早瀬文雄
ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より
イケダ9Rはカンチレバーをもたず、針先を直接発電コイルに取りつけたダイレクトカップル構造で有名な一連の同社製カートリッジ中、トップモデルである9EMを改良した製品である。
発電コイルの見掛け上の重量を軽減できるカンチレバーのもつメリットをあえてかなぐり捨てて、垂直に立てられたコイルに直接針先を取りつけ、カンチレバーの固有音を排除したダイレクトな響きを追求している点に変わりはない。軽量化されたコイルの発電効率を上げるため、大型のサマリウムコバルト製マグネットとパーメンジュール製ヨークを新たに採用し、超強力な磁気回路を構成しており、0・17mVという、充分な出力が確保されている。
今回、垂直に立てられたコイルを支えるコニカルダンパー(約0・2mmの肉厚をもつ球形、中空のゴム製)をコイルに対して、ダンピングが下がるよう配置角度が改められ、しかも肉厚は0・2mmよりさらに薄くなっているとのことだ。
なお構造に関しては本誌79号352頁に長島達夫氏が詳細にわたり解説されているので参照していただきたい。
リファレンスに用いたオルトフォンMC30スーパーIIのような、現代的な繊細感や透明感、ディティールのミクロ的な分解能を追求したタイプと比較すると、音像の輪郭は太めでマクロ的な表現になり不満をのこす部分もあるが、ざっくりと音像を掘り起こすような、曖昧さのない表現力はこの製品ならではのものだと思う。さらに、音場の奥行きや音像の大きさ、定位感も自然だ。
クラシック系のオーケストラでは、響きに重厚な安定感がつく。特に響きが薄く浮ついた輝きがのりがちな管楽器群は、厚みがつき力のある深々とした響きとなり、弦楽器群も特にコントラバスの重厚さに関していえば、ハイコンプライアンスカートリッジからは得にくい響きの質量感とでもいうべきものが感じられた。
愛聴盤を聴きすすんでいくうちに、大袈裟にいえば、このカートリッジが作り出す音場の雰囲気には、華麗な色彩感や光沢感は薄く、むしろ日本的な潔癖さで煩悩を浄化、鎮静するような趣があるように思えた。それは、水墨画の沈み込む瞑想感に引き込まれるようなところにも似たものかもしれない。したがって、レコーディングの物理的な質のみを追求したソースでは、その特徴がやや曖昧になるものの、歴史的名演、銘盤の再現性、音楽的訴求力という観点からいえば、これは他の製品では得られない独自の世界を聴かせるものとして、アナログの音の入り口としての大きな存在感をもつものと感じた。なお、試聴はマイクロSX8000IIにSMEシリーズVを取りつけた状態で、適宜、トランス、ヘッドアンプなどを選別しておこなった。
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