マルチスピーカー・マルチアンプのシステムプランを考えるにあたって

井上卓也

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「内外代表パーツ200機種によるマルチウェイ・システムプラン」より

 かつて、シングルコーン型に代表されるフルレンジ型ユニットが主流を占めていた頃には、アンプとスピーカーはダイレクトに結合していたが、現在のスピーカーシステムのように、専用ユニットを使うマルチウェイシステムが登場し、LCネットワークがアンプとスピーカーの中間に入ることになった。それに対して、最近話題にのぼりはじめたマルチアンプ方式は、マルチウェイスピーカーには不可欠なLCネットワークを取り除き、再びアンプとスピーカーをダイレクトに結合してスピーカーの性能を最大限に引出そうとする方法である。
 スピーカーがマルチウェイ化に発展したことにパワーアンプを対応させ、スピーカーユニットとパワーアンプをひとつのブロックとして考えるマルチアンプ方式は、すでに4半世紀以前から考えられ、実用化されていた。その間理想的な再生方式としてたびたび話題を集めたことがあったが、高度な性能のスピーカーシステムほど高度な性能のアンプを要求し、しかも、スピーカーのユニットの数に対応させたパワーアンプが必要となると、現実的には実用性が少なく、しかも、技術的なSN比や歪率の劣化などの未解決な問題点も多かったためか、経済的にも技術的にも感覚的にも恵まれた、ごく一部のオーディオファンに支えられて現在にいたっているようだ。
 ところが、このところ、アンプ関係の技術の発展がいちじるしく、プリメインアンプの枠をこえて、機能単位に細分化し、一層の性能の向上を計るセパレート型アンプが脚光を浴び、機種のバラエティが豊かになってきた。と同時に、現在の技術に裏付けされ、各社各様に創意をこらしたエレクトロニック・クロスオーバーが製品化されてきている。それをみるとアンプ関係でのマルチアンプ方式に対する準備は、ほぼ完全にととのっているように思われる。
 マルチアンプ方式というと、言葉の意味からして、あたかもアンプが中心となった方式のように思われやすい。しかし、オーディオの初期においてはアンプは存在せず、アンプが実用化された以後においても、つねにスピーカーがその中心の存在であることに変わりはない。マルチアンプ方式の場合も、スピーカーとパワーアンプを1ブロックとして考えるが、最終的にパワーアンプの音はスピーカーを通す以外には聴けないこともあって、スピーカーが主であり、パワーアンプは従属的な立場にある。つまり、いかに優れた性能を誇るパワーアンプがあったとしても、それにバランスのとれた優れたスピーカーがなければ、結果としての音にアンプのメリットが活かせないことになるわけだ。
 スピーカー関係のジャンルでは、エレクトロニクス関係のアンプのように、新素材、新技術が豊富に開発されず、変換方式においても画期的なものが出現していない。そのため、見かけ上の発展のテンポは遅く、技術的な成果もかなりベーシックな部分が主となり、着実に積み上げていくほかはないようである。
 昨年来、スピーカー関係でとみに目立つことは、主流を占めるブックシェルフ型システムをベースとしてて、中型から大形にいたるフロアー型システムが各社から相次いで製品化されたことだ。今年の全日本オーディオフェアでの大きな話題は、参考出品として近い将来に発売されるであろうモデルを含めた、この種のフロアー型スピーカーであり、それも高級機種が各社のブースに並んでいたことである。
 これらのシステムを構成する高性能ユニットは(単売されるユニット、それにシステムを含む)、マルチアンプ化プランには絶好の対象である。これを、2〜3年以前に、各社からハイパワーのセパレート型アンプが製品化されたものの、これらのアンプでドライブするに相応しいスピーカーシステムの少なさを嘆いたのと比較すれば、隔世の感があるといっても過言ではあるまい。
 このように、スピーカーとアンプが相応しいバランスとなった現在は、再びマルチアンプ方式にとって最適の土壌を得たようである。マルチアンプ方式は、オーディオ・コンポーネントシステムにとって、複数個のスピーカーユニットと複数個のパワーアンプを組み合わせて使用する、いわば究極的な方式である。このため、オーソドックスに採用すれば、経済的な制約を無視したとしても、方式そのものを理解し、適確にコントロールするための技術的な基盤と、最適なバランスを得るための経験の豊富さ、感覚が要求されることになる。オーディオに限らず、構成要素が複雑で高度な性能をもつ機器を正しく運用するためには、それに相応しい知識とトレーニングが必要であることに変わりはない。
 マルチアンプ方式は、LCネットワークでは望みえない数多くのメリットをもっている。LCネットワークでは、ウーファーの出力音圧レベルにくらべ、スコーカーやトゥイーターの出力音圧レベルが高く、ボイスコイルインピーダンスが等しいことがミニマムの条件として基本的に存在するが、マルチアンプ方式には、このいずれに対しても制約は皆無である。したがって、組み合わせるユニットの自由度が広いうえに、クロスオーバー周波数の選択、ハイパス側とローパス側の単独調整、遮断特性の選択、さらにQコントロールによるクロスオーバー周波数付近の細かい調整などの基本的なメリットがある。また、各社各様の専用ユニットに最適にマッチするアンプを幅広い対象のなかから選択できるメリットもある。
 しかし、スピーカーユニット対応するだけのパワーアンプが必要という経済面のデメリットもある。また、実用上での初歩的な、ユニットとパワーアンプの位相関係を含む接続ミス、ダイレクトにパワーアンプとスピーカーユニットが接続されていることに起因する、トゥイーターやスコーカーの不注意によるショック性のイズによる焼損、接続コードが多くなるためのハムやTV強電界地区でのバズ妨害などのトラブル、パワーアンプ選択時のパワーや利得、さらに、レベル調整の有無など数多くの注意点が必要である。おそらく、マルチアンプ方式のファンで、トゥイーターやスコーカーを焼損した経験のない人はないであろう。
 しかし、この究極のオーディオシステムともいうべきマルチアンプ方式は、ある程度の障害を乗りこえてもチャレンジするだけの魅力を限りなく備えた独特の世界であり、今まで愛聴したディスクにこれほどの音が入っていたのかと驚かされることは、つねに経験するすることである。一度この世界に入ったオーディオファンのほとんどは、従来のLCネットワークの世界にもどることはないようである。とくに、現代のオーディオファンのように、幼少の頃から音楽や楽器のなかで育ち、学ばずして身に付けているとなれば、アンプとスピーカーをダイレクト結合し、スピーカーユニットの性能をフルに発揮させて、自らのオリジナリティのあるサウンドをつくるマルチアンプ方式は、基礎的な知識だけをマスターすれば、予想外に手軽に自らのものとできるにちがいなかろう。
 実際にマルチアンプ方式にアプローチをする場合には、そのプロセスとして各種の方法が存在することになるが、ここでは各種のマルチアンプ方式のサンプルプランを実例としてあげることにしたい。しかし、現実には、マルチアンプ方式は、実際にプランを練り、スピーカーユニットやパワーアンプ、コントロールアンプを選択して使ってみなければその成果はわからないといってもよい。そこで、スピーカーシステムやスピーカーユニットは、同一メーカーのユニットを使用することを前提とし、アンプもそれに従うことを原則として、一般のコンポーネントシステムの組合せと同じ考え方でシステムをまとめることにしている。しかし、エレクトロニック・クロスオーバーについては、すべてのメーカーで商品化されているわけではなく、まだかなりの制約があるのが現状である。
●既製スピーカーシステムをマルチアンプ化するプラン
 マルチアンプ化するに相応しいスピーカーシステムは、基本的には、構成ユニット及びシステムそのものが、かなり高度の性能をもつことが条件である。現在のスピーカーシステムには、そのすべてではないがマルチアンプ用の接続端子が付属しているモデルがかなりある。そのほとんどはフロアー型システムであるが、ブックシェルフ型システムの場合には、特別の例でもない限りマルチアンプ方式とするだけのメリットはもっていないと考える。やはり、スピーカーシステム自体の価格に比較してアンプにかける投資があまりにも大きく、それに見合うメリットは望みえないからである。
