菅野沖彦
ステレオサウンド 95号(1990年6月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より
オーストラリアのAKGは、ヘッドフォンやカートリッジ、そしてマイクロフォンで世界中で高い評価を得ているトップブランドである。音楽の国オーストリア、特にウィーンやザルツブルグで、馴染みの深いこの国の香り高い文化がAKG以外には音の面ではあまり知られていないのはむしろ淋しい気がする。事実、このブランド以外の音響メーカーなきに等しいようで、私の音楽やオーディオの知人たちに聞いても、彼らが挙げるブランドはたいていドイツかスイスのものだ。オーストリアで使われているオーディオ機器は日本製品かアメリカ製品、そして、イギリス製がヨーロッパ製なのである。つまり、オーストリアではヨーロッパ製でよいのであって、ことさら、オーストリア製に対するこだわりはない。ヨーロッパの中でも、それほど独自な音の美感覚や音楽性をもっているウィーンのことだから、その感覚や伝統がオーディオに生きてきたら、さぞ魅力的なものが生まれるに違いない……と思うのは私だけだろうか? 彼らにとってオーディオ機器は機械であって、音の美にかかわるものとは思っていないようにさえ考えられる。しかし、何人かのウィーン在住のオーディオマニアを知っているが、彼らはオーディオ機器の音の美しさや魅力を単に機械の物理特性の問題だけでは考えていない。
ところで、AKGは今までにもヘッドフォンには意欲的な開発性をもち続けてきたが、今回のK1000はあえて前置きに長々と書いたように、オーストリア製にふさわしい製品で、その美しい音の質感は、決してスピーカーからは聴くことのできないものだ。特に弦楽器の倍音の自然さとそこからくる独特な艶と輝きをもつ、濡れたような音の感触は、従来の変換器からは聴き得ない生々しさといってもよいだろう。こうして聴くと、CDソフトには実に自然な音が入っていることも再認識できるであろう。生の楽器だけが聴かせる艶っぽさを聴くことのできる音響機器は、ヘッドフォンしかない(特に高域において)と思っていたが、この製品はさらにその印象を強めるものだった。
デザインは、内部的にも外観的にも大変ユニークなものである。NdFeマグネットをラジアルに配したオープン型磁気回路と、16〜17世紀のヴァイオリン製作者達に使われたニスの薄膜塗装を施した4層レイヤーのダイアフラムをユニットとした完全なオープン型ヘッドフォンだ。電極にも磁気回路にも通気性が阻はばまれることがないため、キャビティによる音色やレゾナンスが極めて少ないことが、この音の自然さに貢献しているのであろう。本来ヘッドフォンは、スピーカーに対してクローズド型でこそ性能を発揮するものともいえるが、このK1000は、そうした観念を完全に打ち破る、新しいヒアリングシステムとしてのジャンルをつくっている。A級パワーアンプのスピーカー端子に接続して聴くことが推奨されていることからも、独特なコンセプトがわかる。
0 Comments.