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デンオン DCD-3500G

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 DCD3500GとDCD3500の2モデルのCDプレーヤーは、従来のデンオンのトップモデルであるDCD3300シリーズを受け継ぐモデルである。
 外観上からは、DCD3500Gがゴールドタイプ、DCD3500がブラックタイプとして区別されるが、筐体のトップ部分の仕上げと脚部の2点が異なっている。
 Gタイプは、サイド部分と一体化したリアルウッドと内側の鋼板の2重構成、脚部は直径65mm、重量450gの黄銅削り出し製である。ブラックタイプは、4mm厚アルミ押し出し材のトップ部と、焼結合金をアルミで覆った2重構造の脚部となっており、当然のことながら、筐体構造の違いによる音質の差もあることになる。
 筐体構造をはじめとするメカニズムの設計は、無振動構造(バイブレス構造)が最大のテーマである。
 筐体関係は、サイド部分にサイドウッド、鋼板、シャーシの3重構造、底板部分は2枚の鋼板を張り合わせたバイブレスプレート、肉厚鋼板、銅メッキシャーシなどの4重ている。
 光ピックアップ部のメカニズムベースは、高剛性で、しかも内部損失が大きく振動吸収効果の高いBMC(バルク・モールド・コンパウンド)で作られ、鋼板のメカニズムベースプレートに、低反発粘弾性ゴムとコイルスプリングを組み合わせたサスペンション機構により吊りさげられ、フローティングマウント構造としている。さらにピックアップ部は、大型BMC製メカニズムシャーシに上部から組み込まれ、金属とBMCを2段に使い、振動遮断効果を追求したダブルBMCベースは、3500シリーズのみの最大の特徴である。
 筐体内部は、振動発生源であるメカニズム部分と電源トランスを左側に、振動の影響を受け音質が変化する回路系を右側に2分割する、2ボックス構造である。またデジタル回路が空間に放射する電波性雑音や磁気歪対策として、シャーシはすべて銅メッキ処理がされている。
 回路系は、アナログ・デジタル完全独立分離設計の基本で、2トランス構成による電源部の独立分離をはじめ、回路基板そのものも徹底して分離させている。アナログ部では業務用機器に多く採用されるバスパーラインを使い、インピーダンスを下げ、高周波の飛び込みを防止している。
 デジタルフィルターは、20ビット8倍オーバーサンプリング型で、量子化で標準16ビットの16倍、時間軸で44・1kHzの8倍と、小刻みなデジタル信号をD/Aコンバーターに送り出す。
 リアル20ビット・スーパーリニアコンバーター部は、業務用デジタル録音機開発での成果であるD/A変換器に、変換誤差補正回路による補正信号を加えてゼロクロス歪を排除する方式を採用したものである。本機では、デンオン独自の変換誤差補正を定評あるバーブラウン社製D/Aコンバーターに加えて使っている。また、高域の鮮明さと関係がある左右チャンネル間の時間誤差を解消するため、左右2組のコンバーターが採用されている。
 機能面では、時間指定と2点繰り返し演奏を可能とした新タイムサーチ機能、標準点灯、ミュージックカレンダーの消灯、全表示消灯のディスプレイの3段切り替え、電源を切っても約2ヵ月間、指定の曲からタイマープレイができるメモリーバックアップ機能などがある。なお、出力部は、デジタル3系統、アナログが、固定、可変の2系統に、3300シリーズの可変型から固定型となった600?バランス出力を備えている。
 試聴機は十分に予熱をしておき、ディスクを入れ音を出し、ウォームアップ時の音の変化を調べる。
 演奏開始時には、音の輪郭がクッキリとした、やや硬調の鋭角的な音を聴かせるが、2分間ほどで音に滑らかさが加わり、情報量も充分に豊かでありながら、音の芯がしっかりしてくる点に注目したい。
 音場感は、基本的に情報量が多いタイプだけに、奥行き方向のパースペクティブな再現性でも、オーソドックスな前後感を聴かせ、音像の立ち方、定位感も見事だ。
 プログラムソースに対する対応はスムースなタイプで、アナログ録音のCDではテープヒスなどのバックグラウンドノイズをサラッと聴かせるが、録音年代の新旧にあまり過敏にならないのが好ましい。
 音質、音場感ともに、従来のデンオンらしさの枠を超えた、本格派のリファレンス機としても使える実力は注目すべき点だ。
 試聴機では、フロントパネルの一番の切断面にシャープなエッジが残っていたことと、クランパーの装着音が少し気になった。

サンスイ AU-X1111MOS VINTAGE

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 AU−Xシリーズは、アンプのサンスイを象徴するスーパープリメインアンプとして、約10年前に登場した。AU−X1が、その最初のモデルである。
 このシリーズの概略の発展プロセスを眺めると、2年後の昭和56年に、AU−X11ヴィンテージとして新製品が登場した。
 このモデルで初めて、ヴィンテージというオーディオでは初めての言葉が、音楽愛好家への最高の噌り物という意味を込めて使われた。
 このAU−X1からAU−X11ヴィンテージが、いわばアナログディスク時代のスーパープリメインアンプであり、微小入力のMC型カートリッジの音を色づけなくストレートに増幅をして、強力なパワーアンプで、スピーカーを充分にドライブしようというコンセプトに基づく製品である。
 そして、CDがデジタルプログラムソースとして定着し、新しくAVが話題をにぎわせた60年に登場したAU−X111MOSヴィンテージは、新世代のサンスイのスーパープリメインアンプであり、デザイン、機能、性能なども全面的にリフレッシュした意欲作である。
●洗練されたデザイン
 今回、AU−X1111(ダブル・イレブン)MOSヴィンテージとして発売されたモデルは、AU−X1以来の単独使用が可能な強力パワーアンプに、付属機能を加えたパワーアンプ中心のプリメインアンプという基本構想に、AU−X111MOSヴィンテージでのパワーアンプのバランス型化、AV入力対応などを受け継いだスーパープリメインアンプの最新鋭機である。
 新生サンスイの新しいエンブレムをつけたパネルフェイスは、基本的な変更はないが、四面ラウンド仕上げのリアルローズウッド使用のサイドバネルの効果で、雰囲気は、AU−X111MOSヴィンテージより一段と大人っぼく、洗練された印象に変わった。
 本機の最大の技術的特徴は、バランス型パワーアンプの採用にある。ブリッジ接続とも呼ばれるこの方法は、サンスイがパワーアンプB2301で国内で初めて採用したものだ。
 バランス型パワーアンプは、アースに無関係に信号を扱うことができるため、外部雑音の影響が少なく、アンプで発生する歪を出力段でキャンセルできるなど、いわば理想のパワーアンプに一歩近づいた方式ではある。そのためには+信号系と−信号系の2系続のパワーアンプが必要であり、電源部も2倍の容量が要求されるなど、経済性ではかなりのデメリットがあるものだ。ちなみに、アースに依存しない点で、BTL接続とは似て非なるものである。
 パワー段は、MOS−FETを採用しているが、AU−X111やこれに続くAU−α907MOSリミテッドなどでの成果を踏まえて、初段からドライブ段までを全てカスケード型アンプ構成として、MOS−FETの使いこなし上でのノウハウが導入されている。
 大幅に変更が行われたのは、電源部とのことで、新開発電源トランスと電源コンデンサーによる動的なスピーカー駆動能力の向上、新設計の回路を十分に活かすためのコンデンサー、抵抗など新開発部品の積極的な採用などの他、ムクの銅を削り出した重量級インシュレーターにも注目したい。
 機能面では、高出力型MCにも対応可能な入力感度20mVのMM専用フォノイコライザー、2系統のプロセッサー人力、3系統のライン入力、3系統のテープ/ビデオ入出力をはじめ、パワーアンプダイレクト入力部での2系統アンバランス入力と1系統のバランス入力など、14系統の豊富な入力端子を備える。
 音質対策上での細かい部分ではあるが、従来のAU−X111でヘッドフォン回路の電源とビデオ部のそれとが共通であった点が改良され、ビデオ信号系とのアースによる干渉は排除された。
 このアンプの音はAU−X11に始まり、AU−X111、AU−α907MOSリミテッドと、サンスイ高級プリメインアンプに流れる、スムーズで音の粒子が細かく、流れるような音を聴かせる方向の音だ。
 しかし、基本的に異なるのは、柔らかいが充分に駆動能力があり、低域に代表される、SN比の高さに裏付けられた分解能の高さが、従来にない新しさだ。
 そのため、特に率直に柔らかい雰囲気をもって見通せる奥行き方向のナチュラルさが聴きどころだろう。趣味のオーディオにとって音とデザインの相関性は重要な部分だが、本機のまとまりはこの点も見事だ。

