Daily Archives: 1989年12月15日

JBL XPL200

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 JBL、XPL200は新しいXPLシリーズのトップモデルであり、同シリーズ中、唯一の4ウェイスピーカーシステムである。
 4ウェイシステムは広帯域化と音の密度、解像力をより高い次元で融合させるため、4分割した帯域に配した4つのユニットをもっともリニアリティの良い部分でのみ使用するという基本コンセプトをもつ。
 JBLにはこれまで、プロフェッショナルモニター4350にはじまる4ウェイシステムを発展させてきた歴史があるが、位相管理や音色のコントロールがきわめて難しく、国内外を含め、完成度の高い4ウェイシステムを製品化しているメーカーは、現在きわめて少ないといえる。
 JBL特許のSFG磁気回路を採用した30センチ口径ウーファーをベースに、300Hzから1・1kHzまでを16・5センチ口径のミッドバス、また中高域には注目の7・5センチ口径チタンドームスコーカーが採用されており、しかも1・1kHzから4・5kHzという狭い帯域で用いられている点に特徴がある。さらにハイエンドにかけては2・5センチ口径のチタンドームトゥイーターが受け持っており、高域はフラット/+2dBの二段階切替えが可能になっている。
 高S/N化を期したバスレフ型エンクロージュアは、位相差歪みを減少させるためにバッフルに段差がつけられ、アジャスタブルフットによりスピーカー全体の仰角を調整すると、より緻密な位相合わせも可能だ。バッフル上には振動をダンプする効果のある硬質なゴム状の物質である高密度フォーム材をラウンドバッフルに成形して用いている。
 さらに、バッフル面の不要反射を低減するために柔軟なネオプレーンフォームを貼付している。
 バスレフのダクトを背面にもつエンクロージュアは、前面から後面にかけて楔状に絞りこまれており、内部定在波の発生を防止している。
 また配線材にはモンスターケーブルを採用し、伝送特性の向上をはかっているという。
 家庭用として、無駄な装飾のない知的なデザインは、ネットを外しても変わらない。
 4つのユニットの存在を誇張するようなあざといデザイン処理は皆無であり、むしろストイックな雰囲気さえある。
 響きは、いかにも各ユニットにかかっている負荷が、軽いといった、軽快かつ精緻なもので、JBLならではの媚のない理知的な雰囲気が音楽に必要な緊張感を見事に再現していた。従来のややクールな涼しさに、軟らかなニュアンスが加わり、安定感を増した響きは、JBLフリークのみならず、万人に勧められるものと思えた。

イケダ IKEDA 9R

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 イケダ9Rはカンチレバーをもたず、針先を直接発電コイルに取りつけたダイレクトカップル構造で有名な一連の同社製カートリッジ中、トップモデルである9EMを改良した製品である。
 発電コイルの見掛け上の重量を軽減できるカンチレバーのもつメリットをあえてかなぐり捨てて、垂直に立てられたコイルに直接針先を取りつけ、カンチレバーの固有音を排除したダイレクトな響きを追求している点に変わりはない。軽量化されたコイルの発電効率を上げるため、大型のサマリウムコバルト製マグネットとパーメンジュール製ヨークを新たに採用し、超強力な磁気回路を構成しており、0・17mVという、充分な出力が確保されている。
 今回、垂直に立てられたコイルを支えるコニカルダンパー(約0・2mmの肉厚をもつ球形、中空のゴム製)をコイルに対して、ダンピングが下がるよう配置角度が改められ、しかも肉厚は0・2mmよりさらに薄くなっているとのことだ。
 なお構造に関しては本誌79号352頁に長島達夫氏が詳細にわたり解説されているので参照していただきたい。
 リファレンスに用いたオルトフォンMC30スーパーIIのような、現代的な繊細感や透明感、ディティールのミクロ的な分解能を追求したタイプと比較すると、音像の輪郭は太めでマクロ的な表現になり不満をのこす部分もあるが、ざっくりと音像を掘り起こすような、曖昧さのない表現力はこの製品ならではのものだと思う。さらに、音場の奥行きや音像の大きさ、定位感も自然だ。
 クラシック系のオーケストラでは、響きに重厚な安定感がつく。特に響きが薄く浮ついた輝きがのりがちな管楽器群は、厚みがつき力のある深々とした響きとなり、弦楽器群も特にコントラバスの重厚さに関していえば、ハイコンプライアンスカートリッジからは得にくい響きの質量感とでもいうべきものが感じられた。
 愛聴盤を聴きすすんでいくうちに、大袈裟にいえば、このカートリッジが作り出す音場の雰囲気には、華麗な色彩感や光沢感は薄く、むしろ日本的な潔癖さで煩悩を浄化、鎮静するような趣があるように思えた。それは、水墨画の沈み込む瞑想感に引き込まれるようなところにも似たものかもしれない。したがって、レコーディングの物理的な質のみを追求したソースでは、その特徴がやや曖昧になるものの、歴史的名演、銘盤の再現性、音楽的訴求力という観点からいえば、これは他の製品では得られない独自の世界を聴かせるものとして、アナログの音の入り口としての大きな存在感をもつものと感じた。なお、試聴はマイクロSX8000IIにSMEシリーズVを取りつけた状態で、適宜、トランス、ヘッドアンプなどを選別しておこなった。

