マッキントッシュ XRT22S, XRT18S

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 スピーカーシステム篇」より

 マッキントッシュはアンプの専門メーカーであるため、スピーカーシステムはまだ十分認識されていないように感じられる。このXRTシリーズではXRT20を第一世代として登場したもので、現役製品は22Sがトップモデルで、18Sがそのジュニアモデルである。しかし、18には22と違って、ウーファー、スコーカー、トゥイーターが縦一列に並ぶというメリットもあって単なる普及モデルとして把えられない魅力も存在する。ともあれこのXRTシリーズは、同社が2チャンネルステレオの完全な立体感の再生を目指して実に20年以上の開発期間の末に製品化したもので、そこには数々のユニークで新しい発想による技術が盛り込まれている。歪みの少ない、位相特性の素直なタイムアラインメントの施されたこのシステムの音場感の豊かさと、素直な質感のよさは特筆に値するものだ。アンプメーカーらしい技術の追求によって生まれた理論追求型の製品だが、数あるスピーカー中でアコースティックな魅力を最大限に聴かせるものだといえるだろう。しかも、MQ107というイコライザーのコントロールで、部屋の特性への対応はもちろん、ユーザーの好みへの対応の可能性ももっているのが特徴である。入念に調整されたXRTスピーカーの音はすべての人を説得する普遍性をもっているものだと思うし、手がけると実に奥が深い。
 XRT22Sは3ウェイ26ユニットから成るが、トゥイーター・コラムによる半円筒状の放射パターンにより豊かなステレオ空間が得られる。XRT18の方は3ウェイ18ユニットで、トゥイーター・コラムがスコーカーとウーファーの真上に配置できるのがメリット。XRT22Sのリニアリティの高さは特筆に値するもので、大型のホーンシステムに匹敵する大音量再生から、小レベルの繊細な再生までをカバーする。XRT18は大音量で一ランク下がるが、一般家庭では余りあるもの。

オンキョー Grand Scepter GS-1

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 スピーカーシステム篇」より

 オンキョーはスピーカー専門メーカーとして誕生した会社である。今は総合的にオーディオ製品を手がけているが、第2次大戦後間もなくの頃、オンキョーのスピーカーユニットに憧れた記憶がある。そうした体質を今でもオンキョーはもっていて、スピーカーユニットの生産量は世界で一、二を争うはずである。そのオンキョーが、売れ筋のコンポーネントシステムだけを作ることに飽き足らず、研究所レベルの仕事として取り組み開発したのが、この〝GS1〟である。1984年発売だからすでに7年を経過しているが、先頃フランスのジョセフ・レオン賞を受賞した。この賞はフランスのハイファイ協会会長によって主催されるオーディオ賞の一つだそうで、GS1の優れた技術に与えられた。このスピーカーシステムは、2ウェイ3ユニット構成のオールホーン型で、スピーカー研究の歴史に記録されるべき銘器であると私も思う。特にコンプレッションドライバーに必要不可欠のホーンの設計製造技術は、従来のホーンの解析では果せなかった新しい視点と成果を満たらせたものである。製品としては使い勝手の点などでむずかしさを残しているが、オプティマム・コントロールを条件としたこのシステムの音の純度の高さは類例のないものといってよいだろう。ワイドレンジ化や高能率化が犠牲になっていることは認めざるを得ないものだが、それでさえ、これだけ純度の高い音が得られるなら、不満にはならないレベルは達成している。いかにも日本製品らしい細部の入念な解析技術が素晴らしいのである。そのために、音楽の情緒を重視するとあまりにストレートであるから、よほど録音がよくないと不満が生じるかもしれない。しかし作りの緻密さといい、強い信念に基づく存在感の大きさといい、今後も長く存在し続け、さらにリファインされて常に同社のフラグシップモデルであり続けて欲しい魅力ある作品だと思うのである。

JBL DD55000

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 スピーカーシステム篇」より

 アメリカのJBLといえば、オーディオに関心のある人で知らない人はいない代表的なメーカーだ。ジェイムス・B・ランシングという創業者がこのメーカーを設立したのは、プロ用スピーカーの技術の水準を使って、家庭用の優れたシステムを作りたいという欲求からであったと伝えられている。それまでアルテック・ランシングというプロ用のスピーカーメーカーで仕事をしていたランシング氏は、独立して、より緻密で精度の高いプレシジョン・ドライバーと美しいエンクロージュアの組合せを夢見たのであろう。以来半世紀、ランシング氏亡き後、JBLは数々の銘器と呼ばれるにふさわしい製品を生んできた。ハーツフィールド、パラゴン、オリンパスなど、美しい家庭用の高級システムは今でも大切に使われている現役の高級機である。そして、70年代からプロ用のモニターシステムの領域に踏み込んだJBLは、4300シリーズで人気を得て、わが国においてもブームをつくつた。そのシャープな輪郭の音像の精緻さと、ワイドレンジのさわやかさ、強烈なパルスへの安定したレスポンスとリニアリティという、物理特性の高い水準に裏付けられたスマートで恰好いい鳴りっぷり、鋭敏な感覚による他のコンポーネントとの組合せの明確なレスポンスがオーディオの趣味性にピッタリであった。
 4343、4344を筆頭とする4300シリーズ全盛のディケイドの跡を継いだのがこのDD55000〝エベレスト〟である。完全にコントロールされた指向性をもつ大型ホーンが特徴で、このシステムは家庭用の最高級機としてリスニングエリアの拡大を狙ったものだ。JBLらしい精緻なピントの定まった音像定位と空間性を複数のリスナーに同時に伝えられることがこのシステムの特徴である。3ウェイ3ユニットの本格的コンプレッションドライバーシステムとして、鮮やかで緻密な再生音が他の追従を許さない次元の高さを可能にする。

タンノイ Westminster Royal

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 スピーカーシステム篇」より

 イギリス(スコットランドに工場がある)のタンノイといえば、オーディオに興味のある人で知らない人はいないであろう。特にわが国では、タンノイは神格化されているほど、絶大な存在感をもって信奉されている。それはこのメーカーの長い歴史と伝統、つまり、半世紀以上の社歴と、その間に一貫して守られてきた設計思想や製品作りの基本理念に対するもので、一朝一夕に築かれたものではない。長い歴史の中には、いろいろ困難な時代もあったし、製品にそれが反映したこともある。しかし、常に保ち続けてきた精神は、温故知新と自社の技術への信念に満ち溢れていた。そして、イギリスという国の持っている趣味性への価値観も見逃せない。イギリス趣味は基本的には合理的であり、貴族趣味と大衆性との間に明確なカーストのようなものが存在する。オーディオ趣味が大衆化するにつれ、イギリスのオーディオ製品にも、小さくて安価な大衆趣味製品が増えてきた。現代のイギリス製オーディオ機器の大半はそうした製品といってよい。しかし、その中にあって、この製品のような堂々たる風格をもつものを作り続けてきたからこそタンノイの存在は、ますます尊敬されることになる。
 内蔵するユニットは、有名なデュアル・コンセントリック・システムという15インチ口径の同軸2ウェイで、基本的に1940年代の設計から脈々と継承されてきたものだ。
 そして、そのエンクロージュアも、フロントロードのショートホーンとバックローデッドホーンのコンパウンドシステムという伝統的なもので、これはオートグラフと呼ばれた50年代のプレスティッジモデルで採用された方式。
 細部はその時代時代の技術でリファインされ続けているが、この製品は1989年に発売されたもの。そろそろ、新ユニットに代わるかもしれないが、そうなっても旧作としての価値が失われないのがタンノイの凄いところである。

