瀬川冬樹
HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より
■スピーカーシステムの最終目標を立てる
すでに何度も書いたように、マルチスピーカーシステムあってのマルチアンプ、なのだから、自分としてどういうスピーカーシステムが欲しいか、をある程度はっきりさせておく必要がある。そしてこの項では、既製品、完成品を別にして、3項で分類した三つの中の最後の、長期計画による自作スピーカーシステムを中心に述べる。
たとえばフルレインジ型のユニットを、ひと頃よく流行したバックロードホーンバッフルやその変形の、日曜大工によるエンクロージュアに収めたり、簡単なLCネットワークを自作してトゥイーターを追加する、といった形もむろんスピーカーシステムの「自作」には違いない。が、少なくともマルチアンプ・ドライブを前提としたスピーカーシステムの場合は、見かけは別としても実質的には、3項で紹介したHQDシステムのような根本精神──いわゆる商品性や経済性からみて、メーカーの作ろうとしない最高のシステムを目ざす──だけは一本の芯として通したいと思う。かつてわたくしがマルチスピーカーの自作に熱をあげていた時期には、経済的にも技術的にも貧しいながら、少なくとも自分にとって最高のスピーカーシステムを目標としていた。そしてその当時の基本的な考え方自体は、十数年後のいまでも集成する必要がないと考えるので、まずそれからご紹介してみたい。
■中〜小口径のフルレインジスピーカーからスタートして、最後には4WAYシステムに発展させる
この案の基本は、かつて「ステレオサウンド」誌の創刊号や、「ラジオ技術」増刊号〝これからのステレオ〟(いずれも昭和四十一年暮の発行)などに書いた。あれからもう十年以上も経ってしまったのかと、いささか感無量の思いだ。
全体の構想は、コーン型による最低音と中低音、そしてホーン型による中高音と最高音、の4WAYである。いまになってみれば、JBLのモニターシリーズの最高クラスの二機種である♯4350Aと♯4343がこの考え方で作られているが、このシリーズが発表されたとき、あれ俺のアイデアが応用されたのかな? と錯覚したほどだった。
その考えというのはこうだ。当時わたくしの部屋はごくふつうの木造の六畳和室だった。こういう聴取条件で、しかしできるだけ良い音(はじめにも書いたように装置の存在を忘れさせるような、いかにも実演を聴いているかと錯覚させるようなクォリティの高い音)を聴こうと思うと、十分に周波数レインジの広い、しかも歪みの少なく指向性に優れた、要するに、妥協のない本もののフィデリティを追求しなくてはだめであることを、それまでのスピーカー遍歴から感じていた。そのころも一般的には、六畳のような狭い部屋には、それ相応の小さなスピーカーの方が良く、大型を持ち込んでもまともな音は出ない、と言われていた。が、わたくしはその逆を考えた。
六畳ということは、第一にスピーカーに非常に近づいて聴くことになる。したがって、音の歪みや、低音から高音に至るまでの広い周波数帯域の中で音のつながりが良くなかったり、エネルギー的に欠けた帯域があれば、それは広い場所で部屋の響きに助けられてアラの出にくい状態でよりも、はるかに耳につきやすい。
第二に、部屋の壁面からの反射による響きの豊かさの助けを殆ど期待できないから、指向性の鋭い──ということはエネルギーバランスに片寄りのある──ユニットでは音が貧弱にきこえたり、やわらかにひろがる自然な響きが得られにくい。全音域に亘って指向性を広く確保しなくはならない。
第三に、音の豊かさは低音域をいかに豊かに、自然に、しかも充実したエネルギーで鳴らすか、にも大きくかかっている。六畳とはいえ、和室では低音がどんどん逃げていってしまうから、ある程度しっかりしたウーファーでなくては低音がやせてしまい、ひいては音域全体の豊かさ、柔らかさ、あるいは音の深みを欠くことになる。むろん六畳では決して大きな音量を出し続けることはできないが、かえって小音量だからこそ、できるだけ振動板の面積の大きい大口径のウーファーを、できるだけ(部屋のスペースのゆるすかぎり)大きなエンクロージュアに収める方がいい。エンクロージュアのタイプは、位相反転型のヴァリエイションが聴感上の自然さでは最も優れている。密閉型ではどうしても音が詰まりかげんで、伸び伸びと明るい響きが得られない。ホーンバッフルは音にくせをつけやすいし、本当に低音を延ばそうとすれば六畳には収まらない大型になってしまう。本当はプレーンバッフル(平らな板だけのバッフル)が最も良い音を出すが、これもかなり大型(たとえば3m×2m以上)にしないと最低音が不足する。
