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マイクロ MR-411

岩崎千明

スイングジャーナル 10月号(1969年9月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 マイクロ精機がいよいよ発売したレコード・プレイヤーMR411。「いよいよ」という言葉に、ふたつの意味がある。ひとつは永い間、ファンの間で普及価格でありながらグレードの高いプレイヤーが待たれていたことに対する「いよいよ」である。のこるもうひとつはファンの方には直接は関係ないかも知れないが、プレイヤーに進出したマイクロ精機のメーカーとしての意欲と期待である。
 最近、ステレオの進歩と、その需要層の拡大滲透が急速になされた結果、メーカーサイドの努力もあるがセパレート・ステレオ全盛期からプレイイヤー、アンプ、スピーカーの孤立パーツを組み合せるいわゆるコンポーネント・ステレオ期に大きく方向転換が行われつつある。
 そのため、アンプ、スピーカーにくらべて、レコード・プレイヤーの部門に優秀製品があまり多くはないこともファン側からは物足りなかった市場状況であった。
 そのため、依然として昔ながらのアーム、ターンテーブルを組み合せる形式を取らざるを得ない現状である。つまり専門メーカーのアームやターンテーブルの方が大メーカー・ブランドのプレイヤーにおけるアームやターンテーブルなどよりも、品質の上でより優れていると一般に信じられており、それを裏書きするかのような個々の製品が市販されているのはたしかな事実なのである。
 さて、マイクロ精機はアーム、カートリッジから出発してターンテーブルMB400とMB800をベルト・ドライブ方式のさきがけとしてティアックに続いて市販して成功を収め着々とプレイヤー部門の地盤を築き上げてきた。特に最近は輸出に加え大メーカーの下請けとしての業績も大いに上って躍進の著しいプレイヤー関係メーカーであり、この業界においての真の意味で量産体制の確立した数少ないメーカー規模をもっている。
 アームにしろ、カートリッジにしろ量産のなされ難い製品を大量生産すれば、それなりの設計技術や設備が必要であり、そのため、この業種は大きく育たないといわれてきたのをくつがえすほどに成長したのがマイクロ精機なのである。
 そして、市販のアームの中でマイクロの77シリーズがロングベストセラーを続け、さらに昨年発表したカートリッジM2100シリーズがベストセラーとなった。量産設備のととのったこのメーカーのムラのない品質に加え価格から考えられない高性能はベストセラーと始めから約束されていた。
 この高品質を結集したのが、今月発表のMR411プレイヤーなのである。
 しかも、このプレイヤーにみせるマイクロ精機の意気込みを製品の価格から推測できるのである。
 39、800円というこのプレイヤーの価格を聞いたとき、私はかたらわの編集部F君に「これはハタ迷惑の製品だネ」と話かけた。というのも同業メーカーにとって、このプレイヤーは大きな驚異になるに相連ないし今後の製品に大さな影響を与えるのが目に見えているからてある。ちょうど、昨年発表したM2100がその後の市販カートリッジの価格のオピニオンリーダーとなったのとも似ている。
 MR411のシンプルで抵抗なく受けいれられるフラットなデザインはその内部に眼を向けると裏ぶたにクロスした補強材に、メーカーの製品に対する細かい配慮を確められる。従来の薄いベニアの裏ぶたがしばしばハウリングの原因となっていたことに対する新機構だが、重いモータボードと共に注目してよい。
 最後にその再生音の品質だが、安定したトレースと素直なくせのない再生能力に定評あるM2100と77Hの組合せは「ロリンズ・オン・インパルス」の太い豪快なテナーを期待通りゆとりをもって楽々とSJ試聴室に響かせた。