ヤマハ GF-1

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 スピーカーシステム篇」より

 ヤマハがスピーカー技術のすべてをかけて製造する文字通りのプレスティージモデルといえるスピーカーシステムである。低域には同社の独自の技術であるYST方式という特殊な低音再生方式を採用しているところが大きな特徴である。負性インピーダンス駆動方式と呼ばれるもので、専用の回路を必要とするが、このシステムでは4ウェイ4ユニットのすべてを、それぞれ独立した専用アンプで駆動するというマルチアンプ方式として発展させたことも特筆に値する点だ。
 スピーカーシステムとしてこのアンプ内蔵方式は、理想の方式として従来から高級機には見られたものだが、ここまで徹底した製品は珍しい。W71×H140×D63cmという大型エンクロージュアは重量が150kgに及ぶ。下から30cm、27cm口径のコーンユニット、そしてドームユニットはスコーカーが88φ、トゥイーターが30φという4ユニット4ウェイ構成を採っていて、ボトムエンドの30cm口径ウーファーがYST駆動である。つまり、いわばこれがサブウーファーで、その上に3ウェイ構成がのると見るのが妥当かもしれない。サブウーファーは60Hz以下を受け持ち、ウーファーとスコーカー間は600Hz、スコーカー/トゥイーター間は4kHzのクロスオーバー周波数だ。この周波数に固定された専用のチャンネルディヴァイダーを持っている。ユニットの振動板材料は、このシステムの開発時にヤマハが理想とするものを使ったわけで、コーン材はケブラー繊維に金蒸着を施したもの。ドーム材はヤマハが従来から使い続けているペリリウムをさらに薄く軽くして結晶の均一化を果した。これも金蒸着によりダンプしている。豊かな潤いのある艶っぼい質感とワイドレンジのスケールの大きさは見事なものである。ペアで500万円という価格だが、当然少量生産だし、これだけの力作なら納得できるのではないだろうか。音楽産業メーカー〝ヤマハ〟らしい製品だ。

ヤマハ YST-SW1000

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 ヤマハはいうまでもなくわが国最大の音楽産業メーカーであり、世界的にも一流のブランドとして通用する。このメーカーは楽器という人間の感性に直結する美を生命とする道具を作って1世紀を超える社歴をもっているのだから凄い。しかも、それを現代的な産業に発展させ人間という曖昧な対象にシステマティツクに対応する術を培ってきた。この体質はオーディオに最も適するものだと思う。それは電気機具を作って売るマスの体質をもった電機メーカーが今のようにオーディオの趣味の世界を台無しにしたことを思うからである。そのヤマハも大電機メーカーとの競争、泥仕合いにまみれたのだから情けない……のだが、このところさすがに無益な競争の馬鹿馬鹿しさに気がついた同社は、先述のペア500万円のスピーカーシステムで姿勢の転換を示した。そのオリジナリティとなっているテクノロジーがYST方式と呼ぶヤマハ・サーボ・テクノロジーだ。負性インピーダンス駆動でウーファーをドライブしてエアマスで効率よく低音を再生するシステムである。口径の小さいウーファーでも豊かな低音を再生できるシステムであるため、ヤマハはこれを小型システムに導入し、それなりの成果は上げた。しかし、本来は大口径ウーファーとYSTの組合せで再生したときの低域の高品位ぶりを広くPRすべきだった。YSTは、同口径ウーファーなら最高効率で低域特性をのばすことができる方式だからである。しかも、このYSTウーファーが質的にも連り、高品位な低域再現を可能にするのは60Hz以下程度で使ったときだ。つまり、サブウーファーシステムとしても理想に近い姿は中〜大型システムとの併用だと思う。本機は30cm口径のYSTシステムで、タンノイのウェストミンスターやRHRとの併用で50Hz以上で使うと素晴らしい効果を発揮する。もちろん小型との併用が悪いわけではなく130Hz以上ならよいのe が、真価は以上述べた通りだ。

SME SeriesV

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 SMEはイギリスのトーンアームの専門メーカーとして知られているが、その3文字のイニシャルはScale Model Equipmentからとられたように、元来は精密模型のメーカーとしてスタートしたらしい。社長のアイクマン氏が徹底したこだわりをもって作る精密工作を基本にしたものづくりの見事さは第一級の高級品と呼ぶにふさわしい精緻さをもっている。トーンアームの生命である感度の鋭敏さと共振の防止の二つのテーマは精密な機械加工仕上げが必須条件であり、これこそSMEが最も得意とするところである。トーンアームの上下方向の支えをナイフエッジ構造とし、左右回転方向はベアリング式としたSME3009とそのロングヴァージョンの3012によって、SMEはトーンアームのリファレンスを確立したのである。ヘッドシェルをチャック式で交換可能な形にしたのが、カートリッジとトーンアームを二分することから独特の趣味の発展を促進した。それまではカートリッジとトーンアームは一体として考えられ、まとめてピックアップと呼ばれていたのである。理想的には、カートリッジとトーンアームは一体として設計されるほうがよいが、SMEのシェル交換方式はオーディオの趣味としてのあり方にぴったりときたのであろう。またたく間に全世界に普及したのである。シェルの接点やネックの規格はSMEのものがそのまま世界の標準になったほどインパクトが強かった。そのSMEが最後の理想的な作品として開発した最高級トーンアームが、このシリーズVである。精密加工は新素材の採用でさらに困難に直面したが、見事にこれを克服してアナログ最後の銘器が誕生した。詳細は他に譲るが、それまでSMEが蓄積してきたトーンアームに関するノウハウを結集した傑作である。その徹底した機能構造と材質の高品位さが、そのまま美しいフォルムの造形として昇華した見事な作品である。カートリッジは半固定式となった……。

オルトフォン SPU Classic AE

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 同社がカートリッジメーカーとして王者の地位を不動のものにしたのは、何といってもSPUシリーズだといえるだろう。ステレオレコードが発売された1950年代の後期に発表されたSPUは、MC型カートリッジの評価を確固たるものにしたのである。SPU−AとSPU−Gシリーズがシェルの形状の違いによって作られ、Gシェルは卵型のふっくらとしたシェイプで魅力的なアピールをしたし、AシェルはRをもった角型で、よりプロフェッショナルなイメージが強かった。さらに楕円針が登場してからGE、AEという末尾にEのついたモデルナンバーが登場したが、この製品はそのAEのレプリカといえるものである。もちろん、SPU−CLASSIC−GEもあるし、丸針仕様のGとAもある。いずれにしても違いは針先チップ形状とシェルの形状であり、基本的にはオリジナルSPUシリーズの忠実なリモデリングである。SPUシリーズの豊潤な音はアナログディスクの情感的魅力の再現に最もふさわしい音といえるだろう。その濃密な陰影、艶のある高域と力強い低域の再現する独特の質感は脂肪ののったバタ臭さとでもいえるであろうか。欧米の音楽の素材としての音の質感として大変魅力的なものである。

オルトフォン MC5000

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 オルトフォン社はデンマークで1918年に創立されたメーカーだから歴史と伝統は古い。レコード産業機器の総合メーカーとしてプレス機からカッティングマシーンとヘッド、そしてそのアンプなど一貫したプラントメーカーとしての全盛時代が懐しい。オーディオ再生の分野では何といってもMC型のカートリッジとトーンアームのメーカーとしての印象が際立っている。このMC5000は、そのオルトフォンの最新最高のカートリッジであるが、その本機がトレース針圧を最適値2・5gと定めているのが興味深い。線材からマグネット、カンチレバー、針先チップ、筐体のすべてを現代のハイテクでつめた最新のMC5000の素晴らしさは数々あるが、それらを2・5gを標準とする針圧でトータルバランスさせたところが、いかにも老舗らしい回答ではないか。発電系を含め、トーンアームやディスク溝の実情、さらに家庭での実用性のトータルから決定されるべき適正針圧は2〜3gというのが正しいことを示した一流メーカーと一流品の見識というべきだろう。アナログ機器を今も作り続けるオルトフォンこそ、やはり最後までカートリッジの専門メーカーであり純粋なオーディオメーカーだった。