チェロ ENCORE 1MΩ PREAMPLIFIER

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 マーク・レビンソン氏自身による新ブランドであるチェロも、いよいよ定着して、安定期にはいり、このところ意欲的に製品の開発、改良に取り組んでいるようだ。
 今回発表されたのは、プリアンプラらしい端正な佇まいと美しいデザイン、仕上げで既に多くの支持を得ているアンコールの改良モデルである。
 変更のポイントは、何といっても8系と系統あるライン入力の入力インピーダンスが1MΩまで引き上げられる点だ。
 同時にバランスラインアンプはオーディオ・スウィートのモジュール/P201CDに用いられてるOTA3と同等のものが採用され、オリジナル・アンコールよりさらに高S/N化されている。
 一方、ファンクションが一部整理され、フェイズ切替えスイッチに代わって、1dBステップで15dBから〜25dBまでのL/R独立のゲインコントロールが付け加えられた。なお、電源部は従来同様、独立型である。
 チェロのフラッグシップたるオーディオ・スウィートのもつ甘美な艶のある響きは、マーク・レビンソン自身のアンプ作りの歴史を振り返った時、辿り着くべくして辿り着いた究極的世界と理解していたが、初期のアンコールにも、その片鱗があったように感じていた。やがて、中期の製品に到り、より安定度の高さと普遍性が与えられたようだが、今回、再びあの甘美な香りとある種の緊張感のある研ぎ澄まされた響きの純度を取り戻したようで、個人的には好ましい変化だと思っている。
 広い音場感の再現性をみても、先鋭な先端思考が甦ったように聴けた。
 今回の改良により繊細感、透明感を驚くほど増した高域のニュアンスに加え、全体に、ほんのりリッチなふくらみ、色艶が加わった点が、年輪を重ねたエンジニアのいわば人生の重さが浸透した結果とも思え、興味深かった。
 ゲインコントロールの調整で微妙に全体のニュアンスが変わり、使いこなしの上で楽しめる要素の一つとなっている。
 フルゲイン時のエネルギー感のある立体的な表現から、ゲインを落とした時の柔らかで、ややあたりの穏やかな女性的ニュアンスまで、適宜使い手の気分に合わせて変化をつけることが可能だ。
 手作りの製品ならではの精緻な作りは、仕上げがよりリファインされ、精度感も増しており、音を含め画一的な量産品にはない、芸術品、工芸品的な味わいとして楽しみたい。
 そして、どの時期の製品に共感できるかは、聴き手の今、おかれた内的状況次第ともいえそうで、それほど深いところで関わりを持つことのできる、本質的な意味で、数少ない趣味のオーディオ機器の一つといえよう。

ササキアコースティック CB160M-ST, LA-1

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「オブジェとしてのミュージックシステム」より

 どれほど長い時間聴き続けても、演奏が終わったとたん、それがどんな音だったのか、うまく思い出せないようなオーディオ装置というものがある。
 ぼくがその夜、久しぶりに聴いた彼の音がそうだった。まずいことは何もないはずなのに、あきらめきったように淡白な響きで演奏そのものまでが平面的になっているように感じられた。それは、ちょっとした気のせいだったのかもしれないが、それにしても彼の中で何かが変わりつつあることはたしかなようだった。
 リスニングルームからダイニングルームへ移ると、調光器で柔らかく照らされた空間にコーヒーのいい香りが漂っていた。
 キッチンから彼の細君が細い腕で重たそうにコーヒーポットを抱えて出てきた。彼女のことはぼくも学生時代からよく知っていた。ほっそりと背の高い、個性的な美人だ。二人は結婚してから、そろそろ一年になるはずだった。背後ではバッハの無伴奏チェロ組曲がとても小さな音でなっていた。不思議に部屋の隅々までよく広がる、古典的で素朴な響きだった。美味しいコーヒーが味覚を手厚くもてなしてくれてはいたが、ぼくの意識はすでに音楽そのものに奪われていた。それはあまりにも懐かしい演奏だったのだ。
 サイドテーブルの横にあった棚の中に、ぼんやり紫色の光を発する円盤状の奇妙な物体が置いてあった。彼女は立ち上がると、その物体についていた小さなつまみをほっそりとした指でそっと触れた。
 その瞬間、音楽がやんだ。
 そんな風にして、ぼくはその物体がアンプであることを知った。
 なつかしさが現実感を喪失させ、感情がゆっくりと逆転していくと、そのアンプの奇妙な形態は、まるで小さなタイムカプセルのように見えはじめた。
 どんなスピーカーが鳴っているのかな、とふと思った。音が鳴りやんでも静かに記憶に残るような懐かしい響きだった。
「おもちゃさ」と彼がいった。そして、「彼女がみつけてきたんだ」、そういって、薄く笑った。
 彼女はコーヒーのおかわりをついだ後、アンプのつまみに触れた。ジョン・レノンの「イマジン」がそっと鳴り始めた。その瞬間、ぼくの中で心が軋む音がして、わずかな痛みがあとに残るのがわかった。
 彼女はぼくがここへやって来た本当の理由を知っていたのかもしれない。そう思って振り返ると、棚の上に小さなガラスの球体が二つ、適当な距離をおいて並んでいるのが見えた。スピーカーだった。
 それは何かを伝えようとしている。透明な瞳のオブジェのように見えた。
 ぼくはそのことの意味をぼんやりと考えながら、暗い夜道、遠い家路についた。

