用のコンポーネント
プリ・アンプ、パワー・アンプ、プリ・メイン・アンプ、そしてチャンネル・フィルターなどで構成することはすでに述べたが、現在市場にある製品で代表的なものについてご参考までに紹介しておこう。まず、とりあえず、ネットワーク式で使えて、さきへいってからチャンネル・アンプに発展させるという目的から、プリ・メイン型を見ることにする。
〈トリオ〉
KA4000、KA6000、そして新しく発表されたKA2600など、すべてのプリ・メイン型はプリとパワーのジャンパー・ターミナルによりグレード・アップが容易である。
〈パイオニア〉
SA70、SA90という新製品がプリとパワーのジャンパー・ターミナルに独特のアイディアが盛り込まれて使いよい製品。プライス・パーフォーマンスの優れた高性能アンプである。
〈サンスイ〉
AU555、AU777が中心となってこの社のポリシーであるグレード・アップのスタート・ラインをつくっている。コンポーネント・システムによるチャンネル・アンプ化への積極的な姿勢で一貫していて頼もしい。
〈ソニー〉
TA1120Aが代表製品で、高級プリ・メイン・アンプとしてのすべての機能を備えている。同社の一連の製品でチャンネル・アンプ・システム化が可能である。
〈ラックス〉
新製品SQ505、SQ606でソリッド・ステート・アンプを完全に消化したラックスはもともとこうしたコンポーネント専門のメーカーである。
〈コーラル]
A550が中級品のプリ・メイン型としてグレード・アップに適している。
〈ナショナル〉
テクニクス50Aが発表されており期待される。
〈ティアック〉
AS200が現時点での代表製品で、もちろん、プリとパワーの切り離しが可能で将来の発展に差支えない。
ところで初めからプリとパワーを独立で構成させていく方法も考えられる。セパレート・アンプとしての代表製品を同じように展望して見よう。
〈パイオニア〉
SC100という高級プリ・アンプとSM100というパワー・アンプがコンビとして考えられる。さらに新製品で価格的に求めやすいSC70(プリ)、SM70(パワー)も発展的なコンポーネントとしての典型的なものといえるだろう。
〈サンスイ〉
プリ・アンプはCA303がユニークな高級品。これは中にチャンネル・フィルターが組込めるようになってあり、マルチ化のためのプリ・アンブといってよい。パワー・アンプとしてはBA60、BA90が主力製品だ。
〈トリオ〉
新しく発売したM6000というパワー・アンプを使って、同社のプリ・メイン型へ加えてのグレード・アップが可能である。独立のプリ・アンプはまだそのライン・アップにはない。
〈ビクター〉
プリ・アンプとしてロー・コストのMCP200、高級品PST1000、パワー・アンプとしてMCP200に対するMCM200、PST1000に対するMST1000と優秀製品がそろっている。
〈ソニー〉
プリ・アンプはTA2000、パワー・アンプは TA3120という高級品がある。価格も性能も最高の製品で信頼度も高い。
〈ナショナル〉
テクニクス・シリーズの機器はぜいたくな高級製品で、ブリ・アンプは管球式のテクニクス30A、パワー・アンプも同じ管球式の40Aが堂々たる風格。
〈ラックス〉
PL45という高級ユニバーサル・プリ・アンプがある。管球式で同社の高い技術水準を反映した優秀製品。パワー・アンプはMQ36という大型なマニア向きのものがある。
〈マランツ〉
アメリカ製の最高級アンプで、プリが7T、パワーが15という魅力的な製品がそろっている。
〈JBL〉
スピーカー・メーカーとして有名なアメリカのメーカーだがそのアンプも非常に高度な回路技術を駆使した優秀品で、プリはSg520、パワーはSE400S。
〈マッキントッシュ〉
アメリカの最高級品として前2者と共に有名。管球式のプリC22とパワー・アンプMC240、MC275がアンプの王者といわれている。
このように、ちょっと代表的なものを眺めただけでも枚挙にいとまのないほどであるが、最後にチャンネル・フィルターをあげておくことにする。市販の全製品といってよいほど大部分が3チャンネルで、中には2チャンネルにも使えるものが多い
ソニーのTA4300はロー・ブーストやブースト立上り周波数の切換スイッチまでついたぜいたくな製品でやや大型だが同社のシリーズと一貫したデザインでまとめられている。
ビクターのMCF200はMCP200、MCM200とのシリーズで小型で使いやすく機能的にも完備した優秀品。
サンスイではCD3が主力製品だったが近く廉価品のCD5が発売される。
トリオは高級品F6000を発表しているが市場に出るのは6月の予定
YL音響にCH401という4チャンネルまで可能なフィルターがあり同社のプリ・アンプSCU33、パワー・アンプTM40とシリーズをつくっている。
以上きわめて概観的にマルチ・チャンネル・アンプ・システムについて眺めてみた。我と思わん方は、是非このシステムに挑戦していただきたい。インパルシヴなジャズのミュージック・ソースを混濁なく、大出力で安定して再生するためには、こうした高級システムが大いに威力を揮するものである。
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