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リン LK2

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 こまやかな質感が魅力的で、はなやかな味わいのある音を聴かせてくれる。弦の音の質感もしっとりしていて、適度な鮮やかさを聴かせるし、ヴォーカルもうるささのない自然な感じで聴ける。チェロの響きが明るく、しなやかで、生気のある表現がよく生きていた。金管は華麗で効果的で緻密感のある快い音である。60Wのパワーとは思えないスピーカーのドライブ能力をもつているが、決してスケールの大きい音とはいえない。単体パワーアンプとして新しく異端児的な存在に注目。

音質:7.8
価格を考慮した魅力度:7.8

デンオン POA-1500

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 カーヴァーとは対照的な音で、レンジ感は広い。バッハのカンタータでの弦は少し刺激的になり、バリトンとソプラノもうるさくなる。もう少し落ち着いた、しっとりとした質感が欲しい。輝きや艶といった楽器の効果はよく出るのだが、それが、本来の楽音より強調されたキャラクターとして感じられる傾向で大オーケストラの真の質感、迫力につながらない弱さがある。「幻想」のクレッシェンドでこのことが強く感じられた。ジャズでは好ましい方向になり、弾みのあるソリッドな音。

音質:7.8
価格を考慮した魅力度:7.8

カーヴァー M-200t

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 おだやかで、安定した聴きよい音のアンプである。どちらかというと中域に印象がいくナローレンジの感じで、ハイエンド、ローエンド共に物足りなさは残る。どことなく冴えた感覚が生まれない欲求不満気味の再生音ともいえる。それだけに破綻はなく、どんなプログラムソースにも妥当な再生を聴かせてくれる使いよさがある。これでレンジの広さと、音の鮮度が加われば、価格的にも安く、合理的で堅実な製品として魅力が出てくるのだが、このままでは音楽の美しさが不十分だ。

音質:6.8
価格を考慮した魅力度:6.5

テスト後記

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

●JBL4344での試聴について
 パワーアンプの試聴は特殊な聴き方を必要とする。本誌の試聴室におけるJBL4344の音にはわれわれは慣れている。とはいうものの、その体験はプレーヤー、コントロールアンプ、そしてパワーアンプがそろったトータルの音としてであり、普段は、そこからパワーアンプの音だけを意識して聴く機会は少ない。したがって、この4344がよく鳴るかどうかを単純に聴いたのでは、判断を誤る危険性があると思われる。プレーヤーやプリアンプが情緒性になんらかの形で関与しているわけで、それらを抜きにして聴くパワーアンプの試聴というものには、自ら、こちら側の姿勢にちがいがなければならないだろう。ひらたくいえば、JBL4344で楽しめる音だけを要求して評価することが難しいということになる。無論、音楽表現のあり方が最重要課題ではあるが、それの一歩手前とでもいってよい。パワーアンプの能力を聴く心構えも必要なのである。今回の試聴が、CDプレーヤーをアッテネーターを通してダイレクトにパワーアンプに入れて聴くという形がとられたことも、その現れといえるだろう。
 試聴のポイントとして私が注意した点をあげてみると、スピーカーからの音の精気、高域の質感、低域の量感と質感、全帯域の聴感上のエネルギー感のバランス、個々の楽音の音色の鳴らし分けなどである。スピーカーからの音の精気というのは私流の判断基準であるが、言いかえれば、スピーカーのドライブ能力といえるだろう。ドライブ能力の豊かなパワーアンプは、最大出力に関係なく音が生き生きしていて精気がある。逆に能力的に問題があるものは、かりに最大出力が大きくても、音に精気がなく無理に大出力を引っ張り出すといった一種のストレス感がつきまとつたり、あるいは、鈍重になる。高域の質感はヴァイオリン群によるのが私の方法である。ファンダメンタルとハーモニックスのバランスがとれていれば、弦合奏は滑らかで、しなやかで、しかもリアリティのある芯のしっかりした音になる。逆の場合は、やたらに弦がシルキーになったり、硬質に輝き過ぎたり、ひどいものはぎらついたりする。低域の量感と質感は、グラン・カサやコントラバスを注意する。よく弾み、ひきずらないで、豊かな量を感じさせながら、引き締まって抜けのよいことが大切だ。量が豊かでも鈍かったり、重過ぎるものは好ましくない。特にコントラバスは、アルコ奏法とピチカートではアンプの対応が異なる場合があることにも注意すべきだと思う(ピチカートでよく弾み、切れのよい締まった低音を聴かせても、アルコで柔らかく豊かな響きののらないものは問題である)。全帯域のエネルギー感のバランスはオーケストラのトゥッティでの正三角形的なイメージ・バランスを基準にして聴くようにしている。鋭角的になるのも鈍角的になるのも好ましくない。そして個々の楽音の音色感の鳴らし分けは、それらの要素を満たすこととは別のファクターがあるようだ。声、木管のフルート、クラリネット、オーボエなどの音色の識別、それらと金管との識別、弦合奏ではヴィオラの印象に注意する。
 これらの要素を時として同時に、あるいは個別に聴きとりながら、トータルの音楽表現としての情緒性も加味することを数分の中でおこなう。そのためには都合のよいソースを幾種類か聴くという方法が、私流のやりかたである。
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 個々の製品の特選、推選は編集部からの無理強いであり、私の基本的な考え方は、あるレベル以上のパワーアンプならば、使い方……コントロールアンプとの組合せ、スピーカーとのマッチングで決まり、一概に断定するのは危険だと思っている。世の中に、単独で悪い色は存在しないと私は考えている。いかに組み合わされるか、どこにどう使われるかが色を生かしも殺しもするのではないだろうか。きれいな原色ばかりがよい色であるはずがないし、混合色ばかりがよい色ともいえまい。汚れも美しい場合がある。あまり単純に理解されてほしくない。強いていえば今回の試聴条件の中で、私が気に入った順に、特選を2〜3機種、推選を5〜6機種、価格帯の中から選んで印をつけたまでのことである。その数も編集部からの注文である。
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 こんなわけで、JBL4344は本誌の試聴室のリファレンスとして決まっているし、私も馴染みがあるので、これをつかって試聴したが、CDダイレクトで最高の音が聴けたとは思っていない。物理的にはともかく、情緒的には楽しい音はほとんどなかった。機械丸だしの音(日本のオーディオファイルが好きなようだが……)が多かった。しかし、試聴の方法にしては適していたといえるだろう。一部のオーディオファイルは、オーディオ試聴を趣味としているようで、音楽の楽しみには至っていないように思うのだ。何故、わざわざこんな苦言を呈するかと言えば、この記事によってまたまたCDダイレクトがベストの聴き万として単純に信じ込まれては困るからである。物理的忠実度の進歩と情緒性のバランスこそがオーディオの核心であって、片よって然るべきはずがないと心得るからである。
●スピーカーとの相性テストについて
 試聴スピーカー以外のスピーカーをあとで用意したのは、その辺りの事情をふまえてのことである。
 マッキントッシュXRT18、タンノイGRFメモリー、オンキョーGS1、ダイヤトーンDS10000というそれぞれに全くちがう技術コンセプトと、音の情緒性をもった四組のスピーカーを選んだのも、それらによって、パワーアンプがどう変化するかという意味も含め、ノーマルな鳴らし方をして御参考に供したかったからだ。詳しくは個々のスピーカーの項を読んでいただければ御理解いただけると思うが、いずれの場合も、4344による試聴の時より、はるかに音楽の聴ける鳴り方であったことは明記しておきたい。特に、ジャディスJA80、テクニクスSE−A100、マッキントッシュMC2500などのアンプは、試聴時とは別物といってよい魅力があって、にやりとさせられた。パワーアンプ単体で判断することは難しいし、危険である。しかし、カタログやスペックだけからは全く判断が出来ないので、こうした試聴の意味もある。この辺り、賢明なる読者の総合的判断を期待するものである。
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 試聴を終えて、現在のパワーアンプを俯瞰すると、それぞれが高いレベルのアンプでありながら、依然として個々の音にちがいが大きく、スピーカーほどではないにしても、オーディオコンポーネントとして個性の豊かなものであることを感じさせられた。特にスピーカーとのマッチングの点では、パワーアンプの選択はきわめて重要な意味をもつ。今回の試聴機種の中では、広い価格帯、異なる設計のコンセプトなどの混在が原因で、それを一つの土俵の上で
比較する弊害が現れたものもあると思う。現代パワーアンプを一つの共通項でくくることは難しい。ソリッドステートの大パワーアンプ、真空管式の小さめなパワーのアンプ、あるいは、トータルシステムのコンセプトが異なるところから誕生したパワーアンプなど、いろとりどりのアンプがあった。出来るだけ、それぞれのアンプの生い立ちを理解して試聴し、判断するように努めたつもりだが、公正な結果という自信はない。ある種のスピーカーには、もっともっと魅力を発揮するアンプもあるだろうし、レコード音楽の聴き方のちがいによって、異なる尺度で認識するべきアンプもあるだろう。

