マルチアンプシステムの魅力

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より

 マルチアンプ・システムというと、何となくアンプに重点を置いた方式のように受けとられがちだが、実際には、すでに書いたようにスピーカーシステムを最良に動作させるための構成なのだから、マルチアンプの効用を論じるには、まずスピーカーシステムの側から考えてみる必要がある。
 その意味で、マルチアンプが効力を発揮するためのスピーカーシステムに、三つの方向が考えられる。
 第一は、前項でも紹介したJBLのプロフェッショナル・モニター・シリーズのように、完成品の(LCネットワーク内蔵の)スピーカーシステムのクォリティをより一層向上したい、と望むとき。
 第二は、市販されているあらゆるスピーカーシステムの中に、自分の理想とする製品が見当らないため、低音、中音、高音のユニットを自分が選定しあるいは改造し、場合によっては自作してでも、自分自身の高い理想を満たし、あるいは自分の部屋の音響特性や構造に合わせるようなつまり市販品に全くないオリジナルなスピーカーシステムを作りあげたい、と思うとき。要するにLCネットワークでは不可能なスピーカーシステムを間考える場合。
 第三は、スピーカーシステムの完成までに長期計画をもって臨むとき。その方法はあとで詳しく書くが、何年にも亘って自分のスピーカーシステムを少しずつ成長させ変容させてゆく、というような場合にも、マルチアンプシステムが明らかにメリットを発揮する。

