菅野沖彦
スイングジャーナル 10月号(1969年9月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より
カセット・テープの普及がとやかくいわれながら、まだ我国では、その歩みがもどかしい。アメリカでは8トラック・カートリッジとこのカセットとの比較の点では、明らかにカセットが優位に立とうとしているのであるが、これは、その大半を占める用途であるカー・ステレオのカセット化の波によるものらしい。しかし、今年のニューヨークのCESにおいても、ホーム・ユースのカセットも注目に価いする活況を呈していたことを思えば、カセットの今後は日本でもかなりの期待が持てそうである。日本の現状では、カセットはメモコーダーとして延びてはいるが、音楽録音再生用としてのステレオ・カセットはまだまだかったるいのが実状であろう。その最大の理由は、やはり音質の点にあると思われる。扱いの点では、カセットの抜群なイージー・ハンドリングは万人の認めるところであるから、これで、満足できるハイ・ファイ音が得られれば、もっと急激な伸長を遂げるだろう。ところで、最高の状態でのカセット式はどんな音かを聞いたことのある人は何人いるだろうか。これを知ればもっと多くの人がカセットに注目するにちがいないと思うほど、現在では、カセット・ステレオの可能性は高い。最高のカセット・ステレオ・デッキを使って、細心の注意と技術をもって録音再生すれば、これがカセット? と思うほどのハイ・ファイ音が聞ける。つまり、カセットの可能性の証明である。
これに必要なのが、フィリップス社製のEL3312Aというカセット式ステレオ録音再生デッキであるが正直なところ、このフィリップスのデッキでないと、その可能性の限界は確認できない。もっとも、フィリップスはカセット・システムの本家であるから当然かもしれないが、そ
れにしても他の製品がもう少し良くなってもらわないと、カセットの普及上困るのである。では、どこが、どう良いかというと、ワウ・フラの少いことなどのメカニズムの特性は勿論、その音質のまとまりにはまったく脱帽せざるを得ないのである。電気的特性ではカセットの現状ではまだ制約はあるが、その制約の中で聴感上もっとも快よいバランスをつくっているのが見事なのである。
このEL3312Aはカセット・デッキとしてはやや大型だが、ピアノ式の操作機構は扱いやすく確実で、マイク入力端子回路がついていて、附属のステレオ・ユニット・マイクで簡単にステレオ録音ができるし、パワー・アンプの小さいものもそなえているし、ライン・アウトもとれるという万能型である。手持の装置につないで置くには、5ピンのDINコネクターを使って録音再生が可能である。
私は職業柄、マスター・テープをこのデッキでカセットにコピーして聴くことがあるが、客にこれを聴かせると大抵驚いて、カセットの可能性を再認識すると同時に、市販のミュージック・カセット・テープのプリントの悪さに疑問を持つ。したがって、現状ではこのデッキを購入されて、自分で、FMやレコードからプリントして使われてみることをまずお推めしたい。その便利さ、音の良さには一驚されるであろう。
カセットこそは、現代の若者にピッタリのサウンドマシーンである。そして、テープは録音再生ができるというのが本質的な特徴なのであるから、こうした録再デッキを買ってアイデア豊かな音楽の楽しみ方を研究するがよい。SJ編集部のF君などは、愛車のクーパーにカセット・ステレオを持込んで大いにハッスルしている。そのプログラムソースはすべて、このEL3312Aでレコードからコピーしたもの。金がかふらず、楽しみが増えて何よりである。
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