クライスラー CE-1ac

菅野沖彦

スイングジャーナル 10月号(1969年9月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 スピーカー・システムの傑作が登場した。クライスラーCE1acがそ だ。最近の音響製品の中で、注目すべき商品だと思う。このスピーカー・システムを初めて見る時、まず、そのかっこよさに目を奪われるだろう。そのかっこよさは表面だけのものでは決してなく、細部に至るまで、ものを創る人の細かい神経と愛情の通った入念な仕上による本物のかっこよさなのである。サランネットをつけないで裸で使う時のことを考えて、バッフル板の表面は美しく仕上げられ、紗をかけられたオリーブ色のウーハーを基調にメカニカルな美しさに満ちたデザインである。サランネットといえば、これが色ちがいが3枚も付属していて部屋や好みに応じて選択できるようになっているのも心憎いかぎりだ。しかし、このサランの色は私個人としてはどれもあまり感心しないもので、このシステムはサランをはずして裸で使うのがベストである。音質上もそのほうが断然よろしい。ウーハーの周囲はレザー張り、上半分は艶消し黒色仕上げで、2個のアッテネ一夕ーを中心に美しいレター・プリントが施されている。後面には、チャンネル・システム用のダイレクト・インプットとネットワーク使用の2種のインプットが美しく並び、その切換スイッチもターミナルも上等だ。オーディオ機械作りのアマチュアリズムとプロ精神が見事に調和した作品という雰囲気が溢れている。
 さて肝心の音だが、これだけの入念な外装仕上げをする心が音をおろそかにする筈はない。真に美しい外観というものは機能を象徴するものであるし、本来、メカニズムのデザインというものは、そうしたものでなければならない。このCE1acの音のまとめには、クライスラーのスタッフはALTECをモデルにしたといっている。ウェスターン・エレクトリック時代からの澄んでのびやかな音の流れをくんでいるアルテックのシステムの本領は大型ホーン・システムによるのだが、その音を、小型ブックシェルフで追求しようという、まことに虫のよいぜいたくな欲求から、このスピーカー・システムは生れたのである。したがって、音質はアルテック系の大型システムのもつ、抜けのよさを狙いながら、システムの構造は、ARをモデルにしている。そもそも、アメリカにおけるアルテックとARという両者は、互いに大変意識し合っているライバル同志で、そのセオリーの点で、また、音質の点でも、対照的な存在である。一言にしていえば、アルテックの音は先程から何度も書いたが、透明である。ARの音は締って無駄がない。このCE1acは、構造的にアコースティック・サスペンションの完全密閉型、つまリAR型も採用しているので、その低音域の充実した締りはこのタイプ共通のものをもっている。そしてバランス的には、中音域から高城にかけての抜けがよいので、たしかにアルテックに共通したキャラクターなのだ。SJ試聴室では、アルテックのA7システム(箱は同社設計の国産だ)を標準システムとしておいてあるが、これと切換えてみて、その音域バランスにはかなり似通った個性を認めた。また、私個人、自宅でゆっくり試聴する機会にも恵まれたが、標準になるバランスをもちながら、音に味があってアトラクティヴである。周波数特性だけフラットなシステムには、時として音の生命感のない、つまらないものが多いが、このシステムには個性があって音楽が生きるのである。29、900円という価格とのバランス上からも価値のある商品であると思う。さんざんほめそやしたが、かといって、さらに欲をいえばいえなくもない。高域の甘美な味わいがもっとソリッドで品位の高い音になればなおよい。とにかくこの製品は、最近のヒット商品とするに足るすばらしいもので、私の録音したレコードも録音した当人として納得のできるバランスて、しかも音楽の生命溢れる再生が聴かれたことをつけ加えておこう。

オンキョー Integra 701, Integra 713

オンキョーのプリメインアンプIntegra 701、Integra 713の広告
(スイングジャーナル 1969年10月号掲載)

Integra701

ラックス SQ707

ラックスのプリメインアンプSQ707の広告
(スイングジャーナル 1969年10月号掲載)

SQ707

オンキョー E-83A, E-154A, F-500

オンキョーのスピーカーシステムE83A、E154A、F500の広告
(スイングジャーナル 1969年10月号掲載)

