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既製スピーカーシステムにユニットを加えてマルチアンプでドライブする(その1)

井上卓也

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「内外代表パーツ200機種によるマルチウェイ・システムプラン」より

 既製のスピーカーシステムに専用ユニットを追加してマルチアンプ駆動するアプローチは、
 ①低音のレスポンスを改善し、よりスケール感が豊かな音を得ることを目的として、ウーファーまたはスーパーウーファーを使う。
 ②中音のエネルギー的なバランスの改善を主目的としてスコーカーを使う。
 ③高音のレスポンスや歪率、指向性を改善する目的で、トゥイーター、またはスーパートゥイーターを使う。
この3種類が基本的なアプローチの考え方として存在することになる。
 第1の低音を改善するためにウーファーを既製のシステムに加えるプランは、もっともマルチアンプ方式のメリットを活かした方法である。ほとんどの既製のスピーカーシステムは、3ウェイ構成が限度であり、エンクロージュアも商品として外形寸法的な制約があるため、フロアー型システムで38cmが多ウーファーを採用していても、予想より低音の周波数レスポンスは伸びていないのが一般的である。したがって、ハートレーやエレクトロボイスの超大口径スーパーウーファーは、ユニットを収納するエンクロージュアの設置場所に制約がないか、もしくは部屋の壁をバッフルとして利用できる場合は、ほとんどの大型を含むスピーカーシステムの超低音の周波数レスポンスの改善に効果がある。
 このようにウーファーを加えるプランは、既製システムとのクロスオーバー周波数が100〜200Hz程度と低くなるため、LCネットワークのほうが高価格になりやすく、マルチアンプ方式がもっとも得意とする舞台である。

マルチアンプの実際

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より

■スピーカーシステムの最終目標を立てる
 すでに何度も書いたように、マルチスピーカーシステムあってのマルチアンプ、なのだから、自分としてどういうスピーカーシステムが欲しいか、をある程度はっきりさせておく必要がある。そしてこの項では、既製品、完成品を別にして、3項で分類した三つの中の最後の、長期計画による自作スピーカーシステムを中心に述べる。
 たとえばフルレインジ型のユニットを、ひと頃よく流行したバックロードホーンバッフルやその変形の、日曜大工によるエンクロージュアに収めたり、簡単なLCネットワークを自作してトゥイーターを追加する、といった形もむろんスピーカーシステムの「自作」には違いない。が、少なくともマルチアンプ・ドライブを前提としたスピーカーシステムの場合は、見かけは別としても実質的には、3項で紹介したHQDシステムのような根本精神──いわゆる商品性や経済性からみて、メーカーの作ろうとしない最高のシステムを目ざす──だけは一本の芯として通したいと思う。かつてわたくしがマルチスピーカーの自作に熱をあげていた時期には、経済的にも技術的にも貧しいながら、少なくとも自分にとって最高のスピーカーシステムを目標としていた。そしてその当時の基本的な考え方自体は、十数年後のいまでも集成する必要がないと考えるので、まずそれからご紹介してみたい。

■中〜小口径のフルレインジスピーカーからスタートして、最後には4WAYシステムに発展させる
 この案の基本は、かつて「ステレオサウンド」誌の創刊号や、「ラジオ技術」増刊号〝これからのステレオ〟(いずれも昭和四十一年暮の発行)などに書いた。あれからもう十年以上も経ってしまったのかと、いささか感無量の思いだ。
 全体の構想は、コーン型による最低音と中低音、そしてホーン型による中高音と最高音、の4WAYである。いまになってみれば、JBLのモニターシリーズの最高クラスの二機種である♯4350Aと♯4343がこの考え方で作られているが、このシリーズが発表されたとき、あれ俺のアイデアが応用されたのかな? と錯覚したほどだった。
 その考えというのはこうだ。当時わたくしの部屋はごくふつうの木造の六畳和室だった。こういう聴取条件で、しかしできるだけ良い音(はじめにも書いたように装置の存在を忘れさせるような、いかにも実演を聴いているかと錯覚させるようなクォリティの高い音)を聴こうと思うと、十分に周波数レインジの広い、しかも歪みの少なく指向性に優れた、要するに、妥協のない本もののフィデリティを追求しなくてはだめであることを、それまでのスピーカー遍歴から感じていた。そのころも一般的には、六畳のような狭い部屋には、それ相応の小さなスピーカーの方が良く、大型を持ち込んでもまともな音は出ない、と言われていた。が、わたくしはその逆を考えた。
 六畳ということは、第一にスピーカーに非常に近づいて聴くことになる。したがって、音の歪みや、低音から高音に至るまでの広い周波数帯域の中で音のつながりが良くなかったり、エネルギー的に欠けた帯域があれば、それは広い場所で部屋の響きに助けられてアラの出にくい状態でよりも、はるかに耳につきやすい。
 第二に、部屋の壁面からの反射による響きの豊かさの助けを殆ど期待できないから、指向性の鋭い──ということはエネルギーバランスに片寄りのある──ユニットでは音が貧弱にきこえたり、やわらかにひろがる自然な響きが得られにくい。全音域に亘って指向性を広く確保しなくはならない。
 第三に、音の豊かさは低音域をいかに豊かに、自然に、しかも充実したエネルギーで鳴らすか、にも大きくかかっている。六畳とはいえ、和室では低音がどんどん逃げていってしまうから、ある程度しっかりしたウーファーでなくては低音がやせてしまい、ひいては音域全体の豊かさ、柔らかさ、あるいは音の深みを欠くことになる。むろん六畳では決して大きな音量を出し続けることはできないが、かえって小音量だからこそ、できるだけ振動板の面積の大きい大口径のウーファーを、できるだけ(部屋のスペースのゆるすかぎり)大きなエンクロージュアに収める方がいい。エンクロージュアのタイプは、位相反転型のヴァリエイションが聴感上の自然さでは最も優れている。密閉型ではどうしても音が詰まりかげんで、伸び伸びと明るい響きが得られない。ホーンバッフルは音にくせをつけやすいし、本当に低音を延ばそうとすれば六畳には収まらない大型になってしまう。本当はプレーンバッフル(平らな板だけのバッフル)が最も良い音を出すが、これもかなり大型(たとえば3m×2m以上)にしないと最低音が不足する。
 さて、全体の構想はこうして決まり、ことにウーファーに関してはかなり具体的になっているが、その当時は一般に、ウーファーといっても低くても500Hz、高い場合には1kHz以上までを、一本の大口径スピーカーに受け持たせていた。しかしわたくしはここに疑問を持った。
 ウーファー、というといかにも「低音」だけを鳴らすスピーカーのように思える。が、500Hzといえば、ピアノのキイでいえば中音ハ音の1オクターヴ上(C5≒523Hz)になる。このあたりはもう、楽器でいえば「低音」どころか、〝メロディーの音域〟として最も活躍しているところだ。ふつうは、メロディーとしてはその2オクターヴ下のC3(約130Hz)あたりからの3オクターヴくらいが最もよく使われる。となると、「ウーファー」として、つまり本来「低音」を鳴らすために設計された大口径の、重い振動板を持ったスピーカーに、こんな大切な帯域を受け持たせるのはおかしいのじゃないか。ひとつの裏づけとして、たとえば16センチから20センチぐらいの、いわゆる中口径、小口径のフルレインジ(全音域)型として設計されたスピーカーの音は、ことに人の声やピアノのメロディーの音域でのタッチなどが、いかにも自然で軽やかなのはなぜか。
 そう思って、これらコーン型スピーカーをよく調べてみると、たとえば38センチ口径なら約300Hz附近から、16センチでも約2kHzぐらいから、それぞれ上の特性は急激に劣化しているものが多い。いいかえれば、16センチ級のスピーカーは、人の声や音楽のメロディーの音域ではかなり良い音を聴かせるが、音楽の低音のほんとうのファンダメンタル(基音)の領域になると、そのエネルギーの豊かさや深味という点ではどうしても大口径ウーファーにかなわない。それなら、2〜300Hzを境にして、最低音を38センチ、そして1〜2kHzまでを中〜小口径の優秀な全音域(フルレインジ)型に、それぞれ受け持たせてみたらどうか──。
 ここでひとつの問題が発生した。高くとも300Hz、できれば150Hz以下、というような低いクロスオーバー周波数では、もしもLCネットワークを設計しようとすれば、3項に書いたように特性上でも経済上からも問題が多すぎる。ここはどうしても、マルチアンプ・ドライブをするべきだ。
 これで中〜低域の構想は決まった。ここに至るまでに、たとえば2〜300Hz以上なら、コーン型を避けてホーン型の良いスピーカーを使ってはどうかという考えも出たが、仮にクロスオーバーを300Hzとしても、そのためにはカットオフ周波数を150Hz程度に設計したホーンを使わなくてはならない。すると、六畳ぐらいの部屋はお化けのような大きさのホーンになってしまうし、そのぐらいの大きさのホーンになると、ホーンの長さによる位相の遅れや、音のくせを防ぐことがかえって困難だから、やはりコーン型の中から良いものを選ぶべきだ……。
 次に問題は高音域だ。たとえば低音に38cmの、そして中音に16cmのそれぞれのコーン型を使って、最高音だけホーン型を使った3WAYスピーカーはすでにたくさん試みられて珍しくなかったが、その殆どが、クロスオーバー周波数を、下が500Hz附近、上を4kHz附近にとっていた。が、下の500Hzはすでに書いたように不合理だ。上の4kHzとういのも、16センチという口径でそこまで受け持たすのは理論的にも無理だし過去の経験でも聴感上も良い音がしない。またホーントゥイーターでも、4kHzというクロスオーバーはどっちつかずだ。
 さきに書いたように、1〜2kHzから最高音域までを、一本のホーン型スピーカーで受け持てるようなものがあるといいが……といろいろ探してみると、結局JBLのLE175DLHがそれにあてはまりそうだという結論になった。国産にはこういう目的に合う製品がなかった。
 細かないきさつはいろいろあるが省略して結論だけ書くと、LE175DLHは中低音域とのつながりは良いが、最高音域がこのままではどうにも足りないことがわかった。しかし高音域といっても、楽器の出せるファンダメンタルはせいぜい4kHz(ピアノの最高音のキイが約4180Hz)で、その1オクターヴ上までを175に受け持たせ、8kHz以上のオーヴァートーンの繊細な美しさ、あるいはステレオのプレゼンスを支配する音の雰囲気感のようなところを、専用のスーパートゥイーターで分担するのがいいだろうと考えた。
 こうして、最低音と中低音のあいだと、中高音と高音のあいだをマルチアンプで、そして最高音域用のスーパートゥイーターだけはLCネットワークで、という4WAYのシステムができ上り、しばらくのあいだは、各帯域のユニットを少しずつ入れかえたりして楽しんでいた。このころ使ったユニットとしては、ウーファーにはパイオニアPW38A(のちにJBL LE15Aに交換)、ミッドバスには、ダイヤトーンP610A、ナショナル8PW1(現テクニクス20PW09)、フォスター103Σの2本並列駆動、最後のころはジョーダンワッツのA12システム(いまは製造中止になった美しい位相反転型エンクロージュア、現在のJUNOに相当?)を、一時は二本積み重ねてたりした。
 中高音は前述のとおりJBLのLE175DLH、そして最高音用には、テクニクスの5HH45を2本ずつ使ってみたり、デッカ・ケリーのリボントゥイーターを使ってみたりした(マーク・レビンソンのようにホーンを外すという知恵がなくて、必ずしも満足がゆかなかった)。JBLの2405はまだ出ていなかったし、075は最高音域のレインジが狭くてこれも全面的に満足というわけにはゆかなかった。
 その頃は、こうした考え方に合致するユニット自体が殆ど作られていず、また、あまりにもいろいろの国のキャラクターの違うユニットの寄せ集めでは、周波数レインジやエネルギーバランスまではうまくいっても、かんじんの音色のつながりにどうしてももうひとつぴしりと決まった感じが得られなくて、やがて、帯域の広さでは不満が残ったが相対的な音の良さで、JBLのLE15A(PR15併用のドロンコーン位相反転式エンクロージュア入り)、375ドライヴァーに537−500ホーン、および075という、JBL指定の3WAYになり、やがてそれをマルチアンプ・ドライブし、次に4333をしばらく聴いたのちに4341で今日まで一応落ちつく……というプロセスが、大まかに言ってここ十年あまりのわたくしのスピーカー遍歴だった。そう、もうひとつこれとは別系列に、KEFでアセンブリーしたイギリスBBC放送局のモニタースピーカーLS5/1Aの時代が併行しているが。
     *
 長々と脱線しているかのように思われるかもしれないが、右の考え方の基本は、いまでも改める必要を感じないし、少なくともいまでは十年前よりも、この考え方に適したユニットがもう少し増えていて、もしもこれから、わたくしの考えと同じ構想のマルチアンプ4WAYシステムをやってみようと思われる方には、ここまでの考え方をそのまま発展させて頂いて少しもかまわない。そして右の4WAYは、一時にすべてを完成させないでも、何回かに分けて、少しずつステップアップしながら、大きく成長させてゆくことのできるメリットを持っている。それはたとえば次のようなプロセスを踏む。
●第一段階 16ないし25センチの全音域ユニットによって、シングル・スピーカーシステムを構成する。あらかじめ同じものを2本並列駆動するのもよい。
●第二段階 トゥイーターを加えて高域のレインジをひろげると共に、楽器の微妙な音色を支配するオーヴァートーン(倍音)の領域を補強する。これによって、ステレオ再生にリアリティを添える音の空間的な広がりの再現性が増し、いかにも眼の前に広い演奏空間が現出したかのようなプレゼンスを体験するようになるこの段階では良質のLCネットワークと、良質のアッテネーターによる。
●第三段階 ウーファーを加える。38cm口径以上の大口径。ユニットによって最適のエンクロージュアは異なるが、原則として、内容積200リッター前後の位相反転型。一例として、本誌(ステレオサウンド)6号で試作したユニヴァーサル型(バッフル交換型)エンクロージュアの図を示す。第一段階のフルレインジスピーカーを、はじめにこのエンクロージュアにとりつけておいて、あとからウーファー追加の際に、ミッドバス用として内容積20ないし40リッター程度のエンクロージュアを追加すると、わりあい無駄なくゆく。この段階でマルチアンプ化する。クロスオーバー周波数は、ウーファーとスクォーカーとの特性やエネルギーバランスや、音色のつながりなどの点から、試聴によって100ないし300Hzの範囲にきめる。300Hz以上まで使うことはあまりおすすめしないが、スクォーカーの低音域のエネルギーが少ない場合、あまりクロスオーバー周波数を下げると、つなぎ目の附近で音が薄くなるのでこの点に注意する。
●第四段階 中〜高域用のホーンドライヴァーを追加する。クロスオーバーは1kHz附近と8kHz附近。1kHzのポイントは、LCネットワークでも慎重に設計・調整すれば、うまくゆく(JBLのモニターシリーズはLCネットワークだ)が、アマチュアがやる場合には、エレクトロニック・クロスオーバーの方が概して失敗が少ない。
 以上で、アマチュアの自作を前提とした4ウェイシステムは完成する。第二から第四までの段階に分けたが、むろん一度にここまで完成させても少しもかまわない。具体的な接続の方法や調整のヒントなどは4項でもちょっとふれたが、ここからのあとのページにも紹介されるだろうし、また、このあとに企画されているハイテクニックシリーズの続篇で、機会があったら実験してご報告しよう。
     *
 ところで、わたくしの考えるマルチアンプシステムでは、あと二つほどのヴァリエイションが考えられる。その一は、ミッドバス以上には、完成品のスピーカーシステムの中から、比較的小型でよくまとまっているもの──例えばヴィソニックのDAVID50やブラウンのL100、またはロジャースのLS3/5Aやスペンドールのミニモニター、あるいはJR149など、おもに最近のヨーロッパで作られたいわゆるミニスピーカーをそのまま使い、重低音域だけ、大型ウーファーを追加するという方帆であり、その二は、さきの4WAYといまのミニスピーカーのいずれの場合でも、ウーファーのみ左右共通のいわゆる〝3D方式〟として経費と設置スペースを節約する、という方法である。

