オーディオテクニカ AT-VM3

菅野沖彦

スイングジャーナル 2月号(1970年1月発行)
「SJ選定 ベスト・バイ・ステレオ」より

 オーディオ・テクニカのAT−VM3は、かって選定新製品として本誌で取上げたことがある。今回は、ベスト・バイとしての再登場であるが、このカートリッジのコスト・パーフォーマンスのよさからして当然のことといえるであろう。特に、ジャズの再生にあっては、そのパルスの連続する情報に対して振動系のトランジェントのよさが振動系支持の安定によって保証されなければならない。この点で、このカートリッジは同社のAT35X同様、ユニークなサスペンション方式を採用していて、レコード溝の走行方向への引張りには大変安定した構造である。V型に配置された二個のマグネットによる発電機構もAT35Xと同じだが、この構造のもたらすメリットが果して決定的に他の構造より勝るかどうかはいえない。しかし、現実の音から明確に感じられるのは、この系列のカートリッジのもつ、歯切れのよい、しっかりした音像の再現と、複雑な波形に対するスタビリティのよさだ。
 AT−VM3は帯域バランスがおだやかで、目立ったピークやディップは音から感じられない。概して、こうしたおだやかな周波数特性をもつカートリッジは音が沈み勝ちで、弦楽器などにはよい結果が得られても、パーカッションやブラスにはめりはりが立たない物足りなさが残るものが多い。しかし、このカートリッジの場合は、おだやかなバランスでありながら、一つ一つの音に対する立上りが鋭いために、ジャズの再生でかなり満足すべき結果が得られるものである。音色を大きく左右するファクターは周波数特性であることは事実だが、もっと根本的な音質は、むしろ、トランジェントやクロストークの特性によるものであることが、多くのタイプの異ったカートリッジが教えてくれる。特に、カートリッジとか、スピーカー、そして、マイクロフォンのような変換器にあっては、その機械振動をあずかる振動子の材質のもつ固有の音色が、必らずどこかに現れる。見かけ上の特性の上でこれを殺すことは出来ても、再生音の質には多かれ少かれ、その素顔をのぞかせるように思う。現在のところ、カートリッジの振動系はかなり理想に近いものであるが、なお改良の余地がないわけではない。一つの固定した考えにこだわらず、常に異ったアングルから見直し、どんな小さなこともおろそかにしない開発精神が大切だ。
 テクニカは、そうした点で、かなり自由に製品の開発をおこなっていることが、これらの商品から推察できる。6、900円という値段は決して安いとは思わないが、今のカートリッジの相場からすれば高い値段ではない。メーカーにはいろいろいい分もあるのだろうが、カートリッジの価格は高すぎる。こういう安い価格が通用するのは、カートリッジが嗜好品だからであろう。もし、これを純粋に科学技術の産物と解釈して大量生産品扱いをすれば、もっと安い価格で充分な特性のものが得られるはずだ。ユーザーがカートリッジを選ぶ時には、この辺をはっきり認識してかからなければいけない。嗜好性の対象となるような名品は、当然のことだが、眼玉が飛びでるほど高くるし高いとそれだけ良い音にも聞えものだ。高ければ、当然、物理特性も向上しているが、それと同様に仕上げの美しさや高級観からくる印象が音に影響を与えるものだと思う。
 このAT−VM3は千円台だから実用品として考えてよくその意味では実質的価値は10、000円以上のものに決して劣らないといえるのである。今や国産カートリッジの水準はきわめて高く、たくさんの優秀製品があるが、このカートリッジもそうした製品の一つとしてジャズ・ファンに安心して推められるものだと思う。

Leave a Comment


NOTE - You can use these HTML tags and attributes:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください