エスプリ TA-N902

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 ナチュラルな帯域バランスと、柔らかい、フワッとしたおとなしい音を聴かせるアンプだ。音色は少し暗い面があり、ステレオフォニックなプレゼンスは、音場がスピーカーの奥に引っ込み気味で、パースペクティブなイメージとならず、音像も大きく、ふくらみ気味である。試聴時のアンプとしてのウォームアップ条件は必要にして十分の時間をかけてあるが、基本的にはウォームアップ不足の典型的な音で、聴感上でのSN比が悪く、反応が遅く、本来の音とは思われない状態である。

音質:8.0
価格を考慮した魅力度:8.8

ヤマハ B-2x

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 やや硬質ではあるが、透明感が高く、濁りのない品位の高い再生音である。バッハのカンタータにおける弦合奏は暖かさよりも、さわやかさが印象的で、チェンバロの高域のハーモニクスが大変美しい。ソプラノもバリトンも凛として(ややしすぎかもしれない)端正だった。大編成オーケストラの音色の綾の再現も鮮やかで、細かい音色を明瞭に聴かせる。トゥッティの響きはやや軽く、豊かさと重厚さに欠ける傾向ではあった。ジャズはピアノの音色感がありのまま美しく、弾みも上々。

音質:8.2
価格を考慮した魅力度:8.2

ヤマハ B-2x

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 音を整理して、整然とした音を聴かせる、いかにもヤマハらしい個性的なサウンドを聴かせるアンプだ。全体に輪郭をクッキリとつけ、やや硬質に表現するが、まとまりとしては、やや低域の安定感に欠け、スッキリとはするが、長時間聴くと疲れそうな傾向がある。この状態で欲しいのは、力感とか余裕度である。平均的には、パワーアンプをダイレクトに使ったキツさと受取れやすいが、一度スピーカーコードを変えて聴いてみたい。CDダイレクト入力だけに試聴条件の影響大だ。

音質:8.0
価格を考慮した魅力度:8.9

マランツ MA-6

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 分解能に優れ、細部の明快な再現力は抜群である。ただし、音をやや彫りおこし過ぎる嫌いがあったり、うるさくなったりする傾向ももつアンプだ。バッハのカンタータにおけるヴァイオリン群はやや刺があるし、ヴォーカルの質感も少々ざわついて、人の声特有のぬれた感じが不足する。「幻想」の四楽章冒頭の弱音ではオケのざわめきなどにリアリティがあって魅力的であったが、トゥッティの質感は全体としてやや艶が失われる。ジャズではやや硬質で細身になり、ヒューマニティ不足か。

音質:7.8
価格を考慮した魅力度:7.8

マランツ MA-6

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 適度な聴感上の帯域バランスをもち、安定感のある音を聴かせるのが大きなメリットだ。基本的には、アナログ的に音をまとめるタイプで、減点法的な聴き方をしても減点の対象となる点が少ない製品である。ステレオフォニックなプレゼンスも水準以上のものがあるが、遠近感とディフィニッションの面で、少し古さが感じられるようだ。プログラムソースとの対応は、素直で、それぞれのキャラクターを聴かせるが、サイド・バイ・サイドは雰囲気はあるが、立上がりが甘く、表面的だ。

音質:7.5
価格を考慮した魅力度:8.5

メリディアン MPA

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 第一印象として感じられるのは、質感の木目の細かさである。帯域が広くてもそれを感じさせないのか、逆に狭くても、ワイドレンジに感じさせるのか? つまり、人為的な物理特性を感じさせない自然な音をもったアンプだと思う。粒子の細かさは印象的だが、しかし、滑らかで粒子を感じさせないほどには細かくないとも言える。個性のある魅力的な音ということになるだろう。なにを聴いても、この質感で聴かせながら、嫌味として気にならないという個性派アンプといえるだろう。

音質:8.5
価格を考慮した魅力度:8.5

メリディアン MPA

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 個性的な音を特徴とするヨーロッパ系のアンプのなかでは、キャラクターが少なく、現代のオーディオシステムのなかでのアンプの占める位置付けを心得たような雰囲気のあるサウンドが、このアンプの進んでいる点である。ナチュラルな帯域バランスと中庸を心得た素直な音場感の再現性、音像定位感など、基本特性を押えたアンプらしい音を聴かせるあたりは、欧州系アンプのなかで、新鮮ささえ感じさせる魅力だ。音色に少し暗い面があり、低域が少しゴリッとするのは、試聴条件ゆえか。

音質:8.1
価格を考慮した魅力度:8.8

パイオニア M-90

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 新しい製品だけに、きわめてワイドなレンジ感と力強さを感じさせるアンプである。それでいて、弦の質感などは暖かくドライにならない。音の鮮度感も高く、透明な空間再現も立派であった。個人的な好みでは、もう少しふっくらとした丸みが欲しいが、クォリティの高い再生音だと思う。幻想のppの繊細感から、クレッシェンドしてのffはよく安定し、音の造形にくずれをみせない。輝かしく張りのある金管だが、やたらに派手にならない節度が好ましい。ジャズも満足感の大きなものだった。

音質:9.0
価格を考慮した魅力度:9.0

パイオニア M-90

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 音の粒子が細かく、滑らかに磨き込まれ、本当の見通しのよい音を聴かせるアンプだ。聴感上の帯域バランスは広帯域型で、やや中低域の質感が薄く、独特の中高域の潜在的なキャラキャラとするキャラクターがあるのは、今回の試聴での共通キャラクターであることから考えると、このアンプは、かなり素直で、基本特性が優れていることを示すようだ。プログラムソースの特徴は明確に引出し、とくにステレオフォニックな音場感の拡がりと、ナチュラルに立体感をもって立つ音像は見事だ。

音質:8.5
価格を考慮した魅力度:9.3

QUAD 405-2

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 一言でいえば、端正な音である。ぜい肉のないスリムな感じの締まった音で、それだけに、ソプラノなどはやや硬質に響く。フィッシャー=ディスカウのバリトンも、やせ気味な印象はある。しかし決して、フラットでウェットなだらしなさが聴かれないので、気品がある。幻想交響曲のオーケストラの質感も緻密で、明晰な分解能に支えられソリッドである。ブラスの切れ味も鋭い力感のあるものだ。ジャズはやや硬質でドライな印象だが、切れこみのよい力のある音が演奏の躍動感を伝える。

音質:8.0
価格を考慮した魅力度:8.0

QUAD 405-2

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 パワーアンプ単体で、CDをプログラムソースとして聴く、といういつもと違った条件で聴いても、QUADは、あくまでQUADという音を聴かせる点は、非常に個性派のアンプの実証である。聴感上の帯域バランスは、少しナローレンジ型で、やや硬質で、適度に音に輪郭を付けて聴かせるため、安定感はあるが、ステレオフォニックなプレゼンスは、音像ともどもアナログディスク的にまとまる。上手に使えば魅力の引出せそうな音だが、JBL4344との相性の悪い好例。

音質:8.3
価格を考慮した魅力度:8.9

リン LK2

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 こまやかな質感が魅力的で、はなやかな味わいのある音を聴かせてくれる。弦の音の質感もしっとりしていて、適度な鮮やかさを聴かせるし、ヴォーカルもうるささのない自然な感じで聴ける。チェロの響きが明るく、しなやかで、生気のある表現がよく生きていた。金管は華麗で効果的で緻密感のある快い音である。60Wのパワーとは思えないスピーカーのドライブ能力をもつているが、決してスケールの大きい音とはいえない。単体パワーアンプとして新しく異端児的な存在に注目。