■たとえば♯4350Aを例にとってL(コイル)の問題点を考えてみる
 まず第一のケースから考えてみる。たとえばJBLのモニターシリーズでも、♯4350Aの場合には、最初からバイアンプリファイアー・ドライブが条件になっている。♯4350Aは4WAYのスピーカーシステムで、最低音が250Hzまで、次の中低音(MID-BASS)が250から1100Hzまで、中高音がそこから9kHzまで、そして最高音がそれ以上……という構成で、中低音以上の1・1kHzと9kHzはLCネットワークだが、250Hzのクロスオーバーポイントをはさんで、それやそれ二台のパワーアンプでドライブする設計になっていて、専用のエレクトニック・クロスオーバー・ネットワーク♯5234が用意されている(250Hzにクロスオーバーポイントを持った別メーカーの同等品でもよい)。つまり、スピーカーにJBL♯4350Aを選んだ場合には、好むと好まざると、マルチアンプ(バイアンプ)システムをとることが前提になってしまう。これに組み合わせるアンプは、銘柄などは指定してないが、出力は、250Hz以下に200W(4Ω)以上、中高音用に100W(8Ω)以上、と指定されているから、それだけでも相当に大がかりなシステムになってしまう。
 ♯4350Aが、なぜバイアンプリファイアーを条件にしているのだろうか。それは、最高級のモニターとしての性格上、最も再生のむずしい低音域まで、楽器の持っているナマの音のエネルギーをそのまま、できるだけ現実的に再現したいからだと思う。♯2231A型38センチ・ウーファーを2本、並列駆動(パラレルドライブ)していることにも、その姿勢があらわれている。
 仮にもしも、これをLCネットワークにしたらどういことになるか、考えてみるのは一興かもしれない。
 クロスオーバー周波数を低めにとったときに、ことにLCネットワークに問題が生じるというのは、アンプとウーファーのあいだで高音域をカットするためのコイルが相当に大型になるという点が、第一のデメリットだ。コイルの数値はネットワークの回路方式によって異なる。LCネットワークの方式には、定抵抗型とフィルター型、直列型と並列型、一素子型(定抵抗型のみ)、二素子型、三素子型…というように、いろいろの種類があり、それぞれに得失がある。が、最も一般的に採用される定抵抗型並列二素子型を仮定して、♯4350の250HzのクロスオーバーでLとCの数値を計算してみると(計算式その他は省略するが)、コイルが3・6mH(ミリヘンリー)、コンデンサーが113μF(マイクロファラッド)という値が得られる。これは♯2231Aウーファー(8Ω)が2本並列で4Ωになっているという前提だが、LCネットワークの場合には、中〜高音以上の8Ωとインピーダンスを合わせる方が具合がいいから、ウーファーを16Ω仕様に変更した方がよく、そうなるとLとCの値は、7・2mHと56μFになる。
 アンプとスピーカーのあいだに入るコイルは、太い絶縁銅線をぐるぐる巻いたもので、たとえば3・6mHとすれば、その全長は約70メートル強、7・2mHとして約115mと、びっくりするほどの長さになる。このぐらいの長さになると、その直流抵抗も、無視できなくなる。仮に直径約1・6ミリ(14番線)を使ったとすると、70メートルで約0・6Ω、115メートルでは約0・9Ω近くなる。線の太さを約2・3ミリ(1・6の√2倍。実際にはこの太さの銅線はきわめて高価だし入手しにくく、しかもコイルに幕には特殊な用具が必要になる)に増しても、直流抵抗はそれぞれの1/2の0・3Ωと0・45Ωにしかならない。最近では鉄芯を併用して銅線の長さを節約する設計が増えているが何となく鉄芯なしにくらべてハイパワーでの歪が増すような気がして(実際にはそんなに増えないというデータもあるが)どうもおもしろくない。
 近ごろ、アンプとスピーカーのあいだを接続する、いわゆるスピーカーコードの音質の変化の問題がよくとりあげられる。結論的にいえば、できるだけ太いコードをできるだけ短く使うのが最良だが、いくらコードを短くしても、そこから先のスピーカーに到達するまでに、数十メートルから百メートル以上に及ぶ銅線の中をぐるぐる通り抜けてゆくのではまるで無意味になってしまう。LCネットワークも、こう考えてみると相当に問題の多い存在だといえる。
 話がやや脱線しかけてしまったが、いま例にあげた♯4350Aの場合は、右のような問題を避けるためにLCネットワークを使っていないからよいが、しかしそのひとつ下の♯4343では、低音(ウーファー)と中低音(ミッドバス)のあいだの300HzのクロスオーバーをLCネットワークによっている。現にわたくし自身が、この4343の前身である♯4341をそのまま鳴らしていながら、このようにLCネットワークの数値をちょっと計算してみると、どうもこれは大変なことだぞと、何となく背すじがむずがゆくなってくる(先にも書いたように、L(コイル)の数値はネットワークのタイプによって違うので、L値を最小に選ぶような設計もできるが、それにしても、先の算出値の1/3以下にすることは不可能で、いずれにしても、アンプからのコードの何倍か以上の長さの銅線が、スピーカー(ウーファー)とのあいだに介在することに変りはない)。友人の中に4341のバイアンプ・ドライブ型である4340を鳴らしている男がいて、その友人が私の家の4341を聴くたびに、「何だいこの低音は! 4340の方がずっと上だぞ、やっぱりマルチアンプにすべきだぞ」とわたくしをけしかけるのが甚だしゃくの種である。言い訳めくがわたくしの場合、この4341でアンプの試聴テストもしなくてはならないので、マルチアンプ化することができないというのが本音だが、その点新型の4343なら、背面のスイッチの切換によって、好みに応じてLCでもバイアンプでも選択できるように便利に改良されている。
 ところで、LCネットワークをコイルの直流抵抗分という面からだけ眺めてきたが、LCネットワークの問題点は、さらに別の部分にもある。それは、バイアンプによって各帯域のユニットをパワーアンプと直結したときと比較すると、LやCやR(アッテネーター)等が中間に介在することによってユニット本来の特性が歪められたり、せっかくの優れた音質を(仮にわずかであっても)損なうことが多い、という点だ。

■コーン型スピーカーのインピーダンス特性による弊害
 LCネットワークの働きの細かな説明は別の機会に譲ることにするが、少なくともLCの数値の設計には、ひとつの大前提がある。それは、ネットワークに対して送り込み側(アンプ側)のインピーダンスと、受け側(スピーカーユニット側)のインピーダンスが、たとえば8Ωなら8Ωという値から大幅に変動しないこと、という条件である。
 前項の例でもすでに書いたように、スピーカーが8Ωと4Ωとでは、L(コイル)やC(コンデンサー)の数値が2倍または1/2と大幅に異なる。ネットワークに接続されるスピーカーのインピーダンスが、設計値と大幅にずれるようなことがあれば、LCネットワークは計算どおりの動作をしなくなってしまう。
 ところが現実には、スピーカーのインピーダンスは、周波数によって、多少の変動を示すのがふつうだ。この傾向は、ホーン型のスピーカーよりも、ドーム型やコーン型において著しい。コーン型スピーカーのごく一般的なインピーダンスの特性の傾向は、f0(低音域の最低共振周波数)のポイントと、もうひとつ高音域にかけて、インピーダンスは公称値(たとえば8Ω)にくらべて少なくとも数倍から、大きいものでは十数倍以上も増加するものがある。
 こういうスピーカーがLCネットワークに接続されては、とうてい計算どおりの特性が得られる筈がなく、極端な場合には目をおおいたくなるようなひどい特性に変ってしまうことがある。周波数特性がこのような形になっている場合には、とうぜん、過渡特性や位相特性にも相当の乱れを生じて、音質は著しく劣化する。
 ただし、LCネットワークを使ったすべてのスピーカーシステムが、みなこのようなことになるという意味ではない。実際に、一流のメーカーによって仕上げられるスピーカーシステムは、ユニットやネットワークの総合的な設計で互いに補整しあって、最終的に良い特性、良い音が得られるように調整されているのだから、心配に及ばない。
 ひどい特性に変ってしまうような例は、アマチュアが、任意にスピーカーユニットを選択し、ネットワークには既製または自作の(つまりユニットのインピーダンス変動に対して何ら補整を加えていない)LCをそのまま接続した場合に、往々にして陥りやすいトラブルなのである。ことに、ウーファーとスクォーカーがともにコーン型の場合には、何らかの補整を加えないかぎり、正しい特性が、すなわち良い音質が、得られにくいと断言してもいいだろう。LCネットワークは、こういう部分の方が実は大きな問題になる。

■意外に知られていないアッテネーターによる音質の劣化
 前項であげた一例は、マルチスピーカーシステムの中でも、おもにLとCの組合せによる特性の乱れの問題だが、これとは別にアッテネーターによる音質の劣化が、意外に知られていない。
 LCネットワークによるマルチスピーカーシステムでは、能率の高いユニットにアッテネーター(抵抗減衰器)を挿入して音を絞る。
 スピーカーシステムを自作されるアマチュアがアッテネーターを購入しようとカタログを調べてみると、一方に数百円の連続可変型があり、他方に数千円のスイッチ切換型がある。たいていの場合、こんな部分にたいした違いはあるまいと、価格の安いアッテネーターを購入してくるが、ここに大きな落し穴がある。ローコスト型のすべてがというわけではないが、この簡易連続可変型の中には、アッテネーターを絞るにつれて音質の劣化を生じるものが意外に多いのだ。
 もしも読者の中に、この種のアッテネーターを使っている方があれば、だまされたと思って、スイッチ切換式の高級アッテネーターに交換してごらんになるとよい。トゥイーターが別ものになったかのように、晴れ晴れと冴えた音が鳴り出してびっくりすることが多い。この理由についても詳述するスペースがないので現象面だけ書くが、アッテネーターによっては、トゥイーターの特性を劣化させ、音を曇らせて抜けのよくない音質にしてしまうものが少なくないことを、ぜひ知っておいて頂きたい。わたくし自身も、JBL♯4341の連続可変アッテネーターを、いつか切換型に変えたいとずっと前から思っていながら、無精のため果していない。
     *
 LCネットワークのデメリット面を、やや強調する書き方をしてきたが、何度もくりかえすように、LCネットワークやアッテネーターが、すべて右のような悪さをするというわけではない。ただ、この項のはじめに書いたようなマルチアンプを生かす三つの方向のうちの第一、すなわち既製のスピーカーの中に一応気に入った製品があるとして、しかしさらに一層のクォリティを向上させたいと感じたとき、仮にそれがいかに僅少であってもLCネットワークの持つデメリット面を探ってみると、音質の向上をあくことなく追求したいマニアにとっては、マルチアンプ・ドライブの魅力がどうしても頭の中にひっかかってくる。
 だが、そういう意味で音質をつきつめてゆくと、どうしても、先の第二の方向つまり市販にない自分のオリジナルなスピーカーシステムを完成させてみたいと、マニアなら誰しも考えるようになってくる。