トーレンス Prestige

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アナログプレーヤー/カートリッジ/トーンアーム/その他篇」より

 トーレンスというブランドは1883年にスイスで誕生している。こんなに古いブランドで現役のオーディオ製品に生きているものは他にないのではないだろうか? しかも、その製品がオルゴールというのだから、当時の機械式音楽演奏装置ということでは現在のオーディオシステムと共通のカテゴリーのものである。エジソンのフォノグラフ発明は1877年、ベルリナーのディスク式グラモフォンが1887年の考案だから、このブランドがいかに古く伝統的なものかが推測していただけるであろう。時代の変化のために決して隆盛とまではいえないにしても、現在までトーレンス・ブランドは脈々と継承され続けてきたのである。これこそ名門という言葉で呼ぶ以外にあるまい。トーレンス家が現在何代目に当るのか? 現在の当主レミー・トーレンス氏に聞きそこねているが今度会ったら是非聞いておこう。オルゴールから蓄音器、そして現在のプレーヤーシステムに至るトーレンスの歴史は、そのままオーディオの歴史の教科書のようなものである。そのトーレンスにとってCDの出現は大きな出来事であったに違いないが、一貫してアナログプレーヤーを作り続けてきた姿勢は、誇りと信念に満ちた毅然とした貴族の精神性を見るような感慨である。苦しい経営面の障害を耐えに耐えているトーレンスに敬意と励ましの気持ちを捧げたい。一流品中の一流品、名門中の名門トーレンスへの敬意の念からも、私も自家用の〝リファレンス・プレーヤー〟を末長く愛用したいと思っている。このリファレンスが発売されたのが1980年、CD登場前夜であった。その名の通り自社製のプレーヤーのクォリティ・リファレンスとして作られたものを一部のマニア用に市販したのが〝リファレンス〟だが、それを元にある程度の量産化を図り、商品化したのが、この〝プレスティージ〟である。物量と全体のバランスの妙で再生音の情感を豊かに聴かせる銘品である。

マッキントッシュ MCD7007

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 オーディオメーカーの名門マッキントッシュはアンプの項で触れたように名実ともにこの世界の一流品を作り続けているが、最も古い歴史と伝統を重んじる頑固な姿勢の反面、きわめて新しいテクノロジーに積極的なメーカーでもある。その現われの一つが、アメリカにおいて最も早くCDプレーヤーを商品化したことである。このMCD7007はすでに3世代目の製品であり、原器MCD7000は1985年発売だ。その後MCD7005を経て’88年にこの製品が発売された。アンプの専門メーカーからスタートした同社は’50年代後半にはすでにスピーカーの研究開発に入っていたし、’60年代後半には商品化している。そして、’80年代にはアナログプレーヤーシステムがほとんど完成していたのだが、CDの登場によりそのプロジェクトは中止されたのである。凝りに凝ったトーンアームを当時社長のゴードン・ガウ氏自らが熱心に開発を進めていたのだが、CDの将来性を見てとったのであろう。ガウ氏は自宅で、ADとCDを熱心に試聴しADの音のよさを主張していたのだが、CDの可能性や技術的興味に強く惹かれたことも事実である。ある夜、突如私に国際電話をかけてきてCDプレーヤーをマッキントッシュ・ブランドで出すよ! といってきた。私のほうが戸惑ったほどである。来週オランダのフィリップスヘ行くというのである。あのADプレーヤーはどうするのだ? と聞くと、残念ながらビジネス的に無理だと判断したという返事であった。一流品のメーカーは、一流メーカーであり続けるためには先見性と勇気のある決断力が必要であることを教えられた。その2年後にMCD7000が発表されたのだが、マッキントッシュ・サウンドを実現したCDプレーヤーであったのに安心したものだ。MCD7007は、先述のようにこれをリファインしたもので、そのしなやかで自然な高域はCDの癖を感じさせないし、厚く暖かいサウンドだ。

ヤマハ GT-CD1

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 CD初期には、アナログプレーヤーとは異なり、スピーカーからの音圧や外部振動による音質劣化がないことがデジタルオーディオの特徴である、といわれたCDプレーヤーも、次第に状況が変化してきて、最近ではCDプレーヤーの振動対策こそが高音質を得るための必須条件、とされていることはまことに皮肉な事実であるようだ。
 GT−CD1は、一般的なCDプレーヤーがアンプやカセットデッキ的な筐体構造を採用しているのに対し、アナログプレーヤーと同様な構想に基づく独自の筐体構造を採用している点に注目したい。外部振動ばかりでなく、内部振動にもCDプレーヤーは弱いという現実に即し、筐体構造をアナログプレーヤーと同等としたことは、簡単なことのようではあるが、見事な発想の転換であり、このモデルの到達可能な音質の限界を飛躍的に伸ばすことが可能となっている。上部のウッドブロックは厚さ60mmで、内部にCDドライブユニットを収納してあり、このブロックの底板である2・3mm厚鉄板が本機のメカニカルグラウンドに当る。四隅には六角断面の鉄柱があり、下側に伸びて本機の脚部となる構造である。下側の金属筐体に納まるDAC部は、前記の底板部分に懸架され、ぶら下がる構造となっており、鉄製底板は空間的にも電気的にもCDドライブ部とDAC部を分離独立させるため、外観は一体型に見えるが内容的にはセパレート型CDプレーヤーに等しく、しかもリアパネルを介さず、上下に短いシグナルパスが可能となる特徴を併せもつ。
 試聴モデルはプロトタイプではあるが、筐体構造の違いは明らかに音の違いとなって現われている。プログラムソースに対するしなやかな対応性の幅の広さをはじめ、音楽が演奏されている環境条件を十分に聴か
せるだけの音場感情報の豊かさが印象的であり、発売時までの一段の成長が期待できる意欲作である。

ソニー CDP-R1a + DAS-R1a

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 ソニーというメーカーはブランドイメージの演出が大変うまい。このメーカーの売上げの大半は実用的で簡便な小型機器なのに、ブランドイメージは〝高級感〟を保っているのである。技術の先進性と国際感覚の調和が現代の象徴のようなメーカーだから、その〝良さ〟だけが受け入れられて〝悪さ〟が目立たないのであろう。誰に聞いても〝ソニー〟は一流なのである。しかし、ソニーがオーディオメーカーであることを納得させてくれる製品というと、決してCDラジカセやミニコンではないし、ましてやポータブルのウォークマン・シリーズなどは〝オーディオ〟のカテゴリーとはいえないものだ。自動車でいうならば、ウォークマンやCDラジカセは軽自動車ともいえないほどで、スクーターのようなものである。ミニミニコンあたりが軽自動車であって、コンポーネントシステムは特殊なスポーツカーにたとえられるものなのである。いわゆる5〜3ナンバーの乗用車に匹敵する本格的で、しかも一般的に使いやすいオーディオシステムというものはソニーに限らず、いまオーディオ産業界には存在しない。コンポーネントでその分野のすべてを埋めてきたというわけだが、ここへきてその無理が目立ってきている。
 趣味のオーディオとなると、当然軽自動車やスクーターではないわけであるが、このCDプレーヤーのような製品をつくるところに〝ソニー・ブランド〟の高級イメージの秘密があるのかもしれない。さすがにCDの開発者をフィリップスとともに自負するソニーだけあって、この分野での情熱は大変なものがある。早くからCDプレーヤーのセパレート方式を提案し、よりよい音の再現に努力してきたソニーの代表的製品がこれである。デジタルのハイテクは当然のこととして、オーディオの洗練が十分盛り込まれた気の入ったプレーヤーである。きわめて緻密で精緻な微粒子感のある音は美しい。無個性のようでいて強い個性だ。