E154

ビクター ARM-1000

ビクターのトーンアームARM1000の広告
(スイングジャーナル 1969年10月号掲載)

ARM1000

ビクター GB-1B

ビクターのスピーカーシステムGB1Bの広告
(スイングジャーナル 1969年10月号掲載)

GB1B

マイクロ VF-3100/e

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 適度に柔らかく、しかもハイ・エンドを僅かに強調してシャープさも盛り込んだといった作り方のようで、強い個性はないが無難なカートリッジという印象である。ツァラトゥストラの冒頭のオルガンが少々軽く聴こえること。音の奥行きや厚みに、やや欠けること。フォルティシモで幾らか音が荒れ気味になることなど、細かくあげればいろいろあるが平均的な水準あたりでうまくまとめられた製品のようだ。弦合奏や声は、ややハスキーで冷たい傾向だが、ジャズやムードの立体感や奥行きがわりあいよく出て楽しめる。ピアノは、タッチが多少重く粘るが、重量感がもう少しあっていい。スクラッチは、ハイ・エンドでいくぶんシリつく傾向がある。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆★
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:90

オーディオテクニカ AT-21X

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 トレーシングが安定しているらしく、針の浮く感じやビリつく傾向はほとんど無いが、音のバランスにやや難点があって、中域に僅かながら圧迫感があり、高域はなだらかに下降しているらしく華やかさとか繊細感が、もう少し欲しいような音質である。音源が遠くやや平面的で、総じて明るさが不足しているが、ムード音楽のギターの音は温かく、弦合奏は柔らかく耳あたりがいい。ピアノや打楽器は、タッチがやや重く、音離れに不満がある。オーケストラは重低音が割合豊かだが、中域の厚みがもっと欲しいし、フォルティシモは飽和的になる。ヴェルディの大合唱は、フォルティシモでも音の分離が明瞭で、音も充実しているが、やはり音源がやや遠い印象である。

オーケストラ:☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆★
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:75
コストパフォーマンス:85

ピカリング V15/AM-3

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ワイドレンジという感じの音ではなく、中~高音域の上の方に多少張りを持たせてハイ・エンドをカットしたような、おそらく中級品らしい音づくりだが、腰の強い明るい音が身上のようである。音の拡がりがよく出て奥行きもあり、分離も切れ込みも一応よく、低域にも適度の厚さがある。ピアノ・ソロでは、一種ふてぶてしいような張りがあって、引き締った腰の強い音を再生する。弦合奏のユニゾンでは何となく安っぽさが感じられる一方、妙につやのある音が印象に残るが、ヴェルディあたりになると、バランスの悪さや歪みっぽさが出てきて、さすがに欠点を露呈してしまう。華やかさ、明るさ、独特の拡がりに特徴がある。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:95

グレース F-21

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 おそろしく元気のいい音を持ったカートリッジで、低域に独特の量感があるし、中高域もかなり強調されていて、明るい派手な音を聴かせるが、音のキメが相当荒いことや、個性の強いキャラクターが全体のバランスをわずかながらくずしてしまっているという点で、今回テストした中では異色的な製品だった。逆カマボコ型に近い音質なので、華やかだが硬質のドライなタッチになり、ロスアンヘレスの声が別人のようにハスキーに聴こえるのはおもしろい。レクィエムもすばらしく威勢がいいし、モダンジャズも圧倒的迫力だ。スクラッチノイズまでが大きく勇ましい。音ぜんたいが、いかにも若さにまかせて走りまわっているような、ある種の逞しさに溢れている。

オーケストラ:☆☆★
ピアノ:☆☆★
弦楽器:☆☆★
声楽:☆☆★
コーラス:☆☆★
ジャズ:☆☆★
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆★
総合評価:55
コストパフォーマンス:65