怪盗M1の挑戦に負けた!

黒田恭一

ステレオサウンド 87号(1988年6月発行)
「怪盗M1の挑戦に負けた!」より

 午後一時二十分に成田到着予定のルフトハンザ・ドイツ航空の701便は、予定より早く一時〇二分に着いた。しかも、ありがたいことに、成田からの道も比較的すいていた。おかげで、家には四時前についた。買いこんだ本をつめこんだために手がちぎれそうに重いトランクを、とりあえず家の中までひきずりこんでおいて、そのまま、ともかくアンプのスイッチをいれておこうと、自分の部屋にいった。
 そのとき、ちょっと胸騒ぎがした。なにゆえの胸騒ぎか? 机の上を、みるともなしにみた。
「どうですか、この音は? ムフフフフ!」
 机の上におかれた紙片には、お世辞にも達筆とはいいかねる、しかしまぎれもなくM1のものとしれる字で、そのように書かれてあった。
 一週間ほど家を留守にしている間に、ぼくの部屋は怪盗M1の一味におそわれたようであった。まるで怪人二十面相が書き残したかのような、「どうですか、この音は? ムフフフフ!」のひとことは、そのことをものがたっていた。しかし、それにしても、怪盗M1の一味は、ぼくの部屋でなにをしていったというのか?
 ぼくは、あわてて、ラスクのシステムラックにおさめられた機器に目をむけた。なんということだ。プリアンプが、マークレビンソンのML7Lからチェロのアンコールに、そしてCDプレーヤーが、ソニーのCDP557ESD+DAS703ESから同じソニーのCDP-R1+DAS-R1に、変わっていた。
 怪盗M1の奴、やりおったな! と思っても、奴が「どうですか、この音は?」、という音をきかずにいられるはずもなかった。しかし、ぼくは、そこですぐにコンパクトディスクをプレーヤーにセットして音をきくというような素人っぽいことはしなかった。なんといっても相手が怪盗M1である、ここは用心してかからないといけない。
 そのときのぼくは、延々と飛行機にむられてついたばかりであったから、体力的にも感覚的にも大いに疲れていた。そのような状態で微妙な音のちがいが判断できるはずもなかった。このことは、日本からヨーロッパについたときにもあてはまることで、飛行機でヨーロッパの町のいずれかについても、いきなりその晩になにかをきいても、まともにきけるはずがない。それで、ぼくは、いつでも、肝腎のコンサートなりオペラの公演をきくときは、すくなくともその前日には、その町に着いているようにする。そうしないと、せっかくのコンサートやオペラも、充分に味わえないからである。
 今日はやめておこう。ぼくは、はやる気持を懸命におさえて、ついさっきいれたばかりのパワーアンプのスイッチを切った。今夜よく眠って、明日きこう、と思ったからであった。
 おそらく、ぼくは、ここで、チェロのアンコールとソニーのCDP-R1+DAS-R1のきかせた音がどのようなものであったかをご報告する前に、怪盗M1がいかに悪辣非道かをおはなししておくべきであろう。そのためには、すこし時間をさかのぼる必要がある。
 さしあたって、ある時、とさせていただくが、ぼくは、さるレコード店にいた。そのときの目的は、発売されたばかりのCDビデオについて、解説というほどのこともない、集まって下さった方のために、ほんのちょっとおはなしをすることであった。予定の時間よりはやくその店についたので、レコード売場でレコードを買ったり、オーディオ売場で陳列してあるオーディオ機器をながめたりしていた。
 気がついたときに、ぼくは、オーディオ売場の椅子に腰掛けて、スピーカーからきこえてくる音にききいっていた。なんだ、この音は? まず、そう思った。その音は、これまでにどこでどこできいた音とも、ちがっていた。ほとんど薄気味悪いほどきめが細かく、しかもしなやかであった。
 まず、目は、スピーカーにいった。スピーカーは、これまでにもあちこちできいたことのある、したがって、ぼくなりにそのスピーカーのきかせる音の素性を把握しているものであった。それだけにかえって、このスピーカーのきかせるこの音か、と思わずにいられなかった。そうなれば、当然、スピーカーにつながれているコードの先に、目をやるよりなかった。
 スピーカーの背後におかれてあったのは、それまで雑誌にのった写真でしかみたことのない、チェロのパフォーマンスであった。なるほど、これがチェロのパフォーマンスか、といった感じで、いかにも武骨な四つのかたまりにみにいった。
 チェロのパフォーマンスのきかせた音に気持を動かされて、家にもどり、まっさきにぼくがしたのは、「ステレオサウンド」第八十四号にのっていた、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三といった三氏がチェロのパフォーマンスについてお書きになった文章を、読むことであった。このパワーアンプのきかせる音に対して、三氏とも、絶賛されていたとはいいがたかった。
 にもかかわらず、チェロのパフォーマンスというパワーアンプへのぼくの好奇心は、いっこうにおとろえなかった。なぜなら、そこで三氏の書かれていることが、ぼくにはその通りだと思えたからであった。しかし、このことには、ほんのちょっと説明が必要であろう。
 幸い、ぼくはこれまでに、菅野さんや長嶋さん、それに山中さんと、ご一緒に仕事をさせていただいたことがあり、お三方のお宅の音をきかせていただいたこともある。そのようなことから、菅野、長島、山中の三氏が、どのような音を好まれるかを、ぼくなりに把握していた。したがって、ぼくは、そのようなお三方の音に対しての好みを頭のすみにおいて、「ステレオサウンド」第八十四号にのっていた、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三といった三氏がチェロのパフォーマンスについてお書きになった文章を、熟読玩味した。その結果、ぼくは、レコード店のオーディオ売場という、アンプの音質を判断するための場所としてはかならずしも条件がととのっているとはいいがたいところできいたぼくのチェロのパフォーマンスに対しての印象が、あながちまちがっていないとわかった。そうか、やはり、そうであったか、というのが、そのときの思いであった。
 ぼくはアクースタットのモデル6というエレクトロスタティック型のユニットによったスピーカーシステムをつかっている。残る問題は、アクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの、俗にいわれる相性であった。ほんとうのところは、アクースタットのモデル6にチェロのパフォーマンスをつないでならしてみるよりないが、とりあえずは、推測してみるよりなかった。
 そのときのぼくにあったチェロのパフォーマンスについてのデータといえば、レコード店のオーディオ売場でほんの短時間きいたときの記憶と、菅野沖彦、長島達夫、山中敬三の三氏が「ステレオサウンド」にお書きになった文章だけであった。そのふたつのデータをもとに、ぼくは、アクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの相性を推理した。その結果、この組合せがベストといえるかとうかはわからないとしても、そう見当はずれでもなさそうだ、という結論に達した。
 そこまで、考えたところで、ぼくは、電話器に手をのばし、M1にことの次第をはなした。
「わかりました。それはもう、きいてみるよりしかたがありませんね。」
 いつもの、愛嬌などというもののまるで感じられないぶっきらぼうな口調で、そうとだけいって、M1は電話を切った。それから、一週間もたたないうちに、ぼくのアクースタットのモデル6は、チェロのパフォーマンスにつながれていた。
 ぼくのアクースタットのモデル6とチェロのパフォーマンスの相性の推理は、まんざらはずれてもいなかったようであった。一段ときめ細かくなった音に、ぼくは大いに満足した。そのとき、M1は、意味ありげな声で、こういった。
「高価なアンプですよ。これで、いいんですか? 他のアンプをきいてみなくて、いいんですか?」
 このところやけに仕事がたてこんでいたりして、別のアンプをきくための時間がとりにくかった、ということも多少はあったが、それ以上に、チェロのパフォーマンスにドライブされたアクースタットのモデル6がきかせる、やけにきめが細かくて、しかもふっくらとした、それでいてぐっとおしだしてくるところもある響きに対する満足があまりに大きかったので、ぼくは、M1のことばを無視した。
「ちょっと、ひっかかるところがあるんだがな。もうすこしローレベルが透明になってもいいんだがな。」
 M1は、そんな捨てぜりふ風なことを呟きながら、そのときは帰っていった。なにをほざくか、M1めが、と思いつつ、けたたましい音をたてるM1ののった車が遠ざかっていくのを、ぼくは見送った。
 それから、数日して、M1から電話があった。
「久しぶりに、スピーカーの試聴など、どうですか? 箱鳴りのしないスピーカーを集めましたから。」
 きけば、菅野さんや傅さんとご一緒の、スピーカーの試聴ということであった。おふたりのおはなしをうかがえるのは楽しいな、と思った。それに、かねてから気になっていながら、まだきいたことのないアポジーのスピーカーもきかせてもらえるそうであった。そこで、うっかり、ぼくは、怪盗M1が巧妙に仕掛けた罠にひっかかった。むろん、そのときのぼくには、そのことに気づくはずもなかった。
 M1のいうように、このところ久しく、ぼくはオーディオ機器の試聴に参加していなかった。
 オーディオ機器の試聴をするためには、普段とはちょっとちがう耳にしておくことが、すくなくともぼくのようなタイプの人間には必要のようである。もし、日頃の自分の部屋での音のきき方を、いくぶん先の丸くなった2Bの鉛筆で字を書くことにたとえられるとすれば、さまざまな機種を比較試聴するときの音のきき方は、さしずめ先を尖らせた2Hの鉛筆で書くようなものである。つまり、感覚の尖らせ方という点で、試聴室でのきき方はちがってくる。
 そのような経験を、ぼくは、ここしばらくしていなかった。賢明にもM1は、ぼくのその弱点をついたのである。どうやら、彼は、このところ先の丸くなった2Bの鉛筆でしか音をきいていないようだ、そのために、チェロのパフォーマンスにドライブされたアクースタットのもで6の音に、あのように安易に満足したにちがいない、この機会に彼の耳を先の尖った2Hにして、自分の部屋の音を判断させてやろう。M1は、そう考えたにちがいなかった。
 そのようなM1の深謀遠慮に気がつかなかったぼくは、のこのこスピーカー試聴のためにでかけていった。そこでの試聴結果は別項のとおりであるが、ぼくは、我がアクースタットが思いどおりの音をださず、噂のアポジーの素晴らしさに感心させられて、すこごすごと帰ってきた。アクースタットは、セッティング等々でいろいろ微妙だから、いきなりこういうところにはこびこんで音をだしても、いい結果がでるはずがないんだ、などといってはみても、それは、なんとなく出戻りの娘をかばう親父のような感じで、およそ説得力に欠けた。
 音の切れの鋭さとか、鮮明さ、あるいは透明感といった点において、アクースタットがアポジーに一歩ゆずっているのは、いかにアクースタット派を自認するぼくでさえ、認めざるをえなかった。たとえ試聴室のアクースタットのなり方に充分ではないところがあったにしても、やはり、アポジーはアクースタットに較べて一世代新しいスピーカーといわねばならないな、というのが、ぼくの偽らざる感想であった。
 そのときのスピーカーの試聴にのぞんだぼくは、先輩諸兄のほめる新参者のアポジーの正体をみてやろう、と考えていた。つまり、ぼくは、まだきいたことのないスピーカーをきく好奇心につきうごかされて、その場にのぞんだことになる。ところが、悪賢いM1の狙いは、ぼくの好奇心を餌にひきよせ、別のところにあったのである。
 あれこれさまざまなスピーカーの試聴を終えた後のぼくの耳は、かなり2Hよりになっていた。その耳で、ソニーのCDP557ESD+DAS703ES~マークレビンソンのML7L~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6という経路をたどってでてきた音を、きいた。なにか、違うな。まず、そう思った。静寂感とでもいうべきか、ともかくそういう感じのところで、いささかのものたりなさを感じて、ぼくはなんとなく不機嫌になった。
 そのときにきいたのは「夢のあとに~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」(オルフェオ 32CD10106)というディスクであった。このディスクは、このところ、なにかというときいている。オッフェンバックの「ジャクリーヌの涙」をはじめとした選曲が洒落ているうえに、あのクルト・トーマスの息子といわれるウェルナー・トーマスの真摯な演奏が気にいっているからである。録音もまた、わざとらしさのない、大変に趣味のいいものである。
 これまでなら、すーっと音楽にはいっていけたのであるが、そのときはそうはいかなかった。なにか、違うな。音楽をきこうとする気持が、音の段階でひっかかった。本来であれば、響きの薄い部分は、もっとひっそりとしていいのかもしれない。などとも、考えた。そのうちに、イライラしだし、不機嫌になっていった。
 理由の判然としないことで不機嫌になるほど不愉快なこともない。そのときがそうであった。先日までの上機嫌が、嘘のようであったし、自分でも信じられなかった。もんもんとするとは、多分、こういうことをいうにちがいない、とも思った。おそらく昨日まで美人だと思っていた恋人が、今日会ってみたらしわしわのお婆さんになっていても、これほど不機嫌にはならないであろう、と考えたりもした。
 しかし、その頃のぼくは、自分のイライラにつきあっている時間的な余裕がかった。一週間ほどパリにいって、ゴールデン・ウィークの後半を東京で仕事をして、さらにまた一週間ほどウィーンにいかなければならなかった。パリにもウィーンにも、それなりの楽しみが待っているはずではあったが、しわしわのお婆さんになってしまっている自分の部屋の音のことが気がかりであった。幸か不幸か、あたふたしているうちに、時間がすぎていった。
 そして、あれこれあって、ルフトハンザ・ドイツ航空の701便で成田につき、怪盗M1の挑戦状。
「どうですか、この音は? ムフフフフ!」を目にしたことになる。
「ちょっとひっかかるところがあるんだがな。もうすこしローレベルが透明になってもいいんだがな。」、と捨てぜりふ風なことを呟きながら一度は帰ったM1の、「どうですか、この音は? ムフフフフ!」、であった。ここは、やはり、どうしたって、褌をしめなおし、耳を2Hにし、かくごしてきく必要があった。
 翌日、朝、起きると同時にパワーアンプのスイッチをいれ、それから、おもむろに朝食をとり、頃合をみはからって、自分の部屋におりていった。