アキュフェーズ DP-80L + DC-81L

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 アンプの専門メーカーとして高級アンプを中心にエレクトロニクスとアコースティックの接点を追求している同社の最高級CDプレーヤーが、このDP80L+DC81Lというセパレート型のシステムである。オリジナルモデルは86年に発売され、88年にLシリーズとなった。CDというプログラムソースとそのプレーヤーにアキュフェーズが大きな関心をもち、自社のオリジナリティで電子回路を組み、メカニズムは他社の優れたものを買ってアッセンブルするという作られ方である。トランスポートとD/Aコンバーターを含むプロセッサー部を分離したセパレート型を早期に採用し、互いのインターフェアランスを避けて、よりピュアな音を実現するというこのタイプは今でこそ珍しくもないし、D/Aコンバーター単体のコンポーネントも多数あるが、86年当時にこのセパレート型で完成商品とした同社の姿勢は、他メーカーへの大きな刺激となったものである。エレクトロニクスでの大きな特徴は、D/AコンバーターにICを使わずディスクリートで構成したことである。これにより、一台一台調整を施してわずかな誤差もなくし、音質の高品位化を実現する考え方である。初めに書いたようにエレクトロニクスとアコースティックの関連についての蓄積をもつ同社として、CDプレーヤーをだまって看過することができなかったのだと思われるが、そのポイントがD/Aコンバーターにあったといえるだろう。事実、その後D/Aコンバーターの変遷は各社ともにCDプレーヤーの改良のポイントとなったが、ディスクリートにこだわるのはここだけである。チップは経済性に優れる1ビット型が全盛となっているが、これは20ビットのディスクリートを特徴とするもので、明晰な全帯域にわたる質感の統一とリファレンス的な端正なバランスは、今のところ1ビット型では得られない精緻さがある。一流品は頑固さがつきものだし、挑戦的であってほしい。

エソテリック P-2 + D-2

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 ティアックのプレスティージモデルに冠せられるブランドがエソテリックである。アメリカでは〝エソテリック・オーディオ〟という言葉が盛んに使われるが、エンスージアスト向きのクォリティオーディオのことを指していう。エソテリックという言葉は辞書を引くと「秘教的な」「奥義の」「秘伝の」あるいは「内密の」といった訳を見出すだろう。したがって、これがオーディオに使われると若干、眉唾物のようなニュアンスが感じられないでもないが、それは違う。むしろ、趣味的な一品生産の銘品という解釈の方が当っている。音は抽象的で複雑微妙に人間の観念や心理的な影響を受け、そこにオーディオのような科学技術の論理が絡むと、とかくもっともらしい迷信が生まれやすいことから、エソテリックの秘の文字と結びつくのもわからないではない。CDプレーヤーと音の関係などには相当な未解析の問題がありそうだから、エソテリックといわれるとどうも曖昧な感じがする。しかし、ティアックのエソテリックは、CDの初期から独特の音質対策への配慮が見られ、オリジナリティのあるノウハウが盛り込まれていて、このブランドにふさわしい内容をもっている。その一つが、テーパードディスクにCDをマグネットの力で圧着して回転させるメカニズムである。二つ目は、ディザ方式という歪みを減らすテクニックだ。これは、D/Aコンバーターの変換誤差を分散させて歪みを低減するディストーション・シェイビングである。これによってデジタルが宿命的にもっているローレベル時の歪みをかなり改善するというもの。これらは、いってみればティアック秘伝の奥義なのかもしれない。事実、このP2+D2の音はきわめて滑らか〜微粒子感とでも表現したい甘美なニュアンスをもったハイエンド、深い奥行きを感じさせる立体感の再現に優れていて、低域は豊潤で力強い。オリジナリティをもった一流品といってよいCDプレーヤーである。

EMT 981

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 EMTはアナログのプレーヤーで馴染みの深いドイツのプロ機器メーカーである。もともとその社名〝エレクトロニック・メジャーメント・テクノロジー〟の頭文字EMTをとったところからして測定器メーカーとしてスタートしたらしい。アナログプレーヤーの927、930はクォリティにうるさい日本では一般用として多くが使われているが、元来はスタジオ用で放送機器として開発されたものである。また、録音スタジオで使われるエコーマシーンも有名で鉄板エコーの代表であった。このEMTを買収したのが、ビデオプロジェクターで有名なべルギーのバーコ社で、現在は社名も商標もB.A.RCO−EMTとなっている。このEMTがCDプレーヤーとして発表した2世代目の製品が981であるが、第1世代の980は少量生産で終ったらしい。
 981はプロポーションこそラックマウント式のインテグラルプレーヤーで平凡なものだが、その音質には素晴らしい陰影感と立体感があって、外観以上の魅力をもっている。高域はしなやかで滑らかだが明確なエッジと造形の確かなディテールが聴け、豊かで引き締った中〜低域とのバランスが整っていて安定感が美しい。プロ機というとどこかそっ気ないドライな印象を持たれるかもしれないが、この音はどうしてどうして、むしろ再生系のニュアンスを活かす正確さというべき端正さをもっていて魅力的である。内容としては、スチューダーのA730と同等と見てよいと思うが、アナログ出力はバランスだけである。デジタル出力、クロックシンクロ入力、ワードクロック出力などを備え、機能もヴァリアブルスピードコントロールやモニターSP、頭出しの正確なフレーム検索機能などはプロ機器として当然完備している。トレイ式のメカニズムはフィリップスのCDM1MKIIを使っているし、4fS16ビットD/Aコンバーターもフィリップスのシルバークラウンを搭載している。

スチューダー A730

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 CDプレーヤー/D/Aコンバーター篇」より

 フィリップスとスチューダーが協力して開発したプロフェッショナルユースの製品である。CDの開発者としてのフィリップスが、プロ用のレコーダー、回転機器の専門メーカーであるスチューダーのファクトリーで生産したものだ。ブランドとしてはCDプレーヤーのサラブレッドであることを疑う余地はあるまい。スチューダー&フィリップスCDシステムズAGという名称の新会社が生みの親である。メカニズムはフィリップス製CDM3を使ったトップローディング式を採用している。CD−ROM用に開発されたアルミダイキャストベースの信頼性の高いものだ。プロ用であるから、機能は豊富で一部一般用としては必要のないものもあるが、使いこなせば大変便利である。振作系はフレーム単位のキューイングが可能で大型のサーチダイアルを持つのが特徴。±10%のヴァリアブルスピード機能(ピッチコントロール)、曲の開始と終了をチェックするレビューキー、内蔵のモニターSP、ディスク識別をして三つのキューポイントを設定してメモリーできるという特殊機能をもっている。4fSオーバーサンプリング・デジタルフィルターとDACは厳選された高精度ICのみを使っている。出力系は、XLR端子によるフローティング・バランス出力、固定アンバランス出力、可変アンバランス出力の3系統がアナログである。デジタル出力はプロ規格のXLRフローティング・バランスのみである。この他、外部機器とのインターフェイスが可能な外部クロック端子、リモート用、SMPTE用EBU・BUS端子などと多彩である。これがW320×H131×D353mmというコンパクトなインテグラルユニットにまとめられ、重量はわずか6kgというのが驚異的である。その驚異をより現実のものにするのが、幅と厚みのある彫りの深い音の印象だ。重く大きく、二分割されたどこかのCDプレーヤー顔負けのクォリティを聴かせてしまうのである。

マランツ PM-90

井上卓也

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 このところ、ヨーロッパ系を中心に米国系を加えた、音質、デザインともに大変に魅力的で使いやすい小型スピーカーが数多く輸入されている。一方、国内のスピーカーにおいても充実した内容を備えた本格派の製品が、ステレオペアで20〜50万円の価格帯で確実にファンを増しているが、いざ、これらをドライブするアンプとなるとセパレート型、プリメインを問わず、候補となる製品は非常に少ないことに驚かされることだろう。特にプリメイン型は、気軽に各スピーカーの魅力を楽しむために好適な存在であるが、かなり優れたアンプが要求される小型海外モデルや、本格派の普及機とは明らかにひと味異なった国内中級システムを確実に駆動し、かつニュートラルで、聴感上で高SN比な音をもつモデルとなると、選択対象は五指に満たないようである。
 現在までに発表された今年秋の新製品としては、このPM90が唯一のモデルであり、伝統的なマランツのポリシーを受け継いだ、いわゆる音づくりのイメージが皆無に近いニュートラルな音であり、余裕をもってスピーカーを鳴らす実力をもっていることは、大変に心強い思いである。
 また、現代のアンプとしては、測定上の高SN比ではなく、実用状態での聴感上のSN比が高いことがアンプの備えるべき必須条件となる。回路構成上でもプリアンプとパワーアンプによる本格的2段構成であり、プリアンプ部の利得制御をも含めた4連アクティヴボリュウムをはじめ、傑出した筐体構造と洩れ磁束を打ち消すツイン電源トランスの採用、純A級動作を可能とした特徴は魅力的である。る。さらに、内部配線が見事に処理されており、シールド板の多用など高SN比化の手段にも注目したい。
 音質は、ほどよい帯域バランスとニュートラルで色づけのない音が特徴だ。聴感上のSN比は十分に高く、音像定位の確かさや音場感情報の豊かさは、AVアンプなどとは完全に異次元の世界である。

ラックス L-570

菅野沖彦

オーディオ世界の一流品(ステレオサウンド創刊100号記念別冊・1991年秋発行)
「世界の一流品 アンプリファイアー篇」より

 ラックスマンは、伝統のラックス・ブランドを継承するクォリティ・プロダクツにつけられる名称である。普及品にはアルパイン/ラックスマンというブランドが使われる。メーカーはどちらもラックス株式会社だ。錦水堂がラックス・ブランドでラジオを発売したのがこのメーカーの起源とすれば、実に76年の歴史をもつ老舗である。世界的にオーディオブランドの伝統的な名門といえるであろう。現在の社長である早川斉氏で3代目の世襲である。高周波チューナーからスタートしたが、その後のラックスは、トランス、高級アンプリファイアーなどオーディオプロダクツの専門メーカーとして定着した。現在の製品をみても、オーディオアンプにはマニア気質の強い主張と情熱が感じられてうれしい。〝こだわり〟のラックスマンとして本当にオーディオを愛する人から信頼され支持されているメーカーだ。こうした姿勢が現在のオーディオ界には最も大切であり、マニアの夢を満たしてくれる製品が誕生する背景として必須の条件ともいえるフィロソフィである。多くの日本のメーカーはこのところ、このようなフィロソフィから転向してしまった結果、今日のオーディオ不況を生み出したのである。過去20〜30年の経済発展に伴うマスプロ・マスセールのフィロソフィが今揺らぎ始めている。
 この一流ブランドを冠せられたL570は、まさにプリメインアンプの一級品として光り輝く存在である。プリメインアンプという形態は本来かくあるべきものであったのだが、今や1台3万円の安物からあって、35万円のこの製品は最高級のランクである。ピュアA級の50W+50Wの品位の高い音の風情は、まさに本格オーディオの醍醐味を味わえる魅力の探みを感じさせるに十分である。鳴らすスピーカーには高能率のものを推めたいが、公称パワーよりドライブ力があってスピーカー負けがしない。情感が濃やかである。

マッキントッシュ MC7300

菅野沖彦

ステレオサウンド 100号(1991年9月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 関西方面の言菓に「まったり」というのがある。本誌の編集発行人である原田勲氏から説明を聞くと「まったり」というのはマッキントッシュのアンプの音のようなことを表現する言葉だという。「まったり」という言葉の音調からすると、この言葉を使わない我々関東の人間は、もったり、ねっとり、べったりといった形容詞を連想するが違うようだ。言葉というものは、その意味から発展して、語韻が独自の機能をもつ場合も多いが、どうやらこの「まったり」という語は、「全り」からきたものらしい。言語学者に確かめたわけではないので、素人の推測に過ぎないが、原田氏によると、完全無欠とか、過不足ないといった意味のニュアンスを含むらしいことから、私は勝手にこう考えた。全しという言葉を私は時々使う。たいてい今の若い編集者に『?』をつけられるので、この頃はやめてしまったが、「まったし」とよむこの語は、辞書にちゃんとのっている。手許にある岩波国語辞典には「完全だ」が第一にのっている。第二には「安全だ」。「−・きを得る」と書いてある。しかし「まったり」のほうはのっていない。「まったり」は多分、これを形容詞化した語ではないかと思うのだが……識者のご意見をお聞かせ願えれば幸いである。
 原田勲氏のいう「まったり」なマッキントッシュの音は、古い製品についてのものであったけれど、この最新モデルMC7300パワーアンプの音は、より「まったり」で、「まったし」なのである。300W+300Wのこのパワーアンプは、旧MC7270の後継機として開発されたもので、すでに先行発売されたMC2600とMC7150の中間に位置する同社の中堅機種、いいかえれば代表的な標準モデルといってよいものであろう。MC2205、MC2255、MC7270という系譜の最新モデルであって、6年振りのモデルチェンジということになる。
 新しい改良点は、MC2500〜MC2600への改良点と共通しているもので、主なポイントは、パワーの10%アップ、オートフォーマーの歪のさらなる低減、プリドライヴ回路以降にバランス型のシンメトリック・サーキットの採用、これにともなって、入力にはアンバランスとバランスの2系統が設置され、インプットでインピーダンス変換が行なわれる回路になった。また電源もリファインされ、より低インピーダンス化の徹底と、フラックス対策が施されている。こうした新しいリファインメントによってトータル歪は一桁は確実に低減されている。パワーガードサーキット、カレントリミッターサーキットは従来通りで、いかなる状態においても耳障りなクリッピング歪はスピーカーから聴くことができない。また、いかなる使い方をしても、モトローラ社製TO−3パッケージのCANタイプのトランジスターを±それぞれ5個使用した出力回路はオートフォーマーのガードで安全だし、スピーカーを破損することもない。抜群の信頼性は、まったく従来のマッキントッシュパワーアンプ伝来の特徴といえるであろう。
 MC2500からMC2600への発展で、音質が明るく透明感を増し、従来私の感覚に若干不満を感じさせていた暗さと重さがなくなったことは本誌98号の特集記事中(240頁)で述べたが、このMC7300も、MC7270との変化は傾向として同じだといえるが、その差はより大きい。その音質については冒頭に述べたように「まったり」をさらに高次元で達成したものであるのだが、とにかく不満なところがないというのが正直なところである。実に清々しく、透明で、力強く、濃密なのだ!!
 この大きな矛盾は、常に多くのアンプに存在するものである。つまり、清々しいけれど力感に乏しい……か、透明だが濃密さが物足りない……というアンプが普通である。アンプやスピーカーが、何らかの個体個性をもつ限り、次元のちがいや、程度の差はあっても、こうした傾向はつきものである。それが、このMC7300は、一聴した時には、その通念を超えた印象を与えるアンプなのだ。もちろんオーディオの無限の可能性は、将来さらなる境地の開拓を体験させてくれるであろうが、今、このアンプの音を聴いて表現するとなると「まったし」という言葉を使わずにはいられない。
 外観的にはフルグラスパネルになって、よりマッキントッシュのアイデンティティが強調されたが、反面、カバーで覆われ単調になった全体のイメージが寂しいところもある。しかし、このサイズの中にびっしりつめられた各ブロックのデンシティーは恐るべき高密度で、もはやトランスもコンデンサーも外からは見ることができない。この組み込みで、この透明な音が得られているのが不思議なほどだ。