音質:7.8
価格を考慮した魅力度:7.8

リン LK2

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 柔らかく細やかで、滑らかさのある音を聴かせるが、音の細部が聴きとりにくく、とくに低域の質感のあいまいさが安定度を欠き、いわばカセットデッキ的に聴きやすいが、プログラムソースの特徴が再生できず、音場感的な情報量の不足が気になる音だ。ここで筐体のアースを完全にとり、再び音を聴く。この変化は、当然のことながら、聴感上のSN比が改善され、一転して適度に硬質さのあるスッキリと見通しのよい音になる。力強さは望めぬが、ローレベルの音は一種の魅力だ。

音質:8.0
価格を考慮した魅力度:8.8

デンオン POA-1500

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 カーヴァーとは対照的な音で、レンジ感は広い。バッハのカンタータでの弦は少し刺激的になり、バリトンとソプラノもうるさくなる。もう少し落ち着いた、しっとりとした質感が欲しい。輝きや艶といった楽器の効果はよく出るのだが、それが、本来の楽音より強調されたキャラクターとして感じられる傾向で大オーケストラの真の質感、迫力につながらない弱さがある。「幻想」のクレッシェンドでこのことが強く感じられた。ジャズでは好ましい方向になり、弾みのあるソリッドな音。

音質:7.8
価格を考慮した魅力度:7.8

デンオン POA-1500

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 少し線が細いが、キメの細かい爽やかで、ワイドレンジで反応の速い音を聴かせるアンプで、カーヴァーM200tとの対比が非常におもしろい。聴感上の帯域バランスはワイドレンジ型の通例で、やや中域の密度に薄さがあり、プログラムソースにより少しキャラクターが変化をするようだ。農民カンタータは細身のスッキリ型で音を整理して聴かせるが、幻想は全体に線が太く中高域にクセがあり、少し逆相的なプレゼンスになり、音源が遠く、抜け悪し。スピーカーコードのクセか。

音質:8.2
価格を考慮した魅力度:8.2

カーヴァー M-200t

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 おだやかで、安定した聴きよい音のアンプである。どちらかというと中域に印象がいくナローレンジの感じで、ハイエンド、ローエンド共に物足りなさは残る。どことなく冴えた感覚が生まれない欲求不満気味の再生音ともいえる。それだけに破綻はなく、どんなプログラムソースにも妥当な再生を聴かせてくれる使いよさがある。これでレンジの広さと、音の鮮度が加われば、価格的にも安く、合理的で堅実な製品として魅力が出てくるのだが、このままでは音楽の美しさが不十分だ。

音質:6.8
価格を考慮した魅力度:6.5

カーヴァー M-200t

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 細部にこだわらず、おおらかに音を聴かせるアンプだ。オーディオ的な意味では、ややナローレンジ型の帯域バランスとソフトフォーカスの甘い音をもってはいるが、トータルバランスは優れ、マクロ的に聴かせる音は独特の雰囲気があって楽しい。プログラムソースとの対応は、穏やかで、平均して自分の音として聴かせるタイプだ。
 ステレオのプレゼンスは、フワッと拡がるタイプで、音像は大きい。音の細部を積上げてまとめる国産アンプと対照的な性質は得がたい特徴。

音質:8.0
価格を考慮した魅力度:8.5

テスト後記

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

●JBL4344での試聴について
 パワーアンプの試聴は特殊な聴き方を必要とする。本誌の試聴室におけるJBL4344の音にはわれわれは慣れている。とはいうものの、その体験はプレーヤー、コントロールアンプ、そしてパワーアンプがそろったトータルの音としてであり、普段は、そこからパワーアンプの音だけを意識して聴く機会は少ない。したがって、この4344がよく鳴るかどうかを単純に聴いたのでは、判断を誤る危険性があると思われる。プレーヤーやプリアンプが情緒性になんらかの形で関与しているわけで、それらを抜きにして聴くパワーアンプの試聴というものには、自ら、こちら側の姿勢にちがいがなければならないだろう。ひらたくいえば、JBL4344で楽しめる音だけを要求して評価することが難しいということになる。無論、音楽表現のあり方が最重要課題ではあるが、それの一歩手前とでもいってよい。パワーアンプの能力を聴く心構えも必要なのである。今回の試聴が、CDプレーヤーをアッテネーターを通してダイレクトにパワーアンプに入れて聴くという形がとられたことも、その現れといえるだろう。
 試聴のポイントとして私が注意した点をあげてみると、スピーカーからの音の精気、高域の質感、低域の量感と質感、全帯域の聴感上のエネルギー感のバランス、個々の楽音の音色の鳴らし分けなどである。スピーカーからの音の精気というのは私流の判断基準であるが、言いかえれば、スピーカーのドライブ能力といえるだろう。ドライブ能力の豊かなパワーアンプは、最大出力に関係なく音が生き生きしていて精気がある。逆に能力的に問題があるものは、かりに最大出力が大きくても、音に精気がなく無理に大出力を引っ張り出すといった一種のストレス感がつきまとつたり、あるいは、鈍重になる。高域の質感はヴァイオリン群によるのが私の方法である。ファンダメンタルとハーモニックスのバランスがとれていれば、弦合奏は滑らかで、しなやかで、しかもリアリティのある芯のしっかりした音になる。逆の場合は、やたらに弦がシルキーになったり、硬質に輝き過ぎたり、ひどいものはぎらついたりする。低域の量感と質感は、グラン・カサやコントラバスを注意する。よく弾み、ひきずらないで、豊かな量を感じさせながら、引き締まって抜けのよいことが大切だ。量が豊かでも鈍かったり、重過ぎるものは好ましくない。特にコントラバスは、アルコ奏法とピチカートではアンプの対応が異なる場合があることにも注意すべきだと思う(ピチカートでよく弾み、切れのよい締まった低音を聴かせても、アルコで柔らかく豊かな響きののらないものは問題である)。全帯域のエネルギー感のバランスはオーケストラのトゥッティでの正三角形的なイメージ・バランスを基準にして聴くようにしている。鋭角的になるのも鈍角的になるのも好ましくない。そして個々の楽音の音色感の鳴らし分けは、それらの要素を満たすこととは別のファクターがあるようだ。声、木管のフルート、クラリネット、オーボエなどの音色の識別、それらと金管との識別、弦合奏ではヴィオラの印象に注意する。
 これらの要素を時として同時に、あるいは個別に聴きとりながら、トータルの音楽表現としての情緒性も加味することを数分の中でおこなう。そのためには都合のよいソースを幾種類か聴くという方法が、私流のやりかたである。
     *
 個々の製品の特選、推選は編集部からの無理強いであり、私の基本的な考え方は、あるレベル以上のパワーアンプならば、使い方……コントロールアンプとの組合せ、スピーカーとのマッチングで決まり、一概に断定するのは危険だと思っている。世の中に、単独で悪い色は存在しないと私は考えている。いかに組み合わされるか、どこにどう使われるかが色を生かしも殺しもするのではないだろうか。きれいな原色ばかりがよい色であるはずがないし、混合色ばかりがよい色ともいえまい。汚れも美しい場合がある。あまり単純に理解されてほしくない。強いていえば今回の試聴条件の中で、私が気に入った順に、特選を2〜3機種、推選を5〜6機種、価格帯の中から選んで印をつけたまでのことである。その数も編集部からの注文である。
     *
 こんなわけで、JBL4344は本誌の試聴室のリファレンスとして決まっているし、私も馴染みがあるので、これをつかって試聴したが、CDダイレクトで最高の音が聴けたとは思っていない。物理的にはともかく、情緒的には楽しい音はほとんどなかった。機械丸だしの音(日本のオーディオファイルが好きなようだが……)が多かった。しかし、試聴の方法にしては適していたといえるだろう。一部のオーディオファイルは、オーディオ試聴を趣味としているようで、音楽の楽しみには至っていないように思うのだ。何故、わざわざこんな苦言を呈するかと言えば、この記事によってまたまたCDダイレクトがベストの聴き万として単純に信じ込まれては困るからである。物理的忠実度の進歩と情緒性のバランスこそがオーディオの核心であって、片よって然るべきはずがないと心得るからである。
●スピーカーとの相性テストについて
 試聴スピーカー以外のスピーカーをあとで用意したのは、その辺りの事情をふまえてのことである。
 マッキントッシュXRT18、タンノイGRFメモリー、オンキョーGS1、ダイヤトーンDS10000というそれぞれに全くちがう技術コンセプトと、音の情緒性をもった四組のスピーカーを選んだのも、それらによって、パワーアンプがどう変化するかという意味も含め、ノーマルな鳴らし方をして御参考に供したかったからだ。詳しくは個々のスピーカーの項を読んでいただければ御理解いただけると思うが、いずれの場合も、4344による試聴の時より、はるかに音楽の聴ける鳴り方であったことは明記しておきたい。特に、ジャディスJA80、テクニクスSE−A100、マッキントッシュMC2500などのアンプは、試聴時とは別物といってよい魅力があって、にやりとさせられた。パワーアンプ単体で判断することは難しいし、危険である。しかし、カタログやスペックだけからは全く判断が出来ないので、こうした試聴の意味もある。この辺り、賢明なる読者の総合的判断を期待するものである。
     *
 試聴を終えて、現在のパワーアンプを俯瞰すると、それぞれが高いレベルのアンプでありながら、依然として個々の音にちがいが大きく、スピーカーほどではないにしても、オーディオコンポーネントとして個性の豊かなものであることを感じさせられた。特にスピーカーとのマッチングの点では、パワーアンプの選択はきわめて重要な意味をもつ。今回の試聴機種の中では、広い価格帯、異なる設計のコンセプトなどの混在が原因で、それを一つの土俵の上で
比較する弊害が現れたものもあると思う。現代パワーアンプを一つの共通項でくくることは難しい。ソリッドステートの大パワーアンプ、真空管式の小さめなパワーのアンプ、あるいは、トータルシステムのコンセプトが異なるところから誕生したパワーアンプなど、いろとりどりのアンプがあった。出来るだけ、それぞれのアンプの生い立ちを理解して試聴し、判断するように努めたつもりだが、公正な結果という自信はない。ある種のスピーカーには、もっともっと魅力を発揮するアンプもあるだろうし、レコード音楽の聴き方のちがいによって、異なる尺度で認識するべきアンプもあるだろう。