さて、全体の構想はこうして決まり、ことにウーファーに関してはかなり具体的になっているが、その当時は一般に、ウーファーといっても低くても500Hz、高い場合には1kHz以上までを、一本の大口径スピーカーに受け持たせていた。しかしわたくしはここに疑問を持った。
ウーファー、というといかにも「低音」だけを鳴らすスピーカーのように思える。が、500Hzといえば、ピアノのキイでいえば中音ハ音の1オクターヴ上(C5≒523Hz)になる。このあたりはもう、楽器でいえば「低音」どころか、〝メロディーの音域〟として最も活躍しているところだ。ふつうは、メロディーとしてはその2オクターヴ下のC3(約130Hz)あたりからの3オクターヴくらいが最もよく使われる。となると、「ウーファー」として、つまり本来「低音」を鳴らすために設計された大口径の、重い振動板を持ったスピーカーに、こんな大切な帯域を受け持たせるのはおかしいのじゃないか。ひとつの裏づけとして、たとえば16センチから20センチぐらいの、いわゆる中口径、小口径のフルレインジ(全音域)型として設計されたスピーカーの音は、ことに人の声やピアノのメロディーの音域でのタッチなどが、いかにも自然で軽やかなのはなぜか。
そう思って、これらコーン型スピーカーをよく調べてみると、たとえば38センチ口径なら約300Hz附近から、16センチでも約2kHzぐらいから、それぞれ上の特性は急激に劣化しているものが多い。いいかえれば、16センチ級のスピーカーは、人の声や音楽のメロディーの音域ではかなり良い音を聴かせるが、音楽の低音のほんとうのファンダメンタル(基音)の領域になると、そのエネルギーの豊かさや深味という点ではどうしても大口径ウーファーにかなわない。それなら、2〜300Hzを境にして、最低音を38センチ、そして1〜2kHzまでを中〜小口径の優秀な全音域(フルレインジ)型に、それぞれ受け持たせてみたらどうか──。
ここでひとつの問題が発生した。高くとも300Hz、できれば150Hz以下、というような低いクロスオーバー周波数では、もしもLCネットワークを設計しようとすれば、3項に書いたように特性上でも経済上からも問題が多すぎる。ここはどうしても、マルチアンプ・ドライブをするべきだ。
これで中〜低域の構想は決まった。ここに至るまでに、たとえば2〜300Hz以上なら、コーン型を避けてホーン型の良いスピーカーを使ってはどうかという考えも出たが、仮にクロスオーバーを300Hzとしても、そのためにはカットオフ周波数を150Hz程度に設計したホーンを使わなくてはならない。すると、六畳ぐらいの部屋はお化けのような大きさのホーンになってしまうし、そのぐらいの大きさのホーンになると、ホーンの長さによる位相の遅れや、音のくせを防ぐことがかえって困難だから、やはりコーン型の中から良いものを選ぶべきだ……。
次に問題は高音域だ。たとえば低音に38cmの、そして中音に16cmのそれぞれのコーン型を使って、最高音だけホーン型を使った3WAYスピーカーはすでにたくさん試みられて珍しくなかったが、その殆どが、クロスオーバー周波数を、下が500Hz附近、上を4kHz附近にとっていた。が、下の500Hzはすでに書いたように不合理だ。上の4kHzとういのも、16センチという口径でそこまで受け持たすのは理論的にも無理だし過去の経験でも聴感上も良い音がしない。またホーントゥイーターでも、4kHzというクロスオーバーはどっちつかずだ。
さきに書いたように、1〜2kHzから最高音域までを、一本のホーン型スピーカーで受け持てるようなものがあるといいが……といろいろ探してみると、結局JBLのLE175DLHがそれにあてはまりそうだという結論になった。国産にはこういう目的に合う製品がなかった。
細かないきさつはいろいろあるが省略して結論だけ書くと、LE175DLHは中低音域とのつながりは良いが、最高音域がこのままではどうにも足りないことがわかった。しかし高音域といっても、楽器の出せるファンダメンタルはせいぜい4kHz(ピアノの最高音のキイが約4180Hz)で、その1オクターヴ上までを175に受け持たせ、8kHz以上のオーヴァートーンの繊細な美しさ、あるいはステレオのプレゼンスを支配する音の雰囲気感のようなところを、専用のスーパートゥイーターで分担するのがいいだろうと考えた。
