井上卓也
ステレオサウンド 10号(1969年3月発行)
特集・「スピーカーシステムブラインド試聴」より
50機種を分類する
ブックシェルフ型と呼ばれるように本棚に載るくらいの小型ながら、大型スピーカーシステムと十分比較できるくらいの低音を再生する製品が実用化されはじめたのは、やはり45/45方式の2チャンネル・ステレオディスクの開発によって2台のスピーカーシステムが必要になった、時代の要求からであろう。
もちろん、それまでにもスピーカーシステムの小型化の試みはされていたが、なかなか実用化はできず、音響技術者にとっては、彼岸にも似たものだった。それが米AR社のアコースティック・サスペンション方式の開発から端を発して、今日のブックシェルフ時代に至っている。
このARの開発以来、今日まで、すでに15年余りの年月が経過しているが、ブックシェルフ型が実用期に入るまでには、スピーカーユニット自体の進歩もさることながら、トランジスターアンプがちょうど足並を揃えて開発され、今日のように比較的容易にハイパワーアンプが入手できるようになったことも、ブックシェルフ型の普及に大きな役割を果したことも見逃せない。
コーラルがわが国初めてのブックシェルフ型を完成
ARでAR1発表後、しばらくして日本でもブックシェルフ型が製作された。主として輸出用として開発されたものらしいが、25cmウーファーをベースとした2ウェイシステムだった。
比較的小口径のウーファーで、低域まで再生するには、当然コーンの大振幅が要求される。この要求を満たすための一部として、ボイスコイルの巻幅を、ヨークの厚みより長くしたロングボイスコイルが使われるため、能率が急激に低下する。この能率低下を防ぐために、強力な磁気回路をもたせるわけであるが、それでもなお能率の悪化はさけられないのが普通である。
スピーカーの能率の悪いものは、アンプの方でカバーすることが必要となってくるが、コーラルのブックシェルフ型が発売された頃は、真空管アンプ全盛であり、パワーの小さいアンプはほとんどであったため、国内で目の目を見なかったことを思い出されるファンも少なくないだろう。
主流となったブックシェルフ型
この頃のブックシェルフ型スピーカーシステムの能率の悪さが語りつがれて、いまだにブックシェルフ型は能率が悪いとか、インスタントコーヒーのように、間に合わせ的に思われているのはあたらないとおもう。
現在のブックシェルフ型スピーカーシステムは、今回の50機種テストに立ち合った感想からも、能率の改善とトランジスターアンプのハイパワー化の相乗作用??で、住宅事情の悪いわが国で主流を占めるまでに成長しているのが感じられた。
テスト機種をタイプ別に分類する
今回のブラインドテストのために集められた50機種を中心にして、ブックシェルフ型の分類をしてみたい。
もっとも大きく分類すると、
1 密閉型エンクロージュア
2 バスレフ型エンクロージュア
3 後面開放型エンクロージュア
の三種類になる。
さらに50機種を細かく分類すると
1 密閉型
A密閉型(8機種)
B完全密閉型(19機種)
2 バスレフレックス(通称バスレフ型)
Aダクトをもたないバスレフ型(2機種)
B角型ダクトをもつバスレフ型(3機種)
Cパイプダクトをもつバスレフ型(6機種)
D複数個のパイプダクトをもつバスレフ型(1機種)
E複数個のダンプしたパイプダクトをもつバスレフ型(3機種)
Fダンプしたパイプダクトをもつバスレフ型(2機種)
Gダンプド・バスレフ型(1機種)
Hドロンコーンをもつバスレフ型(4機種)
3 後面開放型(1機種) 計50機種
分類したシステムの解説
■密閉型
ここで密閉型を完全密閉型と密閉型に分類したが、単なる密閉型とは、一機種を除いて取り外しのできる裏板とエンクロージュア本体との接合面に、空気もれを防ぐためのパッキング材が使われていないものにした。完全密閉型とは、ほぼ完全に空気もれを防いでいるエアタイトなシステムをいう。
ブックシェルフ型に多くみられるロングボイスコイル型と呼ばれる大振幅に耐えられるユニットは、能率の低下を補うために強力な磁気回路をもっている。これらのユニットは小型の密閉型エンクロージュアに入れても十分な低音が再生できるが、ただ、専用ウーファーの大振幅動作時に生ずる強大な音圧に耐えるため、極めて丈夫に作らなければならない。この辺の問題については前項の岡氏の記事に詳しいので参照されるとよい。
密閉型エンクロージュア