テスト後記

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)
特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 試聴用にプログラムソースが、アナログディスクのときには、一般的に、音の姿、形にポイントをおき、主に、バランスを重視した評価基準をベースとする聴き方がお
こなわれてきたようだが、プログラムソースが圧倒的に情報量が多く、ワウ・フラッターやクロストークなどの音場感情報を損なう要素がなくなるCDになると、アナログ的な聴き方では通用しなくなるのは当然のことであろう。
 CDが実用化された当初は、デジタル信号を再生するCDプレーヤーは、各機器間に音質や音色の差は生じないといわれたこともあって、2チャンネルステレオの基本であるステレオフォニックな音場感情報を注意した試聴リポートが増加してきた様子である。
 音の婆、形を重視する、音質や音色の変化を聴く試聴方法は、古くは、SPレコードの時代から継承されてきたもので、ステレオLPになってからも、基本的に表現が変わらなかったことが、むしろ、不自然といえる。CDの圧倒的な情報量をもつ音になって、ようやく、ステレオ本来のベーシックな部分に注意されるようになったのは、むしろ皮肉ともいうべき事実である。
●JBL4344での試聴について
 今回のパワーアンプ単体の試聴での採点基準、あるいは試聴ポイントを書けとの編集部の要求であるが、とくにCDをプログラムソースとしたために、試聴のポイントが変わるはずはない。基本は、かつてのテープサウンドで基準としたように、2チャンネルステレオとしての音場感に音像定位をベースとして帯域バランス、音色、表現力、聴感上でのノイズの質と量などをポイントとして、今回もチェックをしている。
 もともと筆者は、音の姿や形を偏重した試聴はあまり行わないが、この最大の原因として、いわゆる、使いこなしの僅かなテクニックやノウハウで、サウンドバランスや音色などは、かなり自由にコントロールできるからである。かつては、スピーカーシステムは使い方が難しいといわれ、セッティング上での変化に注意が払われるのが当然であったが、残念ながら最近では、あまり問題にされていないようである。
 最近のように、プログラムソース側もCDに代表されるように、かつてのアナログ時代のマスターレコーダーに勝る基本特性の高さを持ち、情報量が増加してくると、僅かの使い方の違いでアンプやCDプレーヤーの音質や音色が変化し、場合によれば、この差が試聴機器以上にもなり、誤認の要因にもなりかねず注意が必要だ。
 今回の試聴でも、聴感条件を明確にして特定の要素が混入することを回避してはいるが、試聴室の環境的変化を含め、ある程度の特定のキャラクターが加わらざるを得ないのは、仕方がないことである。
 試聴アンプは、数時間以上、電源スイッチを入れた状態としておき、それにCDプレーヤーからの信号を入れ、負荷抵抗を各アンプに接統してのエージングを一定時間行い、試聴時にはスピーカーから不等間隔の位置に置いたウッドブロック上に置き、独立したACコンセントから電源を取る方法を採用して、条件を等しくしている。
 しかし、信号ケーブル系には当然のこと固有のキャラクターが存在しており、とくにスピーカーケーブルはパワーを伝送するだけに、問題を生じやすい部分だ。今回使ったスピーカーケーブルは、つねにリファレンス的に使っているケーブルではなく、モンスターケーブルが使われたが、JBL4344とのマッチングでは、ちょっと聴きには、中域が柔らかくなり、刺激的になりやすい中高域から高域にかけてスムーズで、しなやかな音になる傾向をもつが、中高域に潜在的に独特のツヤめいたものがあり、バランス的に低域の質感が軟調になり気味で、高域でのディフィニッションも少し損なわれる印象である。キャラクター的にみれば、4343あたりで効果的なイメージで、4344には軟調傾向で、音色が暗く、活気のない音になりやすいタイプである。
     *
 これ以外に重視したのは、試聴用に使ったCDプレーヤーの入出力での位相問題と、CDディスクそのものの同じく位相関係である。ここでの位相というのは、左右チャンネル間の位相ではなく、アナログディスクでいえば、MCカートリッジで左右チャンネルの±を反対に接続したときや、スピーカーでは同様に、左右チャンネルともに、アンプの+をスピーカー-に、アンプの-をスピーカーの+に接続することに対応すべきもので、音場感情報に直接関係をする部分だ。ちなみに、カートリッジではEMT、シュアー、デッカが反転型(逆位相)であり、スピーカーでは数少なく、JBLがその特異な例といえよう。
 この点では、最新技術の成果であるはずのCDプレーヤーでも、カートリッジと同様に、正相型と反転型が混在し、ディスク側も両者があるため、ともに、+と-があり、結果として両者の組合せで、++、+-、-+、--が考えられ、トータルでは+と-ができるということになる。
 その例として、今回の試聴に使ったソニーCDP553ESD単体と、これにD/AコンバーターDAS703ESを加えると、位相が反転する。ディスクの例では、オーディオ協会のテスト用のCDの第一作が逆相、第二回のものが、正相という不思議なことが、現実として存在するようだ。
 試聴用CDの選択にはこのあたりも含み、事前に試聴をして選択している。
     *
 次に、パワーアンプ単体試聴と従来のコントロールアンプと組み合わせた試聴との違いについてであるが、原則として、コントロールアンプのキャラクターによるカラーレーションがないため、コントロールアンプとのペアを重視したアンプでは、場合によっては特定のキャラクターが出ることが予想されるが、他機種間、他社モデルとの組合せも当然考えられるセパレート型アンプでは、単体使用と自社コントロールアンプとの組合せ使用で大きな差が出ること自体が問題である。
 パワーアンプ単体使用では、いわゆるバッファーアンプ的に効くコントロールアンプがないために、キャラクターがあればよりダイレクトに音になり、いわゆる音づくりを施したアンプは少しキツイ条件になると思われる。
 コントロールアンプを使わずに試聴となると、何らかの音量調整が必要になる。数種の外付けタイプのフェーダーとD/Aコンバーターの可変出力ボリュウム使用時との比較試聴をして、今回はカウンターポイントSA121stを選んだが、ボリュウムの位置により高域のディフィニッションが変化し、音場感を少しスピーカーの奥に移動させ、低域から中域の質感が軟調になるが、現状では不可避なことである。少なくともベストではないにせよ、試聴室にあるフェーダーの中ではこれしかないといったところである。
 試聴アンプは価格帯により4ブロックに分類してあるが、基本的には価格が安いブロックでは当然パワーも少なく、試聴条件の影響を少し受けたようで、このあたりをクリアーして個々のアンプからいい音が出だしたのは、第2ブロックの終わりあたりからと考えていただきたい。よく、オーディオ質は量に優先しがちと考えられやすいが、現実は、量が優先し、量は質と考えたほうが、むしろ妥当であろう。
●スピーカーとの相性テストについて
 第2段試聴は、4機種のスピーカーを選択して、使いこなしをも含めたアンプの反応を試みようというものだ。スピーカーの選択は、最終的には別項通りの決定となったが、私の場合には、国内製品のブックシェルフ型からフロアー型までを使うことを原則としている。各スピーカー毎に、置き場所、スピーカーのスタンドの調整、スピーカーコードの選択を平均的なレベルでおこない、一般的な使われ方と同等程度にコントロールをしている。
 基本的には、音場感にポイントをおいた使いこなしで、いわゆるエッジの効いたメリハリ型の方向ではなく、SN比が高く、ディスクに録音してある暗騒音がナチュラルに聴こえるタイプのチューンである。
 単体のパワーアンプ試聴での印象は、とにかくバラエティ豊かな音が聴かれ、大変に楽しかったことだ。変化があればそれを選択する楽しさがあることになる。残念なことは、聴感上でのSN比が予想以上に改善されておらず、伸び伸びとした見通しのよいプレゼンスを聴かせる製品が少なかったことである。CDプレーヤー側での聴感上でのSN比の改善と高周波の不要輻射もいずれクリアーされるだろうから、パワーアンプのダイレクト使用は一段と条件がシビアになりそうである。

ぼくのCDプレーヤー選び顚末記

黒田恭一

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「ぼくのCDプレーヤー選び顚末記」より

 ことの顛末をわかっていただくためには、まず、ぼくにとりついている二匹の小悪魔のことについておはなしすることから始めないといけないようである。一方の小悪魔を仮にM1と名付けるとすれば、もう一方の小悪魔はM2である。M1は本誌の編集をしている黛さんである。このM1がなぜ小悪魔なのかは、後でゆっくり書く。M2は本誌で「音楽情報クローズアップ」を書いている諸石幸生さんである。諸石幸生さんは、これまた、ディスクの買いっぷりのよさでは尋常とはいいがたい。さる友人をして、諸石さんは、ぼくのディスク買いの師匠だ、といわせしめたほど、諸石さんは、非常によく(オーディオとビジュアルの両方のディスクを買う。買ってひとりで楽しんでいるだけならいいのであるが、彼はそれを自慢する。こんなディスクを「WAVE」でみつけてきましてね、っていったような調子で。
 そのような諸石さんであるから、「音楽情報クローズアップ」のような記事も書けるであろうし、NHK・FMの「素顔の音楽家たち」のような思いもかけない素材を有効に使ったユニークな番組もやっていられるのであろうが、傍迷惑なことに変わりはない。こんなディスクをみつけてきましてね、などといわれれば、やはり気になり、時間のやりくりをして、件のディスクを買い求めるべく、しかるべきレコード店を走りまわることになる。しかも、悔しいことに、そのようにして彼に教えてもらうディスクが、いつもきまって面白いから、始末が悪い。
 とはいっても、M2の諸石さんは、M1に較べれば、罪が軽い。M1は困る。できることなら、藁人形を太めに作って、夜毎、釘でも刺したい気分である。たとえそののかされたあげくに、多少の出費をしたとしても、M2の場合には、額もしれている。M1の場合には、そうはいかない。それで、できるだけM1には会わないようにしているのであるが、しばらく会わないでいると、なんのことはないこっちから声をかけたくなったりして、墓穴を掘ることになる。このことを認めるのはいかにも面妖ではあるが、もしかするとぼくは、この二匹の小悪魔を、自分でも無意識のうちに愛してしまっているのかもしれない。
 ともかく、今回のことは、こんな感じの、M1の電話での言葉から、始まった。どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といったようなことを誰かに相談されたりしません?
 その言葉をきいて、ぼくは、一瞬、ぎくりとした。さすがに小悪魔で、M1は、ぼくの私生活まですべてしっているのではないか、と思ったからである。「相談されたりしません?」どころのはなしではない。このところしばらく、誰かに会えば、ほとんどかならずといっていいほど、その質問をぶつけられている。そのような質問をする人の大半は、間違っても「ステレオサウンド」を読んでいるとは思えない。つまりオーディオの、よく使われる言葉でいえば、ホワイトゾーンの人たちで、なんらかの理由でぼくがオーディオの事情につうじていると買い被っての、その質問のようであった。
 自分でも考えあぐねていることについて適切なことがいえるはずもなく、言葉を濁したりすると、それを謙遜ゆえと誤解されて、収拾がつかなくなょたことも、再三ならずあった。コンパクトディスク・プレーヤーは、さしずめ発展途上機器であるから、育ちざかりの子供のように、すぐに去年の自分を追い越していく。したがって、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいのであろうかと考える気持は、たとえ高価な洋服を買ってやっても、来年にはもう身体に合わなくなって着られなくなるのかもしれないと心配しつつ、しかしせっかくの入学式であるから、よその子供にあまり見劣りしてもいかんしと、貯金通帳の残高を思い起こしながら迷う、どこかの善良な親父の気持に、どことなく似ている。
 M1の電話での件の言葉は、ぼくがこのところ、コンパクトディスク・プレーヤーの発展途上過程を把握していないことを読んでのものでもあった。したがって、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といったようなことを相談されたりしません? というM1の質問は、ひととおりのものをきいていれば、たとえ誰かに質問されたとしても、答えようがあるかもしれませんよと、言外にいっていた。さらに、その電話で、M1は、このようにもいった。たくさんだと、きき較べるのに時間もかかるから、いくつか、ぼくがこれはと思うものを選んでおきますから、都合のいいときに、きいてみませんか。
 なんのことはない、M1の電話は、誘い、誘惑、口説き、であった。悲しいかな、それほど刺激的な誘いをはねのけられるほど、ぼくの好奇心は衰えていなかった。手際のよさと迅速さは、小悪魔M1の美徳のひとつである。ふらっと揺らいだ間隙をつかれた。気がついたら、ある日、ぼくの部屋に、十機種あまりのコンパクトディスク・プレーヤーが運びこまれていた。目の前にあれば、きかずにいられない。さしせまっての仕事をそっちのけにして、嬉々としてきいた。楽しかった。コンパクトディスク・プレーヤー坊やの成長ぶりに、あらためて感動もした。なんとかファンドのコマーシャル・フィルムでの宣伝文句ではないけれど「一年もたつと、ずいぶん頼もしくなるのね!」といいたいところであった。
 一応、もし、誰かにどの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、といわれたとしても困らない程度の勉強もした。M1は、なんと親切な男なのであろう、とあやうく感謝しそうになってしまったりもした。
 しかし、M1は、そうは甘くはなかった。どうです、きいた感想を、二十枚程度で書いてもらえませんか? ときた。楽しませてもらっただけで、嫌といえるはずもない。それで、これを書く羽目に陥った。
 ただ、ここでは、特に気に入ったものを中心に書くにとどめ、今回きいた機種名のすべてを書きつらねることは、差し控える。理由は、ふたつある。ひとつは、きいた機種がM1の個人的な判断によって選ばれたものに限られているからである。M1の耳は一級のものである。だからこそ、M1は小悪魔なのである。そのようなM1によって選ばれた機種であるから、当然、それらが水準をこえたものであることには間違いないと、ぼくは確信している。しかし、それを一般化しては、誤解を招くであろう。誤解される危険のあることは、できるだけ避けるべきである。もうひとつの理由は、ここでの試聴が、ぼくの部屋で個人的におこなわれたということに関係している。