 ぼくには、これといった特定の、いわゆるオーディオ・チェック用のコンパクトディスクがない。そのとき気にいっている、したがってきく頻度の高いディスクが、そのときそのときで音質判定用のディスクになる。したがって、そのときに最初にかけたのも、「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」であった。
 ぼくは、絶句した。M1に負けた、と思った。
 スピーカーの試聴の後で、菅野さんや傅さんとお話ししていて、ぼくは自分で思っていた以上に、スピーカーからきこえる響きのきめ細かさにこだわっているのがわかった。もともとぼくの音に対する嗜好にそういう面があったのか、それとも、人並みに経験をつんで、そのような音にひかれるようになったのかはわかりかねるが、そのとき、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6で、「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」をきいて、ぼくは、これが究極のコンポーネントだ、と思った。
 また、しばらくたてば、スピーカーは、アクースタットのモデル6より、アポジーの方がいいのではないか、と考えたりしないともかぎらないので、ことばのいきおいで、究極のコンポーネントなどといってしまうと、後で後悔するのはわかっていた。にもかかわらず、ぼくはソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6できいた「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」に、夢見心地になり、そのように考えないではいられなかった。
 ぼくのオーディオ経験はごくかぎられたものでしかないので、このようなことをいっても、ほとんどなんの意味もないのであるが、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6できいた音は、ぼくがこれまでに再生装置できいた最高の音であった。響きは、かぎりなく透明であったにもかかわらず、充分に暖かく、非人間的な感じからは遠かった。
 静けさの表現がいい、などといういい方は、オーディオ機器のきかせる音をいうためのことばとして、いくぶんひとりよがりではあるが、そのときの音に感じたのは、そういうことであった。すべての音は、楽音が楽音たりうるための充分な力をそなえながら、しかし、静かに響いた。過度な強調も、暑苦しい押しつけがましさも、そこにはまったくなかった。
 ぼくは、気にいりのディスクをとっかえひっかえかけては、そのたびに驚嘆に声をあげないではいられなかった。そうか、ここではこういう音の動きがあったのか、と思い、この楽器はこんな表情でうたっていたのか、と考えながら、それまでそのディスクからききとれなかったもののあまりの多さに驚かないではいられなかった。誤解のないようにつけくわえておくが、ぼくは、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6のきかせる音にふれて、そこできけた楽器や人声の描写力に驚いたのではなく、そこで奏でられている音楽を表現する力に驚いたのである。
 したがって、そこでのぼくの驚きは、オーディオの、微妙で、しかも根源的な、だからこそ興味深い本質にかかわっていたかもしれなかった。オーディオ機器は、多分、自己の存在を希薄にすればするほど音楽を表現する力をましていくというところでなりたっている。スピーカーが、あるいはアンプが、どうだ、他の音をきいてみろ、と主張するかぎり、音楽はききてから遠のく。つまり、ぼくは、ソニーのCDP-R1+DAS-R1~チェロのアンコール~チェロのパフォーマンス~アクースタットのモデル6のきかせる音をきいて感動しながら、そこでオーディオ機器として機能していたプレーヤーやアンプやスピーカーのことを、ほとんど忘れられた。そこに、このコンポーネントの凄さがあった。
 こうなれば、もう、ひっこみがつかなかった。まんまと落とし穴に落ちたようで、癪にはさわったが、ここは、どうしたってM1に電話をかけずにいられなかった。目的は、あらためていうまでもないが、留守の間においていかれたソニーのCDP-R1+DAS-R1とチェロのアンコールを買いたい、というためであった。
「ソニーのCDP-R1+DAS-R1はともかく、チェロのアンコールはご注文には応じられませんね。」
 M1は、とりつく島もない口調で、そういった。
 M1の説明によると、チェロのアンコールの輸入元は、すでにかなりの注文をかかえていて、生産がまにあわないために、注文主に待ってもらっている状態だという。ぼくの部屋におかれてあったものは、輸入元の行為で短期間借りたものとのことであった。事実、ぼくがチェロのアンコールをきいたのは、ほんの一日だけであった。その翌日の朝、薄ら笑いをうかべたM1が現れ、いそいそとチェロのアンコールを持ち去った。
「いつ頃、手にはいるかな?」
 M1を玄関までおくってでたぼくは、心ならずも、嘆願口調になって、そう尋ねないではいられなかった。
「かなり先になるんじゃないですか。」
 必要最少限のことしかしゃべらないのがM1の流儀である。長いつきあいなので、その程度のことはわかっている。しかし、ここはやはり、なぐさめのことばのひとつもほしいところてあったが、M1は、余計なことはなにひとついわず、けたたましい騒音を発する車にのって帰っていった。
 しかし、ソニーのCDP-R1+DAS-R1は、残った。プリアンプをマークレビンソンにもどし、またいろいろなディスクをきいてみた。
 ソニーのCDP-R1+DAS-R1がどのようなよさをもっているのか、それを判断するのは、ちょっと難しかった。これは、束の間といえども大変化を経験した後で、小変化の幅を測定しようとするようなものであるから、耳の尺度が混乱しがちであった。一度は、M1の策略で、プリアンプとCDプレーヤーが一気にとりかえられ、その後、CDプレーヤーだけが残ったわけであるから、一歩ずつステップを踏んでの変化であれば容易にわかることでも、そういえば以前の音はこうだったから、といった感じで考えなければならなかった。
 しかし、それとても、できないことではなかった。これまでもしばしばきいてきたディスクをききかえしているうちに、ソニーのCDP-R1+DAS-R1の姿が次第にみえてきた。
 以前のCDプレーヤーとは、やはり、さまざまな面で大いにちがっていた。まず、音の力の提示のしかたで、以前のCDプレーヤーにはいくぶんひよわなところがあったが、CDP-R1+DAS-R1の音は、そこでの音楽が求める力を充分に示しえていた。そして、もうひとつ、高い方の音のなめらかさということでも、CDP-R1+DAS-R1のきかせかたは、以前のものと、ほとんど比較にならないほど素晴らしかった。しかし、もし、響きのコクというようなことがいえるのであれば、その点こそが、以前のCDプレーヤーできいた音とCDP-R1+DAS-R1できける音とでもっともちがうところといえるように思えた。
 なるほど、これなら、みんなが絶賛するはずだ、とCDP-R1+DAS-R1できける音に耳をすませながら、ぼくは、同時に、引き算の結果で、マークレビンソンのML7Lの限界にも気づきはじめていた。はたして、M1は、そこまで読んだ後に、ぼくを罠にかけたのかどうかはわかりかねるが、いずれにしろ、ぼくは、今、ほんの一瞬、可愛いパパゲーナに会わされただけで、すぐに引き離されたパパゲーノのような気持で、M1になぞってつくった少し太めの藁人形に、日夜、釘を打ちつづけている。