■ミニスピーカー+サブウーファー
いまあげたミニスピーカーは、そのままでも一応は、音楽の再生に必要な低音域を(小型の割にはびっくりするほど)よく鳴らすし、背面を壁にぴったりつけたり頑丈な本棚等にはめ込むよう設置すれば、こんな小型とは信じられないほどの量感も出せる。
 が、さきの4ウェイで紹介したような、200リッター級のエンクロージュアに収めた38センチ口径以上の大型ウーファーの鳴らす低音をここに追加することによって、これらのミニスピーカーは、単体で鳴らした場合にはときとして感じられるいくらかカン高い、どこか精いっぱい鳴っているという感じがすっかりとれて、ゆったりと余裕のある、やかましさのない伸び伸びとした音に一変する。2〜300Hzから下にウーファーを追加しただけで、最高音域の音色までがすっかり変ってしまうということは、体験した人にでないとどう説明してもわかって頂けそうにない。
 ともかく、この方法はマルチアンプによって容易に実現が可能なので、ぜひ一度体験してみることをおすすめする。

■ウーファーが一本でもよい3D方式
〝3D(スリーディー)〟というのは必ずしも国際的に通用する用語ではないが、これは、ステレオの右と左の方向感には殆ど影響のない低音域だけは、左右をブレンドして(混ぜて、つまりモノーラル接続にして)一本のウーファーで鳴らし、中音域以上はオーソドックスなステレオとして左右に分けるという方法で、良いウーファーを選び、クロスオーバーポイントの選び方や中〜高音用スピーカーのバランスのとりかたなどをよく検討すれば、二本の左右独立したウーファーを使うのと聴感上それほど変らず、しかも片チャンネル分のパワーアンプやウーファーユニットの費用と、大型エンクロージュア一台分の設置スペースが節約できる、といううまい話だ。
 この方式は、マルチアンプが以前流行した昭和四十年前後に、マルチアンプと前後して一時はかむり広く流行したが、最近ではこの方式を知っている人が少なくなってしまった。本誌の創刊号から何号かのあいだは、ときどき紹介記事が載ったこともあるし、昭和四十年七月には、「無線と実験」の別冊の形で「3Dステレオのすべて」が発刊されたこともあるので、古いオーディオマニアには懐かしい方式だろう。
 なぜこれがすたれてしまったのかは明らかでないが、昭和四十年頃では、マルチアンプ同様に多少とも技術的な理解力のある人が、アンプの一部に手を加えたりネットワークを自作したりしなくては作れなかったこともあり、また世の中が裕福になって、あえて左右をひとつにまとめるなどしなくても、誰もが一応のスピーカーをペアで所有できるようになったこともあるだろう。3Dという方式が、ことにその当時は経費の節約という面が正面に押し出されて、どことなく、貧乏人のためのシステム、みたいな劣等意識を植えつけてしまったこともわざわいしているらしい。
 たしかに、3Dは考え方としてはエコノミカルな方法には違いない。いくら大型のぜいたくなウーファーでも、同じものを二台設置できるなら、それにこしたことはない。
 が、それはどこまでも理屈であって、現実に、もしも二台のエンクロージュアと二本のウーファー、それに低音用のステレオ・パワーアンプを、一台のエンクロージュア、一本のウーファー、モノーラルのアンプ、でいいということになれば、それをステレオの1/2の費用に〝節約〟するのでなく、ステレオ用の片チャンネルの費用を2倍に使って、すべてにぜいたくをしたら、無理してステレオにするのよりも、ずっとクォリティの高い低音用のシステムができ上るということになるだろう。そう考えると、良いモノーラルのアンプや大型のウーファーの入手しやすくなった昨今、もういちど3Dシステムを見直してもよいのではないかと、わたくしは思う。
 3Dについての理論的な裏づけやその具体的な方法については、続篇でもし機会が与えられれば詳しく書かせて頂くつもりなので、ここでは要点のみ述べると、第一に人間の耳の方向感に対する判断力、第二にレコードの音溝に刻まれた低音域での位相成分、の二つを考えあわせると、だいたい150Hz近辺から以下の低音は、左右を混ぜてモノーラルとして再生しても、ステレオのエフェクトに殆ど影響を及ぼさないとされている(但しこれは、ステレオの録音・再生の初期に出された結論なので、今日の時点でもういちど厳密な追試実験をしてみないと断言はできない)。
 右のことを前提として、約150Hz以上を正確にステレオ化し、150Hz以下をフィルターによって取り出して左右をブレンド(L+R)して、モノーラルのパワーアンプを通して一本のウーファーから再生させる。
 ここで注意しなくてはならないことは、ウーファー自体が、振動系のメカニカルな共振によって高調波を発生しやすいタイプだと、電気的には150Hzまでの音しか加わらないのに、ウーファー自体からもっと高い高調波歪が発生してステレオエフェクトを損なうことがあるので、そのような場合は、ウーファーの前面にフェルト等の吸音材による高域カットのフィルターをつける必要の生じることもある。ウーファーの置き場所は、左右のスピーカーの中央がいちおうの標準だが、もともと方向感にはあまり影響を及ぼさない音域なのだから、左右のスピーカー(150Hz以上)のどちらか一方に寄せてしまってもよいし、わたくしの古い実験では、少しふざけて聴取位置のうしろ側にウーファーだけ移動させてみたこともあったが、ふつうの広さの部屋では、こんな置き方をしてみても低音は前面左右のスピーカーのところに音源があるように聴こえるのがおもしろかった。
 前述のように、この方式は改めて今日の時点で再実験してみないと、以前感じたエフェクトがそのままかどうか断言はしにくいが、しかし決していわゆるゲテの類ではない。その証拠に──といっては大げさだが、アメリカでも数年前からこの方式による重低音の再生が研究されて、すでにいくつかの製品が市販されているし、今年夏のシカゴCEショーには、JBLからセンターウーファー式のステレオスピーカーシステムも発表されるというように、マルチアンプ同様、再検討の気運がみえている。
 もし、いまの時点でこれを実験してみたいと思えば、市販されているエレクトロニック・クロスオーバー・アンプの中から、3D用出力端子の出ているソニーTA4300FまたはビクターCF7070を使って実現できる。
     *
 スピーカーシステムの選択は、おそらく一人一人の性格の違いと同じほど多様であり、そのヴァリエイションに応じて、それに最もふさわしいマルチアンプ・システムが選ばれる。わたくしのここにあげた例は、その無限に近い可能性の中のほんの一例にしかすぎない。ここから後のページでは、マルチスピーカー及びマルチアンプ・システムが、さまざまの角度からとりあげられるとのことだ。おそらくわたくしなどの思いもよらないシステムも登場することだろう。多くの例の中から、読者諸兄がそれぞれにご自身に最も好ましいシステムを、あるいはそのためのヒントを探し出されるにちがいない。
 しかし3項や4項でも書いたように、マルチスピーカー/マルチアンプ・システムは、パーツを選択し接続完了したところから、ほんとうの難しさ、ほんとうの楽しさが始まる。ネットワークの遮断特性や、パワーアンプの入←→出力の位相関係に応じて、ユニットの±(プラス・マイナス)を入れかえたり、ユニットを1センチ刻みで前後させたり、互いの向きをこまかく調整したり、クロスオーバー周波数や遮断特性をユニットに合わせて修整したり……ひとつひとつ書くとキリがないくらい、こまかな問題があとからあとから出てくる。そうした実技面については、実際にシステムを組み合わせて、特定の部屋の中で時間をかけて調整しながら実験をくりかえしてゆくというように、具体例に則してしか、説明することのできない性質のもので、したがってここでもそうした細かなテクニックを具体的に書くことはしなかった。その点については、今後企画されているこのシリーズの続篇で、少しずつスペースを割いて解説が加えられる筈である。この号とも併せて続篇にご期待下さるようぜひともお願いして、今回はここまでで終らせて頂く。