 したがって、ここでの感想記は、M1という小悪魔にそそのかされたあげく、頓馬な音楽好きが自分の部屋できいて書いた、あくまでもプライヴェイトなものと、ご理解いただきたい。しかも、ぼくは、自分の部屋で、アクースタットのモデル6と、スタックスのELS8Xという、エレクトロスタティック型の、かならずしも一般的とはいいがたいスピーカーを使っている。ぼくの試聴した結果の判断を、あくまでも個人的なところにとどめたいと考える理由のひとつに、そのこともある。
 さて、今、誰かが、どの程度のコンパクトディスク・プレーヤーを買ったらいいか、とぼくに個人的な見解を求めた、としよう。すると、ぼくは、そこで、おもむろに、彼の現在使用中の機器を、尋ねる。さらに、彼がどの程度熱心に音楽をきく人間かを、彼とのこれまでのつきあいから判断して、彼に答えることになる。
 低価格帯の機器でもよさそうであるなと思えば、そこで薦めるのは、やはりマランツCD34である。音に対してのことさらの難しい要求がなければ、おそらく彼はこれで満足するに違いないし、このマランツCD34のきかせる、危なげのない、背伸びしすぎることのない賢い鳴りっぷりは、安心して薦められる。きいてみて、あらためて、人気があるのも当然と、納得した。
 その上ということになると、彼の好み、あるいは音楽の好みを、もう少し詳しくきくことになる。その結果、答はふたつにわかれる。彼が輪郭のくっきりした響きを求めるのであれば、NECのCD705である。その逆に、彼が柔らかい響きに愛着を感じるのであれば、ティアックのZD5000である。この二機種は、性格的にまったく違うが、そのきかせる音は、充分に魅力的である。たとえば、パヴァロッティのフォルテでのはった声の威力を感じさせるのは、NECのCD705である。しかし、ひっそりと呟くようにうたわれた声のなまなましさということになると、ティアックのZD5000の方が上である。
 というようなことをいうと、ティアックのZD5000が、力強さの提示に不足するところがあると誤解されかねないが、そうではない。たとえば、ウッド・ベースの響きへのティアックのZD5000の対応などは、まことに見事である。さる友人が、このティアックのZD5000の音について、実にうまいことをいった。彼は、このようにいったのである、なかなか大人っぽい音じゃないか、この音は。そのいい方にならえば、NECのCD705は、ヤング・アット・ハートの音とでもいうべきかもしれない。
 ところで、今回の試聴には、小悪魔M1でさえ見抜いてはいないはずの、隠された目的がひとつあった。たとえ誰にも相談されなくとも、ぼく自身が、今、この段階で、トップ・クラスのコンパクトディスク・プレーヤーがどこまでいっているのかをしりたいと思っていて、それによってはという考えも、まんざらなくはなかった。いや、M1のことである。その辺のぼくの気持などは、先刻、お見通しであったかもしれない。さもなければ、きかせてくれる機器のなかに、わざわざフィリップスLHH2000を入れたりはしなかったであろう。
 フィリップスLHH2000が専門家諸氏の間でとびきり高い評価をえているのはしっている。しかし、ぼくは、すくなくともぼくの部屋できいたかぎりでは、そのフィリップスLHH2000のきかせてくれる音に、ぼくのコンパクトディスクをきくというおこないをとおしての音楽体験をゆだねようとは思わなかった、ということを、正直にいわなければならない。
 たしかに、このコンパクトディスク・プレーヤーのきかせる音には、いわくいいがたい独特の雰囲気がある。しかも、その音には、充分な魅力があることも、事実である。フィリップスの本社がオランダにあるためにいうのではないが、フィリップスLHH2000のきかせる響きには、あのアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のふっくらと柔らかい響きを思い出させるところがある。さらに、そういえば、といった感じで思い出すのは、フィリップス・レコードの音の傾向である。フィリップス・レコードの音も、とげとげしたところのまったくない、柔らかい音を特徴にしている。厭味のない、まろやかで素直な音が、フィリップス・レコードの音である。そのことがそのまま、このコンパクトディスク・プレーヤーの音についても、あてはまる。
 ただ、たとえ、ひとつのオーケストラの響きとしては、あるいはひとつのレコード・レーベルの音としては、充分に魅力のあるものであったとしても、それが再生機器の音となると、いくぶんニュアンスが違ってくる、ということもいえなくもない。結果として、ききては、すべてのディスクをそのプレーヤーに依存してきくことになる。そこにハードウェア選択の難しさがある。
 フィリップスLHH2000をアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団にたとえたのにならっていえば、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESはシカゴ交響楽団である。
 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団は、ハイティンクが指揮をしても、デイヴィスが指揮をしても、あるいはバーンスタインが指揮をしても、いつでも、ああこれはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団だなと思わせる響きをもたらす。シカゴ交響楽団は、その点で微妙に違う。オーケストラとしての、敢えていえば個性を、シカゴ交響楽団は、かならずしもあからさまにしない。そのためといっていいかと思うが、シカゴ交響楽団によって音にされた響きは、音楽における音がそうであるように求められているように、徹底して抽象的である。音色でものをいう前に、音価そのもので音楽を語るというようなところが、シカゴ交響楽団の演奏にはある。
 音楽は、ついに雰囲気ではなく、響きの力学である。これは、おそらく、おのおののききての音楽のきき方にかかわることと思えるが、ぼくは、あくまでも、その音楽での音のリアリティを最優先に考えていきたいと思っている。その結果、ぼくは、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団的コンパクトディスク・プレーヤーではなく、シカゴ交響楽団的コンパクトディスク・プレーヤーに、強くひかれることとなった。
 ぼくの部屋の周辺機器とのマッチングの問題もあろうかとも思うが、フィリップスLHH2000でも、もっと鮮明にきこえてもいいのだがと思うところで、いくぶん焦点が甘くなるところがあった。その点で、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、ちょうどシカゴ交響楽団によって響かされた音がそうであるように、ごく微弱な音であろうと、いささかの曖昧さもなく、明快に、しかも明晰に響いていた。