■マルチアンプを前提としたオリジナル・スピーカーシステムの一例として、マーク・レビンソンのHQDシステムをみよう
 マーク・レビンソンについては今さらいうまでもないが、約五年前にアメリカ・コネチカット州で名乗りを上げた、ステイツ・オブ・ジ・アート(これ以上のものがないという最高の製品)を追求するオーディオメーカーである。はじめプリアンプだけを発表していたが、その後、会社名をMLAS(マーク・レビンソン・オーディオ・システム)と改めて、パワーアンプからスピーカーシステムに至る全システムを開発する姿勢をみせている。
 一九七七(昭和五十二)年の春に、マーク・レビンソンは新作の純(ピュア)Aクラス・パワーアンプML2を携えて来日した。これはモノーラル構成で、最高の音質を追求したために出力はわずか25ワットと近ごろでは珍しく低い。ただしこれは、もともとは彼の考案になるマルチアンプスピーカーシステムHQDを駆動するために彼自身が開発したアンプだ。
 HQDとは、低音用にハートレイの224HSという口径24インチ(約60センチ)の大型ウーファーを使い、中音用にはイギリスQUAD(クォード)のエレクトロスタティック(コンデンサー)スピーカーを二基、縦に積み上げ、最高音用としてイギリスのデッカ/ケリィ・リボントゥイーター(ホーンを外してダイレクト型として使っている)を加えたというたいへん大型の3WAYスピーカーで、HARTLEY、QUAD、DECCAの頭文字をとってHQDスピーカーシステム、と名付けたという。クロスオーバー周波数は100Hzと7kHzだが、こういう特殊な組合せになると、各帯域のユニットのインピーダンスも能率も大幅に違うので、LCネットワークではとうてい考えられず、必然的にマルチアンプ・ドライブ方式になる。
 ほんらいフル・レインジ用に設計されたQUADを、中域以上にだけ使うというのは、別にマーク・レビンソンのアイデアではなく、日本でもステレオの初期からQUADに別のウーファーを加えて低音を翁って聴いていたアマチュアが何人かいたし、最近ではアメリカの若い世代のオーディオ愛好家を中心に、ダブル・クォードの名でQUADを二本スタックして鳴らすという使い方が、アングラのオーディオ誌などでも何度か紹介されていた。ステレオサウンド誌38号でも、岡俊雄氏がダブル・クォードの実験記を書いておられる(スイングジャーナル誌の企画では、長島達夫氏が、さらにQUAD三台スタックというものすごいものを試作されている)。
 そういうふうに、アマチュア個人としての実験例はいくつもあるが、マーク・レビンソンは、前述のようにこのダブル・クォードをスタックしたその中央にデッカのリボントゥイーターを収め、別の大型のエンクロージュアに収めたハートレイ24インチ・ウーファーを添えて、これをステレオで六台のML2でドライブし、クロスオーバー・ネットワークはこれも前述のLNC2を二台(LNC2は高低2系統のデヴァイダーなので、3WAYの場合にはもう一台追加しなくてはならない)とあわせて、ひとつのシステムとして発売しようというのである。全部でいくらになるのか、まだ正式の価格は発表されていないが、本当に売り出されれば、オーディオ史上これが市販された限りで最高のシステムということになるにちがいない。
     *
 マルチアンプを生かすために、ここまで例にあげたような、第一にJBLのモニターシリーズのような、第二にマーク・レビンソンHQDシステムのような、メーカー側の指示にしたがって組み上げるシステムのある半面で、さきの分類の第三の方向、つまり、アマチュアが長期計画を立てて、こつこつと築き上げるための、マルチアンプの有効な組合せ方・使い方、という道が残されている。が、この道は、へたをすると出口の内迷路あるいは底なしの泥沼ともなりかねない。そこに出口をみつけ、泥沼でなくそれを喜びとすることは、実は誰にでもできることではなく、妙な言い方になるが、マルチアンプシステムへの適性のようなものを、先天的に身につけている人とそうでない人とがあるように、わたくしには思える。
 もともと趣味道楽には人によって適性不適正がある。こうしてオーディオの楽しみに浸っているわたくし自身は、結局オーディオという道楽に適性があったからにほかならないので、たとえば釣や麻雀がいくらおもしろいからと誘われても、わたくしにはどうもその方向に適性がないらしく、人が言うほどのおもしろさが理解できそうにない。
 が、いまも例にあげた釣ひとつとっても、沢釣りの好きな人と磯釣りを好む人とがあるように、同じオーディオ道楽の中にも、マルチアンプに積極的な興味を示し成功させるタイプの人といくらやってもますます泥沼にはまりこむ人とがあるように思える。

Leave a Comment


NOTE - You can use these HTML tags and attributes:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください