マルチアンプのすすめ・序

瀬川冬樹

HIGH-TECHNIC SERIES-1 マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ(ステレオサウンド別冊・1977年秋発行)
「マルチスピーカー マルチアンプのすすめ」より

 H・F・オルソンが、良い再生音の理想として、「原音を聴いたと同じ感覚を聴き手に与えること」と定義したのはもう三十年も昔のことだが、それは裏がえしてみれば、機械の存在を忘れて音楽を楽しむことのできるような再生音、と解釈することができる。
 再生された音の自然さを損なう要素としては、第一に、周波数範囲の狭いこと、または再生された周波数範囲のどこかに強調あるいは減衰が生じること(周波数レインジの広さと平坦さ)。第二に音の汚れや濁り(ひずみ)。第三に音のひろがりや奥行きの不足(立体感、音の放射パターン、指向性)。第四に音量の不適当または音の強弱の不自然さ(最適音量とダイナミックレインジ)、……などがあげられる。
 いまから三十年前の長時間レコードの出現、そして二十年前のステレオ化以来、長足の発展をとげてきた録音・再生の技術も、右のそれぞれの要素に満点をつけるまでには及んでいないし、中でもスピーカーに関するかぎり、いまだ及第点には程遠いといったところが実情といえる。そうした中でさまざまな改善の試みがたゆまず続けられているが、このところ再び、マルチアンプ・システムが(日本ばかりでなく海外でも)脚光を浴びはじめている。この方式自体は決して目新しいものではないが、ここ数年のあいだにオーディオに興味を持ちはじめた新しい愛好家にとっては、やや馴染みの薄いシステムかもしれないので、その歴史などもたどりながら、マルチアンプ・システムを今日的な観点から改めてとりあげてみる。

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