 さまざまなディスクを試聴に使ったが、そのうちの一枚に、パヴァロッティのナポリ民謡をうたった新しいディスクがあった。パヴァロッティは大好きな歌い手なので、これまでにも、レコードはもとより、ナマでも何度もきいているので、その声がどのようにきこえたらいいのかが、或る程度わかっている。しかもこの新しいディスクは、このところ頻繁にきいているので、これがどのようにきこえるのかが、大いに興味があった。
 せっかくパヴァロッティの声をきくのであれば、あの胸の厚みが感じとれなければ、意味がない。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESによるパヴァロッティの声のきかせ方は出色てあった。ほんものの声ならではの声が、光と力にみちて、ぐっと押し出されてくる。ぼくが音楽での音のリアリティを感じるのは、たとえば、このパヴァロッティの声のエネルギーが充分に示されたときである。それらしくきこえるということと、それとは、決定的に違う。
 パヴァロッティの声がシカゴ交響楽団にって音にされた、といういい方はいかにも奇妙であるが、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESできいたときに、パヴァロッティの声を凄い、と思えた。フィリップスLHH2000でのきこえ方は、なるほど美しくはあったが、すくなくともそこできこえた声は、パヴァロッティの胸の厚みを感じさせはしなかった。
 おそらく、オーディオ機器のきかせる音についても、愛嬌といったようなことがいえるはずである。そのことでいえば、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESのきかせる音は、お世辞にも愛嬌があるとはいいがたい。しかし、考えてみれば、愛嬌などというものは、所詮は誤魔化しである。誤魔化し、あるいは曖昧さを極力排除したところになりたっているのが、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESの音である。
 ぼくは、まだしばらくは、音楽をきくことを、精神と感覚の冒険のおこない、と考えていきたいと思っている。そのようなぼくにとって、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESのきかせる、ともかくわたしは正確に音をきかせてあげるから、そこからあなたが音楽を感じとりなさい、といっているような音こそが、ありがたい。真に実力のある音は、徒に愛嬌をふりまいたりしない。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESも、その点で例外ではない。
 一応の試聴を終えたところで、やはり、ぼくにとっては、ソニーのCDP553ESD+DAS703ESがベストだね、といったときに、M1は、それでなくとも細い目をさらに細くして、ニヤッと笑った。なにゆえの笑いか、そのときは理解できなかった。
 その後で、ひとりで、気になっているディスクをとっかえひっかえ、かけてみた。明日の朝は早く起きなければと思いながらも、それでもなお、読みかけた本を途中でやめることができず、ずるずると読みつづけてしまうことがあるでしょう。ちょうどあのような感じで、時のたつのも忘れ、さまざまなディスクをききまくった。もはやすでに試聴をしているとは思っていなかった。そこできこえる音に、ひいてはそこでの音楽のきこえ方に惚れこんで、好きな人と別れるのが辛くては一分のばしにはなしこむような気持で、ききつづけた。
 そうやってきいているうちに、あのM1の無気味な笑いの意味がわかってきた。あの野郎、今度会ったら、ただではおかない、首をしめてやる。
 シカゴ交響楽団で提示された響きに、ぼくの周辺機器が対応できない部分がある。パヴァロッティが胸一杯に息をすいこむと、ぼくのアンプは、まるでM1のシャツのようにボタンがはじけとびそうになる。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESの提示する音がサイズLの体型だとすると、ぼくの周辺機器の音はMのようにかんじられる。ほかのたとえでいえば、つまり、シカゴ交響楽団の演奏を、客席一五〇〇程度のホールできいたときのような感じとでもいうべきかもしれない。
 かつて、ぼくは、シャルル・ミュンシュと来日したときのボストン交響楽団の演奏を、内幸町のNHKの第一スタジオできいたことがあるが、素晴らしい響きではあったが、さらに広い空間であれば、響きはさらにいきいきとひろがるであろうと、そのとき思ったりした。ソニーのCDP553ESD+DAS703ESでさまざまなディスクをきいているうちに、そのときのことを思い出したりした。
 M1は、くやしいかな、すべて、わかっていたのである。しかし、さすがM1である。いい耳しているなと、感心しないではいられなかった。あの無気味な笑いは、これのよさがわかったら、お前の周辺機器の客席数もふやさなければいけないよ、という意味だったのである。
 まことに残念であるが、M1は正しい。シカゴ交響楽団ことソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、その徹底した音のリアリズムによって、ききてを、追いこみ、あげくのはてに、地獄におとす。しかし、考えようによっては、地獄におとされるところにこそ、再生装置を使って音楽をきく栄光がある、ともいえるであろう。精神と感覚の冒険から遠いところにあって、ロッキング・チェアに揺すられて、よき趣味として音楽を楽しむのであればともかく、さもなくば、いざ、M1よ、きみに誘われて、地獄をみようではないか。
 ディジタル対応などという言葉は、深くにもこれまで、オーディオメーカーの陰謀がいわせたものと思いこんでいたが、そうではなさそうである。使いこなしなどといった思わせぶりなことはいいたくないが、CDP553ESDの下にラスクをひいたり、あれこれ工夫しているうちに、シカゴ交響楽団はますますその本領を発揮してきて、ぼくはすっかり追い込まれてしまった。
 演奏家のおこない、つまり楽器をひいたりうたったりするおこないは、とかく美化されて考えられがちであるが、演奏もまた演奏家の肉体労働の結果であるということを、忘れるべきではないと思う。演奏もまた人間のおこないの結果だということを教えてくれる再生装置が、ぼくにとっては望ましい機器である。奇麗ですね、美しいですね、といってすませられるような音楽は、ついにききての生き方にかかわりえない。そのような音楽で満足し、自分を甘やかしたききては、音楽の怖さをしりえない。
 ソニーのCDP553ESD+DAS703ESは、その徹底した音のリアリズムによって、ききてに、演奏という人間のおこないの結果に人間を感じさせた。このようなきかせ方であれば、コンパクトディスクをきくというおこないをとおしての、ぼくの音楽体験をゆだねられる、と思った。