パイオニア Exclusive M5

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

雰囲気のよい音と、スムーズに伸びたナチュラルなレスポンスをもつアンプだ。今回の試聴では、従来の穏やかで安定感はあるが、軽さ、反応の早さが不足気味な点が明瞭に改善され、軽い濃やかな表現が聴き取れるようになった。音の粒子は適度に細く滑らかで、サラッとした、素直で気持ちのよい音を聴かせる。プログラムソースとの対応は自然で、ややリアリティを欠くが、伸びがあり、キレイな音だ。ウォームアップは穏やかで差は少ない。

音質:87
魅力度:93

50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

 50万円以上100万円未満のパワーアンプの試聴テストの基本的な試聴条件は、50万円未満のパワーアンプと同じであるが、価格に応じた性能、音質の向上に対応する目的で、一部変更を加えている。
 試聴用スピーカーは、前述のとおりにブックシェルフ型のダイヤトーンDS3000からフロアー型のDS5000に変更して、一段と情報量の豊かなモニターリングができるようにしている。
 計測上の周波数レスポンスに代表される特性は、一般的な観念からすれば、両者の間にそれほどの差はないが、ウーファーユニットの大口径化に伴うエンクロージュアの容積増加と、低域レスポンスのエンベローブが変わるバスレフ方式の採用による聴感上での低域の変化は、音色、質感、音場感再現能力など、全面的に影響を与えることになる。DS3000と比較してDS5000の最大のポイントは、ローレベル再生でのナチュラルさと、スケール感の豊かさといったフロアー型システムならではの魅力をもったところである。
 次に変えたところはアッテネーターである。試聴するパワーアンプが、50万円未満の製品に比べ、質的、量的に内容が向上してくると、アッテネーターにも、ややキャラクターを抑え気味のタイプを使ったほうが、アンプ自体の内容を聴き取る目的にふさわしいように思われる。
 アッテネーターには、カウンターポイントSA121stを使う。この製品は、本誌別冊のCDプレーヤー特集などでも使われたものだが、比較的キャラクターが少なく素直な音が得やすい。しかし、中域の一部に一種の明快さと関連性のある、少し乾いた音をもつために、今回使ったものは編集部で少し手を加えて、ほぼキャラクターのない音としている。
 このナチュラルさと引き替えに、伸びやかさ、反応の早さ、音の鮮度感など、音楽を楽しむために重要な要素が若干抑えられているが、試聴用としてはむしろ好ましいといえる。また、コントロールアンプを使わない、ダイレクトにCDプレーヤーの出力をパワーアンプに送る今回の試聴条件では、この程度のハンディキャップで本来の音質が発揮できないようでは、少なくとも、この価格帯のパワーアンプとしては失格であると思う。
 アッテネーターの変更とともに、試聴方法も一部変更して、アッテネーターを使わずにダイレクトにCDプレーヤーの出力をパワーアンプに送りこんでも、試聴している。
 そのための試聴ディスクは、ほぼ試聴に相応しい再生音量レベルを確保し、しかもローレベルから、かなりのレベルまでのダイナミックレンジを広くとって、パワーアンプの音をチェックするために、録音レベルがちょうどよいものを選択しなければならない。それに加えて、一枚のディスクのなかで数箇所の音のチェックをしやすい部分があり、音場感的にも素直な録音のものが必要である。
 選んだディスクは、インバル指揮、フランクフルト放響のマーラーの交響曲第4番(デンオンレーベルの一枚)である。録音系がシンプルであり、その部分でのノイズが少なく、物理的に素直な方式といえるワンポイント録音を採用しているために、オーディオ的なチェックをするために好適なディスクである。
 一般的な試聴を終えてから、テスト用のCDを交換しながら使った第2のソニーCDP555ESDに、このディスクをセットして、ダイレクトにパワーアンプをドライブしている。なお、ディスクの出し入れに伴う音質変化は、2、3度出し入れを行って平均化してある。CDプレーヤーからパワーアンプへのRCAピンコードは、共通に使ったオーディオテクニカ製PCOCCコードである。
 使用スピーカーとアッテネーターが変わったため、試聴室内のセッティングは、リファレンス用アンプにアキュフェーズP500を使い、主にスピーカー側のセッティングによりサイドチューニングを行った。基本的な条件は、音質チェック用を目的としているため、わずかに抑え気味とし、とくに高域での聴感上のSN比を高くするために、細部の追い込みをしている。
 試聴メモ、音質と魅力度の採点項目については、50万円未満と同じである。この二つの価格帯の試聴では、試聴用スピーカーとアッテネーターを変えているが、前述のように、かなりの数のアンプはスピーカーをDS5000にかえて重ねて試聴しているため、採点でのリファレンスレベルはかなり高いはずだ。
 結果として、音質が80〜87点、魅力度で82〜93点と数字的には差は少ない。
 音質面で、基本的に望まれることは、50万円未満の価格帯のパワーアンプとは異なり、スピーカーをドライブするパワーアンプとして、音の純度は高いが高域に偏った帯域バランスであるとか、パワー感はあるが高域の濃やかさ、伸びが足りないといったレベルでは、もはや通用しない世界だ。かなり総合的なバランスの良さが、音質面で要求されることになる。
 平均的に、このクラスの価格帯のパワーアンプでは、筐体の外形寸法も大きく、重量面でも50kgに達するヘビーウェイトである。そのため、設置場所の床の状態や構造、スピーカーとの相対的位置による音響的、機械的な振動による音の変化、100V交流電源の給電方法など、何が変化しても、音はそれに応じて予想以上に変化することになる。
 今回の試聴では、一般的なパワーアンプの使われるであろう条件よりも、充分に注意を払った使用条件を設定してあり、個別の細かいセッティング直しも行っている。いわば、あるレベル以上の音質が得られて当然、という条件でのチェックであるだけに、音質の採点は抑え気味にしてある。
 50万円以上100万円未満の価格帯になると、いわゆるモノーラル構成の左右独立した筐体をもつ製品が増加している。電気的にも、機械的にも、左右チャンネルが独立した構成は、一般的に内容が同等である場合においても、ステレオ構成と比較して、音場感情報が豊かになり、音の純度や分解能の高い音が得られやすい。いわゆる音場感や、奥行き方向のパースペクティブや、高さ方向のディフィニションのよさが本質的に得られやすいタイプといえる。
 しかし、筐体が独立しているということは、リスニングルーム内で、前述のように機械的、音響的に同じ条件に設置することが難しくなり、その点は、注意すべきだ。
 また、電気的にも電源コードが左右2本あり、同じ壁のコンセントからダイレクトに取ったとしても、コンセントの構造面で、左右共通の条件は電
気的に存在せず、左右チャンネルの差し込みを変えると音場感、音質は、それなりに誰にでも判断できるレベルで変化する。テーブルタップを使う場合でも同様なことは起きやすく、左右どちらのチャンネルの電源コードを先に差し込むか──つまりテーブルタップのコードに近い方か、遠い方かの問題であるが──これによっても音は変化を示すことになる。
 この電源コード関係の複雑化は、デジタルとアナログ用に別系統の電源コードを備えたコントロールアンプや、ステレオ構成で左右チャンネル独立の電源コードを備えたパワーアンプ、モノ構成で、+側と−側独立電源コード採用のパワーアンプの出現など、今後、実際の使用上で、かなり重要なポイントになりそうな部分である。
 魅力度の採点は、音の魅力もさることながら、筐体関係のデザイン、構造、材料の選択から加工精度をはじめ、入出力端子、メーター関係などの要点も重要なチェック項目であり、音質の魅力度のみと限定されたとしても、パワーアンプらしいデザインや姿、形は音の魅力と表裏一体のものであり、それらの影響なしに音を判断することは、むしろ至難の業というべきだろう。
 現代のオーディオ機器は、性能が向上しているだけに、いわゆるエージングやウォームアップによる音の変化が認められる。とくにハイパワーを扱うパワーアンプでは、熱容量が大きく、半導体そのものの性能が、温度と直接的に関係をもつために、電源スイッチ投入後の音の変化は、当然といってもよく、短くても1時間、とくに長い場合には、約1日という時間が、安定化するために必要なことを経験している。この電源スイッチを入れてから音が安定するまでの変化を、ここではウォームアップという表現を使っている。
 今回の試聴では、各パワーアンプは試聴前に3時間ほど電源スイッチをいれておき、抵抗を負荷としたダミーロードを使って音楽信号により約30分間のウォームアップを行い対処しているが、実際にスピーカーシステムを負荷として試聴をはじめると、再びダイナミックな意味でのウォームアップが明瞭に聴きとれるモデルが、このクラスではかなり存在している。