マルチスピーカー・マルチアンプのシステムプランを考えるにあたって

井上卓也

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「内外代表パーツ200機種によるマルチウェイ・システムプラン」より

 かつて、シングルコーン型に代表されるフルレンジ型ユニットが主流を占めていた頃には、アンプとスピーカーはダイレクトに結合していたが、現在のスピーカーシステムのように、専用ユニットを使うマルチウェイシステムが登場し、LCネットワークがアンプとスピーカーの中間に入ることになった。それに対して、最近話題にのぼりはじめたマルチアンプ方式は、マルチウェイスピーカーには不可欠なLCネットワークを取り除き、再びアンプとスピーカーをダイレクトに結合してスピーカーの性能を最大限に引出そうとする方法である。
 スピーカーがマルチウェイ化に発展したことにパワーアンプを対応させ、スピーカーユニットとパワーアンプをひとつのブロックとして考えるマルチアンプ方式は、すでに4半世紀以前から考えられ、実用化されていた。その間理想的な再生方式としてたびたび話題を集めたことがあったが、高度な性能のスピーカーシステムほど高度な性能のアンプを要求し、しかも、スピーカーのユニットの数に対応させたパワーアンプが必要となると、現実的には実用性が少なく、しかも、技術的なSN比や歪率の劣化などの未解決な問題点も多かったためか、経済的にも技術的にも感覚的にも恵まれた、ごく一部のオーディオファンに支えられて現在にいたっているようだ。
 ところが、このところ、アンプ関係の技術の発展がいちじるしく、プリメインアンプの枠をこえて、機能単位に細分化し、一層の性能の向上を計るセパレート型アンプが脚光を浴び、機種のバラエティが豊かになってきた。と同時に、現在の技術に裏付けされ、各社各様に創意をこらしたエレクトロニック・クロスオーバーが製品化されてきている。それをみるとアンプ関係でのマルチアンプ方式に対する準備は、ほぼ完全にととのっているように思われる。
 マルチアンプ方式というと、言葉の意味からして、あたかもアンプが中心となった方式のように思われやすい。しかし、オーディオの初期においてはアンプは存在せず、アンプが実用化された以後においても、つねにスピーカーがその中心の存在であることに変わりはない。マルチアンプ方式の場合も、スピーカーとパワーアンプを1ブロックとして考えるが、最終的にパワーアンプの音はスピーカーを通す以外には聴けないこともあって、スピーカーが主であり、パワーアンプは従属的な立場にある。つまり、いかに優れた性能を誇るパワーアンプがあったとしても、それにバランスのとれた優れたスピーカーがなければ、結果としての音にアンプのメリットが活かせないことになるわけだ。
 スピーカー関係のジャンルでは、エレクトロニクス関係のアンプのように、新素材、新技術が豊富に開発されず、変換方式においても画期的なものが出現していない。そのため、見かけ上の発展のテンポは遅く、技術的な成果もかなりベーシックな部分が主となり、着実に積み上げていくほかはないようである。
 昨年来、スピーカー関係でとみに目立つことは、主流を占めるブックシェルフ型システムをベースとしてて、中型から大形にいたるフロアー型システムが各社から相次いで製品化されたことだ。今年の全日本オーディオフェアでの大きな話題は、参考出品として近い将来に発売されるであろうモデルを含めた、この種のフロアー型スピーカーであり、それも高級機種が各社のブースに並んでいたことである。
 これらのシステムを構成する高性能ユニットは(単売されるユニット、それにシステムを含む)、マルチアンプ化プランには絶好の対象である。これを、2〜3年以前に、各社からハイパワーのセパレート型アンプが製品化されたものの、これらのアンプでドライブするに相応しいスピーカーシステムの少なさを嘆いたのと比較すれば、隔世の感があるといっても過言ではあるまい。
 このように、スピーカーとアンプが相応しいバランスとなった現在は、再びマルチアンプ方式にとって最適の土壌を得たようである。マルチアンプ方式は、オーディオ・コンポーネントシステムにとって、複数個のスピーカーユニットと複数個のパワーアンプを組み合わせて使用する、いわば究極的な方式である。このため、オーソドックスに採用すれば、経済的な制約を無視したとしても、方式そのものを理解し、適確にコントロールするための技術的な基盤と、最適なバランスを得るための経験の豊富さ、感覚が要求されることになる。オーディオに限らず、構成要素が複雑で高度な性能をもつ機器を正しく運用するためには、それに相応しい知識とトレーニングが必要であることに変わりはない。
 マルチアンプ方式は、LCネットワークでは望みえない数多くのメリットをもっている。LCネットワークでは、ウーファーの出力音圧レベルにくらべ、スコーカーやトゥイーターの出力音圧レベルが高く、ボイスコイルインピーダンスが等しいことがミニマムの条件として基本的に存在するが、マルチアンプ方式には、このいずれに対しても制約は皆無である。したがって、組み合わせるユニットの自由度が広いうえに、クロスオーバー周波数の選択、ハイパス側とローパス側の単独調整、遮断特性の選択、さらにQコントロールによるクロスオーバー周波数付近の細かい調整などの基本的なメリットがある。また、各社各様の専用ユニットに最適にマッチするアンプを幅広い対象のなかから選択できるメリットもある。
 しかし、スピーカーユニット対応するだけのパワーアンプが必要という経済面のデメリットもある。また、実用上での初歩的な、ユニットとパワーアンプの位相関係を含む接続ミス、ダイレクトにパワーアンプとスピーカーユニットが接続されていることに起因する、トゥイーターやスコーカーの不注意によるショック性のイズによる焼損、接続コードが多くなるためのハムやTV強電界地区でのバズ妨害などのトラブル、パワーアンプ選択時のパワーや利得、さらに、レベル調整の有無など数多くの注意点が必要である。おそらく、マルチアンプ方式のファンで、トゥイーターやスコーカーを焼損した経験のない人はないであろう。
 しかし、この究極のオーディオシステムともいうべきマルチアンプ方式は、ある程度の障害を乗りこえてもチャレンジするだけの魅力を限りなく備えた独特の世界であり、今まで愛聴したディスクにこれほどの音が入っていたのかと驚かされることは、つねに経験するすることである。一度この世界に入ったオーディオファンのほとんどは、従来のLCネットワークの世界にもどることはないようである。とくに、現代のオーディオファンのように、幼少の頃から音楽や楽器のなかで育ち、学ばずして身に付けているとなれば、アンプとスピーカーをダイレクト結合し、スピーカーユニットの性能をフルに発揮させて、自らのオリジナリティのあるサウンドをつくるマルチアンプ方式は、基礎的な知識だけをマスターすれば、予想外に手軽に自らのものとできるにちがいなかろう。
 実際にマルチアンプ方式にアプローチをする場合には、そのプロセスとして各種の方法が存在することになるが、ここでは各種のマルチアンプ方式のサンプルプランを実例としてあげることにしたい。しかし、現実には、マルチアンプ方式は、実際にプランを練り、スピーカーユニットやパワーアンプ、コントロールアンプを選択して使ってみなければその成果はわからないといってもよい。そこで、スピーカーシステムやスピーカーユニットは、同一メーカーのユニットを使用することを前提とし、アンプもそれに従うことを原則として、一般のコンポーネントシステムの組合せと同じ考え方でシステムをまとめることにしている。しかし、エレクトロニック・クロスオーバーについては、すべてのメーカーで商品化されているわけではなく、まだかなりの制約があるのが現状である。
●既製スピーカーシステムをマルチアンプ化するプラン
 マルチアンプ化するに相応しいスピーカーシステムは、基本的には、構成ユニット及びシステムそのものが、かなり高度の性能をもつことが条件である。現在のスピーカーシステムには、そのすべてではないがマルチアンプ用の接続端子が付属しているモデルがかなりある。そのほとんどはフロアー型システムであるが、ブックシェルフ型システムの場合には、特別の例でもない限りマルチアンプ方式とするだけのメリットはもっていないと考える。やはり、スピーカーシステム自体の価格に比較してアンプにかける投資があまりにも大きく、それに見合うメリットは望みえないからである。
 大型フロアーシステムは、ほとんどがマルチアンプ化への対象になる。一部のコンシュマー用として製作された大型フロアーシステムのなかには、ボザークのように完全にLCネットワークがエンクロージュア内部に収納され、容易にはマルチアンプ化が望めないものもあるが、逆にプロ用のアルテックなどは、比較的簡単にマルチアンプ化ができる例である。このような大型フロアーシステムは、基本性能が高いだけにマルチアンプ化のメリットは大きい。したがって、各ユニットにマッチしたパワーアンプとクロスオーバー周波数の選択により、現時点のオーディオとしてもっとも豪華なシステムとすることが可能だ。
 これに対して、中型のフロアーシステムは、ウーファーとエンクロージュアをベースとして専用ユニットを追加し、2ウェイ、3ウェイと発展させるプランの方が、システムを単にマルチアンプ化することよりもサウンド的には制約のない楽しみ方ができるであろう。
●既製スピーカーシステムに専用ユニットを加えるプラン
 ここでは、既製のスピーカーシステムにマッチした専用ユニットを追加して、かなり大幅なシステムのグレイドアップをしようとする考え方である。マルチアンプドライブ用のアンプには、セパレート型とプリメインアンプを組み合わせて使っているが、場合によればまったく同じプリメインアンプを使うことも面白い。この場合には、4チャンネルステレオにも利用できるし、マルチアンプ化を止めたときにも無駄が少なく現実的である。
 このプランは、基本的には追加する専用ユニットが、ウーファー、スコーカー、それにトゥイーターの場合があり、3種類のアプローチがあることになる。
 第1には、最近かなり機種が増加している超小型の2ウェイシステムや小型のブックシェルフ型システムをベースとして、ウーファーを追加し、フロアー型システムに匹敵するスケール感を求める方法。いわば、低音補強型であるが、場合によれば低音での指向性が問題にならないことを利用した3D方式とすれば、1本のウーファーでもかなり効果的な低音感を得ることが期待できるだろう。
 第2は、2ウェイスピーカーシステムに同系統の本格的なホーン型ユニットを追加してスコーカーとして使い、この種のシステムに感じやすい中域のエネルギー不足を解消しようとする考え方である。基本となるユニットの性能が高いだけに、グレイドアップとしてはかなり本格的なものが期待できるだろう。この変形として、トゥイーターとスコーカーにホーン型ユニットを使った3ウェイシステムに、中低音用として中口径のウーファーかフルレンジを追加することも考えられる。例えば、JBL 4333Aに2110を加え、4343に準じたシステムを狙うことになる。
 第3は、フルレンジユニットや、クロスオーバー周波数が比較的に低い2ウェイシステムに、トゥイーターを追加して高域のレスポンスを伸ばし、ステレオフォニックな音場感を拡くしようとする考え方で、グレイドアップの基本的な方法である。
●単体ユニットによるマルチウェイシステムと専用ユニットによるマルチウェイ・マルチアンプのプラン
 単体のシングルコーン型や同軸2ウェイ型ユニットをベースとする考え方の基本は、既製スピーカーシステムに専用ユニットを追加するプランと同一である。
 専用ユニットによるマルチウェイ・マルチアンプのプランは、もっともマルチアンプ方式らしい考え方で、現在市販されているスピーカーユニットとプリメインアンプを含む、アンプのすべてが選択の対象となる。その組合せも無限にあるといってもよいほどである。ここでは、スピーカーユニットとアンプ以外に、エンクロージュアが完成したシステムの成否を決定する重要なポイントである。
 たとえば、同じ材料と接着剤を使用しても、組み立てる人の手順によって簡単に結果としての音が変化するほど微妙なものであるから、エンクロージュアが完成してからケース・バイ・ケースで手を加え、希望する音が得られるまで調整をする必要がある。したがって、指定のエンクロージュアが単売されていればそれを使うことが成功への確実な切符となる。しかし、自らの音をクリエイトするマルチアンプの大きなメリットからはやや後退したことにもなるわけである。
 ウーファー用のエンクロージュアと同様に、4ウェイシステムで中低音にコーン型ユニットを使用する場合には、このためのエンクロージュアが必要である。既製のスピーカーシステムに採用されている容積を参考にするか、そのユニットを作ったメーカーに用途を説明して適切なる回答を得ることが必要であろう。

既製スピーカーシステムをマルチアンプでドライブする

井上卓也

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「内外代表パーツ200機種によるマルチウェイ・システムプラン」より

 マルチアンプ方式を採用するためには、ユニット構成が2ウェイなら2台、3ウェイなら3台のパワーアンプを使うことがベーシックな方法である。この場合、パワーアンプに同じモデルが使用できれば、各専用ユニットとそれに組み合わせるパワーアンプの関係は、もっとも差別がなく簡単に処理できる。しかし、異なったパワーアンプを混成して使用する場合には、定石としてパワーの大きいアンプから順に、ウーファー、スコーカー、トゥイーターと接続することである。これは、一般に、出力音圧レベルは、スコーカー、トゥイーターよりもウーファーがもっとも低いからだ。また、スコーカーとトゥイーターでは、スコーカーに強力なドライバーユニットホーンを組み合わせたタイプを使っていればスコーカーはトゥイーターよりも出力音圧レベルが高い例も多い。しかし、ユニットとしての構造上、トゥイーターのほうが小型で軽い振動系を使うためにスコーカー用とトゥイーター用のパワーアンプに出力の差があるときには、トゥイーター用に出力が小さいアンプを組み合わせることにしたい。
 マルチアンプ方式は、既製スピーカーシステムのスピーカーユニット構成に対応したパワーアンプを使う使用法のほかに、それをベースとして他の専用ユニットを追加し、さらにマルチウェイ構成としてグレイドアップする利用法がある。
 現在の10万円をこす価格帯のフロアー型システムでは、2ウェイ構成の場合には、高音用として、500〜800Hz程度の比較的低いクロスオーバー周波数から20kHzあたりの高音の限界まで、ドライバーユニットとホーンを組み合わせたホーン型ユニットで受け持たせている例が多い。このタイプのスピーカーシステムをベースとして、さらにグレイドアップする方法は、高音ユニットの受持帯域をさらに分割して、トゥイーターを追加して、3ウェイ化することが考えられる。
 高音用ユニットの受持帯域にトゥイーターを追加するときには、音色的に共通の傾向をもつトゥイーターを選び、ベースとなるスピーカーシステム用に1台、トゥイーター用に1台のパワーアンプを用意し、できれば連続的にクロスオーバー周波数が変化できるタイプのエレクトロニック・クロスオーバーを使って最適なクロスオーバー周波数を探すべきである。クロスオーバー周波数が決まったら、そのままマルチアンプで使うことのほかに、場合によれば、マルチアンプ方式と比較しながら同等な音が得られるように、LCネットワークに置換えて調整することもできよう。つまり、マルチアンプ方式を使ってLCネットワークのときの最適クロスオーバー周波数を探そうという利用法である。
 同じ2ウェイシステムを3ウェイ化する場合でも、別の方法もある。前の例では、そのままトゥイーターを追加して3ウェイ構成としたが、2ウェイの高音用に使っているドライバーユニットの性能が優れており、なおかつ他メーカーを含めてより大型のクロスオーバー周波数が低くとれるホーンと組み合わせることができる場合は第1ステップとして低音と高音のクロスオーバー周波数の下限をマルチアンプ方式によりチェックし、これをスコーカーを追加して3ウェイ化するアプローチがある。数値上では、たとえば800Hzと500Hzとのクロスオーバー周波数の違いは小さく思われるかもしれないが、聴感上での両者の差は大きく、海外製品を主とする高級スピーカーシステムでは、共通の特長としてこのクロスオーバー周波数を低くとっている例が多いことからも、数値的な差の大きいことをわかっていただけると思う。この場合には、新しく決定したクロスオーバー周波数に対応できるLC型ネットワークがあれば幸運だが、ない場合には、本来のマルチアンプで使うことにしたい。低音と中音をマルチアンプ化してもスコーカーとトゥイーターはLC型ネットワークを使いたいところだが、スコーカーのほうが出力音圧レベルが高い例が多いため、これもマルチアンプ化せざるを得ないだろう。
 次に3ウェイ構成が標準のこのクラスのブックシェルフ型システムを考えてみると、専用端子が付属していても実質的なマルチアンプの利点が活かされないほど完成度は高いはずなので、スーパーウーファーを追加して超低域の拡張を考えたほうがよいだろう。当然、2チャンネルのマルチアンプ化である。

あなたはマルチアンプに向くか向かないか

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より

 少なくともここまでお読みくださった根気のある方なら、マルチアンプにも積極的な情熱を傾けられる方にちがいないと思う。が、かつて昭和四〇年代前半のいわゆる第一次マルチアンプ・ブーム(こういう言い方は不適当かもしれないが)のころ、雑誌の記事や販売店のすすめでマルチアンプにとりくんでみたものの、手ひどく失敗し、無駄をし、道草を食わされた愛好家をおおぜいみてきているだけに、このひどく手間とお金のかかる方式を、そう楽天的に無条件に誰にでもおすすめする気持になれないのだ。少なくとも、以下の設問のすべてにイエスと答えて頂ける方以外には。

■あなたは、音質のわずかな向上にも手間と費用を惜しまないタイプか…
 マルチスピーカー/マルチアンプを仕上げるには、大きなエンクロージュアの置き方を変え、各帯域のユニットの位置を変え、ときにはユニットのとりつけ方を変えたりバッフルを改造したり、あるいはコードを何度もつなぎかえ、アンプとスピーカーのあいだを何回も往復し、音を聴き分け、こまかく調整をくりかえし……というように、かなりの重労働から、小まめな手先の仕事までを、毎日のように、いとわず、飽かず、くりかえして続ける努力が要求される。そういう労力をあなたは惜しまずに、むしろそのことを大きな楽しみとすることのできるタイプか。そんなことは本質的には自分の好みではない、できれば避けたい、というタイプなら、マルチアンプ方式にとりくんでも成功しないどころか、おそらくたいへんな無駄をしてしまったあとで口惜しむことになる。
 また、すでに何度も書いたように、同じような音をLCネットワークでも鳴らせるものを、ほんの僅かな音質の向上(の可能性)だけのために、少なくとも一台以上のパワーアンプと、エレクトロニック・クロスオーバー・アンプへの出費が必要となる。要するに、マルチアンプは本質的に〝高くつく〟。コストパフォーマンス、などという考え方の全然逆のところでの楽しみだ。芸術に高い安いはない、という人がある。わたくしはオーディオ機器を購入すること自体は芸術とは思っていないが少なくとも、投資金額あたりうんぬん……というような発想をするのだったら、はじめからマルチアンプなどに手を出さない方がいい。
 楽しみのための出費は惜しまない。あるいはそのためにアルバイトをすること自体をさえ、楽しみにできる。そして装置のセッティングからどんな細かな調整までも含めて、音質のほんの僅かの向上にでも、アクティヴに働きまわる情熱を持ち続けることのできる人。これが、マルチアンプへの第一の適性といえる。

