菅野沖彦
ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・435選コンポーネント」より
カートリッジは嗜好品だとよくいわれる。たしかに現在のカートリッジの性能面は水準が高く、問題にするとしたら、音色や表現性の違いが主なものだろう。中には、トレーシングスタビリティの点で難点のあるものもなくはないが、その数は多くない。4ランクの価格帯があるが、全体でも10機種という制約があり、どうしても魅力的なものが高価格帯に多いので、2万円未満のものは、いいものもあるが、涙を飲んでパスすることにした。
2万〜4万円ではオーディオテクニカAT160MLが最も好きな製品だ。テクニカの全製品の中でもベストだといいたいぐらいである。解像力があって響きが豊かで安定性も高い。ソニーXL−MC7は心憎い作りで、ややハイに気になる派手さがあるが、明解な音色は快い。FR/MCX3はあまさと輝きに美しさが感じられる。なかなか繊細な情報の再現にも優れていると思う。
4万〜8万円では、B&O、MMC1が彫りの深い音の質感とハイコンプライアンスらしい繊細さのバランスのよさが光る。小型軽量の外観からは想像出来ない強靭さもあって、リアリティのある音だ。オーディオテクニカAT36EMCは、ウエルバランスと定位、セパレーションの明確さが両立したよさを評価する。質感はやや華麗だが、この艶のある音は魅力的だ。ハイフォニックMC−A6は繊細な再現に優れ、楽音の細やかな響きをよく鳴らし分ける。それでいて全体のふっくらとした空間感もよく出すし、フレッシュなサウンドである。
8万円以上ではオルトフォンSPUゴールドシリーズの実感効果とでもいうべき個性の普遍性、説得力の強さはアナログディスクを聴く喜びを倍加させる。トーレンスMCH−I/IIはEMTのスタイラスを変更したものだが、そのよさの上に現代レベルのワイドレンジを兼ね備えている。EMTのカートリッジの陰が薄くなってしまった。その独特の音の魅力と風格は伝統文化の香りという他はない。ゴールドバグMr,ブライヤーは、そうした強い個性こそ持たないが情緒性と、現代カートリッジの性能とを併せもっていて、私にとっては今や最も標準的なカートリッジになっている。AKG/P100リミテッドは独特な強靭さと冴えた透徹さが魅力の新製品で、他のいかなるカートリッジとも異なるフレッシュなサウンドが魅力だ。
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