 パワーアンプでは、温度の変化に対応して、パワー段のバイアス電流に代表される電流のコントロールをするために、温度検出用のディバイスを使っている。パワーステージのヒートシンクの温度が上昇すれば、流れている電流を減らして温度を下げる働きを感熱素子がしているわけだが、この感度が高ければ、音への影響が直接的になりすぎるし、感度が低ければ、音の変化は緩やかになる。この変化に注意すると、聴感上でのかなりのバランス変化として聴きとれるものであることがわかる。言葉で表現すれば、適度の感度になるように感熱素子の位置決めをしてコントロールすればよいのだが、現実的にはかなり困難な問題である。それに、この辺かを当然のものとして軽視するか、問題点として認識し解決策を施すかは、いわば設計者の認識と感性の問題であることが多く、ヒアリングチェックする側でも同様に、この音の変化を認識し、問題提起としてフィードバックが充分に行われているかどうか様々のようである。
 現実に、試聴をしたパワーアンプのなかには、明快で粒子が粗く固い音から、低域から中低域に豊かさが加わり、音の粒子も滑らかで安定感のある音という例のように、変化量の代償、時間的な差こそあれ、一方通行的な変化を示すタイプが一般的である。なかには、感熱素子の動作が遅く、対面通行的にハンティングを繰り返しながら収まるモデルもあったが、それらは熱安定度の悪いアンプで、優れた音質は期待できるわけはない。また、数枚のディスクを使う程度の時間では、本来の都民質が得られるまでウォームアップをしていない製品もあるはずである。しかし、電源スイッチ投入後、合計して約4時間が経過しても、まだウォームアップ不足というのは、基本的に設計の欠陥と判断するほかない。
 ウォームアップと同様に、エージングという表現をしている部分は、オーディオ機器での、メインテナンスも含む問題による、一種の音の劣化と考えていただきたい。しばらく使っていないアンプなどでは、電源スイッチを入れて音を聴いてみると、予想以上に生彩を欠く貧相な音に驚かされることがよくあるであろう。平均的な音楽を聴くという使用頻度からすれば、設置してあった期間にもよるが、早くても数日かかるし、1年近く使っていない場合には、約1ヵ月は音が回復せず、場合によっては、らしい音に戻らないケースも往々にしてあるようである。厳密に音質をチェックする目的で、再現性を重視した条件でのセッティングをした試聴室などでは、一週間程度の使わない期間があれば、エレクトロニクス系のCDプレーヤーやアンプはもとより、スピーカーシステム、ルームアコースティックにいたる状態の変化が、音の変化となり、約半日はリファレンスレベルの音にならない例は、よく経験することである。エレクトロニクス関係のコンポーネントでは、電力扱うだけにパワーアンプで、この影響が大きい。メインテナンスの意味を含めてチェックされ、エージングされたアンプと、長期間にわたり、ほとんど使用されず倉庫などに眠っていたものをメインテナンスぬきで使ったものとの差は、想像以上に格差があり、活き活きとした反応の早い音と寝起きの悪い、ザラついた貧相な音といった程度の差は充分にある。
 今回は、パワーアンプの試聴がテーマであるだけに、各試聴用パワーアンプは、本来の性能、音質を発揮できるような状態で用意されたものと信じたいが、試聴後の実感としては、エージング不足のモデルがかなり存在していたようである。海外製品では流通面の制約もあり、この問題は或る程度不可避と考えてよいだろう。しかし、国内製品では、許されることではないだろう。最新モデルについては、使い込み不足の、一種の角ばった若さ、粗さが音に出ることはやむを得ない。しかし、既に製品として安定度を増しているはずの既発売のモデルについては、各メーカーには完全なメインテナンス上での管理体制が存在しているはずなので、なおエージング不足が聴きとれるのは、製品管理の問題か、少なくともパワーアンプに対する認識不足の現れである。高級オーディオが見直されだしている昨今の傾向も加味すれば、良い状態で自社製品の音を聴かせる条件の欠如として、考え直してほしいところである。
 50万円以上100万円未満のパワーアンプから受けた印象は、日常生活的な価値感からすれば、価格も高価格なものであるだけ
に、一種の本格的なイメージをもつモデルが多い。また、国内製品、海外製品ともに、ブランドバリエーションもそれなりに豊かであり、一部を除いてはパワーハンドリング面でも充分なものがあるようだ。これ以上の定格パワーをもつパワーアンプでは、現在の電力事情では消費電力の変化が大きく、場合によれば専用の電源ラインを設置しないと、本来の性能が発揮できない例も多い。そのため、単純なパワー志向は、むしろ音質の劣化を招きかねない。
 性能、音質の向上に伴いパワーアンプは大型化の傾向を示すが、その結果、振動面での、音質を阻害する要因はむしろ増大しがちである。
 パワーアンプは、コンポーネントのなかで、もっとも振動の発生が多いジャンルである。大電力を扱うだけに電源トランスの容量は大きくなり、スタティックにもトランスは電源周波数でうなるものであり、電力消費がオーディオ信号の強弱により変化をすれば、うなりも増減し、過度的な場合には身震いに似た、ガクンという振動を発生することもある。またヒートシンクと並列使用されることが多いパワートランジスターは、一種の音叉と共鳴箱の関係にあり、かなり鳴きやすい構造になっている。
 この2種類の振動発生源を収納する筐体は、重量物を扱うだけに、構造、材質面で、これで充分という明快な尺度はなく、重く、硬いという振動的に不利な条件を多く持っており、この部分での対策を施したと考えられる製品は、皆無に等しい。けれども、筐体を支える脚の数を平均的な4個から増加させ、設置上の問題をクリアーしようとした製品が増加しており、この部分での変化が、筐体構造全般を見直す糸口となることに期待したい。
 機能面では、業務用に準じたバランス型入力を備えるモデルが増加傾向である。業務用的意味あいではなくとも、電子スモッグに代表される空間や電源の汚染が進行している昨今では、オーディオ機器感の接続にバランスラインを採用するメリットは予想外に大きく、音質劣化への一種の歯止めとして考えるべきことである。
 バランス入力採用のメリットを延長すれば、D/Aコンバーターをビルトインするためにも、パワーアンプはスピーカーにもっとも近く、最適の部分であろう。石英系の光ファイバーを使った光系と同軸型の2種類のディジタル入力と、バランスとアンバランスの2種類のアナログ入力を備え、リモートコントロールで音量調整を可能としたパワーアンプは、振動面、電磁波輻射面、さらに発熱の問題を含み、リスニングポジションから離れたスピーカー近くに設置できるようになり、スピーカーとの接続ケーブルも短くなり、そのメリットは大きいはずである。
 試聴の結果、印象に残った特徴的なモデルをあげると、まずアキュフェーズP500とクレルKSA50MK2である。ともに、充分にコントロールされた、スムーズでしなやかな音を聴かせリファレンス的に使えるナチュラルな性格を特徴とする。音質的な洗練度とスケール感はアキュフェーズ、ややスケールは小さいが、ミネラルウォーター的な味わいはクレルのものである。
 ヤマハMX10000とパイオニア エクスクルーシヴM5は、開発年代はかなり異なるが、資質的にはかなりのものがあり、前者しなやかさをもった安定感、豊かさの魅力と、後者の現代的な明解さをもつ魅力は、外観上のデザイン、仕上がりを含め、それぞれにふさわしい。現状では、それぞれに未開発の部分を残しているが、今後にかなりの期待がもてる製品である。
 マッキントッシュMC7270とカウンターポイントSA20は、出力トランス採用と管球・半導体ハイブリッド構成という内容的な個性をベースとして、よい意味でのアメリカのアンプならではの個性的な魅力をもつ製品である。音質的には、それぞれに油絵的な性質ではあるが、華やかで明るい色彩感の豊かさと、明度、彩度を抑えたパステルトーンの滑らかさに似た対比は、国内製品に望みえない特徴である。
 サンスイB2301Lは、BTL方式とは似て非なるバランス型出力をもつユニークな製品であるが、旧B2301の押し出しのよい豪快な音から、Lに変わり、質的には向上したが、反応が穏やかに過ぎた印象があった。しかし今回試聴した印象では、中域から高域の純度が向上し、かなりナチュラルな反応を示すアンプになっている様子である。表現を変えれば、バランス出力型のメリットが音に出てきた、いえるであろう。ただしウォームアップでの音の変化は明瞭で、改善を望みたい。
 ウエスギUTY5は、モノ構成の管球パワーアンプとして、時間をかけて作りこまれており、部品の選択、配線の美しさなど、仕上げも見事であり、現在の管球アンプ中では、群を抜いた完成度の高さがある。音質面では、スムーズでよく磨かれた音をもち、適度に鮮度感もあり、精緻な水彩画を思わせる雰囲気は、誰しも認めざるを得ない領域に達しているように思われる。
 その他、QUAD510、スレッショルドSA/3、スイスフィジックス♯4などは、パワーハンドリング面での筐体構造上で有利に働き、海外製品として音の純度もそれなりに高く、特徴を引き出すセッティングを行えば、充分期待に応えてくれるアンプであると思う。