■あなたは音を記憶できるか。音質の良否の判断に自信を持っているか。
時間を置いて鳴った二つの音のちがいを、適確に区別できるか

 前項でも書いたように、マルチアンプの調整には、アンプとスピーカーのあいだを何度も往復したり、トゥイーターの向きをほんの少し変えてみたり、スクォーカーの位置をずらしてみたり、ウーファーの重いエンクロージュアの下に台を入れたりインシュレーターを挿入したり外したり、接続コードの±を逆にしてみたり……というような、細かな調整が、際限なく反復される。どの一ヶ所をいじっても音は変る。その変化がたとえどれほど微妙であっても、どこか一ヶ所の状況が変れば、必ず音は変る。その微妙な変化は、それ自体とるにたらない差かもしれないが、そのわずかな差を生じる部分が何十、何百ヵ所と積み重なったときに、そのトータルの差は相当に大きくなる。これは何もマルチアンプに限ったことではなく、オーディオ装置を「調整する」とか「鳴らし込む」とか「自分の音に仕上げる」というのは、常に、そうした微妙な音の変化を聴き分け、よりよい方向に軌道を修正してゆくことの積み重ねにほかならない。
 むろん人間のことだから、その日の身体のコンディションによっては、細かな音の差の少しもわからないこともある。音を聴き分ける訓練を積んだ我々にもそんなことはよくある。が、調子の良いときであれば、音の細かな差を聴き分けるだけでなく、さっきの音とこんどの音と、どちらがより良いか、少なくとも自分にとってどちらがより好ましいか、の適確な判断が下せなくては、調整の次のステップに進んでいけない。このプロセスでは、たとえばコンピューターがONかOFFかの判断のつみ重ねで複雑な計算を仕上げるのに似て、仮に一ヵ所でも、自分にとって好ましくない方向を選んでしまえば、トータルの完成度はそれだけ低くなる。どんなわずかの音の差でも、その差の中から常に自分の思いの方向を正確に選んでつみ重ねていったときに、やがてそれが大きな音の差となって完成する。これこそ、オーディオシステムの調整のおもしろさ、なのだ。
 いま何気なく「おもしろさ」と書いてしまったが、つまりわたくし自身は、右のような作業そのものが「おもしろく」てたまらないという人間だ。それをもし、めんどうだと思うなら、マルチアンプをやらない方がいい。マルチアンプの調整は、ことにこの面が大切だからだ。調整不良のマルチアンプシステムは、全く何の手を加えずにセットしたごくあたりまえのシステムの鳴らす音にも及ばない。
 こうした調整のために音を記憶しておく訓練、それも、さっきといま、というような短時間での差ばかりでなく、きのうときょう、さらに、このあいだときょう、去年と今日……という長い時間を置いた音のちがいをさえ、記憶するばかりでなく判断できるような訓練を積む。
 こんなことを書くと、それは途方もなく大変なことのように思えるかもしれない。が、人間の感覚は、ちょっとしたいたずらで判断が逆転してしまうような不確かな部分のある反面、たとえば街角でふと嗅いだ匂いから数年前のある日の食事の場面を想い起こすことがあるように、感覚の記憶を蘇らせることができる。もっと専門的な例をあげれば、将棋や碁の名人になると、何年も昔の棋譜を正確に記憶しているし、音楽家がある特定のピッチの音をいつでも再現できるというように、人間の感覚は、日常の経験の積み重ねの中で、驚くほどの能力を発揮できるようになる。香水の名門シャネルのブレンダーが500種類を越える香りを正確に嗅ぎ分ける、などという話を聞くと、匂いオンチのわたくしなど途方もない人間がいるものだとあきれてしまうが、たぶんそれは、わたくしたちオーディオ人間が、スピーカーの音の違いを聴き分けるのと同じことなのだろう。さて次の設問……。

■思いがけない小遣いが入った。あなたはそれで、演奏会の切符を買うか、
レコード店に入るか、それともオーディオ装置の改良にそれを使うか……

 実は、この設問には答えていただく必要は少しもないのだが、仮にもしあなたが、「むろん装置の改良に使う」とためらいなく答えたすれば、もしかするとあなたは、マルチアンプはやらない方がいいタイプかもしれない。
 ……などというのは半分は冗談で、ほんとうに言いたいのは、実は次のようなことがらだ。
 前項で、音を聴き分ける……と書いたが、現実の問題として、スピーカーから出る「音」は、多くの場合「音楽」だ。その音楽の鳴り方の変化を聴き分ける、ということは、屁理屈を言うようだが「音」そのものの鳴り方の聴き分けではなく、その音で構成されている「音楽」の鳴り方がどう変化したか、を聴き分けることだ。
 もう何年も前の話になるが、ある大きなメーカーの研究所を訪問したときの話をさせて頂く。そこの所長から、音質の判断の方法についての説明を我々は聞いていた。専門の学術用語で「官能評価法」というが、ヒアリングテストの方法として、訓練された耳を持つ何人かの音質評価のクルーを養成して、その耳で機器のテストをくり返し、音質の向上と物理データとの関連を掴もうという話であった。その中で、彼(所長)がおどろくべき発言をした。
「いま、たとえばベートーヴェンの『運命』を鳴らしているとします。曲を突然とめて、クルーの一人に、いまの曲は何か? と質問する。彼がもし曲名を答えられたらそれは失格です。なぜかといえば、音質の変化を判断している最中には、音楽そのものを聴いてはいけない。音そのものを聴き分けているあいだは、それが何の曲かなど気づかないのが本ものです。曲を突然とめて、いまの曲は? と質問されてキョトンとする、そういうクルーが本ものなんですナ」
 なるほど、と感心する人もあったが、私はあまりのショックでしばしぼう然としていた。音を判断するということは、その音楽がどういう鳴り方をするかを判断することだ。その音楽が、心にどう響き、どう訴えかけてくるかを判断することだ、と信じているわたくしにとっては、その話はまるで宇宙人の言葉のように遠く冷たく響いた。
 たしかに、ひとつの研究機関としての組織的な研究の目的によっては、人間の耳を一種の測定器のように──というより測定装置の一部のように──使うことも必要かもしれない。いま紹介した某研究所長の発言は、そういう条件での話、であるのだろう。あるいはまた、もしかするとあれはひどく強烈な逆説あるいは皮肉だったのかもしれないと今にして思うが、ともかく研究者は別として私たちアマチュアは、せめて自分の装置の音の判断ぐらいは、血の通った人間として、音楽に心を躍らせながら、胸をときめかしながら、調整してゆきたいものだ。
 そのためには、いま音質判定の対象としている音楽の内容を、よく理解していることが必要になる。少なくともテストに使っている音楽のその部分が、どういう音で、どう鳴り、どう響き、どう聴こえるか、についてひとつの確信を持っていることが必要だ。
 その音楽は、その人自身にとって何でもいい。オーディオ装置の調整……などというと、たいていクラシックかジャズが持ち出される。むろん自身は、クラシックでそだった人間で、自分の装置の調整は、やはりクラシックを使わないとよくわからない。だがそうであるなら、それと全く同じ意味で、ロックでなくては、フォークでなくては、あるいは歌謡曲、あるいは邦楽でなくては、自分の装置の音の判断も調整もできない、というように、人それぞれに音楽は違ってとうぜんだ。自分にとって最も確かに訴えかけてくる音楽でなくて、どうして自分の装置の調整ができるか。
 EMTのプレーヤー、マーク・レビンソンとSAEのアンプ、それにパラゴンという組合せで音楽を楽しんでいる知人がある。この人はクラシックを聴かない。歌謡曲とポップスが大半を占める。
 はじめのころ、クラシックをかけてみるとこの装置はとてもひどいバランスで鳴った。むろんポップスでもかなりくせの強い音がした。しかし彼はここ二年あまりのあいだ、あの重いパラゴンを数ミリ刻みで前後に動かし、仰角を調整し、トゥイーターのレベルコントロールをまるでこわれものを扱うようなデリケートさで調整し、スピーカーコードを変え、アンプやプレーヤーをこまかく調整しこみ……ともかくありとあらゆる最新のコントロールを加えて、いまや、最新のDGG(ドイツ・グラモフォン)のクラシックさえも、絶妙の響きで鳴らしてわたくしを驚かせた。この調整のあいだじゅう、彼の使ったテストレコードは、ポップスと歌謡曲だけだ。小椋佳が、グラシェラ・スサーナが、山口百恵が松尾和子が、越路吹雪が、いかに情感をこめて唱うか、バックの伴奏との音の溶け合いや遠近差や立体感が、いかに自然に響くかを、あきれるほどの根気で聴き分け、調整し、それらのレコードから人の心を打つような音楽を抽き出すと共に、その状態のままで突然クラシックのレコードをかけても少しもおかしくないどころか、思わず聴き惚れるほどの美しいバランスで鳴るのだ。
 この一例が示すように、音楽ジャンルを問わず、音楽の心を掴んで調整し込まれた再生装置なら、必ずその音は万人を説得できるほどの普遍性を帯びるに至る。そのためには、機械一辺倒でなく、再生音一辺倒でもなく、しかしナマの音一辺倒でもない、いずれにもバランスのとれた柔軟な態度が要求される。ナマの演奏会に行こうか、新譜レコードを買おうか、それとも装置の改良の費用にあてようか……と迷うくらいの人の方が、音質を向上できる資質にめぐまれている筈だ。そしてなお──

■あなたの中に神経質と楽天家が同居しているか。
あるときはどんな細かな変化をも聴き分け調整する神経の細かさと冷静な判断力、
またあるときはすこしくらいの歪みなど気にしない大胆さと、そのままでも音楽に聴き惚れる熱っぽさが同居しているか