ラウナ Njord, Tyr

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ラウナ・スピーカーというスウェーデンのブランドは、わが国ではあまり馴染みがない。それほど古いメーカーではないらしいし、今まで正式なエイジェントによる輸入もおこなわれていなかったと思う。今度、オーディオニックスが代理店として、このニューブランドを日本市場に紹介することになり、ニョルド Njord とティール Tyr という2機種を試聴する機会を得たので御紹介する。
 外国製品は数多いが、世界に冠たるオーディオ生産国日本に輸入するには、それなりの必然性がなければならないし、市場も拓けるはずがない。多くの輸入製品に接する時、その製品のオリジナリティとアイデンティ、そして、その音の魅力が日本製では聴けないもの……つまり、ある意味では異文化の香りをもつものであることをポイントに価値判断をするのが僕の考え方である。いくら貿易不均衡が問題となっても、輸入する必然性のないものを輸入しても結局は長続きはしないはずである。この点、このスウェーデンからのニュー・ブランドは一見一聴しただけで、この条件をパスするユニークなものである。
 ラウナのスピーカーシステムのラインアップは3機種あって、大きさと価格の順でニョルド、ライラ、ティールという名称がつけられている。ユニットは共通で、16cm口径ウ−ファーと2・5cm口径ソフトドーム・トゥイーターの組合せで、大中小のシステムに対応させている。ニョルドは、16cmウーファーを2個使い、その1個の中央にトゥイーターを配置しコアキシャルのようなセッティングだ。ティールはこの2個のユニットをインラインに独立配置している。ライラは聴いていないが多分、ニョルドからウーファーを1個とった構成と思われる。エンクロージュアがラウナ独自のユニークなものでベトンという一種のコンクリートレジンで強剛性大重量の素材による。いかにも北欧らしいモダニズムを感じるデザインで、ニョルドは特にユニークなオブジェだ。製品はホワイトだが、インテリアに合わせ好きな色にペイン卜することを推めているあたりが面白い。ティールは小型ブックシェルフ。各35kg、12kgという重量だ。
 聴いてみて驚いた。その音の豊潤なこと。とてもコンクリート製エンクロージュアのイメージからは想像できない暖かさであり、ステレオイメージは奥行感の豊かな空間再現能力に優れている。楽音の自然な質感・帯域バランス共に大変優れ、制作者の技術と耳のバランスのよさが実感出来る。特に小型のティールは秀逸である。家庭用スピーカーとしての限界の中で、現代スピーカー技術の可能性と限界をよくわきまえたバランス設計が見事に生かされた傑作だ。