こうして、最低音と中低音のあいだと、中高音と高音のあいだをマルチアンプで、そして最高音域用のスーパートゥイーターだけはLCネットワークで、という4WAYのシステムができ上り、しばらくのあいだは、各帯域のユニットを少しずつ入れかえたりして楽しんでいた。このころ使ったユニットとしては、ウーファーにはパイオニアPW38A(のちにJBL LE15Aに交換)、ミッドバスには、ダイヤトーンP610A、ナショナル8PW1(現テクニクス20PW09)、フォスター103Σの2本並列駆動、最後のころはジョーダンワッツのA12システム(いまは製造中止になった美しい位相反転型エンクロージュア、現在のJUNOに相当?)を、一時は二本積み重ねてたりした。
中高音は前述のとおりJBLのLE175DLH、そして最高音用には、テクニクスの5HH45を2本ずつ使ってみたり、デッカ・ケリーのリボントゥイーターを使ってみたりした(マーク・レビンソンのようにホーンを外すという知恵がなくて、必ずしも満足がゆかなかった)。JBLの2405はまだ出ていなかったし、075は最高音域のレインジが狭くてこれも全面的に満足というわけにはゆかなかった。
その頃は、こうした考え方に合致するユニット自体が殆ど作られていず、また、あまりにもいろいろの国のキャラクターの違うユニットの寄せ集めでは、周波数レインジやエネルギーバランスまではうまくいっても、かんじんの音色のつながりにどうしてももうひとつぴしりと決まった感じが得られなくて、やがて、帯域の広さでは不満が残ったが相対的な音の良さで、JBLのLE15A(PR15併用のドロンコーン位相反転式エンクロージュア入り)、375ドライヴァーに537−500ホーン、および075という、JBL指定の3WAYになり、やがてそれをマルチアンプ・ドライブし、次に4333をしばらく聴いたのちに4341で今日まで一応落ちつく……というプロセスが、大まかに言ってここ十年あまりのわたくしのスピーカー遍歴だった。そう、もうひとつこれとは別系列に、KEFでアセンブリーしたイギリスBBC放送局のモニタースピーカーLS5/1Aの時代が併行しているが。
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長々と脱線しているかのように思われるかもしれないが、右の考え方の基本は、いまでも改める必要を感じないし、少なくともいまでは十年前よりも、この考え方に適したユニットがもう少し増えていて、もしもこれから、わたくしの考えと同じ構想のマルチアンプ4WAYシステムをやってみようと思われる方には、ここまでの考え方をそのまま発展させて頂いて少しもかまわない。そして右の4WAYは、一時にすべてを完成させないでも、何回かに分けて、少しずつステップアップしながら、大きく成長させてゆくことのできるメリットを持っている。それはたとえば次のようなプロセスを踏む。
●第一段階 16ないし25センチの全音域ユニットによって、シングル・スピーカーシステムを構成する。あらかじめ同じものを2本並列駆動するのもよい。
●第二段階 トゥイーターを加えて高域のレインジをひろげると共に、楽器の微妙な音色を支配するオーヴァートーン(倍音)の領域を補強する。これによって、ステレオ再生にリアリティを添える音の空間的な広がりの再現性が増し、いかにも眼の前に広い演奏空間が現出したかのようなプレゼンスを体験するようになるこの段階では良質のLCネットワークと、良質のアッテネーターによる。
●第三段階 ウーファーを加える。38cm口径以上の大口径。ユニットによって最適のエンクロージュアは異なるが、原則として、内容積200リッター前後の位相反転型。一例として、本誌(ステレオサウンド)6号で試作したユニヴァーサル型(バッフル交換型)エンクロージュアの図を示す。第一段階のフルレインジスピーカーを、はじめにこのエンクロージュアにとりつけておいて、あとからウーファー追加の際に、ミッドバス用として内容積20ないし40リッター程度のエンクロージュアを追加すると、わりあい無駄なくゆく。この段階でマルチアンプ化する。クロスオーバー周波数は、ウーファーとスクォーカーとの特性やエネルギーバランスや、音色のつながりなどの点から、試聴によって100ないし300Hzの範囲にきめる。300Hz以上まで使うことはあまりおすすめしないが、スクォーカーの低音域のエネルギーが少ない場合、あまりクロスオーバー周波数を下げると、つなぎ目の附近で音が薄くなるのでこの点に注意する。
●第四段階 中〜高域用のホーンドライヴァーを追加する。クロスオーバーは1kHz附近と8kHz附近。1kHzのポイントは、LCネットワークでも慎重に設計・調整すれば、うまくゆく(JBLのモニターシリーズはLCネットワークだ)が、アマチュアがやる場合には、エレクトロニック・クロスオーバーの方が概して失敗が少ない。