アクースティックラボ Bolero Grande, Bolero Piccolo

井上卓也

ステレオサウンド 100号(1991年9月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 スイスのアクースティックラボのスピーカーシステムは、昨年に輸入されたボレロがわが国における第一弾製品であったが、発売されるとともに、その精緻な仕上げと美しく機能的なデザインをはじめ、透明感のある美しく、音楽的に優れた音により、一躍注目を集めたことは記憶に新しい。今回、そのボレロのジュニアモデルとして開発された、小型2ウェイシステム、ボレロピッコロと、ボレロの高級モデルに当たり、従来からヨーロッパでは発売されていたスリムなトールボーイ型フロアーシステム、ボレログランデに改良を加えた新ボレログランデの2モデルが新たに輸入販売されることになった。
 ボレロピッコロは、開発の初期構想では、エンクロージュアの仕上げを簡略化した、ごくふつうの小型ブックシェルフ型システムであったが、輸入元のアブサートロンの要請により、エンクロージュア竹上げはボレロと同じくピアノブラックと、非常にユニークで、インテリアとしても大変に興味深いエラブルブルーの2種類の塗装仕上げ、そしてウォールナットとオークのツキ板仕上げの計4種類のヴァリエーションモデルが用意されることになった。これらすべてのモデルは、視覚的にも楽しいばかりでなく、音響的にも優れた音質をもつシステムとして完成されている。
 ユニット構成は、12・5cmウーファーと1・9cmポリアミドドーム型の2ウェイ方式であり、エンクロージュアは、ボレロ同様に、バスレフ型を採用しているが、ポート形状は、ボレロがエンクロージュア底板を使った横幅の広いスリット型であったが、本機では一般的な紙パイプを使うコンベンショナルな設計に変っている。
 低域ユニットは、ボレロと同じく、フランスのフォーカル社製で、特徴のあるコーン表面のドープ材の処理方法で、一見してフォーカル製と識別できるユニットである。ただし、ボレロではダブルボイスコイルを使い、小型システムながら豊かな低域再生を可能とする、インフィニティのワトキンスボイスコイルに相当する設計であったが、本機は一般的なボイスコイルを採用したタイプとなっている。
 高域ユニットは、デンマークのユニットメーカーとして定評の高いヴィーファ社製ポリアミドドーム型で、磁気回路のギャップは、磁性流体で満たされ、ダンピングと冷却を兼ねた欧州系ユニットで常用される設計である。なお、磁気回路は非防磁型であり、スピーカー端子は2端子型の標準タイプである。
 ボレログランデは、既発売のボレロに、サブウーファーを加えた設計のスリムなトールボーイ型のフロアー型システムである。エンクロージュアは、ボレロとは異なった円形開口部をもつバスレフ型であるが、内部構造は、中間に隔壁を設け2分割されており、ミッドバスユニットと思われる中域ユニットとサブウーファーは、それぞれに専用の独立したキャビティをもっている。
 エンクロージュア材料は、欧州系スピーカーシステムで常用のMDF(ミディアム・デンシティ・ファイバー)が採用されているが、この材料は、微粒子状に砕いた木粉を固めて作ったもので、剛性はチップボードに比べて高いが、振動率としては共振のQが高く、エンクロージュアに採用する場合には、この材料独自の使いこなしが必要と思われ、各社各様の手法を見ることができ大変に興味深いものである。なお、エンクロージュア仕上げは、ボレロ、ボレロピッコロと同様に、4種類が選択可能であるが、ちなみにヨーロッパ仕様にはより豊富なヴァリエーションモデルがある。
 使用ユニットは、ボレロと同じく、すべてフランスのフォーカル社製で、低域と中域は同じネオフレックスコーンと米デュポン社で開発され、耐熱性材料として定評の高いノーメックスをボイスコイルボビンとし、これに、2組のボイスコイルを巻いたボレロ用ユニットと同様なコーン型ユニットである。旧ボレログランデは低域ユニットと中域ユニットには異なった仕様のユニットが採用されていた。
 高域ユニットは、表面をコーティング材で処理をしたチタン製逆ドーム型で、このユニットもフォーカル社を代表する個性的な音質の優れたユニットである。
 グランデは、高級モデルであるだけに使用部品は厳選されており、ユニットもペア選別で管理され、ステレオペアとして左右が揃うようにコントロールされている。
 ボレロピッコロは、繊細で分解能が高く爽やかで反応の速い音だ。低音感も十分にあり、程よく可愛く吹き抜けるような伸びやかな音は質的にも高く、この音は聴いていて実に楽しい。
 グランデは、さすがに大人の音で、ゆったりと豊かに響き溶け合う、プレゼンスの良さが見事だ。聴き手を引き込むような一種ソフィスティケートされた音は実に魅力的といえる。

チャリオ Academy 1

菅野沖彦

ステレオサウンド 100号(1991年9月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 チャリオはイタリアのスピーカーシステムである。ハイパーシリーズというシステムに代って登場した新製品がこのアカデミーシリーズで、第1号の本機をアカデミー1と呼ぶ。13cm口径のネオフレックスメンブレムと称する材料を使ったコーン型ウーファーは、フランスのフォーカル社製。そして、ソフトドームトゥイーターはデンマークのスキャンスピーク社製である。この2つのユニットを1、850Hz(−24dB)でクロスさせた2ウェイシステムで、インピーダンスは8?、能率は約82dBとなっている。
 まとまりは大変美しく、ソリッドな質感の締まった中低域に支えられた、ややエッジーで緻密な高域は解像力が高く清々しい。クロスオーバーが低いのでトゥイーターの受けもつ周波数帯域がかなり広いのが特徴で、これは指向性が広く豊かな音場感の再現に、そして空間感の広がりに寄与しているものだと思う。極端に演出をしないで小型ユニットのよさを活かしたシステムだと思う。
 ソリッドな剛性の高いエンクロージュアは見事な木工製品といえるものであるが、すでにわが国に3年前から輸入されている同じイタリアのスピーカーシステムであるソナースファベル/エレクタアマトールとミニマに似ている。これほど似ているのは偶然のはずはなく、どちらもイタリア製なので、両者の間にどういう関係があるのか興味が湧く。ラウンドエッジでユニットの放射波の回折効果を避ける音響コンセプトが共通だからといって、この造形の類似は不思議である。チャリオの旧製品ハイパーXもフィニッシュに共通の性格は感じられたが、木地に近い白いフィニッシュと全体によりプレインな箱型であったため、ソナースファベルの凸凹の付いた彫琢の深い造形とは自ら趣を異にするものだった。しかし、このアカデミー1は、造形的にもかなり近いものになっていて気になるのである。同じイタリアだから両者間の話合いはついているのだろうが、日本ではエレクタアマトールが3年先に売られているから、あれがオリジナルであると考えられるのが当然だ。しかし、このアカデミー1のバックプレイトには、アートディレクターにミケランジェロ・ダ・ラ・フォンタナという名前がエンジニアのマリオ・ムラーチェと共に明記されていて、この造形が個人の著作であることを表明している。非常に美しく、ユニークなデザインと工芸的作品であることがこの両者に共通した魅力になっているだけに、強い関心が生まれる。
 専用台での試聴はできなかったが、台による低音の変化がかなりはっきりでるので注意したい。やや壁面に近づけたほうが低域のバランスがとれて安定した音になる。先述の通り、豊かな音場感は本機の特質の一つであって、空間感を生かしたステレオフォニックなソースに真価が発揮される。