東京サウンド STC-10E

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 とりたてて欠点もないかわりに、素晴らしいという魅力もあまりない。総体にぼってりと重い音で、軽快さに欠けるが、かといって奥行きや厚みのあるという音でもなく、何となく水っぽい酒のような印象だ。弦合奏のユニゾンが割合美しいし(ただし高域の繊細感が物足りなかった)、ロスアンヘレスの声が温かく聴ける。ヴェルディのレクィエムも、ドンシャリ的にならず安定だが、内声部の充実感にやや欠けて、男声の魅力が不足していたのは他の多くのカートリッジ同様である。ピアノやジャズでは、タッチが重くなるものの丸味のあるウォームトーンが聴き易い。無難だが、いま一つ魅力に欠けるという音だ。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆★
声楽:☆☆☆☆★
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:80
コストパフォーマンス:95

パイオニア PC-15

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ブラインドテストNo.37(パイオニア PC20)の音にもう少し腰の強さが加わったような音質だが、中域が多少かたく、音が重い感じになる。ジャズの迫力では、リファレンス・カートリッジ(シュアーM75)によく似た、中域のしっかりした厚みがあり、ムードもバランスよくおもしろく聴かせる。
 弦合奏では中域の張りがいくぶん耳ざわりだが、ハーモニーがよく溶け合うし適度につやもある。ヴェルディでも中高域の張り出す感じはあるが、フォルティシモでも歪みがわりあい少ない、男声の美しい、明るいバランスの良い音である。ロスアンヘレスの声は、しかしやや品を欠き、ピアノ・ソロもタッチが硬く重く粘る。スクラッチノイズは少ない方だが、ややよごれ気味で多少耳につき、高域のしゃくれ上がったような音である。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆★
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆★
総合評価:75
コストパフォーマンス:90

オーディオテクニカ AT-VM3

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 総体に、やや重くダークな音で、音の切れ込みの良さとか音離れの点に多少の不満が残るが、柔らかくバランスの良い音質で、欠点の少ないカートリッジである。スクラッチもよく抑えられて、高域にピーク性の危なげな音も感じられない。ただ、どのレコードの場合にも、楽器がやや遠のく印象で、ソフトタッチの音になる。激しさを求める向きには敬遠されそうだが、耳当りのよさをとるべきだろう。オーケストラや弦合奏では、、弦楽器のみずみずしさがもっと欲しい気がするし、声もややドライでタッチがコロコロして輪郭が明瞭だが、強打音ではやや音離れが悪くなる傾向がある。ソフトムードというところで好みが分かれそうだ。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:95

マイクロ M-2100/5

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 中低域にややふくらみを持たせた温色系の音に特長がある。特別に素晴らしいという音ではないにしても、バランス良く、柔らかく、上手にまとめられた製品と思われる。ジャズの低域が豊かで(もう少し締まりは欲しいが)臨場感があるし、独唱も合唱も、声と楽器のコントラストが表現されて距離感がよく出る。大編成のフォルティシモでも飽和した感じがなく音がよく伸びるが、音源がやや遠のいた印象になり、どういうわけか高域が幾分上がり気味に聴こえる。このカートリッジの弱点はピアノにあるようで、音が平面的で打鍵ONが少々安っぽくなるし、楽器のスケールがやや小型になる。スクラッチノイズが多少ジャリつく感じなのと、レコード外周の反りに弱くフラッター気味になりやすい。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆★
コーラス:☆☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:85
コストパフォーマンス:100