オンキョー Integra M-508

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

しなやかで、独特の粘りのある傾向をもつ音である。音の粒子は、細く磨かれており、プログラムソースの細部を素直に見せるだけのクォリティの高さをもっている。バランス的にはやや中域の薄さがあり、音像は小さく少し距離感を持って奥に定位する。木管合奏は適度にハモリと濃やかさがあり、サロン風なまとまりとなる、ビル・エバンスは、少し現代的にすぎ、古さが出ず、それらしくないようだ。

音質:80
魅力度:83

ハーマンカードン Citation 22

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

柔らかい低域に、やや硬質な中域から中高域がバランスした個性型の音である。1曲目のヴォーカルは、子音の強調感があり、音像も少し大きい。木管合奏では全体にメタリックさが残り、ハーモニーが薄いが、雰囲気はそれなりにまとまる。テクノポップスでは、まずるつずのまとまりだ。全体に低域の質感が甘く、力強さが不足気味になったのは、アッテネーターの硬調な傾向が上乗せになったようだ。

音質:72
魅力度:76

リン LK2-75

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

独特の個性の強い明快な音をもつアンプだ。帯域バランスは、ややナローレンジ型で、中域から中高域に特徴的な硬質のキャラクターがあり、これが、プログラムソースを、このアンプの音として聴かせるために働いている。全体に、硬質に、スケールを小さくして聴かせるが、バランスよくまとめる能力は抜群で、入出力は変化しても納得できる音である点は、良い意味でのカセットデッキ的な一種の魅力。

音質:71
魅力度:79

スイスフィジックス Model 4

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

ハイエンドとローエンドをピシッと抑えた充分な帯域コントロールと、やや硬質で明快な抜けのよい音をもつアンプだ。プログラムソースとの相性は、全体に音を整理して、小さな枠の中で聴かせる傾向があり、いわばミニチュアの世界を見せられた印象が強い。1曲目のヴォーカルは、響きも美しく、子音の抜けもキレイであり、弦楽合奏もスケールは小さいが小出力アンプのメリットの活きた音だ。スピーカーは低域の量感重視でセッティングしたい。

音質:84
魅力度:86

オンキョー Integra M-510

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

響きの豊かな、滑らかでトロッとした独特の雰囲気の音をもつ個性的なアンプである。1曲目のヴォーカルは、一語、一語、言葉を丁寧に歌うようなイメージとなり、音像は少し大きい。カンターテ・ドミノは、ライブネスがタップリした広い空間の再現に特徴があり、天井の高さや暗騒音の細部は出にくいようである。音を聴いた印象からは、充分に手が加えられ磨き込まれた音ではあるが、基本的な音の傾向はかなり個性的であり、万能型ではないようだ。

音質:85
魅力度:85

カウンターポイント SA-20

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

豊かな中低域と、明快な中高域がバランスした帯域バランスと、海外製品としては数少ない、正確に音を聴かせようとする印象のアンプだ。音色は、低域は柔らかく滑らかで、少し暗さがあり、中域から中高域は、硬く、明るいタイプである。音像は大きいが明快であり、音場感は標準より少し狭く、見通し不足気味だ。ウォームアップは、ソフトフォーカス気味の粗い硬さのある音から、余裕のある安定した音に変わるタイプ。堅実な手堅い音のアンプである。

音質:83
魅力度:88

ナカミチ PA-50

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

スムーズでキレイな音を指向した音だがバランス的には低域が不足気味で、坐りのよい安定感のある印象に欠けるようだ。プログラムソースは、全体に小さく表現し、それぞれの録音のキャラクターは素直に聴かせるだけのクォリティをもっている。太鼓の連打での立ち上がりの甘さは、電源部に起因するもののようで、問題がクリアーされれば、中域以上の質が高いだけに、かなり優れたアンプになりそうな印象が強い。

音質:73
魅力度:78

パイオニア M-90

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

ナチュラルな帯域バランスと解像力を豊かに音として聴かせるだけの本格派の音をもつアンプだ。プログラムソースにはナチュラルに対応を示し、充分な力感に支えられて、正確に、無駄なく音を聴かせるパフォーマンスが目立つ。聴き込むと、弦の合奏での分解能、教会コーラスでの高さを感じさせるディフィニションに少しの不満を残すが、価格帯満足度は充分に高い。アッテネーターの硬調さの影響のないアンプだ。