グレース ASAKURA’S ONE

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 最近のファンにはなじみが薄いと思うが、グレースはカートリッジやトーンアームの専門メーカーとして長い伝統を誇る国内屈指の老舗である。
 ちなみにステレオ時代以後の製品に限ってみても、ノイマンタイプを基礎に開発した国産ステレオMC型の第一号機F45D/Hは、クリスタル型が一般的であったステレオの音を、一挙にMC型の世界に飛躍させた記念すべき製品であり、これとペアに開発されたトランジスターヘッドアンプは、半導体の可能性を示した国内第一号機で、この設計者が若き日の長島達夫氏である。また、これも国内初のパイプアームと、いわゆるヨーロッパタイプの現在の標準型となっている4Pヘッドコネクターを採用したG44は、亡き瀬川冬樹氏の設計であった。
 F45D/H以後は、グレースの製品はF5にはじまり、現在のF8シリーズに発展するMM型が主力製品であった。
 一方、MC型は昭和52年に開発がスタートし、グレースが主催するグレース・コンサートでの演奏をテストケースとして、改良が加わえられ、同コンサートでASAKURA’s ONEのプロトタイプとして演奏が行われたのは、開発開始以来7年目の59年6月のことである。
 ボディシェルは、磁気回路の両側を厚い軽合金ブロックでサンドイッチ構造とする張度が高く制動効果を伴せもつ設計であり、ビスを貫通させる取付け部分は、横方向から見ると円盤状であり、ボディ背面との間に少しのクリアランスがあり、取付け部が浮いた構造を採用している。
 このタイプは、カートリッジボディとヘッドシェルとの接触面積を狭くとり、平均的に取付けネジを締めたときでも面積当りの圧力が高く、密着度を高める独特の構想に基づく設計である。
 試聴は、リファレンス用コントロールアンプPRA2000Zの昇圧トランスが昇圧比が低く、インピーダンスマッチングの幅が広い利点を活かして使い、比較用にはヘッドアンプも聴いてみた。
 最初はPRA2000ZのMCヘッドアンプで、針圧、1・8gで聴く。ナチュラルに伸びた広帯域型のレスポンスと、音の粒子が細かく滑らかであり、音場感はスピーカーの奥に拡がる。低域は柔らかく豊かであり、オーケストラなどでは大ホールらしいプレゼンスの優れた、響きの美しさが聴かれる。とくに、スクラッチノイズが、フッフッと柔らかく、聴感上のSN比が良いことが、このカートリッジ独特の魅力である。
 次に、PRA2000Zの昇圧トランスに切替える。帯域はわずかに狭くなるが、リアリティが高く、彫りの深い音が魅力的である。トランスの選択は、情報量が多くローレベルの抜けが良いタイプを選びたい。別の機会に、手捲きで作ったといわれる昇圧トランスを組み合わせたことがあるが、CDに対比できるナチュラルなレスポンスと素直に拡がる音場感のプレゼンス、立体的な音像定位が聴き取れ、このMC型の真価が発揮されたようだ。しばらく使い込んでエージングを済ませて、初めて本来の音となる高級カートリッジの文法に則した製品だ。

ハイフォニック MC-D900

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ハイフォニックは、MC型カートリツジのスペシャリティをつくるメーカーとして発足以来、すでに昨年で3周年を迎えたが、これ機会として開発された新製品のひとつがMC−D900である。
 ハイフォニツクのモデルナンバーに少しでも慣れたファンなら、D900のDがカンチレバーにダイヤモンドを採用していることは容易に判かるというものだ。
 同社のダイヤモンドカンチレバー採用のモデルは、これが第3作にあたるが、今回の新製品では、空芯型を基準としていた同社のMC型としては異例にも、コイル巻枠に磁性体を使用している。新開発の低歪率でありリニアリティの優れたスーパー・パーマロイ材を十字型として使い、コイルにはLC−OFC線材を採用している。なお、シリーズ製品として同じ構造の発電率をもち、カンチレバー材料をムク材アルミ合金としたMC−A300が、同時に発売されている。
 新磁性体巷枠の採用で、出力電圧はMC−D10の0・13mVから、0・25mVに上昇し、インピーダンスは、40Ωから、10Ωに下がっている。また針圧が1・2gから1・7gに増したことは、出力電圧の増加と相まって、汎用性を高め大変に使いやすくなった。
 なお、MC−D10での成果である0・06mm角ブロックダイヤ採用のウルトラライン・マイクロスタイラス(針先0・1×1・2mil)に天然ダイヤモンドブロック使用のムクカンチレバーはそのまま本機に受継がれており、アルミ合金ブロック削り出しメタルボディ、ボディと磁気回路の間にエンジニアリングガラス樹脂採用の振動防止構造、独自のヨーク形状をもつ磁気回路など、ハイフォニック独特の方式はすべて本機にも導入されている。
 試聴はSME付のマイクロ8000IIと、昇圧トランスにHP−T7を使った。針圧は1・7gで聴く。聴感上の帯域バランスはワイドレンジタイプでスッキリと伸び、CDに準じた伸びやかなレスポンスである。音の粒子は細かくシャープで抜けがよく、音色も明るく分解能が高いために、いわゆる磁性体を巻枠に採用したMC型にありがちのローレベルの喰込み不足や、表情の穏やかさ、やや狭い音場感などといった印象が皆無に近く、良い意味での音溝を針先が丹念に拾う、いかにもアナログらしいレコードならではの音が、小気味よく楽しめるのが好ましいところだ。
 しばらく聴き込むと、少し中高域に輝やかしい一種のキャラクターがあるのが気になってくる。このあたりと低域の芯の硬さが、レコードらしい音を演出しているわけだが、少し抑えてみたい。
 針圧とインサイドフォース・キャンセラーの細かい調整でも、かなりコントロールすることはできるが、基本的には、主な原因を探し対処することだ。このキャラクターはHP−T7の筐体の微妙な鳴きであるらしく、厚めのフェルトなどでトランスを包み、スピーカーからの音圧を避けてみるのもひとつの方法であり、置き場所を選んで軽減することもできるだろう。