 大型フロアーシステムは、ほとんどがマルチアンプ化への対象になる。一部のコンシュマー用として製作された大型フロアーシステムのなかには、ボザークのように完全にLCネットワークがエンクロージュア内部に収納され、容易にはマルチアンプ化が望めないものもあるが、逆にプロ用のアルテックなどは、比較的簡単にマルチアンプ化ができる例である。このような大型フロアーシステムは、基本性能が高いだけにマルチアンプ化のメリットは大きい。したがって、各ユニットにマッチしたパワーアンプとクロスオーバー周波数の選択により、現時点のオーディオとしてもっとも豪華なシステムとすることが可能だ。
 これに対して、中型のフロアーシステムは、ウーファーとエンクロージュアをベースとして専用ユニットを追加し、2ウェイ、3ウェイと発展させるプランの方が、システムを単にマルチアンプ化することよりもサウンド的には制約のない楽しみ方ができるであろう。
●既製スピーカーシステムに専用ユニットを加えるプラン
 ここでは、既製のスピーカーシステムにマッチした専用ユニットを追加して、かなり大幅なシステムのグレイドアップをしようとする考え方である。マルチアンプドライブ用のアンプには、セパレート型とプリメインアンプを組み合わせて使っているが、場合によればまったく同じプリメインアンプを使うことも面白い。この場合には、4チャンネルステレオにも利用できるし、マルチアンプ化を止めたときにも無駄が少なく現実的である。
 このプランは、基本的には追加する専用ユニットが、ウーファー、スコーカー、それにトゥイーターの場合があり、3種類のアプローチがあることになる。
 第1には、最近かなり機種が増加している超小型の2ウェイシステムや小型のブックシェルフ型システムをベースとして、ウーファーを追加し、フロアー型システムに匹敵するスケール感を求める方法。いわば、低音補強型であるが、場合によれば低音での指向性が問題にならないことを利用した3D方式とすれば、1本のウーファーでもかなり効果的な低音感を得ることが期待できるだろう。
 第2は、2ウェイスピーカーシステムに同系統の本格的なホーン型ユニットを追加してスコーカーとして使い、この種のシステムに感じやすい中域のエネルギー不足を解消しようとする考え方である。基本となるユニットの性能が高いだけに、グレイドアップとしてはかなり本格的なものが期待できるだろう。この変形として、トゥイーターとスコーカーにホーン型ユニットを使った3ウェイシステムに、中低音用として中口径のウーファーかフルレンジを追加することも考えられる。例えば、JBL 4333Aに2110を加え、4343に準じたシステムを狙うことになる。
 第3は、フルレンジユニットや、クロスオーバー周波数が比較的に低い2ウェイシステムに、トゥイーターを追加して高域のレスポンスを伸ばし、ステレオフォニックな音場感を拡くしようとする考え方で、グレイドアップの基本的な方法である。
●単体ユニットによるマルチウェイシステムと専用ユニットによるマルチウェイ・マルチアンプのプラン
 単体のシングルコーン型や同軸2ウェイ型ユニットをベースとする考え方の基本は、既製スピーカーシステムに専用ユニットを追加するプランと同一である。
 専用ユニットによるマルチウェイ・マルチアンプのプランは、もっともマルチアンプ方式らしい考え方で、現在市販されているスピーカーユニットとプリメインアンプを含む、アンプのすべてが選択の対象となる。その組合せも無限にあるといってもよいほどである。ここでは、スピーカーユニットとアンプ以外に、エンクロージュアが完成したシステムの成否を決定する重要なポイントである。
 たとえば、同じ材料と接着剤を使用しても、組み立てる人の手順によって簡単に結果としての音が変化するほど微妙なものであるから、エンクロージュアが完成してからケース・バイ・ケースで手を加え、希望する音が得られるまで調整をする必要がある。したがって、指定のエンクロージュアが単売されていればそれを使うことが成功への確実な切符となる。しかし、自らの音をクリエイトするマルチアンプの大きなメリットからはやや後退したことにもなるわけである。
 ウーファー用のエンクロージュアと同様に、4ウェイシステムで中低音にコーン型ユニットを使用する場合には、このためのエンクロージュアが必要である。既製のスピーカーシステムに採用されている容積を参考にするか、そのユニットを作ったメーカーに用途を説明して適切なる回答を得ることが必要であろう。

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