 いくら手のかかるマルチアンプでも、何ヵ月かの調整ののちのある一時期は、自分でも相当に満足のゆく音が鳴ってくる。またそういう風に調整できなくては悲劇だ。一応の調整ができたと思ったら、それからしばらくのあいだは、機械をコントロールしたり音の細かな変化を聴き分ける、などという態度をすっかり忘れて、再生装置の存在さえ忘れて、鳴ってくる音楽におぼれこむ。また、そうしようと決めたときには、仮に針先にゴミがついていようが、スクラッチノイズが多少出ていようが、どこかで少し歪んだ音がしようが、そんなことを気にしないで、音楽におぼれこむ。そういう聴き方ができないと、マルチアンプシステムは重荷になってくる。歪んだ音を気にしない、というよりもって正確に言えば、鳴り止んだあと、もしも傍で誰か一緒に音楽をきいていたとして、彼が「よくあんな歪みをがまんしていられるな」と言ったとき、あなた自身が、え? そんなに歪んでいたか、知らなかった! と言えるぐらい、音楽そのものに聴き惚れていたというような聴き方ができれば、もうしめたものだ。そういう太い神経と、その反面で、一旦調整をはじめたらこんどは、他人の気づかない細かな音の変化を鋭敏に聴き分け、判断して、適確に調整の手を加えてゆく、という細心の調整もできる人に、あなたはなれるか?
     *
 ずいぶん言いたい放題を書いているみたいだが、この項の半分は冗談、そしてあとの半分は、せめて自分でもそうなりたいというような願望をまじえての馬鹿話だから、あんまり本気で受けとって頂かない方がありがたい。が、ともかくマルチアンプを理想的に仕上げるためには、少なくともメカニズムまたは音だけへの興味一辺倒ではうまくいかないし、常にくよくよ思い悩むタイプの人でも困るし、音を聴き分ける前に理論や数値で先入観を与えて耳の純真な判断力を失ってしまう人もダメだ。いつでも、止まるところなしにどこかいじっていないと気の済まない人も困るし、めんどうくさいと動かずに聴く一方の人でもダメ……、という具合に、硬軟自在の使い分けのできる人であって、はじめてマルチアンプ/マルチスピーカーの自在な調整が可能になる。さて、あなたはマルチアンプに適性を持っているタイプかどうか──。
 無駄話はここまでにして、最後に、多少の具体例をあげながらマルチアンプの実際の応用例、ことに前項で三つの方向に分類したその最後の方向である、長期計画の中でのマルチアンプの生かし方について考えることにしよう。

マルチアンプシステムの魅力

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より

 マルチアンプ・システムというと、何となくアンプに重点を置いた方式のように受けとられがちだが、実際には、すでに書いたようにスピーカーシステムを最良に動作させるための構成なのだから、マルチアンプの効用を論じるには、まずスピーカーシステムの側から考えてみる必要がある。
 その意味で、マルチアンプが効力を発揮するためのスピーカーシステムに、三つの方向が考えられる。
 第一は、前項でも紹介したJBLのプロフェッショナル・モニター・シリーズのように、完成品の(LCネットワーク内蔵の)スピーカーシステムのクォリティをより一層向上したい、と望むとき。
 第二は、市販されているあらゆるスピーカーシステムの中に、自分の理想とする製品が見当らないため、低音、中音、高音のユニットを自分が選定しあるいは改造し、場合によっては自作してでも、自分自身の高い理想を満たし、あるいは自分の部屋の音響特性や構造に合わせるようなつまり市販品に全くないオリジナルなスピーカーシステムを作りあげたい、と思うとき。要するにLCネットワークでは不可能なスピーカーシステムを間考える場合。
 第三は、スピーカーシステムの完成までに長期計画をもって臨むとき。その方法はあとで詳しく書くが、何年にも亘って自分のスピーカーシステムを少しずつ成長させ変容させてゆく、というような場合にも、マルチアンプシステムが明らかにメリットを発揮する。

■たとえば♯4350Aを例にとってL(コイル)の問題点を考えてみる
 まず第一のケースから考えてみる。たとえばJBLのモニターシリーズでも、♯4350Aの場合には、最初からバイアンプリファイアー・ドライブが条件になっている。♯4350Aは4WAYのスピーカーシステムで、最低音が250Hzまで、次の中低音(MID-BASS)が250から1100Hzまで、中高音がそこから9kHzまで、そして最高音がそれ以上……という構成で、中低音以上の1・1kHzと9kHzはLCネットワークだが、250Hzのクロスオーバーポイントをはさんで、それやそれ二台のパワーアンプでドライブする設計になっていて、専用のエレクトニック・クロスオーバー・ネットワーク♯5234が用意されている(250Hzにクロスオーバーポイントを持った別メーカーの同等品でもよい)。つまり、スピーカーにJBL♯4350Aを選んだ場合には、好むと好まざると、マルチアンプ(バイアンプ)システムをとることが前提になってしまう。これに組み合わせるアンプは、銘柄などは指定してないが、出力は、250Hz以下に200W(4Ω)以上、中高音用に100W(8Ω)以上、と指定されているから、それだけでも相当に大がかりなシステムになってしまう。
 ♯4350Aが、なぜバイアンプリファイアーを条件にしているのだろうか。それは、最高級のモニターとしての性格上、最も再生のむずしい低音域まで、楽器の持っているナマの音のエネルギーをそのまま、できるだけ現実的に再現したいからだと思う。♯2231A型38センチ・ウーファーを2本、並列駆動(パラレルドライブ)していることにも、その姿勢があらわれている。
 仮にもしも、これをLCネットワークにしたらどういことになるか、考えてみるのは一興かもしれない。
 クロスオーバー周波数を低めにとったときに、ことにLCネットワークに問題が生じるというのは、アンプとウーファーのあいだで高音域をカットするためのコイルが相当に大型になるという点が、第一のデメリットだ。コイルの数値はネットワークの回路方式によって異なる。LCネットワークの方式には、定抵抗型とフィルター型、直列型と並列型、一素子型(定抵抗型のみ)、二素子型、三素子型…というように、いろいろの種類があり、それぞれに得失がある。が、最も一般的に採用される定抵抗型並列二素子型を仮定して、♯4350の250HzのクロスオーバーでLとCの数値を計算してみると(計算式その他は省略するが)、コイルが3・6mH(ミリヘンリー)、コンデンサーが113μF(マイクロファラッド)という値が得られる。これは♯2231Aウーファー(8Ω)が2本並列で4Ωになっているという前提だが、LCネットワークの場合には、中〜高音以上の8Ωとインピーダンスを合わせる方が具合がいいから、ウーファーを16Ω仕様に変更した方がよく、そうなるとLとCの値は、7・2mHと56μFになる。
 アンプとスピーカーのあいだに入るコイルは、太い絶縁銅線をぐるぐる巻いたもので、たとえば3・6mHとすれば、その全長は約70メートル強、7・2mHとして約115mと、びっくりするほどの長さになる。このぐらいの長さになると、その直流抵抗も、無視できなくなる。仮に直径約1・6ミリ(14番線)を使ったとすると、70メートルで約0・6Ω、115メートルでは約0・9Ω近くなる。線の太さを約2・3ミリ(1・6の√2倍。実際にはこの太さの銅線はきわめて高価だし入手しにくく、しかもコイルに幕には特殊な用具が必要になる)に増しても、直流抵抗はそれぞれの1/2の0・3Ωと0・45Ωにしかならない。最近では鉄芯を併用して銅線の長さを節約する設計が増えているが何となく鉄芯なしにくらべてハイパワーでの歪が増すような気がして(実際にはそんなに増えないというデータもあるが)どうもおもしろくない。
 近ごろ、アンプとスピーカーのあいだを接続する、いわゆるスピーカーコードの音質の変化の問題がよくとりあげられる。結論的にいえば、できるだけ太いコードをできるだけ短く使うのが最良だが、いくらコードを短くしても、そこから先のスピーカーに到達するまでに、数十メートルから百メートル以上に及ぶ銅線の中をぐるぐる通り抜けてゆくのではまるで無意味になってしまう。LCネットワークも、こう考えてみると相当に問題の多い存在だといえる。
 話がやや脱線しかけてしまったが、いま例にあげた♯4350Aの場合は、右のような問題を避けるためにLCネットワークを使っていないからよいが、しかしそのひとつ下の♯4343では、低音(ウーファー)と中低音(ミッドバス)のあいだの300HzのクロスオーバーをLCネットワークによっている。現にわたくし自身が、この4343の前身である♯4341をそのまま鳴らしていながら、このようにLCネットワークの数値をちょっと計算してみると、どうもこれは大変なことだぞと、何となく背すじがむずがゆくなってくる(先にも書いたように、L(コイル)の数値はネットワークのタイプによって違うので、L値を最小に選ぶような設計もできるが、それにしても、先の算出値の1/3以下にすることは不可能で、いずれにしても、アンプからのコードの何倍か以上の長さの銅線が、スピーカー(ウーファー)とのあいだに介在することに変りはない)。友人の中に4341のバイアンプ・ドライブ型である4340を鳴らしている男がいて、その友人が私の家の4341を聴くたびに、「何だいこの低音は! 4340の方がずっと上だぞ、やっぱりマルチアンプにすべきだぞ」とわたくしをけしかけるのが甚だしゃくの種である。言い訳めくがわたくしの場合、この4341でアンプの試聴テストもしなくてはならないので、マルチアンプ化することができないというのが本音だが、その点新型の4343なら、背面のスイッチの切換によって、好みに応じてLCでもバイアンプでも選択できるように便利に改良されている。
 ところで、LCネットワークをコイルの直流抵抗分という面からだけ眺めてきたが、LCネットワークの問題点は、さらに別の部分にもある。それは、バイアンプによって各帯域のユニットをパワーアンプと直結したときと比較すると、LやCやR(アッテネーター)等が中間に介在することによってユニット本来の特性が歪められたり、せっかくの優れた音質を(仮にわずかであっても)損なうことが多い、という点だ。

■コーン型スピーカーのインピーダンス特性による弊害
 LCネットワークの働きの細かな説明は別の機会に譲ることにするが、少なくともLCの数値の設計には、ひとつの大前提がある。それは、ネットワークに対して送り込み側(アンプ側)のインピーダンスと、受け側(スピーカーユニット側)のインピーダンスが、たとえば8Ωなら8Ωという値から大幅に変動しないこと、という条件である。
 前項の例でもすでに書いたように、スピーカーが8Ωと4Ωとでは、L(コイル)やC(コンデンサー)の数値が2倍または1/2と大幅に異なる。ネットワークに接続されるスピーカーのインピーダンスが、設計値と大幅にずれるようなことがあれば、LCネットワークは計算どおりの動作をしなくなってしまう。
 ところが現実には、スピーカーのインピーダンスは、周波数によって、多少の変動を示すのがふつうだ。この傾向は、ホーン型のスピーカーよりも、ドーム型やコーン型において著しい。コーン型スピーカーのごく一般的なインピーダンスの特性の傾向は、f0(低音域の最低共振周波数)のポイントと、もうひとつ高音域にかけて、インピーダンスは公称値(たとえば8Ω)にくらべて少なくとも数倍から、大きいものでは十数倍以上も増加するものがある。
 こういうスピーカーがLCネットワークに接続されては、とうてい計算どおりの特性が得られる筈がなく、極端な場合には目をおおいたくなるようなひどい特性に変ってしまうことがある。周波数特性がこのような形になっている場合には、とうぜん、過渡特性や位相特性にも相当の乱れを生じて、音質は著しく劣化する。
 ただし、LCネットワークを使ったすべてのスピーカーシステムが、みなこのようなことになるという意味ではない。実際に、一流のメーカーによって仕上げられるスピーカーシステムは、ユニットやネットワークの総合的な設計で互いに補整しあって、最終的に良い特性、良い音が得られるように調整されているのだから、心配に及ばない。
 ひどい特性に変ってしまうような例は、アマチュアが、任意にスピーカーユニットを選択し、ネットワークには既製または自作の(つまりユニットのインピーダンス変動に対して何ら補整を加えていない)LCをそのまま接続した場合に、往々にして陥りやすいトラブルなのである。ことに、ウーファーとスクォーカーがともにコーン型の場合には、何らかの補整を加えないかぎり、正しい特性が、すなわち良い音質が、得られにくいと断言してもいいだろう。LCネットワークは、こういう部分の方が実は大きな問題になる。