NEC A-10 TYPEIII

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 NECのプリメインアンプA10は、昭和58年6月に、独自の構想に基づいたリザーブ電源方式を採用し、一躍NECオーディオの実力と魅力を世間に認めさせる、いわば画期的な成功をおさめたモデルである。昭和59年9月には、電源部を新リザーブII方式に発展させ、A10II
に改良されている。今回、二度目の大改良が加えられ、このタイプのファイナルモデルとでもいうべきA10TypeIIIとして発売されることになった。
 シンプル&ストレート思想は、かなり撤底され、イコライザー段はMM型専用。ノーマルの使用状態では、CD、TUNER、AUXなどの入力は、TAPE1/2を含み、セレクタースイッチ、ボリュウム、左右独立のバランス調整を通るのみで、ダイレクトにパワーアンプに送られる設計だ。
 機能面では、モード切替、トーンコントロール、テープモニター系が省略され、TAPE1と2は、ファンクション切替に組み込まれた。
 次に、プリアンプとパワーアンプを独立して使うための切替スイッチが設けられており、この場合のみに利得18dBのフラットアンプが信号系に入り、それを経て、プリアウト端子に送られる。フラットアンプ出力部には、別に利得0dB、位相が180度回る反転アンプがあり、独立した出力端子をもっており、この2種の出力端子とパワーイン端子間を外部接続で使い分ければ、左右チャンネル同相で、入出力の位相を正相にも逆相にもコントロール可能。この面での位相管理が行われることが少ないCDソフトヘの対応や、スピーカーの+端子に電池の+をつなぐとJISとは逆にコーンが引っ込む逆相型スピーカーや、アナログカートリッジでの正相型や逆相型に対応できるという、現状のオーディオの盲点をついた設計が非常にユニ−クである。なお、外部接続でプリアンプとパワーアンプを接続するときのフラットアンプの利得をキャンセルするアッテネーターがパワーアンプ入力にあり、利得は一定である。その他の機能にフォノダイレクトがあるのも、シンプル&ストレイト思想の表われだ。
 パワーアンプは、低負荷時のドライブ能力が向上し、約20%強化された電源部のバックアップで、ダイナミックパワーは8Ωで80W+80W、2Ωで320W+320Wの完全保証は見事な成果である。
 機構設計面では、金属製脚部が通常の4脚式の他、3脚式も可能で、設置場所でのガタや本体のネジレが解消され、音質上で利点は多いとのこと。
 A10TypeIIIは、穏やかであったA10IIと比較して、かつてのA10登場時点での鮮明で密度感があり、質的に高い音を再び現時点で甦らせたようなクォリティの高い音を聴かせてくれる。音質面での見事な成果と比較をすると、デザイン面の特徴は、古くなりすぎた印象だ。

BISE 901V Custom

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ボーズの理論を具体化した第1号製品として伝統を誇る901シリーズに、新製品901V Customが加えられた。
 901シリーズ内での位置づけは、901SS−Wのジュニアモデルに相当する。直接音成分11%を前方に、関接音成分に相当する反射音89%を後方の壁に反射させて使う、ボーズならではのダイレクト・リフレクティング方式だけを受継いだヴァリュー・フォー・マネーな新製品である。
 本機ではプロフェッショナル用802IIと同様に、ダイレクトな音を楽しむために901SS、SS−Vで採用されたサルーン・スペクトラム方式は省略されており、そのため専用のイコライザーアンプは、基本的な回路上の変更はないが、901SS−W附属のタイプと較べテープモニター系が2系統から1系統になり、イコライザーバイパススイッチとダイレクト・リフレクティング方式とサルーン・スペクトラム方式の切替スイッチが省略されている。
 しかし、新たに低域を35Hzで−6dBにするパススイッチが加えられた。
 基本的なデザインは旧901Vを受け継いだ伝統的なものだが、木部は美しいウォルナットのオイル仕上げ、イコライザーアンプのシャンペンゴールド系の色調と微妙なカーブを描く曲面をもつシャーシは、高級機ならではの格調の高い良い雰囲気だ。
 使用ユニットは、口径11・5cmのコーン型の901SS−Wと同じタイプ。ボイスコイルインピーダンスは0・9Ω、角形比4:1の断面をもつ銅線をヘリカル(エッジワイズ)巻きしたタイプだが、字宙開発技術の産物である高耐熱接着剤で固められ、線間の接着層は1ミクロン、2000度の温度に耐えるとのことだ。全ユニットはコンピューターコントロールで生産され、ユニット間の差は事実上ゼロといえるレベルに達している。
 エンクロージュアはシリーズIII以来のアクースティック・マトリックス型で、SS、SS−W同様にサーモプラスティック射出成型のこの部分がエアタイトにつくられ、これを外側の木製キャビネットが締め付ける方式に変わった。なお、シリーズIVでは天地がオープンで、木製エンクロージュアと組み合わせてエアタイトとしていた。
 専用スタンドは、新デザインのタイプに変わるが、試聴には間に合わなかったためP社製木製ブロックを片側に2個タテ位置にして使い聴いてみる。スタンドの置き方、後ろと左右の壁からの距離と角度を追込んだ後、イコライザー補整をすれば、木製スタンドの利点もあって、SN比がよく、緻密で表情が豊かな音が楽しめる。いわゆるサラウンドとは異なるプレゼンスが見事だ。

オンキョー MONITOR 2000X

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 オンキョーを代表する高級ブックシェルフ型システムMONITOR2000が、予想どおりにリフレッシュされた。モデルナンバー末尾にXのイニシャルを付けたMONITOR2000Xとして、昨年秋の全日本オーディオフェアで発表されたもので、すでに昨年末から新製品として市場に投入されている。
 MONITOR2000Xの特徴は、最近のスピーカーシステムのルールどおり回折効果の抑制に効果的なラウンドバッフルの採用が、デザイン面での最大の特徴だ。バスレフポートを背面に設け、この部分でのラジェーションを防ぐバスレフ型のエンクロージュアは、板振動による音質劣化を避けるために、高密度パーチクルボードをフロントバッフルに40mm厚、裏板に30mm厚、側板に25mm厚で使用。それとともに独自の開発による振動減衰型構造の採用で、クリアーな音像定位とプレゼンスを得ている。両側のラウンド部分は、40mmの大きなアールを採用し、天板前端にもテーパーが付いたエンクロージュア.は、表面が明るく塗装されたウォールナットのリアルウッドタイプだ。塗装面の仕上げは非常に美しく、高級機ならではの雰囲気を演出しているようだ。
 ユニット関係では、ウーファーが、すでに定評のある3層構造のピュア・クロスカーボンコーン採用で、カーボンファイパー平織りに、適度の内部損失をもたせるため特殊エポキシバインダーを組み合わせる独自のタイプ。磁気回路はφ200×・φ95×25tmmのマグネットを使い、14150ガウスの磁束密度を得ている。
 スコーカーは、構造上ではバランスドライブ型に相当する10cm口径のコーン型である。いわゆるキャップ部分が、チタンの表面をプラズマ法でセラミック化したプラズマ・ナイトライテッド・チタン、コーン部分がピュア・クロスカーボンの複合型である。
 トゥイーターも、プラズマ・ナイトライテツド・チタン振動板採用のドーム型で、MONITOR500で開発された振動板の周囲の2個所を切断し、円周方向の共振を分散させる方法が、スコーカーともども導入され優れた特性としている。なお、磁気回路の銅リングを使う低歪対策は珍しく、板振動を遮断する制動材を使い高域の純度を高めた設計にも注目したい。
 別売のスタンドAS2000Xを使い試聴する。柔らかい低域をベースとし、シャープな中高域から高域が広帯域型のレスポンスを聴かせる抜けの良いクリアーな音が聴ける。基本クォリティが高く、特性面でも追込まれており、どのような音にして使うかは、使い手側の腺の見せどころだ。