完全なエアタイト型でなく、エンクロージュアの裏板が取り外せるようになっており、一枚の吸音材がエンクロージュアの側面四面と裏板に張られている普通の密閉型エンクロージュア。
完全密閉型エンクロージュア
エンクロージュアの各面を糊などで固着した後に、バッフル板前面からスピーカーユニットが取りつけられて、ほぼエアタイトな状態にあり、内部が計算などで決められた適量の吸音材で満たされたもの。
■バスレフ型
バスレフ型エンクロージュアは、密閉型エンクロージュアにスピーカーを取りつける開口以外の低音共振用の筒を取りつけたものである。現在の進歩したスピーカーユニットでは、バスレフ型本来の特徴である低域再生周波数を伸ばすことや低域の歪みの減少などに生かされ、今日のエンクロージュアの標準的なものとなっている。
この型はスピーカー後面から放射される逆相の音は、中音以上がエンクロージュア内部で衰えて、低音だけが内部の空気のバネと、内部と外気をつなぐダクト内部と付近の空気の質量で位相を反転し、スピーカー前面から直接出る低音を補う動作をする。
密閉型が低域に向かってゆるやかに下がるレスポンスをもち、かなり低い周波数まで再生できるのに比較して、このバスレフ型では再生可能な最低周波数では劣るが、ある周波数までは、ほぼフラットに再生できる。
Aダクトをもたないバスレフ型
スピーカーの開口面積に比べて小さい開口の丸孔をもったもので、動作上ではバスレフ型の特徴は少なく、スピーカーコーン紙にかかるエンクロージュア内部の背圧を逃がすための効果の方が大きいとおもわれるが、外観上の点からバスレフ型の分類に加えた。
B角型パイプダクトをもつバスレフ型
木製の角型パイプダクトをもったエンクロージュアで、最近までは、一般にバスレフ型といえば、ほとんどが、このタイプのエンクロージュアであった。バスレフ型エンクロージュアのスタンダードともいえるタイプ。
Cパイプダクトをもつバスレフ型
ブックシェルフ型スピーカーではじめて使われたように思われるが、大型スピーカーシステムでは、早くからYLの製品に見られた。合成樹脂製の丸いパイプをダクトに使ったエンクロージュアでバスレフ型としての動作は角型パイプダクトをもつものと同じである。
D複数個のパイプダクトをもつバスレフ型
二本以上の合成樹脂製のパイプダクトをもつもので、今回のテストで見られたものは同じ寸法のパイプを二本使った製品があった。
動作は二倍の面積をもったパイプ一本と、ほぼ同じものと思われる。
E複数個のダンプしたパイプダクトをもつバスレフ型
複数個のパイプダクトをもつタイプと同じことであるが、パイプ内部にダンプ用の吸音材がシリンダーにたいするピストンのようにつめられている密閉型とバスレフ型の中間的動作と思われる。
Fダンプしたパイプダクトをもつバスレフ型
パイプダクト内壁に吸音材が巻かれてあったがHよりはバスレフ型本来の動作に近いものに思われる。
G ダンプドバスレフ型
EFがパイプダクト内部に吸音材を使ってダンプしてあるのに比べて、エンクロージュア内部に余分な量の吸音材がつめられているのが異なり、動作は、やはり密閉型とバスレフ型の中間的動作である。
Hドロンコーンをもつバスレフ型
ダクトでなくボイスコイルと磁気回路を外したスピーカーが代りに取りつけられている一種のバスレフ型である。ダクトをもつものに比べて低域共振周波数付近だけでなくピストン運動の範囲内での改善ができるタイプ。
■後面開放型
スピーカーのバッフルは、無限大バッフルが理想的だが、よほど条件に恵まれない限り実際に使うことは不可能である。スピーカーの初期には小型の平面バッフルを家庭用などにも使っていたが、次いで平面バッフルの周囲を折り曲げたような形を下後面開放型エンクロージュアが使われ始めた。その形状からくる、強度な共鳴音が固有の低音を作り出す効果がある。
HIFI用スピーカーシステムとしては、ほとんど使われることがないが、特に超大口径のウーファーとか広い面積の振動板をもつ平面型スピーカーと併用されることがある。
一般に薄型の製品が多いが、これは奥行きを深くすると後面開放型に独特の特定周波数の低域共振がおこり、低音の品位を悪くするためである。
今回のテスト機種の中では、特異な振動板をもつヤマハNS15が一機種あったが、本来のブックシェルフ型とは少し異なるものである。