パイオニア S-77TwinSD

井上卓也

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
特集「ザ・ベストバイ・コンポーネント 458選」より

大型のエンクロージュアを採用し、開放的な音と音場感の良さを売り物とした前作を受け継ぐ第2世代の製品であり、無共振設計の破面制御ホーンは、SN比が高く、高級機に匹敵する音が引き出せるだろう。
★★★

ビクター SX-500II

井上卓也

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
特集「ザ・ベストバイ・コンポーネント 458選」より

音色が明るく、伸び伸びとよく鳴り、ナチュラルで過不足のない帯域バランスと素直に広がる音場感、定位の正確さが好ましい。反応は軽快で、小音量時にもバランスを崩さない点は、軽量振動系ならではの特徴。
★★★

ソニー CDP-R3

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 CDP-R3は上級のセパレートCDプレーヤーシステム/CDP-R1a+DAS-R1aの組合せを一体化し、合理的にコストダウンしたものとみることができる。
 ここにはいくつかの新しい試みがなされているが、中でもパルスD/Aコンバーターといわれる1ビットD/Aコンバーターが搭載されている点に特に注目したい。
 これまで1ビットD/Aコンバーターには、フィリップスのビットストリーム型とNTT/松下のMMASH型の二つがあったが、ここへきてビクター及びソニーから、それぞれMASH型を発展させた独自のモデルが登場し、多様化の要素を呈している。
 1ビットDACは、決してマルチビットDACに逆行するものではない。メーカー自身、他の呼び方で1ビットであることを隠しているケースが多いが、限界が見えつつあるハイビット、ハイオーバーサンプリングDACの次代を担うものと考えた方がよさそうだ。
 1ビットDACの精度は特に時間軸によって規定されており、あくまでも縦の電圧変化としてではなく、信号を横の時間軸の幅に置き換えて処理していると思えばいい。たとえば、ラダータイプのDACで問題となるような微分非直線歪み、グリッチ、ゼロクロス歪みが原理的に発生せず、これまでのCDで難しいとされていたローレベル(ピアニシモ)での音の美しさが期待できると考えられている。
 CDP-R3はCD再生時、45MHz(1秒間に4500万回)の動作周波数でパルスを出し、その密度の変化としてデジタル信号を処理する。CDの16ビットのデジタル情報をそのまま1ビットで処理し、しかもCDの約98dBのダイナミックレンジを確保する際に問題となるS/N(量子化ノイズによるもの)を上げるため、いわゆるMASH(Multi stage noise Shaping)という処理を施している。これは簡単にいえば、量子化雑音を信号帯域外に押しやるもので、一種のNFBとMFBを組み合わせたようなものといえる。その一方、ジッターを解消するために、マスタークロックとパルス生成回路を直結したダイレクト・デジタルシンク・サーキットが、新たにD/Aコンバーターに内蔵された。また、サーボ型のアースを分離したGTSサーボが採用されている。これによりサーボ系の音質への悪影響なくす一方、ディスクへの追従性も高めている。デジタル系とアナログ系で独立した2つの電源トランスは、1つのケース内に樹脂充填して収められ、機械的な共振を抑えたツインコアトランスとしている。
 テスト機はまだプロトタイプの段階のようで、音質に関しては断定的なことをいえないが、Dレンジ感を強調しないおとなしい表現は、耳あたりが良く、ローレベルでも有機的な繋がりのある端整な響きが聴けたと思う。