パイオニア EXCLUSIVE C7

井上卓也

ステレオサウンド 100号(1991年9月発行)
「エキサイティングコンポーネント」より

 パイオニアの最高級オーディオコンポーネントEXCLUSIVEシリーズは、昭和49年に市場に導入されて以来、アナログプレーヤー、チューナー、コントロールアンプ、パワーアンプ、そしてスピーカーシステムなどのラインナップを揃え、それぞれのモデルが各時代のトップモデルとして話題を呼び注目を集めてきた、いわばパイオニア・オーディオの象徴であり、マイルストーシともいうべきシリーズである。その最新モデルとして、昨年の『全日本オーディオフェア』で、その存在が明らかになったコントロールアンプEXCLUSIVE・C7がついに発売されることになった。
 設計の基本構想は、左右2チャンネルの信号系で成り立つステレオアンプのステレオ伝送誤差をゼロとすることである。この考え方は、ステレオアンプとしては常識的なものと考えられやすいが、各種の条件を交えて現実の商品として実現することは、予想外に至難な技である。
 左右が独立したステレオ信号を入力し、そのままの姿・形で増幅し出力することができれば、左右の信号に伝送差がないことになるが、この簡単明瞭なことを実現するための条件は数多く存在する。左右チャンネルの条件の対称性が重要な要素となるが、電気的、機械的な対称性をはじめ、磁気的、熱的な対称性などの視覚的には確認し難い条件までクリアーしなければならない。
 まず、コントロールアンプのベースとなる筐体構造は、いわゆるデュアルモノーラルコンストラクションと呼ばれている設計であるが、一般的に採用されているデュアルモノ風な設計ではなく、本機はかなり本格的な徹底したデュアルモノーラルコンストラクション設計で、左右チャンネルの対称性は限界的なレベルに到達している。
 従来の木製ケースに収めたクラシカルなEXCLUSIVEのデザインイメージは完全に一新され、現代のオーディオアンプに相応しい装いを備えた新EXCLUSIVEのデザインは、視覚的にも対称性のあるシンプルなパネルレイアウトを特徴とする。中でも、重量級パワーアンプに匹敵する14mm板厚のアルミ製フロントパネルは、重量級コントロールアンプともいえる独特の迫力を備えている。
 アンプの基盤であるシャーシは、筐体を上下に2分割したアルミダイキャスト製の重量級ベースであり、下側はボリュウムコントロールや入力切替スイッチなどをリモートコントロールする各種の制御回路用スペースで、上側は基本的に厚いアルミ材で左右に2分割された左右チャンネル用アンプと電源部用スペースにあてられている。
 ここで基本的にと表現した理由は、フロントパネルの近くに3個配置されている電源トランスの中央の1個が、ボリュウムや切替スイッチをコントロールする制御系用電源トランスであるからである。ちなみに、この制御系用トランスも当然のことながら左右チャンネル独立の巻線を備えており、左右感の干渉を避けた設計だ。
 左右チャンネルのアンプ、電源系のレイアウトは、基板上のアンプの部品配置、内部配線に至るまで対称性が追求されており、レイアウト的に左右の対称性を欠く部分は、フロントパネルのボリュウムコントロールと入力切替スイッチ関係の部品のみであろう。
 C7で新しくテーマとなった磁気フラックス分布の対称性の確保は、発生源となる電源トランスに新開発の低漏洩磁束電源トランス採用で、フラックス分布を左右均一にすると共に、予想以上に問題となる電源用電解コンデンサーに+側と−側で巻方向を逆にし、ケースを絶縁しグラウンド電位に落とすコンプリメンタリーペアコンデンサーを開発した点に注目すべきである。
 アンプ系の構成は、必要最少限の構成とし、MM専用の利得35・5dBのフォノイコライザー段の出力と、CD、チューナーなどのハイレベル入力を受ける利得0dBのバッファー段の出力にボリュウムコントロールがあり、さらに利得0dBのバッファー段と、利得16・5dBの低出力インピーダンス設計のフラットアンプがあり、この段のバランス入力部の+と−を使いアブソリュートフェイズ切替としている。
 アンプとしての基本構成は、不平衡設計であるが、平衡入出力には、トランスが入力系と出力系に設けられスイッチ切替で対応する設計である。なおキャノン端子の接続は、3番ホットの仕様である。
 バッファーを含むアンプは、新開発のアルミベースの基板に集積化されているハイブリッドICで、熟的な安定度の向上と外部ノイズに対するシールド効果に優れた特徴がある。
 振動モードの対称性では、音圧や床振動などの外部振動に対してはアルミダイキャストシャーシで対処し、電源トランスやコンデンサーなどの内部振動には、基板支持部分のダンピング材でフローティング構造とし、加わった振動を適度に減衰させ左右チャンネルのモードを揃えている。
 ボリュウムコントロールは、信号が直接通る経路であるため、アンプの死活を分ける最も重要なポイントとして、その選択にはさまざまな配慮がなされるが、C7ではフロントパネルのボリュウムコントロール用ツマミの位置を検出し、ステッピングモーターと電気的に絶縁されたカップラーで駆動するステップ型アッテネーターで音量調整を行なっている。ステッピングモーター用ジェネレーターは、ボリュウム位置が固定している場合には出力が止まる設計で、この部分の音質への影響を避けている。
 入力切替スイッチも、リモートコントロール動作で、PHONO、チューナー、5系統のAUX入力、2系統のテープ入出力および2系統のバランス入力は、ホット側をノンショートステップ型、グラウンド側をショートステップ型のモータードライブによるロータリースイッチで切替えており、多系統の入力を接続して使うステレオコントロールアンプで問題となる、接続機器からのグラウンドを経由するノイズや、空間からの外来ノイズの混入を防ぐ設計である。
 その他、アンプ内部の配線の引き回しによる相互干渉や数多くのノイズ発生源は、厳重な内部シールドが施されており、ハンドメイドを特徴とするEXCLUSIVEならではの入念な作り込みが見受けられ、その徹底したノイズ対策は世界的なレベルで見ても従来の概念を超えたオーバーリファレンス的な領域に到達している点は特筆に値する見事な成果である。
 まず、平衡入力で使う。力強く、密度が濃く質感に優れた低域ベースの安定感のある音と、やや奥に広がるプレゼンスが特徴である。帯域バランスは程よく両エンドを整えた長時間聴いているのに相応しいタイプといえる。
 入力を不平衡に替えるとナチュラルに伸びたレスポンスとなり、鮮度感が向上し、音場感も一段と広がり、音像定位も前に出るようになる。
 出力も不平衡とすると低域レスポンスは一段と伸び、柔らかく十分に伸びた深々と鳴る低音に支えられた素直な音は素晴らしい。音場感情報は豊かで音像は小さくまとまり、浮き上がったような定位感だ。プログラムソースには的確に反応を示し、録音の違いをサラッと引き出して聴かせる。素直なアンプではあるが、パワーアンプに対する働きかけは予想以上に積極的で、スピーカーはパワーアンプの駆動力が向上したように鳴り万が一変する。これは数少ない異例な経験である。