テストを終えて

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 39個というと多いみたいに思えても、いまわが家でいつでも鳴る形にシェルにマウントしてあるカートリッジが間もなく80個になろうとしているありさまだから、その大半は一度は耳にしている筈で、今回はじめて聴く製品は数種類しかないわけだけれど、ブラインドで銘柄を想像できたのは10個にも満たなかった。いくら音が違うといったところで、カートリッジの差というものは、たとえてみれば、同じメーカーのスピーカーでせいぜい1ランクちがいの音の差ていどが、カートリッジでいえばピンからキリまでぐらいの差にあたるといった程度で、そういうこまかな差を文字に書き表わすと、どうしても新聞を虫メガネでたどるように、写真の網点や活字のニジミがことさら誇張されるといった感をまぬがれ得ない。
 また一方、レコードあってのカートリッジの音ということを考えると、スピーカーが部屋や置き場所によってガラリと音質が変わるようにひとつのカートリッジの評価が、レコードによって、かわることは当然といえる。その点、今回テスト用として選ばれたレコードは、カートリッジのテスト用としては、どちらかというとカートリッジのかくれた欠点をえぐり出すというソースでなかったから、結果としては、ずいぶん点数が甘くなっていると思う。少なくとも、わたくし個人が対象にしている室内楽や器楽曲、声楽曲のとくに欧州系の凝ったレコードを再生したら、またいわゆる優秀録音ではないSPからのダビングものや年代の古い録音を再生したら、もっと辛い評価になったろうとも思う。加えて、カートリッジという商品は承知のように一個ごとの製品ムラがあるし、室温やその他の外的条件による適性針圧のちがい、負荷のちがい、またMC型ではトランスやヘッドアンプのキャラクターなど、さまざまの条件が複雑にからみあうので、カートリッジの本質を正しく掴もうとするなら、こういう短期間の比較にはもはや限界があるし、さらにつっこんで考えてみれば、ブラインドテストという方法に、根本的に無理があることに気がつく筈だ。
 実際の話、10号のスピーカー、今回のカートリッジと二回のブラインドテストを経験してみてわたくし自身は、目かくしテストそのものに、疑いを抱かざるをえなくなった(本誌のメンバーも同意見とのことだ)。目かくしテストは、一対比較のようなときには、先入観をとり除くによいかもしれないが、何十個というそれぞれに個性を持った商品を評価するには、決して最良の手段とはいい難い。むろん音を聴くことがオーディオパーツの目的である以上、音が悪くては話にならないが、逆に音さえ良ければそれでよいというわけのものでは決してありえなくてカートリッジに限っていってもいくら採点の点数が良かろうが、実際の製品を手にとってみれば、まかりまちがってもこんなツラがまえのカートリッジに、自分の大事なディスクを引掻いてもらいたくない、と思う製品が必ずあるもので、そういうところがオーディオ道楽の大切なところなのだ。少なくとも、ひとつの「もの」は、形や色や大きさや重さや、手ざわりや匂いや音すべてを内包して存在し、人間はそのすべてを一瞬に感知して「もの」の良否を判断しているので、その一面の特性だけを切離して評価すべきものでは決してありえない。あらゆる特性を総合的に感知できるのが人間の能力なので、それがなければ測定器と同じだろう。そういう総合能力を最高に発揮できるもののひとつがオーディオという道楽にほかならない。
 この原稿を渡した後で、コスト・パフォーマンスの点数を入れるために、価格を知らせてもらうわけで、とうぜん製品の推測もつくことになるが、どういう結果が出ようが、わたくしとしては右に書いた次第で、あくまでも今回与えられた条件の中で採点したにすぎず、この採点は商品としてのカートリッジの評価とは必ずしも結びつかないことをお断りしておきたい。

ビクター IM-10S

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ブラインドテストNo.27(ピカリング V15/AM3)あたりと一脈通じる、中域から低域の厚い特徴のある音質だ。高域の特性があまり延びていない印象で、そのためか音が重い傾向だが、中低域の豊かさをとるべき音なのだろう。しかしスクラッチノイズの性質は、スペクトラムが低く楽音にまつわりつく感じで、多少耳ざわりである。ピアノのソロは中域の厚みと高域の丸さのために腰のつよい太い音質になるが、ジャズではこの強さが好ましい。ロスアンヘレスの声が明るく、伴奏との距離感の出るのもよい。弦合奏もよくハモる。しかしやはりヴェルディあたりになると、強奏で何となく安っぽいハイファイ調になり、音ばなれのよくないところが気になってしまうあたり、中級品と思われる音質である。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆★
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆★
ムード:☆☆☆★
打楽器:☆☆☆★
総合評価:75
コストパフォーマンス:80