音質:83
魅力度:90

ハフラー XL-280

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

無理なく充分にコントロールされた帯域バランスと適度に明快でメリハリの効いた判りやすい音が特徴のアンプだ。1曲目のヴォーカルは少し硬質な出だしであったが6曲目あたりからは安定した音になる。音像はクリアーで、シャッキッとしたプレゼンスが聴かれる。高域はクッキリと聴かれるが、リンキング気味で細部は見えないが大変巧みな音づくりが効果的に活かされている。思い切りよく、まとまった音が特徴。

音質:74
魅力度:79

クレル KSA-50MK2

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

スムーズなレスポンスをもつ素直なキャラクターが特徴のアンプだ。プログラムソースは、小編成のものに、軽く程よく抜けた雰囲気のよい音が聴かれ、楽しいが、反応は穏やかであり、鮮度感もやや不足気味である。音像は小さくまとまるが、輪郭は柔らかく、音場感はスピーカーの奥に拡がり、教会などの空間は小さく感じられる。音色もフワッとした軽さ、柔らかさがあるが、全体にパステルトーンの淡い色彩感だ。高能率スピーカーが必要なアンプ。

音質:83
魅力度:88

オーディオラブ 8000P

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

安定感のある穏やかな帯域バランスに、一種のまろやかさを感じさせる、ゆったりした音が特徴的なアンプだ。少し細かく聴くと、中低域の量感はあるが、最低域と最高域は緩やかに落ちるレスポンスをもち、中域には潜在的に粗い硬さが残るようだ。音場感は、QUADよりもナチュラルにCDらしく拡がるが、少し音が遠く感じられるたいぷ。音色は暖色系で、長時間聴いても疲れない反面、表情は単調で突っ込み不足。

音質:73
魅力度:76

ヤマハ MX-10000

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

安定感のあるピシッと伸びた、フラット型の帯域バランスと、カラッとした良い意味での乾いた、硬質な魅力をもつ音だ。低域は質的には高いが柔らかいタイプで、中高域の少しメタリックな質感と巧みにバランスしている。プログラムソースとの対応は明快な音で表現するが、雰囲気も充分に伝える。太鼓連打での反応は、電源部の強力さが感じられ、並の250Wクラストは異なった力強さが聴き取れるが、なぜかアタックの瞬発力は標準プラス程度に留まった。

音質:86
魅力度:92

新藤ラボラトリー F2a

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

高、低両エンドを抑えた安定感のある帯域バランスと、サワッとした、程よく明快さを感じさせる、良い意味での木綿の肌触りに似た、一種の粗さが特徴の音だ。プログラムソースには全体に安定な対応を示し、硬質にクッキリとコントラストをつけて、判りやすく聴かせる。太鼓の連打でも左右の太鼓の違いを明瞭に聴かせ、低域の安定度、質感はかなりのものだ。音像は少し大きいがクッキリと立ち、音場感はやや見通し不足気味で、奥行きの感じが出ない。

音質:82
魅力度:84

マッキントッシュ MC7270

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

バランスのよい安定感のある音である。低域は柔らかく、中低域の量感がタップリとあり、適度に硬さのある中域が、このアンプの潜在的な味わいの中核である。高域はなだらかに落ちているように聴こえる。プログラムソースには、かなりアクティブに働きかけ、バランスを保ちながら、雰囲気よく音楽を伝える。太鼓の連打では、予想よりも軟調な表現となり、瞬発力よりはジワッとした力感であるのが判る。音像はやや大きく、音場感はほぼ標準的か。

音質:81
魅力度:90

ウエスギ UTY-5

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

スムーズな帯域バランスと濃やかさのなかに、適度な緻密さがあり、色彩感の淡いキレイな音を聴かせる。プログラムソースとの対応はナチュラルで、やや淡泊な傾向に聴かせるが、必要な要素はかなり正確に伝えるため、これはこれで、ひとつの姿、形にピタッとはまった完成度の高さが感じられる。音像はスッキリと小さくまとまり、音場感は少し遠くに拡がる。ウォームアップは、穏やかで、濃やかさ、密度感が徐々に加わるタイプだ。

音質:86
魅力度:93

QUAD 510

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

帯域幅をコントロールした、フラット型の帯域バランスと、クッキリとした硬質なストレートな音が特徴のアンプだ。プログラムソースとの対応は安定感があり、必要な情報量はかなり正確に伝えるが、一定の枠にピタッと抑えるあたりは、いかにもQUADのアンプらしいキャラクターである。音像は明快だが少し大きく、音場感はやや奥に拡がる傾向がある。音色は少し重く、暗く、鮮明感がもう少し欲しい。ウォームアップで少し穏やかさが加わる。

音質:83
魅力度:86

アキュフェーズ P-500

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

スムーズに伸びた帯域レスポンスと、ナチュラルで、キレイな音を聴かせるアンプだ。プログラムソースには、素直な反応を示し、対応は穏やかであるだけに、それぞれの個性を少し抑えて聴かせる。リファレンス用としての信頼感は高いが、欲をいえば、もう少し積極性が欲しいように思う。ウォームアップは、ソフトフォーカスで線の細い音から、中低域の量感が増し音の見通しがよくなるタイプで、ほぼ、数分で安定する。入念に作られた好ましいアンプだ。

音質:87
魅力度:93

サンスイ B-2301L

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円以上100万円未満の価格帯のパワーアンプ15機種のパーソナルテスト」より

穏やかな安定感のある帯域バランスと、余裕があり、伸びやかな音だ。今回の試聴では、従来に比べて音のキャラクターが変わったようで、音の粗さ、単調さが改善され、聴感上でのSN比の向上がポイントである。この店はカンターテ・ドミノの空間の拡がりや、音の消え方などで聴き取れる。音色は、やや暗い面があり、反応の早さが加われば、かなりなアンプになるだろう。ウォームアップは、初期は硬質で線が細く、数分で本来の音に移行するタイプ。

音質:84
魅力度:89

アキュフェーズ P-300V

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

穏やかなキャラクターで、音をキレイに聴かせるアンプだ。第1曲のヴォーカルは、P102的なスッキリとしたシャープさで始まるが、カンターテ・ドミノの9曲目あたりから穏やか型に変わり、サロン風な響きをもった安定したスムーズな音を聴かせる。スピーカーのセッティングを少しハード側に寄せれば、クォリティの高さがあるだけに、華やかさ、プレゼンスの良さが引き出せる。低域は少し抑え気味か。

音質:84
魅力度:84

QUAD 405-2

井上卓也

ステレオサウンド 84号(1987年9月発行)
特集・「50万円未満の価格帯のパワーアンプ26機種のパーソナルテスト」より

CDがアナログディスク的な帯域バランスとコントラストになる特徴的なアンプだ。音の粒子は、やや粗粒子型で、ヴォーカルの子音はラフになり、教会でのコーラスの反響、余韻の細部が不明瞭になる。全体に、マクロ的に音をまとめるのが特徴だ。ビル・エバンスは、少し軽いが、リズム感も優れ、かなり聴きごたえのする音だ。小粒ながら基本は抑えてあり、太鼓連打でも、小出力ながら予想以上の音が聴かれた。

音質:72
魅力度:80