ダイヤトーン DS-10000

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
「日本的美学の開花」より

 ぼくは、我とわが耳を疑った。今、聴こえている音はただものではない。音が鳴り出して数秒と経ってはいないが、すでに、そのスピーカーからは馥郁たる香りが感じられ、この後、展開するいかなるパッセージにも美しい対応をすることが確実に予測された。曲は、マーラーの、あのポピュラーな第4交響曲、演奏はハイティンク指揮のコンセルトヘボウ管弥楽団、フィリップスのCDである。第一楽章の開始に聴かれる鈴と木管の透明な響きが右寄りから中央に奥行きをもって聴こえ、その余韻は、繊細に、たなびくように、無限の彼方への空間を、あえやかに構成しながら消えていく……。
 やがて左チャンネルに現われる第一主題を奏でる弦楽器群はしなやかで優美、流れ込むように右チャンネルの低弦のパッセ−ジへ引き継がれていく。豊かで、しかも、芯のしっかりしたコントラバスの楽音には、実在感が生き生きと感じられ、聴き手の心に弾みがつく……。そして、チェロの歌う第二主題は、第一主題に呼応して十分、明るく暖かく、のびのびと柔軟な質感の魅力をたたえている。
 これは、目下のぼくの愛聴盤の一枚で、わが家のシステムをぼく流に調整して、いまや、その悦楽に浸りきれる音にしているものだった。この音が、わが家以外の場所で、しかも、全く異なるスピーカーシステムから、ほとんど違和感なく響いたことはない。それが、なんと、今、ここで、違和感なく響き始めたのである。しかも、新たなる魅力を感じさせながら……。つまり……、決してわが家とは同じ音ではないのだが、不思議になんの違和感もなく、わが家とはちがう新しい魅力を感じさせられたであった。
 DS10000というダイヤトーンのスピーカーシステムがぼくの眼前にあった。そして、ここは、福島県郡山市にある三菱電機の郡山製作所の試聴室内である。何から何まで、わが家とは異なる雰囲気と条件であることはいうまでもない。これはたいへんなことだ! そういう驚きにぼくは囚われていた。
 正直、率直にいって、ぼくは今まで、ダイヤトーンのスピーカーには常に違和感の感じ通しであったから、その驚きはひときわ大きなものであったのだ。これについては後でもっと詳しく述べるつもりである……。
 そして、第四楽章では、ロバータ・アレクサンダーのソプラノを導入するフルートとヴァイオリンが、そして、ハープやトライアングルも、天上的なト長調の響きと、ゆれるような四分の四拍子の揺籃を、限りない透明感とやさしさをもって開始し、ぼくを魅了したのであった。ブルーノ・ワルターをして「ロマン主義者の雲の中の時鳥の故郷」といわしめた天国的悦楽感が、いやが上にもぼくの心を虜にするのに十分な美音であった。ソブラノは程よい距離感をもって管弦楽と溶け込みながら、かつ際立って明瞭に、「天国の楽しさ」を歌い上げるのであった。
 ある意味では、ケチをつけるのもぼくの仕事であって、この日も、ダイヤトーンの新製品に建設的な意見を述べるべく、無論、その中に、「よさ」を発見し、製品を正しく認知する覚悟で、はるばる郡山まで呼ばれて釆たのであったが、このDS10000に関しては我を忘れて惚れ込んでしまうという「だらしなさ」であった。
 かろうじて立ち直ったぼくは、このスピーカーを自宅で聴いてみるまで、最終的結論を保留したのである。その結果、後日、このスピーカーはわが家に持ち込まれ、第一印象と食い違わないものであることが確認をされたのであったが、それは、ほんの短時間での試聴であったため、今回、改めて本誌のM君を通じ、数日間借用し、ゆっくり、いろいろな音楽を聴いてみることにしたのである。前記のマーラーの他、アナログディスクの愛聴盤、ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送管弦楽団による同じくマーラーの交響曲第三番ニ短調、第六番イ短調、ぼくがずっと以前に録音したルドルフ・フィルクシュニーのピアノ・リサイタルのニューヨーク録音などのクラシックレコードと共に、カウント・ベイシーのやや古い録音『カウント・オン・ザ・コースト’58』、アート・ペッパー『ミート・ザ・リズム・セクション』、メル・トーメの『トップ・ドロワーズ』、ローズマリー・クルーニーなどのジャズやヴォーカルのディスク、そしてまた、CDによる数々の音楽をゆっくり試聴するほどに、このスピーカーの素晴らしさをますます強く認識するに至ったのであった。
 特に、フィリップスのCDによる、アルフレッド・ブレンデルのピアノ・ソロの『ハイドン/ピアノ・ソナタ第34番他』の再生に聴かれるピアノ・サウンドの美しさは特筆に値いするもので、その立上りの明快さと、余韻の素晴らしさは、このディスクの理想的ともいえる直接音の明瞭度と、豊かなホールトーンのブレンドの妙を余すところなく再生するものであった。
 多くのレコードを聴くうちに、このスピーカーの音の美しさについてぼくはあることを考えさせられ始めたのであった。それは、この音の美は、まぎれもなく欧米のスピーカーの魅力の要素とは異なるものであることだった。この美しさは、決して、強烈な個性をもったものではないし、激しさを感じるものではない。花に例えれば、大輪のダリヤなどとは異なるもので、まさに満開の桜の美しさである。.それも決して、重厚華麗な八重桜のそれぞれではなく染井吉野のもつそれである。いいかえれば、これは日本的美学の開花であるといってもよい。かつてぼくは、同じダイヤトーンの2S305について、これに共通した美しさを認識したことがある。この古いながら、名器といってよい傑作は、外国人にとっても、素晴らしく美しい音に感じられるらしく、ぼくの録音関係の友人達が、「日本製スピーカーで最も印象的なもの」として、この2S305をあげていたのを思い出す。その中の一人であるアメリカ人エンジニアのデヴィッド・ベイカーは、2S305の美しさは彼等にとってエキゾティシズムであることを指摘していたが、これはたいへん考えさせられる発言であると思う。美意識の中からエキゾティシズムを排除することは出来ないとぼくは思っている。ぼくたちが、外国の優れた魅力的スピーカーに感じる美の中にも、大いにエキゾティシズムが入っているのではなかろうか。異文化の香りへの強い憧れと、その吸収と昇華創造は、人の感性の洗練や情操にとって大切なものであるはずである。
 もう、二十年も前の話だが、亡くなったピアニスト、ジュリアス・カッチェンの録音をした時に、カッチェン氏がヤマハのピアノに大いに魅せられ、横にあるスタインウェイを使わずに、ヤマハを使いたいといったのを思い出す。ぼくたち録音スタッフは、そこで弾きくらべられた二台のピアノを聴いてスタインウェイによる録音を強く希望したのだが、カッチェン氏は「こんな美しい音のピアノに接したことはない……」といってヤマハの音を愛でていた。そういえば、ぼくの外国の友人達で日本の女性を恋人、あるいは妻にした人が何人かいるが、そのほとんどの女性は、きわめて東洋的な造形の容貌の持主で、その顔は、早いえばば「おかめ」の類型に属する人達だ。眼が大きくて二重まぶたで、鼻の高い日本女性は、外人の眼にはエキゾティシズムが希薄なのだろう……。ぼくなんかは、そっちのほうに強い魅力を感じてならないのであるが……。しかし、今や、外国文化への憧れも落ち着いて、日本的な美への認識が高まり、誇りをもって日本文化に親しむようになったようにも思う。時代もそうなったし、ぼく自身も年令のせいか、年々、日本文化への強い執着と回帰を意識するようになっている。だから、一時のように、日本のスピーカーメーカーが、自ら『アメリカンサウンド』や『ヨーロピアンサウンド』などを標榜する浅はかさには腹が立ってしかたがなかった。
 こんなわけで、日本のスピーカー技術が、世界的に高いレベルにあって、そのたゆまぬ努力のプロセスが、いつの日にかスピーカーの宿命である音の美と結びつかなければならない時にこそ、日本的『美学』を感じさせるようなスピーカーが誕生するはずだし、そうなって欲しいものと思い続けてきたのである。
 ダイヤトーンというメーカーは、音の面だけからぼくの個人的な感想をいわせてもらうなら、2S305以来、これを越えるスピーカーを作ったことはなかったと思うのである。その技術力や、開発力、そして真面目さは、常々敬意を払うに値いするものだと思ってきたし、変換器テクノロジーとして、その正しい主張にも共感するところは大きかった。しかし、ぼくがいつもいうように、部分的改善と前進はバランスをくずすという危険性を承知の上で、あえてその危険を犯し続けてきたメーカーでもあったと思う。今から10年前、ハニカム構造の振動板を採用した時に、ぼくはその音の質感に大いに不満をもってメーカーに直言したものである。したたかな技術集団が、こんなことで後へ引かないことは十分承知していたが、かといって、その音を全面的に容認することは出来なかった。後へ引いては技術の進歩はないわけだろうが、かといって、進歩のプロセスでバランスを欠いた妙な音を、局所的に優れた技術的特徴で説得し、「美しい音ではないかもしれないが、これが正しい音なのだ」と強引にユーザーを説得をされてはたまらない。10年間の長い期間、ぼくはダイヤトーンのスピーカーの音の面からは批判し続けながら、その技術的努力を高く評価してきたのである。
 こうした過程を経て遂に、音楽の愉悦感を感じることの出来るスピーカーシステムが誕生したのであるから、これはぼくにとっても大きな出来事であった。
 ここ数年、ダイヤトーンが、剛性を強く主張する姿勢と共に、音楽を奏でるスピーカーにとって『美しき妥協』が必要なことを認識しているらしい姿勢は感じとることが出来るようになってはいた。特にエンクロージュアについての認識が、片方において冷徹なモーダル解析を行いながら、天然材のもつ神秘性を発見することによって高まってきたことが、ぼくにとって陰ながら喜びとするところであったのだ。『美しき妥協』と書いたが、これは『大人としての成長』というべきなのかもしれない。このスピーカーに限らず、ダイヤトーンの全てのスピーカーにはコストの制約こそあれ、一貫して見られる高剛性、軽量化の思想が、振動系、構造系の全てに見られる。もちろんこれはダイヤトーンに限らず、すべてのスピーカーメーカーが行っていることなのだが、ダイヤトーンはその旗頭である。
 今年は、多くの日本のメーカーが、期せずして、優れたスピーカーを出し、実りの多い年であったが、これは、日本のスピーカー技術のレベルが一つの頂点に達し、その高い技術レベルを土台にして、技術と美学の接点に立って精一杯、音の錬磨をおこなった結果であろうと思われる。
 音楽的感動を最終目的とするオーディオにあっては、この両面のバランスこそが優れた製品を生む必須条件であって、これこそが真の『オーディオ技術』というものだとぼくは信じている。だから、そこに人がクローズアップされざるを得ないのだ。つまり、技術はデータに置きかえられやすいし、保存も積み重ねも可能である。そして、グループの力が必要であり、時として他分野の協力も得なければならない。しかし、美学的領域に属する仕事はそうはいかない。多くの人の協力や、英知を集める協議はもちろん有益だが、絶対に中心人物の存在が必須である。よきにつけ、あしきにつけ、一人の人間、一つの個体を中心とするファミリー的構成がなければ、美の実現は不可能なものである。それが、プロデューサーとかディレクターと呼ばれる人人間の必要性だ。ダイヤトーンの場合、三菱電機という大メーカーの一部門であるから、プロデューサーは社長である。現実には、その意を帯びた部長ということになるのだろ。DS10000を試聴した時、ぼくの傍らで熱心に説明してくれた一人の青年技師がいたが、彼が、このスピーカーの担当ディレクターに違いない。矢島幹夫氏がその人だ。そして、ダイヤトーン・スピーカー技術部には佐伯多門氏という、大ベテランがおり、プロデューサーとして矢島氏を支えたと思われる。これはぼくの勝手な推測であって確かめたわけではないのだが、ほぼ間違いあるまい。もちろんこのような大会社では、さらに多くの周囲の人達の熱意がなければ動くまい……(ここが大会社とオーディオの本質とのギャップになるところなのだが……)と思われるし、この製品が、ダイヤトーン40周年記念モデルになったことをみても、社をあげての仕事といえるであろう。しかし、中心人物の並はずれた情熱と努力がなければ、こういう製品は生れるはずはないと思われるのである。そういえば、あのオンキョーのグランセプターGS1という作品も由井啓之氏という一人の熱烈な制作者がいてこそ生れたものだった。GS1が、ホーンシステムにおいて刮目に値する製品であるのに続いて、ダイヤトーンがこのDS10000で、ダイレクトラジエーターシステムによって、このレベルの製品を誕生させたことは、日本のスピーカー界にとって大きな意味をもっていると思うものである。
 ところで少々話がスピーカーそのものからはずれてしまったが、もう少し、細部にわたって、このシステムを眺めてみることにしよう。また、詳細については、編集部が、別途取材したダイヤトーンのスタッフの談話があるので、併せて参考に供したいと思う。
 DS10000は、27cm口径のウーファーをベースにした3ウェイシステムである。スコーカーは5cm口径のドーム型、トゥイーターは2・3cm口径の同じくドーム型である。
 ウーファーの振動系はハニカムをアラミッド繊維でサンドイッチしたもので、カーヴドコーンである。アルミハニカムコアーとアラミッドスキン材との複合により、高い剛性と適度な内部損失をもち、このタイプのウーファーとして高い完成度に到達したと思われる。27cmという口径からくるバランスのよい中域への連続性と、質感の自然な、豊かでよく弾む低音を実現していて、ハニカムコーンの可能性を再認識させられた。
 スコーカーの振動系はボロンのダイアフラムとボイスコイルボビンの一体型で、トゥイーターもこれに準ずるものだ。磁気回路とフレームを強固な一体型としているのは従釆からのダイヤトーンの特徴であり、振動系の振動を純粋化し、支点を明確化して、クリアーな再生を期しているのも、DS1000、DS3000以来の同社の主張にもとづくものである。
 エンクロージュアはランバーコア構造材の強固なもので、バッフルと裏板の共振モードを分散させるべく、そのランバーコアの方向性を変えている。漆黒の美しい塗装はポリエステル樹脂塗装で、グランドピアノの塗装工場に委託して仕上げられているそうだ。好き嫌いは別として、この漆黒塗装仕上げによる美しい光沢をもつた外観は、このシステムにかける制作者達の情熱をよく表現していると思うし、わが家に置いて眺めていると、初期の軽い違和感はだんだん薄れ、その落着いたたたずまいと、高密度のファインフィニッシュのもつ風格が魅力的に映り出す。ユニットのバッフルへの固定ネジには一つ一つラバーキャップがとりつけられる入念さで、音への緻密な配慮と自己表現が感じられ好ましい。別売りだが、共通仕上げの台のつくりの高さも立派なもので、ブックシェルフスピーカーの最高峰として、まさに王者の気品に満ちている。
 DS10000は 『クラヴィール』という名前がつけられており、これはピアノ塗装の仕上げイメージからの名称と思われるが、ぼく個人の好みからいうと、こんな名称はつけないほうがよかった。あらずもがな……である。
 磨き抜かれた外観の光沢にふさわしい、このシステムの美しい音は、バランスの絶妙なことにもよる。アッテネーターはなく、固定式であるが、このシステムがアンバランスに鳴るとしたら、部屋か、置き方に問題があるといってもよい。ウーファーからスコーカーへのクロスオーバーがきわめてスムーズで、中域の明るい豊かな表現力が、これまでのダイヤトーン・スピーカーのレベルを大きく超えている。4ウェイ構成をとっていたDS5000、DS3000は別の可能性をもっているのかもしれないが、これを聴くと3ウェイのよさがより活きて、ユニットの数が少ない分、音はクリアーである。剛性の高いウーファーのため、低域の堂々たる支えが立派で、27cmという口径が、「いいことづくめ」で活きているように思われる。
 現代スピーカーとして備えるべき条件をよく備え、曖昧さを排した忠実な変換器としての高度な能力が、かくも美しき質感と魅力的な雰囲気を可能にしたことがたいへん喜ばしい。これが、今後、どういう形で、他製品への影響として現われるか楽しみである。
 こう書いてくると、いいことずくめで、まるで世界一のスピーカーのように思われるかもしれないが、スピーカーには世界一という評価を下すことは不可能であることを最後に記しておきたい。オーディオのうに、オブジェクティヴなサイドからだけの判断では成立しない世界においては、これは自明の理である。スピーカーに限らず全てのコンポーネントは、そう理解されなければならないが、特にスピーカーには、この問題が大きく存在する。要は、オブジェクティブなファクター、つまりは物理特性のレベルがどの水準にあって、その上に、いかにサヴジェクティヴな音の嗜好の世界が展かれるかが問題である。技術の進歩は、たしかに、このオブジェクティヴなレベルを向上させるものではありるが、そのプロセスにおいては時として、サブジェクティヴな美の世界を台無しにする危険もある。ダイヤトーンのDS10000は、オブジェクティヴなレベルが、ある高みでバランスしたからこそ生れたものであり、優れた変換器として讚辞を呈するものであるが、なお、嗜好の余地は広く残されているのである。だから、ぼくには、単純に世界一などというレッテルを貼る蛮勇はない。

カセットデッキのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 カセットデッキの性能向上も極限に達した観がある。無論、細部にわたってコストをかければ、まだまだやることはあるだろうが、このコンポーネントの性格からして、すでに十分以上のクォリティをもったものが現れたと偲う。来年はデジタル記録のDATが登場することは必至であるし、これも、アナログ機器としての有終の美を飾る分野といってよさそうである。
 価格帯は2ゾーンであるが、オートリバース機とスタンダード機に分かれ、計四つの区分が成されている。僕の考えでは、便利な機能のオートリバース機のほうが、カセットデッキとしての性格からはウエイトをおきたい気持ちも強いのだが、ここまで性能がよくなると、3ヘッドのスタンダード機の高級なものにも大いに魅力を感じる。10万円以上のゾーンでは、オートリバース機は選びたくないが、スタンダード機ではソニーのTC−K777ESIIやナカミチのCR70などは素晴らしいデッキだと思う。悩みに悩んで、結果的には、どちらの分野からも10万円以上は避けることにした。アカイGX−R60はオートリバースとして完成度の高いオリジナリティに溢れた力作である。ビクターTD−V66、ローディD707II、ケンウッKX1100Gはスタンダードデッキとして、カセットへの要求を十分満たし、録再の相似性、ノイズリダクションのクォリティに優れた実用機器として評価出来る。

チューナーのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 はっきりいってFMチューナーは、各メーカーのオリジナリティの濃い技術競争は終り、安定期に入った観がある。各ブロックがIC化され、パーツとして普及したため、多くのFMチューナーには独自の開発が希薄になってきた。その中にあって気を吐くのが、チューナーでは名実共にナンバー1の実力をもつトリオ/ケンウッドと、アキュフェーズで、この両社が意欲作を出している。こうしたバックグラウンドの中で、この一年の新しい製品の中心に、ケンウッドKT1010F、KT2020の両機種を選んだわけだが、同じく、KT880Fも大幅にクォリティアップしたことを申しそえておこう。テクニクスST−G6T、ソニーST−S555ESも、これに劣らぬ優れたものだが、現実のチューナー選びには、プリメインアンプやプリアンプとのデザイン統一という要素がむしろ重要ではなかろうか。新しく横浜や平塚の新局が開局するという事態にはなったが、今後、微細に音を識別する関心がFM放送に払われない限り、目くじら立てて選び分けるほどの分野ではないように思うからだ。それだけチューナー全体のレベルが向上した証拠でもあるわけで、僕個人の中では、どうしても他のコンボーネントほどこだわりが大きくないのである。
 10万円以上のアキュフェーズT106も素晴らしいが、僕にとっては10万円以下の出費で十分と思えるのだ。

カートリッジのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)

特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 カートリッジ、つまり、このアナログディスクの変換器は、CDの登場で華やかな王座を去りつつあることは否めない。しかし、それだけに厳しく淘汰され、今後は存在の必然性と魅力のあるものが根強く定着することと思われる。このことは、製品自体についてはもちろんのこと、開発技術やそのコンセプトについてもいえることであろう。従来のハイコンプライアンス化や軽量化などには既に反省が見られ、バランス設計の理念にかえって、その動作の安定性と音の魅力を磨き上げたものが登場している。この一年のカートリッジにはそうした優れた力作が多いが、少々皮肉な現象ともいえるであろう。各カートリッジメーカーがアナログディスクへの愛情、長年の技術の集積の結晶として結実させ有終の美を飾る結果となったといっては気が早過ぎるであろうか?
 価格帯は3ゾーンに分けられている。
 5万円未満のゾーンでは、ベストワンとしてデッカMARK7を上げたが、この独特の構造をもつカートリッジは、この製品において、きわめて高い完成度に達したと思う。ダイレクトカップリングに近い、振動系の縦方向へのコンプライアンスのバランスが改善されたため、安定性と音の自然さが向上した。まるで、イギリスのよく出来た車のフィーリングのような滑らかさと弾力性をもつた得難い魅力に溢れている。B&OのMMC1は今年の開発ではないが、軽量、ハイコンプライアンスながらバランスがよく出来ていて、決して、ひよわな音にはならず、造形の確かな再生音がリアリティを感じさせるものだった。ヤマハのMC100は従来のヤマハのカートトッジのもっていた、どこか軟弱で神経質な音から脱し、豊かな雰囲気と芯のあるボディを感じさせる充実した音になった。オーディオテクニカAT−ML180はこのメーカーらしい安定したトレースとバランスでヴァーサタイルな音を聴かせる。ハイフォニックMC−A300は個性が光る。華美に過ぎることなく輝かしい魅力的なサウンドだ。
 5〜10万円ではオルトフォンMC20スーパーが断然光る。このMCカートリッジの王者といってよい北欧の老舗の風格を感じる現代カートリッジ技術の集大成である。SPU−GOLDと共に長く存在し続ける製品になるだろう。ソニーXL−MC9も、このメーカーのカートリッジ技術の集大成で、ついに高い完成度をもったバランスを獲得した。最新の技術と素材を使い、それらが生のまま音にでていない。大人の風格をもっている。
 10万円以上では僕の愛用カートリッジ、ゴールドバグMr.ブライヤーをベストとして推したが、トーレンスMCHIIという古いタイプのもつ魅力、シュアーのULTRA500のMM究極の完成度、AKG/P100LEIIの鮮鋭なサウンドなど、甲乙つけ難いものだ。

