ビクター MTR-10M

菅野沖彦

スイングジャーナル 6月号(1970年5月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 ビクターが4チャンネルの再生システムの商品化を発表したのは、去年1969年の6月であった。関係者を招いての公開であったが、その時の試作機が、このMTR10Mの原形であった。その月末に私はたまたまアメリカのAR社を訪ねて同社も4チャンネル・ソースを実験しているのを知り、〝日本では既に商品化しているぜ!〟と大見得をきってみせたものだ。
 日本ビクターのその後の4チャンネルにかけた情熱は大したもので、ついに、一連の4チャンネル・ソースのプレイバック・システムの商品化が実現したことは大変喜ばしい。今回発売された一連のシステムは、中心となるテープデッキMTR10Mをはじめとし、従来よリMCSSという名称で商品化された一連のシステム・コンポーネントがそっくり活用される。試聴に使ったのはプリ・アンプMCP105が2台、パワー・アンプMCM105が2台、それをSJ試聴室に常設のアルテックA7とパイオニアのLE38を2台づつ使い前面4台のスピーカー・パターンで聴いた。4チャンネル・ソースの再生パターンは、このような前面4台に対し、前後2台づつ、前3後1などが考えられ、いずれの方式にもそれぞれよさがあっておもしろい。前面音源に馴れている私たちにもっとも新鮮な効果をもたらすのは2+2システムであるが、前面4台の再生音も従来の2チャンネル・ステレオとは格段に充実した再生音が得られる。その効果については他に譲るとして、このテープ・デッキMTR10Mは従来から同社のベスト・バイ製品として堅実なパーフォーマンスをもつTD694のメカニズムを土台に開発した4トラック2チャンネル、4チャンネルに兼用のもので、録音は1−3、2−4トラック使用の従来の4トラ2チャンネル・システム、再生が、1234トラック全部を片道で使う4チャンネルと13、24の2チャンネルが切換えられる。また、4チャンネル再生にはバス・トレプルのトーン・コントロールがついていて、このデッキのライン・アウトをそのままパワー・アンプに接続して再生する場合にもある程度までコントロールできるという配慮もあって、4チャンネル・ソースの普及までの過渡期的使用に対する考慮に好感がもてる。メカニズムはワン・モーター式のオーソドックスな製品。基本性能はよくおさえられていてワウ・フラなどのメカ特性は実用上まったく問題にならない。内蔵プリ・アンプは大変優秀で、歪の少い広いDレンジをもったS/Nのよいものだ。かなりシビアなソースも無難に通り、再生音は厚味のある充実したサウンドであった。同軸二連のレベル・コントロールとトーン・コントロールはやや扱い難いが、このスペースに4チャンネル再生の機能を盛り込んだ以上、仕方ないと思う。むしろ、このまとめの努力を評価すべきであろう。今回は製品が間に合わなかったが、4チャンネル再生のコントローラーMSC105という実に便利で楽しいコントロール・ユニットが商品化されることになっており、これを使うと4チャンネル再生のあらゆるパターンもスイッチ1つで切換可能、各チャンネルのレベル・コントロールも容易にできる。本当はここで是非紹介したかったところだ。4チャンネルには、2チャンネルとちがって各チャンネルのスピーカー・レベルを合せることが難しい。とりあえず、異種の能率のちがうスピーカーを混用する場合などは、テープの開始にある1kHzの信号並びにナレーションで各スピーカーからの音ラウドネスが同じになるように合せる作業をしなければならない。
 いずれにしても、これからの4チャンネル・ソース・システムの普及につれて各社から意欲的な製品が発売されるであろうが、その皮切りに登場したMTR10Mの功績は大きい。しかも充分な基本性能をもった安定した姿で商品化されたことは高く評価されてしかるべきである。MTR10Mにより再生された前面4台のスピーカーからでたジャズ・サウンドの圧倒的迫力は、ジョージ大塚トリオ+村岡建、猪俣猛クヮルテットなどの面々と相対して聞くパンチとガッツに満ちたサウンドであった。余分なスピーカーやアンプをもっているマニアにとって、このデッキさえあれば今すぐにでも4チャンネル・ソースの魅力を味わうことができるわけで、現在のところこのシステムの唯一の商品であるだけに人気が集中しそうである。

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