以上で、アマチュアの自作を前提とした4ウェイシステムは完成する。第二から第四までの段階に分けたが、むろん一度にここまで完成させても少しもかまわない。具体的な接続の方法や調整のヒントなどは4項でもちょっとふれたが、ここからのあとのページにも紹介されるだろうし、また、このあとに企画されているハイテクニックシリーズの続篇で、機会があったら実験してご報告しよう。
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ところで、わたくしの考えるマルチアンプシステムでは、あと二つほどのヴァリエイションが考えられる。その一は、ミッドバス以上には、完成品のスピーカーシステムの中から、比較的小型でよくまとまっているもの──例えばヴィソニックのDAVID50やブラウンのL100、またはロジャースのLS3/5Aやスペンドールのミニモニター、あるいはJR149など、おもに最近のヨーロッパで作られたいわゆるミニスピーカーをそのまま使い、重低音域だけ、大型ウーファーを追加するという方帆であり、その二は、さきの4WAYといまのミニスピーカーのいずれの場合でも、ウーファーのみ左右共通のいわゆる〝3D方式〟として経費と設置スペースを節約する、という方法である。
■ミニスピーカー+サブウーファー
いまあげたミニスピーカーは、そのままでも一応は、音楽の再生に必要な低音域を(小型の割にはびっくりするほど)よく鳴らすし、背面を壁にぴったりつけたり頑丈な本棚等にはめ込むよう設置すれば、こんな小型とは信じられないほどの量感も出せる。
が、さきの4ウェイで紹介したような、200リッター級のエンクロージュアに収めた38センチ口径以上の大型ウーファーの鳴らす低音をここに追加することによって、これらのミニスピーカーは、単体で鳴らした場合にはときとして感じられるいくらかカン高い、どこか精いっぱい鳴っているという感じがすっかりとれて、ゆったりと余裕のある、やかましさのない伸び伸びとした音に一変する。2〜300Hzから下にウーファーを追加しただけで、最高音域の音色までがすっかり変ってしまうということは、体験した人にでないとどう説明してもわかって頂けそうにない。
ともかく、この方法はマルチアンプによって容易に実現が可能なので、ぜひ一度体験してみることをおすすめする。
■ウーファーが一本でもよい3D方式
〝3D(スリーディー)〟というのは必ずしも国際的に通用する用語ではないが、これは、ステレオの右と左の方向感には殆ど影響のない低音域だけは、左右をブレンドして(混ぜて、つまりモノーラル接続にして)一本のウーファーで鳴らし、中音域以上はオーソドックスなステレオとして左右に分けるという方法で、良いウーファーを選び、クロスオーバーポイントの選び方や中〜高音用スピーカーのバランスのとりかたなどをよく検討すれば、二本の左右独立したウーファーを使うのと聴感上それほど変らず、しかも片チャンネル分のパワーアンプやウーファーユニットの費用と、大型エンクロージュア一台分の設置スペースが節約できる、といううまい話だ。
この方式は、マルチアンプが以前流行した昭和四十年前後に、マルチアンプと前後して一時はかむり広く流行したが、最近ではこの方式を知っている人が少なくなってしまった。本誌の創刊号から何号かのあいだは、ときどき紹介記事が載ったこともあるし、昭和四十年七月には、「無線と実験」の別冊の形で「3Dステレオのすべて」が発刊されたこともあるので、古いオーディオマニアには懐かしい方式だろう。
なぜこれがすたれてしまったのかは明らかでないが、昭和四十年頃では、マルチアンプ同様に多少とも技術的な理解力のある人が、アンプの一部に手を加えたりネットワークを自作したりしなくては作れなかったこともあり、また世の中が裕福になって、あえて左右をひとつにまとめるなどしなくても、誰もが一応のスピーカーをペアで所有できるようになったこともあるだろう。3Dという方式が、ことにその当時は経費の節約という面が正面に押し出されて、どことなく、貧乏人のためのシステム、みたいな劣等意識を植えつけてしまったこともわざわいしているらしい。
たしかに、3Dは考え方としてはエコノミカルな方法には違いない。いくら大型のぜいたくなウーファーでも、同じものを二台設置できるなら、それにこしたことはない。
が、それはどこまでも理屈であって、現実に、もしも二台のエンクロージュアと二本のウーファー、それに低音用のステレオ・パワーアンプを、一台のエンクロージュア、一本のウーファー、モノーラルのアンプ、でいいということになれば、それをステレオの1/2の費用に〝節約〟するのでなく、ステレオ用の片チャンネルの費用を2倍に使って、すべてにぜいたくをしたら、無理してステレオにするのよりも、ずっとクォリティの高い低音用のシステムができ上るということになるだろう。そう考えると、良いモノーラルのアンプや大型のウーファーの入手しやすくなった昨今、もういちど3Dシステムを見直してもよいのではないかと、わたくしは思う。