今回のテストに集められた50機種の分類は上記のように3つのタイプになるが、まだこの他にブックシェルフ型として使うことのできるエンクロージュアがある。これらは以前から小型エンクロージュアで、いかにして十分な低音を再生するかという目的で開発されたものである。
(イ)RJ型エンクロージュア(ワーフデールで製品化したもので、レモン型の開口をもった前面バッフルとその後部にスピーカーユニットをとりつけるバッフルの二重式になったもの)
(ロ)音響迷路型(ラビリンス型)エンクロージュア
(ハ)バックローディング・ホーン型エンクロージュア
(ニ)ディストリビューテッド・ポート型エンクロージュア
(ホ)アコースティック・レジスタンス型(ARU型)エンクロージュア
(ヘ)複合駆動型エンクロージュア(エンクロージュアの実効的容積を増すために、密閉型エンクロージュアの中に、メインスピーカーともう一つのサブスピーカーを取りつけ補助的に駆動する方式)
(ト)複数個の同じ小口径スピーカーを使った密閉型またはバスレフ型エンクロージュア
ほぼ以上の如くであるが、ここで密閉型エンクロージュアで加えておかなければならないことがある。ARで開発されたアコースティック・サスペンション方式と類似の方式がLPの初期にすでにわが国でも考案されていたことである。
これはオーディオ歴のあるファンなら誰でも知っていることだろうが、オルソンの「音響工学」の訳者として知られる東京工大の西巻氏が提唱した、「フラフラ型6半」のスピーカーシステムである。
息を吹きかけるとコーン紙が動くくらいf0を下げた16cm型スピーカーを小型の密閉型エンクロージュアに入れて使う方式で、当時の大口径ウーファーに比較して、軽く伸びのある低音が再生できるため、HiFiファンに当時大いにもてはやされたものである。
もちろんボイスコイルを巻きなおしてロングボイスにするのが正しい使い方なのだが、一般には従来のままのボイスコイルが使われていた。これを製品化したのが有名なミューズSF6Pという鹿皮エッジの16cmスピーカーである。
この西巻氏の発想が、実際のエンクロージュアまでを含めた製品に発展することがなく、埋もれてしまったのは、ブックシェルフ全盛のいま、かえすがえすも残念に思われる。
ブラインドテストに立会って
今回50機種のブックシェルフ型システムのブラインドテストに立会って感じたことだが、この一年余りの期間に国産ブックシェルフのグレードが、かなり向上し、輸入高額品との格差が少なくなってきたことである。
テストの標準機種にしたAR3aの数分の一の国産製品がおや!! と思わせるくらいの高品位の再生音を聴かせてくれたものもあり、このことは非常に嬉しいことである。中でも、価格的制約の中で、スピーカーメーカーから供給されるユニットを使いながら、かなりグレードの高い製品を送り出しているメーカーの健斗をたたえたい。
しかし、各氏のブラインドテストの結果では、輸入品が比較的良い点数を得た。選ばれたポイントがどこにあったかということがこの際大きい意味をもつとおもうが、それは、海外製品の安価なシステムでさえ、音楽再生をする上に必要な点をうまくおさえているのを認めないわけにはゆかない。これは、周波数特性だとか、歪特性だとかの物理的なものからさらに上の問題もあろうが、設計製作する彼等の音楽との触れ合いに歴史があること、製品開発のデーターの蓄積の多いことは当然考えられよう。
加えて海外製品の多くに見られるのは、必要なところにはおしげもなく物量を投じる姿勢である。ユニット一つをみてもそれは立証される。
海外製品は価格が高いから当然といえばそれまでだが、今後国内メーカーに望みたいことは、高級な海外製品に匹敵するブックシェルフ型を開発してもらいたいことである。そのためには、最初から十分な物量を投じたブックシェルフ専用のユニットから開発し、システムにまとめ上げてもらいたい。例えば日立HS500、あるいはパイオニアCS10に代表される製品の開発である。
それらの製品が国内に出揃った時にこそ、初めて輸入品にない、本来あるべき日本の音が創り出されるとおもうし、またそれが、音響専門メーカーとしては当然のあり方ではなかろうか。
従来、とかくブックシェルフ型というと、高級マニアから軽視され勝ちであったが、比較的小さな部屋で使うことの多いわが国の事情では、今後とも、ブックシェルフ型がスピーカーシステムの主流となることは疑う余地はない。
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