スペックスSD-700 LaboratoryII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 わりあいに腰の強い、ホットな音質を持ったカートリッジで、多少品格に欠けるが一種のふてぶてしさを持った、中高域に張りのある音質は独特である。オーケストラではバランスよく、低域も充分出て、音の奥行きも立体感もなかなかよく出るが、フォルティシモではやや混濁気味で、強奏の際の伸びと分離に多少難点が残る。ピアノは、タッチが明瞭だが、ややこもり気味のところがある。弦合奏は特に難は無いというものの、中高域に幾らか圧迫感がある。ロスアンヘレスの声にもそういう印象が付きまとうし、ヴェルディも強奏部でやや荒くなる。しかし、ジャズやムードではダイナミックな近接感を伴って厚みのある楽しめる音を再生する。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆★
コーラス:☆☆☆★
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:75
コストパフォーマンス:80

ADC ADC25

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ピーク性の危なげな音が全然感じられないが、中域の盛り上がったカマボコ型の特性らしい。ピアノや打楽器の音がよく張り出して、やや派手だがピアノのタッチは軽く粒が立ち、適度の厚味を持ってしかも細かく、音が明るい。しかし、「ツァラトゥストラ」や「レクィエム」では、やや抑制を欠いて押しつけがましく、野放図に唱うといった印象がやや安手で品のない音になりやすいが、ジャズでは楽器が近接してある種の生なましさを再現する。フォルティシモでも音がつぶれずによく伸びる。ただ反ったレコードで何となくフラッター気味になるのは、針の支持の柔らかすぎのようで、トレースに不安定なところがありそうだ。スクラッチノイズは、ややスペクトラムが低く、楽音との分離がよくない。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:80
コストパフォーマンス:75

EMT TSD15

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 いくらブラインド・テストでも、自分が毎日常用しているカートリッジぐらいは、見当がつこうというものだ。最初のスクラッチノイズを聴いただけで、これはEMTだと判ってしまったので、試聴記にも先入観が入ってしまうし、なにしろ目下惚れっぱなしの製品だけに欠点が書きにくい。まあ強いて難点をあげれば効果だし入手しにくいし、割合に寿命が短いし、しかも針交換が高価につくということで、決して万人にすすめるべき製品ではないし、いささか深情けの過ぎるような音質は、もっとリラックスして、カラリとドライに楽しみたいという人には毛嫌いされるにちがいない。つまり決して万能型のカートリッジでもなく無色でもない、かなりアクの強い音質だと思う。

オーケストラ:☆☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆☆
総合評価:100
コストパフォーマンス:85

エンパイア 999VE

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 すばらしく安定な、どっしりと腰のすわった音質で、周波数全域に亘ってよくコントロールされた、ピーク成分のない滑らかな音質である。ツァラトゥストラの冒頭のオルガンの低音の独特の厚みは振動的と言いたいほどだ。高域は、やや丸いために、ちょっと聴くとソフトムードのようだが、分解能もよく中低域の厚みの上に充実した奥行きある音が乗って、フォルティシモでも腰がくだけずよく伸びる。ピアノもバランスが良く、多少甘く切れ込み不足の感があるが、耳あたりがいい。弦合奏では、高域のマルサゆえかツヤに欠けて無難といった印象。ジャズではこれがさらにソフトムードになって激しさに欠けるが、総体に歪みっぽさのない、滑らかな安定したトレースが素晴らしい。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆★
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆★
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:85
コストパフォーマンス:75