■意外に知られていないアッテネーターによる音質の劣化
 前項であげた一例は、マルチスピーカーシステムの中でも、おもにLとCの組合せによる特性の乱れの問題だが、これとは別にアッテネーターによる音質の劣化が、意外に知られていない。
 LCネットワークによるマルチスピーカーシステムでは、能率の高いユニットにアッテネーター(抵抗減衰器)を挿入して音を絞る。
 スピーカーシステムを自作されるアマチュアがアッテネーターを購入しようとカタログを調べてみると、一方に数百円の連続可変型があり、他方に数千円のスイッチ切換型がある。たいていの場合、こんな部分にたいした違いはあるまいと、価格の安いアッテネーターを購入してくるが、ここに大きな落し穴がある。ローコスト型のすべてがというわけではないが、この簡易連続可変型の中には、アッテネーターを絞るにつれて音質の劣化を生じるものが意外に多いのだ。
 もしも読者の中に、この種のアッテネーターを使っている方があれば、だまされたと思って、スイッチ切換式の高級アッテネーターに交換してごらんになるとよい。トゥイーターが別ものになったかのように、晴れ晴れと冴えた音が鳴り出してびっくりすることが多い。この理由についても詳述するスペースがないので現象面だけ書くが、アッテネーターによっては、トゥイーターの特性を劣化させ、音を曇らせて抜けのよくない音質にしてしまうものが少なくないことを、ぜひ知っておいて頂きたい。わたくし自身も、JBL♯4341の連続可変アッテネーターを、いつか切換型に変えたいとずっと前から思っていながら、無精のため果していない。
     *
 LCネットワークのデメリット面を、やや強調する書き方をしてきたが、何度もくりかえすように、LCネットワークやアッテネーターが、すべて右のような悪さをするというわけではない。ただ、この項のはじめに書いたようなマルチアンプを生かす三つの方向のうちの第一、すなわち既製のスピーカーの中に一応気に入った製品があるとして、しかしさらに一層のクォリティを向上させたいと感じたとき、仮にそれがいかに僅少であってもLCネットワークの持つデメリット面を探ってみると、音質の向上をあくことなく追求したいマニアにとっては、マルチアンプ・ドライブの魅力がどうしても頭の中にひっかかってくる。
 だが、そういう意味で音質をつきつめてゆくと、どうしても、先の第二の方向つまり市販にない自分のオリジナルなスピーカーシステムを完成させてみたいと、マニアなら誰しも考えるようになってくる。

■マルチアンプを前提としたオリジナル・スピーカーシステムの一例として、マーク・レビンソンのHQDシステムをみよう
 マーク・レビンソンについては今さらいうまでもないが、約五年前にアメリカ・コネチカット州で名乗りを上げた、ステイツ・オブ・ジ・アート(これ以上のものがないという最高の製品)を追求するオーディオメーカーである。はじめプリアンプだけを発表していたが、その後、会社名をMLAS(マーク・レビンソン・オーディオ・システム)と改めて、パワーアンプからスピーカーシステムに至る全システムを開発する姿勢をみせている。
 一九七七(昭和五十二)年の春に、マーク・レビンソンは新作の純(ピュア)Aクラス・パワーアンプML2を携えて来日した。これはモノーラル構成で、最高の音質を追求したために出力はわずか25ワットと近ごろでは珍しく低い。ただしこれは、もともとは彼の考案になるマルチアンプスピーカーシステムHQDを駆動するために彼自身が開発したアンプだ。
 HQDとは、低音用にハートレイの224HSという口径24インチ(約60センチ)の大型ウーファーを使い、中音用にはイギリスQUAD(クォード)のエレクトロスタティック(コンデンサー)スピーカーを二基、縦に積み上げ、最高音用としてイギリスのデッカ/ケリィ・リボントゥイーター(ホーンを外してダイレクト型として使っている)を加えたというたいへん大型の3WAYスピーカーで、HARTLEY、QUAD、DECCAの頭文字をとってHQDスピーカーシステム、と名付けたという。クロスオーバー周波数は100Hzと7kHzだが、こういう特殊な組合せになると、各帯域のユニットのインピーダンスも能率も大幅に違うので、LCネットワークではとうてい考えられず、必然的にマルチアンプ・ドライブ方式になる。
 ほんらいフル・レインジ用に設計されたQUADを、中域以上にだけ使うというのは、別にマーク・レビンソンのアイデアではなく、日本でもステレオの初期からQUADに別のウーファーを加えて低音を翁って聴いていたアマチュアが何人かいたし、最近ではアメリカの若い世代のオーディオ愛好家を中心に、ダブル・クォードの名でQUADを二本スタックして鳴らすという使い方が、アングラのオーディオ誌などでも何度か紹介されていた。ステレオサウンド誌38号でも、岡俊雄氏がダブル・クォードの実験記を書いておられる(スイングジャーナル誌の企画では、長島達夫氏が、さらにQUAD三台スタックというものすごいものを試作されている)。
 そういうふうに、アマチュア個人としての実験例はいくつもあるが、マーク・レビンソンは、前述のようにこのダブル・クォードをスタックしたその中央にデッカのリボントゥイーターを収め、別の大型のエンクロージュアに収めたハートレイ24インチ・ウーファーを添えて、これをステレオで六台のML2でドライブし、クロスオーバー・ネットワークはこれも前述のLNC2を二台(LNC2は高低2系統のデヴァイダーなので、3WAYの場合にはもう一台追加しなくてはならない)とあわせて、ひとつのシステムとして発売しようというのである。全部でいくらになるのか、まだ正式の価格は発表されていないが、本当に売り出されれば、オーディオ史上これが市販された限りで最高のシステムということになるにちがいない。
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 マルチアンプを生かすために、ここまで例にあげたような、第一にJBLのモニターシリーズのような、第二にマーク・レビンソンHQDシステムのような、メーカー側の指示にしたがって組み上げるシステムのある半面で、さきの分類の第三の方向、つまり、アマチュアが長期計画を立てて、こつこつと築き上げるための、マルチアンプの有効な組合せ方・使い方、という道が残されている。が、この道は、へたをすると出口の内迷路あるいは底なしの泥沼ともなりかねない。そこに出口をみつけ、泥沼でなくそれを喜びとすることは、実は誰にでもできることではなく、妙な言い方になるが、マルチアンプシステムへの適性のようなものを、先天的に身につけている人とそうでない人とがあるように、わたくしには思える。
 もともと趣味道楽には人によって適性不適正がある。こうしてオーディオの楽しみに浸っているわたくし自身は、結局オーディオという道楽に適性があったからにほかならないので、たとえば釣や麻雀がいくらおもしろいからと誘われても、わたくしにはどうもその方向に適性がないらしく、人が言うほどのおもしろさが理解できそうにない。
 が、いまも例にあげた釣ひとつとっても、沢釣りの好きな人と磯釣りを好む人とがあるように、同じオーディオ道楽の中にも、マルチアンプに積極的な興味を示し成功させるタイプの人といくらやってもますます泥沼にはまりこむ人とがあるように思える。