昇圧トランス/ヘッドアンプのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 当然のことながら、これはMCカートリッジと一体として考えるべきアクセサリーで、カートリッジ指定のもとに判定されるべき性格が強い。僕個人は、この分野ではトランスのほうに感心が強く、ヘッドアンプは、アンプの一つとして考えざるを得ないのである。例えば、アキュフェーズのC17ヘッドアンプなどのように、きわめて優れた製品だと思うのだが、同社のC280プリアンプ内蔵のヘッドアンプのクォリティを考えると、独立した製品の存在の必然性に、やや希薄なものを感じてしまうのである。ヘッドアンプとしては、マッキントッシュMCP1だけを上げたが、これは同社のプリアンプにはヘッドアンプが内蔵されていないため、あのまろやかなマッキントッシュ・サウンドを統一して獲得したい時にはぜひ一台欲しい製品だからであって、マッキントッシュ・ユーザー以外の人にとっては、やはり広くトランスを勧めたい気持ちが強い。
 10万円未満のオーディオテクニカAT700T、FRのXG7は、広く多くのMCカートリッジに適用性を認められる点で素晴らしいものだと思う。10万円以上ではデンオンAU1000も、ヴァーサタイルだが、オルトフォンT2000は、同社のカートリッジ、特にMC2000専用としての意味合いが強いように思う。それぞれのゾーンのベストワンは、以上のような意味合いで、いずれも万能型として優れているものとした。

トーンアームのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 トーンアーム単体を今から買うという人はよほど高度なマニアだろう。そして、アナログディスクのコレクションも豊かで、それを奏でる儀式を愛してやまない人たちのはずだ。そういう僕も、その一人なのだが、僕が今、買いたいと思っているトーンアームは一つだけ。SMEのシリーズVである。昨年のオーディオショーで発表されたが、未だに製品はイギリスから渡ってこない。輸入元ではこの年未には必ずといっているが果たしてどうだろう。僕は幸いこのトーンアームを使ったことがあるが、トーンアームの最高峰。まさに有終の美を飾るにふさわしい素晴らしいアームであった。純度の高いマグネシュウムを主材として作られる軽量、高剛性のシリーズVは、長年のアナログレコード再生の夢を叶えてくれるものであった。ユニバーサル型のアームを世界中の標準とした元祖SMEだが、これはヘッドシェルとアームが一体構造でカートリッジ交換はプラグイン式のようにはいかない。SME3010Rも推薦に値するアームだが、皮肉にもシリーズVは、あのSMEのスタンダードモデルの基本構造や材料の反省が生かされたものともいえるのだ。FR64fx、オーディオクラフトAC3300、デンオンDA1000も選んではみたが、シリーズVの前には影が薄いのである。

プレーヤーシステムのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 プレーヤーシステムは、フルオートは価格分類なしで、セミオートとマニュアルが10万円未満、10〜30万円、30万円以上の3ゾーンに、そして、アームレスが30万円未満30〜60万円、60万円以上の3ゾーンという、複雑な分類になっている。ADプレーヤーの現実からすればCDとのかね合いで考えなければならないかもしれない。つまり、CDの普及の中で、なお存在価値のあるものという見方がそれである。しかし、まだ時期尚早の感がなきにしもあらずで、10万円以下のプレーヤーがCDのクォリティに対抗することは難しいながら、一般にはまだ存在価値のあるものと考えることにする。
 フルオートではビクターのQL−Y44FとデンオンのDP47Fを選んだ。本山ヨはB&OのBeogram8002を選びたかったが、25万円という価格とCD混在の現状を照らし合わせて、いずれも6万円を切る普及価格のものにした。QL−Y44FもDP47Fも甲乙つけ難く、無理にベストワンを選ぶ意志はなかったが、サイコロを振って決めたようなものである。どちらも信頼性と中庸をいく音のバランスのまとまりをもった好製品だと思う。
 セミオート/マニュアルの10万円以下のベストワンはケンウッドのKP1100である。これは今年出たこの価格帯の唯一の新製品といってよく、この時期に新たに金型から起して開発した意欲と、その成果は称賛に催する。CPからみても、絶対性能価値からいっでも中堅の手堅い製品で、充実した再生音をもつ優れたものだ。同じケンウッドのKP880DIIは従来からのモデルだが、これも、安定した回転性能と精度の高いトーンアームで良質の再生音を約束してくれる好製品。ヤマハGT750、バイオエアPL5L、ビクターQL−A70はいずれも、アナログプレーヤーの技術の円熟を見せる優れたものだと思う。
 10〜30万円ではヤマハのGT2000Lを選ぶ。GT2000のヴァリエーションの中でミドルクラスのものだが、大型重量級のクォリティをもつ立派なもの。オーソドックスなプレーヤーで信頼性が高い。
 30万円以上ではエクスクルーシヴP3aとテクニクスSL1000Mk3。性格は違うが、どちらもプレーヤーの熟成した技術で磨かれた力作である。
 アームレスの30万円未満では、ARとトーレンスTD126BCIIIセンティニュアル、30〜60万円ではトーレンスTD226BC、60万円以上ではトーレンスのプレスティージとマイクロSX8000IIシステムを選んだ。AR、トーレンスとも、振動系としてQのコントロールを積極的に追求したフローティングタイプ。結局これがアナログプレーヤーの必須条件で、重量と剛性のみの追求ではバランスのとれた音の質感の再生には不可能に近いことを、マイクロも8000IIになりインシュレーターをシステム化したことが証明しているようである。

パワーアンプのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 パワーアンプも四つの価格帯に分類されている。
 40万円未満のゾーンでのベストワンとしてテクニクスのSE−A100を選んだが、このアンプのもつ新しい回路が可能にしたと思われるエネルギッシュで豊かな質感と精緻な細部の再現力はひときわ光る存在だと思ったからである。テクニクスのアンプとしては飛躍的な音質の変化だと思うし、その努力の熱意を高く評価したい意図もあった。つまり、他のアンプも、これに負けず劣らず素晴らしいものだからである。アキュフェーズP300L、デンオンPOA3000Z、ヤマハB2xは、それぞれに第一級のパワーアンプである。ただ、三者三様の質感の違いが面白い。P300Lは艶っぽく豊潤、B2xは豊かだが筋肉質といったように、肌合いのちがいを聴かせる。
 40〜60万円のゾーンではアキュフェーズP500をベストワンとした。どちらかというとやや甘美な艶があり過ぎたり、ハイパワ一にあっては時に小骨っぽい意外性のある音を聴かせてきたアキュフェーズのパワーアンプ群の中で、このP500は完成度の高いバランスを獲得した製品だと思う。MOS−FETアンプらしい暖色の音が、明確な音像エッジを伴って、充実した密度の高い音の感触を聴かせてくれる。サンスイのB2301Lは豊潤で重厚な前作B2301のリファインモデルらしく、透明な抜けのよさが加わり、自然な音となった。マランツSm11は、輝かしい豪華な音を聴かせるが、決して品位は下らない。明るく、屈託のない熱っぽい音が僕の趣味に合う。マイケルソン&オースチンのTVA1は管球式のアンプだが、これでなければ! という決め手の音をもっている。特に基本的に古いタイプの設計に属するスピーカーには是非欲しいアンプなのだ。
 60〜120万円では、ベストワンとして、マッキントッシュMC2255を薦める。ただし、近々、このモデルは、MC7270という新しいモデルに引き継がれる。幸い、この新製品を試聴することが出来たが、2255のレベルを決して下回ることはないし、大きく異なるものではない。中音域の充実した最新のマッキントッシュのアンプは、音楽の情感に最も鋭く、豊かなレスポンスをもつ。オンキョーM510、アキュフェーズP500、マランツSm700、それぞれ立派なアンプだ。
 120万円以上ではなんといっても現在最大のパワーを公称以上のレベルで獲得し、かつローレベルでの音色も優れたマッキントッシュMC2500をベストワンとする。カウンターポイントSA4、クレルKMA100MK2は、それぞれ、独特な質感の魅力で、趣味性の高い音の香りを持つものとして推薦する。

コントロールアンプのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 プリアンプの価格帯は四つのゾーンに分かれていて、30方円未満から100万円以上にわたっている。
 30万円未満でのベストワンとしては、デンオンPRA2000Zを選んだが、このアンプのもつ、美しい仕上げに見合った精密感のある音の魅力が印象的である。組み合わせるパワーアンプやスピーカーによっては、やや肉付きが薄くなるかもしれないが、逆に豊かな量感のスピーカーに対してややパワーアンプをきりっと引き締めて毅然とした音にする効果も捨て難い。ヤマハC2xは、ごくオーソドックスな質感をもち、特に個性的ではないが、質の高い信頼感がある。メリディアンMLPは、フォノやCDそしてチューナーなどのライン入力アンプを、それぞれモジュールとして組み合わせられる自由度をもった独特なコンセプトによるもので、同じモジュールパワーアンプも用意されているから、本当はプリメインアンプとして扱うべき製品だと僕は思う。しかし、そのブリ部分だけを独立させて、他のパワーアンプを鳴らすことも可能なので、このジャンルの扱いになったと思われる。きわめてよくコントロールされた音で、質感には独確で魅力的な粒立ちがある。作者の感性のふるいを通した音だ。QUAD44は、いかにもQUADらしいコンセプトでまとめられ、これも個性が強い。
 30〜50万円の価格帯ではアキュフェーズのC200LとカウンターポイントSA3を選んだ。この2機種、単刀直入にいえば信頼性ではC200L、魅力ではSA3である。C200Lはアキュフェーズが創業時に発表したC200のロングランだが、中身は常に、その時点でのテクノロジーでリファインされ続け、現代の200Lは、最新プリアンプとして優れた特性に裏付けられ、かつ、よくコントロールされたバランスのよい音のアンプだ。しかし、僕が同じ日本人で同質文化への新鮮さが希薄なためか、音への新鮮で強烈な魅力という点で、カウンターポイントSA3をベストワンとしたのである。ソリッドステート電源をもつ管球式のプリアンプで、その柔軟にしてしなやかな強靭さをもった音の魅力は格別である。ただ、作りの点、信頼性の点では垂島最高点はつけ難い。ラックスマンのCL360は発売が来年に延びたのであげなかった。
 50〜100万円では、さすがに全て第一級の甲乙つけ難い製品が並んでいる。強いてベストワンとなれば僕は、その完成度の点でマッキントッシュにならざるを得ない。C33、C30の両者は価格差を考えると甲乙つけ難いが、C33の中域の魅力をとってこれを推す。アキュフェーズC280、サンスイC2301、それぞれ魅力的で、信頼性の高い上質のプリアンプである。

プリメインアンプのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 ブリメインアンプの価格帯は3ランクで、10万円未満、10〜20万円、20万円以上と分類されている。そして、プリメインアンプという性格からすると、10万円未満というゾーンが主力であり、10〜20万円は高級機、20万円以上は特殊な超高級機として、その上のセパレートアンプと重複するゾーンであると考えてよいのではなかろうか。人によっては、10〜20万円を主力と考えるかもしれないが、最近のプリメインアンプのCPからすれば、僕は前述のような認識をもっている。特に、79800円という価格のブリメインアンプの質的充実は目覚ましく、単にCPの優れた製品として以上の内容の優れた製品が多いのである。さすがに、これを下廻る価格のものには、本格的なコンポーネントとしては少々不満の残るものが多く、10万円未満とはいっても、現実は79800円に集中したゾーンということになるようだ。
 この10万円未満のゾーンでベストワンとしてオンキョーのA817RXIIを選んだが、このアンプのもつ、高いスピーカードライブ能力と、余裕のある豊かなサウンドクォリティは、かなりの高級級スピーカーを接続しても一応不満の少ない品位をもっているし、極端に能率の低いスピーカーでなければ、広くブックシェルフタイプのシステムを鳴らすのに全く不満のないものだ。他にハーマンカードンのPM655を選んだが、この製品のもつ音の情感は注目に催する。価格はやや割高で、パワー表示からだけ見ると、特にその感が強いが、その音質と、パワー以上のドライブ能力からして、優れたブリメインアンプだと思う。もう一機種、ビクターのAX−S900を選んだが、この滑らかで艶のあるエネルギッシュな音は立派だ。しかし、選に入れなかった中には、これらと全く同列と思えるケンウッドKA990Vなどもあり、何故、これが入っていないのか? と問われると、答えは全く用意出来ない。強いて答えろといわれれば、KA990Vは他の機会に大いに評価して紹介しているので、ここでは他の製品にチャンスを与えたということになるのである。
 10〜20万円のベストワンはヤマハのA2000aである。A2000のリファインモデルだが、音は一長一短。A2000のひよわさはなくなったけれど、その分、情趣はやや希薄になった。美しく、所有する魅力のある高級ブリメインアンプだ。そしてケンウッドKA1100SD、サンスイAU−D907XDなど、いずれも充実した堂々たる製品である。
 20万円以上はマランツPM94をベストとしたが、これとは対照的なラックスマンL560とは比較すら困難だ。L560はクラスAでパワーは小さいが、風格と情緒性では表現しがたい魅力をもつ。PM94のほうがより一般的に強力なアンプではある。

CDプレーヤーのベストバイ

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・
「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 CDプレーヤーは三つの価格帯に分けられている。進歩のプロセスにあるCDプレーヤーだけに、そのベストバイとしての価値判断は、やや特殊である。CDプレーヤーの価格差の意味が難しいからだ。今後、まだ大きな可能性のある分野であるだけに、高級機種について断定的な評価を下し難い気がする。かといって、低価格機とは歴然とした音の品位の差が存在するのも事実だから、今、どのクラスを買ったらいいかという判断が困難なのである。数年、あるいは、それ以下で、次の進歩が見られるなら、低価格機にしておこうという見方もあるだろう。僕としては、たとえ数年でも、よりよい音がするものを取りたい気持ちが強い。
 10万円未満のベストワンはマランツCD34である。これはCPからして抜群だ。戦略価格だからである。ユーザーは漁夫の利を得られる。本来なら10〜20万円のランクで通用する音だ。ソニーD50II+AC−D50はポータブル機器として、多機能発展型となり、この価格帯の代表機種である。テクニクスのSL−XP7+SH−CDA1も同じコンセプトながら、立派な音を聴かせる。デンオンDCD1100はよく練られた音で音楽的に自然で楽しめる音だ。この価格としては最も広く薦められる機種だと思う。この他、選外のほとんどの機種が、きわめて高いCPをもったもので、どれを買っても損はない……というのが、現在のCDプレーヤーの低価格帯の状況だと思う。
 10〜20万円となると、さすがに音質に魅力的なものが出てくる。オンキョーC700をベストワンとしたのは、その技術的興味で他を引き離している点からだ。光ファイバーによるデジタル信号の伝送を、このレベルで実現したのは立派だと思う。そのよさが音にも出ているが、中、低音の立体感にもう一歩の欲が残る。ケンウッドDP2000は確実な技術の積み重ねで音を練り上げた好製品。パイオニアのPD9010Xはメカニズムや音質の追求に細かい配慮をした結果が成果を上げ、豊かで澄んだ音が美しい。ローディDAD003は、セパレートタイプの普及モデルとして魅力的だ。ヤマハのCD2000は、明るく透明な響きが暖かい感触を失わず、快い響きをもったものだ。この他ソニーのCDP553ESDのきわめて透徹で精緻な音が魅力だ。
 20万円以上ではソニーのCDP553ESD+DAS703ESのセパレート型が前作を確実にリファインして現在のCDプレーヤーの高水準を示して立派。フィリップスLH2000はプロ機でアマチュア用としては無駄が多いが、CDの音のリファレンスが聴ける。ローディDAD001はベストワン。音の厚み、しなやかさは抜群だ。マッキントッシュとB&Oは、国産と一線を画す音とデザインで秀逸だ。