シュアー V15 TypeII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ごく平均的な特性をもった優等生手とカートリッジのようで、おとなしいがおもしろみはあまりない。オーケストラでは、奥行きや距離感が割合よく出て、音の分離もいいが、冒頭のオルガンの重低音がやや不足する。ピアノはタッチが柔らかいが、切れ込みに欠けて奥行きが浅く感じられる。弦合奏でもやはりおとなしく柔らかく、ソフトムードで躍動感に欠け、ロスアンヘレスの声はバランスは美しいが、つややかさがないのであくまでも無難という印象。大合唱もバランスよく、これといった欠点はないがもう少し奥行きが出て欲しい。ジャズも躍動感が無くおとなしく、楽器の距離感がもっと出ても良さそう。ソツがなさすぎておもしろくないのだが、こういう欠点の無さが貴重なのかもしれない。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:80
コストパフォーマンス:75

エラック STS444E

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 ハイ・エンド(高域端)のしゃくれ上がった特性らしく、それが一種の繊細感を伴っているが、中域の厚みに欠けるためか、線の細い音質である。総体に平板で奥行きに欠け、ピアノ・ソロやジャズのピアノがべったりと立体感を欠く。弦合奏では中高域に独特のツヤが出るが、細身で冷たい音質である。ヴェルディのレクィエムではハイ・エンドのピーク性の音が最も強調されて、ハイファイマニアの喜びそうな、一見繊細で分離のよい派手な音を聴かせるが、重量感のない軽い音である。ロスアンヘレスの声が、ややドライになってしまうのもこの特性のためらしい。ただ、全体としては音の品位はそう悪い方ではなく、軽快でクールな音質にこの製品の特徴がある。

オーケストラ:☆☆☆☆★
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆★
ムード:☆☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆★
総合評価:80
コストパフォーマンス:75

スタントン 681EE

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 中高域をやや盛り上げて、高域を抑えたような特徴のある音質。ジャズのコンボなどでは、独特の近接感が出て、厚味とコクのあるウォーム・トーンを聴かせるが、最高音域が柔らかく丸めてあるので、ブラッシュ・ワークの切れ込みや繊細感に不満が残る。オーケストラや弦合奏では、したがって抜けの良くない甘い音になり、幕一枚向こうで鳴る感じになる。スクラッチノイズは少ない、という方ではない。声やピアノでも近接感のある腰の強い音になるが、やや圧迫感がなくもない。しかし、音全体に、なめらかさと力強さがあって、相当に個性的なカートリッジだという印象を受ける。ハイのしゃくれ上がった音の嫌いな人には、好まれる要素を持っている。

オーケストラ:☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆
総合評価:80
コストパフォーマンス:75

シュアー M75E TypeII

瀬川冬樹

ステレオサウンド 12号(1969年9月発行)
特集・「最新カートリッジ40機種のブラインド試聴」より

 いろいろなレコードに対して平均的に点数が良く、ある種の魅力も兼ね備えたなかなか好ましい製品だ。オーケストラで音源が、やや遠くなる感じはあるが、楽器の遠近感や奥行きを美しく再現し、適度のキメも細かく、バランス良く歪みも少ない。ピアノでは、中高域の張りが、やや不足してタッチが甘くなるが、柔らかく楽しめる音質。弦合奏はユニゾンがよく溶け合い、生き生きとよく動くつやっぽい音が再生される。ヴェルディは声部の厚みをやや欠くがディテールがよく再現され、強奏でも歪が少なく、スケールのあるダイナミックな音質である。ジャズ、ムードもおもしろく聴ける。ロスアンヘレスで、声と楽器のコントラストがもう少し望まれるが、総じて良いカートリッジだ。

オーケストラ:☆☆☆☆☆
ピアノ:☆☆☆☆
弦楽器:☆☆☆☆☆
声楽:☆☆☆☆
コーラス:☆☆☆☆☆
ジャズ:☆☆☆☆☆
ムード:☆☆☆☆☆
打楽器:☆☆☆☆★
総合評価:95
コストパフォーマンス:90