3Dについての理論的な裏づけやその具体的な方法については、続篇でもし機会が与えられれば詳しく書かせて頂くつもりなので、ここでは要点のみ述べると、第一に人間の耳の方向感に対する判断力、第二にレコードの音溝に刻まれた低音域での位相成分、の二つを考えあわせると、だいたい150Hz近辺から以下の低音は、左右を混ぜてモノーラルとして再生しても、ステレオのエフェクトに殆ど影響を及ぼさないとされている(但しこれは、ステレオの録音・再生の初期に出された結論なので、今日の時点でもういちど厳密な追試実験をしてみないと断言はできない)。
右のことを前提として、約150Hz以上を正確にステレオ化し、150Hz以下をフィルターによって取り出して左右をブレンド(L+R)して、モノーラルのパワーアンプを通して一本のウーファーから再生させる。
ここで注意しなくてはならないことは、ウーファー自体が、振動系のメカニカルな共振によって高調波を発生しやすいタイプだと、電気的には150Hzまでの音しか加わらないのに、ウーファー自体からもっと高い高調波歪が発生してステレオエフェクトを損なうことがあるので、そのような場合は、ウーファーの前面にフェルト等の吸音材による高域カットのフィルターをつける必要の生じることもある。ウーファーの置き場所は、左右のスピーカーの中央がいちおうの標準だが、もともと方向感にはあまり影響を及ぼさない音域なのだから、左右のスピーカー(150Hz以上)のどちらか一方に寄せてしまってもよいし、わたくしの古い実験では、少しふざけて聴取位置のうしろ側にウーファーだけ移動させてみたこともあったが、ふつうの広さの部屋では、こんな置き方をしてみても低音は前面左右のスピーカーのところに音源があるように聴こえるのがおもしろかった。
前述のように、この方式は改めて今日の時点で再実験してみないと、以前感じたエフェクトがそのままかどうか断言はしにくいが、しかし決していわゆるゲテの類ではない。その証拠に──といっては大げさだが、アメリカでも数年前からこの方式による重低音の再生が研究されて、すでにいくつかの製品が市販されているし、今年夏のシカゴCEショーには、JBLからセンターウーファー式のステレオスピーカーシステムも発表されるというように、マルチアンプ同様、再検討の気運がみえている。
もし、いまの時点でこれを実験してみたいと思えば、市販されているエレクトロニック・クロスオーバー・アンプの中から、3D用出力端子の出ているソニーTA4300FまたはビクターCF7070を使って実現できる。
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スピーカーシステムの選択は、おそらく一人一人の性格の違いと同じほど多様であり、そのヴァリエイションに応じて、それに最もふさわしいマルチアンプ・システムが選ばれる。わたくしのここにあげた例は、その無限に近い可能性の中のほんの一例にしかすぎない。ここから後のページでは、マルチスピーカー及びマルチアンプ・システムが、さまざまの角度からとりあげられるとのことだ。おそらくわたくしなどの思いもよらないシステムも登場することだろう。多くの例の中から、読者諸兄がそれぞれにご自身に最も好ましいシステムを、あるいはそのためのヒントを探し出されるにちがいない。
しかし3項や4項でも書いたように、マルチスピーカー/マルチアンプ・システムは、パーツを選択し接続完了したところから、ほんとうの難しさ、ほんとうの楽しさが始まる。ネットワークの遮断特性や、パワーアンプの入←→出力の位相関係に応じて、ユニットの±(プラス・マイナス)を入れかえたり、ユニットを1センチ刻みで前後させたり、互いの向きをこまかく調整したり、クロスオーバー周波数や遮断特性をユニットに合わせて修整したり……ひとつひとつ書くとキリがないくらい、こまかな問題があとからあとから出てくる。そうした実技面については、実際にシステムを組み合わせて、特定の部屋の中で時間をかけて調整しながら実験をくりかえしてゆくというように、具体例に則してしか、説明することのできない性質のもので、したがってここでもそうした細かなテクニックを具体的に書くことはしなかった。その点については、今後企画されているこのシリーズの続篇で、少しずつスペースを割いて解説が加えられる筈である。この号とも併せて続篇にご期待下さるようぜひともお願いして、今回はここまでで終らせて頂く。
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