スピーカーシステムのベストバイ(1985年)

菅野沖彦

ステレオサウンド 77号(1985年12月発行)
特集・
「ジャンル別価格別ベストバイ・362選コンポーネント」より

 いつものことながら〝ベストバィ〟の選出の基準について書くのに苦労する。ベストバイ……つまり、お買徳、最高の買物……などといった意味は、実に複雑な多面性をもっているからだ。それぞれのジャンルについて選出の基準を述べよという編集部の注文は、それでも毎年同じように続いているのである。それぞれのジャンルという言葉を使いながら、価格帯の分類まではいっている。価格帯によっては、選出の基準がちがってもいいということなのか? 僕自身にもよく解からないのである。
 スピーカーのジャンルでは、20万円未満から160万円の価格帯に分類されているが、選出の基準は、この事実からだけでも大きく制約を受ける。安くてよいものという基準はまず成り立たない。最高品位のものというのもおなじく成り立たたない。
 価格帯別に基準はふらつくわけで、ジャンルでくくって、確固たる基準を述べることは不可能である。いわば無理難題であるわけで、この種の企画に共通の矛盾を含んでいることをまず申し上げておきたい。結論を言えば、率直にいって基準などという厳格なものは僕の場合にはない。述べれば述べるほど矛盾を生むことになって、やり切れない。観点とか基準とかいう言葉は曖昧であったり矛盾と流動性を含んでいてはナンセンスである。近頃、あまりに安易にこうした言葉が使われ過ぎる。もっともらしくて恰好いいのだろうが、本当は恰好悪いのである。
 僕の場合どう考えても、よくいえば柔軟性をもって総合的に価値を見当して、〝よいもの〟を選んだということになるが、悪くいえば、どうもまんべんなく選んだようにも思え、改めて、後味の悪い思いをしながら反省しているところである。数の制限もあってのことだから、こうなるのもやむを得なかったのだが、いずれにしても選出というのは骨の折れることである。
 スピーカーの低価格帯域のベストとして選んだのはB&OのCX100である。小型で使用条件の限定を受けるが、何より、その音とつくりのセンスの高さが抜群だ。小型ながら、その高貴さ故にベストワンとした。他に外国製ではスウェーデンのラウナの〝ティール〟、セレッションのSL6など素晴らしいものがたくさんあるが、能力としてはこのランクでは国産のほうが高い。特にケンウッドLS990AD、オンキョーD77、ヤマハNS500Maなどのように選にはいったものはもちろん、選外にも優れた特性と能力をもったものが多数ある。しかし、音の品位、表現の説得力となると今一歩のものが多いのである。
 20〜40万円のベストワンはボストンアコースティックA400であるが、このスピーカーの素直でありながら、豊かな情感を伝える能力、価格も含めた製品としてのバランスのよさは高く評価したい。国産ではダイヤトーンのDS2000、コーラルDX−ELEVENが充実している。CP的には外国製品を大きく上廻ることはいうまでもない。ユニットの作り、エンクロージュアの密度の高さなど、同じ価格で比較すると、国産品の充実は外国製を圧倒している。しかし、ハーベスやスペンドールの、あるいは、タンノイの音の味わいや魅力には欠けるのだ。
 40〜80万円では異例といってもよい国産のベストワンをあえて選出した。ダイヤトーンDS10000である。この音の美しさは、遂に世界的なレベルに達したように感じられる。それも、日本的な緻密で繊細さを極めた音であって、海外スピーカーのもつ味わいに追従すするものではない。技術のオリジナリティも他に類例のないアイデンティティをもっているものだし、作り手の情熱の感じられる作品としての表現力が力強い。他はすべて、このランクになると海外製品になった。JBLの新製品4425は、いかにもJBLらしい鮮鋭さと精度の高い音像再現性をもった素晴らしいもので、その発音の基本的性格が他の製品に聴けない独自の明るさとエネルギーに満ち溢れているスピーカーシステムだ。タンノイのエジンバラの重厚な風格、B&O/MS150−2のモダニズムの精密さ、ボーズ901SSのオリジナリティと長年にわたるリファインの成果は、いずれも明確なアイデンティティと魅力を持っている。
 80〜160万円ではJBLの4344が、圧倒的に安定したリファレンス的サウンドで好ましい。頼りになるシステムだ。
 160万円以上では、ユニークな技術的特色と、熟成した音の魅力で独自の世界を創ったマッキントッシュのXRT20の姉妹機XRT18を選んだ。重厚にして柔軟だ。

ウエスギ U·BROS-1

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 きわめてニュートラルな音で、ソースの性格を素直に聴かせてくれる。いかにも端正な、中庸をいく音である。質感は、ふっくらとまろやかで自然なものだ。強烈な個性の主張はないが、暖かく滑らかなバランスのよい音は、多種多様な音のプリアンプ群の中では、これ自体が、一つの個性としても、主張としても目立つものだ。荒々しさとか、鮮烈さといった趣きとは対照的な音だから、使うほどに、飽きのこないアンプだろう。
[AD試聴]弦のアンサンブルはふっくらとしたしなやかな質感で、細部のディテールもよく描き出す。やや淡彩なマーラーだが、緻密で端正なオーケストラの響きと透明なライブネスの再現が快い。このプリアンプは存在感を主張しないから、効果的とか魅力的とかいう言葉は使いにくい。「蝙蝠」のステージの自然なリアリティは素晴らしく、人の声の〝らしさ〟は抜群であった。この点、ジャズのガッツやスイング感の強烈な毒性が少々おとなしいが、当然だ。
[CD試聴]CDに対する音の鮮度はきわめて高く、細かい音がよく出る。ショルティのワグナーにおける弦の質感や音の鮮度は第一級。トゥッティの迫力、安定度も素晴らしく、空間もよくぬけて気持ちがよい。このディスクの音としては、もう一つ情熱的で脂の乗った響きだと一層効果的なのだが、ここでも、このアンプの中庸性を知らされる。ベイシーのピアノの開始では、アクションの動きが、他のアンプでは聴けない実感で、この点はSA3と共通した印象。

H&S EXACT + EXCELLENT

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 たしかに素晴らしい鮮度の音である。あまりにも超高価格なので、かなり差し引きして聴くことになるのだが、音は確かによい。曖昧さ、鈍さなどは一切拒絶した明晰な音だが、それでいてちゃんと、ソースの柔軟でしなやかな特徴は再現する。つまり、この締まりのあるたくましい音は、決して次元の低い音色ではなく、高度な品位に裏付けられたフィデリティのなせる業らしい。完成度の点で未消化な部分もあるが、水準を超えていることは確かである。
[AD試聴]楽器の頭のアタックが印象的である。立上りの呼吸、気迫のようなものが伝わってくる。しっかりとたくましい質感のオーケストラは、輝かしいブラスの音が豪放に響き、弦の厚味が充実していて深い響きとなる。めりはりの利いた、腰の坐った安定感のある音は得がたいものだ。人の声も生き生きとしてリアルだ。ロージーの声は艶麗で輝かしい。もう少しハスキーでなよなよしたニュアンスが本当だと思うが……。ベースは重めだがよく弾む。
[CD試聴]エクザクトはフォノイクオライザーだから、これをとばして、エクセレントのCD入力でCDを聴く。ややぷっきら棒で、男性的なたくましさを感じる堂々とした音はエクザクトを通したADと共通している。エクザクトはエクセレントを併用しないと生きないだろう。CDの音に関しては、物理的特性的に最高で、どのソースにも違和感がない。相当、鮮度が高いラインアンプだし、アッテネーターなどのパーツの品位も高いことに納得させられる音だ。

マークレビンソン ML-7L

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 このプリアンプの音の品位はきわめて高い。品位が高いというのは、物理特性によるところが大きい。パーツやコンストラクションを含めて、音の実体に則した特性の洗練が生んだ結果だろう。測定データ上の物理特性の次元では、今や、品位が高いという表現が使える音になるとは限らない。この透明度の高い空間再現性、滑らかでソリッドな実在感豊かな音の多彩な再現能力は、現在の高級プリアンプの中でも傑出していると思う。
[AD試聴]マーラーの第6交響曲を聴いて、定位、奥行きの再現などが、ちょっと、他のアンプとちがうことを感じさせられた。個性としては、やや粘りっこい女性的な色合いと質感の中間ぐらいの感触が感じられて気になるが。JBLだと、より実在感が高く、眼前に屹立するようで、いわゆるソリッドな音、マッシヴな音という表現をしたくなる。B&Wでも、このスピーカーのスケールが一廻り大きくなったような音像の立体感と実在感が聴ける。
[CD試聴]CDを聴いても、ADの項で述べたような、並のアンプとは一桁ちがう品位の高い音という印象は変らない。好き嫌いは別として脱帽せざるを得ないものだと思う。質感は表面は骨らかで、しなやかで、中味はかなりつまっている感じである。ショルティのワグナーの鮮かなオーケストラには圧倒される。ベイシーのピアノの輝かしい音色、ミュート・トランペットの複雑な音色の妙と冴え、リズムの抑揚が生き生きと弾んでスイングする。