ブルメスター System 909

菅野沖彦

ステレオサウンド 100号(1991年9月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 本誌100号記念の別冊(『オーディオ世界の一流品』、10月末発売)でも述べたことなのだが、ドイツという国について昔は誤った考え方が伝わっていたと思う。つまり、この国には音楽が溢れていて、どんなに小さな地方都市にもオペラハウスとコンサートホールがあって、生の音楽には事欠かないから、レコードやオーディオなんて馬鹿馬鹿しくて本気になって取り組む人はいない……というものである。これは、20〜30年前にドイツに留学したドイツ通の音楽家達が伝えた詰であるが、当時それを聞かされても私は信じなかった。ドイツに住んだことのない私としては反論するわけにはいかなかったが、生の音楽が溢れているのが事実だとしても、それ故にレコードやオーディオに関心が薄いという解釈には納得しかねた。むしろ、音楽が好きなら、かえって、レコード、オーディオに関心が強くて当然で、この解釈は、音楽の専門家によくあるレコード、オーディオへのコンプレックスによるものと感じられたのである。確かに当時のドイツでは、オーディオコンポーネントのメーカーはほとんど知られていない状態で、テレフンケンかグルンディッヒのセットものが一般用の再生装置として主流を占めていたようだ。テクノロジーにかけては世界有数のレベルをもつドイツが、そして道具好き、機械好きのドイツ人が、オーディオの趣味に無関心に見えたのは、ただ単に、ドイツがこの方面で後発であったに過ぎないのであって、それが証拠に、この10〜15年の間に、ドイツのオーディオ界は俄に活気づいていた。小規模な専門メーカーも急増しているようだ。
 ドイツ人の好む音には独特の共通したキャラクターがあるようで、特に高音域の刺激感が、なかなか諸外国に受け入れられなかったようであるが(特にスピーカーシステムが)、ここ数年の製品は、すっかり洗練されてきたように思える。あの高音は、ドイツ的なクォリティを周波数特性に置き換えて表現したキャラクターであって、ドイツ人がハイ上がりの音を好むわけではないと私は考えている。クォリティが高ければハイ上がりである必要がないのだが、クォリティをキャラクターで補う時の便法としての周波数特性のコントロールであったらしい。その証に、ドイツの高級アンプにはそんなキャラクターはどこをさがしても見当たらない。その代りクォリティは独特のソリッドネスと輝きに満ちた質感をもっているのである。要するにドイツ人の嗜好は、曖昧さや脆弱さとは対極のところにあって、何事もびしっと決まっていなければ不満なのだ。私は、20年以上ポルシェに乗り、メルセデスに乗ってそれが理解できた。イギリス車やイタリア車に最近乗り始めて、ますます、その対比を明確に認識しているのである。音の印象を周波数特性だけで操ろうとすれば、当然ハィ上がりが明晰で強固である。ハイをまるめて、ソリッド感やシャープさを演出することは不可能であろう。
 ブーメスターという会社はこうした背景をもつドイツのオーディオ界に10年以上も前に登場したが、当初から高級アンプだけを志向してきたメーカーである。プリアンプ877、パワーアンプ878が最新のセパレートアンプとして発表されているが、このシステム909は、それらのオーソドックス(?)なセパレート型とは異なる新しい発想のシステムアンプである。簡単にいってしまえば、デジタル時代に対応するDAC付プリメインアンプであり、DSPもシステム化できるトータルアンプシステムとして発展できるものだ。パワーアンプとしては8?で300W×2、2?で1、100W×2、ブリッジモノーラルとしても大出力アンプとして働くステレオ仕様の巨大な体軀のアンプであり、これにDAC、DSPとラインアンプをモジュールとしてシステム化できるものである。
 試聴したのはDSPの搭載されていないDAC付プリメインアンプ仕様のものであったが、CDプレーヤーのデジタルアウトをこのアンプのデジタルインプットに入れた時と、CDプレーヤーのアナログアウトをラインインプットに入れた時の両方を聴いてみた。デジタル入力は同軸、光の両方が各々5系統用意されている。入力ファンクションとボリュウムコントロールはリモートコントロールユニットにより行なう方式で、本機には選択された各モードの表示がデジタルでディスプレイされる。
 すでに述べたようにドイツ的なクォリティサウンドには違いないのだが、これは、その極地にあるともいえる鮮烈なもので、音にはダイアモンドの〝クラルテ〟のような輝きがある。
 内蔵DACを使った時の音は見事であって、ブーメスターサウンドらしさが堪能できる。造形感の確立したサウンドの骨格の見事さには圧倒されてしまう。

RCF MYTHO 3

井上卓也

ステレオサウンド 100号(1991年9月発行)
「注目の新製品を聴く」より

 イタリアのスピーカーシステムがこのところ注目を集めエポックメイキングな存在となっているが、今回、成川商会により輸入されることになったRCF社のコンシュマーモデルMYTHO(ミッソ)3は、業務用音響機器メーカーで開発されたシステムという意味で注目したい製品である。
 RCF SpA社は、イタリア中部ReggigoOEmiliaで1984年に設立された業務用音響機器メーカーで、本社は、6000㎡の敷地内に工場をもち、ホーン型を含む業務用スピーカー、PA/SRスピーカー、HiFiスピーカー、カーオーディオ、およびスクリーンとプロジェクターを生産する計5セクションの部門をもち、英、仏にもプラントをもつヨーロッパ最大規模のメーカーである、とのことだ。
 MYTHO3は、繊維の粗いカーボン織りの楕円型ウーファーとチタンドーム型トゥイーターを組み合せた、スリムなプロポーションの2ウェイフロアー型だ。
 エンクロージュアは、バッフル面の横幅を限界に抑え、奥行きを十分にとった独自の設計に特徴がある。楕円形のウーファー採用もこの目的のためであり、同社の主任技師G・ジャンカーロ氏の構想に基づいたヴァーチカル・オリエンテッド方式である。外観からはわからないが、エンクロージュア内部は、ウーファー下側でキャビティが2分割されており、この隔壁部分にウーファー同様の振動系をもつ楕円型ドロンコーンユニットが取り付けてあり、下側キャビティには、さらに2本のバスレフ用パイプダクトをもつユニークな構成が、このシステムの最大の特徴である。これはバンドパス・ノンシンメトリック方式と名付けられたエンクロージュアである。2つの共鳴系をもつため、チューンにもよるが、2個所にインピーダンス上のディップがあるため、アンプからのパワーを受けると低域の再生能力が通常より向上する。このようにドロンコーンとパイプダクトという異なった共鳴系のチューンをスタガーした意味が、この方式の名称の由来である。
 この種の構想は、ドロンコーンを一般的なアクティヴ型ユニットとしたものや、隔壁部分にさらにパイプダクトを付けたものなど各種のヴァリエーションが考えられている。この種のパテントも出ているが、要するにダクト部分からの不要輻射が少なく、バンドパス特性が実現でき、超低域をカットし、聴感上での豊かな低音感が得られる点がメリットと思われる。
 エンクロージュア材料は、最近よく使われるメダイト製で、脚部は金属製スパイクが付属し、高域には保護回路を備えている。
 MYTHO3は、間接音成分がタップリとした、濃やかで、柔らかく、しなやかな表情の音だ。低域は少し軟調傾向があるが、高レベルから低レベルにかけてのグラデーションは豊かで、そのしなやかな音はかなり魅力的といえる。