バイアンプシステムの流れをたどってみると……

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より

 このようなバイアンプリファイアー方式がとりあげられた歴史は、実は意外に古く一九五六年(昭和三十一年)のはじめまでさかのぼる。
 その当時、アメリカのオーディオ界で指導的な位置を占めていた “Audio Engneering” 誌(のちにAUDIOと改題)が、その表紙に「デュアル・アンプリファイアー」と題して実験記事を掲載した。むろんまだステレオの出現する以前だが、一九五六年といえば、アメリカではモノーラルの再生装置がひとつの極限に達しつつあった。EVのパトリシアンやJBLのハーツフィールドのような大がかりなスピーカーすでに完成し、マランツやマッキントッシュがすでに高級アンプの原型にあたるモデルを市販し、ピックアップではモノ時代最高といわれたフェアチャイルドが♯225型に改良されていた。五〇年代初期までは混乱していたレコードの録音特性(したがって再生用のイクォライザー特性を何種類にも切り換える必要があった)も、RIAAの統一がはかられて、アメリカのオーディオ界は黄金期を迎えていた。
そういう状況の中で、より一層の優れた再生音に挑もうとする実験が出てくるのは当然のなりゆきだろう。そのひとつのあらわれが、低音と高音の各帯域(チャンネル)を、専用パワーアンプで直接駆動(ドライブ)して、LCネットワークを追放しようという、デュアル・アンプ・ドライブの発想であった。アメリカや日本でも、個人的なクォリティの追求、またはごく一部のメーカーによる特定の目的には、この方式が試みられたこともあるが、オーディオ界にひとつの流れを作ったのは、このA−E誌の記事であったと思う。
 この当時日本には、まだオーディオの専門誌が出現していなかったが、雑誌「ラジオ技術」が、むろんエンジニアリング的な面からであったが、そのころとしては最も求心的にオーディオを追求していた。デュアルアンプについてもその例外でなく、A−E誌の記事に刺激されて、同年(昭和三十一年)四月号には早くも、「マルチチャンネル(マルチSP(スピーカー)かマルチアンプか)」の特集を組んで、当時のレギュラー執筆者を動員して、マルチアンプの試作とその結果を報告している。そのときの筆者は、池田 圭、今西嶺三郎(現ブラジル在住)、加藤秀夫、木塚 茂それにわたくし瀬川の五人であった。これが、日本でマルチアンプを集中的にとりあげた最初だと思う。
 しかしこの当時は、ステレオ以前のことでもあり、また、まともな再生音を得るためには厳しい輸入制限の網をくぐり抜け、なおかつ法外な出費を覚悟して海外製品を入手するのでなければ、自作する以外にいい音の再生装置を手にする手段がなかった。少なくともわたくしの周囲には、輸入品を愛用している愛好家(というより当時はオーディオ研究家、といった感じが濃かったが)はほとんどいなかった。今西嶺三郎氏のフェアチャイルドのカートリッジがうらやましくてたまらなかった頃の話だ。
 そういう時代だったから、マルチアンプは世間一般の話題はおろか、オーディオ界の中でも、一部の熱心な研究家を除いては、そんなに大きな話題にはならなかった。
 アメリカのオーディオ界でも、本質的には状況はそう変らなかったが、しかし、それから約一年後の一九五七年には、マランツからモノーラル管球式のエレクトロニック・クロスオーバーが市販されていることをみると、ごく凝った愛好家たちのあいだに、マルチアンプへの興味が少しずつひろがっていたことは想像できる。
 やがてステレオレコードが発売されてからしばらくのあいだは、マルチアンプ・システムは、海外でもごく限られたマニアのあいだ以外では、ほとんど話題にならなくなる。モノーラルの一系統から突然、左右の二系統になって、愛好家たちにとってはステレオ装置を揃えるだけでもたいへんな頭痛の種だった。スピーカーシステムひとつさえ、買うこともシステムにまとめることも、つまり経済的にも技術的にもずいぶん苦労した頃の話。ましてモノーラルで大がかりな装置を揃えてしまった人たちほど、その苦労は倍増する。アンプが一台余分にあれば、それをステレオ用にまわしたいというときだ。とてもマルチアンプどころではない。
 しかしそれから約十年ののち、一九六六(昭和四一)年頃になって、このときは海外よりもむしろ日本で、マルチアンプが再び脚光を浴びはじめた。これには二つの背景がある。
 そのひとつは、モノーラル時代にもその再生圭がひとつの完成期を迎えたのちに、より一層高度の再生音を目指してマルチアンプがとり上げられたと同じように、ステレオ化も一応その基本ができ上ってみると、モノ時代のあのより一層のクォリティ追求が思い出されて、その手段のひとつとしてマルチアンプ化を誰からともなく思い立った、ということ。
 そしてもうひとつ、そろそろひとつの〝産業〟としてマーケットを確立しはじめた日本のオーディオメーカーが、オーソドックスなステレオ装置の売れゆきの伸びに多少の不安を抱いて、誌上の拡大をねらってマルチアンプシステムに目をつけて、そのためにセパレートアンプやチャンネルデヴァイダー(エレクトロニック・クロスオーバー)を製品化しはじめた、というもうひとつの背景……。
 ことに、この時代になるとアンプから自作するというマニアが減りはじめ、愛好家の層が完成品を組み合わせて楽しむという方向に移行しはじめていたこともあって、昭和三十一年当時のようにデヴァイダーやアンプの自作を前提にマルチアンプを訴えるのでなく、既製品が市販されているという前提がなくては新しい方式を推める意味が薄れていた、という事情もある。その意味で、マルチアンプ化のためのパーツが市販されはじめたということが、マニアにとっては嬉しいことだった。その結果、雑誌「ステレオのすべて」(一九六七年版)などにも、マルチアンプの記事が掲載されるというような現象がみられたわけである。
 当然「ラ技」や「電波科学」や「無線と実験」のような技術系の雑誌にも、マルチアンプの解説記事が載りはじめ、昭和四十五年(一九七〇年)には、「初歩のラジオ」がマルチチャンネル・アンプだけの別冊を発刊するまでに至った。
 ところがこの時期になると、日本のオーディオメーカーが、過当競争のあまり、小型のブックシェルフスピーカーにマルチアンプ化用の端子を出すのはまだよいとしても当時の三点セパレートステレオ、こんにちでいえばシスコンのように一般家庭用の再生機までを、競ってマルチアンプ化するという気違いじみた方向に走りはじめる。そういう過熱状態が異常であることは目にみえていて、まもなく4チャンネルステレオの登場とともに望ましくないマルチブームは終りを告げた。前述したようにこの時期には、日本以外の国では、マルチアンプシステムは(時流に流されないごく一部の愛好家を除いては)殆ど話題にされていなかった。騒いだのは日本のマーケットだけだった。ただ、3チャンネルのマルチアンプをひとつのシャーシに収めたトリオの意欲作〝サプリーム1〟は、海外市場でも高級ファンには注目された。
 七〇年代をはさんで海外(おもにアメリカ)でマルチアンプがたいした話題にならなかったのには、例のベトナム戦争がひとつの大きな原因といわれる。アメリカ国内の不況と荒廃もひとつの理由としてあげられる。ことオーディオに限ってみても発表される新製品にたいしたものがほとんど見当らなくなって、アメリカのオーディオももうこれで終りかと我々を嘆かせた頃のことで、とてもマルチアンプどころではなかったということもあるのだろう。
 むしろ日本の高級ファンに、マルチアンプであることで興味を呼んだのは、一九七五年にイギリスKEFが、かつてのBBCモニターLS5/1Aを改良して現代のモニタースピーカーに発展させた model 5/1AC を発表したことではなかったか。かつては非常に凝ったLCネットワークを内蔵していたBBCモニターが、より一層のクォリティの向上と音圧レベルの増強をねらって、高・低2チャンネルのパワーアンプとエレクトロニック・クロスオーバーがエンクロージュア内に収められて再登場したのであった。
 そのころはすでにJBLも、♯4330、4332、4340などのマルチアンプ・ドライブ専用のモニタースピーカー、及び♯4350を揃えている。
 これらの出現に暗示されるように、アメリカやヨーロッパの先進的なメーカーや先端をゆくオーディオ愛好家のあいだでは、完成期に入ったステレオ再生装置の一層の高度化をめざしてマルチアンプが大きなテーマとして再びとりあげられはじめた。むろん日本でも、音にうるさい愛好家の中には、一貫してマルチアンプで再生装置を追求している人が、少なからずいた。わたくし個人のことをふりかえってみると、本誌の創刊された昭和四十一(一九六六)年よりもう少し前から、自分の装置をマルチアンプ化していた。その後しばらくのあいだは、マルチアンプとLCネットワークの比較などしながら、昭和四十七年からの三年間は、かなり本気になってマルチアンプで聴いていた。その後事情で引越して、いまの家ではあまりまともな音が鳴らせなくなってしまったので、一時的にマルチ化を休んでいるが、いずれまた本格的にやりたいと考えている次第である。
 が、私がマルチを休業しているこの二〜三年のあいだに、ベトナム休戦以後アメリカに台頭しはじめた新しいジェネレイションたちが、積極的にマルチアンプをとりあげる姿勢をみせはじめた。本誌発行の HiFi STEREO GUIDE の号を追ってみると、この間の推移がよくあらわれていて興味深い。’74−’75(VOL・1、昭和四十九年十一月発行)では、エレクトロニック・クロスオーバー・ユニットは、ゴトーユニットのCF−1と、はイオニアのSF850と、それにソニーのTA4300Fの三機種しか載っていない。その呼び方も、「チャンネルデバイダー」となっている。
 ところがそれから六カ月後に発行されたVOL・2(五十年七月)では、A&E、サンスイ、JBL(♯4350等専用)の三機種が前三者に加わり、さらにそれから一年後のVOL・4(五十一年八月)では、それまで「特殊アンプ」の項に一括されていたものに新たに ELECTRONIC CROSSOVER NETWORK のタイトルがついて、十一機種に増えている。VOL・5(五十一年十二月)でマーク・レビンソンのLNC2(58万円)という超精密級が加わって全部で十三機種になり、先ごろ発行されたVOL・6(五十二年七月)でその数は一拠に十八機種に増えている。しかもなお、この特別号でとりあげられている十九機種にみられるようにこの種の製品は増加の一途をたどりつつある。
 これを、七〇年以前の一時にみられたような一時の流行とみることは妥当ではない。というのは、いま発売されつつあるクロスオーバー・アンプの大半は、総体にかなり内容の高度な、つまりふつうのLCネットワークでは性能の面で不満を感じている本格的な愛好家のために企画された製品であるということだ。このことから、マルチアンプ化が、ブームというよりはもっと本質的なクォリティの向上をめざしていることがはっきりしてくる。
 この背景を支えるのは、一方ではセパレートアンプの積極的な開発にみられるアンプリファイアーの内容の高度化、そしてもう一方は、スピーカーユニットの研究が近年急速に進んだことによって、LCデヴァイダーからエレクトロニクス化することによる効果が、以前よりいっそう顕著に聴きとれるようになったこともあげられる。またさらに、プログラムソースを含めて周辺機器のクォリティの向上もその大きな裏づけになる。
 ただお断りしておくが、何が何でもマルチアンプ化することをわたくしはおすすめしない。少なくとも、ふつうのLCネットワークによるシステムに音質の上ではっきりした不満または限界を感じるほどの高度な要求をするマニア、そして、後述のようなたいへんな手間とそのための時間や費用を惜しまないようなマニア、そしてまた、長期的な見通しに立って自分の再生装置の周到なグレイドアップの計画を立てているようなマニア……そう、この「マニア」ということばにあらわされるような、相当にクレイジイな、そしてそのことに喜びを感じる救いようのない、しかし幸せなマニアたちにしか、わたくしはこのシステムをおすすめしたくない。むしろこの小稿で、わたくしはアジテイターを務めるでなく、マルチアンプ化に水をさし、ブレーキをかける役割を引きうけたいとさえ、思っているほどだ。

マルチアンプのすすめ・序

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より

 H・F・オルソンが、良い再生音の理想として、「原音を聴いたと同じ感覚を聴き手に与えること」と定義したのはもう三十年も昔のことだが、それは裏がえしてみれば、機械の存在を忘れて音楽を楽しむことのできるような再生音、と解釈することができる。
 再生された音の自然さを損なう要素としては、第一に、周波数範囲の狭いこと、または再生された周波数範囲のどこかに強調あるいは減衰が生じること(周波数レインジの広さと平坦さ)。第二に音の汚れや濁り(ひずみ)。第三に音のひろがりや奥行きの不足(立体感、音の放射パターン、指向性)。第四に音量の不適当または音の強弱の不自然さ(最適音量とダイナミックレインジ)、……などがあげられる。
 いまから三十年前の長時間レコードの出現、そして二十年前のステレオ化以来、長足の発展をとげてきた録音・再生の技術も、右のそれぞれの要素に満点をつけるまでには及んでいないし、中でもスピーカーに関するかぎり、いまだ及第点には程遠いといったところが実情といえる。そうした中でさまざまな改善の試みがたゆまず続けられているが、このところ再び、マルチアンプ・システムが(日本ばかりでなく海外でも)脚光を浴びはじめている。この方式自体は決して目新しいものではないが、ここ数年のあいだにオーディオに興味を持ちはじめた新しい愛好家にとっては、やや馴染みの薄いシステムかもしれないので、その歴史などもたどりながら、マルチアンプ・システムを今日的な観点から改めてとりあげてみる。