クレル PAM-3

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 このアンプの音は、ややスタティックな雰囲気で、音楽の動的な表現力に乏しい。繊細柔軟な感じのする高音域の質感は、耳当りのよいものだが、解像度が甘く、緻密ではない。品のよい滑らかな音なのだがリアリティに不足するようにも思われる。他のアンプでは聴こえて、このアンプでは聴こえないように感じられる音があるのは不思議だ。聴こえないというのは印象の問題で、その音が全く出ていないというわけではない。出方の問題である。
[AD試聴]しっとりとして、滑らかな高弦が耳当りがよいので一聴したところ魅力的であった。しかし、どうも冷たく、さらさらと流れて、演奏に熱っぽさが感じられないのが気になり始めた。音色の変化にも、常に中間色的な色合いが支配的で、鋭敏とはいえない。いわゆる冴えがないのJBLでも同じような傾向で、ロージーの声も艶っぽさが不十分で、少々ドライに響く。ベースも抑揚がフラットだ。
[CD試聴]ショルティのワーグナーは開始から中低域がもっこりとした響きで冴えがない。空間のプレゼンスも透明度が劣り、細かい音場の中での奏者の動きなどが、不思議に静かになる。どっしりとした低音をベースにバランスは整っていて、B&Wではトゥッティの響きは分厚くたくましい。しかし、JBLだと様子が変り、低弦の力が不足する印象となる。ジャズは、ベイシーのピアノが、滑らか過ぎて、つるつるした質感になるのも不思議であった。

マッキントッシュ C30

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 中域から中低域、つまり音楽の最も重要な帯域が充実しているのが印象的である。オーディオは、ついハイエンド、ローエンドに気をとられ、レンジの広さを聴いてしまうのだが、同時に、そういう音のバランスの製品も多いようだ。このアンプの音は、無意識に聴いても中域が充実しているし、意識的に最高域、最低域に注意をすると、十分ワイドレンジであることがわかる。とろっとした特有の中域の魅力が、好みの分れるところでもあろう。
[AD試聴]マーラーの第6交響曲は豊かな低域と、このアンプ特有の中域の充実により、きわめてスケールの大きな、表現の豊かな再生で、いかにも〝壷にはまった〟という印象の音だった。音像のエッジがもう少しシャープだったら、全ての人を魅了するだろう。JBLで聴いたローズマリー・クルーニーの声は、今回の試聴中のベストで、ハスキーさと艶っぽさのバランスが見事であった。ベースも、捻り出すような弾み感がリアルで、よくスイングする。
[CD試聴]ショルティのワーグナーはきわめて重厚な再現で、開始は暗めのムードがよく出た。トゥッティへの盛り上り、力感も立派。アメリンクの声が、やや明るさを一点ばりのきらいなのが惜しいが、美しいことでは絶品といってよい。ベイシーの出だしのピアノのアクション感が明確に聴かれる数少ないアンプの一つである。ベースの量感は豊かだが、重く鈍くなることはない。弾みもよく、音色感の識別も明瞭である。スピーカーへの対応の変化もないようだ。

パイオニア Exclusive C5

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 端正なバランスと、木目の細かい質感の美しい音のプリアンプだが、意外に神経質な線の細さもあって戸惑わされる。これは、このアンプの繊細で、解像力のよい高域のせいだと思われる。中高域が線が細く聴こえるのだが、案外、中低の厚味不足のせいかもしれない。音は締まりすぎるほど締まっていて、ぜい肉や曖昧さがない。組み合わせるスピーカーやプレーヤーとのバランスが微妙に利いてくるアンプだろう。今回は、JBLのほうがよかった。
[AD試聴]繊細さ、鋭敏な華麗さなどの面が強調され、ふくよかさや熱っぽさが物足りない音楽的雰囲気になった。マーラーの第6交響曲も、シュトラウスの「蝙蝠」も同じような点が不満として残った。したがって、マーラーでは濃艶さが、シュトラウスではしなやかさが不十分に感じられた。しかし、緻密なディテールの再現は素晴らしく、声の濃やかな音色の変化などの響き分けなどは第一級……というより特級といってよいアンプ。ジャズでもよくスイングする。
[CD試聴]ADの線の細さは、CDではそれほど感じられない。決して豊かな肥満した音ではないが、ふくらみやボディの実感がCDのほうがよりよいようだ。ショルティのワーグナーでは、細部のディテールは当然ながら、トゥッティのマスとしての力感もよく、力強い再生音だった。これでもう少し、音に脂がのって艶っぽさが出ると最高だと思った。概して日本製のアンプにはこの傾向があり、楽器も演奏もどこか共通したところがあるのが面白い。

アキュフェーズ C-280

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 きりっと締まったテンションのある音が魅力的である。特に、その高域の彫琢の深い陰影に富んだ再現力は特筆に値する。楽器の質感が肌で直接触れるようなリアリティのある音であり、かつ、独特の効果的な色合いをもっている。リニアリティ、ダイナミックレンジなどの物理的な要素によると思われる。音の面からは完璧に近いといってよいだろう。残るは、この特有の艶っぼさと、ややウェットな雰囲気がリスナーの嗜好に合うか合わないかであろう。
〔AD試聴]オーケストラの細部のディテールは鮮明に再現され、弾力性のある、テンションのかかった緊張したサウンドが魅力的だ。マーラーの第6交響曲の色彩感は完璧にまで描かれる。ステレオフォニツクなフェイズ差による空間の再現も確かで、ステージの実感が豊かな「蝙蝠」は効果的であった。JBLでは、やや冷たい音色感となり、暖かさと丸みのある質感が不足したが、B&Wでの再生音は不満がない。ジャズは両スピーカー共、音色感が最高。
[CD試聴]優れた特性が余裕のある再生音となっていて、全ての試聴CDに対して満足のいく対応を示してくれた。ADの場合にもいえることなのだが、あまりにも明解であるため、ややもすると音楽の細部に気をとられ過ぎる傾向のある音ともいえる。JBLで聴いたカウント・ベイシーなど、やや重心が高いバランスのように感じたが、総じて、もっと図太さとか、渾然とした響きの一体感などという点の魅力が希薄なのかもしれない。

カウンターポイント SA-5

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 質感の上でも、バランスの上でも、非常に高品位なプリアンプだと思う。弦楽器の質感は特に素晴らしく、ヴァイオリン群のリアリティと滑らかな音の美しさは大変魅力的である。中低域も深々と鳴って、音の立体感が充実している。欲をいえば、もう少しエッジの鋭いシャープなダイナミズムの面への対応であろう。音の勢いといったエネルギッシュな面がやや物足りない。また細かいところの完成度にもやや不満が残る。
[AD試聴]マーラーの第6交響曲は、明晰な解像力で各楽器を克明に聴かせながら、かつ、ふっくらとした自然な質感が気持ちよく、豊かな雰囲気で全体が統一される。B&Wで聴く弦の音は美しく、ヴァイオリンのプルトがひとかたまりにならず、ちゃんと分かれ、しかも整って聴こえる。人声の質も自然で、ドライになることがないし、ステージのライヴネスも繊細な間接音の陰影までよく再現してくれた。ジャズにもう一つ、強さ、輝き、艶っぽさが欲しい気もした。
[CD試聴]CDでは、ADより強靭な音の質感があって、音の実在感がより生きてくる。それでいて、このアンプ特有のふくよかな雰囲気はなくならない。ADより一段とクォリティの高い音が楽しめるアンプである。ショルティのワーグナーが、力強さに豊かで柔らかい響きの感触が加わって、一段、品位が上がった印象であった。しかもJBLでもギスギスしないのである。音にコクがあるという感じの味わいが何とも魅力的であった。